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「お前は俺を愛していない」
 と形容し難い表情をしてシリウスがそう言ったので、ルーピンは少しの間言葉を失った。シリウスはどんな発言でも自信を持って口にする性格で、逆にルーピンは世の中の何事にも凡そこだわりという物を持たない性格だった。故に「言われてみればそうなのかもしれない」と彼は納得寸前まで行き、慌てて踏みとどまった。
「なぜ君がそう思うのか、聞いてもいいかな?ちなみに否定しないのは無駄だからしないのであって、否定できないのではないよ」
「例えば俺が明日出て行くと言ったとしてもお前は止めない。例えば俺が明日新しい恋人を連れてきたとしても、お前は何も言わずに出て行くだろう?」
 シリウスは手の内のグラスを回して、まるでそれと会話をしているかのように問い掛けていた。酔っている風には見えない。彼の顔は白く、血の気がなかった。
 ふとシリウスは顔を上げ、目の前にルーピンがいるのを見て驚いた顔をした。まるで秘密の独り言を聞かれた者の如く。そして口元を覆った。
「・・・・・ああ、済まない何を言っているんだ俺は。飲みすぎたようだ。この話をここで終わらせて、忘れてもらう事は出来るか?」
 ルーピンはシリウスを見たが、シリウスは決して視線を合わせようとしなかった。彼がその発言を恥じているのは分かった。しかし発言内容が気の迷いなのではなく、発言という行為が気の迷いだと思っている様子が感じ取れた。
「……君が望むなら。でもパッドフット」
 彼の例えをルーピンは否定できなかった。確かに自分はシリウスを止めない。すぐにでもシリウスの前から姿を消す覚悟がある。彼がそれで幸せになるのなら喜んでそうするだろう。しかし何故それがシリウスを愛していないという根拠になるのか、その点について理解が出来なかった。
「リーマス。お願いだ」
 シリウスが悲しげに息をついた。そして彼はルーピンの手を取って顔を伏せ額に押し当てた。
 ルーピンはそんな友人の様子を見ながら、今怒ることが出来ればと思っていた。自分のためにも彼のためにも。怒りに我を忘れて声を荒げ、否定したいと思っていた。しかしシリウスの眼はこんなときですら憂いをたたえた黒色をしていて、そこには友愛と誠意だけがある。こんな哀しい顔をしている人間を怒れるはずがなかった。
「分かった……忘れよう」
 ルーピンがそう言うとシリウスは小さく頷き、そして全てを押し潰す無音が部屋の空気を支配した。日付の変わる頃まで二人は受刑者のように沈黙の為すが侭ずっとそこに座っていた。



先生はさすがに後でしょんぼりしたと思う。
(でも次の日には半分忘れてる/笑)
痴情のもつれと日常は交互に訪れて地層のように
積み重なる。愛情と日常が交互に訪れて
しっかりとした土台を築き上げるように。

何かを手に入れたいとか、自分を理解してほしいとか、
自分を哀れみたいとか、その種の欲求は20歳前後で完全に
滅却する事に成功した人なので先生は。「完全に」というのが
如何に凄まじい事なのか想像つきますが、先生の過去は
それを敢行させるに十分なものだと私は思うので。
問題は完全に滅却した執着その他の感情を
果たして他人が復旧できるか?ということですね☆
シリウス、砂漠に植林するのと同じくらい
気が長くて崇高なキャンペーンを静かに続行中。
スマンが私にはどっちの気持ちも分かる故、
どっちにも肩入れできない。

「囁き」の後です。シリウスはあの日玄関前で
気を失って倒れているのを先生に発見されました。
もちろん前後の記憶はありません。
一応囁きに打ち勝って、体の安全装置が働いたから
倒れたのです。意志の弱い人間なら恋人を殺していたでしょう。

先生はシリウスの事が好きだから、束縛したくないし、彼の幸せのためなら
いつでも身を引く覚悟があります。で、大抵の事なら何をされても許す。
でもその好意はシリウスをひどく不安にします。
シリウスは先生のことが好きだから、束縛するし束縛されたい。
嫉妬もするし嫉妬をされたい。でもその好意は先生を戸惑わせます。
良い人同士が相思相愛だからとて、
100%確実な幸福への片道切符ではないのです。

シリウス本人も、最早自分が何に対して不安なのか
よく分かってない状態です。でもたぶん彼は
「お前が俺を愛するのは、俺がお前を愛するが故ではないのか?」
と言いたいのではないかと。シリウスの感情をトレースしているだけなのでは
と恐れているのですね。更に突っ込んで言うと
「もっと切実にもっと狂おしく、お前を求めている人間がいたら
そちらへ行くのではないか?」と。色々な感情がごちゃ混ぜですね。

例のあの人の言葉が(「そこには彼の意志などない」)
ハチの一刺しのように効いてます。ナイスあの人。
こういうのを呪いといいます。誰でも使用できます。
2003/04/18



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