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 あまりに非現実的な経験をしている最中、人間は気絶に近い精神状態に陥ることがある。あの旅行での私達がそうだった。
 私とシリウスは異国にいた。彼はいつものように旺盛な好奇心を発揮して、その異国の健康法にチャレンジをした。私を伴って。
 それで私達は、極めて全裸に近い格好で釜蒸しされたという訳だ。釜で蒸された後は薬湯で茹でられた。その後で再び蒸され、再び茹でられ、3回ほど繰り返したあたりで私は口をきく気力がなくなった。「この後で食われないのが却って妙な気さえする」全裸でしゃがんでいると益々彫刻風になる私の友人は、釜の中で極めて上機嫌にそう言った。「食われないかもしれないが、君の場合市民広場あたりに飾られるかもしれないね」と小声でそう返事しておいたが、通じなかったのか彼は首をかしげた。
 そのあとの手順を思い出すと、今でも私は非常に陰鬱な気分になる。まず私達は数人並んで台の上に横たえられ、そして下着姿の大柄な男性に、じゃがいもの皮を剥くような勢いでひたすら全身を擦られた。裸の人間が台の上で並んでいる様子は、魔法界マグル界共通の、人間が歴史上起こす陰惨な何かを連想させた。そしてペースト状になった野菜のようなものを隈なく塗られ、背といわず足といわず押され、甘い匂いのする液体を垂らされた。
 これ以上の無力感を味わう瞬間というのは人生に何度あるのだろう。
 急用を思い出したという英語は通じるだろうか?私は何度か考えた。通じなければシリウスに頼んで通訳してもらうのでもいい。彼は近くの台の上にいる。
 私は何とか首を動かして彼を見つける。
 馬糞を投げつけられた彫像の如き姿になった我が友を見たとき、私の心はひどく打たれた。私の犬、賢いパッドフットは時折とても人間らしく分別くさい表情をする事があるが、それと同様に、人間のシリウスが非常に動物風のダイレクトな表情をする時もある。台の上に全裸で横たわった彼は、満面に感情を表していた。
 口元は凛々しく結ばれているが、誤魔化しようもなく目が大きくなっている。
 我慢をしているのだ。感動的なまでに、昔ジェームズの怪談を聞いていたときの目そのままだった。見知らぬ人間にみだりに触れられるのは誰しも不快なものだが、彼は特にその傾向が強い。少年の頃に比べて若干緩和されたとはいえ現在でもそうだ。
 しかし彼は同時にプライドの高い人でもある。自分から言い出してこの状況に私を巻き込んだ以上、シリウスは一欠けらたりとも不平をもらさないだろう。
 彼がもし現在犬の姿であったなら、「何もこわいことはない、すぐすむからね。かわいそうに、よしよし」と矢も盾も溜まらず私はそう囁いたに違いない。目元に口づけすらしたかもしれない。それ程に彼の目は幼く、我慢はいじらしく、全体的に可哀想だった。
 友人には申し訳ないが私は吹き出した。
 まったくもって君らしくないドジをしたものだジェームズ。私は心の中で旧友に、理不尽な語り掛けをする。あんなに可愛らしくて面白いシリウスを見られないなんて。君がここで全裸で一緒に並んでいたら、一体何と言っただろう。きっと更に余計なコメントを述べて、笑いすぎた私は台から落ちたに違いないよ。
 笑い続ける私に、シリウスが何か声を掛けている。私を担当している男性も何か言っているようだ。しかし私は台の上で丸くなってしばらく笑い続けた。

「くすぐったかったのか?」
 蒸されて茹でられた後の体に心地よい風の吹く往来で、シリウスは私に尋ねた。彼は磨いた銀食器みたいにぴかぴかとしている。それを見るとまた笑いがこみ上げてきて、ごまかすために「ハンサムになってよかったじゃないか」と私は慌てて言う。彼は複雑な顔をして「お前も」とだけ返事をした。





私はシリウスが好きすぎるので
想像しただけで台から落ちそうです先生。

ハンジュマク&エステ。
女性のほうは黒ブララ+黒パンツを装備した
原哲夫先生が描かれたような女性達が
体の表面を削いでくれます。
で、潰したキュウリと蒸しタオル(熱い)。
そのあとで何故か全身にヤクルト掛けてくれた。

2007.05.23 イベントのお礼としてup
2007.08.01 再up