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 瞼が半分垂れ下がったルーピンが家に戻ったのは夕刻の事だった。
 彼はくたくたと崩れるように椅子に座ると、小声で帰宅の挨拶をシリウスに述べた。なんとか聞き取れたところによると、15時間の労働を3日に渡って行い、その仕事は果実の選別で、ほぼ立ち仕事であったらしい。「どこの奴隷農場から逃げてきたんだお前は」とシリウスは呆れと労りの中間の声を出した。
「仕方ないよ。雨が降る前に出荷しないといけないんだから……それに今年は流感で人手不足だったんだ」
 まあ、だから私が呼ばれた訳で、とルーピンは付け加える。そうしている間にも彼の頭と瞼はどんどん下がっていく。
「仕事中に面白い話を聞いたよ。ハンサムな男性には恋愛で意外な傾向があって……」
「うん」
「それが君に……」
「リーマス?」
「……だめだ。頭が回らなくて話がまとまらない。他にも話したいことは2、3あるけど、一旦眠ってからにするよ。君の方は?何か変わった事があったかな」
「留守中の俺の孤軍奮闘も、お前が目覚めてから話すとしよう」
「そうか。じゃあ帰って来たばかりだけどおやすみシリ…」
「待て待て。ちゃんと食事はしたのか」
 机に手をついて立ち上がろうと努力していたルーピンはきょとんとして友人を見上げる。
「夜明け前に1度食べたよ」
「何て扱いだ!どうせ十数時間は目が覚めないのだから、そんな空腹で寝ては体に悪い。ついでに水分も摂るんだ。10数えて待てリーマス」
 そう言うか早いかシリウスはキッチンに向かい、こつりこつりと杖の鳴る音がした。ルーピンが9を数える前に、彼はホットミルクと、小さなフレンチトーストを持って再登場した。
 熱せられた砂糖と蜂蜜と卵の匂いを嗅いで、ルーピンは初めて自分の空腹に気付く。彼はミルクを受け取った。温度は熱過ぎない暖かさだった。垂れ下がった瞼のまま彼はトーストのかけらを口に入れると、かつてないくらい幸せそうな表情になって笑った。
「そんなに美味いか?」
「ああ、おいしいのも勿論あるけどね……」
 にこにことシリウスを見ながら彼はゆっくりと口を動かす。疲労のせいで、いつにもまして悠長なレスポンスのルーピンに、木の精霊と話をしているようだとひそかに思っていたシリウスは、次の瞬間激しく現実に立ち戻った。
「妻を持つ男の気持ちはこんな風なのかなと思って。家に帰りたくなる訳だね。結婚っていいものだね」
 シリウスは口を台形の形に開けたまま固まった。ミルクを飲んでいたルーピンはそれを見て、5秒考え付け加える。
「……違うよ。今から誰か新しい相手を探して結婚しようという意味では決してないから。無駄に怒らないでくれ」
 それでもシリウスの口が閉じないのを見て、また彼は考える。
「ええと、さっきのはプロポーズじゃないから……空想上の生物みたいなそういう……」
「いや、お前……」
 意味がわからない。とシリウスが言おうとした瞬間、ルーピンは「ただいまシリウス」と呟いて、べしゃりと異様な音がした。とうとう眠りの妖精に意識を攫われた彼が、空の皿の上に突っ伏したのだ。笑顔のまま。
 シリウスは咄嗟に頭を支えようとして手を伸べたのだが間に合わなかった。そんな具合に就寝する人間を見たことも聞いたことも想像したこともなかったシリウスは、今度は口を楕円形にしてしばらく驚愕していた。
 やがてルーピンの寝息がし始めたので、シリウスは諦めて立ち上がった。
 引き抜いた空の皿とカップを洗い、それから友人の顔を丁寧に拭い、彼を寝室に運ぶために抱き上げた。
 眠るルーピンの体からは収穫したばかりの果実の香りがした。




どっちを妻にしたいかといえばシリウスでしょうか。
料理がうまいし。掃除にも神経質そうだし。
お裁縫も電気系統も大工仕事もやりそうだし。
(やりくりは駄目っぽいけど)
そして教育熱心そうだ。
「お父さんに叱ってもらいますからね!(ムキー)」
とか言ってそう。
でもお父さんにこにこしてそう。
あれ?うちシリルサイト…?

2007.07.03