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 花火を見た。
 名の知られていない小さな町で、偶然に見た花火だった。
 巨大な夜空にささやかに灯る明かり。肺の中の空気を震わせる音。
 通りには普段着の人々がたむろし、お年寄りが細い声で感嘆している。手をつながれている子供はぽかんと空を見上げていた。次々と違う色に照らされる人々の頬。
 「シンプルで可愛らしい花火だね」と私は隣に立つシリウスにそう言った。
 シリウスは、本当にそう思うのか?リーマス。とでも言いたげな、ちょっと面白がるような笑顔を浮かべた後、実際その通りの言葉を口にする。
「本当にそう思うのか?」
 彼は大きな音のするものが好きだ。そして光るものや、綺麗な色のものを同じく好む。つまり彼は花火が好きなのだ。今も、いかにも大人らしく振舞ってはいるが、その実大声を上げてはしゃぎだしたい欲求が彼の中に確かにあるのを私は知っている。
「どういう意味だい?」
「あの花火がシンプルだって?」
 どうしてそんなに嬉しそうな顔をするんだろうと言いたくなるくらい彼は嬉しそうだった。そして誇らしげにシリウスは言う。「ここはマグルの町なのに?」
「本当だ!」
 私は口元に手をやった。私の驚きぶりは彼を満足させたようだった。うっかりと失念していたが、私達が旅行の通過点として滞在しているここはマグルの町なのだ。火花がフェニックスを形作らないので、ユニコーンが駆けないので、私はこの花火をささやかなものだと思ったが、それは大きな間違いだった。
「魔法を使わないで彼等はこの花火を上げている?」
「そうだ」
「信じられないな!一体どうやって?祭りの日だけ臨時に魔法使いを雇っているのではなくて?」
 彼は2秒間黙る。
 私にマグルの花火の構造を説明しようとしてる。どう言葉をそぎ落とせばシンプルで分かり易いかを検討している。彼特有のものすごい集中力で。瞳の輝きが内側に収束していくかのような集中。別に彼の為に何の得になる訳でもない。ただ彼は分かり易く説明するのが好きなのだ。シリウスは口を開く。
「シールドした火薬を火薬で飛ばす。シールドの中には更にシールドされた火薬が入っているので、それを内部の火薬で飛ばす。火薬の中には細かい金属その他が入っていて、それが燃えて発色している」
「なるほど」
 と言いながら私は別の事を考える。彼が物を考えるときの表情が相変わらず好きだ、というような事を。
「でもこんな風に綺麗にあげるには、一体何百回花火を打ちあげないといけなかったんだろう」
「何百回ではなく何千回だったかもしれないな」
「私なら諦めるね。どうしてそんな労力を払って空に花火を上げる必要があるんだ」
「マグルの人々が、お前より勤勉だからだろう」
 怒る振りをしなければ、と思ったが、私はただ笑った。空の花火を映して彼の瞳は輝いている。
「初めてマグルの花火を見た訳でもないだろうに」
「これまで深く考えたことがなかった」
 彼はやれやれと口にした。そう、確かに私は以前にもマグルの花火を見ている。そのときの私は色々な意味において1人で、そして絶望してもいた。宿屋の部屋から遠くに花火が見えたが、しかしそれはただの花火で、辞書の「花火」の項目を読むのに近かった。こんな風には感じなかった。その時の花火は、私の目には単なる光の点滅に見えた。

 ひときわ大きな花火があがり、音を立てて開いたあと、花弁が尾を引き更に小さな花が開いた。ばらばらと乾いた音がする。地上まで火花が落ちてきそうな音。
 彼はこちらを振り向いた。いまのを見たか?凄いな、と彼が言うだろうと私は思った。
「いまのを見たか?凄いなリーマス」
 彼が全身でわくわくとしているのが伝わってくる。
 彼には人生を楽しむ才能が元々備わっている。運命はそれを押し込め、或いは彼自身がそれを絶ってしまおうとしたが、彼の才能は屈しなかった。彼の身の内で芽吹き生長し、今も健在だ。いや、健在という表現は控え目に過ぎるだろう。
 その勢いたるや、まさか知らぬ間に私にも伝播したのかと時折疑ってしまう程なのだ。
 闇を制圧する勢いで連続してあがる光の花を私は見ていた。火薬と、金属片と、考えるだけで気の遠くなりそうな複雑な仕掛けで作られたという一瞬の花。それは光の点滅ではなかったし、ささやかなものでもなかった。
 花火は美しかった。









かなしいこともたのしいことも
ジョリィと僕とで半分こ。
(ジョリィって誰?という若い人へ)
(名犬ジョリィという犬と少年の物語が大昔にありました)

先生が日記を書くとしたら
最初の1行と最後の1行だけ書いて終わりそう。

2006.04.20

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