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 辺りは真夏らしく濃厚で埃っぽい風景だった。
 ここから見える街の土壁も石畳の道も人々の肌も、狂ったような日差しのせいで目が色を捉えきれない。すべてが白い炎に焼かれているようだ。
 3方向の壁が開け放たれ周囲の風景が見通せるカフェで、俺は乾いたオープンサンドを食べていた。
 素晴らしいとは言い難い料理だが、こうやって日陰で座っていられるだけでこの店は天国だ。屋根の下にいる限り日差しに焼かれることはない。白いテーブルクロスの上には露の浮いたグラスにたっぷり入った水が置かれている。周囲のテーブルには俺と同じように、外の風景を眺めてうんざりとした表情を浮かべている男女がいる。俺の正面の席にはリーマス。
「日が沈んだらバーへ行こう。そこで1杯飲んで、もう帰ろうリーマス」俺はそう言った。
「あなたとバーへ?」
 リーマスは笑顔を浮かべた。
「それは楽しそうだ。けれど今日は所用があるのです。本当に残念ですが、また今度ご一緒しましょう」
 そう言って彼はとても残念そうな顔をした。リーマスのそんな表情を見るのは久しぶりだった。
「どこか具合が悪いのか?」
 どことなく不自然なその物の言い様に俺がそう尋ねると、彼は少し怪訝そうに笑って
「いえ、どこも悪くはありませんが……」
 と含みを持たせた返事をする。妙に会話が噛み合わなかった。
 そうするとリーマスの隣に座っていたのっぺりした顔の紳士が彼に何事か囁いた。リーマスは素早く彼の髪を引っ張り、「君は口を閉じているといい」そう言った。
 その瞬間に俺が受けた衝撃は説明しがたい。
 まず、そののっぺり顔の紳士へのリーマスの態度は、唯一の人間に向けられるものだった。唯一の親しい友人、つまりは俺への。この紳士は誰だ?と俺は思った。
 それからおかしな話だが、彼がこれまでの生活で俺へ取っていた態度についても俺はショックを受けた。俺は今までリーマスは世間に向けているのと同じ態度で公平に俺に接していると、何となくそう思いこんでいた。馬鹿な話だ。こうまであからさまに違うのに。彼は人に対して、その意に反する事は言わない。そう、俺の誘いに返事するように「今日は眠いから行かないよ」等とは決して。そして髪を引っ張ったりも無論しない。口を閉じていろ、という類の言葉を彼が人に対して使うなど、想像すら出来ない知人が大半だろう。ものすごい差別化だ!俺はそう叫びたくなった。
 そして、この態度を隣の紳士に向けているということは、この目の前のリーマスは俺の友人ではないのだ。俺は悟った。髪も声も、よく似ているが彼は俺の友人のリーマスではないに違いない。
 その3つの点にあまりに驚いたので、俺は癇癪を起こしたい衝動を感じた。しかし今わあわあと騒ぎ立てても、この場に俺を宥めてくれる友人はいない。
 探しに行かなければ。俺は思う。
 おそらくどこかで彼とはぐれてしまったのだ。きっと今頃俺を捜している。「残念ですが」「喜んで」などという言葉は決して使わないし、話ながら穏やかな笑顔を浮かべてくれはしないが、けれどもっと豊かな表情で俺と会話をするリーマスが何処かにいる。時には眉を寄せたり、睨んだり、髪を引っ張ったりする彼が。俺は彼を捜さなければならない。
「用が出来たので失礼する。会えて良かった」
 俺は立ち上がり、目の前のリーマスに手を差し伸べた。彼は礼儀正しくそれを受ける。
 煙を上げそうな殺人的な太陽は漸く傾き、断末魔の赤や紫を空へと撒き散らす準備をしていた。


 息を呑む音で目が覚めた。
 いつもの悪夢を見た時と同じに、粘度の高い汗を体中にかいていた。うなされてはいなかったと思うが自信はない。
 もしリーマスに面と向かって尋ねられて「いつもの夢だ」と答えても、誤魔化せるかどうかは非常に怪しい。俺の嘘は彼に通用しない場合が多いから。俺の嘘はどうやら稚拙らしい。
 夢の内容を白状させられて、リーマスが笑わない可能性は非常に低い。
 そして笑われるだけならまだしも、夢の中のリーマスの口真似を彼が始めたとして。
 俺は平気でいられる自信がない。
 情けなく歪んだ表情を見られるのは避けたい。
 おそらくお互いに言葉を失って、いたたまれない沈黙が訪れるであろうから。










おかあさんが、ぼくのこと「こんな子は知りません」
ってゆったんだ(夢で)。えーんえーん

……みたいな?
先生、この可哀相な超イケメン(中身は5歳児)の
頭を撫でてやってください!
「お母さんは星之介のお母さんですよ〜」
ってゆってやって下さい。(笑)

2005/07/24

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