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 髪を掴んで引き倒したら、首の付け根を噛まれた。

 お互いに四ツ足のキャリアが長いので、興奮すると「前足」で相手を押さえつけて口で威嚇する癖が出てしまう。さすがに吠えるのは我慢するが。

 犬科の姿で取っ組み合う時は、四肢の力が強いものだから我々はどこまでも転がってゆく。さながら1つの毛玉のようになって。爪が土を引っ掻く音や唸り声をBGMに、空と地面がぐるぐる入れ替わる様は動物の目には実に面白く映り、やめられないくらい楽しい遊びだ。しかし人間の姿の時はあれ程軽快に転がる事は出来ない。人間の手足は重い。そしてとても絡まりやすくなっている。

 犬科の口で噛み合うと牙と牙ががりがりと引っ掛かり大変不愉快なのだが、人間の口はそうではない。歯はなめらかかで唇は柔らかく、中は潤っている。ただ、舌が短いのは少々不便だとシリウスは言う。しかし犬の姿とは違い親愛の情を表すのに相手の毛繕いをしたり、顔を舐めまわしたりする必要はないのだから、この数センチの舌で大抵は事足りるだろうと私は思うし、実際充分に足りている。

 我々には尻尾がない。なので我々は互いの表情を見る。彼の上機嫌な様子はすぐに見てとれる。ときどき彼の表情は尻尾よりも如実だ。そして大抵の場合彼の上機嫌は私に伝染する。

 人間の我々には毛皮がない。そういう訳で裸でいる時、犬の姿でいる時よりはぴったりとくっつく必要がある。
 もちろん防寒のためだ。







またそんな真顔で先生……。
シリウスが後ろで聞いていたら
飲み込んだものを吹き出しますよ。

2005/05/12

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