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 いつもと同じ冗談のつもりで「俺がもし浮気をしたとしたらどうする?」と共に酒を飲みながらシリウスは言った。
 ルーピンの答えは予想出来た。『どうもしないよ』あるいは『君が本気だったなら家を出るよ』
 しかし長い年月の過ぎたある日、彼はこう返事をした。
「とりあえず君を刺すよ」
 ルーピンは微笑んでいたが、シリウスは動揺のあまり立ち上がった。そして玄関の方へ向かって、また戻ってきた。
「今から屋根の上に登って、一曲歌っていいだろうか?」
 ルーピンは「今すぐ刺されたいのでなければ、やめてくれ」とそう言った。

 あれから随分と年月が過ぎた。
 しかしその家の住人の数は増えることもなく減ることもなく、彼等は少しも変わらない生活を今も営んでいる。しかし2人とも人から「変わった」と言われる事が多くなった。

 ルーピンは昔に比べると感情の種類が増えた。例えば嫉妬であるとか、例えば独占欲であるとか。それは彼にとって長い間失われていた感覚であったが、徐々に学んだ。まれに胸の内が少しだけチリチリとする時、ルーピンは「ああ、嫉妬だ嫉妬だ」と味わうように呟く。そして気分が乗ったときはシリウスに対して「君は誰の所有物だったっけ?」などと尋ねてみたりする。彼は微笑んで「確かリーマス・J・ルーピン氏所蔵だったように思う」と答える。
 彼は他人に対して感情をぶつけることは、何も特殊な大事業などではなく誰もが日常当たり前にやっている行為だという事を学習した。その必要性と簡単に行うコツもシリウスから学んだ。
 そして穏やかに自分の病気と付き合った。もはや彼は、月齢さえ友人に指摘されなければ忘れているくらいの関心しか自分の病に対して示さなかった。罹病者への世間の扱いの変化にもひどく鷹揚で、他の世間話以上の関心を持っていないのは明らかだった。
 人は自分が幸福であると感じているとき、わざわざ不幸になるための題材を探す努力をしたりしないものである。


 シリウスはもう、悪い夢を見なくなった。時々同じ寝室に居る時などわざと唸ってみせて友人をからかったりするのだけれど、その声は本当に悪夢を見ている時に似ても似つかなかったので、容赦なく無視された。
 マグルのTVに映る流行の物や美味しい食べ物、シリウスは何にでも興味を持ったし、何処へでも行きたがった。笑顔で。気分が乗ると夕方でも朝一番でもルーピンの腕を掴んで立たせ、荷物を持つ間も与えず連れ出した。その様子は少年の頃の彼か、あるいは昔のジェームズに似ていた。ルーピンは何事か不平を垂れながら、それでも強く抗わず彼に引っ張りまわされた。彼等は精力的に、けれどあくまで彼等のペースで、美しい場所へ珍しい乗り物で赴き、色々な物事に挑戦した。(そしてハリーは珍妙な土産話を嫌というほど聞かされる運命にあった)
 犬の姿になる必要はどこにもないにもかかわらずシリウスは頻繁に犬に化け、けしからぬ悪ふざけを友人に仕掛ける事は相変わらずだった。けれどルーピンの黒犬に対する愛情は以前と変わらぬばかりか若干増す傾向にあったので、悪ふざけがどういう種類のものであれ全て許された。


 彼等は喧嘩をする。しかし翌日になると双方の問題点をほぼ正確に理解し、年齢に相応しい礼儀をもって相手に詫びた。喧嘩をする何十倍もの時間を彼等は笑って過ごした。そして喧嘩をする何倍かの時間を彼等はぴったりと抱き合って過ごした。悪くない比率だった。

 物語は彼等を解放した。もはやそこには死別や裏切りはなかった。ただ、互いと、互いの好意だけがあり、あとは緩やかな変化を楽しみつつ見守ればよかった。長い時間の果てに、ようやく彼等はそこへ辿り着いた。







私の考える本当のハッピーエンドというのは
イメージ=菌の発酵で、
目を離して温度が低下すると死んじゃうし、
熱すぎても死んじゃう、やっかいなものという感じです。
時間と忍耐と根気を、平気で要求する腹立たしい物でもある。
少しも華々しくなく、勝利とかではなく
エブリタイム幸福という訳ではなく
それどころか時には楽しくなかったりもするけれど、
でも「やめたくないこと」「続けたいこと」
なのだと思います。


(05年2月10日 日記と一部重複)

2002年9月12日からスタートした
「ボエム」と称する中高生が書きそうな
短くて恥ずかしいポエムのコーナーが
2年と少しかけて100話完成しました。
もともとはクイズのためだけに捏造したものですが
楽ちんなので続けさせていただいているうちに
ここまできました。
この100話目はこのサイトにある全ての話の
最終話です。(パラレルは除きますが)
今まで書いたものも、これから書くものも
結局この話に辿り着きます。
時系列的にこれより先の話であっても同様です。



せっかくなので自分的ベスト10いっときますね。
(ごめんなさいごめんなさい2年に1度くらい許してください)

100……先生がこんな精神状態になるまで書けるとは思わなかった。
 01……キッチンテーブル。理由は分からないが好き。
 36……ピアノを弾く話。音楽とシリウスさんの話は好き
 26……強盗プレイの話。シリウスさんがもはや哀れ。
 04……ニョッキ。いまでもこれを読むとお腹が減る。
 34……痴情の星・完結編。やべえルシリばっかりだ。
 43……エレベーターに乗ると思い出す。
 66……散歩道でシリウスが先生にお話をするやつ。冬っぽくて好き。
 63……怪我話。これがきっかけで君よ知るや南の国を書いた。
 14……このクイズのためにポエムコーナー作ったので一応。

映画館に2人で入るやつもちょっと好きです。
寝る前にシリウスが先生を思い出すのも。
あと先生が看板落として敵が田舎に帰るやつとか。
本当は100話になる予定だった51とか。

ちなみに駄文と裏駄文と落書きの総タイトル数も
いま現在全部で100です。たぶん……。
(この間の100クイズでちょうど100/笑)
合計200タイトルですよ!200タイトル!!正気じゃない!
いくらシリルシリが好きと言ってもこの数は病気ですよ!
心の病だ!!
2005/02/10

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