ハウチワマメ
                 since 2002/05/24










   「……」
   「……」
   「ルーピン先生?」
   「うん」
   「質問があります」
   「どうぞ」
   「これから俺達はこの部屋で夕食の予定ですよね?」
   「いかにもその通りだね」
   「どうして俺の膝の上に座るんですか?」
   「ああ、うん」
   「しかも掛け声が「どっこいしょ」というのはどういう訳ですか」
   「歳をとるとどうもその手の言葉が出易いね」
   「椅子を間違えておられるのですか?」
   「その場合、君と対面する形で椅子に馬乗りになっているのは変だね」
   「食事の前に自分の部屋でなにかを一瓶こっそり空けたとかいう話ですか?
   こう見えて泥酔しているんだよという落ちでしょう?」
   「それはどう考えても心に問題を抱えた教師のする事だね。
   幸いにして今の私には悩み事はない。今日はまだ何も飲んではいないよ」
   「……」
   「……」
   「分かった。風邪を引いている?意識が朦朧としている?」
   「シリウス……これまでに何度も何度も言ってきたけれど、
   私が君と一緒に暮らしているのは、別に惰性でとか経済上の都合とか
   そういう理由ではないんだよ?」
   「何度も何度もなんて聞いてない。訂正しろ」
   「……うん、そうだね言い過ぎた。でも何回かは言った」
   「じゃあなぜ一緒に暮らしているか聞いてもいいですか今ここで」
   「それは……ええと、君と、同じ理由、で」
   「ハッ」
   「鼻で笑う事はないだろう」
   「失礼。鼻炎気味なのかもしれない」
   「それだけ高い鼻を持っていると、鼻炎もさぞや凄かろうね」
   「鼻を観察するために俺の膝の上に?」
   「ああ、それでもいいんだけど、もうすぐクリスマスで」
   「そうだな」
   「君の使う、人をどきどきさせる魔法に以前から私はあこがれていた。
   君の魔法で私は何度も驚かされ、幸福な気持ちになった。
   残念ながら私にその方面の才能はなくて、ちっともアイディが浮かばなかったんだけど。
   でも人々がクリスマスに寄付するような……いや、寄付と言うと
   君は絶対に曲解して怒るね。クリスマスのカードを贈り合うようなものだと解釈してほしい」
   「最近はお前の言葉尻を掴まえて締め上げることができなくなって寂しい限りだ」
   「楽しんでいたとは知らなかった!」
   「要するにサプライズプレゼントで俺の膝の上に乗ってらっしゃる?」
   「だとしたらどうする?」
   「うぶなもので、心臓が止まりそうだ」
   「グリフィンドール一番の荒ぶる狩人が御謙遜を」
   「教師に迫られた経験はないからな……あれ?たぶんない筈だ。うん」
   「まあ……そこのところは掘り返さなくていいから。
   ところで私からの質問があるんだが、答えてもらえるかな?」
   「どうぞ。質問前に手を出さなくて良かった」
   「その1。この私は本物で、当然のことながら1分後にはあっさりと立ち上がり、
   普通に食事が始まる」
   「本物?その1があるということはその2も?正解を当てるのか?それとも選べる?」
   「その2。この私は馬糞と藁でできた人形で、その代り今夜君の言うことには何でも従う。
   内容にかかわらずどんな事でも」
   「馬糞」
   「即答か!男らしいな!」
   「違う。最後まで聞け。馬糞以外の材料で何とかならないのか?と聞きたかったんだ」
   「人糞ならいいのかい?」
   「グレードを上げるな。下げろ」
   「じゃあ鶏糞で」
   「……どうあっても糞と俺を乳繰り合わせたいのかお前は」
   「その3。この私は春に君が呼び出した悪魔である」
   「……!!」
   「君はこれから私を相手にめくるめく体験ができるが、
   最後にとんでもない相手と不貞を働いた事に気付く訳だ」
   「不貞?」
   「うん、そう。背中に爪痕が付いていたりするのを私に見とがめられる。
   それも普通の爪痕とかではなくチェスが出来そうなくらい凄いのが」
   「それは定規を使わないと難しいんじゃないか」
   「悪魔なんだから、道具なしに直線くらい引けるよ」
   「それでお前は俺の不貞を責めたりするのか?」
   「いやまさか。悪魔に騙されたなら君は被害者じゃないか。背中に軟膏を塗ってあげるよ」
   「……」
   「え?キスしろというジェスチャ?」
   「いや拗ねてるんだ」
   「……済まない、分からない。その4もあるんだが」
   「どうぞ」
   「その4。この私は本物の私で、今夜君の言うことにはなんでも従う。
   内容にかかわらずどんな事でも。不平を言ったり逃げたりしない」
   「……」
   「……」
   「あと茶化したり混ぜっ返したりもしないでほしい」
   「勿論しない。照れも隠れもしない」
   「いや、できれば照れはしてほしい」
   「ええ!?」
   「重ねて聞くがそれは正解を選ぶのか?」
   「うん。まあそんなようなものだ。答えは食事の後に聞こうか。どっこいしょ」
   「おい、「どっこいしょ」はよさないか?………………あっ!!」
   「君を驚かせることはできたかな」
   「……さっきまでテーブルの上には何も……」
   「うん」
   「ああ、寮の食事だ……カボチャスープ、プディング、ラム、鱒……
   あの微妙なマッシュポテトも……」
   「レシピを持っているのでね。再現率は高いと思うよ」
   「天井も、蝋燭も。随分凝ったな!」
   「立ち上がらないように。粗が見える」
   「視線を遮るために俺の膝の上に乗った訳だ。手品の基本だな」
   「手品の基本はむかし君に教わったんだけどね」
   「テーブルなんか見もしなかった。お前の色仕掛けに集中しすぎて目が充血した」
   「目薬を差しなさい。感想は?」
   「参りました」
   「うん、じゃあ食事にしよう。昔みたいに食べ物を投げたりしないように」
   「しません。先生、クイズの答えが大変気になるんですが」
   「うーん、そちらは正直おまけというか……できれば食事に集中してほしいんだけど」
   「でも気になって消化に悪いです」
   「食事前にあまり上品でない話をするのはよくないし」
   「上品でないというと、答えは4番しかありませんね、先生」
   「いや、馬糞より上品でない解答はないと思うけど」
   「馬糞と一緒に食事をする身にもなってください」
   「はははは、食事抜きで部屋で反省書き取りがしたいのかな」
   「いいえ。勿論先生の手料理はおいしく頂きますが
   食べた後で上品でない解答も聞きたいです。馬糞以外の」
   「馬糞以外というと悪魔か」
   「ルーピン先生」
   「嘘だよ。まさかメイン前の導入部に、こんなに執心されるとは」
   「馬鹿な。お前は一体これまで俺の何を見てたんだ」
   「悪かった。認識を改める」
   「そうしてくれ。お前が馬糞でも悪魔でもないと嬉しいんだが」
   「本物だけど、お皿を洗いに行って色々忘れてしまうかも」
   「その時は俺がお前の膝の上に乗って阻止するさ」
   「歓迎する。私は馬糞も悪魔も差別しないよ」
   「……」
   「……」






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