ハウチワマメ
since 2002/05/24


    HAPPY NEW YEAR!!





    新年を異国で過ごすというのはシリウスの発案だった。
    何枚もの色とりどりのチケットを、ピンで壁にとめて
    彼は年末の雑務をぐいぐいと精力的にこなしていた。
    たくさんの子供たちへのクリスマスカード、
    プレゼントの準備、パーティーへの欠席の返答、
    名前を貸しているチャリティーの催しへのメッセージの作成。
    なにしろ彼は義息のハリーほどではないが有名人なのだ。

    旅行の下調べや予約はルーピンが受け持った。
    ガイドブックを片手に、彼は電車の接続を調べ、
    レストランへ電話を掛ける。旅行先は英語圏ではないものの
    交通機関や飲食店の多い、旅のしやすい国だった。
    興味を持つと旅行先の言語から歴史から文化から
    猛烈な勢いで調べ始め、ガイドブックを付箋と書き込みで一杯にする
    シリウスほどではないが、普通の旅行をするのには
    申し分ない準備が整った。

    トランク1つを持って2人してハイヤーに乗り込み、
    雪の降る母国を脱出したのが昨日のこと、
    長いフライトを経てこの国に辿りついたまでは良かったのだが。
    シリウスが倒れてしまった。
    席をはずす回数が妙に多いなと、最初にルーピンが気づいたのは
    トランジットの際だった。
    しかしシリウスがふと気が向いて何か突拍子もないものを
    買って戻る事はよくあったし、
    残りの用事があって連絡が必要なのかもしれないと
    深くは考えなかった。
    けれど次に乗った航空機で、
    通路をこちらに向かって歩いてくるシリウスが、
    2、3度他の乗客に膝を当てて詫びている様を見たときは、
    さすがのルーピンも真顔になった。
    着席した彼の左の手を無言で取ると、
    案の定発熱している者のそれであった。
    「症状は?」
    と聞かれた時のシリウスの表情。
    悔しげなのが半分と、叱られるのを恐れているようなのが半分。
    反射的に噴きだしてしまいそうになってルーピンは視線をそらした。
    「しばらく前に薬を飲んだ。かなり収まってきている」
    「……どうにもならなくなったら医療機関を頼ろう。
    このうえの我慢は絶対にしないこと。いいね?」
    「分かった」
    言葉に恫喝を滲ませるとシリウスは目を伏せた。
    残りのフライト時間を彼は眠って過ごした。
    食事の際も起きなかったので、
    ルーピンは飲み物だけを彼の前に置いたが
    手をつけている様子がなかった。
    彼の唇はひび割れ、皮膚は水気を失い、
    冗談事ではない様相になっていった。
    ホテルにチェックインするまでは何とか自分の足で歩いていたが、
    ベッドに横になると起き上れなくなった。


    開けて新年。
      ホテルが手配した医者の診断によると、
    シリウスの体調不良は流感のせいであるらしかった。
    年末の予定を詰め過ぎて睡眠が足らなかったのだろう。
    本人もそれは痛感しているだろうと、ルーピンは何も言わなかった。
    幸いにもホテルも医者も随分と親切で、
    必要なものはなにもかも揃えてもらえた。
    ちょっとしたものはホテルに隣接する店にすべて売っている。
    すべて。そのあまりの完璧な品ぞろえに、  
    ルーピンは感心してしばらく口を開けて眺めていたほどだ。
    「うつるといけないから、もう一つ部屋を取るといい」
    注射のおかげで喋れるほど回復したシリウスは、
    まず最初にそう言った。
    「必要ない。君の風邪は私にうつらない」
    持病のせいなのかそうではないのか、
    理屈は不明ながら彼の言葉通りシリウスの風邪は
    ルーピンにうつることは少ない。
    長年共に暮らして分かった幾つかの事実のうちの1つである。
    「それよりももっと水を飲むように。
    脱水が恐いと先生も言っていただろう」
    「そんなには飲めない」
    ひび割れた唇で、それでも笑ってシリウスは新年の挨拶を述べた。
    「すまないリーマス」
    「これからも色々な新年があるんだから、謝るのはなしだ。
    私が何かやらかす新年はきっともっとすごいに違いない」
    窓ガラスの向こうから、
    新年のお祭りの音楽と火薬の破裂音がうっすら聞こえてくる。
    彼等の逗留しているホテルと催しの会場はとても近いのだ。
    「この行きたいのに行けない感じは懐かしいな」
    「懐かしい?」
    「そう、囚われていてどこにも行けない状況が」
    「……それはもしかして牢獄を思い出すという意味で?
    かなり違うんじゃないかな」
    「……そうだな。出てから随分立つから、色々忘れてしまった」
    「どうして新年の旅行でアズカバンなんか思い出すんだ君は。
    どちらかといえば学校の催しの日に病欠して部屋にいたのが
    近い状況じゃないか?」
    「俺にはあまりそういう経験がない。
    その状況はお前だな。懐かしいか?」
    「うーん、特に懐かしくない」
    「お前だけならパレードを見に行ける。
    なんなら行ってくるといい。パレードだろう?この音楽は」
    「うん。実は窓から見える。お城の横を行列が通っているよ。
    色々信じ難いものが見える。凄いねマグルは。
    君が大騒ぎする所を見たいから、治るまで待っているよ」
    「大騒ぎ?お前は俺を幾つだと思っている」
    「大騒ぎをする君を見るのは好きだけど」
    「……病人には優しくしましょうの精神か?」
    「君が寝込むのは珍しいからね」
    細い指がシリウスの額を撫でた。目があって頬笑み、
    ルーピンは自分の寝台に戻って上掛けにくるまり横になった。
    「リーマス?」
    「このパレードはしばらくやっているらしいから、
    治ったら一緒に見に行こう。延泊の手続きはしておいた。
    知っての通り私は眠るのだけは得意でね。
    君が治るまで眠っているよ。
    どれだけ眠れるか君と競争してもいいくらいだ」
    本気か冗談か良く分からない声でそう告げると、
    シリウスの恋人は布団にもぐってしまった。
    病身であるというハンデがあっても、
    あまり勝てる気のしない勝負である。

    そして気になってシリウスはすぐに質問をした。
    「俺が治ったら本当に起きるんだろうな?」
    返事はなかった。
    ただパレードのやたら明るい音楽だけが遠くから流れてくるのだった。