誕生日とプレゼント2



海底。
殺人事件。
音楽会。
ジャングル。
影絵。


 私の手帳には奇妙な文字が並ぶページがある。もし人が目にしたらさぞや首を傾げるに違いない。それはもう10行以上書き込まれている。


黒犬。
ホグワーツ。
チョコレートタワー。
2人になったシリウス。
満月。


 毎年1行ずつ増えていくこの文字を見るとき、私は微笑まずにはいられない。文字をたどればその日の記憶が鮮やかに蘇る。

 むかし、私はシリウスに「物を贈られるのが少し苦手になった」と語った事がある。シリウスはそれを重く受け止めてくれたようで、その次の年の私の誕生日に彼は「もうお前に贈り物はしない」と宣言した。その宣言は現在に至るまで正しく守られ、私の誕生日にプレゼントが渡されることはなくなった。
 しかしその代わり、彼は愉快な遊びをするようになった。
 誕生日の朝に目覚めると、家の中全体が海底になっていたりするのだ。南の国の暖かい海水。色とりどりの魚。油絵の具を塗り重ねたような珊瑚。難破船。しかし呼吸は出来た。会話も。熱帯魚がひっきりなしに行き交って表情のよく見えない朝食の席のシリウスに、これはどんな魔法を応用しているのか尋ねたが、彼は唇に人差し指をあてて教えてはくれなかった。一日で消えてしまう青い世界が惜しくて、私は出来る限り家の中を歩き回り、隅々まで熱心に観察した。甲冑のように無骨な形の魚。妙な突起の出た魚。縄張りを荒らされたと勘違いしたのか体当たりをかけてくる魚。海水の中にいるのに、濡れない衣服。散々頭をひねる私を、笑って見ているシリウス。
 シリウスは人を驚かせるのが好きで、そして私は驚かされるのが嫌いではない。昔からそうだった。
 ある年は殺人事件だった。朝食の席に下りるとテーブルの下で人が死んでおり、ヒントが家の中の各所にあった。各部屋には様々な年齢の男女が容疑者としており、私は彼等に証言を聞いて回った。彼等は話の最後に律儀に「誕生日おめでとう、リーマス・ルーピン」と言い、私は吹き出さずにはいられなかった。あれはおそらく幻影に関する魔法の簡単な応用だったのだろうが、それよりはミステリー自体が凝っていた。シリウスの予定では昼頃に謎は解けて、ブランチをするつもりだったらしいのだが、夕方になっても私には犯人の見当がつかなかった。朝から何も食べていなかった私は第三の殺人のあたりで眩暈を起こしかけたのだが、ふと気付くと床に、いかにも即興で捏造しましたという感じの証拠品が落ちていて、無事に夕食にありつけた。
 ある年は家の中の壁という壁すべてに影絵が浮かび上がっていた。細かな意匠の王女と王子の人形。彼等の恋の物語。
 またある年はシリウスが2人になっていて、どちらが本物であるかを私は当てなければならなかった。
 その次の年は家の中がジャングルに、その次の年はホグワーツの懐かしい寮になっていた。
 そして、そう。その次の年に彼は満月を見せてくれた。

 私は大抵、自分の誕生日を忘れている。しかし目が覚めて世界が一変しているのを見て、或いはおかしな音を聞いて、おかしな匂いをかいで、「今日は自分の誕生日だった」と思い出すと、私は自分がわくわくとした気持ちになるのを抑えられない。シリウス・ブラックが人を驚かせようとして目的を果たせなかった事など、今までに一度もありはしない。私は徹底的に驚かされ、ひたすら感心させられる。必ず。
 誕生日の終わる夜、私は早く次の誕生日が来ればいいのにとこっそり考える。私のような年の男性が、こんなにも自分の誕生日を楽しみにするなどというのはあまり一般的ではないという事はよく承知している。それでもだ。
 友人の悪戯は芸術的だ。幼い頃からずっと魅了されている。そして彼の悪戯は、いつの間にか私の人生を変えてしまった。もうずっと昔に私の屈託は去り、私を縛り付けていた痛みや恐怖、憎しみを私は忘れてしまった。彼に満月を見せられたとき、残っていた全てが消え失せた。
 私は現在、自分の誕生日を心から楽しみにする、妙な初老の男性になってしまった。これこそが悪戯でなくてなんだろう。
 まったくもってとんでもない事だが、それでも私はこれから一生、彼の悪戯のファンであり続けるに違いない。






先生おめでとー!!
up 2008.03.10

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再録2009.03.09