モルカーと私


 秘密がある。
 実はモルカーと暮らしている。

 と言っても、車両としてモルカーを所持しているという意味ではない。モルカーのために購入したガレージ付きの一軒家で、モルカーのために大型空調機と、給水器と給餌器と、それと壁掛けテレビやテーブルや流し台、電子レンジとマットレス等々をガレージに入れて、一緒に住んでいるのだ。
 毎晩モルカーの腹に顔をくっつけて眠っている。そうしていると昔にアニメで見た不思議な生物と洞窟で暮らしているような気がする。温かくて時々ぴくぴくする腹。まれに寝ぼけてぷいぷい鳴くので、夢だよ、と言う代わりに腹をトントン叩いてやる。納得したのかパラパラと糞の落ちる音がして、ふふ、と思いながらもう一度眠る。
 恋愛よりも、スポーツよりも、SNSよりもモルカーが大事。モルカーがいれば何もいらない。弁解しておくと、人間が嫌いなわけじゃない。単にモルカーが大好きなだけだ。成人して初めて買ったモルカー。最初から夢中だった。でも割と稼いできちんと納税しているし、問題はないように思う。
 モルカーとはルームシェアをしている感覚だ。時々荷物を運んでもらって、こちらは住む場所を提供している。一緒にご飯を食べたりテレビを見たり。いつも楽しい。モルカーは大きな音を嫌がるので、児童向けの番組を見ている。
 モルカーの口蓋の形状からして人間の言葉を話すのは難しそうなので、こちらがモルカーの言語に合わせている訳だが、機嫌がいいとか悪いとか、背中が痒いとか、こちら側のテリトリーで排泄はやめてとか、今日は仕事で嫌なことがあったとか、そのくらいは通じるようになった。喧嘩だってするし、勿論仲直りもする。

 ある日、リフレッシュ休暇をもらえることになって、普通は海外旅行に行ったりするらしいのだが、当然そんなことはせずに食料を買い込んでガレージに籠った。疲れていたので眠りに眠って、ちょっと起きて、モルカーと歌ったりして、また眠った。幸せだった。どれくらい眠っただろう。最初は大きな音がして、何が起きたか分からなかった。
 モルカーが、ガレージのシャッターに体当たりをして穴を開け、逃げてしまった。
 えっ?そんなアグレッシブな面があったなんて全然知らなかった。起き上がって呆然とした。それにしてもあんなフワフワの体でよくシャッターを破れたな?と感心したあとで、はたと気付いた。もしかして、人間と暮らすのが嫌だったんだろうか、と。普通のモルカーみたいに車として、ガレージで1匹でいるほうがよかったろうか。ずっと人間が横にいるなんてストレスだったろうかと思った。悲しい時に泣くようなタイプではないので泣かなかったが、それはもう悲しかった。モルカーを探しに行かないと、と思った。そこで意識を失った。


 目を覚ますと病院だった。結論から言うとモルカーは逃げたんじゃなかった。
 自覚してなかったが最近仕事が忙しくて、どうも精神的に参っていたらしく、食事もろくにとらずに寝ていたのが良くなかったらしい。それで衰弱して起き上がれなくなっていて、あのまま寝ていたらどうやら危なかったとのことだ。
 破れたシャッターの穴から、意識を失ってガレージで倒れている(ように見えた)人間を見つけた通行人が通報してくれたらしくて、ありがたいことだ。
 翌日に無理を押して退院して帰ると、モルカーはシャッターの破れたガレージの中でレタスをぷいぷい食べていた。嬉しくて泣いた。泣き慣れてないので変な声が出た。


 それから少し心を入れ替えて、普通の人間らしい生活を送るようになった……と言いたいところだが全くそんな事はない。相変わらずモルカーと暮らしている。人はそんな簡単には変われないのだ。ただモルカーと一緒に遠出をするようになり、日を浴びて、運動をして、よく食べるようになった。健康でなければモルカーと一緒にいる資格がない、そう思ったからだ。恋愛よりも、スポーツよりも、SNSよりもモルカーが好きだ。これはたぶん一生変わらないし、別にいいんじゃないかという気がしている。

2021.01.16