バースデーと贈り物5












 「男性の容姿」という夕食時の非常に興味深い話題の続きを論じるために、シリウス・ブラックは友人のルーピンの寝室を訪れた。枕持参で。シリウスとリーマスを並べると、世間的に美しさで軍配が上がるのはシリウスなのであろうが、しかし信頼されやすい顔立ちなのはおそらくリーマスのほうである。納得がいかない。信頼される造作の基準は何なのだというシリウスの疑問に小一時間ほど付き合っていたルーピンだったが、眠くなってきたのか「不意に現れる美しいものというのは古来胡散臭いものなんだよ」と雑な打ち切り方をした。シリウスは隣りに横たわる友人の顔を無言でしげしげと眺め、澄ましていたルーピンは少し笑った。
 「ここで眠っても?」「こんな粗末なベッドでよろしければどうぞ」「こちらこそ胡散臭い美しい顔の男だが」「根に持つなあ」笑いあいながら就寝の挨拶を述べ、ついでに額や頬にキスを送り合って彼等は眠りに就いた。いつものように音よりも光よりも早いルーピンの入眠を健やかな寝息で確認し、ほどなくシリウスも眠りに落ちた。




 夜半。
 物音がして、シリウスは右手で髪をかきむしった。不意の覚醒で肉体への指示がうまく到達せず、彼の右手は顔を叩いたりシーツを叩いたりして、挙句起き上ろうとした彼は寝台から落ちてしまった。床の冷たさが知覚されるのに数分かかって、ようやく彼は意識を取り戻し上半身を起こした。物音は、窓を叩くフクロウの仕業だった。
 彼の義理の息子の顔が思い出されて、シリウスは窓を開ける。なにか緊急の用でも出来たのかと彼は危惧したのだが、幸いにもそうではなく手紙はシリウスへの警告だった。
 ここ1、2年ほど、彼は書籍を出版したり衣服の販売に携わってみたりと様々な商業活動を行っているのだが、どうやら収入の申告に漏れがあり、脱税の疑いが持たれていること、また出版社との契約不履行の疑いが持たれること等が綴られていた。寝起きで視界がぼやけてシリウスは何度も目頭を押さえる。税に関しては、会計事務所に一任していたが、ブラック家の固定資産を1つ2つ失念していた可能性はあった。この際に処分してしまうのも手だな彼は考える。ルーピンとの田舎暮らしは、驚くほど金銭を必要としないのだ。見もしない銀行の預金残高はおそらく膨れ上がる一方の筈だった。
 手紙には、マスコミなどに書きたてられるより早く手をうたないと社会的地位にかかわるので、緊急の話し合いが必要であること、この手紙の到着後1時間で迎えの車を寄越すので、秘密裏にロンドンまできてほしいという旨が書かれていた。差し出し人の名前は書いていなかったが会計士からなのだろうとシリウスは考える。
 しばらく考えて彼は打ち合わせに出掛ける決意をしてルーピンを揺り起そうとするが、熟睡の概念を絵にしたような恋人の鉄壁の眠りを見て起すのが気の毒になり、卓上のペンと紙を借りてメモを残した。「少し出掛ける。すぐに戻る」フクロウが窓を叩いても、同じ部屋で動き回る人間がいても、呼吸ひとつ乱れないルーピンにちょっと笑って、彼は静かに額へ口付を落とす。友人の体温はいつもと同じで少しひんやりとしていた。




 しかしなぜか到着したロンドンの高級ホテルの一室で、シリウスは軟禁を受けているのだった。彼は茫然としていた。手紙の差出人は会計士からではなく、シリウスが直接知る人間ですらなく、魔法界大手出版社の編集者で、彼の説明するところでは今月出版のゴシップ誌にシリウス・ブラック脱税の記事が載る予定なのだが彼の権限で差し止めることができる。ついては弊社でちょっとしたエッセイ集を出版しないか、ということらしかった。なんでも今年初めにあった出版社のパーティーでそういう口約束をしたと彼は主張するのだが、シリウスには全く覚えがなかった。
「今のところどの出版社にも文章を書くつもりはない。それと申告漏れの可能性があるならすぐに確認してしかるべき追徴税を支払うつもりだ。あなたは税務局の役人ではないし私を拘束する権限がない。これは不当な監禁になる」
 持ち前の弁舌でまくしたてるのだが、相手は堪えた様子もなく、笑ってシリウス・ブラック脱税疑惑の校正刷りを見せる。「守銭奴の富裕層」であるとか「ハリー・ポッターの関与は!?」などという刺激的な文言が並ぶ中、写りの悪い自分の写真が中央に据えられていた。
「この手のゴシップ記事はこれまでに千回は書かれた。気が狂っただとか不能だとか。あと1つ2つ疑いが増えても痛くも痒くもない」
 しかし無意味に事を荒立てるよりは、ここであなたが大人になって表沙汰にしないほうが得策なのでは?あなたの義息のハリー・ポッターも現在は官僚で、やがて名のある政治家になるかもしれない。その際に親が旧世代の純潔の特権階級意識丸出しで、市民の義務を軽視する男だというのは彼のためにならないのでは?彼等は親切そうな顔をしてそう言うのだった。説得する人間の数はいつの間にか増えていた。
 一瞬だけ、彼等の言う通りにしてすべて丸く収まるのならそれもいいのでは?という考えが頭をもたげたが、シリウスは慌てて打ち消した。どうにも眠かった。友人の隣りで丸くなって眠りたかった。
「話にならない。帰らせてもらおう」
 シリウスが立ちあがろうとすると、彼等は数人がかりで彼を押しとどめ進路をふさいだ。またもや杖を携帯していなかった事をシリウスは後悔する。彼らを無理やり突き飛ばし、部屋を出るのは可能だが、それこそ暴力事件として彼らに吹聴され、ますます面倒な事態を招くだろう。彼は目を覆ってしばらく考えた。眠ってしまいそうだった。
 こつこつと微かな音がした。
 強風が分厚い窓ガラスを鳴らしているのだと思って誰も気に留めなかったが、次にカリカリと何かを引っ掻く音に変わって、シリウスともう1人がそちらを見た。
 非常に見慣れた人物が、もたもたと杖でガラスを切断していた。時々思案して、自らの仕事具合を検分している。彼は中にいるシリウスや出版社の男たちに会釈をした。何人かは目礼を返す。おそらく彼等は窓や外壁の清掃業者だと思ったのだとシリウスは察した。ここはマグルのホテルなのだから、業者が箒に乗っている筈はないし、ましてや深夜の3時や4時に高所作業をする訳もなかったのだが、ルーピンの容貌にはそういう強い日常力があった。
 窓に大きな穴を開け終えてしまうと、ゆっくりとそれを内側へ倒し、ルーピンは落ち着いてステューピファイを唱えた。シリウスを取り囲んでいた男たちは藁の束のように折り重なって倒れ伏した。続けてオブリビエイトが唱えられる。まったく躊躇というものがなかった。
「この部屋の窓を外からぐるりと見て回ったけど、どれも開閉できないようになっているんだね。ハリーから聞いていた通りだ。ちょっと瓶詰めみたいで面白いじゃないか」
 箒に座ったまま足をぶらぶらと揺らして彼は笑った。
「……リーマスお前……俺がもしここで仕事の打ち合わせをしていたら……」
「窓の外から見ていた限りではそういう風に思えなかったから」
「うん、まあそうなんだが。助かった。ありがとう。……これ夢じゃないよな?」
「違うと思うよ。ほら、これ飲んで」
 ルーピンは下げていた鞄からカップを取り出しシリウスに手渡す。そしてボトルから紅茶を注いでこつりと杖で叩いた。口を付けるといつものルーピンの淹れた、特別に美味という訳ではないが日常の味のする熱い紅茶だった。一日に何度となく飲む味。ようやくシリウスの目は完全に醒め、彼は当たり前の疑問を口にする。
「どうしてここに!?眠っていたじゃないか?」
「うん。眠っていたのに起きた。凄いだろう?」
 シリウスは何度も頷いた。実際目の前に彼がいても信じ難い事だった。寝台を取り囲んだ音楽隊が演奏を始めても、果たして目覚めるかどうかは怪しい友人なのだ。
「さむくて目が覚めたんだ。それで置き手紙を読んで。なんだか妙だったからハリーに電話した。あの電気式の薄い板を日常的に使ってるって聞いてたから」
「お前……使えたのか?」
「じっと眺めて、ハリーと話したいと願いながら、勘であちこちを押したらうまくいった。なかなか話の分かる板だね」
「……俺が言うのもなんだがかなり特殊な使用方法だ」
「ハリーが、疑わしい出版社あがると教えてくれた。目を付けたセレブをマグルのホテルに拘束して数人で責め立て、判断能力を奪って無茶な契約をさせるとか。それでいくつか潜伏先の候補宿を聞いて、野良二―ズルにすべての部屋を虱潰しに探索してもらった」
「……猫?」
「人間の友達が少ないもので」
 ルーピンが手を差し出したのでシリウスは空になった紅茶のカップを窓の外の彼へ渡そうとした。しかし手が滑ってカップが落ちかかる。シリウスは身を乗り出して長い腕でそれを掴んだ。
 次の瞬間、酷いめまいに似た感覚がしたかと思うとシリウスの身体は窓の外にあった。ルーピンの冷たい手がシリウスの腕を引いたのだ。落ちかかるシリウスを、少し箒の位置を下げて受け止め自分の後ろに座らせる。
 地上からの距離は確実に200m以上、シリウスは呆然と強風にさらされながらカップを握りしめていた。
「……乱暴だぞ……」
「うーん、軽装すぎたらしくて、段々寒くなってね。そろそろ帰ろう」
 シリウスはすぐさま自分の上着を脱ごうとしたが、彼にとどめられる。ルーピンはレパロで窓ガラスを補修すると一気に滑空を始めた。思わず細腰にしがみつくと、彼が笑った気配があった。
「昔ね」
「え?なんだって?聞こえない」
「すごくむかし!雨の日に君が傘をくわえて駅まで迎えに来てくれたことがあった!」
「ああ……犬の姿で?何度かやったな」
「私は別に、なにがしかの献身を常に欲する類の愛情の持ち主ではないし、何事も1人でこなせると思ってる。ダメージから立ち直るのに人の助けを必要としないって」
「知ってる!」
「でもあの雨の日は本当に酷い気分だった。そこへ君が現れて、君ときたら犬の姿なのに、全身を私への心配でいっぱいにしていて、私はたまらなかった」
「・・・・・・」
「親しい者に迎えに来てもらえるというのが人をああいう気持ちにするというのを初めて知った。あの時は分からなかったけど、友人の君への愛情と、そうではない君への愛情、両方を積み重ねていた時期だった。それでシリウス、私はその機会があれば必ず、どんなに遠くても迎えに行こうって決めてたんだ」
 今回ちゃんと出来てよかった、と普段より大声で話すルーピンの頬に後ろから触れて身を乗り出したシリウスは彼にキスをした。触れた互いの肌はどこも冷えていたが、舌は温かく感じられた。
 数十m、箒が急降下して2人は声をあげる。ルーピンの背にもキスをして「安全運転で頼む!」とシリウスは澄ました顔で叫ぶ。
 旋回してビルを避け、再び高度をとりながらルーピンは胸を押さえた。
「……箒の操縦者に対する妨害行為は犯罪だからね?」
「お前はキスくらい、蚊に刺されたほどにも感じないと思ってたが!」
「物理的に前が見えないし、息もできない!」
「次からはちゃんと事前に声をかけることにする」
「結構!それと―――」
「まだなにか説教が?」
「誕生日おめでとう」
 彼が振り返ってシリウスにキスをした。ルーピンにしてはかなり情熱的なキスと言えた。今度はシリウスが箒から落ちかかる番だった。
「……ありがとう!妨害行為が何だって!?」
「現在君は操縦者じゃない」
「……確かに」
「まったく君ときたら誕生日にベッドから誘拐されるとは。昔は君が野犬狩りに遭うのを心配したものだけど、今現在の方が却って危なっかしい」
「お前に危なっかしいと言われる日が来るとは……」
 シリウスは少しばかり本気のショックを受けたらしく眉間に皺を寄せた。しかし誕生日に誘拐されかけたのは事実であるので反論は断念したようだった。
「帰って二度寝しよう。私は今落下しそうなほど眠いけど、君だって相当眠いはずだ。それからいつも通りで申し訳ないけど、私の作ったちょっぴり豪勢な食事をしよう。プレゼントもある」
「楽しみだな」
 シリウスは心からそう呟くと、両腕で彼を抱きしめた。上空を飛んでいるため、体は極限まで冷えていたが、ぴったりとくっついた箇所からじわじわと温まっていくのが感じられ、彼等は心地よさに吐息をもらした。
 まっすぐに飛び続け、夜明け前に自宅へ帰りついた彼等は、柔らかいベッドに頭までもぐりこんで、再び就寝の挨拶を述べて目を閉じたのだった。



 余談ではあるが、ルーピンがシリウスの居場所を特定するために協力を要請した野良二―ズルたちは、あやしいホテルのすべての部屋を片っ端から覗いて回ったため、ロンドン新しい都市伝説「排気口からのぞく一対の光る目」が生まれてネットを駆け巡り、観光旅行者を震え上がらせた。勿論ルーピンはそんな噂のことなど一切知らぬまま、二―ズルたちに多めのごちそうをふるまった。
 シリウスを誘拐した出版社は、抗議申し立てをする前になぜか主力商品の雑誌が全て廃刊になる事態が発生し、抗議応対どころではなくなっているのを見て、シリウスは怒りや興味を失ったようだった。
 ハリーをはじめとする友人知人達からのカードに目を通しながら、シリウスは心のこもった手料理を楽しみ、そして相変わらず不思議なセンスを持っている恋人からのプレゼントを、意を決して開封した。
 誘拐事件で始まりはしたものの、結局のところシリウス・ブラックは今年も、去年と変わらず幸福な誕生日の時間を過ごしたのだった。









わりとシリウス格好よい!キャー!って話が多めなので、
先生格好よい!シリウスを抱いて!って話も書いてみました。

でも書いておいてなんですけど、
魔法界って税金のシステムあるんだっけ…。
「ハリポタ 税金」で検索しようとしたら
「翻訳者 脱税」がサジェストされて、
面倒になってやめた(笑)
(あっ別に風刺とかではありません)

シリウス、お誕生日おめでとう!


2019.11.03