誕生日とプレゼント12












 その年のリーマス・ルーピンの誕生日も2人は異国の地に滞在していて、小さいながらも居心地のいいパブで祝杯をあげる事になった。
 旅に出る機会がめっぽう多いので、彼等は1年の3分の1ほどの日数は母国にいなかった。旅と美食と、おいしい酒、そして友との語らいと散歩。まさしく理想の老後だとルーピンは満足そうに嘆息し、シリウスは老後という表現に異議を申し立てた。
 今回の旅行は思いつきで飛び立ったもので、旅支度や下調べがあまり丁寧ではなかったのだが、それは旅の楽しさを損ないはせず、2人は地図を見ながら当てずっぽうに歩き回り名も知らぬ寺院や名物の焼き菓子などを楽しんだ。
 出立前にハリーが訪ねてきて、いつも通り時間に追われている彼はそれでも見送りの挨拶を述べ、仕事の都合で色々と手に入ったという彼等の旅先の様々なチケットを置いて行った。マグルの美術館や博物館、記念館。電子のチケットもあり、それは律儀にシリウス充てに送られていた。目に見えないチケットなんて魔法界でもあまり見かけない、とルーピンは不思議そうにシリウスのモバイルを眺めた。
 せっかくのハリーの心遣いなので、彼等はなるべくそのチケットを使用するべく努力した。千年ほど昔の宗教画は彼等の目を大いに楽しませ、現代アートは2人を悩ませた。彫刻、技術展、カリグラフィ展、どれにも見るべきところがあり、得るものがあった。
 夕食帰りに、そのチケットが使える博物館が近くにあると気付いたシリウスとルーピンは、開館時間を確認したうえで遠回りをして入場した。
 しかしその博物館は少し風変わりだった。
 キッチュな色遣いの内装の中に、等身大の半裸の女性の人形が何点か。白いワンピースの女性のスカートが風で捲れて下着が見える展示物。黒い革と鎖で作られた拘束具。交合中の男女の塑像がたくさん。性器をかたどった土器のレプリカ。
 どうコメントすればいいのかはかりかねた2人は無言になって歩いていたが、原始的な避妊具の展示コーナーを通り、様々な動物の性器を陳列しているケースの前まで来て、やっとルーピンは呟いた。
「ここはあれだね。博物館では、ないね」
 シリウスはぱちりと指を鳴らす。
「お前がいつ気付くだろうって思ってた。エロティックミュージアムというらしい。チケットに書いてある」
「ハリーは、これ……」
「忙しそうだったから、よく確認せずにくれたんだと思う」
「うーん、今の今まで現代アートだと思ってた。えっ君は気付いて?」
「入った瞬間に分かった」
「言ってくれたらよかったのに……」
「30mほど進んだらお前が気付くほうに賭けて1人で孤独にギャンブルをしてたんだが、30mどころではなかったな。60mは歩いたな」
「客層が変わっているなとは思ってたんだけどね。みんな笑ってるし。楽しそうでなによりだ。ああでもすごい真面目な顔で無言で鑑賞してしまった」
「ワーとかキャーとか言えばよかったな」
「30年若かったら言ったかも。いや駄目だ。30年若かったら君は興奮のあまり大はしゃぎして展示物を壊したに違いない」
「ひどい事を言う」
「さっきのクジラの立派な展示物。あれを見て子供時代の自分がよじ登らなかったと言えるか?」
「誠に遺憾ながら言えません先生。でもここは15歳未満は入れない」
「16歳の君でも、18歳でも余裕で登ると思うけどね私は」
「俺もそう思う」
「というか人間は性器が好きだね。どうしてだろう」
「形が素敵だからとか?幾つあるか数えておけばよかったな」
「そうだね。何かの記念にはなったかも」
 彼等はもはや性に関する諸々を見てはしゃぐような年齢ではなかったが、一応恋人同士という関係ではあったのでまるで無関心な態度でいるのも愛想がないように思われた。なので適度に心のこもったコメントを述べ、互いに首を傾げ合った。そうしているうちに、性器と性器と性器と裸体に埋め尽くされた館内を無事に見終える事ができた。


 彼等はハリーからプレゼントされたチケットを使うたびに葉書を出していたのだが、さすがに今回は文面に苦戦していた。食事を終えていい気分になった2人は、ベッドの上で楽な格好をしてメッセージ内容について会議をしているのだった。
「これまで知らなかった動物の生態を思いがけず学んだ?」
「そうだな。すごく大きかった、とか」
「何が?」
「……内臓?」
「まあ嘘ではないけど」
「あと生物の美しさに感嘆、した……?」
「したかな……したということにしよう」
「古代からずっと、人間は性器に―――」
「うん、性器はだめだ」
「―――内臓に多大な興味を持っていて」
「この葉書すごく内臓の話が多い」
「仕方ないだろ。シンボライズされた内臓の歴史も興味深かった、と」
「一生分、内臓を見た」
「内臓の話はもういい」
「えっとでも他に何かあったっけ」
「革製品のコレクションが豊富だった」
「ああ、あったあった」
「絵画のコレクションも個性的だった」
「面白い絵が幾つかあったね」
「しかしリーマス、葉書の中の俺達はこれ、どこに行ったんだろうな」
「うーん、分からない」

 大まかにまとまった文面に妥協して、シリウスが清書をする。美しい文字の力というのは大したもので、寝言のような支離滅裂な報告も、旅情あふれる詩のように見えなくもないのだった。
 日中に性的なものを大量に目にした彼等は、かつてないほど清らかな気持ちになっていた。同じベッドの上に並んで横たわったが、隣りにいる人物が慕わしい親友以外の何者にも見えず、邪な気持ちなど1ミリも湧かないのだった。彼等はひそひそと、性器を見過ぎたせいでゲシュタルト崩壊を起してしまった気がする、などと話し合った。そして明日のスケジュールのためにお喋りをやめ、挨拶を述べて目を閉じた。
「誕生日おめでとうリーマス」
 暗闇の中でシリウスの声がして、ルーピンはもうすでに半分眠りながら、なんと幸せなことだろうと考えて友の祝福に応えた。







最近熱海の秘宝館に行って(私が)
推しを秘宝館に行かせたら…という話をWEBでしていたのですが
シリとルは秘宝館似合わないな!と思った次第です。
エロティックミュージアムは、割と世界のあちこちにあるようです。
ルーピン先生、お誕生日おめでとう!
2018.03.10