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たぶん私は、君が想像しているほど暖かい場所にはいないと思う。 あまり意識した事はなかったけれど、字が震えているだろう?どうやらここは少し寒いらしい。もしかすると君が「ワイン」だと認めるものの産出国はとても数が少ないのだろうか。 何にせよ、手紙に書いてあった情景があまりに魅力的だったので、地中海あたりに宿替えをしたくなってしまった。不精という悪い癖さえなければ、今頃は本当に葡萄畑の中を歩いていたことだろう。あの日に君が飲んでいたのもワインだった。「こんな植物の汁が原因で喧嘩をして、今ここを散策しているのだなあ」という、さぞや大きな感慨があったに違いない。 ああ、寒い場所に居るからといって、私の衣食住が足りていないとは思わないでほしい。大丈夫、きちんと食事にありついているし寝床もある。そもそも私は生きるのに物を必要としない性質で、どちらかといえばここ最近の暮らしが贅沢過ぎた気がするくらいだ。なにせ如何なる時も食料があり、燃料は必ずストックが用意され、雨漏りはせず、いつも何かが洗濯されていて、話し相手までいるのだから。昔の私の生活と比べると夢のようだ。 雨漏りといえば、強い雨の日が1度あって、懐かしいその現象に遭遇したよ。雨の滴がガラスを弾く音というのは何だってあんなに陽気なんだろう。忘れていたけれど私はあの音を聞きながら考え事をするのが好きなんだパッドフット。お陰で色々と考える事が出来た。 君が手紙に書いている言葉は、あの夜に私へ語った言葉と基本的に変わるところがない。強いて言えば……より理論的に完璧であり、私が何を言っても歯が立ちそうにないという所だろうか。こうやって文章で読むと高潔な人柄が浮かび上がって見える。こうまで書かれても家に帰らない私が、まるで聞き分けない子供のようだ。私も君の真似をして音読をしたり、指でなぞったりしてみた。特に変態じみているとは思わなかったけどね。(そうそう、君がセンテンスの全文を引用しなかったのは、良かったことだ。君のために) ちなみに私も、君の手紙の中に表情の選択に困るような言葉を見付けた。自信はないけれど多分私は嬉しかったんだと思う。パッドフット、君に禁じられたので引用することが出来ないが、それは「欲求」という言葉だった。「欲求」。義務や権利という概念でなかったことを私は喜ぼうと思う。……さあ、手紙の下書きをしない君は、記憶の平野へハンティングに出掛けるかい? 普段は忘れてしまいがちだけれど、相変わらず君の頭脳は優れた仕事をする。君は実に鮮やかに私の進路を断ち、退路を断っている事に気付いているだろうか?そして確保された魅力的な場所を抜かりなく君は提示する。例えばソファであるとかね。意図的にやっているとしても凄い事なのだけれど、無意識であるなら(そしてたぶんそうなのだろう)君が隠遁生活などしている事は魔法界にとって重大な損失だと思うよ。君の持つ才能のうちのほんの一部分だって、こんな風に私のために使われるのを見ているのはもどかしいくらいだ。 (もちろん私は心の底から感心していて、他には何の含みもないのだということを君は分かってくれていると思う) 今回の私の行動は、何度も言うように家出などという仰々しいものではなく、もっと子供っぽくて滑稽な行為なのだけれど、家の玄関を出る時、もう少し陰惨な展開を私は覚悟していたよ。手紙という媒体は喧嘩をするのには向いていないようだね。少なくとも感情をぶつけ合うのには。そして私達はいつのまにか絶望的に、喧嘩に向いていない人間に成長したと思わないかパッドフット。子供の頃はそれこそ仲裁なしには2度と顔も合わせなかっただろう真剣な喧嘩を何回かした記憶があるというのにね。 けれど、ぷいと横を向いて口もきかなかった子供の頃より、却って今の私達のほうが手におえない気がする。笑顔で相手の言葉に対して頷き、そして心から反省し、その実何も受け入れようとはしないのだ。君も私も。 根気のない私には珍しい事にこれを言うのはもう何百回目にもなるが、君には人生の日々全てを、思うように楽しく過ごしてほしい。君の魂はその時間を受け取るのに相応しいと私は思う。しかし私のこのささやかな感想を、君はありとあらゆる理屈を駆使して論破する。所詮議論にかけて、私が君に勝てるとは20年も昔から思ったことがない。私は最初から結論しか言わないが、君は私の論旨を潰すために回り道をしながら話を進めるからね。 なので私はもう感想を言うのをやめようと思う。いや、そもそも私は君に赦しを与えているつもりはなかったし、懇願をしているつもりもなかった。じゃあ何かって?パッドフット。命令だよ。 独占欲の強い男が、恋人の髪型にやかましく注文をつけるように、私は君にそれを望む。たぶんハリーもね。さあパッドフット、君はどうする?(……もちろんこれはジョークだとも我が友。君の言うところのつまらない例のやつだ。満足いただけたのなら幸いだ) そうだね、君の言う通り理論の実践の出来ないこの状態は不自然かもしれない。いや、不自然というより不利と言うべきなのだろうか。何しろ上述した通り、言葉を使えば私は君に到底敵いそうにないのだから。この方面全般に関して、私のどんな保証もどんな信頼も、君は腹が立つくらいに流暢に否定してみせるからね。 ただし、私のレスポンスが穏やかな言葉のみで行われるとは思わないでくれ。それだけならば手紙で十分だ。手や爪や、他の思ってもみないようなものが君に返答をするかもしれない。もしかすると私の意に添う答えを君が言うまで、嫌というほど髪を引っ張られるという事態が起こらないとも限らない。(これもジョークだよと書いて君を安心させるべきなんだろうけれど、残念ながら微妙だ) パッドフット、ずっと言いたかったのだけれど、君は少しだけ誤解をしている。 例え酔っている状態であれ素面の状態であれ。繰り言を1億回聞かされようが10億回聞かされようが。もし臆病であったとしてもどんなに醜くても。私には、大した問題ではないんだ。 我慢がならないのは君が決して譲ろうとはしない1点のみなんだよ。 私も、君の前で自分を飾りはしない。 けれど待つという言葉に嘘偽りはないつもりだ 回答を聞かせて欲しい。 L 追伸1:君の想定していたケースは一体何番目まで あったのかということが気になる。 そう例えば6番目くらいになると、 私は君にどんな仕打ちをしていたのだろう? 追伸2:食料の件はそうだね、話し合おう。ゆっくりと。 それよりパッドフット、右端にあるコーンの瓶詰めの一群は 多分中身が土に返る寸前だと思うから、 くれぐれも君は口にしないように。 追伸3:家鳴りの次は気配がする?君はもしかして 独居老人になったらとても愚痴っぽくなる タイプではないだろうか。 夜更かしばかりしていないで、 日が沈んだらさっさと眠るといい、パッドフット。 追伸4:弟子というのは12人の弟子だろうか。 彼等がいつの間にか増えているという話だが、 菌類じゃあるまいしそんな馬鹿なことはないだろう…… と言いたいところだけれど、あの話は複数の人間によって 書かれたものらしいから、章によっては そういう部分もあったような気がする。 私も偶然あの大ベストセラーを今読んでいる所なのだけれど、 壮大な伝言ゲームを俯瞰で見ているようで面白い。 それとあの見事な例え話のバリエーション。 マグルの街では読みたいときにいつでもあの本が読めるよう、 あちこちに置かれていて素晴らしい事だと思うよ。 |