稟はその光景を、はっきりと眼に焼き付けていた。
 聖剣の柄に手が触れた瞬間、今にも消え入りそうなほど弱々しくなっていた光が一気に輝きを増し、その中からもう一振りの剣が現れた。
 突然の事態に驚くよりも、その原因に対する疑問が沸きあがるよりも先に、稟はその、もう一つの聖剣の使い方を知っていた。
 目にした時、その剣の意思のようなものが頭の中に流れ込んできたのである。
 黄金に輝く剣を手にし、頭上に掲げて迫り来る脅威を防いだ。
 けれどその剣の力だけでは、敵の力を跳ね除けるには足りなかった。
 すると稟が手にする剣に呼応するように、シアの手の中の聖剣も輝きを取り戻し、先ほどよりも、また稟が持つ剣よりもさらにさらに神々しく、眩い光を放った。
 そしてシアが振るった聖剣の一閃は、天空を射抜いた。



















 

真★デモンバスターズ!MIRAGE



第4話 二つの聖剣





















 空を貫いた一条の金色の光は、当然城の周囲にいた全ての者が目にしていた。



「おお、すっごいね〜、あれ」
「荒療治が上手くいった、か。だがこの感じは・・・」
「何か少し変だね。大きな光の傍に、もう一つよく似た力がある」
「・・・・・・なるほど、そういうことか。道理で・・・そうか、それで“王者の剣”か」
「何か一人だけ納得してる」
「まぁ、後で確認したら教えてやる。それより、そろそろ追い込んだぞ」
「だね♪」

 祐漸とさやか。二人の周囲には異様な光景が広がっていた。
 四方に向かって地面が凍結しており、氷の道の進路上にあるものは岩でも木でも全てが凍り付いている。さらに凍り付いた地面にはいくつもの筋が入っており、その部分は燃えて焦げたようになっていた。
 氷と炎が幾重にも周囲に向かって張り巡らされており、上から見るとまるで蜘蛛の巣のように見えた。
 そして、氷と炎がそれぞれ通過した領域からは、二人を取り囲んでいた不可思議な気配が消失していた。

「ふん」

 また一つの方向へ向けて祐漸が手をかざすと、足下からそちら側にあるもの全てを凍結させる氷の道が生まれる。

「ほいっと」

 続けてさやかがその道に沿うように指を向けると、細い炎の位置が蛇行しながら氷の道を走っていく。

「右」
「ああ。俺にも大分わかるようになってきた」

 さやかが口にするより早く、祐漸は示された側に目を向けていた。
 二人は勢子を使った狩りの要領で、定まらない敵の気配の焙り出しを行っていた。
 一定の方向を祐漸が定め、その上をさやかが気配を探りながら攻撃を放ち、敵の気配がより濃く動いた側に次の狙いをつける。それを繰り返すことで拡散して掴みづらい敵の気配を狭い範囲に追い込んでいっているのだ。
 厄介なのはこの敵、動きを見せる時でさえ複数の方向でその気配を感じさせる。
 本当に複数いそうな錯覚を感じるが、二人は最初から敵が一人であることを見抜いていた。
 数度同じことを繰り返すとおおよその方角がわかり、そうなると祐漸は意識をそちらのみに集中することができ、一度作った氷の道の上を通過する敵の動きをつかめるようになってきた。
 相手が動いた方角に先手を打って新たな氷を張り、行動範囲を絞っていく。
 既に正体不明の敵は、祐漸とさやかが張り巡らせた網に7割方かかっていた。
 焦燥感。
 これまでおぼろげだった敵のそんな感情も読み取れるくらいに気配がはっきりつかめるようになっている。

「そろそろ詰みか?」
「ちぇっくめいと〜♪」

 不敵に笑う二人を前に敵の気配が揺らぐ。まるで、戦慄に震えるかのように。



 城から光が上がるのを見た時、楓は自分の戦いも忘れてそちらへ振り返った。

「稟くんっ!?」

 その瞬間にできた隙をガイアが逃さず攻撃を仕掛ける。

「愚かな! 戦いの最中に敵に背を向けるとは!」

 楓の頭上からガイアの拳が振り下ろされる。

 ガッ!

 その一撃は楓に届くことはなく、間に割って入った連也によって受け止められていた。

「連也さんっ」
「行け、楓。ここは拙者一人で良い」
「・・・・・・はいっ」

 連也の言葉にほんの少し逡巡した楓だったが、すぐに決断して踵を返し、城へ向かって駆け出した。
 向き合った両者は動かない。否、ガイアの方は、動けなかった。
 僅かでも前へ進めば斬られる。連也の刀によって止められた己の拳から伝わってくるものから、ガイアはそう感じ取っていた。
 一方の連也は、静かに佇みながらもその額からは汗が滲んでいた。
 今、連也はかつてないほど全身を緊張させていた。

「その痩躯で俺の拳をまともに受けて、腕がイカれたのではないか?」
「この程度は、さしたる問題ではない、な」
「言ってくれるな、浦連也」

 拳を引いて、ガイアは一旦後方へ下がる。

「これ以上陽動の意味はあるまい。城の方でも異変があったようだ。早急に貴様を排除して姫様の下へ馳せ参じるとしよう」
「然様か。これよりは全力で来る、ということかな?」
「そうだ。心配せずとも、苦しむ間も与えずに粉々にしてくれよう」
「それは好都合だ。ならば拙者も、一切の遠慮はなくそう」
「何?」
「まったく、祐漸も大した刀をくれたものだ。この刀の妖力を解放したらどれほどのことになるのか、拙者にも想像がつかぬ。さらに恐るべきは、これほどの得物でさえ望みに適わぬと言うあの男の底力、か」
「何を言っている・・・・・・!?」

 ガイアも気付いたようだった。連也の全身を、刀から発せられた禍々しい妖気と呼ぶべきものが包み込んでいるのを。それはまるで、連也の血肉を求める怨霊のようにも見えた。
 実際、似たようなものなのだろう。
 だがこれはそんじょそこらの怨霊などと呼べる代物ではない。
 もっと高位の、御霊と呼ぶべきものであろう。
 連也の生まれた地方では、神とは万物に宿るものとされていた。それらは何も善なるモノに限らず、災いをもたらすモノでも、相応しい格を得るほどに長ずれば神と同格の扱いを成され、恐れられた。
 この刀に宿っているのも、そうした神格を得た霊に違いなかった。
 扱いを誤れば、連也の身も魂も喰われるであろう。
 だが、祐漸とさえ互角の勝負をしてみせたという義仙といずれ戦うことを考えれば、これほどの刀はむしろ望むところだった。
 連也は恐れも迷いもなく、刀の“銘”を以ってその力を解放した。

「我にその姿を見せよ、妖刀“村正”」

 妖気が弾けた。
 力ある一族たるヴォルクスに生まれ、その限界を超える力を与えられたガイアにとって、そこに立っているのがヒュームの青年であるなどということはもう信じられなかっただろう。
 全身から禍々しい気を放出している連也の気配は既に王にそれに比肩していた。
 その姿はさながら、鬼神とでも呼ぶべきか。

「なるほど、これは辛いな。当然のことか。解放前でさえ、気を抜けば精気を根こそぎ吸い取られそうだったのだ。今すぐにでも命の全てを喰い尽されそうな気がする」

 口ではそう言いながらも、連也の口調は普段と何ら変わるところがなかった。
 ガイアはおそらく、妖刀の禍々しさ以上に連也の異常さにこそ戦慄を覚えたであろう。
 ヴォルクスの王族でさえ、力弱き者では解放された妖刀“村正”の前では正気を保てまい。持って生まれた血に宿る力ゆえにすぐにその命を吸い尽くされるようなことはあるまいが、まず間違いなく発狂し、力を暴走させる。
 だというのに連也はどうか。
 今にも命を吸われそうなどと言いながら平然と正気を保っている。
 一体この男は何だ。
 ガイアの脳裏に、つい最近彼らの仲間となった男の姿が浮かぶ。義仙と名乗ったその男は、瞬く間に彼らの主の信頼を得、あの魔人イフリートや姫君と並ぶドライリッターにまで任命された。あの男と、眼前の男は同じ一族の出身だと言う。
 ヒュームでありながら、強大な力をいとも容易く手に入れてみせるこの者達は、一体何者なのか。

「な、なめるなよ若造! 我らの力、見くびるなぁ!」
「そのようなつもりはないが、この力、あまり長くはもちそうにないのでな。勝負は急がせてもらう」
「望むところよ!!」

 咆哮と共にガイアが上着を脱ぎ捨てる。
 筋骨隆々とした胸板の中心に、脈動する真紅の宝玉が埋め込まれていた。その宝玉の鼓動が強くなると同時に、ガイアの紅い両眼がさらに禍々しい輝きを放つ。
 数倍に膨れ上がった魔力はそのまま形となり、ガイアの全身の筋肉がさらに隆起する。
 肩甲骨の辺りが不自然に盛り上がり、外皮を突き破って巨大な凶器が姿を現す。
 自らの体内から取り出した二つのバトルアックスを手に、ガイアが連也に向かって突撃を敢行する。

「覚悟せよっ、浦連也ッ!!」
「――参る」

 妖気と魔力が、ぶつかり合った。
 互いに一撃に全力を込めた勝負は、まさに一瞬であった。
 激突によって生じた衝撃波で巻き上げられた土埃が晴れると、両者の立ち位置は入れ替わっていた。
 あれほど激しく二人の身を包み込んでいた妖気も魔力も、今の一撃で消し飛んだようで、一転して静けさが訪れていた。
 背中を向け合う両者の内、先に動きを見せたのはガイアの方だった。

「うぐっ!」

 呻き声と共に、袈裟懸けに切り裂かれた傷から鮮血を飛び散る。
 膝をついたガイアからは、溢れ出ていた魔力は途絶え、胸に埋まった紅玉からも光が失われていた。
 辛うじてまだ意識を保っているのは、ガイアが外見に見合うだけの生命力を有しているからに他ならず、並の者であったら即死だったろう。
 もっとも、致命傷であることには変わりなく、これ以上は動けまい。
 連也も相当に消耗していたが、後僅かに動いて敵の首を刎ねるくらいの余力は残っていた。
 振り返った連也は、無言のまま敵に歩み寄る。
 この男の言動から、その精神には武人の魂が見て取れた。これ以上の言葉も、命を見逃す情けも不要だった。
 敵として相対し勝者となったからには、とどめを刺すのが最大の称賛であった。

「覚悟」

 傍らに立ち、刀を振りかぶった瞬間――。

 ゴォオオオオッ!!

 ガイアの足下から迸った力の流れに煽られて、連也の体が後ろへ押し出される。

「こ、これは!?」

 連也よりも、ガイア自身の方が突然の事態に驚いていた。
 やがて地面から溢れ出た力はガイアの身を完全に包み込み、そのまま遠ざかっていった。
 敵の仲間が敗れたガイアを連れ戻していったようだったが、連也はその事実よりも、その力の色が気に掛かっていた。

「今のは・・・・・・」

 その力は、桜色をしていた。



 ジャガージャックは退屈していた。
 前回ようやく強敵と相対する任務に就いたというのに早々に敵に逃げられ、今度は正規の任務ではないとは言え姫君の頼みを聞いて再度同じ敵と戦える好機を得たことは幸運だった。
 だと言うのに、やって来てみれば引いたのはハズレ籤であった。
 遭遇した敵は4人。
 魔王の娘ネリネ。人工生命体の3号体プリムラ。それにヒュームの少女が2人。
 まったく力を感じない黒髪の少女は最初からジャガージャックの眼中にはなかった。残りの3人はいずれも桁外れの魔力を秘めているのはわかったが、戦闘経験に乏しく、ジャガージャックを満足させるものではない。
 先ほどからジャガージャックは引き連れてきた黒い獣、デモンビーストをけしかけているだけで自分で戦おうとはしていなかった。

「チッ、他の連中は楽しそうにやってるってのによ」

 そんな時であった、城から空へ向かって金色の光が奔ったのは。
 突如膨れ上がった莫大な力にしばし唖然としたものの、すぐに愉悦の表情が浮かび上がった。

「何だよ。何の力もない小僧一匹殺してくるだけとか言ってたくせに、姫の方が楽しそうにやってんじゃねーか」

 見れば、いつの間にか連れてきたビーストの大半がやられていた。
 ジャガージャックからすれば取るに足らない小娘達でも、たかが数十匹のビーストにやられるほど弱くはなかったらしい。
 その少女達は、城の異変に気付いてそちらを注視していた。
 まったくもって、笑えるほど隙だらけだった。ああも簡単に敵に背中を見せるなどなっていないにも程がある。
 あまりに無防備すぎて手を出す気にさえならなかった。
 直後、城を挟んで反対側の辺りでまた別の大きな力が出現したのを感じた。対応するように膨れ上がった魔力はガイアのものだった。
 一瞬にして高まった二つの力がぶつかり合い、片方が急速に気配を消していった。

「ガイア。やられやがったのか」

 目の前で右往左往している小娘達のような相手ならガイアがやられることなどまずあるまい。とすれば、ガイアの相手はあの氷帝か、或いは浦連也か。どちらにせよ、あちらの方がこちらよりもずっと、アタリだったようだ。
 興ざめした。
 これ以上陽動を続行している意味もあるまい。
 ガイアを倒した相手を狙いに行くのも良いが、寝首を掻くような真似をしてもつまらない。

「引き上げるか」

 最後まで敵であった少女達に関心を向けることなく、ジャガージャックはその場から立ち去った。



「なんか、行っちゃった・・・ね」
「逃げた、っていうより見逃してくれた、って感じね。嫌な感じ、ボク達のことなんか眼中になしってわけ?」
「でも亜沙先輩。私達じゃ、どう考えてもさっきの人に太刀打ちできないと思いますし・・・・・・」

 憤慨する亜沙を宥める桜。
 この場では桜の言い分が正しかった。
 ネリネやプリムラの力ならさっきの敵とも互角以上なのだろうが、二人とも魔力は高いが近接戦闘は苦手としている。そして後衛として戦うには、この場では前衛となれるのが亜沙一人であり、悔しいが役不足だった。

「それにしても、桜も結構戦えるじゃない」
「いえ、そんな。こんなの自分の身を守るくらいにしかなりませんから」

 桜は戦闘になると、どこからともなく巨大なぬいぐるみを召喚して戦わせていた。
 後で聞いたところによると、自分で作ったぬいぐるみの中に魔石を埋め込んでおくことで、そのぬいぐるみと同じ形状の使い魔を使役する術で、ネーブル国の魔術師に習った護身の技とのことだった。
 見た目愛らしいぬいぐるみが奮闘する姿は、メルヘンと言うかシュールと言うか。本来ならばもっと戦闘に適した形状の人形を使うものなのだと考えられるが、そこに桜のぬいぐるみ作りのセンスが加わってあのようなことになったのだろう。

「人形使いならぬ、ぬいぐるみ使いか」
「あはは・・・・・・やっぱり、ちょっと変、でしたよね。自分ではかわいいと思ってるんですけど」
「いや、戦いにかわいいって要素はいらないでしょ、たぶん」
「亜沙、桜、そんなことよりお兄ちゃんを」
「そうです! 今は稟さまの下へ行くことが先決です」
「おっと、そうだった! せっかく敵がいなくなってくれたんだから、急がないと」

 4人は城へ向かって駆け出した。



 空に光が上るのを見た時、キキョウはずっと続けていた攻撃の手を止めた。
 ムキになって攻撃を繰り返しながら、全てかわされてまるで相手にダメージを与えられず、いたずらに消耗だけして、今や魔力を限界近くまで使い尽くしていた。それに比べて最小の動きのみでキキョウの攻撃をいなしていたアーネストは余裕の体だった。
 そんな状況でピタリと攻撃を止めたキキョウは、じっと空に向かって伸びる光を見ながら佇んでいた。
 突然の変化に、さすがのアーネストも戸惑ったか、隙だらけにもかかわらず反撃に転じてこようとはしなかった。

「稟。シア・・・・・・」

 城で正確に何が起こったのかはわからないが、あの光を生み出しているのが稟とシアの二人であることだけは、キキョウにははっきりとわかった。
 稟はどうしようもなく弱く、シアも近頃伸び悩んでいるようだったが、それがあんな凄まじい力を見せている。
 それに比べて自分はどうか。
 キキョウは今の自分を振り返って自問する。
 ちょっと大きな力に目覚めたからと言って調子に乗った結果、あっさりそれを破られてムキになって。
 実に格好悪かった。

「くくく、あっはっはっはっはっは!」
「? 突然どうしたのです?」
「別に。くくっ、ただ自分がどうしようもなくガキみたいに思えておかしくなっただけよ」
「はて、言っている意味がよくわかりませんが」
「いいよ。あんたに言ってるわけじゃないもの。自分に言い聞かせてるだけ。斜に構えた態度取って、偉そうにしてみせてもさ、あたしは結局のところ何年も心の奥に閉じこもってた世間知らずの子供に過ぎないんだ。あの二人に、ずっと守ってもらってるんだ」

 もっとも稟もシアも、そんな自覚はないのだろうが。
 彼らにはとってキキョウは、守って当たり前の大切な存在なのだ。そんな風に自然に誰かを守れる人達を自分が守ろうなどとはおこがましい。
 意気込みがただ空回りしていたことがおかしかった。
 決意など必要ない。
 稟やシアがキキョウを守るが当たり前なのと同じように、キキョウが二人を守るのもまた当たり前のことなのだ。そんな当然のことをいちいち声高に叫ぶ必要などない。
 ただ自分は、自分らしくしていればいいのだ。
 そう思うとスッと心が軽くなり、今まで大きいばかりで細かい部分が見えていなかった自分の力をより正確に把握できるようになってきた。
 残りの魔力は少ない。
 だが、この程度の敵にはそれで充分だった。

「さぁ、続けるわよ、アーネスト。言っておくけど、もうあたしの攻撃は絶対に外れない」
「言いますね。では試してみ――ッ!?」

 自身の左肩に突き刺さった雷撃に驚愕の表情を浮かべるアーネスト。おそらくキキョウの放った一撃をまったく捉えられていなかったろう。
 キキョウは水平に持ち上げた腕の指先を敵に向ける。
 一瞬の閃光。
 そして反応する間もなく、またしてもアーネストの身が雷撃に貫かれる。

「ぬぅっ!」

 槍を手にした右腕を振り上げるアーネストの、その右の手首を狙って三発目を撃ち込む。槍を落さなかったのはさすがだが、攻撃する暇などは与えない。
 我武者羅に威力を上げる必要などなかったのだ。
 敵は一人。広域に攻撃を拡散させるよりも、魔力を凝縮し、研ぎ澄ました一撃でも殺傷力は充分にある。
 威力と範囲を抑え、代わりに反応不可能な速度を持たせて放つ雷光は、充分な戦果をもたらした。
 とはいえ立て続けに雷光を喰らっているアーネストだったが、実質的なダメージは大きくはないようだった。外見に反してタフな男である。

「ふっ、デモンの力を得た者の生命力を甘く見ないでいただきましょうか。この程度は針で突付かれている程度にしか効きませんよ」

 はじめは驚いていたが、キキョウの攻撃が致命傷にはならないと知ったアーネストの表情に余裕が戻る。
 だが今度はキキョウも、そのくらいで自信が揺らぐことはない。

「そう。じゃあ、コツも掴んできたことだし、もっと強くしてみようか」

 指先一点に集中していた魔力を、掌全体に広げる。
 込める力の量を上げる。が、速度は落さない。
 難しい技術だが、今のキキョウにはそんな程度は造作もなかった。
 アーネストも次に放たれる攻撃の危険性に気付いたか、先手を取って潰そうと攻撃態勢を取る。

「遅いっ!」

 だがアーネストが動くよりも、キキョウが雷光を解き放つ方が早かった。
 回避も防御も不可能。
 その一撃は確実にアーネストの命を奪うはずであった。

 カァンッ!

 硬い何かが割れたような甲高い音が響き渡った。
 アーネストは硬直してはいるが健在で、その前には別の男が立っていた。
 キキョウはその相手の正体を知って、より一層表情を引き締める。

「あんた・・・義仙」
「雷切・・・・・・まさか己の手で実践する日が来ようとはな」

 二人の間に割って入った義仙は、薙ぎ払った剣で以ってキキョウの放った雷光を、文字通り“斬った”。

「義仙・・・・・・」
「引き上げだ、アーネスト。御前の命令だ」
「・・・・・・・・・わかりました」

 相対したキキョウに言葉をかけることもなく、二人は立ち去って行った。
 キキョウの方から声をかけることもない。
 正直、今のコンディションで義仙とも戦うのは無理があった。
 力の大半を使い尽くし、緊張から解放されたキキョウはその場に座り込んだ。

「ふぅ・・・・・・しんどいな・・・」

 稟とシアのことが気にかかったが、あの二人なら大丈夫だろうという確信があったので、安心して休むことにした。







 ようやく光が収まり、城内に静けさが戻った。
 稟とシア、二人の手にはそれぞれ違った装飾の、けれどどこか似通った形状をした黄金の剣が握られていた。
 咄嗟に手に取ったその力の使い方はすぐにわかったが、冷静さを取り戻すと聖剣が二つある事態に戸惑う。

「えーっと・・・これは、何だ?」
「さ、さぁ・・・?」

 シアが持っているのが、さっきまで岩に突き立っていた聖剣エクスカリバーのようだった。実際こちらの剣が放つ力は、以前見た魔剣レヴァンテインと比肩するもので、同じ四大宝剣と呼ばれるものだと言うのも納得がいった。
 一方、稟が持っている剣はシアのものに比べて輝きの度合では劣っている。だが金色に輝く力は、エクスカリバーのそれを同質のものに思えた。

「そ、そうだ! そういえばこんな話があるんだった」
「何だ?」
「うん、あのね。古に覇王と呼ばれた人が持っていた剣は、2つあったって・・・・・・」
「その話なら、わたしもお父様から聞かされた覚えがあるな」

 二人の会話に割って入ってきた声にハッとなって振り返る。
 エクスカリバーの一撃による余波を受けたのか、服の一部が破れかけた状態になったアイリスが近付いてきながら話す。

「覇王は2つの剣を持っていた。1つは戦いの剣、エクスカリバー。光り輝く黄金の剣は、一振りで一千の敵を薙ぎ払い、戦場へ赴く覇王が常に身につけていたものだった。それとは別に、民を守護する象徴的な存在として、守りの剣があったという。その名を、カリバーン」
「守りの剣、カリバーン・・・・・・」

 稟は手にした聖剣をじっと見る。
 この剣を手にした瞬間、どんな力を持っているのかが頭に直接流れ込んできた。その時に知ったこの剣の特性は、確かに“守り”の力だった。
 そして対するシアの聖剣は、先ほど天を貫いた凄まじい一閃を見れば、千の敵を薙ぎ払う“戦い”の剣に相違ないと思われた。

「けど、何で二つの剣が一つになってたんだ?」
「ここからは推測だけど、たぶん大きすぎる四大宝剣の力を悪用する人が現れないよう、同質の力を持ったカリバーンで封印してたんじゃないかな? 守りの象徴だった聖剣カリバーンは、人を慈しむ心がなければ使えないらしいから、そういう人ならエクスカリバーの力も正しく使えると思って、両方の剣に認められないと持ち主にはなれない、と」
「なるほど、納得だな」
「敵を駆逐する“戦い”の力と、民を慈しむ“守り”の力。どっちも王として必要な資質だよね。だから二つ合わせて“王者の剣”の伝承が生まれたんだね」

 うんうん、と頷いた後、アイリスは皮肉っぽい目で稟とシアを見る。

「あなた達は、二人揃ってようやく一人前の資質、ってことなのかな」
「一人ずつじゃ半人前ってか」
「素直に喜んでいいのやら、微妙ッス」

 三人は一緒になって、おかしそうに笑い声を上げ、しばらく敵同士という事実を忘れた。
 やがて楽しげな雰囲気を現実に引き戻すように、アイリスの眼が再び殺気を宿す。

「さてと、少しおもしろくなってきたかな。四大宝剣の主が相手ならもう手加減はいらないよね」

  エクスカリバーの一撃で放出した魔力を全て消し飛ばされたにもかかわらず、アイリスの全身から溢れ出る魔力はまるで衰えていなかった。
 最初に現れた時からずっと、大剣を自在に操る膂力や、それを扱いながら尚落ちない速度、そしてそれらを活かす体術に目を奪われてきたが、そんなものはこの少女の持つ力のほんの片鱗でしかなかった。
 今にして稟は、アイリスの本当の脅威は、内包する莫大な魔力なのだということに気付かされた。
 そもそも四大宝剣は、並み居る王族の中でも最強の一人と謳われる祐漸をして、手にすれば彼と同等の領域にまで達すると言わしめる究極の神器である。その力と相対してもまるで遜色ないどころか、それすらも凌駕するかの如きアイリスの魔力に戦慄を覚える。
 王族すらをも上回る力。
 稟はそんな力の存在を、どこかで耳にしたような気がしたが、すぐには思い出せなかった。
 思い出す暇もなく、アイリスが再び攻撃を仕掛けてきた。
 振りかぶった大剣を水平に薙ぎ払うと、切っ先から黒い魔力の刃が放たれ、稟達目掛けて飛来する。
 二人は左右に散ってその攻撃をかわす。その動きは稟、シア共に機敏で、先ほどまでとは別人のようであった。
 アイリスの力は確かに驚異的だが、聖剣を手にした今の二人は自身の得た力に自信を持っていた。
 まともにやっては勝てないまでも、それなりに渡り合うことは充分に可能だった。

 ビュッ!

 再度放たれた黒い刃が直撃コースで稟を狙う。
 稟はカリバーンを体の前に立てて盾とする。放出された金色の光が黒い刃をぶつかり合い、互いに霧散する。

「今のは防がなかったら死んでるよなぁ。俺を殺せないとか言ってなかったかよ?」
「そうだね。本気出したらそんな小さなことを気にしてる余裕なんてなくなったよ。最初からこうすればよかったのかもね」
「俺の命は小さなことかよ!」
「竜巻や津波みたいな災厄を前に、人一人の命に意味なんてあると思う?」
「そりゃ極論だろっ」
「まったくッス!」

 執拗に稟に狙いを定めようとするアイリスの横合いから、シアが聖剣を振りかぶって突進する。
 振り向き様にアイリスが大剣を振るうと、両者の剣が交差する。
 金と黒の魔力が鬩ぎ合い、衝撃波が周囲の土砂を巻き上げる。離れた場所にいる稟にも、その影響が大きく出ていた。
 同質の力を持った聖剣とは言っても、エクスカリバーとカリバーンでは秘められた力の桁が違っていた。
 カリバーンは確かに“守り”の力においては絶大な効果を持っており、だからこそ四大宝剣を封印しておくような芸当もできた。しかし解き放たれた“戦い”の力、神々の遺産と言われる四大宝剣の一つ、伝説の聖剣エクスカリバーの前ではその力も霞んで見える。
 シアとアイリスの力の激突に対して、稟にできるのは、力の余波から己の身を守ることくらいだった。
 いや、もう一つ。些細なことかもしれないが、戦っているシアを応援するくらいのことはできた。

「がんばれ、シア!」

 その声が届いたのか、力の鬩ぎ合いを続けるシアの表情に力がこもる。

「ありがとう! 稟くんの応援で、勇気100倍、元気1000倍ッス!」
「たった1000倍程度でわたしに勝てるつもり? 苦労知らずのお姫様が!」

 アイリスが手の内で剣を回転させると、バランスを崩してシアが前のめりに転びかける。
 すかさず体勢の乱れたシアの頭上に剣の切っ先が突きつけられるが、シアは地面に転がってそれをかわし、起き上がり様に剣を振り上げる。
 続けて二度三度と二人の剣が打ち合う。

「苦労知らずじゃないもんっ。いっつもお父さんの暴走止めるの大変なんだから!」
「それでも大事な時には守られてのうのうとしてるんでしょう。わたしのお父様は優しいけど厳しい人だよ。いつだって大切なことは、わたし一人にやらせて助けてはくれないもの。あなたとは踏んできてる場数が違うわ!」
「そんなこと自慢されたって! 第一、あなたがどんな苦労してたって、稟くんを殺していい理由にはならない!」
「うん、わかってる。だから土見稟を殺すのは単なるわたしのエゴ。だからこそ、邪魔するなら力ずくで押し退けるまで!」
「させないっ!」

 パワーとスピードでは、アイリスの方に分があった。
 けれど稟がずっと感じているように、アイリスの剣技はそれに頼った単調なもので、荒削りだった。
 ずっと伸び悩んでいたとはいえ、シアもガーデンにいる間は楓や連也と言った凄腕の面々と共に修行をしていたのだ。あの二人の剣技を間近で見ていたシアならば、アイリスの荒い剣をかわし、捌くのは決して困難ではないはずだった。
 そして何より、聖剣の発する力に後押しされたシアの攻撃は、アイリスでも容易に受け止めることはできなかった。
 両者の戦いは、総じて互角といったところだった。
 思わず稟は、二人の戦いに見入っていた。
 それはあたかも、戦いの女神が地上に降りて剣を交えながら舞い踊っているような、そんな美しさがあった。
 油断があった。
 目敏く稟の隙を察知したアイリスが、戦いの合間を縫って稟のいる方向へ向かって斬撃を繰り出す。
 黒い刃が、稟の眼前へ飛来する。

「うわっ!」

 ぎりぎりのところでカリバーンで防御したものの、威力に押されて後ろへ転がらせられる。

「稟くんっ。この・・・・・・!」

 稟の方へ気を取られたシアにもまた隙が生じる。
 攻撃を加えようと振り返った瞬間には、懐へ入り込んだアイリスがシアの体を蹴り飛ばしていた。

「きゃっ」
「甘いよ、リシアンサス王女。わたしの狙いはあくまで土見稟。彼を守るつもりならちゃんと気を張ってないと」
「うぅ・・・・・・」

 互角の攻防。
 そう見えた。
 だが実際にはその認識は誤りだった。
 シアが既に肩で息をしているのに対して、アイリスの方はまだ汗一つ掻いておらず、息もまるで乱れていなかった。聖剣の力を得たシアを相手にしながら、アイリスにはまだまだ余裕があるのだ。
 だから目の前のシアを相手にしながら、稟に隙が生まれれば即座にそちらを攻撃できる。
 勢いだけでは埋めようのない、明確な力の差がそこにはあった。

(この子、強い!)

 剣技が多少荒い程度など、付け入る隙にもなりはしなかった。
 アイリスの実力は王族クラス。祐漸とすら同格の力の持ち主なのだ。稟には逆立ちしても勝てる相手であろうはずもなく、またシアにとっても父である神王を相手にしているようなものである。
 今さらながらに、この少女の姿をした怪物は稟達の手には到底負えない相手であることが実感された。

「さぁ、今度こそ観念してくれるかな、土見稟?」
「ぐ・・・・・・」

 さすがにもう減らず口も出てこなかった。
 本気でアイリスが稟を殺そうとするなら、手加減などせずに全力の一撃を放てば良い。手許が狂う余裕などないほどに。そうなっては、稟に逃れる術はまったくなかった。
 そしてシアとの戦いで昂揚しているのだろう。今のアイリスにそれを躊躇する様子はない。
 如何にカリバーンが守りの剣とはいえ、手にしたばかりの稟に聖剣の真の力が引き出せるとは限らない。アイリスの全力の一撃を受けることはまず無理だった。

「お祈りする時間は充分にあったよね。じゃあ、さようなら」

 振り上げ、魔力を纏った剣が今まさに振り下ろされようとしたその時――。

 ドォンッ!

 アイリスが放出する魔力に匹敵するほどの力を秘めた大魔力が叩きつけられ、大剣が纏っていた魔力が相殺される。

「うわっと・・・!」

 突然の衝撃に、アイリスがよろけて踏鞴を踏む。

「お兄ちゃん!」
「おまったせー、稟ちゃん!」

 最初に飛び込んできたのは、おそらくアイリスの攻撃を相殺した一撃を放ったと思われるプリムラ。続いてやってきた亜沙が稟の背中に思い切り張り手を喰らわせる。

「り、稟くん無事!?」
「い、今、無事じゃなくなった・・・・・・」

 顔面から地面に突っ込んだ稟の傍らに桜が駆け寄ってくる。
 両手で体を起こしながら顔を上げると、アイリスの前には楓が立って動きを牽制していた。

「みんな!」

 シアの声に喜色がこもる。
 他の4人に遅れて、ネリネも広場にやってきた。
 自分を慕ってくれる少女達の存在に、稟は心の底から頼もしさを覚えた。
 まだまだ、そう簡単にやられたりはしないという思いが強く湧き上がる。
 立ち上がった稟の両脇には亜沙と桜。前にはプリムラが立ち、その小さな背中に勇ましさが宿る。シアと楓が前後からアイリスを挟み込んでその動きを封じていた。
 多勢を相手に、アイリスの表情にも真剣味が強まる。
 かと思いきや、いつもの冷笑と共に肩を竦める。

「やれやれ、土見稟の恋人さん達揃い踏みか。なかなか上手くはいかないね」

 敵対心を剥き出しにして自身を見据えてくる少女達一人一人に視線を向けていくアイリス。
 その視線が、一ヶ所で固定された。
 稟にではない。稟を素通りして、その後ろにいる人物を見ていた。
 振り返ると、そこには一人だけ戦列に加わらず、困惑した表情を浮かべながらアイリスの姿を凝視しているネリネがいた。
 見詰め合うネリネとアイリスの間には、何かただならぬ空気が漂っていた。

「あ、あなたは・・・・・・誰、ですか・・・・・・?」
「・・・・・・・・・」
「誰・・・なんですか?」

 悲壮感すら漂わせるネリネの問いかけに、アイリスは目を瞑ってため息を漏らした。

「ふぅ・・・・・・やっぱりあなたには、会った瞬間に気付かれるか。ま、当然よね。あなたは、もう一人のわたしなんだから」
「もう一人のって・・・・・・どういうことなんですか!?」
「ネリネ?」

 ただならぬネリネの様子に、稟も他の皆も訝しがる。
 稟の知る限り、これほどネリネが取り乱すのを見るのははじめてだった。
 いや、似たような状態になった時ならばあった。
 その時の理由を思い出す。
 すると先ほどから微かに感じていたものの正体が、少しずつ氷解していく感覚がした。
 アイリスへと視線を戻す。
 紫色の左眼。王族すらをも凌ぐ絶大な魔力。これらとよく似た特徴を持つ少女は、今稟の目の前にいる。

「ま、まさか・・・・・・」

 そもそもはじめて会った時、稟はアイリスの中にほんの僅かにネリネの面影を見た。
 いくつもの要素が組み合わさって、稟の中に一つの答えが浮かび上がってくる。

「その表情。土見稟、あなたも気付いたみたいね」
「君、は・・・・・・」
「理由を知りたがってたよね、わたしがあなたを殺したい。教えてあげるよ、ちゃんと。でも、その前に・・・・・・」

 敵に囲まれているというのに、アイリスは剣を地面に突き刺して手放し、優雅な仕草でスカートの裾をつまんで恭しく礼をする。

「改めまして。わたしはアイリス。“四番目”だよ」



















あとがきらしきもの
 二つの聖剣の正体は、エクスカリバーとカリバーンであった。が、Fateなんかで語られてる伝承からはちょっと違った特性を持たせている。特にカリバーンは本来の選定の剣という属性に、聖剣の鞘としての属性も付加されている。ゆえに、守りの剣。これでようやく稟も超人達を相手に自分の身を守るくらいの芸当はできるようになったわけだ。されど聖剣を得た稟とシアを相手にしてまだまだ余裕のアイリス、その正体がいよいよ次回明かされる。