目に映る景色、そのほとんどが炎の紅に染まっていた。
ほんの一時間余り前までは確かにそこにあった純白の館も、美しかった庭も、今では見る影もなく、ただ燃え盛る炎の燃料と成り果てている。
ふと目を向けた辺りは、ほんの数日前、恋人の少女と共に楽しげに散策し、彼女の手作りによる弁当を食べた花壇があった場所だったような気がする。こんな風に消えてしまうものならば、もっとよくその美しさを記憶に留めておけばよかったと軽く後悔する。
紅蓮の炎に包まれたホワイトガーデンの庭に剣を構えて立つ朝倉純一の眼前には、一つの人影があった。
夜の闇の中、炎に照らされた姿はおぼろげなれど、その正体を知ることは難しくない。
不思議と、純一の心に戸惑いはなかった。
ひょっとしたら、出会った時から予感していたのかもしれない。
「・・・・・・――」
呼び掛ける純一の声に対して、彼女は表情を綻ばせた。
敵に向けるものとは思えないほどあどけない、そして見る者を魅了する、綺麗な微笑みだった。
真★デモンバスターズ!MIRAGE
第1話 魔の集う夜
それは一瞬の出来事だった。
夕闇が辺りを包み込もうかという時間、上空に忽然と現れた夕日と同じ色をした塊が落下した瞬間、視界は光に覆われ、次いでブラックアウトした。
どれくらい気を失っていたのかはわからなかったが、意識が戻った時には既に日は沈んでいて、代わりに周囲を照らしていたのは、一面を包む炎だった。
ほんの少し前までそこにあったホワイトガーデンの美しい景色は、見るも無残なものに変わっていた。
何が起こったのか、ほんの僅かの間唖然としていた純一は、我に返ると同時にまずは他の皆の安否を確認しようと辺りを見回した。だが、目に見える範囲には自分以外には誰もいない。激しく燃え盛る炎のせいで、気配もはっきりと感じ取ることができない。ただ一箇所を除いては。
見上げた先、炎に包まれ、今にも崩れ落ちそうな館の屋根の上に、一切炎の影響を受けていない、ぽっかりと穴が空いたような空間が存在していた。
そしてそこに、この炎が渦巻く中でもはっきりと気配を認識できる2人の男が対峙して立っていた。
一人は言わずと知れたこの館の主、祐漸。
それと向き合うのは、褐色の肌と、逆立った黒髪を持ったヴォルクスと思しき男だった。
褐色肌の男は、獣のような獰猛な眼で祐漸を見据えている。対する祐漸は口元に薄笑いを浮かべているが、その眼は少しも笑っておらず、むしろ今まで純一が見たことないほどの緊張が見て取れた。
「ここまで手荒なノックを受けたのははじめてだな」
言葉と共に、怜悧な視線が男を射抜く。
常人ならそれだけで心の底まで凍て付かせられそうな祐漸の眼光を正面から受けながら、男はまるで意に介していなかった。
「悪いな、加減てもんを知らなくてよ。で、あんたが氷帝祐漸ってことで間違いないな?」
「ああ。一応聞いておいてやるが、おまえは?」
「イフリート。てめぇが氷帝ならさしずめ、炎帝ってところか」
「その炎帝とやらが、何の用だ」
「てめぇを殺しに来た」
「そうか」
交わす言葉はそれで終わりだった。
両者の全身から今まで内包されていた殺気と魔力が解放される。
祐漸の周囲では、そこだけが局地的な吹雪に覆われたような現象が起こっていた。話には聞いていたが、実際に純一が目にするのははじめてだった。
氷帝祐漸が真の強敵と相対した時のみ見せる最大戦闘態勢たる凍気。それを小手調べもなしにいきなり見せるとは、祐漸が眼前の敵をかつてない脅威として認識している証拠に他ならない。
その脅威の方はと言えば、こちらも祐漸のまとう凍気と同等、或いはそれ以上かもしれないプレッシャーを全身から発していた。
イフリートと名乗った男の放つ能力は、祐漸のそれとよく似ていながら真逆だった。
炎帝がまとうのは熱気。イフリートの周囲の空気はあまりの熱量に歪み、その余波で空気に火が付き、燃えていた。力の質量は、祐漸のそれすらをも上回っている。
ふいに純一の頭が、とてつもないことを理解した。
改めて周囲を見回す。何もかもが燃えていて、ひどい惨状だった。
だがこの程度、惨状と呼ぶには生温い。
もしも先ほど空から飛来した、おそらくは魔力によって生み出された巨大な火球による攻撃があのイフリートの手によるものだったとしたら、この程度の被害で済むはずがなかった。
直撃していれば、間違いなくホワイトガーデンはこの地上から、跡形もなく消滅していただろう。
そうならなかった答えは単純明快。祐漸が氷の結界で防いだのだ。
この火事はいわば二次災害。氷に壁によって防がれた火球の余波たる熱気によって可燃物が引火したに過ぎない。
圧倒的な破壊力に、純一は戦慄し、身震いした。
そうしながらも、自分が次にするべき行動も瞬時に悟る。これに関しては、伊達に今までそれなりの修羅場を潜ってきたわけでもなかった。
イフリートは純一はもちろん、他の誰にも手に負える相手ではない。あれの相手は祐漸に任せる他なかった。
ならば今純一がするべきことは、一刻も早く他の皆と合流することだった。
この襲撃がイフリート単独のものとは思えない。これが前回も襲ってきた連中によるものならば、他にも敵が侵入している可能性は高い。最初の一撃で館を覆っていた結界は完全に破壊されたであろうから、館内にいる者達の状態を遠くにいて知ることは困難になっている。そんな状態でバラバラに行動するのは危険だった。
(それにしても間の悪い!)
よりにもよって今夜襲撃を受けることになろうとは。前の襲撃から一ヶ月近く何もなかったため油断が生じていたのかもしれない。
明日の朝には、ここを引き払って出発する予定だったのだ。
魔王軍が突然挙兵する準備を始めたという報せが届いたのが5日前。その翌日にはアイが西王のところへ帰ると言って立ち去り、さらに翌日にはエリスも去り、イシスも北王家の方へ戻っている。その上さやかも祐漸に何かを頼まれて一足先にどこかへ行ってい た。
(むしろ敵の方がこのタイミングを狙ってたってことかよ)
考えたところで、直接聞いてみないことには敵の目的はわからない。
ならば今はできることをするしかなかった。差し当たっては、仲間と合流することだった。
背後で2つの強大な魔力がぶつかり合うのを感じながら、純一は駆け出した。
目を覚ました時、土見稟は自分の置かれている状況をすぐには把握できなかった。
意識を失う前は室内にいたはずなのだが、今肌に感じている空気は外のもののようだった。
さらに、その空気が熱気を帯びているのを感じて、ようやく異常事態に気付いた。
「な、何が起こったんだ・・・?」
倒れていた体を起こす。
外傷はないようで、痛みも感じなかった。身体は普段どおりに動く。意識を失うほどの衝撃を受けたわりにダメージがほとんどないのは不思議だった。辺り一面が炎に包まれているというのに、稟が倒れていた場所にはまるで火の手が及んでいない。
少し考えて、まるで選んだようにこの場所に投げ出されていることが誰かの意図によるものだろうということに思い当たった。
つまり、誰かが先ほどの衝撃から守ってくれたのだ。
「そうだ、みんなは!?」
自分が無事なのだから、他の皆も無事だろうと楽観的に思うところもあったが、まるで地獄絵図のように一面の炎に包まれた周囲の惨状が不安を煽る。
或いは誰かが自分を庇ってあの炎の中にいるのではないかという思いも沸き上がってくる。
もしそうならば、急いで助け出さなければと思って立ち上がろうとすると、背後に誰かの気配を感じた。
振り向いた稟は、自分を見下ろす長い髪の少女の姿を目にした。
「さすが祐漸様。イフリートの大火球を防いだ上、仲間の一人一人を結界に包んで火の手の及ばないところ避難させるなんて、神技めいてるね」
(・・・・・・ネリネ・・・?)
どうしてか、その少女の姿を見た瞬間に稟の脳裏に浮かんだのはその名前だった。だがよく見れば、目の前に立っている少女とネリネの容姿はまったく違う。ヴォルクスの特徴たる耳と、長い髪の雰囲気が少し似ている程度だ。
ただ、何となくイメージがかぶったのだ。
それが意味するところは、今の稟には思い及ばなかった。
「それにしてもこの状況で自分の身よりも、まずは仲間の安否を気遣うなんて、わたしの記憶にあるとおりの人間ね、土見稟」
「君は・・・・・・」
「いいよ、わたしのことなんて知らなくても。だって、あなたはここで死ぬんだから」
少女が無造作に振り上げた右手には、華奢な体つきには不似合いな、身の丈ほどもある大剣が握られていた。
それが、自分の命を一瞬にして刈り取れるものだと認識した瞬間、考えるより先に体が動いた。
けれどそれよりも早く少女が一歩踏み出し、立ち上がろうとした稟の足を絡め取って仰向けに転倒させられる。
「ぐぁっ」
「遅いよ」
体勢を立て直す暇も与えず、少女の足が稟の腹を踏みつけ、逃げようとする動きを封じる。
その間、大剣を持った少女の右手を振り上げられたままだった。
手の届く範囲を探っても、武器になりそうなものはなく、抵抗しようという心は虚しく、あえなく稟の命はチェックメイトを迎えていた。
「じゃ、さようなら」
「稟くんっ!」
無情な少女の声に重なるように稟の耳に飛び込んできたのは、リシアンサスの叫びだった。
だが駆け寄ってくるシアの方へ目を向ける間もなく、眼前の少女が大剣を振り下ろす。迫り来る凶刃を前に、稟は圧倒的な死の予感と、それに伴う絶望的な恐怖を感じた。
その恐怖は自らの死そのものよりも、それによってもたらされる自分を想う少女達に降りかかるであろう不幸を思ってのものだった。
「――ッ!!」
シアが声なき悲鳴を上げる。
それを稟は、確かに感じた。
息を呑む音が、稟の耳には届いていた。
そして、早鐘のような自らの鼓動の音も、現在進行形で聞こえ続けていた。
稟は死んでいた。
少女は間違いなく、稟を殺す気で剣を振り下ろしていた。目の前で殺気を向けられた稟だからこそ、それがわかった。そして稟自身には、それを防ぐ術はなかった。
もちろん、駆けつけてきたシアにもそんな余裕はなかったはずだ。現にシアは、顔面蒼白で立ち尽くしている。
では、どうして稟は生きているのか。
「・・・・・・・・・」
不可避の死に直面した稟は、声を上げることもできなかった。
振り下ろされた剣の切っ先は、仰向けに倒れた稟の顔の横数ミリの位置にある。
困惑しているのは稟だけではなかった。むしろ剣を手にした少女の方が、稟を殺し損ねたことを不思議がっているようだ。
ただ手許が狂ったようには見えない。自分の身長ほどもある巨大な武器と言えど、振り上げた時の動きは慣れたものであったし、真っ直ぐ振り下ろすだけなら外しようもなかったはずだった。
だが、外部から力が加わった様子もない。
はっきりとはしなかったが、少女は自らの意志で剣の切っ先を逸らした。でなければ説明は付かない。
自分の行動を訝しがっていた少女が、スッと目を細める。それまではどこか人形めいた笑みを浮かべていた少女だったが、むしろ表情の消えた今の顔の方が人間的な感情を感じられた。
「そう、やっぱり邪魔するんだ」
誰でもない、自分自身に向けるように少女が呟く。
そこでようやく正常な思考が戻ってきた稟は、どうにかして少女の傍を離れようとする。幸い、剣を振り下ろした際に稟の体の上から少女の足はどけられていた。
転がるようにして少女から離れようとする稟。
だが次の瞬間、腹部に激しい衝撃を受けた。
「がはっ!」
続いて背中からどこかに叩きつけられる感触。そして胃の中のものが逆流するような嘔吐感。
自分が蹴り飛ばされ、館の外壁に打ちつけられたことに気付くまで、数秒かかった。
「稟く・・・・・・きゃっ!」
倒れ伏す稟を見て我に返ったシアが声を上げて稟に駆け寄ろうとするが、その足下が爆ぜて動きが止まる。
少女が大剣を振るい、切っ先から放たれた衝撃波がシアの足下の地面を削ったのだ。
シアの方は振り向かずに、少女はさらに剣を振りかぶる。
「直接手を下せなくても、殺す方法はいくらでもあるよね」
横薙ぎに振られた剣から発した衝撃波の狙いは、稟自身ではなく、その背後の壁であった。
三階建ての館の壁が崩れ落ち、瓦礫が稟の頭上から降り注ぐ。
再びシアが悲鳴を上げる。
稟は朦朧とする意識で自分の身に迫る危険を認識してはいたが、そこから逃れる術を持たなかった。
咄嗟に頭だけでも庇うが、それだけでは絶対に無事では済まないだろう大きさの瓦礫が落下してきていた。
襲いくるであろう衝撃に少しでも耐えようと、きつく目を瞑る。
ズンッ!
地面を揺らす凄まじい衝撃が巻き起こる。
身を硬くする稟。
だが今度も予想に反して、稟の体に直接それが及ぶことはなかった。
「・・・・・・?」
目を開いた稟は、体のすぐ上に崩れ落ちてきた瓦礫があるのを見て息を呑む。
偶然助かった、のではない。
見れば稟と瓦礫の間には、蔦のような植物が幾筋も伸びていた。それが稟を救ったようだった。
けれどそれはある意味異様な光景だった。植物など、この熱気の中で真っ先に火が付きそうなもので、現に庭を彩っていた無数の植物は全て燃えている。だからこれは、ただの植物ではありえない。ましてや、これだけ巨大な瓦礫を受け止めている時点でそれがただの植物であるはずはなかった。
魔力によって生み出されたもの。
そして植物、即ち大地に干渉する魔法を得意とする人物が、稟の身近にいた。
そこまで思い当たってやっと稟は、自分を庇うように立って、大剣を持った少女と対峙している人影に気付いた。
「純、一・・・・・・」
「生きてるか、稟?」
「あ、ああ。何とかな・・・」
「よし。シア、稟を頼む」
稟に背中を向けたまま、純一は放心しているシアに呼び掛ける。
「ぁ・・・う、うんっ」
ハッとしたシアが大慌てで稟の下へやってくる。
「稟くん稟くんっ! 大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ」
答えながら稟は瓦礫の下から這い出る。
見れば、シアの目尻には涙が浮かんでいた。
またシアにそんな顔をさせてしまった自分の不甲斐なさに稟は歯痒い思いをする。同時に、少女に蹴られた腹と、壁に打ちつけた背中の痛みに顔をしかめる。
それを見たシアが急いで治癒魔法をかける。
「稟くん・・・・・・良かった・・・。良かったぁ・・・・・・」
堪えきれなくなったのか、シアの目からさらに涙が溢れ出る。
「シア・・・・・・」
「し、心臓・・・っ、止まるかと思ったッス・・・!」
「ごめん。心配かけた」
「心配なんてものじゃなかったもんっ!!」
声まで上げて泣きながら、全力で治癒魔法をかけるシア。そのお陰で、あっという間に稟の体の痛みはなくなっていった。
「稟、シア。動けるようになった他のみんなを探して合流してくれ。ここは、俺が引き受ける」
「わかった。行こう、シア」
「ぅ・・・・・・うんっ」
他の皆を心配していた稟と、その稟のことで泣いていたシアは、純一がいつもとはどこか違った緊張感に包まれていることに気付かず、その場を後にした。
一方その頃、他の皆もそれぞれに遭遇した襲撃者達と交戦していた。
最初の攻撃のショックから逸早く立ち直った連也とキキョウはすぐに合流し、純一が下したのと同様の判断に基づいて仲間と合流すべく皆を探していたが、そこへ2人の敵が現れて立ちはだかった。
「お! 俺達ゃついてんな。一番いい獲物はイフリートの旦那に取られちまったが、2番目くれーに強そうなのに会えるとはなぁ!」
2人の内、細身の男が連也を見据えて口元を歪める。
紅い瞳に宿る感情は、殺人を悦楽とする人間のものだった。
両手に持った、籠手に扇状に3つの刃のついた殺傷力の高そうな武器からもその男の嗜好が窺えた。
直接目が合ったわけではないが、キキョウはその男のまとう雰囲気に嫌悪感と、それと同じくらいの危機感を覚えた。
前回攻めてきた敵とは、明らかに格の違う相手に思えた。
「そこの侍野郎! 名は?」
「浦連也」
淀みない口調で連也が名乗る。
相手の雰囲気に気圧されることもなく、状況に気負うこともなく、淡々と、いつもと同じ調子でいた。
こんな時でも落ち着きを失わない男の存在感に、キキョウは頼もしさを覚えた。稟の傍にいる時もある種の安心感があるが、連也の隣はまたそれとは違った心地よさがある。
特に戦いに挑む際には、この男ほど共にいて頼りにできる者は他にいまい。
「なるほど、おまえが義仙の奴が執心だって奴か」
しかし相手の男も大したもので、動じない連也を見ても自身の調子を崩さない。
先ほどから発している殺気は尽く連也には軽く受け流されているというのに、まったくそれを気にかけることなく殺気を出し続けている。
「だが、いくらドライリッターの一人に選ばれたからって新入り野郎に気兼ねする理由なんざねぇ。こうして会った以上、てめぇの首はこのジャガージャックがとる! ガイア、女の方はそっちがやりなっ!」
もう一人の巨漢にかけた声が途切れない内に、ジャガージャックと名乗りを挙げた男は地面を蹴って連也目掛けて踏み込んでいた。
ジャガージャックが動くか動かないかという瞬間、連也が軽くキキョウの体を押す。
それだけで意図を察したキキョウは、連也が刀を抜くのとほぼ同時に横へ大きく跳び離れた。
ギィンッ!
抜き放たれた連也の刀と、ジャガージャックの突き出した刃とが交差し、火花が飛び散る。
右の刃を止められたジャガージャックは、続けて左の刃を繰り出し、連也は最初に受けた右の刃を受け流すと同時に左からくる刃も弾き返した。そこで止まることなく、さらにジャガージャックは立て続けに左右の刃を振るい、連也はその場から後退させられる。
ほんの僅かな攻防ではあったが、その間連也は反撃の機会を一瞬たりとも見つけることはできなかった。
両手の刃を操る敵の技量は相当のものだった。
連也の邪魔にならないよう充分な距離を取ったキキョウはその一瞬の攻防に僅かな間見惚れていたが、すぐに自分の近くに迫ってくる敵の存在を察して気を引き締める。
(速い!)
キキョウは全速で連也のところを離れたつもりだったが、にもかかわらずもう一人の敵はキキョウの移動先へ先回りしていた。巨体に似合わぬスピードだった。
「あんた、ガイアとか呼ばれてたわね」
「そうだ。おまえはリシアンサス王女、か?」
「残念。あたしはキキョウ。リシアンサスの影よ」
「そうか。だがどちらでもいいことだ。障害は全て取り除く」
「やれるものならやってみなさいよ」
強気の発言をしているが、内心キキョウは目の前に立つ巨漢から感じる力に圧されかけていた。
ガイア、大地を意味する名に相応しく、この男の発する威圧感は強大で、その点に関しては連也と戦っているジャガージャック以上だった。ただあちらのように、触れれば即斬られそうな鋭利さは感じられない。
スピードは予想以上にあるが、基本的には見た目どおり、力で相手を圧するパワータイプに違いなかった。
キキョウは軽く手の内で魔力を練り上げてみる。
シアと一つの体を共有していた時、そして二つに分かれた直後と比しても、比べ物にならないほど魔力の練度が上がっていた。 この間からずっとこうして、キキョウの魔力は上がり続けている。正直キキョウは、今自分がどの程度の力を有しているのか判断できずにいた。そういう意味では、この敵は自分の力を量るにはちょうどいい相手かもしれなかった。
危険な敵には違いないが、全力を試せるかもしれない相手を前に、僅かに昂揚感に包まれる。
魔力が高まると、少し前まで気圧されていた心が奮い立ち、顔には自然と笑みまでもが浮かぶ。
「さぁ、来なさい!」
本人はまるで知らないことだがその表情は、神王ユーストマが戦いに臨む時に浮かべるものと、とてもよく似ていた。
楓、亜沙、ネリネ、プリムラの4人は、さらに手強い敵と交戦中だった。
相手はたった一人。だがその男は、楓と亜沙の2人がかりの攻撃を力、技、速さの全てにおいて圧倒する剣技を見せ、ネリネの放つ魔法をも弾き返し、実戦経験に乏しいプリムラに至ってはその眼光に射抜かれただけで戦意を喪失させられていた。
以前にも敵として楓達の前に立ちはだかった男、義仙。
はじめて相対した時からその実力は際立っていたが、二度目の交戦となった前回の襲撃においては祐漸とさえ互角の勝負をしている。その時の話は聞いていたが、実際にその強さを肌で感じて、少女達は戦慄を覚えた。
辛うじて持ち堪えているのは、ガーデンに来てからずっと鍛錬を続けてきたからに他ならなかった。それでも尚、義仙を相手にしては自分達の身を守るのが精一杯だった。
しかも、義仙の方はいまだに全力を出していない。
「ちょっとちょっと、この人の強さは反則じゃないの!?」
「王族の血筋でもないのにこの力・・・信じられません・・・・・・」
早くも体力の限界に近付いている亜沙とネリネが音を上げる。
二人に比べて、楓にはまだ余裕があった。いまだにまともに戦えているのは、楓が正面から義仙と向き合い、亜沙とネリネが援護をする陣形を取っているからだった。どちらかがもたなくなったら、おそらくこの敵を押さえておくことはできなくなる。
加えて彼女達には、目の前の敵以上に懸念材料があった。
(稟くんは、無事でしょうか・・・?)
特に楓は、先ほどからそればかりが胸中にあって、戦闘に集中できずにいた。
この場にいる全員が、おそらく祐漸のお陰で無事だったことから見て、稟も最初の爆発による衝撃からは助かっているだろうとは思うのだが、その後敵に襲われていない保証はどこにもない。むしろ、まず間違いなく敵は義仙以外にもいるだろう。
自分の身よりも、今は稟の方が心配だった。
義仙にも楓達の焦燥は感じ取られているようで、先ほどから戦いに集中していないことを咎めるような目をしていた。
けれど不思議と、そこに付け込むようなことはしてこなかった。
そのことに最初に違和感を覚えたのは、亜沙だった。
稟のことで焦りを募らせている楓とネリネ、義仙の殺気に竦みあがって立ち尽くしているプリムラに比べて、亜沙は口では悪態をつきながら比較的冷静だった。
(年上なんだから、みんながあたふたしてる時には落ち着いてないとね)
好きな相手と二人きりの時はとことん甘えるようにしているが、学校の部活では部長を務めていた亜沙である。本人はそれほど気にしていないが、人一倍リーダーシップは強かった。
(この人の戦い方って連也さんに似てるけど、たぶん根本的に違う)
義仙は正々堂々と戦うようなタイプではない。それが亜沙の分析による判断ではなく、祐漸から聞かされていたことだった。
その特徴に当てはめるなら、今の義仙の、彼女達に合わせるような戦い方はおかしかった。
(時間稼ぎ? 何かを待っているみたいな・・・・・・)
何か、嫌な予感が脳裏を過ぎる。
それが何なのか、必死に考えを巡らせるが、あと少しというところで思い至らない。
その時、炎の向こうからこちらへ駆けてくる人影に気付いた。
亜沙の位置からは死角になっていて、その姿をはっきりと認識することはできなかったのだが、離れた位置にいたプリムラの表情にはっきりと喜色が浮かんだことで、その正体を確信することができた。
と同時に、亜沙の目に、ずっと表情を変えなかった義仙の口元を歪めるところが映った。
カチリと、心の歯車が噛み合ったような音がして、亜沙は嫌な予感の正体を知った。
これも事前に祐漸から聞かされていたことだった。
いまだに正体の知れない敵がここを襲撃してくる狙いとして考えられるのは、祐漸か、プリムラか、或いは稟である、と。
祐漸が狙いならば亜沙達になど構ったりはしまい。プリムラが狙いならさっきまでの間にいくらでも機会はあった。
ならば、義仙の狙いは――。
「稟ちゃんストップ! こっち来ちゃダメッ!」
亜沙が声を張り上げると、楓とネリネもその存在に気付いた。
駆け寄ってきていた稟とシアもその声を聞いて足を止めるが、それと同時に義仙も動いていた。亜沙がそれを阻止しようと斬りかかるが、追いつかない。
戦っている楓達を見つけて駆け寄った稟とシアは、亜沙の制止を受けて立ち止まる。
向かう先で三人に囲まれていた敵と思しき男が、囲みを抜け出して稟の下へ一直線に向かってくる。
その敵が義仙であることに気付くよりも早く、稟の体はまず相手の攻撃に対して反応していた。
先ほどの少女を相手にした時は不意打ちのような形で対処できなかったが、ずっと純一を相手に鍛錬を続けてきた稟は、敵の攻撃から身を守る術を充分に身につけていた。
丸腰の稟に、義仙の攻撃を正面から受ける手段はない。
まずは初太刀をかわすべく、相手の踏み込みに合わせて後ろへ下がる。
稟がそれだけの動きをするとは思っていなかったのか、義仙の振るった刀は空を切った。
しかしすぐに切り返して、第二撃が繰り出される。その速さに対し、稟自身には対処する術がなかった。
ギィンッ!
響き渡る金属音。
義仙の斬撃は、二人の間に割って入ったシアの剣によって受け止められていた。
稟より僅かに遅れて反応したシアは、一撃目には間に合わなかったが、逆にその間に剣を抜いて、稟が対処できなかった二撃目の前に割り込む余裕が持てたのだ。
シアもずっと稟の鍛錬を見てきたため、稟の呼吸は正確に把握していた。それでも、稟が一撃目をかわす瞬間は冷や汗ものだったが。
「チッ!」
目論見を外された義仙が舌打ちをする。
さらに背後から迫り来る気配を感じ取った義仙は、シアを力任せに押し退けると、振り向き様に刀を振るいながら横へ飛び退く。弾き飛ばされたシアの背中を、稟が受け止める。
刃が打ち合わされる音と共に、一瞬前まで義仙がいた場所に楓が飛び込んでくる。
距離を取った義仙は、狙った相手を仕留められなかったにもかかわらず、妙に楽しげな顔をしていた。
「ほう、さっきまでとはまるで別人だな小娘。よほどその男が大切と見える」
双剣を構える楓の表情は引き締まっており、少し前までとは比べ物にならないほどの集中力があった。
「稟くんには、指一本触れさせません」
静かに、だが確固たる意思を秘めた楓の声に、稟は思わず身震いする。
これが本当に、幼い頃からよく知る少女のものかと疑われた。
そこには、かつて稟自身に向けられていた殺意よりも強固な何かがあって、それが怖さを孕んで稟の心を蝕む。
目の前で、稟を庇って敵に剣を向けているのは、稟の知らない芙蓉楓という少女の姿だった。
けれど稟は、すぐにそれを受け入れた。
これもまた、土見稟を愛する芙蓉楓という少女の一面なのだ。稟を守るためならば楓は、夜叉にでもなる。
そしてそれは何も楓だけに限ったことではない。
シアも、ネリネも、亜沙も、一時は戦意を失っていたプリムラも、稟がそこにいるだけでまるで顔つきが違っていた。
「カエちゃんばっかりにいい格好はさせないッス。私だって稟くんを守るもん」
「稟さまを傷付ける人は、誰であろうと許しません」
「私も、お兄ちゃんのために戦う」
「ボクのことも忘れてもらっちゃ困るかな〜」
「みんな・・・・・・」
稟にとっては、少女達が稟に傷付いてほしくないと思うのと同じように、彼女達が傷付くことは耐え難い。
けれど、こうして稟のために身を張ろうとしている彼女達のことを、頼もしくも思えた。
シアも、ネリネも、楓も、亜沙も、プリムラも、稟などよりも遥かに強い。祐漸の言うとおり、弱い自分が彼女達を守ろうなどというのは思い上がりだった。ならば今、稟にできることは何か。
それは、彼女達の強さを信じることだけだった。
(大丈夫だ。大地に根を張れ土見稟)
敵は強い。自分達よりも遥かに。そんな敵に挑むことを不安に思わないはずがない。
だが稟だけは、どんなに不安でもそれを表に出してはならない。
稟が動じなければ、少女達もまた安心して戦うことができるはずだから、どんな敵を前にしても稟は強固な意志を持って構えていなければならないのだ。
「・・・・・・・・・」
その様子を見た義仙に怯んだ様子はなかった。が、稟達が簡単に倒せる相手でないことを感じ取ったか、先ほどまでよりずっと真剣な表情になっていた。
互いの緊張感が最大限に高まる。
僅かでもその拮抗が崩れれば、たちどころに戦いは激化するだろう。
今の対峙は、そこに至るまでの嵐の前の静けさのようだった。
シアが長剣を正眼に構えて、稟を守るようにその前に立つ。双剣を構えた楓は最も敵に近い先陣に立ち、それをすぐに援護できる位置で亜沙が薙刀を手に様子を窺っている。後方にはネリネとプリムラが控えて、いつでも攻撃魔法を放てる姿勢でいる。
義仙の武器は右手に持った刀のみ。だが、祐漸と戦った時に見せたという異形の力はまだ発動しておらず、右手の甲に埋まった紅玉が不気味に発光しているだけだった。
その状態でどれくらいの時間が経ったか。
あまりのんびりしてはいられなかった。こうしている間にも、火の手は勢いを増しているのだ。このままでは、いずれ稟達も炎に包まれるか、或いはその前に酸欠となるかだった。そうなれば不利なのは明らかに稟達の方だった。
(このままじゃまずいな。こっちから仕掛けて突破するしかない、か)
チラッと横を見ると、亜沙と目が合った。
どうやら二人とも同じことを考えていたようで、短いアイコンタクトを交わすと、互いに頷きあう。
「みんな、こっちから攻撃して、隙を見つけて逃げ出そう」
稟の言葉を待っていたように、少女達は眼にさらに力がこもる。
仕掛ける気配を感じ取った義仙も警戒を強める。
そして、今まさに稟が皆に向かって合図を送ろうとした時だった――。
「な、何だ!?」
「む!」
突然、稟達の足下から光が発せられた。
光は稟達全員を包むように形となり、魔法陣のようなものを浮かび上がらせた。
そして光の向こう側の景色が歪んでいく。
「これは・・・・・・転移魔法!」
ネリネの声に疑問を返す間もなく、稟達は目の前の景色から切り離された。
炎の中、純一は大剣を手にした少女と対峙していた。
先ほど稟を殺そうとしていた少女。その正体は、純一の知っているものだった。
「・・・・・・アイリス」
呼びかけると、少女が微笑んだ。
それは、前回の襲撃があった時に森で出会った不思議が少女であった。ただ一点だけ、あの時とは違っている特徴がある。
あの時出会ったアイリスは、一般的なヴォルクスの特徴と同じく、両眼ともに紅だった。
だが今目の前にいる彼女の眼は、右目こそ同じ紅だが、左目は紫だった。
それ自体は珍しいものとはいえ、決して不思議な特徴ではない。ヴォルクスとヒュームの間に生まれた子供が、たまにそうした特徴を宿すという話は聞いたことがあった。現に以前会った稟達の友人、麻弓・タイムというハーフの少女が同じ特徴を持っていた。
けれどこの少女の両眼の色には、何か特別な意味があるように感じられるのだ。
何故そう感じるのかまでは、わからなかったが。
「覚えててくれて嬉しいよ、純一。こういう形での再会は、できればしたくなかったなぁ」
稟の命を狙った彼女は、純一の敵に違いなかった。
森でただ一度きり会っただけの相手だが、不思議と親近感を覚えた少女が敵として現れたことに、純一はあまりショックは受けていなかった。
何となく、予感はしていたのだ。
あれ以降森を訪れなかったのも、その予感が現実だと知るのが怖かったからかもしれない。
(だったら最初から森になんか行かなければ良かったにな、まったく俺って奴はかったるいことを増やす性格してるな)
純一以上に、アイリスの方はこの関係に対する動揺がなかった。
おそらくアイリスは、最初から知っていたのだろう。
「一目惚れかも、って言ったのは嘘じゃないよ。もっと仲良くなりたいって思ってたのも本当」
表情から純一の考えていることを読み取ったか、アイリスがそう言って笑いかける。
敵味方という関係でなければ、素直にかわいいと思える表情だった。彼女の言うとおり、その言葉は本心に違いないのだろう。
だからと言って、彼女の行動を容認する純一ではない。
「何で稟を殺そうとした?」
「半分は命令だから。あとの半分は、わたしのため」
「おまえの?」
「そう。あの人がいるとね、邪魔なの。わたしがわたしでいるために、あの人には消えてもらいたい」
「よくはわからんだ、あいつは俺のダチだ。はいそうですか、って殺されるのを黙って見てるわけにはいかない」
「うん、純一はたぶん、そういう人だよね」
目的の遂行を邪魔されたと言うのに、アイリスの顔にそれを咎めるような色はまるで見られなかった。
むしろ今となってはそんなことはどうでもいいとでも言わんばかりに、少女の視線は真っ直ぐ純一に向けられていた。
「純一のこと、もっと知りたいな。ねぇ、教えてよ。土見稟のことなんて、どうでもよくなるくらい」
「教えてやってもいい、けど」
「けど?」
「自分のことを語るなんざ、かったるい」
「・・・・・・・・・・・・ぷっ、あははっ、あはははははははは!!」
よほどおかしかったのか、アイリスは剣を放り捨て、お腹を抱えて大笑いする。
「うん! うん! なんかちょっとわかった、純一のこと。あははははっ」
「・・・・・・笑われるようなこと言った覚えはないんだけどな」
つられて純一も笑いそうになったところで、アイリスの背後に別の誰かの気配を感じて表情を固くする。
新たに現れた相手を見た瞬間、かつてない緊張感が全身を包み込んだ。イフリートを相手に感じたのとは、また別種の危険な感覚だった。
炎帝イフリートは上から押し潰されるような感覚がするが、この相手は奥底から何かが這い出てくるような気持ち悪さを覚える。
闇から染み出るように現れたのは、病的なまでに白い肌を黒衣に包んだヴォルクスの男だった。
パッと見、年齢は不詳。若いようにも見えるし、老人のようにも感じられる。つかみ所のなさで言えば、今まで出会ったどんな相手よりも上だった。
そして何となくだが、並んで立つとアイリスと似ているような気がした。
「楽しそうだねぇ、アイリス」
「ご、ごめんなさいっ、お父様。土見稟は逃がしてしまいました」
まだ笑いが収まらない様子のアイリスは、目尻に浮かぶ涙を拭いながら黒衣の男に応える。
“お父様”という呼び名はしっくりきた。親子だというなら、似ている感じがするのにも説明がついた。
「いいよ。義仙クンも結局逃がしちゃったみたいだしね。さすがに祐漸クン、用意周到だね」
黒衣の男の言葉で、純一は他の皆が無事であろうことを確信した。
祐漸はこの襲撃を予測していたのだろう。だから、非常時の脱出方法を用意していた。
空間転移は高度な魔法で、集団を転移させるのは熟練者では容易なことではない。が、予め出発点と到着点を設定しておくことで、移動距離、移動人数を大幅に拡大することができる。さやかが数日前から姿を消していたのは、その仕掛けを施しに行ったためなのだろう。
集中して周囲の魔力を探ってみると、大きな魔法が発動した残滓がおぼろげに感じられた。
おそらく現時点でこの場に残っているのは、純一と祐漸だけであろう。
(あの野郎、俺だけは自力で脱出しろってか?)
祐漸としては、稟達を最優先で逃がしたかったのだろう。だから、離れた場所にいた純一は後回しにした、というところか。
もっとも今はそれで良かったかもしれない。
まだ、純一はこの場に用があった。
「アイリス、そいつは君の・・・・・・」
「うん、お父様。そして、わたし達を束ねる人でもある」
「なるほどな」
この男が黒幕。それは、見た瞬間に何となく感じ取ることはできた。
他の連中とは違う。この黒衣の男は別格の存在だった。ただ強いとかそういうことではなく、計り知れない存在感があるのだ。
まるで、祐漸と同じような――。
(まさか、そういうことなのか?)
男の正体に関して、純一の脳裏に一つの仮説が生まれた。それが正しければ、この男が祐漸と同格の存在感を有することにも頷ける。
だがそれならば、祐漸はもっと早くにその可能性に気付いていたのではなかろうか。
或いは祐漸自身も半信半疑だったから口には出さなかったのかもしれない。
「あんたは」
「朝倉純一君。少し話をしないかい?」
「話?」
相手の方から純一に興味を示してくるとは思わなかったので、純一は少し意表をつかれた。
けれど、警戒心は緩めずにいた。
「そう構えないでくれるかな? 友好的な話をしたいだけなんだから」
そう言って男が軽く手をかざすと、背後の闇が蠢いて、そこに誰かいるのが見て取れた。
「・・・・・・・・・ことり!?」
闇に抱かれるように宙に浮かんでいるのは、見違えようもなくことりであった。
ぐったりとして動かない姿を見た瞬間、警戒などというレベルではなく、殺気を孕んだ敵対心を純一は黒衣の男に向けた。
男は純一を宥めるように両手を挙げる。
「気を失っているだけだよ。危害を加える気もない。向こうに倒れていたから連れてきただけさ」
「・・・・・・・・・」
「できれば剣を下ろしてほしいなぁ」
純一は険しい顔のまま、言われるままに構えていた剣を下ろす。すると男は満足げに頷いた。
「で、話って何だよ」
いつになく強い調子の純一の声に、男はまるで怯んだ様子もなく切り出す。
「朝倉純一君、魔女の末裔よ。君は――」
そうして男が告げた言葉は、思いがけないものであった。
あとがきらしきもの
しばらく間を置いたことで、ちょっと新展開+雰囲気を変えてみようということで今回からタイトル変更。その名も「真★デモンバスターズ!MIRAGE」。うん、深い意味はない、ただ気分の問題。だから話そのものは前回からダイレクトに繋がっていて、改めて第1話と銘打ってはあっても実質的には第34話ということになる。
このMIRAGE第1話は前回と今後とを繋ぐ話になっており、次回からはまた少し違った話になる。なかなか驚きの超展開になるかも。ついでに今回は、最強の敵の顔見せでもある。本当はこのネタはもうしばらく引っ張ってから明かすつもりだったのだけど、まずはドンッと出してしまおうということにしてみた。祐漸を超える力を持った魔人イフリート、純一の前に現れた謎の少女アイリス、そして連也の宿敵たる義仙、この3人が33話で名前の出てきた三騎士、ドライリッターである。さらにその黒幕も出てきて・・・・・・と、この先は次回以降のお楽しみ。