純一に倒された大鎌を使う男は、まだ息があった。
完全に致命傷となる一撃だったが、彼が手に入れた“デモン”の力が与える強靭な生命力が、辛うじて命を繋ぎとめたのだ。今も少しずつだが、傷の再生を行っていた。 ただし、動けるようになるにはまだ当分かかりそうだった。
「くそっ、あいつ・・・・・・今度会ったらぶっ殺して・・・ん?」
草を踏みしめる音がして、僅かに動く顔を向けると、少女と思しき人影が立っていた。逆行で見えにくいが、見知った人物だった。
「ああ、あんたか。ちょうどいいや、この傷めちゃくちゃ痛ぇーんだ、何とかしてくれ」
「うん、いいよ」
少女は無機質な感じを覚える紫色の眼で眼前で倒れている男を冷ややかに見下ろしながら、片手を男の体の上にかざす。
ドスッ!
次の瞬間、男は何か巨大な刃物で胸を貫かれていた。
「ぐっ、がぁああああああ!? て、てめぇ・・・な、に、しやがる・・・?」
凶刃を振り下ろした少女は、冷たい微笑を浮かべるだけだった。
「か、勝手にこんなことして・・・・・・あのお方が、許すとでも・・・・・・」
「わたしの言い分とあなたの言い分、あの人はどっちを優先すると思う?」
「な・・・・・・」
「望みどおり、これ以上痛みを感じないように、楽にしてあげる」
森の奥深くで、男の断末魔の絶叫が響き渡った。
真★デモンバスターズ!
第33話 黒い影
「やぁ、おかえり義仙クン」
ガーデンから戻ってきた義仙を、黒服の男は自ら出迎えた。他人の前には滅多に姿を見せようとしないくせに、味方と思っている人間の下には常にやってきて人懐っこい態度を取る。気に食わないところもあるが、そうしたところには、少し惹かれるものを感じた。
部下に対しても、命令は絶対のものとして告げているが、それ以外では気さくに接していた。
本当ならば、顔を見たらまず嫌味ごとの一つ二つ言ってくれようと思っていたのだが、そんな気分が霧散してしまった。
これがカリスマというものかもしれない。先日まで仕えていたガレオンやバジルといった者達にはなかったものだ。
「右腕の調子はどうだい? 上手く力を取り込んだようだけど」
「・・・・・・何か、得体の知れないモノに飲み込まれそうな感覚があった。気迫で押さえつけたが、もしも飲み込まれていたらどうなっていた?」
「そうだね。闘争本能のままに暴れ狂う、ただの化け物になっていただろうね」
「物騒な力だ」
右腕を見る。
戦いの場を離れると、異様に隆起していた筋肉は縮まり、色も戻って元の腕と変わらなくなっていた。正確には、連也に腕を斬り落とされる以前の状態にまで戻っていると言ってよかった。これまでは、どんなに精巧にできていても明らかに義手とわかるものだったのだが、今は完全に自分の腕そのものだった。唯一の違いは、手の甲に浮き出た真紅の瞳の存在だった。
見るほどに不気味な瞳だった。見つめていると、またあの飲み込まれそうなイメージが蘇ってきそうだった。
“デモン”と呼ばれていたこの力は、まるでおぞましい化け物を体内に飼っているような感じだった。おそらく制御を誤れば、先ほど黒服の男が言ったように自分の身が化け物に成り果てるのだろう。
危険な力、だがそれゆえに強力だった。
「何故こんなものを俺に与えた?」
「君に素質があると思ったから。あとこれは言うと気分を害するかもしれないけど、実験、だね」
「実験だと?」
「僕はこの力の研究をずっと前からしている。実験体となる者は部下の中から素質がありそうなのを選りすぐって、特殊な訓練と共に“デモン”の因子を移植する。成功率は、まぁ、いいとは言えないね。何百人も試して、成功例はごく僅かだ。君と一緒にガーデンを襲撃したのは、“デモン”の力を得るのに成功した者達さ。ただ、これまで実験体となったのは全てヴォルクスの者で、ソレニアやヒュームに試したことはなかった。君とバジル氏を保護した時に、試してみるのも悪くないと思ったのさ。ああ、もちろん選択権は本人達に委ねたよ」
最初に義手を与えられた時、そこに宿った力を使うか否かは自由にしろと言われていた。力を使って成功した場合、失敗した場合それぞれどういうことが起こるのかは聞いていなかったが。
祐漸との戦いで、義仙は自ら選んだのだ。この力を使うと。
後からこうして話を聞くと、実に危険な賭けだったわけだが、義仙は昔から、それと知らずに危ない橋を渡ったことはいくらでもあった。そのことでこの男を糾弾する気は毛頭なかった。
「さて義仙クン、折り入って話があるんだけど、いいかな?」
「・・・・・・聞こう」
「その力を何のために使おうと、全て君の自由だ。このまま僕の下を離れて、一人で浦連也に挑むのもいい。その上で尋ねよう・・・・・・僕の、部下にならないかい?」
「っ!」
予測していた言葉だった。
しかし実際に面と向かって言われて、とてつもない衝撃が義仙の全身に走った。
家を出奔して以来、幾度か主を変えて各地を転々としてきた。どこへ行っても、大して仕える価値のある主はいなかった。だから主などは、自分がのし上がるための道具の一つとでも考えればいいと思っていた。
神王家の重臣ガレオンに行き当たった時、これほどよい踏み台はないと思った。
主の資質などどうでも良い。己の働きで主をのし上がらせ、それがやがては己の野望成就に繋がるのだと、そう思っていた。
だが、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。
己の価値を最大限に引き出すためには、それに相応しい主が必要だったのだ。この男にこそ、その主としての器がある。
それは、天啓だった。
義仙はその場で片膝をつき、頭を垂れた。
「この身を必要として下さるならば・・・・・・身命を賭してお仕え致す」
「いい返事をありがとう。祐漸クンとも互角に渡り合った君は、いまや僕の部下の中でも最強に近い実力を持っていると言っていい。君には、僕の片腕たる無敵の三騎士、ドライリッターの一人となってもらいたい」
「身に余る光栄、謹んでお受け致します」
男は義仙の言葉に満足げに頷く。だがそこへ、不満が声が上がった。
「ちょっと待ってくれよ、大将」
現れたのは、ガーデンを襲撃した槍使い、ナイフ使い、ムチ使いの三人だった。四人目のバジルは、離れた場所で成り行きを見守っている。
「何だい、君達?」
「納得いかねーってんですよ。昨日今日来たばかりの新参者が、いきなり“あの二人”と並ぶドライリッターだって?」
「・・・・・・分不相応、不服」
「許し難いことですよ、チェーィ!」
口々に不平を述べる部下達の言葉に、男は「なるほど」などと言いながら首を傾げていた。彼らの言い分もわからないではないようだ。
男は一頻り考えた末、一人傍観しているバジルへと目を向ける。
「バジル氏、君はどう思う? 義仙クンはこの間まで君の部下だったわけだが」
「どうでもいいですね。今の私の目的はただ一つ、あの姫君達を手に入れること。他のことなど全て些末ですよ」
「なるほどね。なら、こうしよう」
名案を思い付いたようで、男をポンと手を叩いてから、義仙を指差し、次いで三人の部下達の方を指差した。
「義仙クンと君達三人で勝負をするといい。僕の部下の序列は強い順が基本だからね」
主人の提案にしばらく呆気に取られていた三人組だったが、すぐに表情を歪めた。
「いいんですか? 三対一ですよ?」
「もちろんさ。確かにドライリッターを名乗るからには、それくらいの実力は示さないとならないだろうからね。すまない義仙クン、さっきの言葉は一時撤回するよ。彼らと戦って、僕に君の力を見せてくれるかい?」
「仰せとあらば、承りますが、一つお尋ねしてもよろしいですかな?」
「何かな?」
「真剣勝負、と思っても?」
「もちろん。勝負の結果による生死は、一切問わない。君が勝てば、さっき言ったとおりドライリッターに任命。そっちの君達が勝ったら、そうだね、“あの二人”と一緒に五人衆ってことにしてもいいよ」
その言葉に沸き立って、三人組はそれぞれの武器を取り出す。
対する義仙は、ゆっくりと刀を抜いて右手に持ち、構えらしい構えも取らずにじっと佇む。
黒服の男が離れると、一斉に三人組が義仙に襲い掛かった。
「死にさらせっ、ヒューム風情が!」
「・・・・・・勝利、確実」
「その首もらった、チェーィ!」
向かってくる敵を前に、義仙の両眼と右腕の瞳がカッと見開かれた。
およそ一分後。
血溜まりの中に立っていたのは、義仙一人であった。
「見事だよ、義仙クン。これで文句無し、君はドライリッターの一人だ。今後の活躍に、期待してるよ」
「御意」
義仙が刀を納めると、また別の人物がその場に現れた。
「あら、お父様、何だか楽しそうですね」
「やぁ、おかえり。ちょうどよかった、紹介するよ。三人目のドライリッター、義仙クンだ」
「そうなんですか。よろしくお願いします、儀仙」
やってきた少女のことは、何度か見かけたことがあった。黒服の男がたまに連れているのだ。
笑いかける少女に対し、義仙は無言で一礼した。
「ところで、朝倉純一君にやられた彼なんだけどね、まだ生きてたと思うんだけど、どうなったか知らないかい?」
「さぁ、存じません」
「そうか。まぁ、どうでもいいんだけどね。どうせ義仙クンとバジル氏を除けば今日連れてきたのは成功例と言っても、辛うじて失敗作じゃないってレベルのばっかりだったからね。代わりはまだまだいるし」
「はい」
部下を四人も失いながら、事も無げに笑う二人の姿は、よく似ていた。外見がではなく、内面がである。
聞くところによると実の親子ではない、ということだったが、少女が男を父と呼ぶように、確かにこの二人は親子のようだった。
普段は気さくに接しながら、死ねば用済み扱いという冷酷な主。しかし、仕えると決めたことを後悔する必要はなかった。むしろこの非常さは、自分の主たる者に相応しいとさえ思っていた。
この男についていく。その過程の内に、いずれ連也と決着をつける機会も訪れよう。その日が来るのが楽しみであった。
襲撃があってから一週間。
あれ以来は何事も起こらず、平穏な日々が再び続いていた。そんな中で、エリスの下には何度か配下の者らしき竜騎士が訪れては何かやり取りをしていたり、イシスはガーデンとパレスの間を行ったり来たりとせわしなく動いていた。
その二人以外は、特に変わりはなかった。
アイはいまだガーデンに留まり、祐漸と酒を飲み交わしたり、ネリネ達とお茶会を開いたりしながら寛いでいる。
祐漸は襲撃の直後、全員からその時の状況を聞いただけで、それ以上その話題に触れることはなかった。
そして純一はと言えば、相変わらず稟の稽古に付き合っていた。
カツッ!
楓とシアが見守る中、稟が振るった木刀を純一が受ける。
さらに切り返して反対側からの打ち込み。動き自体は基本に忠実なものだが、速さと鋭さはなかなかのものになってきている。うかうかしていると、純一でも一本取られそうだった。
ただそれでも、まだ一本も取られたことはなく、純一に余裕があるのに対して稟の息はかなり上がっていた。
「大分様になってきたじゃないか、稟」
「そう、か!?」
荒い息を吐き出しながら、稟が純一の面に向かって打ち込む。
これも速い、が、純一はしっかり受けている。
「一ヶ月足らずでこれなら大したもんだ」
お世辞ではなくそう思った。運動能力はあっても剣に関しては素人に近かった稟がここまでになったのは、稟の素質と努力の賜物だった。
何より、強くなるための明確な目標があるのは良い。
相変わらず普段は悩んだ表情も見せるが、剣筋には迷いがなかった。
(真っ直ぐな奴。やっぱ、ひねくれ者の俺とは似てないよな・・・?)
剣には使い手の心が出るという。剣客同士が剣が交えることは、心と心が会話するようなものだが、純一はこうして稟に稽古をつけている内に、稟の内面をより深く知るに至った。お陰で、もう何年も前から友人だったような感覚を得ていた。
ただそうなるほどに、自分と稟が似ているという、周りの評価がいまいちわからなくなったりもした。
型の稽古も、稟はほとんど修得してしまったので、最近は稟が自由に打ち込んで純一が受けるというものの繰り返しだった。とりあえず、どんな形でもいいから一本取る、というのが今の目標である。無論やるからには、純一も手加減はしない。いつもはグータラそのものな純一だが、剣に関してだけは妥協しない性格なのだ。
(そーいや、音夢には初稽古でいきなり一本取られたんだよな。我が妹ながら、あれもとんでもない奴だ)
さくらといい音夢といい、何事も中途半端な愚兄とは大違いな、出来の良い妹達である。
それだけでなく、今周りにいる顔ぶれも皆半端ではない。むしろ中途半端なのは、純一だけと言えた。
これだけすごい面子が揃っているのだから、今後はもう少し楽ができるかもしれない、などと思ったりもする。
「よし、そろそろ休・・・・・・」
休憩にしよう、と言いかけたところで――。
ドカァーンッ!!
少し離れた庭の一角で爆発が起こった。
「な、何だ!?」
純一は思わずそっちに気を取られたが、集中していた稟は外部の雑音に気付かなかったようで、渾身の一撃を打ち込んできた。
「うぉっ!」
ぎりぎりのところで、純一はそれを受け止めることができた。さすがに今のは冷や汗を掻いた。
「稟、ストップだ」
「あ、ああ・・・って、何だあれ?」
やっと気付いたのか、木刀を引いた稟がもうもうと上がっている煙を見て驚く。
何だと言われても、純一には何が起こったのかさっぱりだった。
「とりあえず、見に行ってみるか」
爆発が起こった辺りに純一達が着くと、不思議な表情をしたさやかが立っていた。
「おい、さやか。ありゃ何事だ?」
「あ、純ちゃんいらっしゃい。いやね、亜沙ちゃんとリムちゃんとことりんが魔法を習いたいって言うから教えてたんだけど・・・」
「まさか! 亜沙先輩やプリムラに何か!?」
「えぇっ!?」
「何があったんですかっ、さやかちゃん!?」
「いやいや、二人はあっち」
詰め寄ってくる稟、シア、楓の三人に対して、さやかは横を示してみせる。
皆一緒にそちらを振り向くと、魔法陣の中に立って目を閉じている亜沙とプリムラの姿があった。二人の無事を確認して、稟達はホッと息を吐き出す。
「あの二人は内包する魔力が大きすぎて、暴走すると洒落にならないからね。まずは基礎からみっちり、安定力を高めるための精神集中をやらせてるの」
「てことは、さっきの爆発は・・・・・・」
今度は、純一は少し焦った様子で爆発の震源地とさやかの顔を交互に見やる。
さっきさやかは、亜沙とプリムラとことりに魔法を教えている、と言っていた。その内、亜沙とプリムラがそこにいるということは、爆発の中心にいるのは――。
心配する純一の気を知ってか知らずか、さやかは形容しがたい不思議な表情で首を傾げていた。
「いやー、我が従姉妹ながら・・・」
「な、何があったんだよ? というか、ことりは無事なのか?」
「ん」
さやかが指し示した爆発の中心地を見ると、そこにことりの姿があった。
「けほっ、けほっ、こほんっ!」
「ことり、大丈夫か!?」
煙にむせて咳き込んでいることりの下へ駆け寄る純一。
だが、ことりのところに辿り着く前に煙が晴れて、そこにいるモノの存在を見止めて、純一は足を止める。
「な、なんだこりゃ?」
「ことりんってば、白河家の直系なのに全然魔法の才能なくてね〜。攻撃系も回復系も補助系もてんでダメダメ。それで色々試してたらそんなものが出てきちゃったの」
それは、一言で表現するなら“鳥”だった。
ただ、明らかに普通の鳥とは違う。翼は二対四枚、尾羽は3つに割れており、足も四本ある。首は長く、鬣と呼んだ方が似つかわしい大きなトサカを持っていた。羽毛は神々しさを感じさせるほどの純白だった。紛れもない幻想種である。
その幻想の“鳥”はことりの肩に止まった状態で、胡乱な目を純一に向けている。
首を傾げながら、とりあえずことりの無事を直接確認しようと純一は足を踏み出した。
「あ、純ちゃんあぶな・・・」
「クケーッ!!」
バキッ!
「ぐぉ・・・・・・」
甲高い鳴き声と共に、“鳥”はことりの肩から飛び上がり、足の裏で純一の顔面を蹴り付けた。鮮やかな一撃に反応する間もなかった。
「だ、大丈夫純一くん!?」
くっきりと足跡のついた顔になった純一に駆け寄ることり。“鳥”はことりの肩に戻ってふんぞり返っている。
「こ・・・」
「こ?」
「この鳥上等だ! 焼き鳥にしたろかっ!?」
「クケケーッ!!」
怒鳴りつけられた“鳥”は、それ以上に甲高い鳴き声と共に嘴を開き、純一目掛けて火の玉を吹いた。
ドカァーンッ!!
火の玉の直撃を受けた純一を中心に、大爆発が起こった。
爆発の震源地にいた純一は、黒こげになっていた。咳き込むと口から煙が吐き出される。すぐ傍にいたはずの二人の内、さやかは自身の炎の結界で事なきを得ており、ことりも煙 で咳き込んではいたが爆発の被害は受けていなかった。爆発を起こした“鳥”が、ことりだけは結界で守っていたようだ。
純一は何か言おうとして、さらに煙で咳き込んだ。
「あーあ・・・焼き純ちゃんになっちゃったね」
「げほっ、ごほっ・・・うぇっほ! ぶほっ!」
「じゅ、純一くんしっかり・・・」
ことりは純一の身を気遣うのだが、肩に止まっている“鳥”がいまだに純一やさやかのことを威嚇しているので、近付けずにいた。
「・・・・・・で、さやか、何だこれは?」
「まー、一種の精霊かな。召喚されたばっかりで気が立ってるみたいで、近付くとそんな感じになるの。さっき私もやられちゃって」
「そのわりに、おまえはピンピンしてるよな・・・・・・」
「私はちゃんと避けたからね」
自分が鈍いと指摘されたようで純一は憮然とする。黒こげの膨れ面がおかしかったのか、さやかは横を向いて噴き出していた。
純一が顔を拭いたところで、その場にいた皆が集まってさやかの話を聞くことになった。
ことりを中心に半径2メートル以内に入ると“鳥”が攻撃を加えてくるので、必然的に皆ことりから距離を取る形になる。
「なんか仲間はずれになってる気分だよ」
「慣れれば大丈夫だと思うけどね」
さやかの話によると、ことりには通常の魔法に関してまったくと言って良いほど才能がなかった。魔力はそれなりにあるのだが、それを形にする術がまるでない。そこで、とりあえず使い魔のようなものを持てば何か変わるのではと思って召喚の儀式を行ったところ、想像以上に高位の精霊獣が現れたということらしい。これも一つの才能と言えた。
この“鳥”がどういった類の存在なのかはまだわからないが、秘めた魔力はかなりのものだった。先ほどの火の玉の威力を見ても、相当高位の精霊獣だろう ことが容易に想像できる。
「いきなりこんなのを引き当てるなんて、ことりんは魔獣使いの素質があったんだね〜」
「それはいいんだけど、この子、どうしたらいいのかな?」
「少し落ち着いて、こっちに敵意がないってわかれば、少なくとも攻撃はしてこなくなるんじゃないかな。ほら」
さやかが一歩ことりに近付いて手を伸ばす。
即座に攻撃してきた先ほどとは違って、“鳥”は顔を突き出してさやかの手の様子を窺っている。
何度か軽くつついたりした後、さやかがもう少し手を伸ばし、“鳥”の頭に触れる。“鳥”はそれを振り払うことなく、撫でられるのに任せていた。
「ね」
危険がないとわかると、皆興味はあったようでことりの周りに集まっていく。
「近くで見るとすっごくキレイ〜」
「本当ですね。それにかわいいです」
「けど、本当に見たことない鳥だよな。なんていうんだろう?」
「あ、なんかこんな感じの、あの人の書斎の本で見たような見てないような・・・」
「じゃあ、調べれば名前わかる?」
シア、楓、稟、亜沙、プリムラが順番に“鳥”に触れていくが、“鳥”は嫌がることなく体を触らせていた。あまりベタベタ触られた時は羽を動かして振り払うが、それも乱暴なものではない。
大人しくしていると、確かに綺麗でかわいらしい。
純一は黒こげにされたことでずっと憮然とした表情で睨んでいたのだが、改めて友好的に接しようと思って近付いた。
すると――。
「クケーッ!」
サクッ!
「んがぁーっ!!」
嘴が純一の脳天に突き刺さった。
血を噴き出しながら地面を転がる純一に向かって、“鳥”は勝ち誇ったようにふんぞり返ってみせていた。
「亜沙ちゃん、リムちゃん、治癒魔法の練習台」
他の皆に対してももう敵対心を見せない“鳥”だったが、純一に対してだけはいまだに激しく威嚇を繰り返している。
「純ちゃんがことりんに対してヨコシマな気持ちを抱いてるからじゃないの〜?」
「くっ、畜生の分際で・・・」
「クケーッ」
結局その後も“鳥”が純一に懐くことはなく、召喚中に純一はことりに近付けなくなってしまった。
安定したら“鳥”は元いた場所に返し、それからはことりが呼び出した時、或いはことりが命に危機に瀕した時などに出てくるようになるとのことだった。それを聞いて純一もことりも、ホッと ひと安心した。
さすがにずっと傍に寄れないというのは厳しい。楓達も“鳥”に食って掛かる純一を宥めてはいたが、その気持ちには同意のようで、同情する顔をしていた。
ただし、しばらくは“鳥”の特性を知り、より主であることりとの繋がりを強めるために召喚状態を保つということで、純一は遠ざけられてしまった。
ちょっといじける純一であった。
「ねね、純ちゃん」
「あんだよ?」
「そんなあからさまに機嫌悪そうな声出さないの。それより、後でちょっと私に付き合ってほしいんだけど、いいかな?」
「で、何に付き合えって?」
女性陣によって“フェイ”と名付けられた“鳥”の扱いに関する指導を終えたさやかが待ち合わせの場所にやってくると、純一はまず理由を問いながらさやかが手に持っているものに目を向けた。
約2メートルほどの木の棒である。棍、と呼ぶべきか。
「そんなもの持ってきて、何のつもりだ?」
「ちょっとね、私の稽古に付き合ってもらえないかな、って」
「稽古?」
さやかが魔法だけでなく、ある程度の武芸も修得していることは話に聞いていたが、実際に使っているところは見たことがなかった。
「今まではさ、祐君、純ちゃん、連ちゃん、カエちゃん、みんな前衛系だったでしょ? だから、私があえて前に出る必要はなかったから後衛に徹してたけど、私達も結構大所帯になってきたし」
「大所帯、ね。まぁ、確かにそうだな」
「この間みたいな敵がいる以上、また戦いになる可能性は高い。色んな形の集団戦を想定すると、前衛後衛のバランスって大事だと思うんだ。で、そうなると純粋な後衛に必要なものは何だと思う?」
純一は少し考え込む。
だが一口に集団戦と言っても色々あるので、単純に何が一番大事かと問われると答えるのが難しい。
「・・・・・・何だ?」
「特に大規模な戦闘になると、後衛、つまり魔法使いにとって大事なのは、火力だよ。前衛が敵を食い止めてる間に力を蓄えて、一気に敵を殲滅する。そういう意味では、私はちょっと力不足かな」
それは、比較の問題だった。
今まで一緒に戦ってきて、さやかの力が不足していると思ったことは一度もない。一般的な魔法使いのレベルから考えれば、さやかの能力は充分一流の域にいるのだ。
しかし、こと火力に関して言うならば、今の仲間達にはネリネがいて、キキョウがいて、さらにはプリムラもいる。彼女らの桁違いの魔力からすれば、さやかの魔法は確かに火力不足と言えた。
「今、この館にいるメンバーの戦力を前衛後衛に分けると、まず前衛になるのは、祐君、純ちゃん、連ちゃん、カエちゃん、それにシアちゃん、亜沙ちゃん。後は数に入れていいなら、エリスちゃんもかな。イシスちゃんもたぶん、結構前で戦える。次に後衛は、リンちゃん、キキョウちゃん、リムちゃん、あとはフェイちゃんの力を使いこなせるようになれば、ことりんもそこに加えられる。あとはアイさんもいる。全体的にバランスはいいし、前も後ろも戦力は充実してる。だから私は、状況に応じて前にも後ろにも行ける、そんなポジションでみんなをサポートする立場になろうと思ってね。だから、前でも戦えるように、武芸のおさらいをしておきたいの。以上、説明おわり」
「・・・・・・おまえ、色々考えてんだな」
「こういうのも、私の仕事じゃないかな、って思ってね。軍師役、というよりはリーダー的立場の祐君の補佐みたいな感じかな」
「あいつがリーダーってのは何となく納得いかんが、とにかくわかった。そういうことなら付き合ってやる。俺も稟を見てたら、少しは鈍らないように体を動かして方がいいかと思ってたところだからな」
あまり積極的に動き回るのはかったるいと思っている純一だったが、剣の稽古はやはり趣味なのか楽しい。さやかの申し出は望むところだった。
「そーいや、稟と言えば。あいつもその内前衛入りかね?」
「んー、それはどうかな」
「どういう意味だ?」
「たぶんつっちーには、もっと大事なポジションがあるんじゃないかな。きっと、他の誰にもできない立場が」
それ以上は、さやかは何も語らなかった。
また何日か経った。
義仙達の襲撃以来、館内にいるほとんどの者が鍛錬に励むようになっていた。
元々毎日鍛錬に時間を費やしてきた稟はもちろんのこと、さやかに魔法を習いはじめた亜沙、プリムラ、ことりの三人、それに途中からネリネも加わっていた。純一とさやかは、それぞれの指導が終わると二人で武芸をメインにした稽古をしている。亜沙は魔法の修行の他に、シアと組んで武芸の鍛錬もしていた。
それ以外にも、楓は密かに連也に頼んで剣の修行を共にしていた。そしてキキョウも、周りには隠れて魔力を高めるための修練を積んでいる。
要するに、祐漸とエリス、アイを除く全員が修行の真っ最中だった。ちなみにイシスは忙しく動き回っており、ガーデンにいない時間が多くなっていた。
皆が修行に励んでいる気配を感じながら、祐漸はほとんどの時間を書斎にこもって過ごしていた。
考えているのは、先日の敵のことである。
彼らに黒幕がいるのは間違いなかった。義仙の口からもそれらしい単語が出ていたので確実だった。敵の中にはついでにバジルもいたことから、以前から繋がりのあった相手なのかもしれない。そう考えれば、ミッドガル城で二人の姿がいつの間にか消えていたことも説明がつく。混乱に乗じたとはいえ、神王家の居城に誰にも気付かれずに潜入し、二人を連れて逃走した手腕は侮り難い。そんな真似ができる者が、そうそういるとは思えなかった。
祐漸の脳裏に、ある一人の男の姿が浮かんでいた。
(あの男なら、能力的にもそれくらいやってのけるだろうが・・・・・・)
しかしそれで、一年前から続く戦争の仕掛け人があの男だという確証にまでは繋がらなかった。
先日の襲撃と、戦争の仕掛け人ではそれぞれ黒幕が違う、という考え方も当然できるが、祐漸の勘では、二つは同一の意志によって動いている気がした。
そうなると黒幕は誰か。それでこの一件を影で動かしている人間の性質を分析した結果、浮かび上がるのがあの男の姿なのだ。
(だが証拠がないな。俺の直感だけで軽々しく口に出していい考えじゃない。ましてやフォーベシィはともかく、エリスの耳に入ったらとんでもないことになりそうだ)
今少しの間、この考えは胸の内に留めておこう。そう思った時――。
バンッ!
物凄い勢いで両開きのドアが開けられた。やってきたのはエリスとイシスである。
エリスはともかく、イシスがノックを忘れるというのは珍しい。何かよほどの大事が起こったのかもしれない。
「祐漸ッ!」
「祐様、大変ですっ!」
大変なのは二人の剣幕を見れば一目瞭然だった。
だが祐漸自身は、内心「来たか」という思いが強かった。
この時が来るのを、待っていた。
「とりあえず落ち着け。で、順番に話せ」
「とにかくこれを! 見てください」
イシスが机に駆け寄って、手にしていた文書を祐漸に差し出す。
サッと目を通した後、祐漸はエリスの方へ視線を向けた。険しい表情で頷くところを見ると、エリスの用件も同じもののようだった。
そのエリスには見えないように、祐漸は軽く口元を釣り上げた。
「さて、ようやく・・・“動く”時が来たみたいだな」
祐漸が文書を机の上に置く。
文書に載っている署名は、紛れもなく魔王フォーベシィのもの。そして内容は、九王家全軍の招集令だった。
次回予告&あとがきらしきもの
ずらりと姿を見せ始めた敵。前回その敵に大苦戦した仲間達はそれぞれ修行に励み、これまで戦力外だったことりにも戦う力が。そして魔王から届いた文書。怒涛の展開が待つ次回へ続く! みたいな。
次回は、静観し続けてきた魔王軍の突然の挙兵、そして・・・。