また、同じ夢を見ていた。
ミッドガル城を出て以来、この夢を見る頻度がどんどん増してきていた。
今日など、これで三日連続である。
正確には、毎回まったく同じ夢というわけではない。場面や状況は毎回少しずつ違うのだが、共通しているのはある一つのイメージだった。
そして、そのイメージの中心にいるのが、あの少女だった。
まだはっきりとその姿を認識することはできないが、徐々に鮮明になっていってもいた。
予感がした。
もうじき、その少女と、現実の中で会うことになるかもしれない、と――。
真★デモンバスターズ!
第31話 運命の出会い
「予知夢じゃないかな、それって」
唯一その夢の内容を明し、相談した相手、さやかの答えがそれだった。
最初は気のせいかと思ったのだが、ミッドガルでの一件で天上世界に行って帰ってきて以来、純一の魔力は以前よりも強くなっていた。加えて、様々な感覚が研ぎ澄まされているようだった。そしてそれは、さやかも同様だった。それが天上世界という場所の影響によるものなのか、仙樹の力に直接触れたためなのかはわからなかったが、そうして強まった魔力が、純一の夢を見る能力に影響して、予知夢という新しい能力を覚醒させたのではないか、とさやかは言うのだった。
とはいえ、それほど強力な予知ではなく、漠然としたイメージしか思い浮かべることはできなかった。
三日連続で段々鮮明になってきているイメージに導かれるように、純一は一人でガーデンの外に出ていた。
「ふぇっくしょんっ!」
早くも後悔した。
館周辺の結界から出たため猛烈に寒いのだ。
しかし今さら引き返す気も起こらず、イメージに従って先へ進むことを選んだ。
そうして辿り着いた場所は、森だった。
自然のもののようで、入ったらまず間違いなく迷いそうな気がした。事実迷うだろう。そのことと、純一の中の直感が、ここで引き返すという選択肢を頭の中に出現させていた。
このまま進むか、否か。
脳裏に浮かんだのは、ことりの顔だった。
ここで引き返してことりの顔を見ればきっと、このイメージは消えるだろう。そして何事もなかったように、また日常が続く。そこにも様々な波乱はあるだろうが、少なくともこのイメージと深く関わるようなことはないだろう。そうすれば、何も思い悩むことはない。
だが――。
夢の最後が示すのは、いつも悲しい結末だった。
関わらなければ、純一自身がその悲しみを感じることはないだろう。けれどそれでは、起こるかもしれない悲しい出来事を防ぐことはできなくなる。
進めば、或いはその悲しい結末を変えられるかもしれない。
しかし、先へ進もうと思うと、ことりの悲しい表情が浮かんでくる。
これも予知夢の能力が見せているものなのか。この先へ進むことは、ことりを悲しませることに繋がる。
「・・・・・・かったりぃな・・・」
進めばことりが悲しむ。それは純一にとって許容し難いことだった。
進まなければ、夢の中の少女に悲しい結末が訪れる。それを見て見ぬ振りをすることが、純一にできるのか。
ゴッ!
純一は手近な木に思い切り頭を叩きつけた。
額から血が流れるが気にしない。
夢のイメージに翻弄されている自分に喝を入れたつもりだった。そうして考えたのは、“彼ら”なら似たような事態に直面した時にどうしたか、ということだった。
連也なら、前に道があるならとりあえず進むだろう。その先にどんな結末が待っていても、あの男ならそれを全て受け入れる。
稟なら、今の純一と同じように迷いもするだろう。けれどその先に悲しい結末があると知れば、それを防ぐために前に進み、その上でもう一方の悲しみも取り除くよう努力するはずだった。
祐漸なら、迷わず進む。そして、自分の周りに生まれる悲しみを、全て吹き飛ばしていくだろう。
「何だ、考えるまでもないじゃないか」
要するに、皆先へ進むのだ。
普段どおりの自分ならばどうするか。
たぶん、とりあえず進むだろう。後のことは、それから改めて考える。
連也のように、あるがままを全て受け入れるほど悟りきってなどいない。稟のように、全部まとめて守ろうとするほどの許容力もない。祐漸のように、何が起こっても自分の思いどおりにできると思うほどの自信もない。
だが進めば、少なくともここで引き返すよりも多くの選択肢が生まれるはずだった。ならばまずは、その選択肢を見てから決めよう。
「よし、行くか」
そして純一は、彼女と出会った。
気配を察して、祐漸は剣を手にとって椅子から立ち上がった。
「祐様?」
「祐漸君、どうかしたの?」
お茶の用意をしていたイシスと、ソファに腰掛けて寛いでいたアイが突然の祐漸の行動に疑問を口にする。
書斎にいたもう一人は、祐漸と同じものを察したようで、鋭い視線を窓の外に向けていた。
「誰か来たみたいね。それも、少しも敵意を隠そうともしないで」
「心当たりのある気配だ。だが、あいつではなく俺に喧嘩を売りに来るとはな。どうやら、少しばかり面白いことになるかもしれんぞ」
尚も事態が飲み込めないイシスとアイだったが、祐漸が書斎を後にすると、エリスと共にその後をついていった。
祐漸が向かった先は、玄関だった。
表に出ると、さすがにイシスとアイも気付いた。
門から玄関へと続く道の中央付近に、剥き出しの敵意と殺気を向けてくる男が立っていた。その鋭い視線の圧迫感に、思わずイシスは一歩後退した。エリスとアイは平気なようだが、直接向けられているわけでもないのに、殺気を受けただけで殺されそうな思いがした。
その殺気を正面から受けながらも、祐漸は平然としており、むしろ楽しげだった。
「人の家に断りも無しに入るとは、礼儀知らずだな。らしいと言えばらしいが」
「貴様が他人のことを言えた立場ではないと思うがな」
「違いない。用件は・・・・・・聞くまでもないか。確か、義仙と言ったか」
祐漸と対峙している侍の風体をした男は、ミッドガル城で敵対した連也と因縁のある人物、義仙であった。
敵意を剥き出しにする眼前の男から目を離さず、祐漸は周囲の気配を探った。
最初に義仙の気配を感じた時から予測していたことではあるが、敵は単独ではなかった。館のあちこちに、それまで感じられなかった敵の存在が察知できた。
あえて自ら殺気を発して祐漸を誘い出し、対峙したところで別働隊を突入させたのだろう。
目的はいくつか予想できたが、わからないのは義仙があえて祐漸の前に現れたということだった。
ミッドガルでの一戦で、他の人間に祐漸の相手が務まらないことはわかっているだろうが、この男の連也に対する執着は深かったはずである。にもかかわらず、自ら祐漸に挑んでくる理由は何か。
「連也でなく俺を狙ってくるとは、どういう料簡だ?」
「話す必要はない」
「ならイェスかノーかだけで答えろ。この襲撃、おまえの意思じゃないな」
「・・・・・・」
「おまえの後ろに誰かいるな。それも、バジルなんて小物じゃない、もっと大きな黒幕が」
「問答は無用だ」
「ああ、確認がしたかっただけだ」
義仙はあくまで無反応だったが、それでむしろ確信が持てた。
遺恨で襲撃をしかけてきたなら、義仙はやはり連也を優先して狙ったはずだった。それが祐漸に狙いを定めてきたのは、背後に誰かの思惑があるからに違いなかった。
わざわざ自分達の方から姿を見せるような真似をするとは、先の一件でそれだけ祐漸達を脅威と感じたか、或いは他に狙いがあるのか。
(狙いは俺・・・可能性がないことではないな。ネリネやリシアンサス、プリムラ・・・いくらでも考えられるな。狙いは土見稟・・・・・・さて、正解はどれか)
聞いて答える相手ではあるまい。ならばまずは、眼前の敵を捻じ伏せるとしよう。
「来い。ちょうどこの剣の試し斬りがしたかったところだ」
「・・・・・・」
祐漸と対峙する義仙の脳裏には、少し前のやり取りが思い出されていた。
「俺に連也ではなく、あの男と戦えと言うのか?」
「彼とまともに戦えそうなのが君しかいないんだよ、義仙クン。頼まれてくれないかい?」
「先日話していた“切り札”とやらはどうしたのだ?」
「“切り札”は後から出すものだろう。もう少し温存しておきたいんだ」
「・・・・・・つまり、俺を噛ませ犬にするつもりか」
「君にとっても悪い話じゃない、と言っただろう。その“右腕”の力をものにするには、敵が強いほど良い」
「ふんっ、まぁいい。どうせ俺以外の誰にも連也を倒せはしないのだ。あの男を倒した上で連也も倒せば済むことだ」
「好きにするといいよ」
気に食わない男であった。
まず間違いなく、義仙が祐漸に勝てると思っていない。おそらく、義仙をものさしにして、自らの“切り札”との力関係を計ろうとしているのだ。
だが、不思議と惹かれる部分もあった。
それはあの男が、口だけでなく実力も伴っているからに他ならない。この男ならば、真の主と思って仕えても良いと思えるほどに。
今は、ミッドガル城から救い出されたことに対する恩を返すために行動を共にしているだけだった。
ゆえにこの戦いの末に見極めるつもりだった。己の進退を。
そのためにはまず、眼前の敵を斬る。
「行くぞ!」
「何だか大変なことになってるね」
「ええ、そうね」
こんな状況にもかかわらず、エリスとアイは余裕綽々とした態度でいた。
すぐそこで戦闘態勢に入っている祐漸に手助けが必要ないのは当然として、館内の各所に出現していると思われる敵に対しても何ら動きを見せようとしていない。
二人のあまりにやる気のない態度に、イシスは一人で思い悩まされる形となっていた。
正門から現れた義仙という男を除けば、館内に侵入した敵は四人だった。
ガーデンには特殊な結界が張られており、敵の侵入を物理的に妨害するような力はないが、結界のシステムにシンクロする術を知っていれば、結界内部の情報をある程度知ることができる。イシスはそれを駆使して、館内の現状を探った。
館内の住人が集まっている場所は、ここを除いて三ヶ所。建物の中にいる者はなく、全員庭の各所にいて、敵も各所に散らばっていっている。稟、楓、シア、ネリネのいる場所に二人。さやか、ことり、亜沙、プリムラのいる場所に一人。連也とキキョウのいる場所に一人。敵の数は少ないが、それがかえって不気味だった。
(ガーデンは北王家の別邸、いざとなればパレスの方からいくらでも援軍を呼べる。にもかかわらず、たったこれだけの人数で攻め込んでくるなんて、何かある)
イシスは、いつでもパレスの方と連絡が取れるようにしようとした。
「っ!」
しかし、すぐにそれが何らかの力で妨害されていることに気付いた。
「これは・・・」
「ただの馬鹿が攻めてきたってわけじゃなさそうね」
「なら、直接報せに」
「必要ないわよ」
「でも、エリス様!」
「余計な心配しなくても、この程度の敵に遅れを取るような連中じゃないでしょう、ここにいるのは」
「・・・・・・」
言われてみればそのとおりだった。
改めて思い返せば、今このガーデンには国一つに匹敵するほどの戦力があると言っても過言ではない。
祐漸とエリスは言うに及ばず、アイも王族の血を引く実力者である。ネリネとシアも、秘めた魔力は共に父王達に勝るとも劣らず、プリムラに至っては地上最強の魔力の持ち主だった。亜沙やキキョウの力もそれに劣らない。経験的に足りない部分は、祐漸と共に旅をしてきた連也や楓が補っていけるはずだった。
心配する要素などない。だから祐漸も、目の前の敵に集中しているのだ。
「でも・・・私は何だか、胸騒ぎがします・・・・・・」
「あの子達も、もっと逆境に慣れさせないといけないわ。これから先、何がどうなるかわからないんだから」
稟達のところに現れた敵は二人。だが実際には、敵はそれだけではなかった。
二人の敵が引き連れている黒い獣の存在を、イシスは感じ取れていなかった。稟達からすれば、望まないまますっかりおなじみとなってしまった、あの正体不明の異形である。
異形を率いているように見える二人組は、どちらもヴォルクスの男だった。片方は槍、もう片方は両手に大きな刃のナイフを持っていた。どちらにも共通しているのは、黒い異形と同じ、悪意と殺意が入り混じったような眼をしていることだった。
楓、シア、ネリネの三人は稟を庇うように三方に向かって構えていた。稟自身も剣を手にしてはいるが、はじめて生で浴びせかけられる殺気に、既に何十キロも走った後のような疲労感と共に全身にびっしょり汗を掻いていた。
「おいおい、なんだなんだ小僧! 女の影に隠れてブルブル震えてやがんのかっ、傑作だな! ヒャハハハハ!」
「・・・・・・男、土見稟。戦力、微小。女、ネリネ王女、リシアンサス王女、芙蓉楓。手強し」
声を上げて嘲笑する槍使いに対して、表情に乏しいナイフ使いだったが、こちらも口を端を軽く釣り上げており、明らかに同じように嘲笑っているのが見て取れた。
それを見て、一人明らかに表情を変えている者がいた。
「稟さまに対してその言いよう、万死に値します」
静かに告げるネリネの魔力が凄まじい勢いで上昇していく。
普段大人しい彼女の怒りに、大気が震えているようだった。
「リンちゃん、怒ってる・・・。でも、今のは私も、ちょっとカチンときたかも。稟くんを馬鹿にすると、許さないッスよ!」
剣の切っ先を槍使いに向けてシアが叫ぶ。
「許さなかったら、どうするってんだ、お姫様よ?」
「・・・・・・土見稟。戦力外、だが、優先的ターゲット」
敵の殺気が稟に対して集中的に向けられると、楓も強く反応した。
「稟くんには、指一本触れさせません」
「おもしれぇっ、小娘ども! じゃあいっちょう始めるとするかっ!!」
ガツンッ、と槍使いが手にした槍の石突で地面を叩くと、黒い獣が一斉に四人に向かって襲い掛かった。
四方から敵が向かってくると、楓とシアは稟を庇って地面にしゃがみ込む。同時に、ネリネが蓄えた魔力を一気に周囲に向けて放出した。
円状に広がった魔力波は、黒い獣の大半を一瞬にして吹き飛ばした。
だが、獣の群れの後ろから突進してきた槍使いの槍が真っ直ぐにネリネを狙っていた。魔力を放出した直後の僅かな硬直時間を狙われたネリネは、それに対処することができない。
「リンちゃん危ないっ!」
咄嗟にシアがネリネの腕を掴んでその身を引き倒し、反対の手で振るった剣で槍を弾く。そのまま立ち上がり様に踏み込み、鋭い斬撃を放った。
ギィンッ!
槍の柄で、シアの剣は防がれる。
「ハッ、勇ましいお姫様達だな!」
一度後退した槍使いは、シアの追い撃ちを槍の払いで防ぎ、さらにそこから連続して突きを繰り出した。
突き出される槍の穂先を、体を捻ってかわし、剣を弾き返しながら、シアは反撃する隙を窺うが、槍の速度が速過ぎてなかなか前に出られない。
相手の槍捌きは、技量もそれなりだが、それ以上にパワーとスピードが段違いだった。
立て続けけに繰り出される攻撃に、シアは一気に劣勢に立たされた。
「うっ・・・!」
「ほぉら! もう終わりか!?」
「シアちゃん!」
後ろからネリネが放った援護の魔法で、辛うじてシアは体勢を保てた。
「この人、強い」
「ええ」
余裕のある態度で槍を旋回させている男に、シアとネリネは表情を引き締めて対峙する。
一方後ろでは、楓とナイフ使いの男の攻防が繰り広げられていた。
シュッ キィンッ!
互いに両手に武器を持って手数の量で勝負するタイプだったが、ナイフ使いのスピードは楓の上を行っており、ナイフのリーチの短さという短所を補って余りあるものだった。
小回りの利く二本のナイフを相手に、楓は苦戦を強いられていた。
加えて――。
「楓!」
「っ! 稟くんダメッ、下がってください!!」
「おわっ!?」
ナイフ使いは僅かでも隙を見つけると、容赦なく稟の方を狙ってきた。稟を守らなくてはならない楓は、攻めにまわることができずにおり、それがさらに不利な状況を生み出していた。
かといって、稟一人を逃がすこともできない。ネリネがあらかた吹き飛ばしたとはいえ、まだ黒い獣は周囲に何匹も残っており、何よりナイフ使いのスピードなら、楓よりも速く逃げる稟に追いついてしまう可能性があった。だから稟が近付きすぎないよう、離れすぎないよう、微妙な距離を保ちつつ戦わなくてはならなかった。
「・・・・・・土見稟、守護、芙蓉楓、戦力半減。勝率、高し」
「くぅ・・・!」
苦戦する楓の背中を見ながら、稟はまたしても、己の無力さに歯痒さを感じていた。
劣勢を強いられているのは、さやか達の方も同様だった。
ことりとプリムラは戦力外なので、亜沙が前衛、さやかが後衛という形で挑んでいるのだが――。
「こんのぉーっ!」
「チェーィ!」
亜沙の武器はリーチの長い薙刀だが、相手の得物のリーチはそれをさらに上回っていた。鉄の棘が無数についた、ムチである。
両手に持ったムチを巧みに操り、相手の男は向かってくる亜沙、後方で援護しているさやかの両方を同時に狙ってくるのだ。
さやかの方は群がってくる黒い獣からことりとプリムラの二人も守らなくてはならず、亜沙の援護に徹することはできない。
攻め手を欠いたまま、防戦一方を強いられていた。
「何か、三下っぽい雰囲気なのに強いね、この人」
言葉とは裏腹に、さやかにも常の余裕はなかった。
「チェイチェーィ! この私を三下呼ばわりとは。無知とは罪」
「ムチ持ってるのは、あなたでしょう、がっ!」
ムチが引かれる隙を狙って、亜沙が相手の懐に飛び込む。薙刀を振るうにも少し近すぎる間合いまで飛び込んでしまったが、これならばムチの攻撃は防げると見てのことだった。
「亜沙ちゃんっ、左に跳んで!」
「え? うわっ!」
しかしその見解はあまく、さやかの声で辛うじて背後から振るわれたムチを回避することができた。
「懐に入ればムチを防げるなどと、チェィッ、実に無知」
「くーっ、こいつムカツク!」
「落ち着いてって亜沙ちゃん、ムカツクのは事実だけど」
自在に空間を支配する二本のムチを前に、亜沙とさやかは手の打ちようがなかった。
「それにしても、時雨亜沙の方はともかく」
「ともかくって何よ!?」
「白河さやかの方はもう少し手強い相手と聞いていたが、この程度とは、実にがっかりだ、チェチェィッ!」
「・・・・・・・・・」
もう一ヶ所は、他の二ヶ所とは違った様相を呈していた。
無数に群がる黒い獣の数は他の場所に倍する数がいたが、その尽くが標的に牙も爪も掠らせることすらなかった。
片側では、白刃が閃く度に一匹二匹と獣が斬り捨てられていく。またもう片側では、雷撃が向かってくるものを全て薙ぎ払っていた。
背中合わせに立つ連也とキキョウに、異形のモノは肉薄することすらできずにいた。
「ふむ、思ったとおり、良い刀だ」
連也に至っては、新しい刀の切れ味をじっくり試す余裕まで持っていた。
「こんな雑魚ばっかりじゃ相手にならないわ。そこにいる奴、隠れてないでさっさと出てきなさいよ!」
最初から気配はしていたが、黒い獣ばかりが襲ってきていていまだ姿を見せていない敵に向かってキキョウが呼びかける。
応じない場合は、気配のする場所へ向けて容赦なく雷撃を叩き込むつもりで魔力を溜めている。
少し時間を置いて、ゆっくりとした動作で物陰から敵が姿を見せた。
「相変わらず乱暴な口の聞き方ですね。見た目はあの方と同じだというのに、品性が感じられません」
「あ、あんたは・・・!」
現れた男の姿を見て、キキョウは目を見開く。
多少雰囲気は変わっているが、それはミッドガル城で敵対していた神王家の重臣ガレオンの息子、バジルに違いなかった。 ただ、キキョウはその姿を見た瞬間、奇妙な違和感を覚えた。それが何なのか、すぐにはわからなかった。
戦いの後姿が見えなくなっていたが、特に気にもしていなかった。それがこんな場所で再会することになるとは思いも寄らなかった。
「これも、あんたの仕業なの!?」
「そのとおり・・・・・・と言いたいところですが、残念ながら違います。今の私は、あるお方にお仕えする身。そしてそのために生まれ変わったのです」
生まれ変わったというのはハッタリではないようで、バジルから感じる威圧感は以前の比ではない。
「今の私ならば! あなたを力ずくでかしずかせることも容易ですよ!」
「おもしろいじゃない。やってみなさいよっ!」
「キキョウ」
「あいつはあたしがやるわ」
「心得た。ならば、援護しよう」
連也は脇差を抜いて二刀に構えると、バジルと向き合うキキョウの後ろに立って黒い獣の群れと対峙する。
険しい表情をするキキョウと、余裕の笑みを浮かべるバジルは互いに魔力を高めあっていた。
そして、風で木から落ちた葉っぱが立てた小さな音をきっかけに、一気に弾けた。
「クヒッ! クヒャーッハッハッハッハッ!!」
「こ、こいつっ!」
バジルが放った黒い霧のような魔力は、キキョウの雷撃を容易く防ぎ、さらに飲み込んでいった。
しかしそのこと以上に、キキョウはバジルの異様な雰囲気に気圧されていた。
元々器の小さい小物ではあったが、普段はそれを隠し、常に冷静さを装っているような男だった。それが魔力を使い始めた途端、明らかに正気を失ったようになっていた。
ミッドガル城での戦いで追いつめられ、シアに襲い掛かった時も正気とは言い難かったが、今の状態はあの時とは比べ物にならないほどの狂気に包まれていた。
そしてキキョウは、最初に感じた違和感の正体に気付いた。
狂ったように笑い声を上げながら魔力を振るうバジルの眼。狂気を宿したその眼の色は、ヴォルクスのようなブラッディレッドだった。
「あんた、いったい・・・?」
「クヒヒッ、余計なお喋りをしている余裕はありませんよぉぉぉ!!」
「この・・・・・・なめるなぁーっ!!」
押されていた魔力の衝突を、キキョウは気合で押し返した。
何があったのかはわからないが一つだけ確かなことがあった。今のバジルは、全力でぶつからなければ倒せないほどの強敵になっているということだ。
「ん?」
ふと純一は、何かを感じて後ろを振り返った。
ガーデンのある方角で何か光ったような気がしたのだが、どうも気のせいらしい。
ただ、何か良くない感じがした。
「何かあったのか? けど・・・・・・」
夢のイメージが示す場所はもうすぐそこだった。
今度こそ、ここまで来て引き返すというのは、あまりにすっきりしない。
仮にガーデンの方で何か起こっていても、あちらには祐漸も連也もいるのだ。少々のことでは一大事というほどのことにはならないはずだった。
それよりも今の自分にとって重要なのは、夢のイメージが示すものの意味を知ることだった。
前進を再開した純一は、すぐに森の中の開けた場所に出た。
果たしてそこには、夢のイメージとピタリ一致する姿の少女がいた。
森の中の広場、その中心に立って目を閉じていた。
青みがかった長いアッシュブロンドの髪の隙間から見えるのは横顔だけだが、それだけで美人であることが見て取れた。いい加減美人には見慣れている純一だったが、普段周りにいる少女達と比べても少しも見劣りしない。世の中、探せばいくらでも美人はいるものだと思わされた。
耳の特徴から、ヴォルクスの少女だと思われた。歳はおそらく、純一と同じくらいか。もっとも、最近ヴォルクスの女性は見た目と実年齢が一致しないケースが多いような気がするため、はっきりとはわからない。ただ漠然と、同い年か、むしろ年下くらい、という感じがした。
純一が一歩前に踏み出すと、その存在に気付いたように少女が目を開く。
少しだけ驚いたような素振りを見せながら、少女は純一の方を振り向いた。その際に、片手を挙げて左目を覆うような仕草をする。
何かあるのかと思ったが、手を下ろした少女の顔には、何らおかしなところはなかった。ただ正面から見ると、横顔を見ていた時以上に美少女であるということを認識させられた。瞳の色は紅、ヴォルクスであるのは確かなようだ。
一瞬、夢のイメージではなく、誰かに似ていると思った。
それが誰かはわからなかった上、すぐにその感覚は霧散した。
「びっくりした。こんなところに人なんて来ないと思ってたから」
「ああ・・・そうだな。俺もたぶん、普通はあまり来ないと思う」
「? じゃあ、あなたはどうしてここへ来たの?」
「何でだろうな?」
本気で首を傾げる純一を、少女はキョトンとした顔を見ていた。
実際、純一はどうしてここへ来たのか自分でもよくわかっていないのだ。夢のイメージに従った、とは言ってもそんな曖昧な感覚がどうして自分の中にあったのかもわからないのだ。
ただ、今そのイメージが伝えるのは、二つの相反する感情だった。
この少女に出会うことができたのを喜ぶ感情と、出会ってしまったことを後悔する感情。
いったい彼女は、純一のこれからにとって、どんな意味を持つ存在なのか。
「くすっ」
やがて少女は、純一の様子がおかしかったのか笑い出した。
「おもしろい人だね」
「よく言われる。けど俺って、そんなに変な奴か?」
「どうかな? わたしは、あまり色んな人に会ったことはないから」
「この辺りに住んでるのか?」
聞いてみてから純一は、変な質問をしていると思った。こんな森の中に、普通あまり人は住んでいないだろう。
けれど、どこか浮世離れした雰囲気のある少女のこと、人里離れたこんな場所に住んでいたとしても不思議ではなかった。
「んー・・・・・・内緒♪」
少女は片目を瞑りながら、人差し指を口の前に立ててみせた。
他の皆もそうだが、美少女というのはこういうちょっとした仕草がいちいち絵になるものである。
「何か理不尽だな・・・」
「え、何が?」
「いやすまん、独り言だ。気にしないでくれ」
「そうなんだ」
深く追求されずに助かった。
「あ、そうだ!」
突然、少女が両手を合わせながら声を張り上げた。
「ど、どうした?」
「いけないいけない、大事なこと忘れてた。人と人が会ったら、まずは挨拶と自己紹介だよね!」
「あー、なるほど、確かにそうだな」
大袈裟な言い方をするから何事かと思ったが、至極当たり前のことだった。
確かに顔を合わせてから、まだ二人は挨拶も自己紹介も済ませていなかった。
「じゃあ、改めて。こんにちは、わたしの名前は、アイリス」
「俺は朝倉純一」
「朝倉・・・・・・純一。ふ〜ん。ね、純一、って呼んでいい?」
「何でもいいよ」
意外なことに、女の子から名前を呼び捨てにされるのははじめてかもしれなかった。大概は、苗字で呼ばれるか、君付けだったりさん付けだったりだ。
少女、アイリスともっと話がしてみたい、と思った時――。
「へぇー、あんたが朝倉純一か」
「っ!」
声に振り返ると、木々の合間から一人の男が姿を見せた。ひょろりとした背の高い、痩せた男だった。そして右手には、禍々しい形をした凶器、大鎌を持っていた。
その凶器と、剥き出しの敵意が、純一に最大限の警戒態勢を取らせた。
右手は素早く、腰に帯びた桜華仙の柄に伸びている。
「誰だ、おまえ?」
「誰だっていいじゃねーか。どうせあんたは俺に殺されて死ぬんだからよ。あっちの館にいる連中と同じようによ」
「何だって?」
館にいる連中と同じように。それはつまり、この男の仲間がガーデンを襲っているということか。
あちらは祐漸や連也がいるのだから、よほどのことがない限り大丈夫とは思うが、少し心配だった。
目の前にいる男は只者ではない。何者かは知れないが、こんな敵が集団で攻めて来ているのだとしたら。
「おいおい、他人の心配してる暇なんかねーぜ。自分の命の心配をしろよ。まぁ、心配してもしなくても結果は同じだけどよ」
「ちっ、何だかよくわからんが、かったりぃことになってるのだけは確かみたいだな」
横目でアイリスの様子を窺うと、事態が飲み込めていないのかぼーっとしている。
逃げろと警告しようとした瞬間、目の前の殺気が一気に近付いてきた。
ギィンッ!
素早く剣を抜いて正面からの攻撃に応じる。
「なかなかイイ反応じゃねーか」
「おまえみたいなのに褒められたって、嬉しかねーよ!」
相手の鎌を弾きながら、純一は大きく後退する。
アイリスはいまだに最初にいた場所から動こうともしていない。だが今下手に声をかければ、鎌使いの注意をそちらに向けることになりかねない。
ここは、相手の注意を引き付けつつ自分がこの場を離れる方が得策だった。
敵の武器は大鎌。ならば広い場所で戦うよりも、森の中に入った方が有利なはずだった。
「くそっ、かったりぃな!」
純一は敵を挑発しつつ、森の中へと飛び込んで行った。
次回予告&あとがきらしきもの
この物語はバトルものである。というわけで、しばらくほのぼのムードでお送りしてきたが、今回から再びバトルもーどだ。義仙、バジルがパワーアップ(?)して再登場、さらに新たな敵も姿を見せて大ピンチ? そして、純一が夢で出会った少女が現実にも登場。果たして彼女の正体は?
次回は、少しだけ全力を見せると言った祐漸は義仙を圧倒するが・・・。