「うぉおおおおおおおおおおお!!!!」

幹についた手から直接仙樹の力を引き出す。
今まで漠然としか感じてしなかった桜華仙にもたらされる力の流れが、体の中を通っていくことではっきりと認識することができる。
己と桜の思いが一つになっているためか、かつてないほど大きな力が流れ込んでくるにも関わらず、信じられないほど安定していた。この状態ならば、あの戦い方も完全な形でできるはずだった。
桜華仙を一閃すると、光の粒子が花びらとなって飛び散る。その力が、全身も包み込んでいく。
剣を包む桜色の光は全てを切り裂く刃、体を包み込む光は全てから身を守る鎧となる。解き放たれた桜華仙の力は、純一に従って突風を巻き起こす。

『小僧・・・その力は!?』
「あんたが求めたものの一部さ! せめてもの手向けだ、冥途の土産にこの力、しっかり目に焼き付けて逝け!!」

力を撒き散らしながら、純一は剣を振りかぶり、敵に向かって踏み込んだ。













 

真★デモンバスターズ!



第26話 飛翔!















四方から迫り来る触手を全て氷柱で霧散させ、眼から放たれた光線を氷魔壁で弾き返す。
見かけによらず素早い動きで突き出した槍をかわす魔物に対し、祐漸はそれ以上の速度をもって追い縋る。
踏みつけんと振り上げられた前足を斬り飛ばし、胴体へ肉薄する。

「おらぁっ!!」

槍の穂先を腹部へ叩き込む。
硬い感触に阻まれるが、凄まじい膂力で槍を貫き通した。

ドシュゥッ!!

突き込んだ槍を薙ぎ払い、魔物の胴体を半分以上両断する。
間髪入れず裂けたところ目掛けて無数の氷弾を撃ち込み、再生速度を鈍らせる。
頭上で開かれた口から熱戦が吐かれようとするが、口内へ向けて槍を投げ飛ばして暴発させる。
神殿騎士が二人がかりで苦戦していた魔物に対し、祐漸の力はまさに圧倒的だった。パワーも、スピードも、破壊力も、何かもかもが、この男の前では意味を成さない。巨大な魔物が、まるで赤子のように成す術なく追い詰められていた。それでも驚異的な再生能力をもって、魔物は今尚健在だった。
祐漸は、両腕に一本ずつ猛獣の爪のような氷の刃をまとう。

「ずおぉりゃぁあああっ!!!」

叩き込み、切り刻み、引き裂き、魔物の体を二つの凶器が蹂躙していく。
黒い巨体が、見る見るうちにその体積を縮めていった。
物言わぬものと思われた魔物が、苦しげな咆哮を上げる。それでも容赦なく、攻撃の手を休めることなく祐漸はその身を削り続ける。
原型を留めないほどに縮んだところで、両腕を床に叩き付けた。
そこを中心に、周囲へ向かって氷土が広がっていく。広間全体が、氷に覆われ、魔物の真下からは鋭い氷柱が天を衝くように隆起した。
氷柱が砕けると同時に、魔物の黒い身が全て霧散し、後には紅い球体だけが残る。
本体を曝け出した魔物は、これまでにない速さで再生を行い、それを包み込んでいくが――。

「遅いッ!!」

右の拳を突き上げた祐漸が、それを一気に振り下ろす。

「氷魔轟槌撃!!」

天井近くに超高密度の氷塊が一瞬にして形成され、魔物の上へ落下した。

ズドンッ!!!

足下に張られた氷と落下してきた氷塊との間に挟まれ、魔物は本体ごと押し潰されて消滅した。
しばらく待ってみたが、再生する気配はなく、魔物が存在することで感じられる不穏な空気も消えていた。後に残ったのは、床も壁も天井までも凍り付いた広間に一人佇む祐漸だけだった。
半月前にはあれほど苦戦した怪物も、この男の前では既に倒されるだけの存在に過ぎなかった。
戦いを終えた祐漸は、無言で床を蹴り、崩れた天井から上の階を目指して去っていった。



広間の端へ下がっていた二人の神殿騎士が中央へと進み出て、周囲に有様を見渡す。一面の氷景色が、激しい戦いの跡を物語っていた。
滅多なことでは動じない彼らだったが、この時ばかりは身が震える思いがした。

「氷帝の力、これほどとはな・・・」

幾度か神王、魔王両家の合同行事であの男と顔を合わせたことのあるガディフォールは、その時から只者ではないことは見抜いていた。しかし、まさかこれほどまでに絶大な力を持っていようとは、想像の上を行っていた。

「レオ・・・あの男とまともに戦って、勝てると思うか?」
「・・・・・・わかりかねます。が・・・」
「が?」
「“夜光の狼”ならば、或いは・・・・・・」
「なるほど、あの男ならば、確かに・・・」

神王とも同等と言われ、ソレニアにおける武力の最高位たる彼ら神殿騎士の中にあって、尚最強と思われる男の姿を思い浮かべ、ガディフォールとレオナルドは眉間に皺を寄せる。
もしこの二人が戦うことになったなら、一体どんな事態になるというのか、想像もつかなかった。







力をまとって加速する純一のスピードに、ゴーレムはついてこれずにいた。振り下ろした拳は遥か遅く地面を叩き、踏み潰すべく踏み出された足が地面につく時には、既に純一の姿は背後にあった。

『お、おのれ!!』

頭部から放たれる光線も、高速で移動する純一の残像を捉えるのがやっとだった。
電光石火。流れ出る力で道筋を作り、爆発させることで加速を得て、純一は縦横無尽に動き回る。
繰り出した斬撃は、ゴーレムの硬い装甲を切り裂く。いかな強度を誇ろうと、これだけの速度と力の密度をもって斬りつければ、防ぐことなど不可能だった。
それでも、一撃で両断されないのはさすがと言えた。

(ただ剣を振るうだけじゃ斬れない、か。やっぱり・・・)

桜華仙の力にただ頼るだけの戦い方では、それが通用しない敵もいる。先ほど戦った神殿騎士のように。そしてこのゴーレムも、それだけでは倒すに不十分だった。
ならばどうするか。より鋭く、より破壊力のある斬撃が必要だった。
そのためには、真影朝倉流の奥儀を使う。
今まで純一は、桜華仙の力を使う時はその制御にばかり気を取られ、まともに剣技を使う余裕がなかった。結果、ただ力を放出するだけの大砲となっていたのだ。
並の相手ならばそれで十分だった。パワーの差は、それだけで大きな優位を生み出す。しかしそれでは、本当の強敵と遭遇した時には通じない。仮にもう一度祐漸と戦っても、同じ手段で勝つことは絶対にありえなかった。
あの時、祐漸の防御をも貫いた桜華仙の全力の一撃ならば、このゴーレムの装甲を砕くことは可能だろう。狙いを操縦者たるガレオンに定めれば、完全破壊はできずとも倒すことはできる。
だがこの先、より強大な敵と遭遇した時のために、今こそさらなる力を純一も手に入れなくてはならなかった。そんな事態になるのはかったるいが、いざそうなった時のために、今は力がほしい。この程度のゴーレムなど、一撃で完全に破壊できるほどの力が。
絶大な力に、磨き上げた技を足して、最強の一刀を。

(今なら、できる!)

朝倉流の奥儀、空閃。
無我の境地の内に、己が剣が描く最高の軌跡を生み出し、そこに剣を通す。斬るのではなく、通す。これは単純な一つの技ではない。もっとも理想的な剣へと至る極意なのだ。会得すれば、全ての技へと繋がっていく。
純一はそれを、自分なりに応用して一歩踏み込んだ技を編み出していた。
剣と魔法、得意とする二つの力を合わせ、剣を振るうと同時にその切っ先から魔力を発して敵を討つオリジナルの奥儀、烈空閃。それに、ただの魔力ではなく桜華仙の力を乗せることができれば、最高の一撃が繰り出せるはずだった。
隙を窺って動き回りながら、純一は空閃のための軌跡を思い描く。
同時に力を高め、切っ先へと込めていく。

(見えた――!!)

勝負は一刀のみだった。
これまでの経験上、桜華仙を解放した一撃を放てば、その後は疲労で思うように動けなくなる。
ゆえに、その一刀で確実に決めなくてはならなかった。

ザッ!

僅かに距離を取って、剣を振りかぶり、腰を落とす。

『馬鹿め! 自ら動きを止めたか!!』

ゴーレムの頭部から光線が放たれる。
じっと前を見据える純一の眼前に迫った光は、しかし純一に当たることなく軌道を変え、背後の地面を焼いた。仙樹から舞い散る桜の花びらが純一の体を取り巻き、その身を守ったのだ。
全身にまとわせていた力を、全て切っ先に集中する。
高まる力が、解放の時を待って引き絞られる。
空閃の軌跡を見極め、純一がカッと目を見開く――。


ビュッ!!


一歩踏み込み、桜華仙を一閃させた。
純一を中心に周囲へ向かった衝撃が走り、振り抜かれた剣の軌跡に沿って桜色の閃光が走り、ゴーレムを貫いた。
動きが、止まる。
剣を振り抜いた姿勢で、純一はじっと相手を見据える。

「名付けて・・・桜舞烈空閃、ってところか・・・」

力の残滓と、仙樹から散った花びらとが混ざり合って、激しい桜吹雪が辺りを包み込んだ。
風に舞う花びらだけが小さく音を発し、それ以外は静寂の内にあった。
その中で、ゴーレムは微動だにせず、貫かれた胸部が激しくスパークしている。操縦席に座す老人は、驚愕に目を見開いたまま動かない。

『ば・・・馬鹿な・・・・・・』

ゴーレムの全身から、小さな爆発音が断続的に響く。操縦席の中でも、小さな爆発が起こるが、放心しているガレオンはそれでも動こうとはしない。
爆発音は激しさを増していく。大きな力が膨れ上がるのが感じられ、その全身から光が漏れ出す。

『わしの・・・野望が・・・・・・いや、そうか、この力こそ、わしの、求めた、もの――』

光は一層強くなり、それが最も強くなった瞬間、ゴーレムは内側から弾け、大爆発を起こした。







遠くに大きな爆発音がして、さやかは顔を上げる。純一が向かっていった方角である。
あれだけの爆発である。おそらく向こうも、決着がついたのだろう。
どちらが勝ったのかはわからないが、心を満たす安堵感は、きっと純一の勝利を示している。仲間が死ぬようなことがあれば、どんなに離れていても、虫の報せがあるはずだった。それがまったくないのは、無事な証拠に違いない。祐漸も、純一も、連也も、楓も、ネリネも、シアも、亜沙も、皆大丈夫だろう。
泣き疲れて、膝に頭を載せて眠っているプリムラの頭を撫でながら、さやかは戦いの終わりを感じていた。
ふと誰かの気配を感じて、そちらを向く。
そこには薄っすらと、少女の人影が見えた。
さくらとよく似ているが、もっと大人びた雰囲気をまとっている。それが誰なのか、さやかにはすぐにわかった。

「ありがとうございました」

他にも言いたいことはたくさんあったが、まずは、さっき助けてもらったことのお礼を言うと、彼女はにっこりと微笑んだ。
向けられたその笑顔が、とても嬉しい。
ずっと憧れていた人が、少しでも自分を認めてくれた証だから。
もう一度口を開こうとして、動きを止める。次に何を言おうか、頭に浮かんでこないのだ。もしもいつか会うことができたら、たくさん話をして、たくさん話を聞きたいと思っていたのに。いざ面と向かうと、まったく言葉が出てこなかった。
そんなさやかに対し、やはり微笑みかけた彼女は、両手を軽くかざしてみせる。すると、さやかの体がフッと楽になった。
体を見下ろすと、傷がほとんど治っていた。泣きそうになるほどの痛みがすっかり消え、立ち上がることもできないほど消耗していた体力も、ある程度回復した。これだけの傷を一瞬で治してしまうとは、やはり彼女はすごいと改めて思う。
顔を上げると、ただでさえ薄い彼女の姿が、今にも消え去りそうなほど薄くなっていた。
まだ話をしたい。呼び止める声を発しようとしたが、口をついて出たのは、別の言葉だった。

「あのっ、私! 絶対にあなたみたいな、世界一の魔法使いになりますっ!!」

最後にもう一度にっこり微笑んだ彼女は、小さく口を開いた後、その場から消え去った。
言葉は聞こえなかったが、唇の動きで、何を言ったかはわかった。

『あなたなら、きっとなれるわ』

さやかは、全身をプルプルと震わせる。
そして、弾け飛ぶように両手を高く挙げて、歓喜の声を上げた。

「ん〜〜〜〜〜・・・・・・やったーーーーーっ!!!」







純一は気がつくと、桜の樹の幹に寄りかかるようにして座っていた。
爆発の威力自体は防げたようだが、その余波に吹き飛ばされて、気を失っていたようだ。どれくらいの時間が経ったのかと思ったが、ほんの一、二分と思われた。
疲労感はあったが、体は動いた。仙樹から流れ出る力が、体力を回復してくれているようだ。

「サンキュ・・・ばあちゃん」

その中に彼女の意思を感じて、純一は礼の言葉を述べる。
もうしばらくここで休んで行きたいところだったが、ここはいつまでも人間のいるべき場所ではない。他の皆のことも気になるので、動けることを確認すると早く戻ることにした。
剣を納め、立ち上がって数歩進むと、一度振り返って桜の姿をよく眼に焼き付けていく。
片手を振って挨拶をすると、帰るべくまた歩き出した。少しは回復していたが、やはり桜華仙を使った反動による疲労感で体が重かった。

「ああ・・・かったりぃな」

廃墟を後にし、長い道のりを戻っていくと、途中でさやかの姿を見付けた。膝の上に頭の載せて眠っているのは、プリムラだった。こちらも上手く片付いたようだ。

「よう」
「あ、純ちゃんおかえり〜♪」
「? 何だおまえ、随分上機嫌だな」
「当たり前じゃない〜。かわいい子に、ひ・ざ・ま・く・ら・・・幸せだよ〜♪」
「そうかよ・・・」
「それに」
「ん?」
「“あの人”に、会ったよ」
「・・・そうか」

ここは仙樹のある土地である。純一が彼女の意思を感じたように、さやかならば彼女と会っていたとしても、不思議はなかった。
はじめて出会った時から、彼女が憧れだったと言うさやかのことである。相当嬉しかったのだろう。
自分も尊敬する祖母をそんな風に想ってくれることを、純一も嬉しく思った。

「帰るか」
「うん」

眠っているプリムラを純一が背負って、二人は天上世界から立ち去った。







上の階を目指して歩いていた祐漸は、途中連也と鉢合わせた。

「終わったか?」
「いや、逃がしたようだ」
「そうか。どうする?」
「またいずれ相見えるであろう。そういう宿命だ」
「なら、また一緒に来るか」
「行こう」

それだけの言葉を交わし、共に歩き出す。
天の塔上層部広間に到着すると、稟の上に少女達が折り重なっていた。その表情を見れば、結果は問うまでもなかった。

「おい。せっかく助けたのにそんなことをしてると圧死するぞ」

声をかけるとハッとしたように四人とも稟から身を離す。顔を覗き込むと、稟は少しだけ苦しそうに呻いていた。
楓が泣き出しそうになり、ネリネが慌てふためき、亜沙が二人を宥め、シアが急いで治癒魔法をかけようとする。祐漸としては苛立ちを感じさせられる光景だが、微笑ましくもあった。
それから目を逸らすようにして周囲を見渡すと、ふと何かが足りないことに気がついた。

「あの若造はどうした?」
「え?」

訝しがって少女達も辺りを見回す。だが、どこにも祐漸が言う若造、バジルの姿はなかった。

「あれ? さっきまでそこに転がってたはずなのに・・・」
「逃げたか? まぁ、あんな小物がどうなろうと知ったことじゃないが・・・・・・」

妙に気になった。
下の階からここまではほぼ一本道である。途中誰かとすれ違った気配もなかったから、下へ逃げたわけではあるまい。では上へ逃げたのかというと、上へ行っても何もないだろう。そう思って見上げると、上へ続く階段から下りてくる純一とさやかの姿が目に入った。
先に下りてきたさやかが笑顔を浮かべながら手を振ってくる。その様子からすると、上へ逃げていったということもなさそうだった。

「祐漸」
「何だ?」
「義仙を逃がした時、妙な感じだった。気配が途切れたのはまだ良いとして、血の跡もぴたりと途切れていたのだ。壁際で、不自然にな」
「・・・・・・そうか」

バジルといい義仙といい、まるで神隠しにあったような消え方だった。既にここで倒すべき敵は全て倒したと感じていたが、何か心に引っかかりを覚える終わり方だった。
だが一先ずそれは、自分と連也だけが感じていれば良いだろう。
ようやく大切なものを取り戻した彼女達の邪魔をするほど無粋ではなかった。たとえどんなに気に入らないと感じていても。

「おーい、カエちゃん達〜! お届けものー!」
「はい? あ! リムちゃんっ!」
「当たりー!」

さやかが純一の背からひったくるようにプリムラを奪い取ると、その体を抱えながら楓達のところへ突進していく。

「それいけリムちゃん! お兄ちゃんの突撃だー!」
「ん・・・・・・むぐぉっ!?」
「きゃーっ、稟くん大丈夫!?」
「わ、ちょっとリムちゃんたらっ! 稟ちゃん泡吹いてる泡吹いてる!」
「り、稟さまお気を確かにっ!」

起き上がりかけた稟の真上に向かって、さやかがプリムラの体をダイブさせた。何とか受け止めた稟だったが、その際にプリムラの頭が鳩尾に入ったようで、悶絶していた。
少女達が慌てて騒ぎ立てるが、そんな光景すらも楽しげでさえあった。
軽く鼻を鳴らしてそちらに背を向けた祐漸は、下へ続く階段の方へ少し行ったところで立ち止まる。その横に、純一も並びかけた。

「よう、振られ男」
「よう、かったるい男」
「「・・・・・・・・・・・・」」

しばらく無言で並んで立っていた二人は、互いに拳を突き出してそれをぶつけ合った。

「一段落だな、これで」
「とりあえずは、な」

まだ全てが終わったわけではない。この先にも問題が待ってはいる。しかし、一年近く前からの目的がようやく成し遂げられたことに、純一はもちろん、祐漸も少しばかりの達成感を抱いていた。

「それにしても・・・」

純一はいまだに騒いでいる少女達の方を振り向き、その目を眩しげに細めた。

「あいつら、いい女だよな」
「それは浮気の言葉としてことりの奴に教えてやってもいいのか?」
「かったるいことぬかすな。そういうんじゃなくてよ・・・あいつらの、特に楓は長くいたから感じ方が強いけどさ・・・・・・はじめて、あいつらの本当の笑顔が見られたから、な」
「・・・・・・そうだな」

あの笑顔のために、これまで力を尽くしてきたのだ。
祐漸としては、それに付随して起こり得る事態を楽しむということの方が主な目的だったが、それでも、可憐な少女達の心からの笑顔は良いものだった。笑顔は世界の至宝というさやかの主張も少しはわかるというものである。
少しばかり感慨に耽っていると、不意に祐漸の頭に念話が届いた。

『祐ちゃん〜、そっちはどうー?』
『サイネリアか。ほぼ片付いた。あとは城から出るだけだ』
『おっけー! じゃあ、五分でそっち行くから、例の場所に行っててねん〜♪』

言うべきことだけを言い終えると、一方的に念話を切られた。

「あのたわけ・・・ここからあの場所まで五分ってぎりぎりじゃねぇか・・・」

見取り図と、あちこちが崩れている今の城の状態を照らし合わせて、例の場所までの最短距離を脳裏で割り出す。

「おい、おまえら! 走るぞ、グズグズするな!」



祐漸を先頭に、その後ろを純一、さやか、稟、シア、楓、亜沙が団子状態になって走る。ネリネは頭上を飛んでおり、プリムラは稟が背負っていた。最後尾には連也がいる。
やっと全部終わったと思っていたというのに、何故こんなところで全力疾走しなければならないのか、純一は不条理を感じた。

「かったりぃ・・・!」

とはいえ置いていかれるのはもっとかったるいので、疲れた体に鞭打って走り続ける。
その横に、稟が並びかけてきた。

「あの!」
「んあ!?」

それが、純一と稟が最初に交わした言葉となった。

「色々、迷惑かけたみたいで・・・楓やシア達のことも・・・」
「あー、その話は後だ、稟。走りながら話すのはかったるい!」
「か、かったるいって・・・」
「くすくす、純一君の口癖なんです。でもそう言って、いつも大事な時にはちゃんとしてるんですよ」

楓が二人のやり取りを見て笑みを浮かべている。その顔は、出会ってから今までの間では一度も見たことがないほどに輝いて見えた。美人なのは知っていたが、そうして見ると一目で虜になるほどにかわいい。
仮にの話だが、純一にことりがいなくて、楓に稟がいなければ、恋に落ちていたかもしれない。もっとも、彼女のその笑顔は、稟がいればこそのものだったが。
同じことは、ネリネや、シアや、亜沙にも言えた。皆、今まで常に笑顔の奥に隠していた陰が消えていた。たった一つの、大切なものを取り戻したから。彼女達の夢を取り戻せたことを、純一も心の底から嬉しく思った。
感極まって、思わずほろりとくる。

「チッ、うっとうしいのが群がってきたな」

先頭を走る祐漸が舌打ちする。周りを見ると、衛兵達が追いかけてきていた。

「姫様! お止まりくださいっ!」

制止の声にも、構わず走り続ける。
やがて追手の中に、神殿騎士達の姿も混ざり出した。

「待たれよ祐漸殿! 姫様を連れてどこへ行くつもりだ!?」
「ったく、面倒だな。さやか!」
「はーい!」

呼ばれたさやかは、すぐ隣を走るシアの体を抱き寄せながら前へ出る。

「へ?」

キョトンとするシアに向かって、祐漸は氷の刃を突きつけた。

「動くな神殿騎士に衛兵ども! おまえらの姫がどうなっても知らんぞ!!」
「「「「な、なに〜〜〜〜〜っ!?」」」」

敵だけでなく、味方からさえもこの行動にはブーイングが起こった。

「き、貴様何と卑劣な! 騎士として貴様のような輩は人の風上にも置けぬぞ!!」
「てめぇ、何かったるい真似してやがるんだよ!?」
「祐漸殿・・・お主という男は・・・!」
「ああ! さっきはかっこいいとか思ったけどやっぱりあなたのこと見損なったー!!」
「やかましいっ!! とにかく追ってくるなよおまえら!」

忌々しげに顔を歪めながら、神殿騎士と衛兵達は速度を緩め、足を止めた。
それを尻目に、純一達はその場を駆け抜けていく。

「祐漸・・・俺は今、ちょっと感動的な気分に浸ってたってのに、それを・・・・・・」
「ならあそこでまた連中とやりあうのと、どっちがおまえ風にはかったるい状況なんだ?」
「そ、それは・・・・・・むぅ」

確かに、またあの二人と戦う状況というのはこの上なくかったるかった。

「・・・あの人は、信用してもいいのか・・・?」
「えーと・・・祐漸さんは、ちゃんと、色々と深く考えている人ですから・・・」

疑念を抱く稟に対してフォローをする楓の表情も引きつっていた。
走り続けることおよそ五分、目的地に辿り着いたのか祐漸が急停止する。通路を表に出たそこは、広大なバルコニーになっている場所だった。
純一達がそこに辿り着くと同時に、上空から騒音が響く。顔を上げると、中型程度の飛空挺が一隻、降りてくるところだった。ピタリとバルコニーの横に取り付いた飛空挺のハッチが開き、中からサイネリアが飛び出してきた。

「はーい! おまたせ祐ちゃん♪」
「派手な登場だな」
「でしょでしょ♪」

ブイサインを浮かべたサイネリアは、祐漸に始まってシアや稟の顔も見て満足げに頷く。

「うん! 大団円な雰囲気がしてラヴ♪なシチュエーションね!」
「で、こいつは?」

城に取り付いた飛空挺を見ながら、祐漸が急かすように問う。モタモタしていては、また神殿騎士が追ってくるだろう。

「王家御用達の最新鋭機よ! 操縦方法はことりちゃんに教えてあるから、自由に使っちゃって!」
「すまんな。借りていくぞ、リアねーさん」
「わぉ♪ 久々に言わせちゃった! もう律儀に約束守ってくれてる祐ちゃんってばラヴ♪」
「リシアンサス」

楽しげに身をくねらせるリアを無視して、祐漸は娘の方に顔を向ける。

「はい?」
「色々あって神王家に土見稟を渡すと厄介なんで連れて行くが、おまえはどうする?」
「もち! 一緒に行くッス!」

迷うことなく即答だった。その上で母親の顔色を窺うが、笑顔でゴーサインが出されていた。

「よし、全員乗り込め! サイネリア、後は任せた。ユーストマによろしくな」
「はいな♪ 祐ちゃんこそ、シアちゃんにネリネちゃん、それに稟ちゃん達のこと、よろしくね」
「ああ」

真っ先に純一が駆け込み、稟達が続き、さやかと連也、それに祐漸が最後に乗り込んだ。
ブリッジに入った純一は、操縦桿のところにいることりの下へ走り寄る。

「ことり!」
「朝倉くん! 無事でよかった!」
「おうよ」
『ことり、出せ!』

操縦席の横に備え付けられた通信管らしきものから祐漸の声がすると、ことりが操作を行って飛空挺が上昇する。いきなり乗り込むことになった、三日前に存在を知ったばかりの空飛ぶ船に思わず興奮させられた。窓の外を見ると、本当に飛んでいるのがわかって感動的な気分になる
下を見ると、ミッドガルの街がみるみる小さくなっていき、あの巨大な城すらもが眼下の存在となっていく。

「ん?」

その城の一角に何かを見付けて、純一は首を傾げる。

「おい、ありゃなんだ?」

他の皆も窓に取り付いて、それを見下ろす。城の上の方で、何かが光っている。しかも、どんどん激しさを増していっているようだ。
よく目を凝らしてみると、そこに誰かがいた。

「あれ・・・お父さん?」
「なに?」

シアの父親、それはつまり、神王だった。
その手に光るものは、明らかに高められた魔力の塊である。嫌な予感がした。

「まさか・・・・・・」
『全員、何でもいいから何かに掴まれ!!』

祐漸の叱咤が飛ぶと、皆反射的に手近にあったものを掴んで体を固定する。
ほぼ同時に、神王が両手に溜めた魔力を解き放った。
凄まじい光の奔流が迫り、飛空挺に命中するかと思われた寸前で発生した氷の壁に阻まれる。

ドォォォンッ!!!

激しくぶつかり合った力と力の余波が、飛空挺を揺らす。上下左右に揺さぶられる衝撃に、皆支えを掴む手に力を込める。何人かは体を支えきれず、床に転がった。
頭を打ったらしいさやかはごろごろ転がっており、稟はプリムラを抱えた状態で壁際に座り込んでいた。
何とか揺れは収まったが、今度は浮遊感が襲ってくる。外を見ると、景色が上へ向かって流れていっていた。

「やべっ、ことり! 落ちてる落ちてる!」
「わわっ! あ、朝倉君、手伝って!」
「おう! どうすりゃいい!?」
「この操縦桿、一緒に引っ張って!」
「わかった!」

二人で目一杯操縦桿を手前に引く。
徐々に浮遊感は収まり、逆に重力を強く感じるようになる。半分ほど高度を落としたところで、改めて上昇していた。
ホッと一息つく。

「お父さんが・・・なんで・・・?」

神王が攻撃してきたことにショックを受けているらしいシアが放心したように座り込んでいる。

「いや、たぶんそれは違うぞ、シア」
「え?」
「祐漸の奴は神王とも知り合いらしいからな・・・神王が祐漸ならさっきの攻撃を防げるとわかった上で撃ったんだとしたら、あれはむしろこっちを逃がすためのものだ」

大出力の魔力砲を神王が放つとなれば、他の飛空挺がすぐに追撃のために飛び立つわけにはいかない。さらに攻撃の威力を受けて純一達の乗る飛空挺が城から遠ざかるように押し出されれば、逃げるための時間と距離を稼ぐことができる。

「そっか・・・それで・・・・・・」

納得したシアが頷いていると、甲板で出ていたと思しき祐漸が片腕を振りながらブリッジに入ってきた。

「チッ、ユーストマの野郎・・・少しは手加減しやがれ、たわけが!」

その言葉が、純一の推理を裏付けていた。
祐漸はことりが座る操縦席の後ろまで歩いていく。

「ことり、もっと高度上げろ。雲の上に出たら進路に北に取れ」
「あ、はい」
「北って・・・どこ行くつもりだ、祐漸?」
「足としては便利だが、これだけ大きな荷物を抱えた以上、落ち着ける場所はそう多くない。おまえ風に言うとかったるいが・・・北の海から迂回して、大陸北西部まで行く」
「祐漸様、それは・・・」

心当たりがあるらしいネリネの言葉に、祐漸が頷いてみせた。

「北王家・・・俺の家の領土に向かうぞ」

新たな目的地を目指し、純一達を乗せた飛空挺は大空へと飛翔していく。取り戻した大切なものや、新たに手に入れた繋がりで結ばれた者達を乗せて、高く――。














次回予告&あとがきらしきもの
 第一部完! とでも言うべき区切りである。第1話からずっと通じてテーマになっていた稟捜しがこれにて解決したことに。まだ実は少しひと悶着あるのだけれど、とりあえずめでたしめでたしといったところであろう。そもそも、この話を書く上で一番最初の構想としてあったものは・・・シャッフル!のヒロイン達を少しばかりいじめてみたい、というものだった。何せドタバタラブコメな本編においては、彼女達はそれぞれに何かしら問題を抱えてはいても、基本的には稟の傍にいられて幸せ一杯なわけだから、その幸せの大前提を崩してみようではないか、ということで稟と彼女達を引き離すことに決めた。とはいえ、解決のドタバタ振りもまたシャッフル!・・・あっさり稟を取り戻して 大団円である。やっぱりハッピーエンドでなくては、まだ終わってないけど。
 14話に始まりこの26話に至るまでの長きに渡ってソレニア編となったわけだが、色々なものを詰め込みながらもなかなか上手くまとめられたと自分では思っている。特にメインキャラ五人はそれぞれにスポットが当てられて良い味を出せたのではなかろうか。楓だけは他の三人とセットになって最後はちょっと埋もれてしまった感じもあるが・・・(どちらかというとシアの方が目立つような展開にしていたし)、祐漸はいつもながらの唯我独尊・傍若無人振りを発揮し、連也の過去もちらっと明かされ、さやかも自らの夢と信念を貫き、最後は純一がビシッと決めた(はず)。 少々心残りだったのは敵の方であろうか・・・義仙はともかく、バジルとガレオンは散々祐漸に言われている通りの小物で、結局彼らの敵としては物足りなかった感じとなってしまった。次の章では、もっと大物の敵を出したいものである。
 次、とは言うもののここで一旦この話は休止しようかと思う。まだ完結はしていないし、この先数話分も既に書けてはいるのだけど、区切りも良いことであるし、とりあえず二、三ヶ月ほどはお休み。続きはいずれ、再開した時にでも、ということでしばしのお別れです。またお会いしましょ〜。