天の塔下部、純一達が神殿騎士と交戦した場所で、その神殿騎士達が今、大型の魔物と戦っていた。
小型の魔物が次々に同化して巨大化したその相手に、二人の神殿騎士は苦戦を強いられていた。二人がかりならば、何とか太刀打ちできるのだが、どれだけ斬っても再生するのでは、手の打ちようがなく、どんどん消耗していったいた。
魔物は触手による攻撃で二人を追い詰めながら、口を開いてそこから熱線を放とうとする。
そこに込められた魔力量を感じ取り、防御の姿勢を二人が取る。だが、熱戦が発射される瞬間、魔物の口内に向かって無数の氷弾が撃ち込まれ、発射口を塞がれたことで熱戦は暴発し、魔物の頭部が吹き飛んだ。
突然の事態に二人、ガディフォールとレオナルドが振り返る。
崩れた天井から飛び降りてきたのは、彼らが先ほど逃がした敵、祐漸だった。

「貴様・・・!」
「引っ込んでろ、神殿騎士ども」

警戒して剣を向ける二人の神殿騎士には目もくれず、祐漸は鋭い眼光で魔物の姿を見据える。
ローグ山脈で戦ったものより小振りだが、密度はそれを上回っていることが感じられた。おそらく生半可な攻撃では貫くことはできまいが、それだけの密度を持つということは、この個体の内に本体があると見て間違いなかった。

「俺は今機嫌が悪いんだ。手加減はせんからそのつもりでいろ、化け物」

水平に伸ばした右手に氷の槍を生み出し、祐漸は眼前の魔物を睨み据えた。













 

真★デモンバスターズ!



第25話 潰える夢・蘇る夢















廃墟の中を、老人が駆け回る。
瓦礫を押し退け、一心不乱に何かを探し求める。
だが目当てのものは見付からず、どんどん奥へと進んでいく。
完全に崩壊した神殿と思しき場所の周辺を回るガレオンの後を、純一も追っていった。
先ほど言っていた通り、眠っていると信じている剣や、盾や、魔道書を封じた場所を探しているのだろう。しかしそれが決して存在しないことを、純一は知っていた。もうとっくに、この地をくまなく調べ尽くした人からそれを聞いているのだから。一度訪れただけではなく、聞いた通りならば彼女は、実に十年近くをかけて幾度もこの地に足を運び、隅々まで調べたはずだった。だから、見落としがあるはずがない。
それを信じられないガレオンは、力の在処を求めて奥へ奥へと向かっていく。
手元で音がして目線を下げると、桜華仙が小さく反応を示していた。もしかしてと思い、純一は歩調を速める。
しばらく行くと、建物が途切れ、広い庭園らしき場所に出る。もう遥か長い間手入れがされていないであろうため、少し荒れてはいるが、楽園の中心であった場所の一つであろうその場所は、今も美しさを保っていた。そして、その中央に、大きな大きな、桜の樹があった。

「こいつが・・・仙樹か・・・」

故郷にあるものよりも大きいそれは、紛れもなく祖母が植えた桜の仙樹に違いなかった。そのことを、桜華仙が伝えている。或いはこれの方が、オリジナルかもしれない。
この地へ、確かに彼女が訪れた証拠であり、そこへやってきたことを純一は感じ入る。
見知らぬ土地なのに、懐かしい匂いがした。

「ばあちゃん・・・・・・・・・」

感慨に耽る純一から離れた場所で、ガレオンは地面を掘り返そうとしていた。

「地下だ・・・きっと地下があるのだっ・・・・・・そこに、眠っているはずなのだ・・・!!」

哀れな姿だった。
力を手に入れて、どんな野望を成し遂げようとしていたのか知らないが、たった一つ縋るものを失っただけで、人はこうも哀れな姿を晒すものかと思う。
いや、その姿をただ哀れむことなどできない。
純一の仲間にも、ただ一つ、掛け替えのないものを失い、それを捜し求め続けた少女達がいる。ものは違っても、人はそう簡単に、大切なものを捨てることなどできはしない。あの老人にとってそれが、この地に眠っていると信じていた、力なのだ。

「爺さん。あんたを哀れとは思うけどよ、諦めろ。はっきり言うぞ。ここには、あんたの求めてるものは、もう、ない」
「そんな、はずは・・・」
「ここはな、俺のばあちゃんが何十年も前に来た時にはもう廃墟だったんだ。そしてそれから十年近くも調べた結果、伝説に語られてるような武器や力の類は、ほとんど失われてたってさ。一部は、わりと普通に地上にあったりするらしい。伝説の武器とかな。それから、ほんの少しだけ残ってたものも、その時ばあちゃんが持ち出して、活用したり、別の場所に封印したりした。だからここにはもう、何もないんだよ」
「・・・おまえの・・・祖母だと・・・?」
「黄金の魔女、って言えばわかるか?」
「おまえが・・・あの女が孫、だと・・・?」
「出来損ないだけどな。ちゃんとした後継者は、他にいるよ」

祖母が遺したものもひょっとすると、ここで得た知識によるものなのかもしれない。桜の仙樹は故郷のものがオリジナルと思っていたが、ここにある樹はそれよりも大きい。こちらの方がオリジナルだとしたら、仙樹を使った全ての魔法は、この地で得た知識を元に生み出されたということになる。
だとしたら、確かにここに眠っていた力は強大で、危険なものだった。桜華仙の絶大な力をよく知る純一だからこそ、それがわかった。
そんな危険なものを目の当たりにした彼女が、ここに一つでもそれを残していくはずがなかった。仮に残していたとしても、それらは全て、あの仙樹が封印しているはずだった。だから彼女の意志が消えない限り、ここに眠っていたはずの力が、余人の手に渡ることはありえなかった。

「そう・・・か。あの魔女が、既にここへ訪れていたか・・・・・・」

ようやく全てを理解したのか、ガレオンは地面に手をついて蹲る。

「ああ、あんたの夢は、終わりだ。ここへ来ただけでも良かったじゃねーか。これからは野望なんか捨てて、静かに余生を過ごせばいいさ。だからよ、俺の仲間達の夢を、返しちゃくれないか?」

楓の、ネリネの、シアの、亜沙の・・・純一の大切な仲間達の夢、稟とプリムラ。それを取り戻せば、純一達の目的は遂げられる。これほど哀れな姿を晒した老人を、この上断罪するつもりはなかった。祐漸は納得しないかもしれないが、純一はもう十分だと思った。

「夢・・・・・・夢、か・・・」

ゆらりとした動きで、ガレオンが立ち上がる。俯いたままで表情は窺い知れない。しかし、その雰囲気に、何か危険な臭いが感じられた。

「夢・・・わしの夢は、潰えたか・・・・・・くっくっくっくっく・・・」
「おい、爺さん・・・?」
「もはや終わりか! ならば・・・!!」

ガレオンが懐から何かを取り出す。その正体はわからなかったが、何か強力な魔力が込められたものであることは確かだった。
それが強い光を発し、ガレオンの体を中心に魔法陣が浮かび上がる。

「何のつもりだ!?」
「わしが数十年をかけた夢が終わった! 何も得ることなくだ! この空虚が小僧! 貴様にわかるか!? わかるまい、ならば味わわせてやろう! わしの夢を潰した魔女の末たる貴様の夢も、ここで消し去ってくれるわ!!」
「てめぇ・・・かったりぃぞ、この野郎!!」

魔法陣が放つ光が一気に弾け、轟音が響き渡る。
光に眩んで瞑った目を開くと、眼前に巨人が立っていた。
いや、人ではない。石か鉄か、はっきりとはわからないがその手の材質で構成された人型である。頭部のところが透けており、その内側にガレオンの姿があった。

「これは・・・ゴーレム!?」
『ただのゴーレムと思うなよ小僧! 古の文献から得た魔術知識と、ソレニアの最新技術の粋を集めて作り上げた最高傑作よ! 見よ、この力を!!』

唸りを上げて、ゴーレムの拳を振り下ろされる。巨体に似合わず、かなり速い動きだった。

ズンッ!!

拳を受けた地面が陥没する。純一は後ろへ跳んでかわしたが、まともに喰らえばただでは済まない威力だった。

「くそかったりぃな!!」

桜華仙を抜き放ち、ガレオンが操るゴーレムに向かって構える。

「おまえな! 自棄起こして他人を巻き込むんじゃねぇ!」
『黙れ! 元はと言えば貴様の祖母のせいでわしの野望が露と消えたのだ。その恨み、晴らさずにおいてこの身が収まるものかっ!』
「それこそ逆恨みだろうが!!」

あくまで純一をどうにかしなければ気が済まないらしい。だが純一とて、ただの八つ当たりに付き合うほどお人好しではない。
どうしてもやろうと言うのなら、返り討ちにして倒すのみだった。
踏み潰さんと片足を踏み出してくるゴーレムの攻撃を掻い潜りながら、純一はその巨体に取り付く。
こんな大きな敵の相手をまともにする気はなかった。全てを壊さずとも、操っている人間を倒せばゴーレムは止まる。ならば、狙いは頭部だった。
僅かな突起部分を足場にして、ゴーレムの頭部に向かってその胴体をよじ登る。
頭上に辿り着くと、中にいるガレオンが見える透き通った部分を狙って剣を振り下ろした。

キィンッ!

だが、その剣は甲高い音を立てて弾かれる。

「なっ・・・!」
『馬鹿め! 操縦席を狙ってくるであろうことなど予測済みよ!』

透き通っているからガラスのようなものかと思いきや、他の部分以上の強度をそこは誇っていた。
楽に勝てる相手ではないようだった。
できれば逃げ出してやり過ごしたいところなのだが――。
チラリとやってきた方向を見やると、断続的に激しい閃光が走るのが見えた。さやかもプリムラを相手に、かなり派手にやっている様子だった。結局あれを置いていくわけにもいかないので、こちらも目の前の敵を倒すしかなかった。

「まったく・・・やっぱりこうなったか・・・」

嫌な予感は的中したということだった。

「かったりぃ・・・」







天の塔での楓達と稟の戦いは尚も続いていた。
迷いを断ち切った少女達は本来の動きを取り戻し、四対一という数字の上での有利もあって圧倒的優位にあった。だが、いまだに稟を正気に戻す術は見出せない。いつ祐漸が戻ってくるとも知れないため、依然焦燥感は募る。
先にローグ山脈で戦った魔物の本体は、強さもさることながら驚異的な再生能力を持ち、祐漸をもってしても苦戦を強いられた相手であり、純一の桜華仙による大出力の一撃でようやく倒せたほどの敵だった。だが、祐漸は紛れもなく大陸最強の人間の一人である。その男がああ言った以上、負けることはおそらくありえない。そう長くかからない内に決着をつけ、この場に戻ってくるだろう。
仮にそうなったからと言って稟に手を出させるつもりは彼女達には毛頭ないが、その時は祐漸と戦う覚悟までしなくてはならないかもしれない。その前に、何としても稟を元に戻さなくてはならなかった。

「ああ、もうめんどくさいな! こういう時はショック療法でいいじゃないのっ!」
「ダメだってばキキョウちゃん!」

苛立ちからキキョウが物騒なことを叫び、シアがそれを嗜める。
楓、シア、亜沙が代わる代わる接近戦を挑んで稟の動きを封じつつ、ネリネが後方からそれを援護する。その繰り返しが既に十分余りも続いていた。

「ですけど・・・祐漸様が戻られるまでに何とかしないといけませんし、多少の無茶も辞さない覚悟でなくては・・・」
「でも、稟くんに手荒なことは・・・」

強いショックを与えれば、或いは記憶を取り戻させることができるかもしれない。けれど、下手をすれば稟を傷付けることになるため、少女達はそうすることを躊躇う。
先ほどから、亜沙の張り手とキキョウの魔法を何度か喰らわせているが、その程度では効果がない。
それでキキョウが今度は本気の一撃をお見舞いすると言い、シアが必死にそれを押し留めていた。

「どーいーてー、シア! 一発でかいの叩き込んでやるんだからっ!」
「だーめーだってばー! 逆に変になっちゃったらどうするの!?」

一人で二人分叫びながら動き回るシアが騒がしい。そんな中、もう一人常に騒がしさの元凶となるはずの人物は静かだった。薙刀を振るいながら、何かを真剣に考えている。

「亜沙先輩、何か考えがあるんですか?」

年上の知恵で、何か良い方法があるのかと楓が尋ね、シアとネリネも耳を傾ける。

「いやー、考え、っていうか、まぁ・・・その・・・」

問われた亜沙は苦笑いをしたり、赤くなったりしながら言いよどむ。

「ほらね、眠れるお姫様の目を覚まさせるのは王子様のキスだから、逆もあるんじゃないかなー・・・とか思ったりなんかしちゃったりして・・・」
「え、ええっ!?」
「り、稟さまとキス・・・・・・」

亜沙の提案にシアが声を上げて驚き、ネリネが真っ赤になって両手で頬を押さえる。二人の様子に、亜沙は慌てて顔の前で手を振って自分で言ったことを否定する。

「いやいやいやっ! いくらなんでもそんな都合良過ぎる展開ないわよね!? と、というか二人とも何今さら赤くなってるのよ!? 一回や二回くらいもうしてるでしょ!」

自ら口走っておいて恥ずかしくなり、亜沙の方こそ二人よりもさらに顔を真っ赤に染める。実際には、互いに知らないだけで二回どころか三回でも四回でも皆経験があるのだが、そこはさすがにプライベートなので、暗黙の了解で追求しないことになっていた。
三人が赤くなってうろたえていると、一人楓が意を決したように稟に向かって駆け出した。

「カ、カエちゃん!?」
「うわっ、あの顔めっちゃマジだ! 冗談だったのに間に受けた!?」
「じょ、冗談だったんですか!?」

騒ぎ立てる三人を尻目に、楓は稟の剣を掻い潜って全身でぶつかっていく。
左手で剣を持った稟の右腕を押さえ込み、体の後ろへ回した右手で身を引き寄せ、飛びつくように顔を近付けて、口付けした。見ている方が赤面するほど、大胆なキスだった。
ほんの少し触れ合うだけのキスをして、楓は稟の体から離れる。
稟の動きが、僅かに鈍った。
まるで生気を感じられなかった顔が、ほんの少し戸惑うように揺れる。

「嘘っ! 効果あり!?」

驚く亜沙の横から、今度はネリネが飛び出していった。
何かにうろたえる稟は、別の敵が迫ってくるのを認識して剣を振るうが、その動きは鈍い。ネリネは突風を起こして稟を怯ませ、その隙に自身も風に乗って加速し、懐へ入り込む。

「稟さま、失礼します!」

両手で稟の顔を包み込み、その唇に口付けする。
また、稟の動きが鈍る。
手を放してその場を離れたネリネが、残りの二人に呼びかける。

「シアちゃん! 亜沙先輩も!」
「えっ、え、ええぇ〜っ! みんなやるの!?」
「ああもうっ、こうなったら自棄よ!!」

言いだしっぺの亜沙が耳まで真っ赤になりながら走り出す。稟の対処速度は、目に見えて遅くなっていた。
さしたる苦労もなく、亜沙はその身に抱き付き、頭突きでもするような勢いで顔を近付ける。
三人目のキス。稟の表情に、明らかな動揺が見て取れた。
体を離した亜沙は稟の背後に回り込み、シアの方へ向かって思い切りその背中を平手で叩いた。

「それシアちゃんっ、トドメだー!!」

よろけた稟が倒れそうになるのを、シアが慌てて抱きとめる。その重さに、懐かしさが込み上げる。目の前に迫る顔に、ますます顔面が紅潮する。
身動ぎすらする気配のない稟に向かって、シアはそっと唇を寄せた。
互いの唇が触れ合う。たとえ見た目がどんなに変わってしまっても、心が離れてしまっても、そのキスの感触だけは、紛れもなく本物だった。

「んっ・・・」

唇を離す。
けれど体が離れることはなく、もう一度口付けをする。今度は少し長く。
二度目のキスを終えたシア、いやキキョウは、目尻を釣り上げ、右手を振りかぶる。

「い・い・か・げ・ん・・・目ぇ覚ませぇぇぇっ!!!」

たっぷり魔力を込めた平手打ちを頬に叩き込まれ、稟の体が宙に舞った。
空中で二度三度回転しながら、稟は床に落下する。
キキョウはその様を見ながら、真っ赤になって「ふんっ!」と鼻を鳴らし、顔を背ける。シアに戻ると、焦った表情でうろたえた。

「キ、キキョウちゃんやりすぎだってば!?」

倒れた稟の下へ、逸早く楓が駆け寄り、他の三人もそれに続いた。

「稟くん!!」
「稟さま!」
「稟ちゃん!」
「稟くんっ、大丈夫!?」

四人が稟の周りに身を寄せる。稟は起き上がる気配がない。先ほどまでは、どんな攻撃を受けても痛みすら感じていなかったようなのに、今は身動き一つしない。

「や、やっぱりキキョウちゃんの一発効き過ぎたんじゃ・・・!?」
「そ、そんなはずは・・・た、確かに手加減はしなかったけど・・・」

さすがにやりすぎたと自分でも思ったか、キキョウも焦った声を上げる。
何度も名前を呼び、体を揺する。すると、ほんの少し稟の体が反応した。それで希望が沸き、さらに続けて呼びかける。



稟に呼びかけるのに夢中の楓達は、背後で動く影に気付かずにいた。

「ぬ、ぐ・・・お、おのれぇ・・・・・・!」

顔を歪めたバジルは、這うようにして少女達の背後に迫る。
その視線が、一人の姿を見据えていた。

「リ、リシアンサス・・・・・・!」

彼の父は、古くから神王家において高い地位を築いており、その息子として生まれたバジルは早い内から、将来の重臣となる道が約束されていた。そんな中、歳の近い王女との婚約話も浮かび上がり、彼はそれを当然のことと思って成長してきた。
神王家の聖姫たるに相応しい、美しい王女だった。リシアンサスという名のその花は、成長するほどにますますその輝きを増していき、それがいずれ己のものになることに、バジルは歓喜していた。十七歳の誕生日が近付き、いよいよ正式な婚約発表にも至ろうかという頃、突然彼女はバーベナ学園へ行くことになった。その理由は、そこに好きな男がいるから。
バジルは唖然とした。自分のものになるのが当然と思っていた姫が、どこの馬の骨とも知れない、ヒュームの小市民などに恋をしている。しかもよりによって、父親である神王もそれを認めている。
やがて話はとんとん拍子で進み、半年余り経った頃にはもう婚約発表がなされ、式典の日取り決めまでが行われた。
だが事件が起こり、その男は行方不明となって、彼女は城へ戻ってきた。再びバジルが歓喜した。今度こそ、彼女を手に入れられると。
父ガレオンがかねてより抱いていた野望を成就する目途が立ち、息子のバジルもそれに協力した。上手く行けば、今の神王を押し退けて自分が神王となれるかもしれない。そうなれば、自分は王女の相手としてもっと相応しくなる。そう意気込んで奔走した。使える手足を持つため、腕の立つ義仙とのその配下を雇った。
全て、彼女を己のものとするために。
なのに、今も、彼女の目はまったく自分の方へ向けられていない。あんな男のことだけを見ている。何故か。
やはり殺してしまえばよかった。父が役に立つから生かしておけと言ったためずっと傍に置いてきたが、人知れず殺してしまっておけば、彼女の心を惑わすものはなくなったはずだったのだ。
他のことなどどうでもいい。バジルは、彼女を自分のものにできればそれでよかった。

「リシアンサスーーー!!!」
「きゃっ!?」

あの男の体に縋りつき、あの男の名を呼ぶ少女の体を後ろから抱きすくめる。

「バ、バジルさん!?」
「おまえは私のものだ、私のものだーーー!!!」

強引に顔を向けさせ、その唇を無理やりに奪おうとする。

「――このっ・・・!!」

シアからキキョウに入れ替わって相手をきつく睨み付け、体から魔力を放出してそれを振りほどこうとした瞬間――。


バキィッ!!


バジルの顔面に、拳が叩き込まれた。

「はぼふらっ!!?」

吹き飛んでいくバジルの腕から解放され、倒れ込むシアの体が抱きとめられる。
抱きとめられた腕の持ち主が誰か知って、シアが目を見張った。
その姿を、ネリネも、亜沙も、楓も息を呑んで見詰める。
声をかけようとしたところでその相手、稟が膝を追って倒れ込む。

「り、稟くんっ!!」

逆にその体を支えながら腰を落としたシアがその名を呼ぶ。他の三人もその身に縋りつく。

「稟さま!」
「稟ちゃん!」
「稟くん! 稟くんっ!!」

何度か名を呼ばれると、稟が軽く身動ぎし、薄く目を開く。その目が、順番に彼女達の姿を映していく。そこに、先ほどまでの冷たさはなかった。
彼女達がよく知る、暖かさと優しさの込められた眼だった。

「・・・・・・シア・・・楓・・・ネリネ・・・亜沙先輩・・・」

一人一人名前を呼ばれて、少女達は涙ぐみ、歓喜の表情を浮かべて、同時にその身に抱きついた。







背中に載った土くれや石を押し退け、さやかは倒れた体を起こす。
しかし立ち上がることはできず、横に転げて仰向けに再び倒れた。

「ぷはぁ・・・ハッ、ハッ、ハッ・・・・・・ぐ、ごほっ! げほっ!!」

詰っていた息を吐き出し、激しく呼吸する。喉の奥に溢れた血にむせ返った。
少しだけ呼吸が落ち着くと、今度は全身が痛みに悲鳴を上げる。まだ生きている証拠とはいえ、あまりの痛さに涙ぐむ。よくしぶとく生きているものだと思った。
最初にやられた左腕のダメージが一番重傷だった。右腕の袖も千切れ、多数の切り傷を負っているがこちらはまだ動く。肩から背中にかけても裂傷を追っており、肋骨に至っては数本折れているかもしれなかった。額も切れていて、血が目に入って視界を遮っている。足は幸いなことにこれまでまだ無事だったのだが、今回はそこにもダメージを受けたようで、次はもうかわしきれないかもしれない。

「参っちゃったなぁ・・・」

右腕で体を支えつつ、何とか体を起こす。
立ち上がると、右足を軽く引きずる形になった。辛うじて立っていられるだけという状態で、まともな戦闘ができるとは思えなかった。
こんな状態にまでされたというのに、いまだ勝機の一つも見出せずにいる。
何とかなるだろうと思っていたのだが、どうにもならないというのが結論だった。
最大出力で放たれる魔力波をぎりぎりで回避しつつ近付くことは何度かできたのだが、そうしても尚強力な魔力障壁がプリムラの周囲に展開されていた。それを破るだけの余力を残した状態で攻撃をかわすのは、ほとんど不可能だった。出力の差がここまで大きな力の差になるものだとは思わなかった。祐漸が桜華仙を使った純一に負けたというのも頷ける話である。圧倒的なパワーの差を前にしては、どんな技巧も通用しないのが現実だった。祐漸ならばそれでも、最後には勝つ道を見出すのだろうが、さやかにはそれが見えなかった。
見えるのは、絶望のみ。あと数秒で、プリムラの魔力チャージが終わり、また大出力の魔力波が放たれるだろう。その時が、さやかの最期だった。

「祐君、どうしよう・・・? どうしたらいい?」

答えは返らない。当然だった。彼はこの場にはいない。たとえいたとしても、弱気を見せた相手に、祐漸が助言などするはずがなかった。
その時は、代わりに自らが戦うだろう。それでは、駄目だった。
自分で戦うと決めた場所を譲ってしまっては、追いつけなくなる。彼の隣に並ぶことが、一生できなくなってしまう。
誰よりも強いあの男の隣に並ぶためには、誰よりも強い女にならなくてはならない。だから、弱気を見せるわけにはいかない。けれど、この状況を前にしては、絶望以外のものは見えてこなかった。
そして、プリムラから、最期をもたらす一撃が放たれた。
視界を光が覆う。
迫り来る絶望的な力の前に、成す術はない。

「ダメ・・・まだ死ねないっ。まだ、君に追いついてないのに、死ぬわけにはいかない! けど・・・・・・!」

最期の瞬間まで諦めないよう、じっと前に見据える。けれど、切り開ける道はない。
終わりの時が迫り、さやかの身を呑み込もうかという時――。

「え――?」

不意に、そっと肩に、知らない誰かの手が触れた。

『大丈夫。しっかり目を開いて、よく見て』

心の中に、誰かが直接語りかけてくる。周りの景色は、時が止まったように停止している。

『どんなに大きな力にも・・・いいえ、力が大きければ大きいほど、そこには歪みが存在する。あなたになら、それが見えるはず。力の流れを見極めて、歪みを見付け、流れに逆らわずにそこを突けば、小さな力でも、大波をかわせる』
「あなたは、まさか――ッ!!」

肩に添えられた手の感覚が消えると、時間の感覚が戻ってきた。
力の奔流は眼前に迫っている。
さやかは目を見開き、逃げることなく、その力の流れへ自ら向かっていった。


ドゴォォォォォンッ!!!


爆発が大地を抉り取る。
辺り一帯は、もう何度も巻き起こされた爆発によって地表は剥がれ、土と岩が露出していた。
その中で、炎をまとって、さやかは立っていた。

「・・・・・・見えた・・・」

確かに、力の奔流の中に、僅かな歪みが見えた。全身に炎をまとって防御とし、その歪みに体を流し込むようにして魔力波を回避することに成功した。
こんなにも容易く、あの攻撃をかわすことができるとは。
いや、容易くなどない。さやかは今、自分がどれだけとんでもないことをしたか理解していた。

「っ!!」

呆けている暇はなかった。続けて二発目が襲い来る。
だが今度は、もっとしっかりと歪みが見えた。
よく目を凝らして見れば、力任せに放たれたプリムラの攻撃は、出力こそ大きいが穴だらけだった。流れにムラがあり、いくつもの歪みが発生していた。その内最も大きなものを利用して、力の流れを通り抜ける。
背後で爆発。さやか自身は無傷だった。

「あはっ、すっごい! 私すごいかも!」

この土壇場で、こんな極意をつかめるとは思いもよらなかった。そして、そのきっかけを与えてくれたのは――。

「ふふっ、すごいや。ほんと、すごい!」

三発目の攻撃も難なくかわし、プリムラの下へ数歩近寄る。

「ねぇねぇ、リムちゃん!」

攻撃がかわされても、プリムラはまるで表情を変えず、また新たに魔力を溜めている。そこへ向かってゆっくり歩きながら、さやかは語りかける。

「リムちゃんには、夢はある? 私にはあるよ」
「・・・・・・ゆめ」
「そう、夢。私にはね、尊敬する、憧れの人がいるの。会ったことはなかったんだけど、その人は、世界一の魔法使いだった人で・・・私は、小さい頃からその人のことを目指して、魔法の勉強をしてきたの。勉強は嫌いだったけど、目標があった魔法の勉強だけは、一生懸命やったんだ」

さやかの言葉に耳を傾けながらも、魔力のチャージが終わったプリムラが再び攻撃を繰り出す。

「それからね! 一緒に歩みたい人がいるの・・・傍にいたい人がいるの! その人は、誰よりも強くて、誰よりも高いところへ行こうとしてる。だからその人と一緒にいるためには、私もそれに相応しい人間にならないといけない・・・そう、憧れのあの人のように・・・」
「・・・・・・一緒に・・・いたい人?」

僅かに反応するプリムラ。攻撃の手が、少し緩む。その隙にさやかはさらに近付いた。

「私の夢は、大好きな人と一緒にいるために、憧れの人に追いついて・・・世界一の魔法使いになること! あなたの夢は何? リムちゃんっ!!」
「・・・私の・・・夢?」
「一緒にいたい人、いるでしょう、あなたにも! 土見稟君って人が!!」
「っ!!」

最後の一撃をかわし、さやかはプリムラの目の前に降り立つ。魔法障壁も、もうなかった。
立ち尽くすプリムラの体を、さやかはそっと抱きしめた。

「もう一度聞くよ、リムちゃん。あなたの夢は、何?」
「夢・・・・・・稟・・・・・・おにい、ちゃん・・・」
「うん。じゃあ、お兄ちゃんのところに、帰ろう」

プリムラの瞳に、感情の色が戻る。その目から、大粒の涙が溢れ出す。
さやかの腕に抱かれながら、プリムラは、大きな声で号泣した。







ゴーレムの一撃を受けて、純一の体が吹き飛ぶ。辛うじて剣で防御したものの、地面に叩きつけられた背中に鈍い痛みが走る。

「ぐっ・・・!」

間髪入れず、頭部から光線が走るのを、地面を転がって回避する。
最高傑作と自称するだけあって、このゴーレムの強さは半端ではなかった。パワーは言うに及ばず、スピードもかなりのものがあり、防御力も高い。生半可な攻撃では表面に傷を残すこともできなかった。
光線による攻撃も厄介で、接近できる機会も多くない。
祐漸のようなヴォルクス九王クラスには及ぶまいが、それでも普通に考えれば十分すぎる能力だった。

「それだけのものが作れるくせにまだ力がほしかったのかよ・・・!?」
『こんな紛い物の力ではない! もっと絶対的な、全ての王を従えるほどの力が必要なのだ!』
「そんな力で何しようってんだ! その力、もっと平和的なことに有効利用しやがれってんだ!」
『平和のためでもあるわ!』
「なんだと?」

攻撃の手を一時収め、ガレオンが語り出す。

『ソレニア、ヴォルクス、ヒューム・・・この三種族の間に起こった民族戦争は既に数百年も続いておる。手と手を取り合って友好を結ぼうなどと、今さらできるものか。そうやって目指したこの五十年の平和は、たった一度戦端が開かれただけで脆くも崩れ去った。三種族が別々の王家によって治められている間は、決して真の平和など訪れはせぬ。全ての種族を併合した新たな支配者が必要なのだ。そして、その支配のためには力がいる。神王を、魔王を、九王どもを全て従えるほどの絶大な力が! 大いなる力をもって全てを切り従え支配する。それこそが唯一、真の平和をこの大陸にもたらす道なのだ!!』

その言葉に、純一は唇を噛み締める。
確かに、それは一つの真理だった。
数十年前に結ばれた両王家の盟約は、たった一度領土侵犯があっただけで崩れ去り、今の国交断絶状態となった。今はまだ、神王魔王がその力でもって両家を抑え込んでいるが、このままの情勢が続けばいずれソレニアとヴォルクスは果てしなく争い、ヒュームもそれに巻き込まれ、大陸全土を巻き込む大戦が再び起こるだろう。それを回避するため、大陸全土が血に染まる前に、武力によって大陸を平定し、僅かな血だけを流すことで新たな支配体制を完成させれば、確かに平和は訪れるだろう。
犠牲の上の平和。それもまた、否定しきれない一つの道だった。
だが、感情では納得しきれない。何より、ガレオンが求めた力は大きすぎる。神と悪魔が戦うために生み出された力など、人が無闇に使えば全てを滅ぼすだけだった。

「あんたが間違ってるとは言わない。けど、やっぱりあんたの野望を叶えさせるわけにもいかない!」
『黙れ小僧!!』

ゴーレムの腕が薙ぎ払われ、純一は桜の樹に背中から打ち付けられた。

「ぐはっ!」

樹の根元に蹲った純一目掛けて、トドメとばかりにゴーレムの拳を振り下ろされる。
だがその瞬間、樹の枝が一斉にざわめき、散り乱れる桜の花びらがそれを阻んだ。

『な、何だこの樹は!?』
「・・・仙樹・・・・・・」

純一は、じっと樹を見上げる。

「そうか・・・おまえも、同じ気持ちか」

左手を樹の幹に当て、右手で桜華仙の柄を握り締める。

「桜、手を貸せ。あの力の亡者を、かったるい妄執から解き放ってやる」














次回予告&あとがきらしきもの
 vs稟、vsプリムラ、決着。戦いの最中にキスは無茶なれど、シャッフル!はそもそもドタバタラブコメ! このくらいの無茶は許される! ソレニア編決戦も次回で全ての決着がつく・・・語ることは多くあれど、それは次回にまわそう。能力紹介も今回はお休み。

 次回は、戦いの終焉へ・・・。