「父上!」
「おお、バジル・・・・・・どうした、その顔は?」
「はっ!」

懐をまさぐってハンカチを取り出したバジルは、それで顔を念入りに擦る。血の汚れはある程度落ちたが、まだかなり腫れあがっているためひどい顔なのは変わらなかった。

「それより父上、計画の準備の方は?」
「ほぼ終わった。後はこの天の塔の屋上で、最後の儀式を行うだけだ」
「邪魔は?」
「ない。魔物どもの出現で陛下や他の者達の目も全て下に向いておる。最も魔力濃く、空に近きこの天の塔の頂と、鍵となるプリムラがいれば、間違いなく我が野望を成就するための扉が開くであろう」
「では、いよいよ・・・」

感極まったようにバジルは体を震わせ、ガレオンは愉悦に顔を歪める。
その親子の傍らで、稟とプリムラは共に何の感情も浮かべず、ただ立ち尽くしていた。

「おお、そうだ土見稟よ、プリムラに激励の言葉をかけてやれ」
「・・・プリムラ、頑張れ」
「・・・うん、がんばる、稟」

無表情だったプリムラの顔に僅かに朱が差す。

「こんな程度のことで地上最強の魔道兵器が自由に動かせるのですから、安いものですな」
「一年前のあの日、“例の筋”からの情報通り魔物どもが現れ、その混乱に乗じてこやつらを手に入れることができたのが幸運であったわ。だがバジルよ、我らが求めるのはさらに強大な力だ」
「はい。では父上、さっそく・・・・・・む?」

階下から伸びる階段で音がして振り返ると、魔物の群れが現れ、一直線にプリムラを目指してきた。親子を守る黒装束達が応戦し、これを防ぐ。
バジルが命令をすると、稟も腰に差した剣を引き抜き、それに加わった。

「ここはお任せを、父上」
「頼むぞ、バジル。何、ここまで来れば後十五分ほどの辛抱よ」

天井を振り仰ぎながら口元を釣り上げたガレオンは、上へと続く奥の階段へと、プリムラを連れて向かっていった。
プリムラは一度だけ、稟の方を振り向いたが、ガレオンに手を引かれると、すぐに前を向いて歩を進めた。稟の方は、振り返ることもなく魔物との戦闘を続けていた。













 

真★デモンバスターズ!



第23話 野望渦巻く天の塔















特に強大な魔力に反応するらしい魔物は、しかし傍に寄ると一番近くの魔力の高い者を襲う傾向にあるようだ。
純一達は向かってくる魔物を倒しながら、先を走るモノに近付き過ぎないよう距離を保って追い続けた。魔物の群れは、ほとんどがひたすらに上を目指していた。
この城の構造を唯一よく知るシアによると、ここは天の塔と呼ばれる、ミッドガル城で最も高い場所で、また神意が降りる地として特に高い魔力が宿っているという。果てしない増改築が繰り返されてきた城だが、最上階を構成する部分はその度常に一番高いところへ移築されていったらしい。魔力を宿す特殊な材質の石材で造られ、多数の魔術儀式を補助する設備もされているとのことだった。
本来ならば上へ続く道は何重もの扉で封印されているのだが、今はそれが全て開放されているらしい。

「最近は、特に儀式とかないはずなんだけど・・・何でだろう?」
「そりゃあ、連中が何かそこでやらかそうとしてるんじゃないのか?」

高度な魔術儀式を行う施設に、地上最強の魔力の持ち主たるプリムラ。その二つを、良からぬ野望を企てる者達が握っているというのは、非常に好ましくない状況だった。

「どうも、かったるい臭いがするな・・・」

稟とプリムラを取り戻す、それが最大の目的だが、どうやらそれだけでは済まなそうな予感がした。いつもは祐漸や連也の直感が色々と感じ取るのだが、今回は純一自身が胸騒ぎを覚えていた。
何かが頭の隅に引っかかっている。それを裏付けるように、先ほどから桜華仙が何かを伝えようと鳴動していた。
以前、黒い魔物が現れた時も同じように反応したため、今回もそうかと思っていたが、他にも何かあるような気がした。もっと大切な、それも純一が既に知っているはずの何か。だが、それが何なのか思い出せない。というよりも、思い出すためにはまだパズルのピースが足りない。
喉に魚の小骨が刺さったような不快感がかったるい。
考えても仕方がないので、今はまず走る。何であれ、黒幕であるバジルとガレオンを叩きのめせば解決するはずだった。そう信じて、天の塔を駆け上がった。
やがて少し広い場所に出る。
奥にはさらに上へと続く階段があるが、最上階はもうすぐそこのようだった。
そしてこの広間には、目当ての人物の片割れがいた。

「稟くんっ!」

声を上げるシア。それに振り向いたバジルは、他の面々を見て顔をしかめる。

「チッ、義仙も口ほどにもない! 土見稟! この場を誰も通してはなりません!」

行く手を阻むように、稟と黒装束が八人立ち塞がる。純一達より先に広間を通り抜けようとした魔物の群れは、全て彼らの手で倒されたようだ。
純一が桜華仙を抜いて先頭で構え、その後ろにさやかが陣取る。楓、ネリネ、シア、亜沙も稟の姿に戸惑いながら、敵に備えて構えを取る。それを肩越しに振り返って見ながら、純一は彼女達を稟と戦わせるのは酷だろうと思い、自分が彼の相手をすることにした。

「稟は俺が押さえておく。その間に、他の連中を片付けておいてくれ」
「・・・カエちゃん達、行ける?」

皆が頷くと同時に、純一は前に出た。
足下から大地の魔法を発動させ、左右の敵を牽制し、自身は正面から稟に向かって斬りかかる。

キィンッ!

振り下ろした剣は、相手の剣によって受け止められた。思ったよりも良い反応だった。それどころか、受け止めたまま押し返され、素早い反撃を受ける。

「ぬぉっ!?」

続け様に振られる剣をかわしつつ、純一は後退する。楓から聞いていた稟の特徴としては、魔力は低く魔法の類は一切使えず、身体能力はそれなりに高いが武術の類はやっていないとのことだった。確かに、動きは素人臭いが、パワーとスピードは想像以上のものがあった。
普通の、ちょっと運動神経が良い程度の少年の動きではない。何かの魔法で身体能力を強化しているのかもしれない。
だが純一とて、傍で幾人もの達人の動きを見てきており、自身も常に鍛錬を欠かさずにいたのである。ただ力があり、速いだけの相手に遅れを取りはしない。
押されているように見せかけつつ攻撃を受け流し、背後へ回り込む。

「悪いがちょっと手荒にするぜ!」

完全に反応が遅れている稟の首筋に向かって、純一は剣の柄頭を叩き付けた。
鈍い音がして、稟が前のめりに倒れる。急所に当て身を喰らわせたため、これでしばらくは気絶してくれているはずだと思ったのだが、稟はほとんどダメージを喰らっていないかのようにすぐに立ち上がった。
顔をしかめる純一の耳に、バジルの愉快そうな声を届いた。

「無駄ですよ。彼は一切痛みを感じていません。殺しでもしない限り、私の与えた命令を際限なく実行し続けるのです」
「そうかよ・・・」

実に厄介な相手だった。殺すことは論外であるし、気絶させることができないなら何らかの形で拘束するしかないが、縄や鎖の類は近場にはない。
或いは稟はさやかに任せた方がいいかもしれないと思ったが、そのさやかはしきりに上を気にしていた。

「何してんだよ、さやか?」
「・・・・・・純ちゃん、何かやばそう」
「ん?」
「上、時間ないかも」

言われてみて、上へ注意を向けた純一は、同じように嫌な予感を強めた。かなり高密度の魔力が充満している。これだけの魔力を使えば、どれだけのことができるか見当が付かないほどに。
桜華仙の鳴動も、それを感じて強くなってきている。
上へ急ぎたいところだが、ここにはまだ稟もバジルも、黒装束の者達もいた。これを全て突破するには、まだ時間がかかりそうだった。

「行こう、純ちゃん」
「は?」

さやかに襟元をつかまれる。それと同時に一瞬の浮遊感を感じると、次の瞬間には二人は奥の階段の中ほどにいた。
下では、バジルが狼狽した表情で消えた二人の姿を探している。

「おい、さや・・・」
「カエちゃん! リンちゃん! シアちゃん! 亜沙ちゃん! 後は任せた!!」

反対の手を振りながら、さやかは純一の襟元を掴んだまま上へ向かって階段を駆け上がる。引きずられる形になった純一は、階段に体をぶつけ、痛みに顔を歪める。
両足で立って抗議しようとするが、さやかが立ち止まる気配がないので尚も引きずられていく。

「こらっ、放せさやか! いいのかよ、あそこをあいつらだけに任せて来て? あれじゃあ・・・」

楓達が直接稟とも戦うことになる。それは、あまりにも辛い選択ではなかろうか。
だがさやかは、純一の言葉を冷たい声で切り捨てる。

「私達があそこにいても、仕方ないよ」
「何だよ、それは?」
「前に、祐君が言ってた。人はそれぞれ、自分の戦うべき場所を持ってるものだって。あそこは、カエちゃん達が戦うべき場所。私達の場所は、この上だよ」
「それはわかるけど・・・だけど・・・・・・」

それで割り切ってしまって良いのか。他の皆ならともなく、彼女達にまでそれを強要するのか。
けれどそれも、仕方のないことだった。仲間に加わる際に、常に祐漸が言っていることだった。共に来るならば、強さを示せと。それは、何が起こっても自分の戦うべき場所で戦える覚悟を決めろということでもある。自分の意思でついてきた彼女達は、その覚悟を決めるべき場に直面しているのだ。

「祐君が連ちゃんのところに残ったのも、カエちゃん達にあそこで戦わせるため。彼には、目の前に敵がいるのに自分が戦わないっていう選択肢がないから、あの場にいたら自分で土見稟君と戦おうとするだろうね。戦う以上は、殺す場合もある・・・」
「・・・・・・・・・」

だから最初から来なかった。これは祐漸が彼女達に与えたチャンスなのだ。
敵として立ちはだかれば、それがこの一年間ずっと捜していた人間であろうと、祐漸は容赦なく倒す。そうする前に、取り戻したいなら自力で取り戻せと言っているのだ。だから稟とは、楓達自身が戦わなくてはならない。
理屈は純一にもよくわかっている。それでも、仲間が辛い思いをするのは、自分も辛かった。

「ええい、くそっ! こうなったらとっとと上を片付けて戻るぞ!」
「その意気その意気♪ じゃ、気合入れて行こうか!」

さやかが手を放すと、純一は自分の足で走り出す。
しばらく上がると、天井の高い場所に出た。周りの壁伝いに、その天井に向かって螺旋に階段が続いている。おそらく、これを上れば屋上にまで出るはずだった。

「上まで一気に跳びたいけど・・・・・・ダメだね、魔力が濃すぎて変に乱される」
「なら走るさ。かったりぃけどな!」

二人は屋上へ続く螺旋の階段へ向かって駆けていった。







祐漸はあえて氷の技は使わず、両手に持った氷刀のみで戦っていた。
せっかく先へ進んだ彼女達に時間をやったのだ、すぐにけりをつけて追ったのではかわいそうだろうという配慮だった。それに、絶対に勝たなければならない戦いでない以上、戦いは楽しむべきだった。先ほどの神殿騎士レオナルドとの戦いの時と同様、相手の 土俵で戦いながらそれを叩き伏せ、自信を打ち砕く。時には自分自身の不得意分野で戦う場合もあり、そのスリルを味わうのが楽しい。
今相手をしている黒装束達は、連也が修める新陰流・裏の剣を使う者達だった。
噂程度には聞いたことがある。サーカス王国のさらに東の外れにある小国に居を構える新陰流一門は、かつて影の技をもってサーカスやネーブルといったヒュームの大国に裏で手を貸していたと。この二国が強大になった背景には、多くの暗殺による敵対勢力の排除が含まれていたらしい。ネーブルはその後王制を廃したため、裏の者とは縁が切れたようだが、サーカスは大戦時代終結までその力を借りていたようだ。
だが今の当主になって、その活動は完全に停止したようで、先にダ・カーポ城を攻めた時にも、彼らは一切姿を見せなかった。もしあの時裏の者がいたなら、攻略はもっと困難なものだったかもしれない。それが今は、実際に目の前にいる。
おそらくは影の技を捨てた新陰流一門を追われた裏の者達なのだろう。義仙という男はその頭目、一門に血縁のはずだった。同じ血縁の連也が、それを斬るべく追っていたのか。詳しいことはわからぬし、問い質す気もない。だが、一大国家を影で支えた暗殺剣を操る集団。それも剣の流派では超名門と言うべき新陰流、それを剣でもって捻じ伏せるというのは、なかなか得難い楽しみだった。

シュッ!

四方から刃が迫る。
祐漸を手強しと見たか、相手は絶対に一人ずつでは斬りかかってこなかった。常に二人以上が同時に、ほとんどの場合は四方から一斉に斬りかかってくる。下手をすれば味方を斬りかねない戦い方だが、それゆえに襲われる方も易々とは避けられない。
体勢を低くした祐漸は、右の刀で二人の攻撃を受け止め、左の刀で相手の足下を薙ぎ払う。
足を斬られた者は、倒れながらも祐漸の体に掴みかかってきた。さすがは真っ当な剣ではなく、暗殺剣の使い手達である。自分の命よりも、相手の命を奪うことの方が優先されるわけだ。

「ハッ!」

その覚悟は大したものだった。だがこの程度で自分の動きを阻もうなどとは笑止と、祐漸は掴みかかってきた相手の体を力任せに振り回し、続けて向かってきた相手に対して投げ飛ばした。
折り重なって倒れた相手に、彼らが落としていった剣を投げつける。二人まとめて串刺しになると、しばらく痙攣した後に動かなくなった。
倒した敵にはそれ以上目もくれず、祐漸は次の相手に備える。仲間の一人や二人がやられても、相手は表情一つ変えずに向かってくる。

「ふんっ! 物静かな奴らだ!」

正面から突進してきた相手の顔面を断ち割り、背後から迫る刃を横に体をずらしてかわす。移動した側にいた敵に刀を突き刺し、その体を盾にして反対側からの攻撃を受け止める。仲間同士もつれ合ったところに刀を一閃させ、まだ生きている者の首を刎ね飛ばす。
裏の者達は、戦いの際に一切声を発しない。それは、常に闇での戦いを想定しているからに他ならない。声を発することは、わざわざ自分から相手に居場所を晒すことになる。
忍びの世界においては常識的なことだった。そして、裏の者達も忍びと呼ばれる存在に近かった。

ザシュッ!

また一人、二人と斬り倒していく。
敵はいずれも服の下に鎖帷子と思しきものを着込んでいたが、祐漸の膂力と氷刀の切れ味と強度の前には、さして役には立たない。力にものを言わせた祐漸の剣は、帷子ごと相手の身を断ち斬る。

「次!」

一人斬り伏せ、逆側を向いて剣を振るう。

「次ッ!」

さらに一人、続けてもう一人。裏の者達は次々に屍を晒していく。
敵もまったく無策で突っ込んできているわけではない。暗殺のための技であろう剣を駆使し、集団戦法で祐漸を追い込もうと様々な動きを見せる。
しかし、数々の技巧を凝らしたそれらの尽くを祐漸の剛の剣が打ち破っていく。
さしもの祐漸もこれだけの手練れに囲まれ、絶え間なく攻められているため多少の傷は負わされているが、いずれも致命傷には程遠い。祐漸の皮一枚を斬った相手は、次の瞬間には骨まで断たれている。

「次! 次! おらおらどうしたぁっ!?」

動きの鈍ってきた敵を叱咤するように声を張り上げる。それに奮い立たされたわけではあるまいが、残った者達が一斉に陣形を組んで襲い掛かる。周りを取り囲むように円陣を敷き、内側に向かって刃を突き出す。
数人が跳躍し、下に残った者が刃を突き出したまま突進してくる。四方と上空からの一斉攻撃であった。おそらくは、全員倒れようとも確実に相手の命を奪う捨て身の必殺戦法である。逃げ場はない。
一瞬、祐漸の身が深く沈み込む。
両手に持った刀を体の前後に構える。
全方位から刃が迫った瞬間、それは解き放たれた。

ドガガガガガガガガッ!!!!

激しい音が連続して鳴り響く。
祐漸の周りには、まるで刃の結界が存在しているかのように、無数の刃の閃きが存在していた。
僅か一秒にも満たないその瞬間で、祐漸は全方位目掛けて剣を振るっていた。
襲い来る敵の刃は全て砕け散り、全身を切り刻まれた裏の者達は鮮血を飛び散らせながら後ろへ向かって仰け反り、倒れる。

「・・・・・・ふんっ、終わりか」

全ての敵が片付いたことを確認した祐漸は、両手の刀を捨てる。生み出した時には純白だった氷の刀身は、血で真紅に染まっていた。
斬った相手の数は二十七人。離れたところに目をやると、連也の周囲に八人、斬り倒された者達がいた。これで三十五人、義仙を除く全員が倒れたことになる。もはや敵がいないと知った祐漸は、踵を返して先へ進んだ皆を追って歩き出す。残った義仙は連也の敵であり、祐漸がいたところですることはない。
連也に対してかけるべき言葉もない。あの男が負けるなどとは微塵も思っていないし、仮にそうなったとしても、その時は自分が義仙を倒す、それだけのことだった。

「さて、先の連中はまだ少し決着に時間がかかるか・・・」

もう少し時間をやろうと、祐漸はゆっくりとした足取りで奥へと向かっていった。







純一とさやかが最上階へ向かったためその場に残されることになった楓達は苦戦を強いられていた。
黒装束一人一人の実力は、並ではないが彼女達の方が上回っている。だが倍の人数がいる上連携も鋭く、容易くは倒せない。その上何よりも、稟の存在に気を取られて思うように戦えずにいた。
稟は一番近くにいる相手に向かって、容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
下手に攻撃して稟を傷付けるわけにもいかず、その攻撃に対しては防戦一方になる。そこにつけ込まれて、黒装束の者達にも攻め立てられる。
そうして苦戦しながらも、上へ向かった二人を追わせまいと、階段の前だけは守り通していた。

「何をしているのです! 早く父上の下へ向かった者達を追いなさい!」

命令を飛ばすだけで、バジル自身は一切動かない。そのことは助かっていた。この上バジルにまで注意を向けている余裕は彼女達にはなかった。
振り下ろされる稟の剣を、シアが長剣を横にして受け止める。

「土見稟! リシアンサス様には傷を負わせてはなりませんよ!」

バジルの叱咤を受けて、稟の動きが鈍る。そこにつけ込んで、シアは受け止めた剣を押し返す。

「みんな! 稟くんは私が何とか押さえておくから、その隙に!」

シアと稟の剣が数度打ち交わされる。互いに相手を傷付けまいとしているため、その剣には鋭さがない。結果として動きは停滞し、どちらも相手を押さえ込んだ形になる。
二人が交戦している間に、他の三人は黒装束の相手に集中する。
敵は八人。四人ずつが組となって左右に散り、足並みの揃った動きで楓達を追い込んでくる。
楓と亜沙はネリネを挟むように両側の敵と向かい合う。間に置かれたネリネは、魔力を練り上げながら機を窺う。
三方から繰り出される攻撃を、楓は双剣を操って捌いていく。一度戦った相手であるため、手強さは感じても、その動きの傾向は読めてきていた。後ろへ退くことなく、その場で三人の敵を押さえ込む。

「っ!!」

相手の攻撃を捌き続けていた楓が、不意に体を仰け反らせる。一人の影に隠れて、その脇を抜けて剣が突き出されてきたのをかわしたためだった。タイミングを誤れば仲間ごと刺しかねない攻撃である。平然とそんな戦い方をする敵に、楓が体を震わせた。

「この人達、仲間を傷付けることが怖くないのっ!?」

同じことを亜沙も感じて、声を荒げている。
自分達の命よりも、任務を遂行することに重きを置く。その心構えがなくては、裏の世界で生きる暗殺者にはなれない。だが、そんな非情な割り切り方は、表の世界で生きる少女達には理解できなかった。
理解できない相手の心に恐れを抱くが、ここで倒されるわけにもいかなかった。

「てぇいっ!!」

剣を突き出した相手の腕を、亜沙が繰り出した切っ先が切り裂き、動きが鈍った隙に回転させた薙刀の柄でその身を打ち据える。吹き飛ばされた黒装束は壁に激突して動きを止めた。
一人やられても尚、敵の動きはまったく乱れなかった。
黒装束の者達の非情さに楓達が戸惑っている間、シアは稟と一進一退の攻防を繰り広げていた。
パワーとスピードでは稟が上回っていたが、剣の腕前ではシアの方が一枚も二枚も上を行っていた。そのためシアは上手く相手の攻撃をかわしつつその動きを封じていたが、やはり決め手がないため焦燥感が募る。
何よりも、稟を相手に剣を向けている、という事実が精神的にきつかった。

「お願い稟くん! 正気に戻って!!」

呼びかけてみても、稟はまるで反応しない。ただ無機質な目でシアを見据えるだけだった。その視線が、シアの心を苛む。
あの稟が、自分がそんな目で見ていることが耐えられなかった。
いつも優しい目をしていた稟が。笑っている時も、怒っている時も、落ち込んでいる時も、悩んでいる時も、いつでもその表情の奥には暖かさを感じることができた。その暖かさで、いつもシアや他の皆の心を包んでくれていた稟が、今はまるで人形のような冷たさしか感じさせてくれない。
それがとても切なくて、悲しかった。

「稟くん・・・・・・」

目尻に涙が滲む。こんな稟は、見ていたくなかった。
思わず目を背けかけたのが災いして、稟の剣を受け損ねた。

「あ・・・っ!」

バランスを崩したところに、稟の蹴りがきた。
脇腹を掠めた一撃に、シアがむせ返る。よろめくシアに、稟はさらに追い打ちをかけようと迫ってきた。
その稟に向かって、キッと鋭い視線を浴びせかける。

「・・・この――バカ稟! あんたシアに向かって、何てことしてるのよっ!!」

左手を突き出したキキョウは、溜め込んだ魔力を一気に解き放ち、特大の雷を稟の頭上に落とした。

ズガァンッ!!

雷に打たれ、稟の体が仰け反る。

「キ、キキョウちゃん! やりすぎ――」
「――これくらいやってやれば、正気に戻るでしょ!」

シアは痛む脇腹を片手で押さえながら、動きを止めた稟を、ほんの僅かに期待を込めた目でじっと見詰める。
だがその期待は、顔を上げた稟を前に淡くも消え去る。稟の表情は、依然として冷たいままだった。
再び一進一退の攻防が始まる。
楓達の方の戦いは、佳境に入っていた。
ネリネの魔法が発動寸前にあることを敏感に感じ取った敵は、一気に攻撃を仕掛けてくる。楓と亜沙は、それを何とか防いでいるが、ネリネはその二人を巻き込みかねないため攻撃のタイミングを掴めずにいた。二人も、下手に下がれば魔法を発動させる瞬間のネリネを無防備に晒すことになる。
不利な状況を打開すべく、楓は意識を集中させた。
ここで倒されるわけにはいかない。その思いが、従来以上の力を発揮させる。

ダンッ!

思い切り床を蹴ると、楓は一陣の風となった。
電光石火の動きで左右の敵三人を一瞬にして退ける。鎖帷子の存在も関係ない。加速した楓の攻撃は、その防御力を貫く。
動きに僅かな怯みが出たところへ、亜沙が長い得物を力いっぱい振り回す。

「はぁああっ!!」

唸りを上げて薙ぎ払われた一撃を避けるべく、黒装束達が一斉に後退する。それが逆に、彼らの命取りとなった。

「楓さん、亜沙先輩、伏せてください!」

二人が同時に地面に倒れこむように伏せると、ネリネが全方位に向かって魔力を放出した。円状の閃光が走り、巻き込まれた黒装束は全員吹き飛ばされる。
魔法攻撃を回避した敵が二人、ネリネを狙って襲い来るが、一人は楓の双剣で斬り倒され、一人は亜沙が薙刀の石突を鳩尾に叩き込んで倒した。
全ての黒装束の者達は、これで倒された。起き上がってくる者はいない。
苦戦を強いられた楓達は、一先ずホッと息をついた。だがまだ、これで終わりではなかった。
まだ、稟が残っている。
三人がそちらへ向き直ると、脇腹に蹴りを受けた際のダメージで動きの鈍ったシアが稟に追い詰められつつあった。

「稟さま! シアちゃん!」
「こらっ、稟ちゃん! 目覚ましなさい!!」

ネリネと亜沙が声を上げてシアに加勢すべく向かっていく。楓だけはその場に残り、稟ではなく、それを見て忌々しげに顔を歪めているバジルの方へ向き直った。
視線に気付いたバジルが楓の方を向き、黒装束が全員倒されたことを知ってまだ表情を歪める。

「まったく、義仙の部下は本当に役に立ちませんね!」
「・・・・・・稟くんを、元に戻してください」

感情を押し殺した声で、楓がバジルに告げる。その言葉に、バジルは取り繕うように顔を振り、咳払いをして表情を整える。楓の方へ顔を向け直した時には、常に浮かべていた 人を見下したような余裕の笑みになっていた。

「そうですね。まぁ、ここまでくればもう彼は半ば以上用済みですし、そうして差し上げても構わないんですけどね」
「それなら・・・!」
「ですが! 残念ながら彼を元に戻すことはもうこの私でも不可能なんですよ」
「え・・・?」

明らかに演技とわかる仕草で、バジルは悲しげな声を上げて顔を手で覆う。

「彼の記憶や感情は完全に消去され、その上から私達に従うよう暗示をかけてある状態なので、たとえその暗示を解いたとしても、彼の失われた記憶と感情は元には戻らないのですよ」
「そんな・・・それじゃあ、稟くんは・・・」
「もはや生ける屍と変わりありませんよ。私の命令無しには食事や睡眠もろくに取ることができないのですからね。まぁ、私は男をいたぶる趣味はありませんが、彼はリシアンサス様を誑かす不貞の輩ですからね、少々憂さ晴らしには使わせてもらったりはしましたよ」

悲しむ仕草から一変して、愉快げに笑うバジル。楓は絶望的な面持ちで立ち尽くす。

「はっははははははどわぁっ!?」

笑い続けるバジルの足下に、突然飛来した剣が突き刺さった。

「バジル! あんたこんなことして、神王が黙ってるとでも思ってるの!?」

剣を投げつけたキキョウが怒りの形相でバジルの眼前に降り立つ。稟の方は、亜沙とネリネが二人して押さえ込んでいた。

「し、神王など、父上が目的を遂げた後には何ほどのこともありませんよ。それにしてもあなたは本当に乱暴ですね・・・。まぁ、その辺りは私のものになった時にじっくり調教させてもらいましょうか」
「誰があんたのものになんかなるもんかっ!」

粘りつくような視線を嫌悪し、キキョウが雷を落とす。それに打たれたバジルは、白目を剥いて倒れた。
キキョウは剣を手にとって振り返ると、シアに戻っていた。

「カエちゃんも手伝って! 何とかして稟くんを取り押さえないと」
「は、はい・・・!」

二人は稟の下へ向かって駆け出す。
しかし彼女達には、どうすれば稟を取り戻せるのか、まるで希望が見出せずにいた。







天井が近付くと、魔術的な装飾の成された扉があり、それを押し開けると外に出た。さらに続く階段を上りきると、ミッドガル城の最上部に出た。
強い風に飛ばされないように踏みとどまりつつ周りを見ると、街全体や、遠くに広がる地平線や、聳え立つ山々までもが見えて、この世のものとは思えない光景が目に映った。天の塔とはよく言ったものである。確かにここは、他のどんな建造物よりも天に近い塔だった。
そこに充満した魔力の渦が集中する場所、塔の中央にプリムラがいた。傍らに立ったガレオンはちょうど何かの儀式を終えたようだった。

「くっくっく・・・よくここまで来られたな。神殿騎士、義仙の配下ども、それにバジルと土見稟の守りも突破して辿り着いたことは褒めてやろう。だが、もう遅い!」

バッと手を振ってガレオンが指し示した先で、プリムラの体から光が放たれ、天へ向かって真っ直ぐに伸びていった。
凄まじいほどの魔力密度に、純一とさやかは顔をしかめる。

「なんつー魔力だ・・・!」
「何をするつもり・・・リムちゃん!?」

プリムラはトランス状態に入っているようで、呼びかけてもまるで反応しない。ただ、発せられる魔力はどんどん強さを増していく。

「いよいよだ・・・いよいよ我が野望成就の時!!」

恍惚とした表情でガレオンが光の伸びる先を見据える。
上空に立ち込めた雲を貫いた光は、徐々に太くなっていく。

「古の文献に記されし異形のモノども“デモン”、それを引き寄せるほどに魔力濃度の高まった地と、天に最も近きこの塔と、最強の魔道兵器プリムラ・・・全ての条件は揃った。今こそ、天の扉は開く!!」
「“デモン”・・・?」
「天の扉・・・だと?」

魔力密度はさらに高まり、それに伴って光も激しさを強めていく。眩しさのあまり、純一とさやかは目を瞑る。
そして、光が一気に弾けた。
大きな力の流れが、一つの方向に向かい、静けさを取り戻していく。

「「・・・・・・・・・」」

二人はゆっくりと目を開く。するとプリムラの眼前には、光の門のようなものが生まれていた。門の先は、上空へと伸びている光に繋がっていた。

「ついに・・・開いたぞ。天の扉・・・。くっくっくっく・・・さぁ、行こうかプリムラ、遥かなる天上世界へ」

ガレオンはプリムラを伴い、光の内へと入っていく。
純一とさやかはそれを唖然と見送っていたが、不意に純一は大きな舌打ちをした。

「くそっ、そういうことかよ!」
「純ちゃん?」
「行くぞ、さやか。かったるいことは、とっとと終わらせる」
「・・・・・・そうだね。行こうか」

さやかは、純一が何か知っていることに気付いただろう。しかしそれを問い質すよりも今は、この先へ向かった二人を止めることの方が先決だった。
未だに強い光を発している天の扉に向かって、二人は迷うことなく飛び込んでいった。














次回予告&あとがきらしきもの
 新陰流裏の者、黒装束達は雑魚としてはかなり強く、ゲーム的に言えばラストダンジョンで出てくるような雑魚敵なのだけれど最終決戦においては前座に過ぎず、まずは全滅。どんなに強くても雑魚は雑魚、と・・・。それはそうと、今回の最後で出てきた“デモン”という単語、タイトルにもあるこの名称が重要な意味を持つのは言うまでもないことなので、覚えておいてもらいたい。今はまだ名称だけだけれど、いずれ説明されることもあるであろう。
 能力紹介は十八人目。

土見 稟
   筋力 B   耐久 C   敏捷 C   魔力 D   幸運 ??   武具 D
 この数値は通常時のもので、操られてる状態の稟はこのステータスが全て1ランクずつアップしている。幸運が?なのは、多くの美少女達に慕われる幸運と、それを埋め合わせるような不幸とがせめぎ合って測定不能ということ。

 次回は、ソレニア編最終決戦もいよいよ激しさを増していき、それぞれが激闘を繰り広げる。