城内、いや、ミッドガルの街全体が騒然としていた。
突然起こった轟音、そして激震。城の一角からはもうもうと煙が立ち込めている。千年王城と呼ばれ、長きヴォルクスとの戦争において一度たりとも攻め込まれたことのない、ソレニアが崇める神意の象徴たるミッドガル城から白煙が上がっているという事実が、民衆に戦慄をもたらしていた。
さらに、城内の騒ぎは表のそれを上回る。どこからともなく飛来した真紅の球体によって城の一部は破壊され、そこから無数の黒い異形の魔物が溢れ出し、人間を襲いながら城内を駆け巡る。予想外の事態に兵は混乱し、城内は魔物を魔物が蹂躙していく。
そんな中、門兵も気付かぬ内に、一人の男が表門を通り抜けていた。
あまりに自然な足取りゆえにかえって不自然さを感じさせたが、誰一人としてそれに気を配る余裕を持ち合わせていなかった。

「・・・上か」

襲い掛かってきた魔物を一刀の下に斬り捨て、連也は頭上を振り仰ぐ。
目当ての相手がいる正確な位置はわからないが、少なくとも上層部には違いないだろうという当たりをつけていた。
だが、近場に階段の類は見えない。実はすぐ正面にエレベーターと呼ばれるものがあるのだが、連也にその扱い方がわかるはずもなく、その前を素通りして階段を探して城内の奥へと向かっていった。













 

真★デモンバスターズ!



第22話 集う仲間達















階下での騒ぎが大きくなっていく中、そこはまだ静けさを保っていた。
これまで上がってきた距離を考えれば、ここの広場はかなり最上階に近い位置だと思われる。
広間の内にいる人間は二十人ほど。純一、祐漸、ネリネ、シア、亜沙の五人に、バジルとその配下と思しき黒装束の者が八人と、一人風体の違う覆面の男、そして黒装束に捕らえられている楓。純一達は緊張した面持ちをしており、一人バジルだけが余裕を表情を見せていた。

「一応、頭の悪い方がいた場合でも理解できるよう言っておきますが、妙な動きをしたら、芙蓉楓さんの命はないものと思ってくださいね」

バジルの言葉に、純一達は顔をしかめる。
捕らえられている楓は意識はあるようだが、かなり消耗しているようでぐったりとしていた。そして、その喉下には黒装束の一人がピタリと剣の切っ先を突きつけている。
はっきりと自分の優位を確信しているバジルは、そのことがよほど楽しいのか、喉を鳴らすようにして笑っていた。

「バジルさん! すぐにカエちゃんを放して!」
「それは、あなたの態度次第ですな、リシアンサス様」

他の面々に対しては明らかに見下したような目をするバジルが、唯一シアに対する時だけは違う目をしている。だがそれは、決して目上の者を敬うようなものではなく、自分の持ち物を愛でるような、支配欲に満たされた目だった。その視線を嫌悪するように、シアは顔を背ける。
ネリネは悲痛な面持ちで楓の姿を見つめており、亜沙は怒りを堪えるように唇を噛み締めていた。
顔をしかめながらも、純一は冷静に状況を見極めようとする。こうなることはある程度予想できたことだったため、考えるべきはこの場をどう切り抜けるかだった。といっても、純一にできることはたかが知れている。ここはやはり、祐漸の機転に賭けるしかない。
横目で頼みの綱を見やる。その相手は、この場でバジル以外で唯一、余裕の表情を浮かべていた。
動揺など当然のようにまるで見られない。それどころか、見下した目をしているバジルのことを、逆に蔑むような顔をしている。

「まずはみなさん物騒なものは置いていただきましょうか。それからこの・・・芙蓉楓さんにもつけていただいている、体力魔力を吸収する手枷を、リシアンサス様以外の方々にはつけてもらいます」

ジャラジャラと音を立ててバジルが取り出した四組の手枷は、特殊な呪法が施されているようだった。相手の言い分通りなら、あれをはめられたら身動きを封じられるのみならず、大幅に能力を削られることになるだろう。そうなっては状況を打開するのはますます難しくなる。何か手を打つならば今の内だった。
どうするのかと見守っていると、祐漸に動きがあった。
相手の方へ向かって歩き出す祐漸。普通に、特に備えがあるようにも見えず、日常的に道を歩くような自然な感覚で歩き出していた。それがあまりに自然だったため、誰もが反応するのが一瞬遅れた。
数歩進んだところでようやくそれに気付いたバジルが、慌てて声を上げてそれを制する。

「な、何をしているのです!? 妙な動きをしたら・・・」
「ちょっと! 楓が人質になってるのわかってるの、あなた!?」

楓の身を強く案じる亜沙も声を荒げてその歩みを止めようとする。
前後から制止の声を受けて、祐漸の歩みが一時止まる。
思わず驚かされたバジルは、咳払いを一度して平静を取り戻し、また余裕の表情で言葉を発する。

「やはり物分りの悪い方がいたようですね。お仲間の命がかかっていることをお忘れなく。わかったなら、ゆっくりとお下がりなさい」

告げられるままに祐漸は下が――らなかった。
再び前へ向かって足を踏み出す祐漸の行動を訝しがって、バジルが顔を引きつらせる。

「な・・・何を聞いているのです、あなたは!? 下がれと言っているのですよ! 彼女がどうなってもいいのですか!?」
「待ちなさいっ、あなたまさか・・・!?」

その動きを制そうと飛び出しかけた亜沙を、純一は止めようとする。だが、それよりも早く亜沙を制したのは、ネリネだった。

「リンちゃん!?」
「・・・亜沙先輩、お願いします。ここは、祐漸様を信じてください」

ネリネ自身、そんな自分の行動が正しいのか不安に思っているようで、青い顔をしていた。純一としても、言いたいことは一緒だったが、不安はあった。祐漸は仲間を重んじる男ではあるが、本当にいざとなったら誰であっても切り捨てる非情さも持ち合わせていた。他に手がなければ、仲間であっても見捨てる。
今がその時でないとは信じたいが、はっきりとは言えない。だが、純一以上に祐漸という男を長く見てきたネリネも、祐漸を信じていた。ならばここは、やはり祐漸に任せるしかない。

「万が一の時は、私が責任を取ります」

強い口調で言い放つネリネに対し、亜沙はそれ以上何も言えずに歯を噛み締め、祐漸の背中を睨み付ける。もし楓を見捨てるような真似をしたら、その場で祐漸に斬りかかりそうな剣幕だった。
純一も前に視線を戻し、祐漸の行動をじっと見守る。
相手の予想外の行動に狼狽するバジルは、祐漸が前へ出るほど後ろへ下がっていき、楓を捕らえている黒装束のすぐ近くまで後ずさっていた。

「ええぃっ! あなたが悪いのは目ですか!? 耳ですか!? それとも頭なんですか!? 止まりなさいっ!!」

目が悪いわけではないが、祐漸の目は一もはや切バジルの方を見ていなかった。
耳も当然聞こえているはずだが、眼中にない相手の声は逆の耳から聞き流しているようだ。
うろたえながら、自分の声に耳を貸さない相手に苛立ち、狼狽と憤怒が入り混じったような表情を浮かべたバジルは、さらに口元を引きつらせながら無理やり笑おうとして顔を歪める。だが笑いきれず、その表情は歪なものになり、ひくひくと痙攣している。

「ま、まさか本気で・・・仲間の命を見捨てるつもりですか?」
「・・・・・・・・・仲間?」

そこではじめて祐漸が口を開き、足を止めた。バジルと楓のいる位置までの距離は、もう数歩といったところだった。 祐漸にとっては、その気になれば一息もかけずに踏み込める距離である。その距離まで詰め寄られた時点で既にバジルの負けに等しいが、祐漸はそれ以上動く気配がない。
背中を向けているため表情は見えないが、純一達からは祐漸が軽く肩を震わせるのがわかった。

「くっくっく・・・」

小さく笑い声を上げる祐漸を、バジルは気味悪げに見ている。

「な・・・何がおかしいのです?」
「おまえの滑稽さがだよ」
「な、何・・・?」
「よく聞け若造。勝手に一人で先走った挙句、敵に捕まるようなマヌケは、俺の仲間にはいない」

当然の事実を告げるような祐漸の言葉に、バジルが唖然とする。
同じく唖然としていた亜沙が、薙刀をきつく握り締めるのを見て、純一はその腕を押さえ込む。

「はなし・・・っ!」
「いいから! もう少しだけ・・・」

純一自身も、逆の手をきつく握り締め、掌からは薄く血が滲んでいた。
放心していたバジルは、数秒経ってようやく気が付き、顔を引きつらせる。

「そ、そうですか・・・い、いいでしょう・・・・・・その言葉がただの強がりだとしたら、後悔することです。やりなさい!」

配下の黒装束にバジルが命令を飛ばす。
祐漸は動かない。純一と亜沙はぐっと全身を強張らせ、ネリネとシアは目を瞑った。
次の瞬間起こりうる惨劇を誰もが思い描く。

「・・・・・・・・・」

数秒、経過した。その間が非常に長く感じられた。
だが、何も起こらない。
訝しがるバジルが引きつった顔で剣を手にした黒装束のことを見る。

「な・・・何をしているのです? は、早くやりなさい!」
「バ・・・バジル様・・・・・・」
「どうした!?」
「う、腕が・・・動きません・・・・・・」
「は?」
「おい、若造」
「へ?」

振り返ると、バジルのすぐ傍らには祐漸の姿があった。

バキッ!

そのことを認識する間もなく、バジルの顔面に祐漸の裏拳が入る。

「へぶらはっ!!」

床と水平に吹き飛んでいったバジルは、壁で跳ね返って二度三度床でバウンドしてからようやく動きを止めて仰向けに倒れた。

「取引や脅迫は相手と自分の器を比べてからやれ」

剣を構えた状態で腕が凍り付いて動けない黒装束の者を押し退けた祐漸は、楓を拘束している者のことも殴り倒した。
支えを失った楓が前のめりに倒れ込み、その体を祐漸が抱きとめる。その際に手枷が凍り付いて砕け散り、楓は両手を祐漸の腕に縋りつかせた。

「・・・・・・ごめんなさい、祐漸さん・・・」
「俺から言うことなどないと言ったはずだ」

掠れた声で謝る楓に対し、祐漸はどこまでもいつも通りの調子で返す。
固唾を呑んで成り行きを見守っていた純一達は、楓が無事だという事実にホッと胸を撫で下ろしつつ、二人の下へ駆け寄る。

「楓!」
「カエちゃん!」

亜沙とシアが先頭になって走り寄ると、祐漸は楓の体を放し、その身は二人の方に預けられた。抱きとめられた楓は、二人に対して安心したように笑みを向ける。

「シアちゃん、亜沙先輩・・・・・・よかった、先輩も、無事だったんですね・・・」
「ボクのことはいいの! ほんとにもう、心配かけて・・・心臓止まるところだったわよ!」
「待っててね、カエちゃん。今、治癒魔法かけるから!」

ここに至って、ようやく残りの黒装束達が動き出した。
逸早くそれを察知した純一とネリネが楓を庇うような形でそれに対する。祐漸は自分の横合いから切り込んできた相手に向かって氷の礫を打ち込んだ。以前同様、鎖帷子を着込んでいるようだが、祐漸の攻撃の前ではその程度のものはほとんど防御力などないに等しかった。
純一の剣とネリネの魔法を受けたあとの敵も後退し、純一は最後に残った覆面の男に向かって斬りかかった。
男は動く気配がなく、純一の剣がその体に届こうとした時――。

「駄目――ッ! 純一君!!」
「っ!!」

楓の叫び声を受けて、純一はぎりぎりのところで剣を引く。切っ先は、相手の覆面を斬るだけに留まった。
覆面が破れ、その素顔が露になると、皆の顔が驚愕に彩られる。ネリネ、シア、亜沙はもちろんのこと、似顔絵という形ながらその顔をしっていた純一も、それが誰だかわかって驚いた。

「稟さま!?」
「稟くん!?」
「稟ちゃん!?」

三人が声を張り上げる中、純一は後ろへ跳び下がる。
その男、土見稟は、顔のすぐ横を刃が通過したというのに表情一つ変えず、じっと虚空を見詰めたまま佇んでいた。明らかに普通ではないその様子に、ネリネ達の表情が曇る。
相手の方へ向かって油断なく剣を構えたまま、純一は楓の表情を窺う。楓は、今にも泣き出しそうな顔で、稟の姿を見ていた。
一体どうなっているのか、純一は考えを巡らせる。
稟がいた。それは良い。さやかが報せてきたため既にわかっていたことだった。
しかし、目の前にいる稟と思しき男にはまるで生気が感じられない。よくできた人形かと思われるほどに、表情がないのだ。だが、確かに生きた人間であることも間違いない。

「なるほど、そういうことか」

祐漸は早くも状況を理解したようだった。

「どういうことだよ?」
「平たく言って洗脳の類を受けてるな。楓があっさり捕らえられたのもこのためだろう」
「そういうことかよ・・・」

その時の楓がどんな様子だったか、今のネリネ達を見れば一目瞭然だった。
ずっと捜していた稟が目の前に現れて、しかもそれがあんな人形のような顔をしていれば心乱されもするだろう。そんな状態では本来の力を出せるはずもなく、それどころかひょっとすると、稟自身の手でやられた可能性もあった。
ようやく会えた愛する人が敵となる、それがどれほど悲痛なものか、想像したくもなかった。その時の楓の気持ちを思い、そんな真似を仕向けた元凶に対して激しい怒りを覚える。

「あんにゃろう・・・」

睨み付ける先には、潰れた顔面を振りながら起き上がるバジルの姿があった。

「ぐ・・・お、おにょれ・・・・・・わらしにこのような・・・」

鼻と口から血を流しながら立ち上がったバジルの顔はひどい有様になっており、呂律も回っていない。その顔を怒りで歪めているが、怒りの度合で言ったら純一の方が数倍上だった。
純一は剣を振りかぶってバジルの方へ向かって走る。

「てめぇ・・・ただじゃおかねーぞ!」
「だ、だまりなしゃい! ぶふっ・・・・・・義仙!!」

咳き込みながら誰かの名をバジルが呼ぶ。
すると純一の眼前に、音もなくその相手が姿を現す。まったく気配を感じる間がなかった。咄嗟に剣を振り下ろすが、それはあっさり相手に受け流され、体のバランスを崩される。
倒れそうになりながら踏みとどまったところへ、目の前から白刃が迫る。

キンッ!

胸元に剣を戻し、相手の剣を受け止める。だが同時に、脇腹に鈍い衝撃が走った。

「ぐっ・・・!!」

蹴りを受けてよろめく純一の首筋を狙って刃が閃く。
力いっぱい床を蹴って、純一は体を仰け反らせながら後ろへ向かって跳んだ。
床に手をついて後方宙返りをし、両足で着地する。
首筋に手をやると、指先に血が付着した。

「あぶねー・・・・・・」

紙一重で純一の頚動脈は裂けていた。容赦なく、正確に相手を殺すための剣を受けて、純一の体に震えが走る。
後ろにバジルを庇うように立っているのは、連也とよく似た侍の風体をした男で、整った顔立ちながら獰猛そうな雰囲気が見て取れる。手にした刀についた血を指先に垂らしながら、 男はニタリと笑ってみせた。

「仕留めたつもりだったが、なかなか見所のある小僧だな」
「そうかよ・・・」

ほんの一瞬の攻防だったが、この男の実力が身に染みてわかった。おそらく剣の腕は、連也に比肩する。それに、連也のそれと似ているような気がした。
男が手を掲げると、三十人余りの黒装束達が現れて、純一達を包囲する。
使う剣の感じといい、どうやらこの男が黒装束達の直接の頭領らしい。

「ご無事ですか、バジル様?」
「こ、これが無事に見えますか! 義仙、リシアンサス様以外は全員殺しなさい!」
「よろしいのですか?」
「構いません。どうやら父上の見立て通り、例の魔物どもが現れたようですからね。騒ぎとしては十分です」
「御意」

義仙と呼ばれている男が手を挙げると、黒装束達が一斉に剣を抜く。その動きにまるで乱れがない。人数は最初にいた者達も含めて四十人弱と決して多くはないが、相手の実力や統率の取れた動きから見れば、かなり手強い。
純一は他の皆がいるところまで、構えた状態のまま後退する。シアと亜沙は楓の回復を行っており、祐漸とネリネと三人でその周りを守るように備える。

「・・・どうする、祐漸?」
「あの若造、気になることを言ったな。あの魔物どもについて何か知っているようだ」
「ああ、そうだな」
「まぁ、今はそれより目の前のあれをどうするかだ」

祐漸が見据える先には、周囲で何が起こっても無反応に佇む稟がいた。

「私は父上の下へ行きます。来なさい、土見稟」

いくら呼びかけても何の反応もしなかった稟が、バジルの命令を受けて動き出す。他の何にも目もくれず、言われるままにバジルの下へ向かう。

「稟くんっ!」

シアがその背中に呼びかけるが、稟の歩む速度が落ちることすらなかった。

「待ってください! 稟さま!!」

懇願するようなネリネの声にも、まるで反応しない。

「稟ちゃん! ボク達の声が聞こえないのっ!?」

亜沙の叫びにも、何の答えも返らない。

「稟・・・くん・・・・・・」

搾り出すような声でその名を呼びながら、楓が稟の背中に向かって手を伸ばす。だが、その背中は遥か遠く、楓の手は力なく下に落ちる。
稟を伴ったバジルは、忌々しげに純一達のことを睨みながら、広間を後にした。
すぐに追いかけたかったが、少しでも動けば周りの黒装束達が阻みに来る。それがわかっているため、警戒の手を緩めることができず、結果その場から一歩も動けなかった。特に、バジルと稟が消えていった通路の側を遮るように立った義仙の存在が大きい。楓が回復しきっていない今の状況では、この男とそれに率いられた黒装束達を相手に守りに徹するしかなさそうだった。
舌打ちする純一に対して、状況の優位を確信する義仙が笑いかける。

「気の毒だが、主命なのでな。この場で始末させてもらうぞ」

グッと義仙が腕を挙げると、黒装束達が一斉に腰を落とす。
相手の攻撃に備えて、純一達の間に緊張が走った瞬間――。

ドォンッ!!

壁の一部が、内側から弾け飛ぶように爆発し、崩れ落ちた。
驚きながらも、黒装束達は冷静に崩れ落ちる瓦礫を避けていく。だが、包囲の陣形は一部崩れ、煙が立ちこめるその場所に、誰かが降り立つ気配がした。
熱気が微かに風を生み、煙が静かに晴れていく。
その中心で、人影が踊るようにクルリとまわってみせ、長い黒髪とスカートがふわりと揺れる。
十分に溜めを作ったところで、彼女は厳かに口を開いた。

「綺麗な涙は友愛の証、可憐な笑顔は世界の至宝――」

パッと顔を上げながら、一気に弾んだ声調に変えてその名を告げる。

「かわいい子の涙と笑顔と正義の味方! 萌える炎のらぶりーばーにんぐ♪ 白河さやか、只今参上です!!」

どーんと背後で爆発が起こり、その登場が演出される。
だが、誰一人としてそのノリについていける者はなく、いずれも呆れるか訝しがるか放心するかだった。完全に無視しているのは祐漸一人だった。
仕方ないので唯一対応してやれるであろう純一がつっこむことにした。

「おまえ・・・何やってんだよ?」
「あれ? みんなノリ悪いなぁ」

首を傾げながらさやかが純一達のところに寄ってくる。服があちこち煤けているのが気になったが、一日振りに会ったさやかは相変わらずの元気を振り撒いていた。
シアと亜沙が「誰?」と訝しげな表情で聞いてきたので、簡単に説明する。といっても、彼女という人間を一言で説明するのは、簡単なようで非常に難しい。あえて言うなら、見た通り、といったところか。そう言うと二人とも、不思議がりながらも頷いて納得していた。曰く、色々とはっちゃけた知り合いがいるのでこうした手合いには慣れているとのことだった。
世の中は変人だらけ、と純一はしみじみ思った。

「純ちゃん? 何か失礼なこと考えてない?」
「気のせいだ」
「そ。ま、いいや。ただいまー、祐君♪」

思考を読まれたことを隠す純一のことはすぐに興味から外れたようで、さやかは楽しげな笑顔を浮かべながら祐漸の横に立つ。

「随分都合のいいタイミングで出てきたな」
「あ、やっぱり? でしょでしょ♪」
「で、いつからいた?」

祐漸の問いかけに、さやかは笑顔のまま固まる。純一も、今の言葉は聞き逃さずに追及すべきその顔を覗き込んだ。

「いつからって・・・さやか?」
「・・・・・・んーとね、さっきまでいた人が、一応頭の悪い人がいた場合にも理解できるようにうんたらかんたら、って辺りから」
「ほとんど最初からじゃねーか!!」
「あははっ、まぁいいじゃないの、そんなことは♪」
「そうだな」

あっさり流す祐漸の言葉に、純一は疑念を抱く。だが、さらなる追求を祐漸はした。

「それはそうと、一番最初に騒ぎが起こったのは、例の魔物どもが現れるよりも、俺達が動き出すよりも前だったな?」
「・・・・・・そうだったっけ?」

さやかの目が泳ぐ。まさか、と純一も祐漸の言わんとしているのと同じことを思ってさやかの顔を正面から見る。するとさやかはあからさまに顔を背けてみせた。

「ついでにその時、断続的に炎の魔法による爆発音が響いていたな」
「そうなんだ〜」
「おまえの仕業だな」

断定する祐漸に対し、さやかはしばらくの間固まっていたが、バッと振り返った時には目尻が釣りあがっていた。

「だってしょうがないじゃない! 転移してたらいきなり兵士さん達のど真ん中に出ちゃって、失礼しましたー、って笑顔で挨拶したのに追っかけてくるんだもん!!」
「おまえが元凶かよっ!? ってか何逆ギレしてんだよ!」

一番最初、まだ慎重に行動しようとしていた時に騒ぎを起こしていたのはさやかだった。 お陰で途中神殿騎士などというとんでもない敵と対することになり、また楓を人質に取られて冷や汗を掻かされることになった。一応楓を助け出すことはできたのだから結果オーライと言えないこともなかったが、もう少し上手く立ち回りようがあったような気がしてならない。

「そもそもそれも迷子になってたおまえが悪い」
「迷子じゃないもん、道に迷ってただけだよ。それに、そのお陰でリムちゃん見付けたんだからむしろプラス?」
「リムちゃんを!?」

ネリネが声を上げ、シアと亜沙も驚いた顔でさやかを見る。

「うん、ちょっとドジって逃げられちゃったけど、追っかけてここまで来たの。あ、そのついで拾い物があったんだ。はい、カエちゃん」

三人に笑いかけた後、さやかは手に持っていたものを楓に向かって差し出す。ベルトに括り付けられた二本の鞘に納められているのは、楓の双剣だった。

「あ・・・・・・」

目の前に差し出された自分の剣を、楓は呆けた顔で見詰める。何故か、すぐに受け取ろうとはしなかった。
周囲に目をやると、壁の崩落で足並みの乱れていた黒装束達は改めて包囲網を敷いていた。義仙も瓦礫から逃れて立ち位置が少し変わっていたが、健在だった。だが、バジルと稟が向かった方向にはこれで黒装束が数人。義仙さえ抑えれば、数人は突破できそうに思えた。
この中で確実に義仙の相手ができるのはおそらく祐漸一人である。
純一は思いついた方針を祐漸と確認しあうべく、その顔を窺う。だが、祐漸はまるであさっての方向を向いていた。

「祐漸?」
「どうやら、役者が揃ったな」
「?」

何かと思って純一と、それに義仙もその視線を追って、目を見張った。
崩れていない壁の上の方、光を取り入れる窓の一つに、人影が張り付いていた。
窓の向こう側で光が一閃し、枠ごと窓ガラスが切り刻まれ、人影な中に侵入してくる。床に降り立ったその姿を見て、義仙の表情に狼狽の色が浮かぶ。

「貴様・・・!」
「連也!」

刀を手にした侍の風体をした男は、紛れもなく連也であった。何故ここに、という疑問よりもまず、どうやってここに、という疑問の方が強く浮かんだ。
ここは地上五百メートル余り。一体どうすればそこの窓から入ってくるというのか。

「おまえ・・・何でそんなところから・・・?」
「途中、道が塞がっていたのでな。外壁を伝って来た」

事も無げに連也は言う。確かにところどころに足場はあったであろうが、それでもほとんど垂直の壁が続いている外壁をこの高さまで上がってくるとは尋常ではない。さすがにこの男も、なんとなくなどという理屈で祐漸と共にいる男だった。驚かされるやら呆れるやらで、言うべき言葉が見当たらなかった。
しかしこれで、仲間が全員集結したことになる。
時々ついていけなかったり、無茶を要求されたり、頭を抱えさせられたりとかったるい思いをさせてくれるが、全員揃っているとこれほど頼もしいことはない。
まだ状況が良いとは言えないが、こうして集った以上は少々の困難は容易く乗り越えられる気になれた。
壁際から純一達の下へやってきた連也は、義仙に向かって刀を構える。

「祐漸、純一。あの男は拙者が斬る。お主達は先へ行け」
「連也・・・おまえ、あの男とは・・・」
「語るほどの間柄ではない。ただ、斬るか斬られるか、それだけの男だ」
「そうか」

語るほどではない、ということは、語る気がないということだった。元々自分のことはあまり話さない男である。これ以上追求しても答えは返らないだろう。
奥へ向かった稟のことも追わなくてはならない。だが、連也一人で、さすがにこの場にいる全員を相手できるか。

「連也、私闘の相手はあの男一人か? それとも、この場にいる連中全員か?」

祐漸の問いに対し、連也はしばし目を閉じて黙考する。そして少しして、答えを口にした。

「――あの男一人だ」
「なら、雑魚掃除は手伝おう」
「かたじけない」
「おまえらは先に行け。道は俺が切り開いてやる」

数歩、祐漸は前に進み出る。それに応じて義仙が動こうとするが、連也に向けられた切っ先を意識してほんの僅か動くに留まった。
道を塞ぐ黒装束達と対峙しながら、祐漸は一度足を止め、振り返らずに口を開く。

「楓、いつまでそうしてるつもりだ?」
「・・・え?」

声をかけられた楓は、いまだ床に腰を落としたまま、さやかが差し出す剣を見詰めていた。その視線を、ぼんやりと祐漸の背中に向ける。

「そんなところで蹲ってる暇がおまえにあるのか?」

告げられた言葉に目を見開き、楓は目の前にある剣に視線を戻す。
じっと見詰めた後、それをさやかから受け取り、立ち上がった。既に体力の方は回復していた。
それを気配で感じ取った祐漸は、手をかざして前方目掛けて無数の氷柱を撃ち込む。
降り注ぐ氷柱を避けるべく、黒装束達が左右へ散っていく。それを追ってさらに祐漸は氷柱を撃ち、進むべき通路までの道のりを作る。

「行け」
「行くのはいいけどよ、もう大分遠くまで行かれちまってるぞ? どっちへ行けば・・・」
「たわけが少しは頭を使え。気付かないのか?」
「は?」
「さっきから魔物どもの姿が見えん。下の騒ぎはまだ収まっていないにも関わらずだ。魔力に反応する奴らが、俺、ネリネ、リシアンサス、亜沙がいるこの場にまるで現れないのは、それ以上の魔力を感じ取っているからだ」
「そんな奴が・・・」
「います。リムちゃんです」
「そういうことだ」

ネリネが告げた答えに頷く祐漸。即ち、魔物の群れが目指す先に、プリムラがいるということで、そこへ稟も向かった可能性が高いということだった。

「わかったらとっとと行ってやることをやってこい。俺に面倒をかけさせるなよ」

祐漸が黒装束達を牽制している間に、純一を先頭に一行は通路の入り口目指して走った。



純一達がいなくなると、広間には祐漸と連也、それに義仙とその配下の黒装束だけが残った。黒装束の残りは、三十五人。
義仙と対峙しつつ、連也は他の敵にも気を配る。それと背中合わせに立って、祐漸はそれ以外の相手の姿を見渡す。一目で、いずれも並の使い手でないことがわかる。構えにまるで隙がなく、一人一人の動きが見事に統制が取れていた。これならば確かに、他の面々では苦戦させられるかもしれない。
だが、今その者達に囲まれているのは祐漸と連也である。この二人は、並ではない、程度ではありえなかった。
現に、祐漸が睨みを利かせているだけで、黒装束達は誰一人として、純一達の後を追うことができずにいた。背中を向けたら一瞬でやられる。そのことを理解しているのだ。
詳しい事情は知らないが、相手は連也と同じ流派の剣を使うらしい。
両手に氷刀を生み出し、無造作に構える。相手のそれに比べたら、おそらく見るからに隙だらけの構えだろう。

「新陰流暗殺剣の使い手が三十五人か。少しは楽しめそうだな」

祐漸は剣の達人ではない。生まれてこの方、まともな剣術の類を修得したことはなかった。純粋な剣の技ではおそらく純一よりも劣っているだろう。
剣技は、全て実戦の中で培ってきた。
平和な世の中とは言っても、大陸各地で小さな紛争は尽きなかった。数百年も三種族が争ってきた大陸である。両王家が盟約を結んだとて、そう易々と紛争の種がなくなることなどない。そんな地域を、祐漸は幼い頃から巡ってきた。そうして全てを学んできた。生まれ持った絶大な魔力に頼るばかりでなく、その一切を封じながら体一つで戦う術、生き残る術を、実戦の中で全身に叩き込んだ。その経験の果てに、今の最強を自負する祐漸という男は完成した。
そうやって会得した実戦剣法と、百年以上技巧を凝らして磨き上げられた剣術流派と、どちらが優れているか比べてみるのもおもしろい。
本当は頭目たる義仙と戦ってみたいところだが、あれは連也の獲物だった。邪魔をする気はない。
その連也は、周りに気を配りつつも、真っ直ぐに義仙を見据えていた。

「義仙、今度は逃げられんぞ」
「ほざけ。貴様などに我が野望の邪魔をされてなるものかっ」

野望、と聞いて祐漸は思わず失笑した。
あのバジルという程度の小物に仕えているようでは、どんな野望であっても成就には程遠いであろう。その父親だというガレオンとやらのことは直接見ていないが、さやかがカメレオンの絵で表現してきた程度の男である、これも大した器ではあるまい。さやかはどうしようもなく能天気で頭の上に向日葵でも生やしているようなおてんこ娘だが、人を見る目は確かだった。
土見稟とプリムラという有力なカードを手に入れて何を企てているか知らないが、己の器の小ささも量れないような小物が、誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてやらなくてはならない。














次回予告&あとがきらしきもの
 全員集合の回。ちなみに、ずっと大きい大きいと表現してきたミッドガル城だけれど、具体的に言うと東京ドーム以上の広さと東京タワー以上の高さがあると考えてもらえればよいかと。もちろん、上へ行くほど狭くなってはいくのだけれど、それでも現代の建築物よりも大分大きなものであると想像してもらえれば。
 さぁ、いよいよソレニア編もクライマックスへ向けて加速していく。
 能力紹介、十七人目。

プリムラ
   筋力 D   耐久 D   敏捷 C   魔力 A++  幸運 B   武具 ??
 人工生命体の魔力は九王クラスをも凌駕する。それ以外の能力は低いが、破格の魔力だけでも十分すぎる脅威であろう。

 次回は、ミッドガル城の最上部、天の塔にて繰り広げられる戦い・・・。