神殿騎士。光と称えられし、神意の代行者。その権限は時に神王すらをも凌ぎ、その力はヴォルクス九王にさえ匹敵するという。
実際に対峙してみて、それが決して誇張ではないという事実を純一は肌で感じていた。

(強いな・・・このおっさん)

今の気持ちを正直に述べると、かったるい。
以前一度戦い、勝った実績のある祐漸や、その祐漸をして唸らせる使い手たる連也と、改めてまともに戦いたいかと問われれば、純一は即座に首を横に振る。純一はバトルマニアの類ではない。剣も魔法も、上を目指して常に修行を積んではいるが、それで自分より強い相手と進んで戦っていきたいかというと、否だった。
戦うべき時に戦う力を持つ、それは良い。だが、自分から戦いの内へ入っていこうとも思わない。
そんな純一にとって、これほど強い相手との勝負を望むことなどありえなかった。かったるすぎるのだ。といって、和菓子を差し出して見逃してもらうなどという冗談が通じる相手とも思えない。

「勇ましいな、少年。それに度胸も良い。私を前に平常心でいられる者は昨今そう多くはないぞ」
「褒めてくれてるとこ悪いけど、全然平常心じゃないから」

逃げたいという心と逃げるわけにはいかないという心がせめぎ合っているところだった。
チラリと後ろの様子を窺うと、そちらは既に始まっていた。レオナルドというもう一人の神殿騎士が長剣を振り下ろすのを、祐漸が氷の盾で防ぎ、その余波が突風を巻き起こしていた。よく見れば、氷の盾の表面に、レオナルドの剣が僅かに食い込んでいる。鉄壁の氷魔壁を僅かとはいえ砕くとは、やはり神殿騎士は並の使い手ではない。
一瞬あっちの方が楽だったかも、と思った期待はあっさり霧散する。祐漸がこっちを譲ったのは、あちらの方が僅かに強いと判断したからに他ならなかった。 といっても、そこらの野良犬程度の純一から見て、相手が獅子だろうと虎だろうと如何ほどの差があるというのか。

「ったく・・・かったりぃな、ちくしょう」

桜華仙を構えて、純一は眼前の虎、神殿騎士ガディフォールと対峙する。













 

真★デモンバスターズ!



第21話 対神殿騎士戦















瓦礫を押し退けて、義仙は立ち上がり、周囲の様子を窺う。近くに人の気配はない。それを確認してから、自分の下からバジルの体を引き上げた。

「ぐっ・・・一体何事だ!? 義仙!」

すぐに義仙の傍らに黒装束の者が一人現れ、耳打ちする。
それを聞いた義仙は短く命令を伝えると、バジルの横に跪く。

「どうやら、賊が侵入した模様です」
「何だと!? まさか・・・」

芙蓉楓の仲間が彼女を救出しにやってくるだろうとは予測していたが、まさかこれほど早いとは予想外だった。リシアンサス王女の先導でいずれのかの隠し通路を取って潜入してくるだろうと予測していたため、あちこちに義仙の配下を置いて監視させていたのだが、突然の爆発で壁と天井が崩れ、今まで生き埋め状態になっていた。咄嗟に義仙に庇われなければ 危ないところだった。
細かい情報がほしいところだったが、近くの通信端末は尽く壊れているようだ。次々に義仙の下に寄せられる情報を、苛立ちを抑えながら待つ。

「義仙、状況は?」
「はっ。現在上層部中央大広間にて、王女を含む五人を衛兵達が包囲しているようです。それに、神殿騎士のガディフォール殿とレオナルド殿が交戦中とのこと」
「何? それでは・・・いやしかし・・・・・・」

あの二人が鎮圧に向かったのでは、すぐに賊を取り押さえてしまう可能性があった。それでは困るのだ。
バジルと彼の父ガレオンの狙いは、侵入者として彼らを捕らえ、それを“わざと逃がす”ことで騒ぎを起こさせ、それに乗じて目的を遂げるというものだった。
向こうから騒ぎを起こしてくれたのはむしろ好都合ではあったが、まだ準備が整っているかはわからない。父は、準備が整うのはもはや時間の問題と言っていたが、それでもまだ少しはかかるはずだった。
とにかく、状況が自分達の想定範囲外で動いているのが問題だった。何とか主導権を握らなくてはならない。

「バジル様、一つ不審な点が」
「何です?」
「最初に騒ぎが起こった場所と、今発見されている賊達がいる場所とが離れ過ぎております。賊が二手に分かれているのか、別の組なのかはまだわかりかねますが・・・」
「ふむ・・・三十秒待ちなさい、義仙」

逸る心を抑え、バジルは平常心となって思考を巡らせる。上手く立ち回って、状況の主導権を握らなくてはならない。自分達の持つカードと、現在集まっている情報とを照らし合わせ、最も確実に理想的な状況に持ち込むためには――。

「・・・・・・よし。義仙、中央大広間の天井を爆破するのです。賊の別働隊の仕業を見せかけてね。ガディフォールとレオナルドから賊を引き離し、天の塔中層部まで誘導しなさい。私はそこで賊どもの足止めをしますので、おまえは父上の下へ行き、事を進めてもらうよう言いなさい」
「承知いたしました。では、何人かお供につけまする」
「ああ、頼みますよ。おまえも父上への報告が済んだら戻ってきなさい。ただし、呼ぶまで姿を見せる必要はありません」
「はっ!」

音もなく義仙の姿が消える。
それからバジルはさらに二、三考えを巡らせると、来た道を引き返していった。







舞台は再び、中央大広間。
長剣を振りかざして、レオナルドが祐漸に向かって鋭く踏み込む。唸りを上げて振り下ろされた剣は、相手の直前で発生した氷の盾に阻まれる。だが、剣の切っ先は僅かにだが盾に食い込んでいた。
それだけではない。一度目より二度目、二度目よりも三度目の方が、氷の盾の発生する位置が祐漸の体に近くなっていっている。
下がったかと思うと、電光石火の勢いでレオナルドは四度目の斬撃を繰り出す。

ガッ!!

これも氷魔壁に防がれたが、壁の発生速度を、徐々に斬撃の速度が上回りつつあった。その分、壁に食い込む切っ先も深くなっていく。
五度目。それまで直立不動で攻撃を受けていた祐漸がはじめて首を僅かに横にそらせる。顔の横ぎりぎりで、剣と盾とが交差していた。間違いなく、レオナルドの剣は一撃ごとに速度も威力も増して行っている。
次は防がせはしまいと、レオナルドは必殺の一撃を繰り出そうと腰を深く沈めて剣を構える。
祐漸も軽く右腕を胸の高さまで挙げて、それに備える。最初から守りに徹した祐漸を、たった五度の攻撃で余裕を無くさせるとは。噂通り、いやそれ以上だった。

「なるほど、大した奴だ。さっきは適当にあしらって悪かったな。改めて、この氷帝祐漸が相手してやる」
「望むところ。なれば次の一太刀、全力で行かせてもらおう」

その一言で祐漸はこの男が、自分に名乗らせるために小出しに剣を振るっていたことを知った。ヴォルクス九王家にその名を轟かせる氷帝を知らぬわけではあるまいに、それを相手に 何とも大胆不敵な男である。そんな豪胆さが気に障りもし、気に入りもして、次の一撃は祐漸も正面から受け止めるべく構えた。

「参る!!」

ダンッ、と床を蹴ってレオナルドが疾風の如き速さで踏み込む。そこから繰り出される一撃は、まさに迅雷の如く。
速度、威力ともに申し分ない一撃が、祐漸の頭上へ振り下ろされた。

バァンッ!!

右手を眼前に突き出し、全開の氷魔壁でそれを受け止める。
攻撃と防御、二つの衝撃がぶつかり合って激しい余波を生み出す。
数秒間の押し合いの末、両者は後方へ同時に弾け跳んだ。
剣は防がれ、氷の盾は砕けた。二人の激突は、まったくの互角であった。
後退するレオナルドに向けて、祐漸は無数の氷柱を頭上に生み出して撃ち込んだ。降り注ぐ氷柱に対し、しかしレオナルドはそれ以上退くことはせず、逆に低い体勢で前へと出た。
氷柱の下を掻い潜り、レオナルドは祐漸の懐まで一気に駆け、下から剣を振り上げる。

ギィンッ!

剣と盾が再び交差する。今度は押し合いはなく、一瞬で弾き合った。
横へ流れた剣を即座に返し、レオナルドは二撃目を繰り出す。これを祐漸は左手に氷の刃を形成して受け流した。まともに受けていては、一瞬で形成した程度の氷の刃では砕かれる。加えて、 右手だけで防ぎきるつもりでいたというのに、意図せずに両手を使わされたことにも驚かされた。
受け流された剣を再度切り返して三度目の斬撃を振り下ろされる。反撃する間すら祐漸にはなかった。

「チッ」

それどころか、僅かに後退しながらそれを避けさせられた。
床を砕くかと思われた剣は、すれすれで切り返され、またしても祐漸の体を狙う。これだけの速さと鋭さを保ちながらの連撃は、さしもの祐漸も余裕を持って防ぎきれるものではない。
後退する祐漸に追い縋るように踏み込み、レオナルドは斬撃を繰り出し続ける。
だが祐漸は、下がりながら口元を歪めてみせた。

「フッ、騎士道精神が過ぎるな。正面からの剣だけなら読み切るのは容易いぞ」

剣を振るうレオナルドの視界から、祐漸の姿が消える。
一瞬で相手の背後へ回った祐漸は、右手に生み出した氷刀を振り下ろした。

ギンッ!

完全に動きを見切って後ろを取ったはずだった。が、不意打ちとなったはずの一刀はレオナルドが背中へ回した剣によってあっけなく受け止められ、相手の体勢を崩すことすらできなかった。
さしもの祐漸も、これには目を見張る。

「同じようなことを、幾度も言われたことがある。相手の死角をつくのも立派な戦術には違いないだろう。だがそうした者達を、私は常に正面から打ち破ってきた。我が騎士道に、正々堂々以外の戦術はない!」
「・・・大した自信だ」

祐漸は一旦後ろへ下がり、振り返ったレオナルドと正面から向き合う。
数々の戦いを経験してきた祐漸の戦術には、正々堂々などは一つの選択肢としてしか存在していない。相手の死角をつき、確実に勝つ道を選ぶことも時には厭わない。楽しむための戦いならば、相手の得意分野で受けて立とう。勝つための戦いならば、如何様な手を使っても勝つことのみを考えて動こう。
しかし今祐漸の心を満たすのは楽しむことでも、ただ勝つことでもなかった。
正々堂々と信条とするこの男の騎士道、結構だった。だがそれは、その信条をもっていかなる敵をも倒してみせるという自信の表れに他ならない。 氷帝と呼ばれ恐れられる、この祐漸を相手にしてすらも。
神殿騎士レオナルドは強い。この戦いを楽しむのも悪くない。だが、ただ勝つだけでは祐漸の気は収まらない。正々堂々正面から戦えば勝てるという相手を小細工をもって仕留めるなど、祐漸のプライドが許さなかった。
相手がそれを望むならば上等であった。正面から戦ってその自信、叩き潰してくれよう。

「来い、神殿騎士。格の違いを教えてやる」
「・・・いざ!!」

レオナルドが床を蹴って踏み込む。今度は祐漸も、同時に前へ出ていた。

ギィンッ!!

両者の剣が中央で激突し、弾き合う。
立ち位置を僅かに横へずらしながら、弾かれた剣を再び振るう。
二度、四度、八度と剣戟の音が響き渡る。片手で氷刀を操る祐漸は、徐々に相手の長剣の威力を捌き切れずに押され出す。
左手にもう一本氷刀を生み出し、二刀の速度をもってこれを押し返した。
激しく十数度打ち合った後、一旦両者離れ、同時に横へ駆け出す。
数歩進んだところで、もう一度互いに踏み込み、剣を打ち合わせた。
足下を狙うレオナルドの剣を跳躍してかわし、頭上から二刀を振り下ろす祐漸。体を後ろへ逸らせながら頭上からの斬撃をかわし、下から掬い上げるように剣を振るうレオナルド。祐漸は二刀を交差させてこれを受け止め、その威力を利用して後ろへ跳ぶ。
床へ降り立った祐漸と、後ろへ体を逸らせたレオナルドが体勢を立て直し、相手に向かって踏み込んだのがこれまたまったくの同時だった。

ガッ キンッ ガギィンッ!!

相手の僅かな隙も逃すまいと二人は剣を振るう。
斬撃の速度、威力ともに、両者まったくの互角である。激しい打ち合いは決着が見えないように思えた。

「おぉおおおおおお!!」
「ぬぅうううううううんっ!!」

あくまで正面からの攻撃に拘りながら、二人の戦いは果てしなく続いていた。



「・・・あっちは派手にやってるな」

純一は片膝をつき、剣を眼前に突き立てていた。
体のあちこちには、致命傷ではないがいくつか傷を負っている。対して、それを成した相手の側は無傷。鎧に剣を受けた跡すら残っていなかった。
それなりに技を凝らしたつもりだったが、剣の腕に歴然とした差があった。

「祐漸殿が背中を任せたからどれほどのものかと思えば、その程度か少年?」
「バカ言うなよ。あいつがいつ俺なんかに背中を任せた? あいつがそんなかったるいことするかよ」

二人は今、それぞれ勝手に戦っているだけである。仮に今、純一が抜かれてガディフォールが祐漸の背中に攻撃を仕掛けようと、あの男は普通に防いでみせるだろう。最初から純一を背後の守りとして期待してなどいない。あの男が本気で背中を任せた相手など、純一の記憶の中では連也とさくらの二人しかいなかった。
ただ単に、二人同時に相手をするのは面倒だから片方を純一に任せている、それだけのことだった。少しだけ純一を立てている部分もあるのであって、決して信頼されているわけでもない。
信頼されていないことに対しては、特に何も感じない。むしろあの男に信頼されることの重圧の方がかったるかった。
人には分相応というものがある。それ以上の役割を、純一は自分で成そうとは思わないし、また人から期待されたくもなかった。

(ま、それはともかくマジ強いな・・・)

やはり世の中は広い。祐漸や連也ほどの使い手がそんなにごろごろしていて堪るものかと思っていたが、今祐漸と戦っているレオナルド、それに目の前のガディフォールも、とんでもない実力者だった。
本気を出されたら、純一では足止めにもならないかもしれない。このままでは。

(ちょっとした魔法で小細工、なんてのも効かないだろうな。あの鎧、対魔法防御が半端じゃない)

さすがは神殿騎士、装備も一流ということか。昨日黒装束達と戦った時のように、小手先の魔法で撹乱した程度ではビクともしないだろう。
だとすれば、勝つ手段があるとすればただ一つ。
桜華仙の力を使う以外の道はなかった。
とはいうものの、この相手を打倒するには相当の力を引き出す必要がある。ちょっと小出しにした程度では、小技の魔法を使うのと大して変わらない。かといって、祐漸と戦った時や、ローグ山脈の時のような大出力の一撃ならば確かに勝てようが、城の一部をかなり吹き飛ばすことになる。それは色々な意味でまずい。

(アレを試してみるしかないんだろうが・・・・・・かったりぃな)

何とか桜華仙を使わずに切り抜けられる手段はないものかと、純一は考えを巡らせる。
敵を前にそんな風に考え込める純一の大胆さを不気味に思ったか、ガディフォールは警戒してひと思いに攻めてこない。一気に攻め立てられれば純一はひとたまりもないのだが、相手はさすがにある程度歳を重ねているだけあって慎重なようだ。その慎重さが、今は逆に思いきった動きを封じてしまっている。
ならば、しばらくはハッタリで時間を稼げるか。その間に祐漸が向こうの決着をつけるか、或いは別の何かが起こるか、とにかく純一は他力本願に構えていた。

「さて、この上抵抗するようならば、もはや容赦はせんぞ?」
「それは困るな」

他力本願はいきなり絶望的だった。
それでも純一は、表向きは余裕を保っているように見せかける。
すると、背後に誰かが立つ気配がした。それも、三つほど。
振り返ると、剣を構えたシア、両手に魔力を溜めたネリネ、それに長い包みから青龍刀のような大きさの薙刀を取り出して手にした亜沙の姿が目に入る。いずれもやる気満々の様子だった。

「ほう、姫様、これは如何なるつもりですかな?」
「朝倉君は友達なの。それに、今は大事な用があるから、ここで捕まるわけにはいかない」
「このような騒ぎを起こして、どんな用向きですかな?」
「それは・・・・・・」

城の人間に余計はことは話さないというのは、純一と祐漸の方針として予め皆に伝えてあった。
話し合いで解決することも世の中にはいくらでもある。だが、国というものはそれだけでは御しきれない部分があるものだった。呑気に話し合っている間に事が手遅れになる場合もある。だからやるからには力ずくで、それが彼らの論理だった。
純一は、三人の少女達の前で立ち上がる。

「おまえらは下がってろって。このおっさんの相手は俺だろ」
「やられっぱなしのくせにかっこつけてる場合?」

亜沙が痛いところをついてくる。だが男として、女達に助けられて後に引くというわけにもいかなかった。そんなことになったらこの場にいない誰かさんと、後ろで戦ってる誰かさんに何を言われるかわかったものではない。他力本願といっても彼女らに助けられるのはかったるいことになる要因だった。

「朝倉君」
「朝倉様・・・」

シアとネリネが心配そうな表情で見てくるのに対して、純一は不敵に笑ってみせた。あまり祐漸のように様になる笑みではなかったような気がするが。

「仕方ない。いっちょ奥の手を出すとしますか」

これ以上時間稼ぎをしても、祐漸の方の戦いも終わりそうになく、別の救援もなさそうだった。そもそも、あまりのんびりしている時間があるわけではない。楓を助けなくてはならないし、その上で土見稟、プリムラまで捜し出す必要がある。
やることが山済みだというのに、時間稼ぎもあったものではない。
衛兵だけが相手なら適当なやりようもあったのだが、神殿騎士などという大物が出てきたのでは、さすがに純一もかったるいばかり言っていられなかった。

「来るか少年。その心意気や良し」
「頼むからそういうノリは他の奴相手にやってくれ」

熱血は純一の芸風ではない。
適度に怠けながら、適当なところで少しだけ決める。それが純一の望むところだった。
軽く構えた桜華仙の宝玉が光を発し、切っ先から力を溢れ出る。その力の密度を警戒して、ガディフォールの表情が引き締まる。すぐにこの力を脅威と感じて頭を切り替える判断力もさすがに一流の使い手だった。

「朝倉様、それは・・・」

少女達の中で唯一桜華仙の力を知るネリネが、心配げな声を上げる。以前見せたような威力を出しては、強すぎると懸念しているのだろう。
身振りで言いたいことはわかっていると伝えると、純一はさらに剣に宿る力に念を込める。
刃にまとわりついていた桜色の力は、少しずつ柄へと下りていき、さらには剣を握っている手から腕、そして全身に向かって伸びていく。桜華仙から発する力の流れが、純一の体全体を覆っていた。その力は、静かだが強大で、安定している。

(ここまではよし、と・・・後は動き回っても安定してるかどうか)

これが純一が新しく考え、少しずつ実践するするべく模索していた桜華仙の新しい使い方だった。ただの大砲として使うのではなく、その膨大な力を身にまとうことができたなら、攻撃力・防御力・スピード、全てを爆発的に高めることができるかもしれない。
本当にそんなことができるのかはわからないし、しかも扱いが相当難しいだろうことも予測できたことで、まだ実験中の技ではあったが、この際出し惜しみしている場合ではなかった。

「行くぜ、おっさん!」
「何をするつもりかは知らぬが、来てみるがいい、少年!」

まとった力を爆発させて、踏み込みの加速力を得る。
その効果は、おそらく相手の予測を遥かに上回った。

ドンッ!!

爆風を上げるほどの純一の踏み込みに対し、懐に入られるまで相手はまったく反応できなかった。
驚愕に彩られる顔を向けてくる相手に向かって、純一は斜め下から剣を斬り上げる。
咄嗟に突き出された剣によってその一撃は受け流される。さすがに経験豊富な相手である。この力をまともに受けてはまずいと判断し、勢いを殺さずに受け流すことを選んだのは見事と言えた。だがそれでさえまだ、桜華仙の力を低く見ていた。

「ぐぬっ・・・!?」

受け流した程度では、桜華仙の斬撃による余波までは防ぎきれない。
威力に圧されてよろめく相手目掛けて、純一は全身で体当たりを仕掛けた。振り抜いた剣を切り返す速度では、おそらく純一の腕では相手に及ばない。だが桜華仙の力を全身にまとっている今の純一ならば、体当たりでも十分な威力を発揮した。
後ろへ吹き飛ぶ相手の体目掛けて、桜華仙を振り下ろす。
斬撃そのものは相手の体に届かなかったが、その切っ先から桜色に閃光が走り、ガディフォールの体を呑み込んだ。

ドゴォンッ!!!

周囲を囲んでいた衛兵を薙ぎ倒し、相手の体は壁に叩きつけられた。
辺りには、力の残滓が桜の花びらのように舞っている。

「・・・・・・ふぅ」

純一が力を抜くと、全身を取り巻いていた力が桜華仙へと戻っていく。
今のでおよそ十五秒。何とか安定状態を保てたが、いつ暴発してもおかしくない状態ではあった。それに、使った後の疲労感も大きい。
瞬間的なブースト状態。考えていた通りの力は発揮できたが、まだまだ使いこなすには時間がかかりそうだった。
それでもこの場は何とかなった、と安心していたのも束の間だった。

「ふっ、些か侮っていたようだな少年。今のには恐れ入ったぞ」

立ち込めていた煙が晴れると、壁を大きく抉る形でそこに埋まっていたガディフォールが、体の前で十字に組んだ腕を解いて壁から抜け出してくる。
ガードした腕が痺れたようで、剣を一度床に突き立てて腕を回しているが、それ以外はそれほどダメージを受けているようには見えなかった。威力自体はセーブしたとはいえ、桜華仙の力をまともに受けてあの程度とは。

「・・・なんてタフなおっさんだ・・・・・・」

今の一撃が未完成のものだった、というのも当然あるだろう。先ほどのようなものでは、ただ力の量を少なく調節しただけで、全開時の威力には遠く及ばない。
もっと密度を固めて、力を凝縮した一撃でなければ、相手の防御を貫くほどにはならない。さもなければ、やはり特大の一撃を放つしかなかった。ただ闇雲に剣を振るうだけでは、馬鹿の一つ覚えの大技しかいつまで経っても使えない。それでは並の相手には通じても、祐漸クラスの実力者が相手では、二度は通用しないだろう。

(いや、待てよ。そうだな・・・)

手がないわけではなかった。もっと力を安定して扱えるようになれば、威力はそのままに、もっと規模を抑えた技を完成させられるかもしれない。
だが、かもしれない、では今この場では役に立たない。即座に実践できなければ、次で負ける。

「もはや手加減は不要だな。行くぞ、少年」
「できればちょっと待ってほしいんだが・・・」

聞く相手でもない。
腹を括って構えようとした時だった。


ズンッ!!!


城全体が激震した。

「なっ・・・!?」

今までで最大の揺れが巨大な城を揺さぶる。
立っておられず、床に膝をつく。ネリネ達も、お互いを庇いながら床に伏せている。
周囲の衛兵達は突然の揺れに耐えられず倒れ、祐漸と神殿騎士二人は立ったままでいたものの、その場を動けずにいた。

「何? 今の・・・」

疑問の声を上げるシアに答えるように、下の階から騒ぎ声が響いてくるのが聞こえた。
音は段々近付いてくる。階下で広がり、いずれかの階段から上がってきているようだ。そして、四方の廊下からソレが姿を現した。
闇色の全身に、爛々と輝く真紅の眼を持つ獣の群れが。

「こいつらは・・・っ!!」

ソレニア領への国境を越える際、ローグ山脈で遭遇したあの異形の魔物だった。それが無数に広場に現れ、近くにいる者を次々と襲っていく。
突然の襲撃に戸惑う衛兵達は、成す術なくその牙と爪の前に体を晒す。だが、その身が引き裂かれることはなく、逆に霧散したのは魔物の方だった。ガディフォールとレオナルドが、自分達を襲う魔物を斬り捨てながら衛兵達を助けていた。
さらに沸いて出てくる魔物のに衛兵達が慄くが、そこへガディフォールの叱咤が飛ぶ。

「静まれ! 陣形を立て直せ! 数は多いが落ち着いて対処すれば倒せぬ敵ではない!!」

広間全体に響き渡る大音声で、衛兵達は平静を取り戻す。先ほどの時といい、兵の混乱をすぐに収拾するとは、剣の腕に加えてやはり統率者としてもこの男は一流のようだ。
レオナルドの方は声はかけず、ただ敵を斬り倒すその行動をもって兵達の士気を高めていた。
ソレニアにおける武の最高峰、神殿騎士は伊達ではなかった。
黒い魔物は、一体一体は普通の成人男性よりも少し強い程度のため、訓練された兵達の前ではそれほど大きな脅威ではない。だが、如何せん数が多い。まるで無限に沸いてくるような相手に、平静は取り戻したものの衛兵達は押され気味だった。

「おまえら、今の内にずらかるぞ」

祐漸が純一達の下へ駆け寄ってきて告げる。この混乱に乗じて先へ進もうと言うのだが、それに気付いた神殿騎士の二人が前に立ち塞がるべく踵を返してくる。
その時、天井が崩れ落ちた。
落下してくる瓦礫に行く手を阻まれ、神殿騎士達は立ち往生する。

「今度は何だ?」
「わからんが、チャンスだ。走れ!」

言うが早いか、祐漸は階段へ向かって駆け出し、純一達もそれに続いた。

「姫!」
「待たれよ少年、祐漸殿!」

瓦礫を避けながら、二人が追ってくる。しかし遅い。祐漸は最後尾を走る純一が通った後、階段に氷柱を降らせてこれを破壊する。その上降り積もった氷柱が山となって彼らの行く手を阻んだ。
すぐ後ろで足下が崩れていく純一は、必死で走らされる羽目となっていた。

「祐漸てめぇ! もうちょっと余裕持たせろ!!」
「知るかたわけ! 死ぬ気で走れ!」

階段を上りきると天井にまで氷柱を撃ち込み、後ろに道を塞ぐ。これでどうやっても後ろから追ってくることはできず、かなりの時間が稼げた。
少し速度を緩めながら、祐漸は尚も走り続ける。だが行く先々で、一部道が塞がれており、一方向へしか進めないようになっていた。しばらく進んで階段をいくつか上がったところで純一はそれに気付く。

「おい、祐漸、これは・・・」
「どうやら誰かがわざわざ道を示してくれているようだな」

騒ぎを起こせば、相手の方から姿を現すのではないか、と最初に祐漸が言っていたが、まさにそういう状況になったようだ。
ということは、この道の先に黒幕がいるかもしれなかった。
それにしても、黒幕の件はともかく、あの黒い魔物までが現れるとはさしもの祐漸も予測していなかったのではなかろうか。

「何であいつら、いきなり現れたんだ?」
「それこそ知るか。あれについてはまだほとんどわかってないんだからな」
「さっきのあれは、一体何だったの? あんなのはじめて見たけど・・・」

シアの疑問に対して、ネリネが簡単に以前あった出来事を説明する。

「ボクは、見たことある・・・。一年前の・・・・・・」

逆に亜沙の方は、それを知っていた。楓が言っていたように、あれが一年前にバーベナ特別区域を壊滅させた存在である以上、当時そこにいた亜沙も見ていても不思議ではなかった。シアの方は、一年前のその出来事を知って驚いていた。

「じゃあ・・・あの魔物達が私達の町を・・・」
「そう! 頭きちゃうわよっ!」

長年住んでいた町を壊滅させられたのだから、亜沙の怒りはもっともだった。

「そいつらが来たぞ」

先へ進んで行くと、正面から魔物の群れが現れた。城内のあちこちに現れているようだ。
前方から包み込むように襲い掛かる魔物の群れに向かって、祐漸が氷柱を浴びせかける。それを逃れて左右に回りこんだ敵を、シアの剣、亜沙の薙刀、それにネリネの魔法が駆逐していく。
純一は一番後ろを走りながら、楽な思いをしていた。と安心しいたのも束の間、背後からも魔物の群れが迫ってきた。

「げ・・・」
「純一、通路を抜けたら道塞げ!」
「おうっ!」

長い通路の先に、また開けた場所があった。そこへ駆け出た瞬間、純一は大地の魔法で通路の壁と天井を砕く。
崩れ落ちる瓦礫の下敷きになった魔物が押しつぶされて消滅し、残りの魔物も道が塞がれことで足を止める。完全に通路が崩れると、その姿も見えなくなった。
出た場所は、先ほどの大広間よりは若干狭いが、それなりの広さがあった。
広間の周囲へ繋がる通路は塞がれておらず、次に進むべき道を迷わせる。そこへ、誰かが現れる気配を感じた。魔物ではなく、歴とした人間の気配である。

「ようこそ、リシアンサス様。それにお供の方々」

気取った声を上げながら、若いソレニアの男が姿を見せる。

「バジルさん・・・」

それが誰なのかは、シアの呟きでわかった。

「あいつがそうか・・・。しかし、誰がいつおまえのお供になったんだ?」
「さぁ・・・?」

純一とシアは互いに顔を見合わせて首を捻る。
そんな疑問を抱く純一達の様子は気に留めず、バジルは笑みを浮かべながら数歩前に進み出た。人懐っこそうに見えて、その実自分自身を相手より高く見ている、そんな表情が印象的な男だった。

「いや驚きました。お転婆も度が過ぎるのは淑女として如何かと思いますよ、リシアンサス様。ましてやこの私の妻となられる方ならば、もっと上品な振る舞いを心がけていただきませんと」
「あの、私はバジルさんと結婚するつもりは――」

言いかけたところでシアの雰囲気が入れ替わる。その瞬間が、純一には何となく感じ取れるようになってきた。

「――あんたと夫婦なんて虫唾が走るわね。もう一度言ったら燃やすわよ」

キキョウが低い声で嫌悪感を剥き出しにする。それに対してバジルは、軽く肩を竦めてみせた。

「やれやれ、口のお悪い方ですね。ですが安心してください、私はこう見えてヴォルクスに対しても寛容なのです。あなたのこともリシアンサス様と共に愛して差し上げますよ。もちろん、私に従順になるようしつけさせていただきますがね・・・おっと、魔法を放つのはお待ちなさい」

手を挙げかけたキキョウを制して、バジルは背後を見やる。すると物陰から数人の兵士が現れた。さらに彼らの腕に捕らえられているのは――。

「楓ッ!」
「カエちゃん!?」
「楓さんっ!」

三人が声を上げ、純一も顔をしかめる。
兵士達に拘束され、喉下に剣を当てられているのは、確かに楓であった。














次回予告&あとがきらしきもの
 神殿騎士強し。この話が始まって以来、はじめて祐漸と互角の勝負をする敵が登場。純一の時は予期せぬ大技の一撃に敗れ、魔物の時は無限に再生することに苦戦はしたものの、実力そのものは祐漸の方が上回っていたが、今度の相手は完全に同等の実力者である。一方そんな相手に対抗すべく、純一も新技の片鱗を見せる。仮に今度純一と祐漸が戦えば、たとえ桜華仙を使っても祐漸の勝利は明白。そんな状況になった時に備えて、純一も密かに新しい戦法を研究中だったのだ。怠け者だが、必要なことに関しては努力を惜しまない男、それがこの物語の主人公、純一である。
 能力紹介十六人目。

時雨 亜沙
   筋力 C   耐久 C   敏捷 B   魔力 A   幸運 B   武具 D
 まだほとんど戦闘してないが、この物語内では料理部の他に、武術の修行においても楓と先輩後輩の間柄にあるという設定がある。魔力は高いが、使える魔法は少ない。

 次回は、捕らわれの楓を助け出そうとする純一達。そしてさやか、連也も姿を現し・・・。