半分くらい頭が覚醒している。
この時間帯は特に貴重である。熟睡している時と違って眠りが浅いため、一番眠りを実感でき、至福を感じることができた。
だが、妙に気が急く。
今は、もっと、ちゃんと、起きなくてはいけないような、気がする。
「・・・・・・・・・」
眠気の勝利。
おやすみなさい、と言いかけたところへ――。
ドグッ！
凄まじい重量が腹部に落下した。
「おぶぐぉっ！？」
「よしっ、七冊成功！ これで音夢さんの半分達成だね♪」
「ご・・・ごどりざん・・・・・・」
「ほらっ！ ちゃんと起きて！ 楓さん助けに行かないと！」
「お、おう・・・ぞうだな・・・・・・」
目が覚める代わりに永眠しそうな衝撃だったが、何とかのろのろと起き上がる。
確かに、今朝はのんびり至福だなどと言って寝ている場合ではない。一大事なのだから。
それにしても、と純一はお腹の上に乗っている本の山を見る。
「・・・・・・ことりよ、これは同じ七冊でも普通の七冊とは訳が違うぞ・・・」
一体何の本なのか、それぞれが広辞苑を上回るほどのサイズだった。
これを七冊まとめて落とすとは、 音夢の十三冊に迫る勢いである。自分の恋人がどんどん逞しくなっていくのが、共に旅する仲間としては頼もしくもあり、何となく少し悲しくもあった。
真★デモンバスターズ！
第２０話 ミッドガル城潜入
純一が居間へ行くと、既に全員揃っていた。外はまだ暗い。
軽く朝食を腹に詰め込むと、最後の打ち合わせをする。
「まずは慎重に行くぞ。本命の敵を前に城の兵とやりあうことになったら厄介だ」
予定としては、シアが城内を出入りする際に使っている抜け道を利用して、まずは一気に上層部を目指す。そこから探索の手を広げていって、行動を起こすのは目当ての相手を一人以上見付けてからだった。
「リシアンサス、道案内は頼むぞ。慎重にな」
「うんっ、任せてほしいッス！」
「ネリネ、万一土見稟を見付けても、先走るなよ」
「はい」
「亜沙、楓を助けたいなら、居場所を突き止めるまでは指示に従えよ」
「わかってる。でも、もし楓を見捨てるような真似をした時は、ボクは自分の思うように行動するよ」
「上等だ。それと・・・寝るな、そこのたわけ」
「はっ！ 寝てないぞ。かったるいだけだ」
さやかが報せてきた内容については、他の面々には伏せていた。余計な気負いを持たせないためだ。
あくまで目的は、楓の奪還と土見稟の手がかり探し、ということにしておいた。
打ち合わせが終わると、各自装備を入念にチェックする。
「祐ちゃん祐ちゃん」
「何だ？」
「これ、上層部の見取り図。役に立つでしょ？ といっても、表の区画しか載ってないけど」
「十分だ」
「それと、目的を遂げて逃げる段階になったら、ここに行って」
「ここは・・・・・・わかった」
見取り図が描かれた紙を受け取った祐漸は、それを懐にしまう。
全員の準備ができたところで、ことりをリアのところに残し、五人は館出発する。
「気をつけてね、朝倉君、みんな」
「ああ」
この日は、霧が濃かった。
街の中ほどまで至る頃には東の空が白み出したが、霧のせいで視界は悪かった。
「好都合だな」
「そうか？ これじゃ右も左もわからんぞ・・・」
「おまえは霧が出てようが出てまいが関係なく右も左もわからんだろうが」
「ぐ・・・」
その通りだった。昨日実証した通り、純一が一人でこの街を歩けば間違いなく道に迷う。視界が良くても悪くても関係ないのだ。
「この霧なら、街中を移動する間に見付けられる可能性が低い。それに」
「それに？」
「霧は水、つまり俺の力そのものだ。この中で俺の感覚から逃れられる奴はいない。見張りがいても、こっちの方が先に見付けられる」
「なるほどな」
結局誰にも見付かることなく、城の近くまでやってくることができた。
霧のせいというのも当然あるが、それがなくても、見上げると天辺が見えないほどに巨大な城だった。
そこで純一は、一つ疑問に思う。
「なぁ・・・この城の上層部まで・・・やっぱり歩いて行くんだよな・・・？」
「うん。普段だったら途中からエレベーターが使えるんだけど・・・隠れて行くとなると、ずっと階段と梯子で・・・」
「うは・・・かったりぃ・・・・・・」
いきなり挫折しそうだった。
「行くぞ」
やってきたのは、建物の隙間に隠された入り口だった。そこから一旦地下へ潜り、城の真下まで行ってから上へ登るのだと言う。
地下は真っ暗だったが、先頭を行くシアが光の魔法で明かりを生み出す。
周囲の様子を見ると、狭いがしっかりした造りの通路であった。
「街の地下にこんなものがあるのかよ・・・」
「千年近く前、ミッドガルができた時からあるんだって。かなりの広さの地下道があるって話だけど、私もここから城までの道しか知らないの」
「ちなみにこの中で迷ったらどうなる？」
「・・・・・・考えたくないッス」
「だな、すまん・・・」
地下迷宮まであるとは、このミッドガルという街は本当に何でもありだった。
「ミッドガルの全容を知る者はいまや神王家にもいないだろうな。千年王城は伊達ではないということか」
千年。純一達からすれば気が遠くなるほど長い時間だった。
それほど長い年月を積み重ねてきた城に、今から挑もうと言うのだ。今までも色々あったが、今日はその中で一際大事になりそうな予感がした。
気を引き締めて、先を進むシアの後についていった。
小さく呻きながら、楓の意識が覚醒する。
うっすらと目を明けるが、まだ朦朧としていて視界がはっきりとしない。頭の中にも靄がかかっているようで、自分の置かれている状況が認識できなかった。ただ、長年体に染み付いた習慣が、漠然と今が朝であるということを伝えている。
朝起きたなら、まず何をするべきか。朝食の支度、それに誰かを起こさなくてはいけなかったはずだった。誰であろう。一番最近の記憶だと純一だったような気がする。だが、それはことりが同行するようになってからは彼女の仕事になっていた。では、誰を起こさなくてはいけないのか。もっと大事な、誰かを――。
それが誰か思い出すと、頭の中にかかった靄が晴れ始める。同時に視界もはっきりしてきて、視線の先に誰かがいるのが見えた。
誰かの足が見える。自分の体が横になっているのだと気付くと、視線を横へ向けていって相手の姿を見上げていく。
ぼんやりと視界に捉えられる誰かの輪郭。はっきり見えずとも、ずっと見てきた、ずっと思い描いていたその姿は、それだけで正体を知るには十分だった。
「稟くんっ！」
一気に意識が目覚めた楓は、勢いよく体を起こす。
「痛ッ！」
腕に痛みが走って顔をしかめる。楓の両腕は後ろ手に回され、手枷をはめられていた。
前に視線を戻すと、稟が直立した姿勢で立っている。表情はなく、楓のことはおろか、その目は何も映していないようだった。まるでよくできた人形のようだ。しかし、稟であることは確かだった。
ようやく会うことができた。なのに、その変わり果てた姿に、楓の表情が揺れる。
「稟・・・くん・・・・・・」
「おや、お目覚めでしたか」
「っ！！」
声に振り返ると、ドアを開けて入ってくる男の姿があった。確か、バジルと名乗っていた男である。
「気分は如何ですか？ お連れする間に意識が戻られて騒がれると面倒でしたので眠りの魔法をかけさせていただいたのですが」
「・・・・・・・・・」
その影響なのか、目が覚めても楓は体を重く感じていた。
「ああ、それともう一つ。その手枷ははめた相手の体力魔力を奪うものでして。あなたはなかなかお強いようなので、念のためです」
体が重い理由は、手枷の方にあったようだ。だが楓は、そんな自分の状態のことなどどうでもよかった。
気になるのは、稟のことだけである。
「・・・稟くんに、何をしたんですか？」
「その質問にはもうお答えしたでしょう。記憶を消去し、特定の人間の命令だけを聞くようにしたのですよ」
「どうして・・・そんなことを・・・・・・」
「色々と便利な使い道がありますからね、彼には。特に、あの人工生命体を思うとおりに操るのには好都合です」
「人工・・・・・・まさか、リムちゃんも・・・？」
「そうそう、プリムラとかいう名前でしたか。あれの方はさすがに魔力が大きく、魔法による操作をほとんど受け付けないので、記憶にフィルターをかけて彼のことだけを思い出すようにしています。彼のため、と言えばどんな命令でも聞いてくれますよ。ね、便利でしょう？」
「ひどい・・・・・・」
この男は、稟のことも、プリムラのことも、同列の人間として見なしていない。それどころか、人間ですらない、まるで人形のように、道具のように扱っている。そのことに楓は、強い悲しみと怒りを覚えた。
大切な楓の家族を、そんな風に扱うことは許せなかった。
「稟くんとリムちゃんは、あなたの道具じゃありませんっ！」
「道具ですよ。ああ、彼の方には他にも少々含むところはありますがね」
「？」
「役立つ道具でなければ八つ裂きにしてやりたいところですよ。私の大切なリシアンサス様を横取りした不貞の輩ですからね」
「シアちゃん？ あなたは、シアちゃんの・・・」
「婚約者です。私はリシアンサス様を愛しています。それを・・・こんな男が！」
気取った態度を取っていたバジルの顔が一瞬歪み、じっと立っている稟に向かって蹴りを入れた。
稟は表情を変えることなく、ただ蹴られるままに倒れる。そしてまた、何事もなかったかのように起き上がる。それを忌々しげに睨んで、バジルはさらに稟を蹴り倒す。さらに今度は起き上がる間も与えずに何度も踏みつけた。
「こんな男が！ 私のリシアンサス様に手を出すなどっ！」
「やめてくださいっ！ 稟くんを傷付けないでくださっ！！」
「お黙りなさい！ 私の道具を私がどう扱おうと勝手でしょう！」
「お願いします！ 私は何をされても構いませんから、稟くんのことは・・・」
楓が必死に懇願すると、バジルは歪めていた顔を正し、再び余裕の笑みを浮かべる。
「失礼、私としたことが取り乱してしまいましたね。そうですか、あなたは何をされても構わない、と」
目を細めて嫌な微笑を浮かべたバジルが楓の下へ歩み寄る。楓は後ろへ下がろうとしたが、すぐに壁に背中がついて追い詰められる。
険しい表情をする楓に向かって、バジルは片足を差し出した。
「では靴を舐めてもらいましょう。あなたの“稟くん”を蹴って汚れてしまったので綺麗にしてもらいます」
「なっ・・・」
「嫌なら構いませんよ。その代わり、この靴がもっと汚れることになるかもしれませんがね」
「っ！！」
稟のことを見る。あれだけ蹴られ、踏みつけられても痛みを感じていないのか、稟は平然とした顔のまま立ち上がっている。稟の姿と、目の前に突き出された靴を交互に見やりながら、楓は悲痛な面持ちをする。
言われた通りにしなければ、さらに稟が傷付けられる。けれどその稟の前で、そんな醜態を晒さなければならないのは、この上ない屈辱だった。
悔しげな顔で睨み付ける楓を、バジルは楽しげに見下ろす。
楓は顔を歪めながら、目を潤ませる。けれど泣きはしなかった。涙を見せては、ますますこの男の嗜虐心を満たすだけである。稟が傷付けられることに比べたら、この程度の屈辱が何だと言うのか。意を決して、楓は体を前へ倒す。
だが、楓の顔が届く前に、バジルの足がよろけたように後ろへ下がる。
「ななっ！？」
数歩たたらを踏むバジルの肩に、稟の手がかかっていた。顔には変わらず表情は浮かんでおらず、目もバジルの方を見てはいない。だがその行動は、明らかにバジルを制するものだった。
「き、貴様何の・・・」
「バジル様」
とそこへ、扉の向こうから別の男の声がした。
「義仙？ 何の用です？」
「父君がお呼びです。それと、例の館に送った者の報せで、既に王女は館を出た模様とのこと」
「チッ・・・。わかりました、すぐに参りますと父上に伝えなさい」
「はっ」
扉の向こうの気配が消える。舌打ちをしたバジルは、睨むような視線を稟に向けながら部屋を後にする。
残された楓は、やはり無表情のまま元の立ち位置へ戻る稟の姿をじっと見詰める。
「稟くん・・・？」
「・・・・・・・・・」
呼びかけても応えは返らない。
先ほどの行動は、ただの偶然だったのか。それとも楓を助けるためだったのか。確かめようにも、稟はただ黙って立っているだけだった。
手を伸ばせばすぐに届く位置に彼がいるのに、伸ばせる手はない。彼も、自分の方を見ることがない。
二人きりの部屋には、冷たい空気が流れていた。
こんなに冷たい空気を、稟と二人でいる時に感じたのは、いつ以来だろうか。
だが、かつてその空気を生み出していた元凶は、楓だった。稟の嘘を信じ、彼を憎んで、疎んじていた頃。死んでしまえばいいと思い、実際に殺そうとしたこともあって、それを止められてからはひたすら無視していた。その頃に二人の間に流れていた空気が、こんな風に冷たかった。
冷たい空気が心に突き刺さる。こんな空気を、自分はずっと稟に感じさせていたのだ。それを思えば、今置かれてる状況を辛いなどと思う資格は、自分にはなかった。
けれど、現実を前に、楓の心は挫けそうになる。
「・・・純一君・・・祐漸さん・・・・・・私、どうしたら・・・・・・」
縋りつくような声を上げながら、そんな自分の情けなさ、弱さを歯痒く思う。
強くあらなければいけないというのに、剣も奪われ、求める人に拒絶された今の楓に、心を強く保つ術は見付からなかった。
「そろそろ上層階か。しかし話には聞いていたが、まさかこれだけしっかりした隠し通路があるとはな」
「この通路は王家の人しか知らないんだけど、他にも王家にすら伝わってない道があるみたいで・・・」
「よくそんなずさんな管理でやっていけるものだな」
「あはは・・・耳が痛いッス・・・・・・」
狭い階段を上りきったところで、祐漸が周囲の様子を探る。
ここまで地下から通じて数百メートルは上がってきたというのに、この男は汗一つ掻いていない。先導するシアは、少し額に汗を浮かべており、この二人が先頭になって城内の隠し通路を進んでいた。
二人はそこで立ち止まり、下の方を振り返り、祐漸は白い眼をし、シアは苦笑いを浮かべる。
すぐ下には亜沙が、軽く息を切らせながら上がってきている。そこからずっと下の方で、階段に張り付くように倒れている純一とネリネの姿があった。
「ぜぇ・・・はぁ・・・・・・かったりぃ・・・」
「・・・・・・・・・」
純一は大粒の汗を流しながら激しく息を乱してお決まりの台詞を吐き、ネリネに至っては語る言葉すら持ち合わせていない状態のようだった。
仕方がないのでその場で十数分待っていると、ようやく辿り着いた二人が床に倒れ込む。
「リンちゃん・・・大丈夫？」
「・・・・・・・・・」
おそらく大丈夫と返事をしようとしたのだろうが、声も出ないようで、蒼い顔を僅かに上げただけに留まった。
「おまえはまだまだ大丈夫だろうが、たわけ」
「・・・バカ言うな。大体だな、この城広すぎ、高すぎ、もう歩きたくねー・・・」
城の隙間にできた通路というだけあって、真っ直ぐではない。途中何度も横移動も繰り返しながら上がってきたため、実質的には高さ以上の距離を歩いて来ている。その高さにしても、この城はざっと地上から五百メートル余りはある。それを休むことなく上がってきたのだ。疲れないはずがないのだが、祐漸とシアは平気そうで、亜沙もまだ大丈夫のようだった。
「朝倉君、女の子より体力ないのはどうかと思うな、ボクは」
「こいつの場合はぎりぎりまで気張らないだけだ。まぁ、ネリネの方は本当に限界のようだから少し休んで行くか」
狭い通路の中で腰を下ろしながら、純一達は一気に上がってきた疲れを取る。魔法を使えば体力の回復もでき、そもそも上るのも楽になるのだが、魔法というものは便利なように見えて欠点もある。魔力が作用すると、 他者から気取られ易いのだ。壁一枚隔てた先には城の人間がいるかもしれない場所で下手に魔力を使えばすぐに見付かるだろう。ゆえにこうして地道に歩くしかなかった。
休んでいる間、祐漸はリアに渡された見取り図を開く。シアの記憶と照らし合わせて、現在位置を確認する。
それから主要箇所の確認を行い目的地を模索する。
城内のどこか、まではわかっているのだが、それ以上の手がかりがあるわけでもない。先に述べた通り軽々しく魔法を使うわけにはいかないので、その線で探すというのは無しだった。かといって、表に出て歩き回ればいずれ見付かる。一応城内で臣下達のために与えられた部屋というのがあり、その場所は確認済みだが、確実にそこにいるかどうかはわからない。
いっそ騒ぎを起こして向こうから出てくるのを待つというのも一つの手なのだが、それは捕らわれている楓の身が危険なため、亜沙が却下した。
となれば、城内を歩き回っても怪しまれない人間に頼るしかあるまい。
「まずはリシアンサス、おまえがある程度探って来い」
「それしかないよね・・・」
シアは頷きながらもため息をつく。
探るべき相手はわかっているのだが、それが名ばかりとは言え婚約者で、しかもシア自身としては苦手にしている相手だという男では、気が進まないのも仕方ないかもしれない。
しかしそれは別にしても、純一としては懸念があった。
「なぁ、シアは俺と一緒にいるところで連中に見られてるし、こっちと通じてるってバレてるんじゃないか？」
「それも考えられるが、他に何か手があるか？」
「・・・・・・・・・俺に聞くな」
「なら、一番リスクが低い手段はそれだろ。王女相手にいきなり手荒な真似もせんだろう。ましてや城内ではな」
外では手荒な真似をされたのだが、確かに城内でまでそうしてくるとは考えづらかった。神王の親バカ振りは聞いているので、もしそのことが知れればとんでもないことになりかねない。
ガレオンとバジル親子はただでは済まないだろうと思っていると、祐漸がその程度では済まないと言う。仮に神王の前でシアにもしものことがあれば、「このでかい城の上半分が吹き飛ぶ」とのことだった。祐漸のその言い分に対し、シアは苦笑しながらも、否定はしなかった。そうなった時のことを思うと体に震えが走る。
その時は、自分が全力で阻止する、というシアの言葉が頼もしい。だが、シアにもしものことがあったら、という前提の中でシア自身にそれを止める余裕があるかどうか。
「何か見付けたら、その時は念を送って寄越せ。いちいち戻って来たらそこで後をつけられる」
先ほど純一が言った通り、シアと純一達との繋がりが知られている、或いは予測されている可能性は高いのだ。下手に手出しはできずとも、シアの姿が見付かれば監視がつくのは当然の流れだろう。
念の送り方について祐漸とシアが細かく打ち合わせをしている間に、皆の体力も回復した。
大きな音を立てたりしないよう注意しながら、純一達は残りの道のりを急いだ。
そして辿り着いたのは、城内のかなり高い場所、王族の寝室が並ぶ辺りだった。慎重に隠し扉を開くと、そこは宝物庫のような場所だった。王家に伝わるものが保管されている場所で、寝室が並ぶ廊下を進んだ先に、奥まった辺りにあるのだという。ここならば、滅多なことで王族以外が訪れることはなく、そもそも宝物庫の鍵自体、神王自身が持っている分の他にはシアの持つスペアしかないとのことだった。
とはいってもどこに人の目があるかわからないので、慎重に隠し扉を通り抜けて宝物庫へ出る。
「誰もいない・・・な」
「ああ」
祐漸が周囲の気配を探るが、どうやら彼ら以外のものはなさそうだった。
安堵の息を漏らした瞬間――。
ヴィーヴィーッ！
辺りに警報が鳴り響いた。
「な、何だ！？」
「これ、非常警報！」
「何だって！ まさか、何かに引っかかったとか！？」
「そ、そんなはずないんだけど・・・！？」
慌てる純一とシア。ネリネと亜沙も緊張して体を強張らせる。祐漸は冷静に状況を判断するべく宝物庫の扉の横に張り付いた。
「・・・・・・どうやら、見付かったのは俺達ではないな」
「どういうことだ？ 俺達以外にも侵入した奴がいるってことか？」
「わからん。だが、これは・・・・・・」
じっと聞き耳を立てる祐漸。他の四人はその傍らに立って固唾を呑む。
「・・・別の侵入者が外部からあったか、楓が自力で逃げ出したか・・・何があったかははっきりしないが、とにかく騒ぎになっているな」
「こんな時にかよ・・・」
「むしろ好都合かもしれんな。混乱に乗じさせてもらうか」
「待て祐漸、それよりまずは状況把握を・・・」
慎重案を提示しようとする純一の言葉は聞かずに、祐漸は扉を開け放つ。いきなりの行動に焦りつつ廊下に出た純一は、そこが無人でホッとしたのも束の間、次の祐漸の行動に唖然とした。
宝物庫の向かいの壁に手をついた祐漸は、その壁を、無造作に、破壊した。
ドォンッ！！
轟音が響いて壁に大穴が空き、周りの壁が崩れ落ちる。
「な――っ！？」
「走るぞ。遅れるなよ」
言うが早いか、祐漸はもう駆け出していた。
釈然としないものを感じながら、置いて行かれるわけにもいかないので純一も走り出し、他の三人もそれに続く。
「てめっ、祐漸！ 無茶すんなこの野郎っ！！」
「何なのよあの人！ 冷静そうに見えてやること過激すぎ！」
亜沙も文句を口にするが、当の本人はどんどん先へ進む。
途中階段を見付けると、迷うことなくそれを下へ向かった。
数階を一気に駆け下りると、走り出した時と同じく唐突に止まると、後から来た純一達を促して物陰に隠れる。
「なんなん・・・」
「静かにしろ」
息を潜めて陰に隠れていると、数人の衛兵が左右からやってくるのが見えた。
「侵入者は！？」
「わからん！ だが宝物庫の方で大きな音がしたぞ」
「ということは、上か！」
合流した衛兵達は、純一達の横を素通りして上の階へと向かっていった。
誰もいなくなったのを確認して、純一は大きく息を吐く。
「はぁ〜・・・・・・おまえな、騒ぎを起こすのは最後の手段じゃなかったのかよ・・・」
「先に起こしたのは俺じゃない。起こっちまった以上は大きくした方が動きやすい」
自分の行動に少しも悪びれる様子もなく祐漸が言う。動き出したら止まらないこの男にあれこれと言っても無駄なことはわかっているが、たまには付き合わされる方の身にもなってもらいたかった。
「行くぞ。こうなった以上、直接ガレオンだかバジルだかのところへ乗り込む」
「待て待て、場所はわかってるのかよ？」
「見取り図で確認して予測はついてる。後は出たとこ勝負だ」
「やっぱりか・・・」
再び走り出す祐漸に続いて進む。純一、シア、亜沙の三人は走って追い、ネリネは飛行魔法を使って床を滑るようについてくる。これだけ混乱していれば少しくらい魔力を使ったところで変わりはなかった。
何度か衛兵をやり過ごし、やたらに広い城内を駆け回る。
やがて大きな広場が見えると、祐漸が止まろうとしたのだが、後ろの方で天井が崩れ落ちたため止まることができず、広場まで駆け抜けた。城の中心に当たると思しき広場に出ると、そこにいた衛兵達に当然のように発見された。
「怪しい奴らを発見したぞ！！」
一人が声を上げると、別の一人が壁に備え付けられた何かの機械に駆け寄り、同じことと今いる場所をそれに向かって語りかける。どうやら、通信に使用する装置のようだ。
「チッ、何でこんなところで天井が崩れやがる？」
「おまえが手加減せずに壁をぶっ壊したからじゃないのか？」
純一の視線を軽く流しながら、祐漸は広場の中を見渡す。
通信を聞いて、続々と衛兵が集まってきている。例の黒装束の姿は見えない。つまり、関係ない城の兵にぶつかるという、厄介な状況に陥ってしまったらしい。
これでは何のために慎重に隠し通路から潜入したのかわからなかった。
「だから慎重に行動するんじゃなかったのかよ・・・・・・」
「最初から正面突破よりはマシだろう。それはそうと、隙を見て正面の階段から上へ上がるぞ。遅れた奴は置いていくからそのつもりでいろよ」
既に祐漸は臨戦態勢に入っている。仕方なしに、純一も剣の柄に手をかけた。
「あの、できれば関係ない城の人は巻き込みたくないんだけど・・・」
「軽い怪我で済む程度には手加減するさ」
シアにそう応えながら、祐漸は周囲に生み出した氷の礫を三方へ向かって撃ち出す。攻撃を受けた衛兵達は武器を落とされ、鎧を砕かれながら後ろへ吹き飛ばされていく。
皆気絶はしているが、命に別状はなさそうだった。本当に、ぎりぎりに見えるが。
ほとんど容赦ない攻撃を加えてくる祐漸を警戒しながら、衛兵達が周囲を取り囲むように動く。
「おのれっ、神妙にしろ！」
「断る。大人しくしてほしいならおまえらの方が下がれ」
周囲の温度が二、三度は下がる感覚。祐漸の放つ魔力が周りにいる者全てを威圧する。その圧倒的な存在感に、衛兵達は前へ出ることを忘れ、逆に後ずさる。
だがそんな中、逆に前へ進み出る者がいた。
純一達がやってきた側から見て、右の方にある通路から出てきた、騎士の風体をした男である。歳は、祐漸と同じくらいで、整った顔立ちをした優男だった。
「随分と悪ふざけが過ぎるようですな、シア様」
「げっ、レオさんっ！」
現れた男を見て、シアが思い切り狼狽する。
一方で、衛兵達はレオという男の言葉を聞いて目を凝らし、それ以上の狼狽振りを見せた。どうやら今まで、一行の中にシアがいることに気付かなかったらしい。
あまりに突然の襲撃で動転していたのだろうが、それで良いのか、と純一は少し呆れた。
唯一冷静なレオは、シアよりも祐漸の方へ目を向けながら近付いてくる。祐漸はそれを横目で見ながら薄く笑みを浮かべる。
「おまえが“閃光の獅子”の異名を持つレオナルドか。神殿騎士どもは全員前線に出払っていると思ったんだがな」
「貴殿のような輩がいつ現れぬとも限らぬからな。備えはいつでもしている」
祐漸の威圧感を前に堂々とした姿で立っているその男に、純一は少なからず脅威を感じた。
ある程度の実力があれば威圧されただけで竦むことはないが、それでもこうまで堂々と祐漸と対峙できる相手など、連也くらいのものだと思っていた。
一体何者なのかと、シアに問うと、答えが返ってきた。
「五人いる神殿騎士の一人、レオナルドさん。神殿騎士はお父さん・・・神王とも同等って言われていて、私の剣のお師匠様でもあるの」
「そりゃまた・・・」
大物だった。
神殿騎士の名前くらいは純一でも聞いたことはある。神王家に仕える者の中でも、最高の武勇を有する五人に与えられる称号で、今シアが言ったように、その実力は王にさえ匹敵するという。九人もの力ある王がいるヴォルクスに対抗しうる、ソレニアの切り札的戦力の一つだった。
それほどの実力者であれば、祐漸を相手に堂々とした態度でいるのも頷ける話である。
「こちらのことは知っているようだが、改めて名乗ろう。神殿騎士レオナルド。貴殿の名は？」
「騎士らしく名乗られたからってこっちも丁寧に名乗り返す義理はないだろう」
祐漸らしい、ひねくれた受け答えだった。その態度が己の信条に反するのか、レオナルドの方は顔をしかめている。
だが、思わぬ側からその答えが告げられた。
「ヴォルクス北王家嫡子、“氷帝”の異名を持つ祐漸殿だ」
声の主は、レオナルドとは反対の通路から現れた。こちらはレオナルドよりも十ばかり年上の男で、同じく騎士の風体をしていた。
今度は誰だと思っていると、それに答えたのはネリネだった。
「“寂光の虎”、ガディフォール様・・・・・・」
異名と格好から見て、どうやら同じ神殿騎士とやらのようだ。
「覚えておいでくださって光栄です、ネリネ王女。しかしこれはどうしたことですかな、魔王家の王女に北王家の嫡子が、我らの姫様とこのようなところで」
丁寧な物腰の中に、明らかに批難する声を潜ませてガディフォールが問いかける。
それに対してネリネは顔をしかめ、シアもばつが悪そうに俯く。
「おまえもいたとはな、ガディフォール。どうやら西王家とは随分温い戦をしているようだな」
「祐漸殿、これは如何なる仕儀かな？ 返答如何によっては、ただで済むと思われますな」
「・・・・・・フッ、どうやら人違いをしているようだな、ガディフォール」
「何ですと？」
「確かに俺は祐漸で、こいつはネリネという名前だが。魔王家の王女に北王家の嫡子だと？ 誰だそれは？ 心当たりのない話だな」
何をこの期に及んで見え透いた嘘を言っているのかと皆訝しがるが、ガディフォールだけはその意図を理解したようだ。表情が険しさを増している。
「では、ただの賊としてこの場で捕らえられても構わない、と？」
「できるものなら好きにしてみろ」
広場に緊張感が漂う。最初から少しも変わらぬ態度で佇む祐漸はとっくに戦闘態勢にある。それを左右から挟むガディフォールとレオナルドも、それぞれ剣に手をかけた。
「衛兵達は周囲を取り囲め。賊を逃がすな、ただし手は出すな」
命令を受けて、衛兵が大きく円陣を作る。先ほどまでの動揺はもはや見られず、統率の取れた動きからガディフォールというこの男の指揮官としての能力の高さが垣間見えた。
円の内側にはそのガディフォールと、レオナルドの二人だけが残っている。
「純一、ガディフォールの方は任せる」
「かったるいが、仕方ないか・・・」
純一に背を向けて、祐漸はレオナルドの方と向き合う。ネリネ、シア、亜沙の三人はその場に留まり、衛兵達の動きに注意しながら二人のことを見守っている。
既に騒ぎを起こしてしまった以上、ぐずぐずしている時間はない。だが、この神殿騎士二人、楽に勝てる相手ではなかった。
「ぬかるなよ、たわけ」
「わかってるっつーの」
次回予告＆あとがきらしきもの
城内バトル開始。ネタとしてはダ・カーポ城の時とかぶってしまったのがちと失敗かと思っているのだけど、今回は前以上に激しいバトルが続くことになるであろう。まずさっそく登場した神殿騎士・・・ソレニアは王が一人、対するヴォルクスは九王がいる、それではパワーバランスが取れないだろう、ということで、ソレニア側には王に匹敵する力を持った存在がほしいということで生まれたキャラ達である。今回は五人中二人のみの登場だが、いずれ残りの三人が出てくる機会もあるであろう。
能力紹介十五人目、新たに登場したメインキャラ達。
リシアンサス（キキョウ）
筋力 Ｂ（Ｃ） 耐久 Ｂ（Ｂ） 敏捷 Ｂ（Ｃ） 魔力 Ａ（Ａ＋） 幸運 Ａ（Ｃ） 武具 Ａ＋（？？）
神王家の姫は伊達じゃない。結構な実力者である。かっこ内はキキョウの場合、剣を使った戦闘を得意とするシアに対して魔法戦闘が得意な能力値となっている。
次回は、立ち塞がる神殿騎士との対決。その最中、予期せぬ出来事が・・・。