さやかは道に迷っていた。
ちなみに、本人にその自覚はない。
彼女は転移魔法が使えるのだからどこにいようと問題ないのではないかと思われるが、転移魔法はそんなに簡単で便利なものではない。自分の現在位置と目的地を正確に把握し、その地点と、そこへ通じるまでの地脈、気脈の流れを読み、それに乗る必要があるのだ。一つ間違えて適当な転移を行うと、一体どこへ行ってしまうかわからない。地脈や気脈は複雑に絡み合っているため、乗るルートを間違えるとそうなる。目に見えている場所への転移ならば容易いが、このように道が入り組み、建物が密集している場所では視界が悪く、地脈気脈の流れも乱れているため正確な転移は難しい。
ゆえに迷ったら転移をすれば良いなどという安易な真似はできず、道に迷えば人並みの迷子である。
で、繰り返し言うが、彼女自身には今現在迷子の自覚はなかった。

「あ! あれなんだろ〜?」

この一言を聞いただけで、彼女の現状はおおよそ予測できよう。
白河さやかという少女は好奇心の塊である。
右で聞きなれない音がすればふらふらと右へ歩いていって聞き耳を立て、左に珍しいものを見付ければどぴゅーっと左へ走っていって目を輝かせる。そういう人間である。
そんな彼女が、都会という未知の空間を歩けばどうなるか。
朝、宿を一歩出た瞬間から、さやかは己の好奇心を満たすべく歩き回っていた。
純一がシアと偶然出会って一緒に走り回っていた時も、その後黒装束の者達に襲われていた時も、連也が義仙と遭遇し、同じく黒装束の者達と斬り合った時も、祐漸が二十年振りの再会を亜麻としていた時も、その娘亜沙が旅への同行を申し出た時も、楓が稟の姿を追っていた時も、バジルとそれに操られた稟の手で囚われの身となった時も、ずーーーーーーーっと街中を彷徨い歩いていた。
宿の周りを軽く一周するだけのつもりで外へ踏み出した彼女は、既に宿どころか街全体をぐるりと一周するかのように、宿から見て街の反対側にまで至っていた。













 

真★デモンバスターズ!



第19話 猫と子猫の円舞曲















「はて? ここ、どこ?」

ようやく道に迷ったという事実に気付いたのは、もう陽が半分以上西へ傾いた頃だった。
実際には、今の時間すらさやかには定かではなかった。
何故ならば、彼女は今、地下にいたからである。
空も太陽も見えない状態では、時計を持たない彼女に時間を知る術はない。お腹の空き具合から、そろそろ夕飯が近い、くらいしかわからなかった。

「あれ〜・・・・・・どっちから来たんだっけ?」

そもそもどうやってこんな場所に来たのか、の方がよほど疑問に思うべきことだと思われる。
おそらく何か興味を引くものを追いかけている内に、周囲の景色が明確に変わるのにも気付かず歩き続けてここへ至ったのだろう。気が付いたのは、追いかけていた対象も見失い、新たに興味を引くものも何もなかったからだった。
とりあえず右を見て、暗い。左を見て、暗い。というか狭い。地下道なのだから狭いのは当たり前である。
道幅は人二人が並んで通れるかどうかというくらいだった。
明かりになるものがないのでとにかく真っ暗だ。本当にどうしてこんなところに至るまで気付かなかったのやら。
空気の流れはあるので、どこかに通じているのは間違いない。無意識の内に転移を使って変なところにはまったわけではなさそうだった。

「んー・・・」

これは本格的にまずそうなので、少し真剣に目を閉じて集中する。
風の流れは緩やかだが、間違いなく一方向へ向かって流れていた。そして、耳を澄ますと微かに何かの音が聞こえる。さらにその音に集中すると、その正体がわかってきた。街中で、人の喧騒がなくても常に響いてくる重低音である。
表を歩いている間にその音の正体を探ってみたところ、どうやら機械とやらの動力源の音らしいというところまではわかった。
その音が響いてくるということは、何らかの機械が存在する場所、即ち人のいる場所に繋がっているということだ。当然であろう。ここは自然の洞窟ではなく、人工的に作られた地下道である。
さやかは炎で明かりを生み出そうとして、その前に空気の臭いを嗅いでみた。以前天然の洞窟に迷い込んだ時、うっかり炎を生み出した瞬間に充満していたガスに引火してとんでもないことになった。あれは人生の中でもトップ3に入る、死ぬかと思った瞬間であった。咄嗟に転移をして爆発によるダメージは最小限に抑えたものの、その後妙なところにはまり続け、その先でも恐ろしい事態に・・・・・・。

(嫌なこと思い出しちゃった・・・)

手を振って脳裏に浮かんだ忌まわしい記憶を掻き消す。思い出しただけでもあれはげんなりする出来事だった。
この地下道にはそうしたガスが充満しているということはないようで、慎重に小さな炎を生み出して明かりとした。
足下を確認してから、音がする方向を目指して歩き出す。

(ふふっ、何だろ? ちょっとワクワクしてきたかも)

歩きながら、少し真剣になった表情が緩んでいく。探検のようで楽しい、というのは確かにあるが、それとは別に何か良いことが起こりそうな、そんな予感がした。
祐漸や連也ほど神懸り的ではないが、さやかも直感の類にはそれなりに自信がある。
その直感が、何かを告げていた。このうきうきする感じは、経験上誰かとの素敵な出会いがあった時のものに近い。或いはこの先で、また新しい出会いがあるかもしれない。そう思うと自然と顔が綻ぶ。
機械の重低音は段々大きくなっていく。予想通り、この道はこの音のする方へと繋がっているようだ。
やがて道の先がほんのり明るくなってきた。
人の気配もする。
明かりと自らの気配を消し、道の先の明るさを頼りに、さやかは静かにそこを目指す。
壁に身を隠しながら光源へ近付くと、広い場所があった。天井が高く、子供が走り回っても十分余裕があるくらいの広さもある。さらに身を寄り出すと、建物が見えた。窓があり、光はそこから洩れていた。

「こんな地下に住んでるなんて、物好きだなぁ」

さやかとしては、お日様の当たらない場所はあまり好きではなかった。探検するのなら構わないが、そこに住むなどもってのほかである。
太陽の光を浴びないと体が萎えてしまう。きっと人間の体も植物と同じように光合成をしているのだと、さやかは信じていた。もちろん、誤った知識ではあるが、本人は至って大真面目である。
周囲に人の目がないことを確認しながら、さやかはこっそり建物の窓へと近付いていく。人の気配は窓の内側からしていた。

(さてさて、どんな人が住んでるのかな〜?)

チラリと覗いた瞬間、さやかの辛うじて正常な思考回路はストップした。
辺りを慮ることもなく建物の周囲を回り、入り口を探す。見付けた瞬間、迷うことなく力いっぱいそれを開け放った。

バンッ!

一秒以内に目標を視認。
視界内に捉えたターゲットをロックオン。
相手は物事に無関心なのか、いきなりの不法侵入にもまったく動じず、鈍い動作でドアを開けたさやかの方へ顔を向ける。
目が合うと、最後のセーフティが解除された。
ドアの位置から対象が座っている椅子のところまで、一息で跳躍する。
無反応の相手は動かない。
その体を、飛び込むと同時に、思い切り――。

ヒシッ!

抱きしめた。

「か〜〜〜わ〜〜〜い〜〜〜〜〜〜♪♪♪」

ぎゅーっと両腕に力を込めて、それでいて優しく包み込むようにその小さな体を抱きしめ、柔らかい頬に自分の頬を擦り付ける。
これだけされても相手は無反応。
それには構わず、さやかはひたすら対象を愛でる。
相手の姿は、最初に見た瞬間に全て脳裏に納めてあった。
無機質だがつぶらな紫の瞳。長くさらさらな薄紫の髪は頭の上二箇所で括られている。細身で小柄なその姿は、一目でさやかを虜にした。

「超らぶり〜♪ 激ぶりち〜♪♪ オメガきゅ〜と〜♪♪♪」
「ちょう・・・」

感情のこもらない声で、その少女はさやかの言葉に反応してそれを繰り返そうとする。

「すーぱーかわい〜! うるとら愛らし〜!! みらくる・・・・・・そう! みらくる〜〜〜!!!」
「みらくる・・・」
「うんうんっ! みらくる! うわぁ、かわいいよぉ・・・ねぇねぇ、ぎゅってしていい? ううん、ダメって言ってもする! ぎゅ〜〜〜っ」
「ぎゅー・・・・・・」

とっくにぎゅっとしていると、とかツッコミを入れて止める者がいない今、さやかは果てしなく暴走する。
少女はうっとうしそうにしながらも、されるに任せている。

「・・・・・・・・・だれ?」

「ほぉ〜」とこれ以上の幸せがあろうかとでも言いたげな恍惚とした表情を浮かべながら抱きついたままのさやかにようやく関心を持ったらしい少女が問いかける。

「あなたの愛の、と・り・こ♪」

誰か一人でもこの場に他の人間がいれば絶対につっこんだであろう台詞を吐きながら、さやかは尚も少女の体に自分の体を密着させる。
本当に、このまま死んでも後悔しない、とでも言いそうである。

「ああ、私、このまま死んでもいいかもぉ〜」

というか、本当に言っている。
少女が拒絶しない限り、いつまでもそうしていそうだった。事実さやかならばそうしかねなかったが、それを妨げる者が現れた。

「誰だっ!?」

少し慌てた様子で駆け込んできた身なりの良い老人は、さやかは知らないがガレオンという、神王家の老臣だった。
怒鳴りつけられたさやかは至極真面目な顔になり、少女を抱きしめた腕はそのままで肩越しに振り返る。

「あ、どうも。この子の保護者さんですか? この子お持ち帰りしちゃってもいいですか? いいですよね? ありがとうございますっ♪」

勝手に自己完結して再び抱擁に集中するさやか。だがそれで相手が引き下がるはずなど絶対になかった。
顔を引きつらせながらガレオンが声を荒げる。

「何だ貴様は!? どこからここへ入った!?」
「かわいい子の使徒・・・かわいい子に捧ぐ愛の導きによって来たの」
「ふざけるなっ!!」

ふざけてなどいなかった。さやかはこの上なく、超がつくほどに大真面目だった。彼女は本気の本気で、自分がここへ来たのはこの奇跡の超絶美少女に会うためだと思っているのだ。
だが、彼女をはじめて知る者にそんなことを言っても通じまい。この状況ではふざけているようにしか見えないはずだった。

「ええいっ、プリムラ! その女を引き剥がせっ!」
「プリムラちゃんって言うんだ〜。かわい〜名前〜♪・・・でもどっかで聞いたような・・・・・・」

考えるさやかの手元で、強烈な魔力の波動が高まり――。

ボォンッ!!

爆発した。
建物が半壊し、地下道全体が震え、上からパラパラと土が降ってくる。

「げほっ、ごほっ! ば、馬鹿者ッ! もっと力をセーブせんかっ!」

もうもうと煙が立ち込める中で咳き込みながら、ガレオンはプリムラの下へ歩み寄る。
さやかはプリムラが全身から放った魔力波を寸でのところで回避し、離れたところに着地した。

「そっかそっか、思い出した。プリムラちゃん、土見稟君の妹ちゃんだったっけ」
「貴様、何奴だ?」
「人に名前を聞く時はまず自分から名乗る者だと思うよ、おじさん」
「賊に名乗る必要もないが、わしはガレオン。神王家の重臣よ」
「ふ〜ん。ま、そんなことはどうでもいいんだけど」
「ど、どうでも・・・?」

老人がガクッと肩を落とす。自分の身分を偉いと思っている人間がそれをあっさり無視されたのだから当然であろうが、さやかは少しも気にした風がない。

「とりあえずおじさん。プリムラちゃんを私にください」

まだ暴走モードが抜けていないのか、さやかは至極真面目な顔でそう告げる。
馬鹿にされているとしか思えないさやかの態度に、ガレオンは顔を真っ赤に染めて憤慨する。

「ふざけるな、小娘が! プリムラはわしのものだ! 誰にも渡さんわっ!」
「違うよ。プリムラちゃんは・・・・・・私のものだよっ!!」

それも違うだろう、と誰かにつっこんでもらいたいところだが、しつこいようだがこの場にはそれをしてくれる人間は誰もいない。

「話にならんわっ。プリムラ! こやつを始末しろ! ただし、地下道を崩さんようにするのだぞ」
「・・・わかった」

声をかけられるまでじっと動かずにいたプリムラがゆっくりとさやかの方を振り返る。相変わらずその顔には、感情というものが一切浮かんでいなかった。
右手を体の前で振ると、その手に魔力で作られた刃が形成される。

「始末、する」
「・・・・・・・・・」

殺気もなく、無表情に刃を向けてくる少女の姿を、さやかはじっと見据える。

「聞いてた感じと大分違うね。かわいさは120%だけど、もっと明るい子だって聞いてたのに。ううん、違うっていうのとも違うのかな。カエちゃん達に会う前に戻っちゃった、ってことなのかな」

土見稟や楓達と出会う前のプリムラは、感情を知らない、表に出せない少女だったという。今の彼女は、まさにそういう状態にあった。

「忘れちゃったのかな? 稟、楓、ネリネ・・・こんな名前、覚えてない?」
「稟・・・知ってる・・・。楓、ネリネ・・・知らない・・・・・・。稟、褒めてくれる人・・・」
「そうだプリムラ、賊の言葉になど惑わされるな。あの賊を殺せば、稟が褒めてくれるぞ」
「稟、褒めてくれる・・・賊、殺す」
「なるほど・・・そういうこと。さすが祐君、今回も勘は冴えてたみたいだね」

記憶を消されているようだが、稟だけは知っている。ガレオンという男の目的は知らないが、稟を使ってプリムラをいいように操っているようだ。だとしたら、稟も彼の手の内にある可能性が高い。
祐漸の読み通り、ソレニア領内の有力者の手の内に、二人はあったわけである。

「私ってばお手柄かも。カエちゃんに報せてあげたら喜ぶね」
「くっくっくっく」
「あれ? 喉でも詰った、おじさん?」
「笑っておるんじゃっ! なるほど、貴様もあの女の仲間か」
「あの女?」
「残念じゃが、芙蓉楓は既に我が息子が捕らえて城内に幽閉しておる」
「!!」

さすがにさやかの顔色が変わる。楓が捕らえられたとは、どうやら自分が道に迷っている間にあちらでも何かがあったようだ。
他の皆、特に祐漸や連也が一緒にいながらそうした事態になることは考えにくい。となれば、何らかの形ではぐれたか、楓がまた何か稟絡みの手がかりを見付けて先走ったか。実際にここの街、ここの城に稟がいるのなら、それも考えられた。
この間似たようなことがあったばかりだというのに、楓も困った子だとさやかは思う。もっとも、そんな時に道に迷っている自分も偉そうなことは言えないが。
しかし、城内に捕らえられているとは良いことを聞いた。皆に報せてさっそく稟ともども奪還に向かうべきであろう。だが、その前に――。

「カエちゃんと稟君は後回しにして、まずはプリムラちゃんをもらっていこうかな」
「無駄なことを。プリムラ、もう構わん、殺れ」

言われるままに魔力の刃を振りかぶってプリムラがさやかに襲い掛かる。
振り下ろされる刃を、さやかは軽くかわす。さらに続け様に二度、三度と斬りかかってくるのも、余裕で避けていく。攻撃は全て大振りで、鋭さもなく、回避は容易だった。
さやかは連続して繰り出される攻撃をのらりくらりとかわしながら、プリムラに語りかける。

「プリムラちゃんは、リムちゃん、って呼ばれてるんだっけ。じゃ、私もそう呼んでいいかな?」
「・・・・・・・・・」
「私は、白河さやか。できたら、さやかお姉ちゃん、とか呼んでくれたら嬉しいな♪」
「・・・・・・・・・」
「うわぁ、想像したら震えてきちゃった〜。ねぇねぇ、お姉ちゃん、って呼んでみて!」
「・・・・・・・・・」

プリムラは無言で、ひたすら攻撃を繰り返す。壁際に追い詰められたさやかは、相手が横薙ぎに刃を振るうのに合わせて跳び上がり、相手の後ろに着地する。

「ほらっ、子猫ちゃん。そんなんじゃ捕まらないよ」

呑気に戯れるような態度を取るさやかに対し、プリムラはどこまでも無表情で、ひたすら命令を実行しようと攻撃を繰り出してくる。

「でも、お姉ちゃん、って呼んでくれたら捕まってあげてもいいかも?」
「・・・・・・・・・」

そんな二匹の猫がじゃれあうような追いかけっこがしばらく続いた。
痺れを切らしだしたガレオンが声を荒げる。

「ええいっ、何をしておるかプリムラ! さっさと始末しろ! そうしなければ稟に褒めてはもらえないぞ?」
「稟・・・褒めてもらえない・・・・・・それは、いや」

魔力の刃を左手にも生み出し、がむしゃらにそれを振り回すプリムラ。あまりに無茶苦茶な動きで、自分自身の体まで傷付けそうになっている。

「危ないなぁ。子供が刃物振り回しちゃダメだよ」

さやかはさっと魔法を発動させる。するとプリムラの動きがピタリと止まった。金縛りの術法である。

「どうやら、あっちのおじさんを先にのしちゃった方がいいみたいだね〜」

術をかけたプリムラが動けない間に、さやかはガレオンの方へ歩み寄ろうとした。だが、その足がふと止まる。
振り返ると、プリムラの全身から凄まじい量の魔力が放出されていた。

「稟、褒めてもらう・・・」
「うわっ、話には聞いてたけど・・・」

その魔力は神王、魔王すらをも凌ぐという。世界最強の魔力の持ち主、それがプリムラだと聞いていた。
しかし、さやかの術を力ずくで破ろうなど、尋常ではない。
それをプリムラは、容易くやってみせた。
音を立てて術は解け、プリムラが自由になる。

「これは、なかなか手強い子猫ちゃんだね」

一歩下がって次の攻撃に備えようとする。
が、その瞬間、足下の地面が抜けた。

「へ?」

下を見ると、床が左右に開いて大きな落とし穴が空いていた。横を見ると、ガレオンが壁の一部分を押し込みながら笑みを浮かべていた。
迂闊にも、罠にはまってしまったようだ。
ドジったなぁ、と思いつつ、さやかは奈落の底へと落下していった。



音を立てて落とし穴の蓋が閉まる。その淵で、プリムラはじっと佇んでいた。

「もう良いぞ、プリムラ。賊は片付いた」
「・・・・・・・・・」
「それにしても・・・バジルが捕らえた娘と今の娘、他にも仲間がいるであろうな。これ以上は隠し通せぬか・・・ならばいよいよ、計画を実行に移す時かもしれぬ」

ガレオンは顎に手をやりながら、プリムラにも目を向けつつ考える。そして何度か頷くと踵を返して歩き出す。

「来い、プリムラ。いよいよおまえの出番だ。稟も待っておるぞ」
「稟、待ってる・・・・・・いく」

プリムラは従順に、その後についていった。



先ほどまでいた場所よりさらに暗い。加えてじめじめしていて、悪臭もする場所だった。

「参っちゃったなぁ、変なところに落とされたみたい」

空気の臭いを気にしつつ、慎重に明かりを点け、周囲の様子を窺う。
そうしてみて、さやかはちょっとだけ後悔した。

「うわぁ・・・」

辺り一帯に所狭しと並んでいるのは、皆人間の白骨死体だった。無数に存在するそれのほとんどは、もう何年どころか何十年、何百年は経っていそうなものだった。

「栄光の陰に何とやら、かな」

華やかな都市の下に、こんな場所が隠されていようとは。戦争の犠牲者か、或いは罪人の監獄か何かだったのか、何にしても長居したい場所ではなかった。
とはいえ、どうやればここから出られるのかがわからない。もし処刑場もかねた監獄のような場所という推測が正しければ、真っ当な方法では出口は見付かるまい。ならば、多少危険でも転移で行くしかあるまい。

「そだ、その前に、っと」

さやかは懐から取り出した紙に素早く必要事項を書いて、念を込めて飛ばした。以前純一も使っていた魔法で、予め用意した念を込めた紙を使うことで、その念を込めた二人の間で情報交換をするためのものだった。 一枚作るのにそれなりに手間がかかるので多用はできない貴重品だが、緊急連絡時には便利である。
今は、先ほど知り得た情報を祐漸に伝えたのだ。

「ぃよしっ! どこに出るかさっぱりのランダム転移、行きますか!」

それなりにマシなところに出るよう祈るべく拍手を打ってから、さやかは転移してその場から消え去った。







サイネリアの館にて。
浅い眠りについていた祐漸は、それを感じて意識を覚醒させた。
目の前に飛ばされてきた紙切れが現れ、それを掴み取る。折り畳まれた紙切れを開いてみて、祐漸は顔を引きつらせた。

「あのたわけ・・・」

祐漸は起き上がると、部屋から出る。するとちょうど良いことに、休むために部屋にやってくるところだったらしい純一と鉢合わせた。

「純一、ちょっと来い」
「何だよ?」
「いいから」

他に誰もいないことを確認して、祐漸は純一を室内へ招き入れる。

「これを見ろ」
「なになに・・・・・・・・・・・・なんだこりゃ?」

それが連絡用に念を込めた紙切れであることはすぐに理解できた。だが、そこに書かれている内容についてはさっぱりだった。
何しろ、文字はまったく書かれていない。代わりに、やたらと上手い絵が色々と描かれているのだ。

「暗号・・・のつもりか、これは?」
「だろうな。あのたわけは、どこで遊んでるのやら」
「まぁ、わざわざ貴重なこれを使ってきたんだから、一応大事な用なんだろ。解読するしかないだろうが・・・そういうのはおまえの方が得意なんじゃないか? 俺なんかいなくても・・・」
「そんなたわけたものを俺一人でやってられるか」
「おまえ、その変なプライドはどうにかしろよ・・・」

と言いつつ、純一は手元の紙に視線を落とす。まず最初に描かれているのは、木だった。

「これは・・・何の木だ?」
「・・・・・・楓だな」

二人の表情が少し引き締まる。

「次のは・・・皿が、割れてる、ってことは、攫われる、か」

どうやら何らかの形で、さやかも純一達と同じことを知るに至ったらしい。しかもはっきりこう記してきたということは、推測だけの純一達よりも確かな情報を掴んでいると思われる。

「これ、他の連中も呼んできて解いた方がいいんじゃないか?」
「いや、妙なことが書いてあったりするとあいつらには余計な刺激になりかねん。俺達だけで解くぞ」

それからも二人で四苦八苦しながらさやかの絵文字を解いていく。

「しかし・・・この五分で書いたっぽい雑さなのにここまで上手いってのは・・・」
「才能の無駄遣いをしてるな」

以前から知っていたが、さやかの絵は上手い。それも天才的と言って良いと思われる。祐漸がいつもたわけたわけと呼ぶさやかを唯一素直に褒めるのが、彼女の絵であった。
それはさておき、一時間近くかけてようやくその暗号文を解読することができた。よくもまぁこれだけ無駄に長い文章を絵だけで暗号に仕立て上げたものである。頭の回転と絵の上手さだけは称賛に値するが、一体何の意味があるのか。それに、解読しても尚意味不明の文章もいくつかあった。

「とにかく、無駄な部分は省いて要点だけ抜き出すぞ」

そうして得られた情報は、楓が攫われたということ、それが城内に監禁されていること、土見稟及びプリムラもこのミッドガルにいること、黒幕はカメレオン――。

「結局このカメレオンは一体・・・」
「ガレオンのつもりか、素で間違えてる可能性もあるな・・・」

さやかのもたらした情報は全て、祐漸の推測を裏付ける結果となった。相変わらず、祐漸の洞察力には脱帽だった。それに、偶然これだけの情報を入手してきてしまうさやかの運にも驚くやら呆れるやらだった。

「結果としてシアや亜沙と会うきっかけにもなったし、俺やさやかが道に迷ったのも意味があった、のか?」
「まぁ、今回はたまたまな」

いずれにせよ、これで確証を得ることができた。楓に、土見稟とプリムラもガレオンとバジルの手の内にある。全ての目的が、これで繋がったことになる。
味方の戦力は心許ないが、上手くすればさやかも合流してくるだろう。後は、例の集団と連也が関係あるのなら、連也とも合流できる可能性はあった。

「連也と連絡が取れりゃな・・・」
「例の黒装束どもを追ってるなら、城内で騒ぎが起これば乗り込んでくるだろうさ」
「・・・やっぱり騒ぎにするつもりかよ」

できれば穏便に三人を連れ戻すだけにしておきたい純一であったが、そもそも祐漸の目的はそれ以上に敵を潰すことだった。最終的にガレオンとバジルという黒幕を相手にする以上、騒ぎが起こるのは必至だった。

「それだけじゃない。俺の勘も、明日は大事になると予感している」
「かったりぃな・・・」

近頃大事が多すぎる気がした。ダ・カーポ、それにローグ山脈での戦い。
純一としてはもう少し、静かな旅がしていたいところなのだが、今度ばかりは仕方あるまい。何しろこの一年近くの間旅の目的となっていた土見稟の明確な手がかりがついに見付かったのだ。これに全力で当たらなければ、楓やネリネ、シアや亜沙にまた辛い思いをさせることになりかねない。
だからかったるいが、明日は純一も本気全開でいくつもりだった。

「うっし! 明日はぐーたら返上でいくぜ!」
「勇むならまず、朝は自力で起きろよ。陽が昇る前には出るぞ」
「・・・マジかよ・・・かったりぃな・・・・・・」

いきなり決心が萎えかけた。



こうして、夜は更けていく――。



夜空にそびえるビルの屋上に、連也は立っていた。
その視線が向けられた先には、今立っているビルを遥かに上回る大きさの巨大な城が存在している。

「・・・やはり、城か」

義仙が従える裏の者達の力は、権力者の下にあってこそその真価を発揮する。野望を口にしたからにはあの男は、きっと神王家か、それに仕える有力者の下に身を寄せているはずだった。それを狙うならば、やはり城へ乗り込むのが確実か。
連也の勘も、城へ行けと告げていた。

「明日、か」

何かが起こる。明日、城で。
ならば、それに乗じて潜入するとしよう。
そして、義仙を見つけ出し、斬る。

「・・・・・・・・・」

静かに目を閉じ、連也は瞼の裏に、思い出の光景を浮かべる。
しばし後、その場所から連也の姿は消えていた。



暗い。そして狭い。
地下道などよりも遥かに狭い。というか身動きがまともに取れない。

「うわー、最悪・・・。どこにはまっちゃったんだろ?」

さやかは闇の中で首を傾げる。
少なくとも通常空間ではあるようだ。次元の狭間に引っかかったわけではない。ならば、魔力が溜まったらまた転移するとしよう。
次こそまともな場所に出られることを祈って。

「なむなむ。よしっ!」

再び術を発動させて、転移する。
が、その先も、また似たような場所だった。

「うわぁーんっ、ここどこ〜!? しくしく・・・祐君達がお城に乗り込むのに間に合うかな・・・?」

以前似たような状況に陥った時は三日の間どことも知れない場所を彷徨うことになった。
頭も体も痛い思いをしながら、さやかは転移を繰り返していく。



夜は更けていき、そして静かに、決戦の日へと時は移ろっていく・・・・・・。














次回予告&あとがきらしきもの
 プリムラ登場。これにてソレニア編の役者は揃った。次回からはいよいよ決戦編となる。それにしても、さやかは今作ではかなりはっちゃけてるというか、壊れてるというか・・・。迷子エピソードや、かわいい子をぎゅってするところなど、さやかが本来出ている水夏以上にさやかのさやからしいところが見られるダ・カーポにゲスト出演してるところのイベントからさらにパワーアップと遂げたのがこのさやかという感じである。バーベナ学園が健在だったら、さやかはPPPを乗っ取るかもしれない・・・。
 能力紹介は十四人目。

杉並
   筋力 B   耐久 B   敏捷 B   魔力 C   幸運 C   武具 D
 サーカス王国の新王、見事に平均的な能力である。しかし、彼の本名は一体・・・・・・。

 次回は、ミッドガル城へ乗り込む純一達・・・って前にも似たような予告が(笑