楓はいつの間にか、追いかけていた相手を見失ってしまっていた。
人通りの多い場所から、徐々に人気のない場所へと向かっていき、道が入り組んだ辺りに来たところで追い続けるのが難しくなり、ついには完全に見失った。
元より、確かに人影を追いかけてはいたものの、本当にそれが追いかけるべき対象だったのかさえも定かではない。
漠然としたイメージ、幻を追っていただけのように思える。
その姿が見えなくなった時、ふと我に返った。
「私、また・・・・・・」
こんなところで、自分は何をやっているのか。
ついこの間、同じ過ちを犯したばかりだというのに、また一人で先走って、勝手な行動を取っている。同じ間違いを繰り返さなければ良いと、皆に言われていたというのに。本当に、何をやっているのか。
戻ろう、そう思って踵を返す。
道はわからないが、大体の目的地の所在は聞いていたので、人に聞きながら歩けば何とか辿り着けるだろう。
早く戻って皆に謝らなければならない。そう思って歩き出そうとした時――。
「彼に何か用事でもありましたか、お嬢さん？」
「っ！！」
突然声をかけられて振り返る。そこには、先ほどまで追っていた人影と思しき顔を隠した人物と、見知らぬソレニアの若い男が立っていた。
真★デモンバスターズ！
第１８話 引き裂かれた想い
「「あ！」」
その人物を見付けた時、純一とシアは二人同時に声を上げた。
だが、二人が見付けた人物というのは、まったく別々の相手だった。
「祐漸！」
「亜沙先輩！」
相手の方も二人に気付いたようで、揃って驚いた顔を見せた。
「シアちゃん！」
祐漸と共にいた、見慣れない少女がシアの下へ駆け寄ってくる。その後ろから、祐漸も軽い驚き見せつつ、純一に対する冷たい視線を送りながら近付いてきた。
「よう、迷子のたわけ」
「かったりぃな、迷子と言うな。道に迷っていただけだ」
「何をさやかのたわけみたいな屁理屈こねてやがる。しかし驚いたな、まさかおまえが・・・その女と一緒とは」
チラッと横にいるシアに視線を向けながら、含みのある言い方をする祐漸。どうやら、彼女の素性を説明する必要はないようだ。
「そっちこそ、この人は？」
「時雨亜沙。楓やネリネから聞いてるだろう」
「ああ」
なるほど、とシアと話している少女のことを観察する。
聞いてた通り、活発そうな印象の少女だった。
しかし純一がシアと偶然会ったのも驚きなら、この広い街で亜沙と会った祐漸の方も驚くべき偶然を引き当てたと言うべきだろう。
「シアは・・・」
亜沙がこの街にいたことを知っていたのか、と聞こうと振り向くと、シアが鋭い視線を祐漸に向けていた。いや、この雰囲気はキキョウの方だった。
睨み付けられている祐漸の方は、薄く笑いながらその視線を受け止めている。
「あんたは・・・」
「また会ったな」
しばらく見詰め合った後、キキョウはプイと横を向き、雰囲気がシアのそれに戻る。
「キキョウちゃん、祐漸さんと知り合いなの？」
「というかシアこそ、こいつのこと知ってるのか？」
キキョウは何も答えず、代わりに純一が疑問に思ったことを口にする。
「あ、うん。何度か神王家と魔王家の合同行事で挨拶したことあるよ。お母さんからも聞いたことあるし」
「あの女の言うことは話半分に聞いておけよ。多分に脚色が入ってるはずだ」
「あはは、それはわかってるッス。でも・・・話半分だとしても祐漸さん、すごい人になっちゃうんだけど・・・」
「なら三分の一だ。まぁ、俺がすごいのは確かだが」
「どういう人よ・・・？ ボクのお母さんとどういう関係なのかも結局よくわからなかったし」
「まぁ、互いに積もる話は後でいいだろう」
ちなみに先ほどの疑問については後ほど尋ねて答えを得られた。シアは少し前に、亜沙と再会していたらしい。
一年前のバーベナ特別区域壊滅の折、親友でありソレニアの名家の出であったカレハという人によって難を逃れた時雨家の親子は、戦争が本格化する前にソレニア領内へ逃げ延び、その後しばらくは彼女の家で厄介になっていたが、ずっと居候のままでは悪いと思い、父は適当は働き口を探し、母と娘はお菓子屋を開いて生活の足しにするようになったという。隠れた名店として知られるようになった時雨親子の店を王女が覗きに来たのはそれからしばらくしてからのことで、シアと亜沙は再会を喜びながら、その後も交流があったとのことだった。
四人は簡単にそれぞれの状況を説明した後、当面の問題に向き合った。
「ことりとネリネはシアの母親のところか。なら、大丈夫なんだな？」
「ああ。連也のことも気にしなくていい。さやかも、問題ないだろう。あの二人なら何かあっても適当に切り抜ける。問題は楓だ」
「はぐれた時の状況からして、きっと何か稟ちゃんに繋がるものを見付けたんだろうね。楓なら、どんな小さなことでも、稟ちゃんに関することなら見逃さないはずだから」
楓のことをよくわかっていそうな口振りで亜沙が言うのに、皆頷く。
「でもだとしたら、もしかして、カエちゃんを見付けることが、稟くんの手がかりを探すことにもなるかもしれないってことだよねっ」
「確かにそうだが、あいつの身に何事もなければいいがな」
不吉なことを言う祐漸に、シアと亜沙の表情が沈む。
純一はそんな二人を励ますように少し声を張り上げる。
「大丈夫だって！ 楓はちょっと無茶するところはあるけど、強いからな。多少のトラブルは自力で何とかするさ」
「まぁ、おまえよりは安心だな」
「うるせーよ・・・」
「とにかくだ。まずは楓とはぐれたと思しき場所へ行くぞ。上手くすれば、気配の残滓を辿れるかもしれん」
細面のソレニアの青年が、楓に対して笑いかける。
嫌な笑みだった。相手のことを、同列に扱わず、見下しているような、それでいて値踏みしているような、そんな視線に見据えられて不快感を覚える。
だが楓は、その男よりも、隣にいる顔を隠している男の方が気になった。
先ほど追いかけていたのは、この男で間違いないと思われた。その背格好が、楓の記憶にあるものとピタリ一致する。
「はじめまして、ヒュームのお嬢さん。私は神王家に仕える者で、バジルと申します」
青年の方が名乗るが、楓はその声を聞いてはいたが、もう一人の男へ向けた視線は動かさない。
何度見ても、いや、目を凝らして見れば見るほど、その姿が重なる。
「彼のことが気になりますか？」
「・・・・・・・・・」
否定も肯定もしない。けれど楓の表情から、相手にはその心が見透かされているようだった。
「ふむ、まぁいいか。顔を見せてやれ」
バジルという青年が命じると、それまでピクリとも動かなかった男が覆面に手をかける。その動きの仕草も、そっくりどころか紛れもなく“彼”そのものだった。
まさか、という思いを胸に抱きながら、じっと男が覆面を外すのに見入る。
覆面を取るまでのほんの数秒間がひどくもどかしい。
逸る気持ちを抑えきれず、動悸が激しくなる。
自然と開いた口から小さな声が洩れる。
そして、男が覆面を全て剥ぎ取ると、楓は大きく目を見開いた。
「ぁ・・・あぁ・・・・・・」
見間違えるはずがない。
他の誰を見間違えても、“彼”の顔だけは、何があっても見間違えるはずがなかった。
幼い頃から、はじめて会った時から、ずっと見てきた。
憎んでいた時でさえ、片時もその姿が脳裏から消え去ることはなかった。
その姿を、絶対に忘れることはない。誰よりも長く、誰よりも深く、ずっと見てきたから。自分以上に“彼”をよく知る者などいないと自負できるほどに。
「稟・・・くん・・・・・・」
紛れもない。
そこにいるのは、ずっと捜し求めていた人、愛しい人、土見稟だった。
「・・・・・・稟くん・・・」
名前を呼ぶ。何度も何度も、会えずにいた日々に呼び続けながら、虚しく響き続けていたその名前を。確かにそこにいる人に向かって、その名前を呼びかける。
「稟くん・・・稟くんっ・・・・・・」
自然と、足が前へ進もうとする。
近付こうと、手を伸ばそうとした瞬間――。
ザッ！
周囲を取り囲むように、黒装束の者達が現れた。
「っ！！」
咄嗟に楓の体が反応し、腰の剣に手をかける。だが視線は、稟へと向けたままだった。
「稟くんっ！」
もう一度その名前を呼ぶ。けれど彼は、その声にまったく反応しなかった。表情を変えることすらなかった。
「稟・・・くん・・・・・・？」
「無駄ですよ。いくら呼びかけても、彼は誰の声にも反応しません。私か、私の父の声以外には、ね」
「そんな・・・・・・稟くん！ 私ですっ、楓です！ わからないんですかっ！？」
必死に呼びかけても、稟はピクリとも反応しない。聞こえてすらいないのではないかと思うほどに無反応だった。
その隣で、バジルがまたも嫌な笑みを浮かべる。
「なるほど・・・あなたが芙蓉楓さんですか。お名前は伺っていますよ」
「稟くんに何をしたんですかっ！？」
「大したことは。ただ全て忘れてもらっただけですよ。そして、我々の言うことだけを聞くようにした。それだけのことです」
「そんな・・・・・・」
楓が絶望感に身を揺らすのに対し、バジルは楽しげに笑う。
「ふむ、あなたが芙蓉楓さんなら・・・おもしろいことになりそうですね。どうです、私と一緒に参りませんか？ ご所望の“稟くん”とも一緒にいられますし、悪いようにはいたしませんよ」
バジルが誘うように手を前に差し出す。その手と、稟のことを交互に見ながら、楓は目を細める。
「・・・嫌です。稟くんを、返してください」
「それはできません。彼にはまだまだ利用価値がありますからね」
「返してください」
「お断りします」
「稟くんを・・・返してっ！！」
双剣を鞘から抜き放ち、楓はバジルへ向かって踏み込む。
「力ずくで取り戻しますか？ ではこちらも、力ずくでご同行願いましょう」
相手との間に、黒装束の者達が割って入る。
邪魔をする相手を切り払おうと剣を振り下ろすが、受け止められた上、剣を絡め取られそうになる。
「っ！」
体勢を崩しそうになったところへ、相手の刃が繰り出される。
倒れる勢いを利用して横へ跳び、それを回避する。
深く沈み込んだ状態から体勢を立て直し、前へ駆け出そうとする楓に向かって、三方から黒装束達が迫ってくる。一人目の攻撃を受け流しつつ、二人目の横をすり抜け、三人目の背後から剣を振るう。
キンッ！
だが、背中を狙った剣は硬い物に弾かれた。装束の下に、何かを着込んでいるようだ。
怯んだ楓に向かって、さらに二人が襲い掛かる。
「どいて・・・くださいっ」
敵は八人。それが絶え間なく楓を攻め立てる。
「やっと・・・会えたんです・・・・・・」
黒装束の者達は、一人一人が相当な剣の使い手で、連携も恐ろしいほどよく取れている。
「・・・手を伸ばせば、届くところに・・・・・・稟くんが、いるんですっ」
その上目的を遂げようとする意志も強く、かつてないほど手強い集団を相手に、楓は追い詰められていく。
だが楓には、そんなことで倒されるわけにはいかない理由があった。
「だから・・・邪魔しないでっ！！」
怒声と共に、楓の動きが鋭さを増す。
一瞬その姿を見失った黒装束の内二人が、手首を斬られて剣を取り落とす。
攻撃を仕掛けてくる相手の斬撃を掻い潜り、懐に入り込んだところで柄頭で顎を打ち上げる。
接近戦では手強いと見たか、残りの相手の内三人が縄を取り出し、それを放る。蛇のような動きで絡み付こうとしてくる縄から、楓は雷光のような動きですり抜ける。
そして相手の眼前で大きく剣を振りかぶり――。
「あぁああああああっ！！！」
体を縦に半回転させるようにして斬撃を繰り出した。
ズドシュッ！！！
遠心力と体重を一杯に乗せた一撃は、鎖帷子ごと相手の体を切り裂いた。路上に血を撒き散らしながら、相手は倒れ伏した。
残る敵は半分。横合いから新たな相手が迫る気配を感じて、剣を構えながら振り返る。
「え――？」
だが、その動きはピタリと止まる。
目に映ったその姿は、稟のものだった。
何の感情もない、無機質な瞳と目が合う。自分に向けられるそんな視線に、楓の頭が真っ白になった。
ドッ！
稟の拳が、楓の鳩尾を打つ。
「あ・・・・・・」
全身から力が抜け、両手の剣が音を立てて地面に落ちる。
「・・・りん・・・くん・・・・・・・・・」
崩れ落ちる体が、稟の腕に抱きとめられた。いつも優しく包んでくれたその腕は、他人のもののように冷たく、無造作に楓の体を持ち上げる。
そこで、楓の意識は途切れた。
中央通から外周区域方面へと伸びる大通りは、多くの人が利用する場所だった。その端に立つ純一達の前を、絶え間なく人が行き来している。
この中から普通に人一人見付けるのだけでも大変であろうに、既にいなくなった相手の気配を追うなど、どんな魔法を使ってもできそうになかった。祐漸も目を細めながら、渋い顔をしている。
「純一、何かないのか？ 腐っても黄金の魔女の孫だろうが」
「無茶言うなよ。さくらならいざ知らず、俺にそんな高等な魔法を期待しないでくれ」
物質生成や、夢の中で自我を保つ魔法はいずれも高等な術だが、前者は和菓子限定、後者は自力での制御不能。それ以外は並の魔術師程度の魔法しか使えない、出来損ないの魔法使いが純一である。
祖母の力を多く受け継いだ才能溢れるさくらならば或いは何か手段を持っていようが、純一にこれだけ大勢の人間が集まっている中からたった一人の気配の残滓を感じ取って追跡するなど不可能だった。
「チッ、さやかなら可能性もあるが・・・あのたわけどこをふらふらしてやがる」
「さやか、って子も、君達の仲間？」
「まぁな。色々便利な小技を使える奴なんだが・・・」
亜沙の問いに答えながら、純一も彼女が今この場にいないことを悔やむ。先にそっちを捜し出して連れてきても、その頃にはもう僅かな気配の残滓すら残ってはいないだろう。今でさえ、もうぎりぎりといったところだ。
お手上げと思っていると、シアが一歩前に進み出る。
雰囲気からすると、キキョウの方だった。
「キキョウ？」
「黙ってて、気が散る」
キキョウは目を閉じ、意識を集中している。
もしかして、と期待を込めた視線が彼女の背に集まる。
「・・・・・・はっきりしないけど・・・」
言いよどみながら、キキョウは歩き出す。
「こっち・・・だと思う。間違ってても責めないでよっ」
「ああ、こうなりゃ藁にもすがるさ」
その後を追って純一達も歩き出す。
しばらく中心街の方へ向かって大通りを逆行したところで、横の道へ入っていく。
段々と人気のない方へ向かい、時折立ち止まりながら、キキョウの先導で進んでいった。
ゆっくり気配を追いながら歩き、小一時間ほどしたところで、キキョウは完全に足を止めた。
「・・・ダメ、ここで完全に気配が途切れてる。でも変ね・・・ぶつ切りな感じ。何らかの方法で、気配の残滓を消したのかも・・・・・・」
「つまり、この辺りで何かあったってことか・・・」
周辺を四人で手分けして捜してみるが、手がかりになりそうなものは何もない。
だがそんな中、祐漸が一本の路地でじっと佇んでいた。
「どうした、祐漸？」
「・・・・・・血の臭いがするな」
「何？」
皆集まってきて、その路地を徹底的に調べてみる。だが、何の痕跡も見当たらなかった。血痕の類もない。
「血の臭いは短時間じゃどうやっても拭い切れん。たとえ魔法を使ってもな。ここで何かあったのは間違いない」
「何かって・・・何だよ？」
「・・・・・・・・・」
祐漸はゆっくりと辺りを見渡しながら移動していく。するとふと、その歩みが一箇所で止まり、地面をじっと見詰めた。
純一達がそこへ近付いてみると、祐漸の視線の先、地面に小さな傷痕があった。
睨むようにその傷痕を見ていた祐漸は、手に魔力を込め、氷を固めて剣の形にする。その切っ先を、地面に傷に当ててみた。切っ先は、傷痕にほぼピッタリはまっている。
「・・・同じ傷痕が二つか。これだけでは証拠にはならんが・・・・・・」
「おまえ、その剣、楓の・・・」
氷で形成された剣は、楓の持つ双剣とそっくり同じ形をしていた。祐漸のことであるから、ほぼ完璧な複製をしているだろう。つまりこの地面の傷痕は、楓の剣によるものである可能性がある、ということだった。
手に持っている高さから剣を落とすと、これくらいの傷痕がつくかもしれない。
それだけで全てを決定付けるには弱いが、ここで起こったかもしれないことの予測は立てられた。
「ここで何者かと争ったな。しかも剣を落としているとしたら、やられた可能性が高い」
「おい、まさか・・・」
最悪の事態が純一の脳裏に過ぎる。同じことを思って、亜沙と、キキョウと再び入れ替わったシアが蒼褪めた顔で口元を押さえる。
「いや、この地面には血の臭いがついていない。臭いがするのは少し離れた辺りだ。深手を負わされた様子はない」
三人とも、ホッと胸を撫で下ろす。
「楽観視は出来んが、ここで争った後、捕らえられたと考えるのが一番可能性が高いか・・・」
血の臭い、剣を落とした痕、そして気配と痕跡を断つ手段が取られた場所。
状況証拠ばかりからの推測だが、希望的観測からも祐漸の見解が正しいと信じたかった。いずれにせよ最悪ではないが、それでも悪い状況であることに変わりはないが。
さらに祐漸が推測を続ける。
「争ったということは、不意を突かれたわけではない。それでいて楓がやられたとなると、相手は相当の手練れか、何か心を乱されるようなことがあったか」
「祐漸、そのことだが、もしかすると・・・」
純一は、先ほどシアと一緒にいた時に襲われた相手のことを話した。あの相手ならば、一人の時に集団で襲われれば危ういかもしれない、と。
「なるほどな。楓が見た土見稟の手がかり、連也と似た剣を使う黒装束ども、そいつらの頭目と思われるバジルという神王家の家臣・・・・・・どうやらまだ全容は見えないが、繋がり始めた感じがするな」
「連中、連也と何か関係があるのか？」
「わからんが、可能性はある。連也が私用と言って離れた直後に、あいつと同じ剣を使う集団が現れた。これは偶然じゃあるまい」
おそらく連也も、その集団に関する何かを見て、それで行動を起こしたのだろう。
楓はその集団に攫われ、その集団はバジルという男に仕えている。バジルの父親は神王家の重臣で、土見稟が誰か力ある者の手の内にあるという予測にも当てはまる。
となれば、こちらがやるべきことは決まっていた。
「バジルとガレオンって奴らを調べる、か？」
「悠長に調べている余裕もなかろう。丁度いい手札もあることだし、城に乗り込むか」
そう言って祐漸はシアの方へ顔を向ける。話を向けられたシアはしばらくキョトンとしていたが、やがて祐漸の言わんとしていることを理解して慌てふためく。
「ええっ！？ わ、私ッスか？ な、何かしろと言われましても困るんですけど・・・」
「何を想像して焦ってるのか知らんが、俺が言いたいのはだ。城を抜け出して来てるおまえなら城内への抜け道を知っているだろう、ということだ」
「あっ！」
「ミッドガル城は千年王城、何百年も前からあの場所に建っていて、数十年ごとに最新技術を用いて増改築が繰り返されている。そのため城内に住む連中ですら知らない隙間が無数にあるはずだ。違うか？」
「・・・私としては何で祐漸さんがそこまで詳しいのかの方が疑問ッス・・・・・・」
それなりに長い付き合いになってきた純一も驚かされる。一体この男の知識はどうなっているのか。
けれどこうした時に役立つ存在なのは確かだった。
「そこから忍び込むってこと・・・？ 無茶じゃない？」
「かもしれんが、俺の勘がな。城へ行った方がいいと告げてるんだよ。それに、ユーストマの奴の顔も見ておきたいところだしな」
建物の隙間から見える、高く聳え立つ巨大な塔のような城を祐漸の目が見据える。
同じように純一も壮観とも言うべき城の姿を見る。以前乗り込んだダ・カーポ城とはまるで規模が違う。しかも今は連也がいない、楓がいない、さやかも迷子ということで状況は非常に悪かった。
「本気か、祐漸？ こっちの人数足りな過ぎるぞ・・・」
「俺、おまえ、ネリネ、リシアンサス、亜沙、これで五人だ。ダ・カーポの時と条件は似たようなものだ」
「同じじゃねぇだろ！ 城の規模が違うっての・・・・・・」
「そうでもないさ。リシアンサス、あの城には常時どれくらいの人間がいる？」
「わからないけど・・・上の方にはそんなにたくさんはいないはずだよ？」
「だろうな。空には飛空挺、城の周囲には巨大な城下町、これだけ守りが固い中、城内に多くの兵を配置するのにはあまり意味はない。加えて機械技術の結集された城内は、少ない人数でもその機能を維持できるようになっている」
「それはつまり、その機械とやらが厄介ってことじゃないのか・・・？」
「どんなに高性能でも所詮は道具だ。兵団同士ならさておき、個人同士の戦いでものを言うのは、結局個々の実力だよ」
剣でも魔法でも機械でも、最終的に勝負を決めるのは使う人間の実力。そう祐漸は言うのだ。確かにその通りではあったが、それでも数百人はいるであろう城内へたった五人で乗り込むのは、前の時同様無謀だった。しかも、あの黒装束の集団は手強い。その上楓は囚われており――。
「・・・何か考えるほどあの時の状況とかぶるな・・・」
「つまり、一度成したことだから二度目も何とかなるということだ」
「まぁ、そうだな・・・。どの道このまま手をこまねいているわけにもいかないし」
一先ずそうした方向で考えつつ、この場を離れることとした。
日が暮れる頃、純一達はサイネリア王妃の館へ辿り着いた。
シアがここを訪れることは知られているから、待ち伏せに会うかと思ったが、全員で警戒してもそれらしい見張りの姿はなかった。
館に入ると、サイネリア王妃の強烈なキャラクターに純一が圧倒されたり、ネリネ、シア、亜沙の三人が互いに再会を喜んだりして一頻り騒いだ後、皆神妙な面持ちで居間に集まった。
結局陽が沈む頃になってもさやかはやって来ず、連也もいないまま、楓も戻ってこない。楓に関してはほぼ、予想通りと思うべきのようだ。
「さて、あまり芳しい状況じゃないな」
「楓さん、無事だといいけど・・・」
ネリネ達三人はもちろんのこと、ことりも楓の身を案じて表情が暗い。純一も同様で、楓のことは心配だった。はじめて会った時から、自分の身を省みずに無茶をするようなところがあって、目が離せないような危うさがあった楓である。最近はそうした傾向はなくなってきていたが、ローグ山脈の一件でもわかる通り、まだ心に不安定な部分があった。
連也とさやかなら仮に厄介事に巻き込まれても切り抜けるだろうと信用できるが、楓の場合だけはどうしても心配の種が尽きない。
「確証はないが、俺の勘と推測でわかる状況はさっき説明した通りだ。黒幕がガレオンとかいう男だと仮定して、そいつがいる可能性のある場所は二箇所、だな？ リシアンサス」
「うん、たぶん。お城か、中心街近くの本邸のどっちか」
「両方調べてる暇はないよな。となるとやっぱり・・・」
抜け道を利用して城へ忍び込む。祐漸の主張はそれである。
「けどやっぱり無茶じゃないのか？ 根拠もないのに・・・」
「根拠は、俺の勘だ」
「いや、おまえな・・・」
確かに純一は、祐漸の勘が非常に優れていることを知っている。しかしだからと言って、全てをそれに委ねて行動を起こして良いものかどうか。何しろ、事は仲間の命がかかっていることなのだ。慎重に動いた方が良い場合もある。
他の面々の顔色と窺うと、特に楓と古くから親しい三人が渋い顔をしている。
その中で、ネリネだけが逸早く祐漸に賛同する構えを見せた。
「私の知る限り、祐漸様の勘は十度に九度は当たっています。ですから、私は祐漸様の勘を信じます」
「確かに祐ちゃんの勘は、思わずラヴなくらい冴えてるわよね。私も信じる価値はあると思う」
「お母さんがそう言うなら、私も信じてみる・・・」
少し不安そうにしながら、シアも頷いた。
残る一人、亜沙は難しい顔で祐漸の顔を真っ直ぐに見据えている。
「ボクは・・・簡単には信じられない。あなたのこと、ほとんど知らないから。それに・・・・・・」
その視線を、さらに険しくして亜沙は祐漸に詰め寄る。
「あなた、本当に楓を助けようと思ってる？」
「ほう。おもしろい聞き方をしてきたな」
「さっきからあなたが話してるのを聞いてて、あなた一度も楓を助けるって言ってない」
皆が亜沙の言葉にハッとなる。彼女の言うとおり、祐漸は一度も自分からその言葉を発してはいなかった。
祐漸の言葉は全て、敵と思しきバジルとガレオン、それに彼らに仕えているらしい黒装束の集団に関することだけだ。祐漸の意識は、この敵を攻略する手段に対してしか向けられていない。
この男と長く付き合っている純一やネリネは、それが彼流のスタンスであることを知っている。だが亜沙は、今日はじめて会ったばかりでそこまで深くこの男のことを知らない。
「答えて。あなたの考えてることを」
「・・・楓は俺の仲間だ。それに手を出すということは、俺に喧嘩を売ることでもある。この俺に喧嘩を売った以上、相手には相応の覚悟をしてもらう」
「それじゃあ、答えになってない！」
「ならはっきり言おう。楓のことは二の次だ。俺の中の優先事項ではない」
「そんなあなたを信じろって言うの？ 楓はボクの大事な、大事な後輩なの。絶対に助ける。それがボクの優先事項よっ！」
じっと睨み合う二人。ネリネとシアは二人の顔を交互に見ながらおろおろしている。
互いに自分の主張を曲げる気のない二人を見ながら、純一は小さく「かったりぃ」と呟いて、間に割って入る。
「仲間割れしてる場合じゃないだろ、おまえら」
「ボクはまだ、この人を仲間だと思ってるわけじゃない」
「そうだな。俺もまだこいつを仲間と認めたつもりもない」
「あのな・・・」
「だが、この俺に正面から食って掛かる度胸は気に入った」
「おまえの好みはどうでもよくてだな・・・」
「俺は自分の考えを曲げるつもりはない。明日、城内に潜り込む。目的は楓の捜索、土見稟の手がかり探しと色々あるが俺の主目的は、俺に喧嘩を売った連中を潰すことだ。暇があれば楓も助けるが、おまえが助けると言うなら他人に頼らず自分の力でやってみせろ。それだけの覚悟がないなら俺にはついてくるな」
激しく唯我独尊だが、これがこの男なりの筋の通し方だった。
亜沙はまだ納得いかなげな顔をしながらも、祐漸の言葉を否定することもできずに逡巡している。
どうやら祐漸はこれ以上何も言うつもりはないようで、ここは純一がフォローするしかないようだった。
「なぁ、亜沙。おまえと楓の関係は、楓から聞いてて知ってる。二人の仲が、いや、稟って奴を中心にした連中全員の仲がどれだけ深いか、わかってるつもりだ。不安もわかる。けど、俺達にとっても楓は、まだ一年にも満たないけど、苦楽を共にしてきた仲間だ。亜沙や、ネリネや、シアのそれには及ばないだろうが、同じ気持ちだと思ってる。だから・・・」
純一は突き出した拳の親指を立て、まず祐漸に指し、それを自分に向けながら言う。
「このバカは信じなくていい。その代わり、この俺を信じてくれ。楓は必ず助ける！」
最後にもう一度、握った拳を突き出す。その拳を、亜沙はじっと見詰める。
そして、自分の手を純一の拳に重ねて、決心したように顔を上げた。
「わかった。君のこと、信じるよ、朝倉君」
「私も、信じるッス！」
「私も」
さらにその上に、シアとネリネの手も重ねられる。
皆の視線が残る一人、祐漸へと向くと、本人は顔を横に背けていた。呆れたような顔はしているが、ほんの少し、口元が釣りあがっている。
「たわけどもが、好きにしろ」
立ち上がると祐漸は「部屋を借りるぞ」と言って居間を後にする。それをサイネリアが追いかけていった。
「はいはーい。リアちゃんが案内してあげる。あ、でも昔みたいに添い寝しろって言うのはなしね♪」
「そんなものは一度たりとも頼んだ覚えはない」
二人の姿が居間からなくなると、少し下がった位置で話を聞いていたことりが寄ってくる。
「朝倉君、私からも。楓さんのこと、お願いね。私は・・・何もできないけど・・・」
「その気持ちだけで十分さ。楓にはちゃんと、ことりも心配してたって伝えておくから」
「うん」
こうして、ミッドガルへ来て二日目の夜が更けていく。
が、その前にもう一つ、語られるべき出来事が、皆の与り知らぬところで起こっていた――。
次回予告＆あとがきらしきもの
バラバラになった仲間達、一人一人を中心にした話が続いておるが、今回は楓の番。ついに登場の稟、けれど・・・というお話。他の面子はピンチになりつつも切り抜けてしまっているけれど、楓は本当にピンチ。実にヒロインらしい役どころになっておるようで。
一方、登場の回ではいまいち目立たなかった亜沙のちょっとした見せ場も今回はあるのです。今まで登場してきた人物はほとんどが最強の男祐漸を敬っており（仲の悪いアイシアや、エリスでさえその力を認めてはいる）、その力や知識を信頼しているのだけど、今回亜沙にはそれに疑問を投げかける役割をしてもらった。まぁ、考えてみれば当然のことで、少しでもこの男のすごさに触れればわかることも、初対面ではわかるはずもなく、楓を助けることよりも敵を倒すことを優先して考えている祐漸に亜沙が食って掛かるのも自然な流れかな、と思いこんなシーンを入れてみた。 一部で祐漸×亜沙派がいるので、そのためのフラグ立て・・・でもあるのかもしれない。で、締めは純一が。純一、主人公ですから。皆、覚えておるよの？ 彼が、主人公だぞよ〜。
能力紹介シリーズも十三人目まできた。
月城 アリス
筋力 Ｃ 耐久 Ｃ 敏捷 Ａ 魔力 Ｄ 幸運 Ｂ 武具 Ｄ
運動能力の高さに定評があるアリス、敏捷性だけはトップクラスである。他は平均的。
次回は、どこまでもふらふら彷徨うさやかが行き着いた場所は・・・。