「おい、おまえら」

低い声で、祐漸は後ろの二人に呼びかける。
特に怒気が含まれているわけではないのだが、その声と、彼がそんな声を出す要因になっていることを思って、ことりとネリネは乾いた笑みを浮かべる。

「温厚な祐漸も怒ることがある、という言葉を知っているか?」
「えっと・・・はじめて聞いたけど、その・・・言いたいことは、わかります・・・」

ことりの言葉に、隣でネリネもコクコクと頷いている。
祐漸が怒っている原因は簡単だ。楓がいないのだ。気がついたらどこにもいなかった。人込みではぐれたらしい。
しかし、純一やさやかならともかく、あの楓がはぐれるとは。ただ、しっかり者に見えて自分に関することでは少しドジなところもある楓である。そういうこともあるかもしれない。

「まったくあのたわけは・・・」
「どうしましょう・・・祐漸様?」
「ここで捜しに戻っておまえらまではぐれられたりしたら敵わん。まずはサイネリアのところまで行くぞ。たわけどもはその後で俺が一人で捜す」

人捜しは人数が多い方が有利だが、この場合は二重遭難の危険があるため、一人で捜した方が確実であろう。

「チッ、どいつもこいつも・・・連也のいない時に問題起こしやがって・・・・・・」













 

真★デモンバスターズ!



第16話 新陰流の剣















「三年振りか・・・まさかソレニア領内にいたとは、見付からぬはずだ」
「俺を捜していたか? わざわざご苦労なことだな」
「・・・あえて捜し出そうと思っていたわけでもないのだがな・・・・・・」

連也の前に立つ男の名は、義仙。連也とは親戚の関係にあるが、それ以上に因縁深い相手であった。
歳は連也よりも少し上程度であろう。整った顔立ちをしていながら、そこには獰猛で野性的な雰囲気が漂っている。

「こうして出会った以上は、義仙。お主を、斬る」
「ふんっ、やはりこの俺が憎いか、連也!」
「怨恨はない。それを言うならばむしろ、恨まれるべきは拙者の方のはずだ」
「なるほどな、そうとも言える。では何故俺を斬る?」
「頼まれたからだ」
「頼まれた、だと? この俺を斬れと、誰に?」
「柳陰殿だ」

ピクリと義仙の眉が動く。それもそうであろう。
今告げたのは、彼の実兄の名なのだから。
柳陰、それは彼ら一門の現当主たる者の名だった。その者が、連也に、弟である義仙を斬れと言ったのだった。

「・・・ハッ! 貴様とて一門を追われた身でありながら律儀にその頼みを聞いてここまでやって来たということか!」

そう、連也と義仙は共に一門を追われた身だった。ある事件がきっかけで。
表立って追手が放たれることは、ないとは言い切れないがあまり可能性は高くなかった。

「柳陰殿は、兄としては弟を斬りたくはないと言っていた。だが、当主として、一門の裏切り者を斬らねばならない、と」
「それで貴様に俺を斬れと言ったか。自分では剣も持てない腰抜けめがっ。それに、裏切り者というならばむしろ兄の方よ! 一門が繁栄を築いてきた技を封印するなど、かつて死んでいった者達への裏切りに他ならぬわっ!!」
「新陰流が真に伝えるは剣の技のみ。だからこそ柳陰殿、いや・・・お主達の父上は、全ての汚点を自らが背負って逝かれたのだ。真なる新陰流の剣を、後世に残すために」
「黙れ! 戯言をぬかすなっ!」

彼ら一門は、元々剣の流派を伝える一族だった。だが戦の最中、一門は滅亡の危機に瀕した。それを救うべく当時の当主は、裏の剣を利用したのである。
裏の剣、即ち、暗殺剣である。
時の権力者に取り入り、その力を認めさせた一門は、影の仕事で功を立て、繁栄していった。
しかしやがて戦は終わり、平和な世の中が訪れた。そんな中で、影の剣は不要となり、現当主柳陰は、その技を永遠に封印しようとした。

「裏の剣は、もはや必要ない」
「だが見よ! 再び戦は起こった! 今この時に、一門がさらなる栄華を手にするためには、裏の剣こそが必要なのだ!」
「たとえそうだとしても、柳陰殿はそれを望んではいない」
「あんな腰抜けの言うことなど!!」

これ以上話しても、議論に決着がつくことはあるまい。義仙の言い分も、また全てが間違っているわけでもないのだから。
ただ、一つだけ彼は間違っている。柳陰は腰抜けでもなければ、自ら剣を取ることができないわけでもない。連也に義仙を斬ることを頼んだのは、当主である自らが、一門の下を離れるわけにはいかなかったからだ。それに何より、一門を抜けた義仙を人知れず斬るということは、 暗殺、即ち裏の剣を用いるということ。裏の剣を封じると誓った柳陰に、それを実行することはできなかったのだ。
それが理由。そうしたしがらみがなければ、柳陰は自ら弟を斬っただろう。それだけの実力は、あるはずだった。
連也は過去に一度、本気で立ち合ったことがあるからわかる。
あの時の勝負、確かに上回ったのは連也の剣だったが、まさに紙一重だった。紙一重で、負けていたのは連也だった。その時の戦慄は、今でもはっきり思い出せる。
父や、天才と謳われた今は亡き彼らの長兄には及ばぬかもしれないが、柳陰は紛れも無く、新陰流一門の当主たるに相応しい剣の使い手である。
もっとも、それを今ここで説いたとて仕方あるまい。

(柳陰殿・・・)

連也は、刀に手をかけながら、最後に柳陰と話した時のことを回想する。



「拙者に・・・義仙を斬れ、と?」
「こんなことを、そなたに頼むのは心苦しいが、他に頼める者はいない。義仙は強い。兄上亡き今、あれを斬れるのはわしか、そなたしかおるまい」

感情を押し殺した声で、柳陰は告げる。
本当は、たとえ裏切り者であろうと、弟を斬れというのは身を斬られるほどに辛い言葉だと想像できる。 子供の頃から粗野で横暴で、嫌われ者として柳陰自身も疎んでいた男だったが、それでも肉親の情は深い。

「・・・よろしいのですが、拙者のような者に頼んで。拙者は・・・・・・」
「だからこそでもある。“あれ”のことを今でも想っていてくれるならば、そなたの手で、あやつを斬ってくれ・・・!」
「柳陰殿・・・」



「俺を斬るか! 連也! “あれ”を斬ったおまえが、今度はこの俺を!!」
「・・・斬る。だからこそ、拙者の手で」

愛刀を鞘から抜き放ち、片手で持って切っ先を目の前の男に向ける。

「抜け、義仙。決着を付けよう」
「そうか。ならば是非もない」

スッと義仙の手が自身の刀にかかる。と、思われたが――。

「・・・・・・フッ、などと言うと思ったか?」

代わりに義仙は頭上に手を掲げた。すると周囲の影から、続々と黒装束の者達が姿を現し、連也の周りを取り囲む。その数、十六人。
全員が刀を抜いて、切っ先を連也に向ける。

「・・・・・・・・・」
「驚いたか、連也? あの時俺と共に一門を抜けた者達と、その後三年間で俺が手塩にかけて育てた、新しい裏の者達だ」
「・・・義仙」
「俺には大いなる野望がある。貴様との決着などにかまけている暇はないわ!」

義仙は部下達と連也を残したまま踵を返す。

「さらばだ、連也。せめてもの手向けだ、あの世で“あれ”と仲良く暮らすが良い」

そして現れた時と同様、一瞬のつむじ風と共に姿を消した。
連也は、義仙が消えた先をじっと見据えたまま動かなかった。だが、四方から放たれる殺気を受けて、左手で脇差を抜く。

「退く気は、ないか」

黒装束達は無言。誰一人、主の命令を違える気はないようだった。
ならば、是非もなかった。義仙を斬ると決めた時から、共に一門を抜けて行った他の者達と剣を交えることがあるだろうとも思っていた。それらを倒さねば義仙に辿り着けぬというのならば、斬るしかあるまい。
新陰流、裏の者達は、死すまで剣を引くことはない。
同門の者達同士の戦いは、静かに幕を開けた。







黒装束達が動いて、純一とシアに襲い掛かる。
いや、彼らの殺気が向けられているのは純一だけだ。そもそも彼らはシアを連れ戻しに来た者達なのだから、王女であるシアに対して手荒な真似はしないだろう。
だが、先ほどの会話から鑑みるに、この者達にシアを敬う心があるようにも思えなかった。

「気をつけろよっ、シア」
「大丈夫。こう見えても私、ただのお姫様じゃないッス!」

サッとシアが体の前に両手を突き出す。掌を合わせた間から光が生まれた。それを一気に左右へ引き絞ると、そこには一振りの剣が存在していた。
通常のものより少し大振りの長剣で、見事な装飾が成されていた。
向かってくる相手に対して、シアはその長剣を横薙ぎで斬り付ける。相手は後退し、その剣をかわした。

「勇ましいお姫様だな。ネリネといい、お姫様ってものに対する見方が変わるぞ」
「そうかもねっ」

相手は八人。その内二人が左右から純一に向かってくる。
剣を抜き放ちながら右から迫る剣を弾き、返す刃で左の相手の攻撃を受け止める。即座に受け流して胴へ向かって攻撃を仕掛けようと思ったのだが、相手は巧みに剣を操って受け流させなかった。
それどころか、逆に純一の方が剣を巻き取られかけ、バランスを崩された。

「うぉっと・・・!」

倒れかけた純一の頭上から切っ先が迫る。
重力の力に逆らわず、純一はそのまま地面に倒れ込み、すぐに横へ転がった。
地面に剣を突き立てる格好になった相手はすぐに追い打ちを仕掛けようとしたが、その瞬間に地面が隆起し、下から伸びた岩によって空中に打ち上げられた。 倒れ込むと同時に、純一が魔法を発動させていたのだ。
仰向けに地面に落ちた黒装束は、そのまま泡を吹いて気絶した。
だが仲間が一人やられたというのに、残りの相手は顔色一つ変えずに攻撃を続ける。

「ちっ、こいつら・・・!」

起き上がった純一は、また別の相手の攻撃に晒される。
二人同時に攻められては、普通にしていては受けるのが手一杯だった。
敵は、ただの有象無象ではない。一人一人が卓越した剣の使い手な上、連携にも長けている。かなり手強い集団である。
加えて純一は、相手の剣を受けながら、その太刀筋に覚えがあるような気がしていた。

(こいつらの剣・・・どこかで見たような・・・)

一方シアも、囲まれた状態で苦戦していた。
長い剣を持つシアはリーチの差で有利なように見えたが、相手は小太刀を操って懐に入り込もうとしてくる。小回りを利かせてくる相手に、シアはやりにくそうにしていた。
しかも、相手は殺気こそないが、怪我の一つや二つくらいさせても構わないくらいのつもりで攻撃してきているようだ。
容赦ない攻撃は、とても臣下が王女に対してするようなものではない。
見た目からも、ただの城の兵士とは違う。一体何者なのかと疑問に思っていると、数人が縄を取り出し始めた。

ヒュッ

ピンと張った縄をまるで矢のように飛ばし、しかもそれは体に到達した途端に蛇のように絡み付いてくる。
すぐにシアは、それで両手を取られてしまった。

「きゃっ!」
「シア!」

縄を斬ろうと剣を振るう純一だったが、斬ろうとした瞬間に縄の張りを緩められて上手くいかない。
もう一度試そうと思っても、自分の方へ襲い掛かってくる相手の対処に追われる。
両手を縄に取られて身動きを封じられたシアだったが、不意にその口元が歪んだ。

ボンッ!

音を立てて炎が生まれ、縄が半ばから燃やされた。
さらに火は縄を伝って操り手の方まで襲い掛かり、相手は慌てて縄を放り捨てる。

「調子に乗らないでよっ!」

怒声と共にシア、いやキキョウが左手を振るい、そこから放たれた雷撃が相手を撃つ。まともに喰らった一人はそのまま倒れて動かなくなった。
尚も怯まない敵が左右からキキョウに向かって剣を向ける。すると再び、雰囲気が変化する。
リーチの長い剣を突き出した状態で、シアは体ごと旋回した。相手が切っ先に怯んだ隙に片方へ向かって踏み込み、柄頭を黒装束の鳩尾に向かって叩き込む。
だが、相手はそれでは倒れなかった。シアは咄嗟に下がる。

「朝倉君、気をつけてっ! この人達、服の下に何かつけてる!」
「何?」

その言葉を確かめるべく、純一は相手の剣をかわしながら腹部に向かって斬り付ける。確実に入った一撃は、しかし硬い感触に阻まれた。

「鎖帷子か!」

こんなものまで着込んでいるとは、ますますもって普通の相手ではない。
純一とシアは、一旦下がって互いに背をくっつけ合う。残る六人の敵は、警戒を強めながら周囲を取り囲んでいる。

「この人達、結構強いね」
「ああ。それに今わかった、こいつらの剣、どこかで見た覚えがあったんだよ」
「知ってるの?」
「いや、直接は知らん。けど、俺の知り合いと同じ剣を使いやがる」

黒装束達の剣は、連也のそれとよく似ていた。連也の剣を、もっと卑劣な感じ、というと語弊があるが、相手の弱点をしつこく突くような感じの邪剣にすると、ちょうどこんな剣になるような気がした。
あまり自分のことを語らない連也のこと、どういう関係があるのかはわからなかったが、連也と同じ新陰流の使い手なのだとしたら、手強いのは当然だった。
正直言って、剣だけの勝負では純一もシアも不利であろう。だが――。

「それにしてもおまえら、入れ替わりながら戦うなんて器用なことするな」
「まぁね。こういう戦い方に慣れてきたのは最近のことだけど。私が剣で――」
「――あたしが魔法が得意だから、合わせれば無敵ってわけ」
「確かにそりゃ無敵だ」

魔法を使う際には、どうしても溜めが必要になる。しかし先ほどの様子を見る限り、キキョウはシアが表に出ていて剣を振るっている間にその溜めができるようだ。だから、入れ替わった瞬間に魔法攻撃が撃てる。
シア自身の剣の腕もなかなかのもので、剣と魔法を絶え間なく使えるシアは、まさに理想的な魔法剣士と言えた。
このことを祐漸が知ったら、「おまえの唯一のお株が奪われたな」とか言いそうなくらい、純一から見れば羨むべき能力である。

「よしっ、んじゃ一気に片付けるとするか!」
「了解ッス!」

二人は同時に、体を向けている方向へ向かって駆け出す。
確かに剣だけの勝負では不利かもしれない。だが純一とシアはいずれもただの剣士ではなく、魔法剣士だった。剣と魔法を組み合わせた攻撃の前には、相手もひとたまりもなかろう。

バチンッ!

キキョウの放つ雷撃が相手を怯ませた隙に、シアが剣を振りかぶって踏み込む。

「でぇぇぇいっ!!」

全力で薙ぎ払われた長剣が相手の胴を打つ。斬れずとも、その衝撃までは殺しきれず、黒装束は体をくの字に折って気絶した。
普通の剣で思い切り鎖帷子を叩いたりすれば刃こぼれするか曲がるか、最悪剣が折れる可能性もあったが、シアの剣は特別のようで、傷一つついていない。さすがに王族だけに、得物も一級品のようだ。
純一とて負けてはいない。
斬撃を囮に使いつつ、大地の魔法を使って相手を追い詰めていく。

「おらよっ!!」

大振りの一撃は寸でのところでかわされる。だがそれも狙いの内で、反撃に転じようとした相手の体が地面から生えた蔦に辛め取られる。
蔦に締め付けられた黒装束は、首をガクリと落として気を失った。
爆発音がしてそちらに目を向けると、キキョウの放った爆裂魔法で相手の一人が吹き飛ばされているところだった。
これで、残るは三人。

「よし・・・シア、伏せろ!」

剣を握る手に力を込めて、純一はそれを横薙ぎに振りかぶる。鍔元の宝玉が光を発し、切っ先から力が生まれて刃にまとわりつく。

「桜華仙!!」

力をまとわせた状態で、体を回転させながら剣を振り抜く。
全方位に向かって放たれた力の渦が、残りの敵を包み込んで吹き飛ばした。身を屈めているシアが目を丸くしている。
純一が剣を振ると、力の残滓が桜の花びらのように舞い散る。

「大分マシになってきたか」

以前よりもかなり強い力を出しても、それなりに安定するようになってきた。ローグ山脈以降、密かに何度か試していたが、この剣の力も大分使いこなせるようになってきているのは間違いないようだ。
しばらく敵が起き上がってこないか様子を見ていたが、どうやら大丈夫そうなので剣を納める。

「すごいねっ、その剣」
「そっちのもなかなかいい剣じゃないか」
「うん、まぁ、一応うちの家に伝わる聖剣だからね」
「そうか。とりあえず、話は場所を移してからにしよう。こいつらが起きてきても面倒だしな」
「そうだね」

シアも剣をしまって、二人はその場から離れるべく走り出した。

「それにしても、今の人達強かったね」
「ああ、ただのやられ役の雑魚じゃなかったな」

先ほども思った通り、魔法や桜華仙の力を使ったから手っ取り早く終わらせられたが、剣だけで戦ったら倒せたかどうかすら怪しい。それくらい手強い集団だった。
正体も気になるところだが、まずはその実力の高さに驚かされた。

「キキョウちゃんの魔法があったお陰で何とかなったけど、剣だけじゃ勝てなかったかも・・・」
「だな。あいつらに剣だけで勝てる奴がいるとしたら・・・」

そんな奴は、純一の知る限りでは一人しかいそうになかった。
あの男ならば、剣だけでこの敵に囲まれても切り抜けるだろう。連也ならば。







連也の周りを、裏の者達は二重の円で取り囲んでいる。
内側の円を形成する八人は、切っ先を円の中心へ向けた状態で時計回りに走っている。外側の八人は、それとは逆回転で、同じように連也の周囲を走る。
この円陣こそ新陰流、裏の剣における集団戦法の必殺の構え。
中心に置かれた者は、回転する刃の檻で、前後左右いずれにも動くことはできず、切り刻まれるのを待つしかない。唯一の突破口は空中にあるが、それこそが最大の罠だった。跳び上がった瞬間、外周の者達が同時に跳躍し、逃げ場のない空中で八方からの斬撃に晒されることとなる。たとえ一人や二人斬られたとしても、残りの者は確実に仕留める。いやそもそもこの陣形自体が、味方の犠牲を想定しているのだ。回転しながら陣を狭めていく内側の者達も、空中で一斉に斬りかかる外側の者達も、その剣は相手のみならず味方すらをも傷付ける可能性が高い。 本来集団で一人を襲う場合でも、味方同士を傷付け合わないよう、せいぜい二、三人で斬りかかるものだが、それを恐れることなく、 一人に対して襲いかかれる限界ぎりぎりの八人で同時に斬りかかる。
犠牲を厭わず、ただ敵を殺すことのみに心血を注ぐのがこの構えなのだ。
まさにこれこそ、確実に相手を殺すことのみを目的とした非情の暗殺剣。一度狙われれば、決して円陣の中からは逃げられない。

ザッ!

円陣が一気に狭まる。八方から襲い来る刃を前に、逃げ場は空中のみ。連也は迷うことなく地面を蹴って跳躍した。
真上、ではなく、斜め上へ向かって。
足の先すれすれのところを、刃が掠める。その足を相手の一人の肩に乗せ、同時に左手の脇差で踏み台にした者の首を掻き斬る。
跳ぶならば真上と思っていた外周の者達は、僅かに戸惑いながらも同じく跳躍し、首を斬られた者の肩に乗っている連也目掛けて刀を振り下ろす。
だがそれよりも遥かに速く、連也は再度跳躍していた。

「!!」

これには、感情を表に出さない裏の者と言えども驚かされたようだ。連也は外周の者達が跳び上がった高さの、さらに上へと舞い上がって行ったのだ。さらに跳び上がり様、最も近くを跳んでいた者へ向けて斬り付けていた。
落下しながら連也は、空中に浮遊していて身動きの制限されている者の内二人へ向けて両の刀を振り下ろす。
跳び上がった仲間を斬らないよう、下で円陣を形成していた者達が一斉に後ろへ跳び下がる。一瞬で四人の仲間を斬られながらも一切動揺せずにその判断力はさすがだが、必殺の陣形が破られたことに変わりはない。

ザシュッ!

後退していく一人に追いすがり、これを斬り捨てる。
狙うのはいずれの場合も、首筋か顔そのものだった。胴にはおそらく鎖帷子を着込んでいるためだ。
それを警戒して刀を立てて防御しようとした者に対しては腕を斬りおとし、怯んだ隙にわきの下から心臓目掛けて刀を突き立てる。
陣形を立て直そうと下がりながら連也を取り囲もうとする相手に対し、連也はそのさらに後ろへ回り込むように駆け回り、一人一人の命を確実に奪っていく。そこには一片の容赦もない。全て必殺の一刀でもって相手を絶命させていった。
普段の連也が使う、正面から勝負する剣とは違う。裏の者達と同じ、確実に相手を殺すことのみを追求した殺人剣を、連也は振るっていた。
敵わぬと見て逃走を計ろうとした者にも追い縋り、これを斬って捨てた。

ドブシュッ!!

最後の一人に突き入れた刀を引き抜くと、その者の倒れる音だけが響いて辺りに静寂が訪れる。
戦闘開始から僅か三分足らず。決して弱くはない、いずれも一流と称して良い十六人の刺客は全て倒れ、そこに立っている者は連也のみとなった。
顔こそ見なかったが、斬った者の中には、一門の下にいた頃、道場で見かけたことのある太刀筋を使う者もいた。だが、顔見知りであったかもしれない者を斬ったにもかかわらず、刀についた血を拭い、それを納める連也の顔に、表情はなかった。
脳裏に過ぎるのは、同じく道場にいた頃に聞いた、今はもういない者の言葉だった。

『連也様は、一門の中で一番お強いのですよねっ!』

陽の光の下で笑うのがよく似合う人だった。目を瞑れば、その姿をいつでも思い描くことができる。 道場の稽古で、常に誰よりも光るところを見せていた連也に対して、その人はそう言って笑いかけた。
けれど、その人はもういない。自分が、その手で斬ったのだ。
一番強いなどと、買いかぶりも良いところだった。
真に強い者の剣は、戦わずして相手を制することのできるものだ。ただ敵を斬ることしか、殺すことしかできない剣では、本当の強さなど得られない。ましてや、大切なものを守れないどころか自らの手で失わせてしまうような剣が、一番強いはずなどない。

「拙者の剣は、義仙のそれと変わらぬよ」

ただの殺人剣。それ以上のものを、連也は自分が会得できるとは思わなかった。だが、それならばそれで良い。
新陰流の剣は、柳陰や、自分の兄の家系が正しく後世に伝えて行ってくれるであろう。
自分は義仙を斬る。そして自らも、いずれどこかで朽ち果てよう。それで、この世から影の剣を使う者は全ていなくなる。それで良いのだ。
連也は既に死人だった。
かの人を斬った時に、己も死んだのだ。
後に遺すものなどもない。ただ、この身が朽ち果てるまで、この世を流れ続けるのみ。

「おい、おまえ! そこで何をして・・・こ、これはっ!」

人が集まってきた。このままここにいても仕方あるまい。
義仙は逃がしてしまった。ならば、改めて追うとしよう。
集まってくる人々を振り切って、連也はその場から姿を消した。







数人いた見張りの目を掻い潜って、祐漸はことりとネリネを連れて館の中庭まで入り込んだ。
紛れも無い不法侵入だが、別に問題はない。いや大有りだが、おそらくないだろう。
祐漸はこの館の現在の主人を知っている。相手も祐漸のことを知っている。そして二人の仲から、不法侵入程度が問題になることなどない。実際はやはり大有りなのだが、本人達がないと決めたのでないのだ。
そんなわけで祐漸は、庭の茂みから館内の様子を探る。幸いなことに、館の主はすぐに見付かった。
居間のソファに寝そべって、退屈そうに欠伸をしている。
とてもその姿を見て、彼女が神王家の王妃だというのは想像できない。

「サイネリア叔母様・・・」

ネリネが額に手をやって首を振っている。
とはいえ、彼女の兄も、公務の時以外はとても魔王などと呼ばれる存在だとは思えないような振る舞いをしている。ヴォルクスを束ねる家の人間がそんなことで本当に良いというのか。祐漸としてはどうでもよかったが。
小さな氷の礫を生み出し、窓に向かって飛ばす。

ピシッ

窓に命中して小さな音がすると、寝そべっていた神王妃サイネリアはごろんと転がって顔を窓の方へ向ける。
そして祐漸が顔を見せると、見開いた目をパチクリさせてから飛び起きようとして、ソファから落ちた。
祐漸はササッと左右に目を走らせ、人目がないことを確認すると二人を連れて窓際まで一息に駆けた。近付くと起き上がったリアが窓を開け、素早く三人を迎え入れる。そのまま、少し窓から離れた位置まで行ってようやく互いに向き合う。

「「・・・・・・・・・」」

しばし見詰め合う祐漸とリア。そして――。

「わっ、祐ちゃんだ! しかもネリネちゃんまで、びっくり!」
「神王妃になって少しは落ち着いたかと思いきや、大して変わらんな」
「そりゃもう! いつまでも変わらぬ若さを保ち続ける私ってばラヴ♪ あ、でもセージちゃんやアイちゃんの若々しさにはとても敵わないけどね・・・」
「あれはある種の異常だ」
「そうよね〜。まぁとにかく、久しぶり祐ちゃん! それに、ネリネちゃんも。そっちの子は・・・」
「はじめまして、白河ことりです」
「ことりちゃんね。もう、またかわいい子連れちゃってる祐ちゃんてばラヴなんだからっ。あ、でもわかってると思うけどネリネちゃんに手出しちゃダメよ? ネリネちゃんにはもう心に決めた旦那様がいるんだから。それと、うちのシアちゃんにもね♪」
「とりあえず言いたいことは山ほどあるが、まずはこれを受け取れ」

懐から取り出した手紙をリアに押し付ける。思わず受け取ったリアは、しかし顔を赤らめて何やら悲劇にヒロインのように手を額に当てて斜め上を仰ぐ。

「ああ、そんな! 祐ちゃんってば、幼い頃から抱いていた憧れを今になって恋心に変えてしまったのね! 禁断の愛ってラヴ♪ だけどごめんなさいっ、私は神ちゃん一筋で・・・」
「戯言はいい。フォーベシィからだ」
「あ、兄さんから?」

さらっと立ち直ったリアは改めて封筒を見る。表には「我が愛しき妹サイネリアへ」と書かれており、裏には「おまえの麗しき兄フォーベシィより」と記されていた。
相変わらず騒がしい性格をしている女だと祐漸は思う。
既に何度か紹介したが、彼女は魔王フォーベシィの妹にして、神王ユーストマの第三王妃サイネリア、通称リア。性格は見ての通り。祐漸とは彼が幼い頃からの知り合いで、リアが神王家に嫁ぐまでの間はよく魔王邸で遊ばれたものだった。他にも現魔王妃で祐漸の義姉でもあるセージ、それに現西王の姉でフォーベシィの元婚約者でもあったアイという女性も含めた三人が、出来が良くて生意気な少年だった祐漸で遊んでいたのである。もちろん、やられた分は相応にして返しておいたが。

「まぁ、これは後で読むとして」
「さっさと読めよ。まぁ、一日二日程度遅れても今さら大した違いもないが」
「でしょでしょっ。まずは再会を祝して・・・あ、そうだ、今日はシアちゃんも来るはずだから、後でパーティーしよう、パーティ!」
「遊びに来たわけじゃないんだがな・・・」

そもそも不法侵入者を招いてのパーティーなどあってたまるものかというものだった。しかし、いずれ会うつもりだったリシアンサス王女がここへ来るというなら好都合だった。
だというのに、たわけが三人、迷子になっているのが問題だった。

「パーティー云々は後回しだ。とりあえずサイネリア、しばらくこの二人を頼む。俺は迷子どもを捜さにゃならん」
「他にもお友達連れてきてるんだ。後で紹介してね♪」
「そうだな」

楓のことは、おそらく既に知っているだろうが。それと、さやかとは、気が合いそうだった。というよりも、合い過ぎて怖い。騒がしさが二倍どころか二乗になりそうな気がする。
それを想像すると頭が痛いが、放っておくわけにもいかない。
まずはサイネリアとリシアンサスに会うことを目的として来たため、その後の行動については深く考えていなかった。だから一度全員で集まって今後の方針を考える必要があるのだ。連也は私用があるから良いとして、残りの面子は集めなくてはならない。

「じゃあ、行ってくる。頼んだぞ」
「は〜い、いってらっしゃ〜い! がんばってきてねー」

何故自分がこんなことでがんばらなくてはならないのか、理不尽なものを感じる。
だが現実に自分以外にがんばる者はなく、また下手にがんばられると余計に状況がややこしくなることは明白だった。
いつの間に自分はこんな苦労人になったのかと頭を悩ませながら、祐漸は一度館を後にした。














次回予告&あとがきらしきもの
 今回は連也メインの回、ということで少し専門的な話をしようか。連也のモチーフについて詳しく知らないとよくわからないであろう話。
 作中に出てくる連也の新陰流一門のモチーフは、わかる人にはもうわかりすぎるくらいわかるように、柳生新陰流一門である。しかし、あくまでモチーフであり、厳密には別物である。例えば、連也と義仙の二人は本来ならば連也の方が年上であるが、この作品内ではほぼ同い年から、義仙の方が少し上ということになっている。また、柳生新陰流の創始者は連也の曾祖父に当たる石舟斎だが、この作品内での新陰流はもっと古い時代から続いている流派という設定だ。ついでに連也の家は普通に一門の分家という扱いで、江戸柳生と尾張柳生という風に分かれたりもしていない。しかしそれ以外の部分は概ね実際の柳生家に近く、柳陰というのは江戸柳生の二代目宗冬であり、今は亡き彼らの長兄と父というのは、十兵衛と宗矩のことである。十兵衛や、尾張柳生を主役として小説などだと、江戸柳生は影の集団、裏柳生を使っての暗殺を得意とするものとして悪役として描かれることが多いが、私は宗矩という男のことも大した人物だったと思っている。なのでこの作品内では、宗矩は影の仕事をこなしてきた汚名を一身に背負って逝き、自分の代で裏柳生を途絶えさせようとした、という設定になっている。ちょっとかっこいい? 十兵衛は表でも裏でも柳生一門歴代最強の使い手で、この作品内においても連也と義仙、共に尊敬する人である。ちなみに余談ながら、連也の父兵庫助が、かの宮本武蔵とすれ違った際、初見だったにも関わらず互いに正体を言い当てたという逸話があり、14話で出てきた連也の祐漸の出会いシーンはそれを 元にしているのだ。達人は、達人を知る。
 さて能力紹介は十一人目、引き続きサーカス編のサブキャラ。

工藤 叶
   筋力 C   耐久 C   敏捷 B   魔力 C   幸運 C   武具 C
 この辺りになるとメインキャラ達からはかなり見劣りするかも・・・。これでも一般人から見れば十分過ぎるほどの実力者である。

 次回は、迷子達を捜しに街へ戻った祐漸は、思いがけない人物で出会う。それは、遠い日の想い・・・祐漸の過去が紐解かれる。