ローグ山脈を越えた純一達がソレニア領内に入ってから、早くも半月が経過していた。
その間は一度も人里に下りることなく、山の中やら森の中やら、とにかく人のいないところばかりを通っていた。地理に疎い他の面子は、どこをどう歩いているのかもまったくわからず、 その間は祐漸だけが頼りだった。どこへ向かっているのかもわからずひたすら歩いている中、純一が一体何度「かったるい」と言ったことか。一度さやかが数えてみようとしたのだが、三日で百回を超えた時点で諦めていた。
どうしようもないぐーたらだと皆から白い眼で見られた。口ではそう言いながらも一応ちゃんとしているつもりの純一としては心外である。

「あー、すまんことり、水取ってくれ」
「はい、どうぞ」
「サンキュ・・・んぐ、んぐ・・・ぷはっ。あー、かったりぃ・・・」

水を飲み終わった後、だらしなく半開きになった口元から水が零れるのを、水筒を受け取りながらことりが拭う。どこからどう見ても立派な、というとおかしいが、ぐーたらであった。
とにかくそんなわけで、今も空さえ見えないほど深い森の中を歩いている。

「おーい、祐漸。いい加減俺はかったりぃぞ。一体どこまで人のいないところを通ってくつもりなんだ・・・? 人目を避けるってのはわかるけどよ・・・」
「まぁ、実のところ人目を避けるってところに大した意味はないんだが」
「・・・・・・は? じゃこの道行きは一体何だ?」
「おもしろいものを見せてやろうと思ってな。いきなり本命を見た方が驚きも一入だろ」
「何のことだ?」
「直にわかる」

もったいぶる結局祐漸は明確な答えは出さずに歩き続ける。他の皆を見ると、連也は変わらず興味なさげで、女性陣も揃ってわからないという顔をしていた。
一体何を見せるつもりなのかと思っていると、不意に空から音が聞こえてきた。

「何だ・・・?」

風を切るような、それでいて唸るような低い音が響いてくる。見上げてみたが、木の葉の天井が視界を遮り、音の正体は見えない。

「おまえら、一応聞いておくが、ソレニア領内に入ったことは?」

全員、祐漸の問いに対して首を横に振る。

「楓、ネリネ。おまえらは神王家の姫とも付き合いがあったんだろ? 何か聞いてないのか?」
「いえ・・・そういえば、故郷の話とかはあまり・・・」
「私も、聞いたことがないです。シアちゃんが私の家へ来たことはあっても、逆はありませんでしたし・・・」
「ソレニアは秘密主義だからな。そうか。全員知らないか。ならおまえら、見て腰抜かすなよ」

何のことだかさっぱりわからない。だが祐漸はそれ以上は何も語らず、ひたすら前へ向かって進んでいく。
空から響いていた音は頭上を通過し、進行方向へ向かって遠ざかっていった。
さらに進んでいくと、段々森が開けてきた。そうすると先ほどと同じ大きな音がまた響いてきた。今度こそその正体を突き止めようと見上げた純一達の上に、巨大な影が差した。

「んぁ?」

一瞬空が覆われる。何事かと思ったが、まだはっきりとその正体がわからない。

「お、おい祐漸・・・今のは何だ?」
「まぁ、焦るな。もう少しだ。ほれ、そこを抜ければ・・・」

森を抜ける。
ずっと暗い森の中にいたため、差し込んだ光に一瞬目が眩んだ。
白一色に覆われた視界が、段々と晴れていく。
少しずつ目を開けていき、最後に、それが一気に見開かれた。目の前に広がる光景を見て。

「・・・・・・・・・・・・!!」

声が出ない、とはまさにこのことだった。純一だけでなく、祐漸以外の全員がそうだった。物事に動じない連也でさえ、目を丸くしていた。
そこに広がるのは、未知の世界だった。
大きな都市。それだけならばまだ良いが、その中心に聳え立つこの世のものとは思われないほどに巨大な城と思しき建造物にまず度肝を抜かれる。ネリネにはじめて会った魔王邸すら物の数ではない。それは、天を衝くのではないかというほどに高い塔だった。幅も広く、中央の塔だけでダ・カーポ城がすっぽり納まってしまいそうである。
街に目を向ける。これまた、一つ一つが城かと思うほどの大きさの建造物が無数に立ち並んでいた。城を中心に円状に拡がった街の外れに行けば、馴染めるレベルの建物もたくさんあったが、それでさえも驚くほど立派に見えた。
そして極め付きは空である。
見上げた先には、船が浮かんでいた。空に、船が、厳密には船と呼べる形とも違うのだがそれ以外に呼び方が思いつかないような巨大なものが、浮いているのだ。飛んでいるのだ。先ほどから空で響いていた音の正体はそれだった。大きなものが数隻、また小型のものも十数隻が飛び交っている。

「ひ、飛空挺・・・・・・でもっ、これは・・・!」

ネリネが口元を押さえて驚いている。その口が聞きなれない言葉を発していた。

「飛空・・・挺?」
「天王家にあるお粗末なものとは違う、本物の飛空挺だ。はじめて見たか?」
「は、はい・・・」
「ゆ、祐漸・・・飛空挺って何だ・・・?」
「見た通りのものだ」

顎をしゃくってみせる祐漸の指し示す先を見て、改めて唖然とする。あまりに非現実的過ぎる光景だった。魔法を使えば一人二人が飛ぶのは、簡単ではないが難しくもない。が、あんな大きな、最大では百人単位で人を乗せられそうな大きさのものが空を飛ぶなど、信じられなかった。

「今飛んでるのはほんの一部さ。ソレニア全土に配備されている飛空挺の数は、まだまだこんなものではない」
「こんなものが・・・まだまだ・・・・・・」
「わかるか? ヴォルクス・ヒュームに比べて圧倒的に少数民族のソレニアが、何故長い間大陸の覇権を巡る戦いにおいて優位に立っていたか・・・これがその、答えだ」

飛空挺を見据えながら、祐漸が言い放つ。

「ヴォルクス九王家の全軍を集結させれば百万を超す兵力がある。だがその中で空の戦力を持つのは、竜王家の竜騎兵団と天王家の天空師団だけだ。それすらもソレニアの飛空挺戦力には到底及ばない。制空権を持つソレニアは、少数でありながらヴォルクスと互角の戦をずっと続けられたわけだ 。まぁ、大戦が絶えて数十年、今となってはこの実態を知る者は、王家と軍部以外ではほとんどいないがな」

空を睨んでいた祐漸の視線が地上へと戻される。

「さらに地上の戦力とて侮れない。少ない兵力で、しかも戦闘民族たるヴォルクスの大軍を相手に戦えるだけの多くの強力な兵器があるからな」

そう言われても、実物を見たことのない純一達にはピンと来なかった。ただ、自分達の想像もつかないような代物なのだろうとは理解できた。
眼下に広がるこの街が、既に想像を遥かに超えた姿を晒しているのだから。

「魔科学。魔力を動力源とした機械と呼ばれる技術によって発達した種族、その全てが結集しているのがここ、ソレニア首都、ミッドガルだ」













 

真★デモンバスターズ!



第14話 魔科学の都















しばらくの間、皆その場で呆然としていた。
噂程度でならば聞いたことはある。ソレニアには機械と呼ばれる特殊な技術で作られた道具があり、それによって豊かな生活を送っている、と。しかし実際にこうして目にするまでは、ここまで凄まじいものだとは夢にも思わなかった。純一は「かったるい」と言うことさえ忘れ、その光景に見入っていた。

「なんつーか・・・・・・すげーな・・・」

そんな単純な形容詞しか思い浮かばない。本当に驚いた時、人間の思考は止まるものらしい。まともな考えができない。
さすがに連也は逸早く立ち直っているが、それでもこの光景に対して言葉がないのは変わらないようだ。女性陣は純一と同じで、目を丸くしたまま眼下の街を見下ろしている。

「まぁ、無理もない。さしもの俺も、はじめてこの街を見た時には言葉が見付からなかった」
「・・・そういえば、今じゃ実態を知る者はほとんどいない、って言ってたけどよ。じゃ、何でおまえは知ってたんだ? というか今見た時、って言ってたし」
「昔な、興味があって忍び込んだことがある。驚いてる間にうっかり見付かってとんでもない奴とやり合うことになった。あの時は今まで生きてきた中でワースト3に入る冷や汗ものの状況だった な」

この男も冷や汗を掻くような状況があるのか、と純一は見当違いのことで感心したが、それなら祐漸がソレニア領内の地理にまでやたら詳しいのも説明がついた。無茶をするところは昔から少しも変わっていないようだ。 それに、この男をしてとんでもない奴と言わしめる相手のことも気になったが、聞いても答える様子はなかった。

「さて、おまえら、いつまでも呆けてる場合じゃないぞ。街見物に来たわけじゃないんだからな」

祐漸が懐に手を入れ、そこから取り出したものをネリネに向かって渡す。

「祐漸様、これは?」

それは、色付きのレンズが入った眼鏡と、大きめの帽子だった。言われるままに身につけると、なかなかネリネによく似合った。

「ヴォルクスであることは隠さないと何かと面倒だからな。そいつで変装する」

特徴的な長い耳と紅い瞳は、確かにソレニア領内では目立ちすぎるだろう。ヒューム領内ならばまだしも、ソレニアにはヴォルクスを毛嫌いする者も多いと聞く。

「あ、この眼鏡と帽子、結構かわいいかも」
「とってもよくお似合いです、リンちゃん」
「祐君もなかなかいいセンスしてるね〜」

変装グッズを身につけたネリネの周りに集まった女性陣がネリネの格好を褒めながら振り向くと、祐漸も自分用の変装グッズを身につけているところだった。それを見て、皆思わず固まる。

「サ、サングラスに、シルクハット・・・・・・」
「えーっと・・・・・・」
「・・・祐君・・・・・・ダサい」

ことりと楓が苦笑いを浮かべながら、さやかがあからさまに白い眼で祐漸の格好を見る。

「祐漸、おまえ・・・変だぞ・・・・・・」
「眼の色と耳さえ隠せりゃ何だっていいんだよ」
「あの、祐漸様・・・。普通に幻影魔法でいいのでは・・・?」

幻影魔法、というのは読んで字の如く、他人の目に本来とは異なる映像を見せる魔法のことである。変装などにもよく用いられる魔法なのだが――。

「それは王道だ。ヴォルクスがソレニア領内へ潜入する際にはよく使う手だが、それゆえに相手も警戒してる。原始的だが、こっちの方が確実だ」

バレる時はどっちだろうとバレる、というのが祐漸の言い分だった。

「とにかくだ、下手にソレニアを演じてもすぐにボロが出るだけだ。俺達は田舎にあるヒュームの集落から都会へやってきた集団、ということにするぞ。何かあったらそれで話を合わせろ。態度も、怪しまれないよう自然さを心掛けろよ」

その他いくつか打ち合わせをしてから、とりあえず街に慣れるために今日一日は適当に街中を歩き回ってみようということになった。







そして街へ下りてみると――。

「きゃーーー! なにこれ変なのー! あ、あっちにも! おもしろーーーいっ♪」

目立つわけにはいかないというのにさやかが騒ぐこと騒ぐこと。
一メートル歩くたびに辺りにある物に興味を持ち、右へふらふら、左でどぴゅーと動き回る。
確かに物珍しいのはわかる。建物の造り一つとっても今まで見知ってきたものとはかなり違っており、街中の至るところに見たこともないような物が無数に置かれている。例えば道の左右に立ち並ぶ、上に水晶玉のようなものがついた柱は一体何なのか。後に聞いた話によるとそれは街灯と言って、夜になると明かりが灯るのだという。 実はこの程度ならばヴォルクスの都市部にも、原理は違うが近いものは存在しているのだが、ヒュームでそれを知る者は少ない。それ以外にも色々なものがあって、ここは純一達にとって摩訶不思議な街であった。
とは言うものの、珍しいのはわかるがこんなに騒いではまずいのではなかろうか。
騒々しいさやかを止めろと、女性陣に言おうとしたものの。

「「「・・・・・・・・・・・・」」」

他の三人は三人で、はじめて見る光景に目を輝かせており、さやかほど騒ぎ立てたりはしないが左右へふらふら歩き回っていた。しっかりもののことり、楓、ネリネの三人だが、彼女らもやはり普通の女の子であった。
純一は一人、頭を抱える。

「かったりぃ・・・おい、祐漸、いいのかよ、こんなに騒いでて・・・」
「むしろその方がいい」
「は?」

先ほどから止めようともしない祐漸がきっぱりとそう言い切ったことで、その顔を訝しげに見る。その表情は、ニヤニヤと楽しげに歪んでいた。はしゃいでいる女達の姿を見るのがそんなに楽しいのか。

「何だかんだで、特に普段から沈みがちな楓とネリネにはいい気晴らしになるだろ」
「それはそうだが、けどこれじゃ目立って仕方ないじゃないか・・・」
「だからそれは構わん。自然にしろと言っただろ。変に肩肘張ってる方が怪しまれる。ああやって田舎者丸出しにはしゃいでれば、田舎の集落から都会に出てきたおのぼりさんって言い分に説得力が出るだろう」
「そういうもんか・・・」

言いたいことはわかるのだが、本当にそれで良いのだろうかと不安にもなる。
普段はかったるいかったるい言って皆から心配される立場だというのに、今は純一の方が皆を心配していた。キャラじゃないな、と思いながらも不安は尽きない。

「ほらほらみんなっ! こっち来てごらんよ! すごいよーっ、すごいんだからー!!」

道の先では、最大の不安材料たるさやかが声を張り上げながら大きく手を振っている。
できれば他人の振りをしていたいところだったが、仲間と知られて道行く人々から微笑ましそうに見られてしまった。思い切り注目を集めているようだ。
横に出ている露店の主人からは声までかけられた。

「あんたら、ミッドガルははじめてかい?」
「ああ。俺は前にも来たが、こいつらははじめてでな。騒がしくてすまんな」

声をかけられて内心ドキッとした純一とは裏腹に、祐漸はとても自然に受け答えをしている。

「ははは、いいってことよ。今日はお祭りみたいなものだしな。この辺りはまだ静かだが、中心街へ行けばみんな騒いでるよ」
「何かあるのか?」
「ああ。今日は王女様の誕生祭でな。街を挙げてのお祭りってわけさ」
「なるほど、そういうことか」
「興味があるなら中央通へ行ってみな。正午からパレードがあるからよ」
「ああ、そうしてみよう。ふむ、そうだな・・・」

祐漸は露店と道の先を交互に見てから、懐に手を入れて財布を取り出す。そして店先から適当なアクセサリーを四つ選ぶと、お金を払ってそれを買った。

「いいことを教えてもらった礼だ」
「まいどあり! 気前いいね、兄ちゃんっ、あっちの子達へのプレゼントかい?」
「女の機嫌は常に取っておくものさ」

気取ったことを言いながら、祐漸は店先を離れた。
少し行ったところで、買った物の内一つを純一に差し出す。

「ほれ」
「な、何の真似だてめぇっ!? 俺にはそっちの趣味は・・・」
「たわけたことをぬかすな。女の機嫌は取るものだと言ったろう。ことりにはおまえから渡しておけ」
「な、なんだ・・・そういうことか・・・・・・」
「別に俺から渡してもいいんだがな」
「かったりぃことぬかすな」

ひったくるように純一は祐漸の手からそれを受け取った。この男に借りを作るのは癪だが、ここで祐漸からことりへ贈り物をされることの方がもっとかったるかった。
前を行く女性陣に追いつくと、待たされていたさやかは少々ご立腹の様子だった。

「おっそーーーい!」

両手を腰にやって頬を膨らませているから確かに怒っているつもりなのだろうが、どちらかというとかわいらしい。そうして改めて見てみると普段は意識しないのだが、さやかは美人だった。もちろん、他の三人も負けず劣らずで、こんな美少女達が四人も揃っていることに驚かされる。
祐漸は頬を膨らませるさやかの頭の上に、先ほど買ったアクセサリーの一つを載せた。

「ん?」
「記念品だ。よければとっておけ。おまえらもな」

楓とネリネにもすれ違い様にそれぞれ物を渡して先へ進んでいく。
三人は皆しばらくキョトンとしていたが、やがてそれぞれに顔を綻ばせた。何だかんだ言って、女性は光物に弱いらしい。さやかなどは目に見えて機嫌が良くなっていた。
ああも自然と、特に理由もなく女性に贈り物ができるとは、やはり祐漸という男は侮れない。あまりあやかりたいとも思わないのだが。

「ほれ、ことり。おまえの分」
「わぁ、ありがとう、朝倉君! でも・・・」
「ん?」
「朝倉君、この国のお金って持ってたの?」
「うっ・・・・・・」

それは盲点だった。冷や汗を流していると、ことりが苦笑しながらそのアクセサリーを身につけ、純一の隣に並んで耳打ちをする。

「ちゃんと祐漸さんにお礼言わないとダメだよ?」
「わ、わぁーってるよ、かったりぃな・・・」
「うふふ」

格好つかないことこの上なかったが、ことりの機嫌が良いので良しということにした。



祐漸から今日が王女の誕生祭だと聞いて、楓とネリネは指折り今日の日付を数えだした。

「「あ!」」

二人揃って声を上げる。今まで忘れていたようだが、何日も人里離れたところばかりを歩いていたのだから、日付の感覚が鈍るのも無理のないことだった。純一も、今日が何月の何日だったかなどすっかり頭から抜け落ちてい た。
しかし、ふと気が付く。
神王家の王女の誕生日である今日は7月30日。今日から一ヶ月と少し前、ちょうどダ・カーポ城での騒動があった直後の頃が、ひょっとして――。

「・・・・・・・・・」

チラッと振り返ると、どうやら同じことに気付いてしまったらしいことりが素敵な笑顔を純一に向けていた。
先ほどを遥かに上回る量の冷や汗が全身から吹き出る。

「朝倉君」
「は、はいっ、何でしょう、ことりさん?」
「これは、少し遅れた誕生日プレゼント、って思ってもいいのかな?」
「よ、よろしいのではないでしょうか?」

ことりの誕生日は、6月20日だった。すっかり忘れていた、などとは口が裂けても言えない。たとえ気付かれていたとしても。
まさか祐漸がことりの誕生日まで把握していたということはないと思うが、このお陰で命拾いをしたような気がした。この件では本当に、祐漸にきちんと借りを返さなくてはならないようだ。

「パレードに行ったところで顔が見られるかどうかはわからんが、一応見に行ってみるか?」

祐漸の言葉に、首を横に振る者はいなかった。
途中、街中の移動手段だという動く車に乗った時、またしてもさやかが大騒ぎし、非常に恥ずかしい思いをしたがそれは余談として、中心街へ出ると物凄い人出だった。
巨大な建物が立ち並ぶ巨大な街、そこに所狭しと押しかける人、人、人。

「おまえら、迷子にはなるなよ。特に、そこのたわけ二人」

指差されたのは、純一とさやかだった。しかしさやかの方は聞いちゃいない。その目は既に、中央通を行く華やかな行列に奪われていた。放っておくと本当にそのままふらふらと行ってしまいそうなので、両側から楓とネリネが手を繋いで押さえている。だがその二人も、盛大なパレードの様子に心奪われているようだ。
純一もことりと並んで、賑やかな人込みの中から行列を見ていた。

「ネリネだってお姫様なんだから、こういうのには慣れてるんじゃないのか?」
「ええ、確かにそうですけど。ですが、やっぱり自分があの中にいるのと、こうして見ているのとでは違います」

ネリネの言うとおりこれは、見ている分には楽しいが、行列の中にいる者にとってはどうなのであろうか。
行列を守る兵士達は、何か起こったら大変と気を張っているだろうし、主役である王族達も不安や責任を抱えながら無理にでも民に向かって笑いかけなくてはならないだろう。
リシアンサスという王女に会ったことはないが、楓やネリネの話を聞く限り、彼女もまた土見稟という男を深く愛しているのだという。その土見稟が行方不明な中、自分の感情を押し隠してでも笑わなければならないというのは、辛いことかもしれなかった。そんな王女の姿を行列の中に探すが、あまりに人が多くてまるでわからなかった。



連也はいつものように、皆から一歩引いた位置に立って行列を見ていた。
特に気を張ることもなく、最低限剣客としての緊張感を保ちつつ、自然と人の中に溶け込んでいた。
見るとはなしに行列を見ていた連也だったが、ふと何かを感じて視線を動かす。
そして、この男にしては珍しく、大きく目を見開いた。
ほんの一瞬、一秒にも満たない時間であったが、視線の先で目が合った相手も同じように目を見張っていた。
既に姿は見えない。
だが、見間違うはずもない。
道の反対側にいたその男の顔を、連也が見間違えるはずはなかった。

(そうか、ここにいたか)

何かを思うように、連也は静かに瞑目した。



結局リシアンサス王女の姿を見ることはできなかった純一達は、宿を探して街中を歩いていた。
パレードが通っていた時ほどではないが街中は人が多く、道も入り組んでいるようで祐漸がいなければすぐに迷子になりそうだった。

「神王様はいましたけど、シアちゃんの姿は見えませんでしたね・・・」
「ええ・・・」

楓とネリネも、王女のことは見付けられなかったらしい。ということは、本当にいなかったのかもしれない。

「王女もそうだが、やはりサイネリアもいなかったな」

以前聞かされた名前だった。確か魔王の妹で、神王の第三妃だという。第一、第二妃の姿はあったが、第三妃サイネリアの姿はなかった、と祐漸は言う。
考えてみれば当然のことだろう。国交があった頃ならばいざ知らず、ヴォルクスと絶縁状態にある今の情勢で、ヴォルクスである彼女が公の場に出てくるとも思えない。神王の妃の一人とはいえ、反ヴォルクス派の人間から見れば、彼女は敵対種族の人間なのである。

「公の場に出てこないってだけならいいんだがな。場合によってはどこかに幽閉されている可能性もあるか」

神王妃に手荒な真似はしないと思うが、国の首脳には反ヴォルクス派が多い。サイネリア王妃の行動がかなり制限されている可能性はあった。そしてその娘、即ちソレニアとヴォルクスのハーフである、王女リシアンサスも。

「とにかくまずは情報収集だな。今夜はまず俺が動く。ここは今まで訪れてきた街とは勝手が違うからな」

皆異論はなかった。
一先ず純一達は、今夜滞在する場所として宿を確保し、そこに入った。この宿がまた城かと思うほどの大きな建物で、案内された部屋は何と地上十階。窓から外を見れば、下の道路は遥か遠くにあった。
遠くへ目を向ければ街の景色が一望でき、女性陣はすぐに目を奪われていた。
旅の疲れから、少し休むと既に時間は夜だった。
しかし、窓から外の景色を見て、またしても絶句する。
夜に間違いないというのに、空も地上も昼を見紛うばかりの明るさだった。

「わぁーぉ♪」
「綺麗・・・」

女性陣はここでも、またしても景色に目を奪われていた。とはいえこの夜景は、女ならずとも見惚れるものかもしれない。

「すげーな・・・」

純一も、他に適当な言葉が出てこなかった。

「ミッドガルの異名の一つに、眠らない街、というのがある。これを見れば、説明するまでもないな」

街中に設置された街灯、建物の窓から洩れる明かり、空を飛ぶ飛空挺が発する光。全てが街を明るく照らしていた。
空を飛ぶ飛空挺の数は、昼間に比べれば減っているが、それでも何隻かは常に飛び交っている。夜通し飛び続けるのだとしたら、まさしく眠らない街と呼ぶに相応しい光景だった。
宿の最上階にある食堂でその夜景を見ながら夕食を終えると、祐漸は一人で街へ行くと言った。

「朝までには戻る。あまり出歩くなよ、迷子になっても俺は知らんぞ」

夜景を楽しむ皆はそれに対して生返事をする。祐漸もそれ以上は何も言うことはなく、宿を後にした。







翌朝、陽が昇る前に祐漸は宿に戻った。

「何とか、調べはついたか」

いずれ起こるであろうヴォルクスとソレニアの全面戦争に備え、何年も前、そう、両国の間に和平条約が結ばれていた頃から、ヴォルクスの手の者はこの街に潜伏していた。何年もかけて、街の住人に溶け込みながら、それでもヴォルクスの心は捨てずに。
そうした者のところを何箇所か回って、祐漸は必要な情報を集めてきた。
とりあえず、土見稟絡みの情報はここでも得られなかったが、サイネリアの居所はわかった。城からは半ば追い出される形で出ており、郊外の別荘で幽閉に近い状態にあるらしい。といっても、神王の計らいで見張りはほとんどいないという。何度か他の二人の王妃や、王女が別荘に出入りしていたが、特に咎められる様子はなかったとのことだった。ならばこちらには、すぐに接触できるだろう。
土見稟のことはやはりわからなかったが、これはまだ何とも言えない。街に潜伏している者達にとっては、優先度の低い情報なのだから仕方あるまい。

「今日はまずサイネリアのところへ行って、フォーベシィの用事を済ますか・・・ん?」

全員寝ているだろうと思って戻ってくると、部屋の前で連也が待っていた。この男ならば起きていても不思議ではないが、わざわざ祐漸を待っていたように見えるのは妙だった。

「何か用か?」
「すまぬが、しばし私用で別行動を取らせてもらう」
「わかった」

それ以上は言葉を交わすことなく、二人はすれ違う。他の誰かなら道に迷うことを懸念するところだが、連也ならばその心配は必要ない。ついでに、行き先を聞くことも、用の内容を聞くこともなかった。
連也という男は、他の世話のかかる面子と違って、既にあらゆる面で完成された、祐漸ほどの男がある種尊敬の念を抱く数少ない人間である。その男が私用と言った以上、 それに他人が介入する理由も意味もない。
思えば、連也とも奇妙な縁で行動を共にしている。



あれは、純一と祐漸が旅に出て、ほどなく楓を加え、しばらく三人で歩き回っていたある日のことだった。
偶然すれ違った祐漸と連也は、数歩進んだところでお互い同時に振り返った。
特に理由もなく相手が気になった二人は、その後無言で酒を飲み交わし、町のチンピラに絡まれたのを共に叩き伏せた。
そして別れ際に祐漸が一言――。

「来るか?」

と問うと――。

「行こう」

と答えてこの男は仲間になった。
その後さやか、ことり、ネリネと新しい仲間が加わるたびに連也との馴れ初めを聞かれた純一と楓が揃って首を傾げていた。二人には、どうして連也が同行するようになったのかよくわからないようだ。
もっとも、祐漸と連也自身も説明しろと言われて言葉で説明できる間柄でもない。
ただ、なんとなく、だった。
なんとなく、この男と一緒にいたらおもしろそうだと思った。それだけだった。



つまりはそれだけの間柄である。
互いに興味を持ち、信頼しあう仲間ではあるが、深いところへ踏み込むつもりはない。
連也が自分から相談しに来ない限り、祐漸が何かをすることはなかった。

「さて、陽が昇るまで俺もひと寝入りするか」

最大でも一週間くらい寝ずとも平気な祐漸だが、ミッドガルに着くまでの間はこの地に不慣れな皆の面倒を見るためにずっと気を張っていたため、さすがに疲れていた。
ベッド脇に腰を下ろすと、珍しく深い眠りについた。







そして、少し遅れて目を覚ますと――。

「・・・・・・おい、あのたわけどもはどうした?」

宿の前、いるのはことり、楓、ネリネの三人だけだった。三人とも苦笑いを浮かべている。

「えっと・・・朝倉君は、朝のお散歩って言って、朝ごはん食べたらそのまま・・・」
「さやかちゃんも、同じく・・・」
「お二人とも、まだ、戻ってらっしゃらないみたいですね・・・」

祐漸は片手を額に当てる。
珍しく早く起きたらしい純一に、さやかが共にいない。一番迷子になりそうな二人が、よりにもよって朝の散歩という。まったくこの三人もどうして止めなかったのか。まだ戻っていないところを見ると、ほぼ百パーセント間違いなく迷子になっている。
純一の方は今頃どこかで――。

『かったりぃ・・・』

などと呟きながらまったく見当違いの方向へ向かって歩いているに違いない。
そしてもう一人の方は――。

『あっ。あれなんだろう〜? おもしろそ〜♪』

などと言いながらふらふらと歩き回っており、迷子になった自覚すらないものと思われる。
少しの間、祐漸は考えて、結論を出した。

「放っておくぞ」

今日中に行っておきたいところがあるのだから、迷子捜しよりもまずそっちを優先するべきだった。

「い、いいんですか・・・?」
「さやかはどうせ捜したって見付からん。その代わり、その内ふらっと戻ってくるだろ。純一も似たようなものだ」

そうして四人は、サイネリアを訪ねていくべく、宿を後にした。














次回予告&あとがきらしきもの
 いわゆる一つの、新章突入というやつで、ソレニア編開始である。さっそくやってきた首都ミッドガルは、FFシリーズに出てきそうな都市をイメージしている。魔法と科学が融合した世界、というFFシリーズの世界観は、私の好むところであるがゆえに。旧シリーズでは出すことのできなかった飛空挺も登場である。科学の世界に生きる人間にとって魔法は脅威の存在であろうが、逆もまた然りであろう。立場が入れ替わってしまえば、科学も魔法も紙一重の存在ということだ。
 ちなみに本編の補完として、街に入るなり姿が見えなくなったムーはどうしたかというと、祐漸が風子等の召喚獣を住まわせている場所に送り込んだのである。また呼び出せば、どこでも出てくるようになっている。便利ではあるが誰でも使えるわけでもない、高等魔法である。
 さて、新章のテーマは二つ。一つは、バラバラになる仲間達。全員揃えば無敵の彼らが散り散りになることでピンチを迎える話が展開される。さっそく純一、連也、さやかがどこかへ行ってしまったわけだが、それぞれの先で事件が・・・。そしてもう一つは、残るメインキャラ達の登場。次回から続々と、出てくるべき人達が出てくることであろう。
 能力紹介九人目。

アイシア
   筋力 D   耐久 D   敏捷 C   魔力 A   幸運 B   武具 A
 実力的にはさくらに劣るが、素質としては負けていない。箒にも鎌にもなる武器は、さくらのそれと同じく大魔法使いと言われた祖母から受け継いだものである。

 次回は、道に迷った純一が街中である少女と出会う。それは・・・。