「しくじるなよ、たわけ」
「拙者の命、預けよう」
「しっかりね〜」
「がんばってください」
「私達が、時間を稼ぎます」
「任せてくださいっ」

皆が口々に言いながら、敵を引き付けるべく向かっていく。

「だからこれ以上プレッシャーかけるなっての・・・かったりぃな」
「気合入れないとね、お兄ちゃん!」

いよいよ、決着の時が近付いていた。













 

真★デモンバスターズ!



第13話 決戦!桜舞う















「連也、楓、突っ込むぞ! さやか、ネリネ、アイシア、援護しろ!」

祐漸の号令で五人が自分の成すべき事をこなすために敵へと向かっていく。
前衛を務める三人が触手の荒れ狂う敵前近くへと押し進み、魔法使いの三人が後方より魔法攻撃を行う。前を行く三人はすぐに触手の猛攻にあった。

ズンッ!

再生する度に威力を増しているように思える触手の一撃が岩場に大穴を空ける。まともに喰らえば人間の体など、容易く砕かれてしまうだろう。加えて頭上からは、六つの眼より放たれる光線が降り注いでくるのだから、接近している三人は元より、後ろの三人も気を抜く暇がなかった。
空中へ向かって紅い光線が火を吹く。上から攻撃を仕掛けようとしていたアイシアがあわやのところで回避をする。

「チッ、あの光線が厄介だな」

舌打ちする祐漸。光線を正面から防げているのは今のところ祐漸の氷魔壁と、さやかの防御結界だけだった。

「もしあれで、純一君達を狙われたら・・・」

楓が一瞬後ろを振り返る。純一とさくらは、桜華仙の力を開放する準備に入っているため、動きが取れない状態にあった。
距離はかなり離れているとはいえ、あの光線の射程がどの程度あるのかもわからない。もし狙われればひとたまりもなく、せっかくの賭けも賽を振る前に終わってしまう。
今は攻撃を加えている六人に注意を引き付けられていても、あの魔物は魔力に反応する。純一達の魔力が攻撃のために高まれば、必ずそちら狙われる。

「一時凌ぎにしかならぬかもしれんが、あの眼、潰すか」

連也が身を屈めたかと思うと、一気に敵の方へ向かって踏み込んだ。無謀にも突っ込んでくる相手に対し、無数の触手が容赦なく襲い掛かる。

スゥッ

だが、連也を貫いたかに見えた触手は、虚しく地面に突き刺さる。
さらに二本、三本と触手の先端が連也を貫こうと繰り出されるが、尽くが連也の体をすり抜けるように外れていった。
連也がかわしているのではなく、外れている。そう錯覚するほどに、連也の動きが自然で、気がついた時には別の場所へ移動していた。
その流れるような動きはまさに、流水の如し。
先ほどの祐漸よりも容易く、連也は触手の壁を突き抜け、魔物の背後まで回りこんだ。

ダッ!

地面を蹴った連也は、そのまま魔物の胴体に足をかけ、その巨体をまるで普通に地上を走るかのように駆け上がった。
体にまとわりつくものを払おうと魔物が身をよじるが、連也の足はピタリと魔物の胴体について離れない。
やがて胴体から首に至り、頭まで一気に連也は駆け上がる。
敵の頭上へ達した連也は、両手で八相に構えた刀を、縦に並ぶ三つの眼に向かって振り下ろす。

ドッ!

片側の眼を縦に両断すると、跳ねるように刀を切り返し、残り半分の眼を下から上向かって斬り上げた。

ザシュッ!!

僅か一太刀で、魔物の六つの眼は失われた。

「新陰流・龍尾」

それはさながら、龍の尾が振り下ろされた後、下から振り返すことで二度相手を打ち据えるかの如き太刀筋であった。
さらにいつの間に近付いたか、祐漸が魔物の眼前へと迫る。

「凍れっ!」

突き出した手の先から氷柱が放たれ、連也が切り裂いた眼の上へと降り注ぐ。命中した箇所が瞬間的に凍り付き、再生速度が鈍る。
これでしばらく、眼から放つ光線は使えない。
だが視界を失ったことで魔物は荒れ狂い、足は大地を踏み鳴らし、触手は縦横無尽に振り回された。
祐漸と連也も無軌道に振り回される触手を避けきれず、それに弾き飛ばされる。祐漸は氷魔壁で防御し、連也は打ち据えてくる触手の反動で自ら跳んだため、いずれも大きなダメージは無く、十数メートルを飛ばされたところで地面に降り立つ。
眼からの光線をしばしの間封じたことで、残る最大の脅威は触手のみとなった。
見えずとも敵を蹴散らさんと暴れ狂う触手へ、皆が立ち向かっていく。

「これ以上は、やらせませんっ!」

楓の双剣が暴れる触手を切り刻む。

「おとなしくしてなよっ!」

さやかの炎が再生しようとするのをさらに燃やし、灰とする。

「朝倉様の準備が整うまで・・・」

ネリネの光球が魔物の足を吹き飛ばし、その動きを制する。

「絶対に時間を稼いでみせますっ!」

アイシアの振るう鎌から銀光が放たれ、尚も押し迫る触手を薙ぎ払う。
皆が最大限の力を振るって、最後の一手までの時間を稼ぐ。
純一の力を信じて、全力を尽くして戦っていた。







純一は、桜華仙を正眼に構えて目を閉じる。
この力を意図的に全て開放するのは、これで二度目だった。一度目は、祐漸と戦った時。
あの時はまぐれか偶然か、驚くほど力を安定させることができた。いつもは、小出しに使っても暴れ馬のような力を制御するのに苦労するというのに。

「さて・・・このじゃじゃ馬が言うことを聞いてくれるかどうか・・・・・・」

これが最後の賭けである。これをしくじれば、全滅する可能性とてあった。
失敗は許されない。皆の命がかかっているのだから。

「お兄ちゃん、肩の力を抜いて。無闇に力を入れても、桜華仙は扱えないよ」

さくらは純一の後ろに立って、杖を眼前に突き立てている。この杖も、桜華仙と同じく、祖母の形見としてさくらに譲り渡されたものだった。
仙樹杖という銘のその杖は、彼らの祖母が生前愛用していたもので、桜華仙のオリジナルとも言うべき力を秘めているという。これをベースに改良を加えて完成形となったのが、純一に譲り渡された桜華仙だと聞かされていた。もっとも純一には、どこがどう同じなのかという原理に関してはまったく知らないのだが。

「ほらっ、深呼吸」
「おう」

言われた通り、大きく息を吸って吐く。
それでプレッシャーが全て吹き飛ぶほど簡単なものではないが、少しは肩の力が抜けた。
できるだけ自然な状態で構え、剣に意識を集中する。
桜華仙の宝玉が光を発する。力の発動、ここまではいつも通りだった。あとはこの力を、限界まで引き出す。

「行くぞ、さくら」
「いいよ」

さらなる力を求めるよう念じる。
この剣を扱うのに難しい理屈はいらなかった。純一が望めば、いつでもこの剣は力を発揮する。問題は、その大きすぎる力を制御できないということだった。

「ぐっ・・・!」

さっそく溢れ出てきた力が乱れる。まだ予想できる最大パワーの半分にも満たない。にもかかわらず、流れ出てくる力に翻弄される。

「お兄ちゃん! もっと落ち着いて!」
「わかってる!!」

力は留まることなく溢れ出てくる。制御はいまだできず、力の量だけが増えていくのだから、ますます辛くなっていくのは当然だった。
言うことを聞かない力に苦しめられながら、純一はとにかく押さえ込もうと躍起になる。
けれど、さくらのサポートもあるというのにどうやっても制御する事はできず、力が暴走して荒れ狂う。

「ちっくしょぉぉぉ・・・どうすりゃいいんだよっ!?」

あの時、祐漸と戦った時のようにいかない。そのことに歯噛みする。
そこへ、さくらの叱咤が飛ぶ。

「無理に制御しようとしないでっ!」
「な、何!?」

問い返す純一の声も大きくなる。力が荒れ狂っているため、叫ばないと互いの声も聞き取れないようになってきているのだ。

「聞いて、お兄ちゃん! 桜華仙の力の源は仙樹・・・お祖母ちゃんが昔、大陸中に植えたたくさんの桜の樹の力を集めたものなの! 桜の仙樹は、長い時間をかけて大地から得た力を自分の中に取り込んで、溜めている。ボクの仙樹杖も、音夢ちゃんの風華仙・雷華仙も、みんなその一部を借りて力を発揮する。中でも桜華仙は、全部の桜から一気に力を吸い出すことができる・・・ボク達が住むこの世界の力そのものを借りる剣なの! だからどうやったって、人間の力でそれを制御することはできないっ!」
「なら・・・どうすりゃいいんだよっ!?」
「力の流れに逆らわないで! 流れに身を委ねて、そして願うの! 強くて純粋な願いに、桜は必ず応えてくれるからっ!!」

言われたことを、純一は実践しようとしてみる。
しかし制御せずに身を委ねろと言われても、こんな少しでも気を抜いたら押し流されそうな力の中でどうしろというのか。流れに身を委ねたらそのままどこかへ吹き飛ばされてしまうような気がした。
とりあえず言われた通り願ってみる。

(頼むっ、桜! 力を貸してくれ!)

陳腐な台詞だがそれくらいしか言葉が思い浮かばない。シンプル・イズ・ザ・ベストの言葉通り、これで素直な気持ちが伝わればと思ったが、いまだ力は荒れ狂ったままだ。

(お願いだから言うことを聞いてくれ、あ、いや、聞いてくださいっ! そうだ、和菓子やるから!)

焦りのあまり無茶苦茶な理論が頭の中で展開する。樹に和菓子をやってどうするというのか。

「ぅ、うぅ・・・っ!!」

後ろから苦しげな声が聞こえて、純一は肩越しに振り返る。
杖を握るさくらの顔が苦悶に歪んでいる。力の流れにさらされて、彼女は辛そうにしていた。純一の方も暴れる力に苦労させられているが、体の方は辛くない。では、同じ状況下にありながらさくらだけが苦しんでいるのか。
純一は無性に腹が立った。

(おい、こらっ、桜! 俺のことはおざなりでいいから、おまえと同じ名前のこいつを守りやがれっ!)

頭に血が上った純一は、お願いするのも忘れて命令口調で激しく心の中で叫びたてる。

(さくらだけじゃねぇっ! アイシア、楓、さやか、ネリネ、連也、祐漸・・・・・・は放っておいても一人で平気そうだが・・・とにかくみんな俺を信じてくれてるんだっ。だから、こいつらを守る力を・・・寄越しやがれぇっ!!)

瞬間、それまで暴れ狂っていたのが嘘のように、力が安定した。この感覚は、祐漸と戦った時と同じだった。その時以上の力が、桜華仙を中心に渦巻いている。そしてその全てが、純一の支配下にあった。

「やった・・・! お兄ちゃんっ!!」
「おう! みんな下がれぇっ!!」



純一の張り上げた声を聞いて、皆が一斉に振り返る。そこに溢れる凄まじい力に、安堵の表情を浮かべる。

「純一君・・・!」
「やったねっ!」

言われた通り、皆敵の攻撃をかわしつつ純一の攻撃範囲内から退避する。
だが――。

「む!」

最初に気付いた連也に続いて、全員がそれを見上げる。
大きな力の存在に気付いたか、眼が潰れたままの魔物が正確に純一の方へ顔を向け、その巨大な口を開いた。
魔物の全身から、強大な力が口内に集中するのがわかった。
そこから放たれる力の狙いは当然、純一だった。それを撃たれては、下手すれば攻撃は相殺されるか、よしんば純一の力が上回ったとしても、また回避される恐れがあった。
それどころか、魔物の一撃の方が早く放たれそうだった。
純一は剣を振りかぶるが、狙いがまだ定まっていない。この一撃で、正確に本体を射抜かなければならず、それを見付け出すのに手間取っているからだ。
一瞬抱いた希望が、絶望に変わるかと思われた時、魔物の眼前に祐漸が飛び出した。

ゴォオオオオオオオオ!!!

魔物の口から熱戦が発射される。
それを、祐漸の氷魔壁が受け止めた。

「往生際が―――悪いわッ!!!」

氷魔壁に防がれた熱戦は霧散する。その隙に、さくらが本体の位置を突き止めた。

「お兄ちゃんっ、そこ!」

さくらが自分の認識している情報を、純一の頭に直接送り込む。純一の目にも、はっきりとその場所がわかった。
だがまだ、純一と魔物との間に祐漸がいる。防御に全力を注いだため、さしもの祐漸も体勢を崩し、すぐには動けずにいた。しかし魔物は熱戦の第二射の準備に入っており、待っている時間はない。
祐漸を巻き込むことを覚悟で撃つか、その決断に迷いを抱きそうになった瞬間――。

「純ちゃんっ! そのまま撃って!!」

さやかの声で、それを断ち切った。
桜華仙を大きく振りかぶり――。

「いっけぇーーーーーっ!!!!!」

全身全霊を込めて、それを振り下ろした。


ドシュゥウウウウウウウウウウウッ!!!!


桜色の閃光が、魔物へ向かって一直線に放たれた。
その光が祐漸の身を呑み込もうとした瞬間、さやかがその体を抱きかかえ、消えた。

ドォォォォンッ!!!

光が魔物の体を貫いた。飛び散った光の残滓が、まるで桜の花びらのように辺りに舞う。
音がして振り返ると、祐漸とさやかが転移で山裾に現れ、倒れ伏した。
ホッと安堵の息を吐くと共に、皆魔物の姿をじっと見据えて、固唾を呑む。
山全体を、静寂が包み込んだ。

・・・・・・・・・・・・・・・

魔物は動かない。胴体に大穴を空けた状態で、ピクリとも反応しなかった。
どれくらいの時間が経ったか。一瞬のようにも、何時間も経ったようにも感じられた。
やがて――。

「あ――!」

誰かが声を上げた。
皆がじっと見据える中、静かに、魔物の体は消滅していった。
少しの間待ってみたが、再生する気配はない。山を覆っていた異様な空気も、綺麗さっぱり消えていた。それでようやく皆、確信した。
猛威を奮った黒い魔物は倒れ、長い戦いが終わったのだと。

「お兄ちゃんっ!?」

慌てた声に皆振り返る。
純一の体がぐらりと揺れ、後ろへと倒れ込む。さくらはそれを支えようとするが、小柄な身で男の体を支えきれるはずもなく、一緒になって後ろに倒れた。

「純一君っ!」
「朝倉様!」
「純一さんっ!!」

皆が声を上げて駆け寄ると、下敷きになっていたさくらが這い出て、自分の膝に純一の頭を乗せる。

「お兄ちゃんっ、大丈夫!?」

心配げに覗き込む皆の前で、純一は低く唸り――。

「・・・・・・・・・か・・・」
「か?」
「かったりぃ・・・・・・」

そう言った。
しばらく皆キョトンとしていたが。

「問題ないな」
「うむ」
「大丈夫だね〜」
「よかったです・・・」
「あの・・・そんな簡単でいいんですか?」
「まぁ、純一さんですから」

祐漸の言葉に続いて、皆安心した顔になった。

「愛されてるね〜、お兄ちゃん」
「・・・それがさらに・・・かったりぃ・・・・・・」

純一は、それ以外の言葉は口にするのも億劫だった。
疲労感に包まれる中、じっと空を見上げながら、こんなのはたまににしてほしいと思った。
とりあえず祐漸の時と今回で二度目、ちょうど一年の間があったため、向こう一年は何事もないことを祈る。一年に一回でも、かったるいことに変わりはないが。
もう一度その言葉を口にしようとすると、視界がさくらの顔で塞がれ、頬に柔らかい感触があった。

「なっ・・・・・・?」
「がんばったご褒美♪ ことりんには内緒だよ?」
「では、私も」

呆然としていると、横からアイシアが真っ赤な顔をしながら反対の頬に口付けした。
自身も赤くなりながら、純一は改めて言った。

「かったりぃ・・・」







「ボク達はここに残って少しあれのことを調べてみるよ。その後も続けて別の場所に行くけど、何かわかったら報せるね」
「名残惜しいですけどそういうことですので。ことりさんによろしくお伝えください」

さくらとアイシアの二人と別れ、純一達は山を下り、村へと戻った。
来る時は全力疾走だったが、戻る時はゆっくり歩いた。皆さすがに、今日の戦いでは疲労困憊している。祐漸と連也は変わらず平然としているように見えるが、少なからず体が重そうにしていた。残りの四人はムーの上でぐったりしてい る。

「とにもかくにもかったりぃ・・・」
「いや、今回はほんと疲れたね〜」

終わってみれば半日にも満たない戦いであったが、誰もが全力を出しつくした一戦は、何日も連続で戦った後のような疲労感をもたらしていた。
さらに言えば、今のところあの魔物の正体に関しては何もわかっていない。さくらとアイシアが調べているものの、先ほどの感じではあの山にもう手がかりになりそうなものは何も残っていなそうだった。当面の脅威は去ったが、相手の正体がわからずじまいではいまいちすっきりしない。

「結局、あれは何だったのでしょう?」

ネリネの呟きは、皆の気持ちを代弁していた。

「ここで考えたとて仕方あるまい。調べるのは魔女っ子達に任せて、こっちは本来の目的に戻るぞ」

祐漸の言葉で、この話題はそれきりになった。
この先の道中での憂いが無くなったところで、改めてソレニアへ向かうのを再開できる。今はそれだけを思うこととした。
村へ近付くと、ことりが気付いて手を振ってきた。
純一達も手を振り返す。

「おかえりなさいっ、みんな無事だった?」
「おーう、かったりぃが無事だぞ〜」

ムーの背から降りた純一のところへことりが駆け寄ってくる。ずっと心配していただろうことりは、純一をはじめ、皆の姿を見回し、大きな怪我がないことを知ってホッと息を吐く。

「よかった・・・」
「このたわけがドジをしないか心配だったか?」
「うん」
「おいこら、おまえら・・・」
「あ、いやっ、そ、そんなことないッスよ、うん!」

祐漸に対して思わず頷いてしまったことりは、慌てて両手を振って取り繕う。純一は追及するのも面倒で、例によって「かったるい」と呟きながらため息をつく。さやかやネリネは、その様子を見て笑っていた。
何はともあれ、こうして無事に戻ってこられて良かったと思う。

「さて、仕方ない。もう一晩ここに泊まらせてもらって、明朝改めて出発するか」

異論はなかった。険しい山越えがこの後に控えているのだから、疲れた体のまま行うのは危険である。それに皆、今すぐにでも休みたい気分だった。
だがそこで、さやかが前に進み出て皆の方を振り返る。

「はーい、それでは〜」
「おい、何だよ・・・俺はさっさと寝たいんだが・・・」
「その前に大事なこと!」

あからさまに眠そうな顔をする純一にビシッと指を向けたさやかは、その指先をスーッと横へ移動させ、一点で止める。

「カエちゃんの! オシオキたーいむっ!!」
「・・・なに?」
「あ、純ちゃんのえっち〜」
「何も言ってねーだろ!!」
「今オシオキって聞いていらしいこと思い浮かべたでしょ〜。えっち〜♪」
「朝倉君・・・」
「いや待てことり! 間に受けるな!」

悪戯っぽく笑うさやかに、白い眼で睨むことり。早く休みたいのに何故こんなかったるい状況にさらされねばならないのかと、純一は頭を抱える。

「あの・・・すみません、純一君。いやらしいオシオキはちょっと・・・・・・その、稟くんにだったら、いいんですけど・・・」
「そこも! さらっと問題発言してんじゃねぇっ!」
「とーにーかーくー!」

もう一度さやかがビシッと指を突き立てる。

「みんなに迷惑をかけたのは確かなんだから、カエちゃんには責任を取ってもらいます!」

全員の視線がさやかの指差す先、楓へと向かう。
確かに、結果的にあの山へ行って魔物と戦うことにはなったであろうが、楓が先走ったことで危うい局面になったかもしれないのも事実だった。集団で旅をしている以上、和を乱す行動は慎むべきであり、理由があったとはいえ今回の楓の行動は褒められたものではなかった。
それなりのけじめをつけるべきではあったが、さりとて軍隊の類ではないのだから、そんなに重い罰を、とは誰も思っていない。

「とりあえず、カエちゃんは山越えの間、ムーちゃんに乗るの禁止〜、代わりに空いたスペースで私が寝るから。あー、あと向こう一週間の食事当番も全部受け持つってことで」
「ちょっと待てさやか。それ全部おまえ本意の罰じゃないかっ」

ちなみに食事当番は、楓、さやか、ことりの三人による交代制だった。

「みんなもそれぞれ何か罰出していいよー。あ、ただし、えっちなのはダメね♪」
「くどいぞ、おまえ・・・」
「いいよね、カエちゃん?」
「はい。本当に、すみませんでした、さやかちゃん」

深々と頭を下げる楓に、さやかはうんうんと頷いてみせる。続けて楓は、純一に向かって頭を下げる。

「すみませんでした、純一君」
「俺はまぁ、いいって。みんな無事だったわけだしな。今後は気をつけろ、ってことで」
「でも、ほんとに心配したんだからね。次からは、何かあったら必ず相談してね。仲間、だと思ってるから」
「はいっ、すみませんでした、ことりちゃん」

ことりに対して頭を下げ、続いてネリネの方へ向き直る。

「すみませんでした、リンちゃん」
「本当に、無事で良かったです。楓さんに何かあっては、私は稟さまに会わせる顔がありませんから。それと・・・無事に稟さまに会えたら、一日だけ二人きりでデートするのを許してくださいね♪」
「はいっ、もちろんです!」

楓はもう一度四人に対して頭を下げると、少し離れたところにいる祐漸と連也のところへ駆け寄っていく。

「すみませんでした、連也さん」
「純一の言った通りだ。同じ過ちは、繰り返さなければ良い」
「はい」

最後に、背中を向けたまま振り返ろうとしない祐漸に向かって、楓は深く頭を下げた。

「すみませんでした、祐漸さん」
「今さら俺から言うことなどない」

素っ気無く言い放って、祐漸は宿の中へ入っていった。だが、その声に突き放すような冷たさはなく、いつも通りの祐漸の声だった。
それからは、皆いつも通りの笑顔になっていた。
部屋に戻ると、祐漸は既に壁際で目を閉じており、連也は床に腰を下ろして刀の手入れを始めた。純一はベッドへ直行し、すぐに泥のように眠りについた。隣からは女達の笑い声が聞こえていたが、すぐにまどろみの中、その声は薄れていった。







夢。
夢を見ている。
この感覚も久しぶりだった。
今日は一体誰の夢かと思ったが、かなり自我がしっかりしているので、知っている人間の夢かもしれないと思った。
それ以上に、景色に見覚えがある。

「ああ、ここか」

辺り一面を覆いつくす桜の木々。ここは幼い頃よく来た、故郷にある桜公園の奥だ。一年前までは毎日のように行っていた場所だが、旅に出てからは戻っていないので随分久しぶりのような気がした。
歩いていくと、一際大きな桜の樹があった。
この樹の下でよく、さくらと一緒に遊んだり、修行したりしたものである。
見上げていた顔を下げると、幹に手をかけているさくらがいた。

(さくら・・・? いや・・・・・・)

よく似ている、が、違う。
いや、姿形は間違いなくさくらのものだ。だがそこに立っているのは、さくらの姿をしているがさくらではなかった。

「純一」

“さくら”に名前を呼ばれる。途端に、懐かしい気分になった。
なるほど、とそれで納得する。考えてみれば当然だった。この夢の中で自我を持ち、互いに語り合うことができるのは純一とさくら、その他には後一人しかいなかった。
その人は既に故人だが、夢の中でなら会うこともあるかもしれない。

「久しぶり、ばあちゃん」

にっこりと、彼女が微笑む。幼い容姿なのに、とても大人びた笑みはやはりさくらによく似ているが、それよりもさらに深みを感じさせるものだった。

「ようやく、桜華仙の力を使いこなせるようになってきたみたいだね、純一」
「どうかな・・・実のところ、どうやったのか自分でもよくわかってないんだけど・・・」
「無意識ってことかい? でもそれは、おまえがあの力を正しく使える人間だってことの証拠だね」
「なぁ、何で俺にあれをくれたんだ? さくらじゃなくて」

さくらの持つ仙樹杖も、確かに彼女の遺品であり、その中でも特に大事なものだ。けれど桜華仙は、彼女自身が生涯の最高傑作と称した魔法具であり、ならばそれは、彼女の真の後継者たるさくらにこそ相応しいように思えた。

「何でだろうね? ほんとのところ、私にもよくわからないよ。ただ、何となく、かね」
「いい加減だな?」
「そうでもないさ。これでも結構長く生きたからね。直感にはそれなりの自信があるさ。あれを剣の形にしたのも、作る時に漠然とそんなイメージが浮かんできたからだった」
「ふぅん」

直感、と言われても胡散臭いなどとは思わなかった。旅に出て以来、祐漸や連也の直感には何度も驚かされてきた。多くの経験を積んできたきた者は、時に予知にも似た直感力を持つという。
だから彼女が桜華仙を剣として作ったのも、それを純一に受け継がせたのも、そんな直感によるものだったのだろう。

「おまえに桜華仙を託したのにはきっと意味がある。いつかその力が必要になるんだろうさ」
「今回みたいに、か?」
「さて、それがいつのことかまでは、もう死んでしまっている私にはわからないけどね」
「死んでる・・・ってそうだよな。じゃあ、今ここにいるあんたは何なんだ?」
「ま、私の残留思念みたいなものかね。私は、大陸中に散らばる仙樹の間を流れる力の中にいる」
「わかるようなわからないような・・・」
「おまえにはまだわからなくていいさ。少なくとも、あと五十年はね」

今の純一にとっては、まだまだ遥か遠い先のことのようだった。

「さてと、じゃあ私はそろそろ行くよ。言わなくても大丈夫だろうけど、桜華仙の力は無闇に全開にするんじゃないよ。大地の力が人一人に使われたくらいで枯渇するようなことはないけど、つまりはそれだけ莫大なエネルギーってことだ、人間が滅多に使うものじゃない」
「わかってるって。できれば使わずに済ませたいよ、あんな力は」

彼女は満足げに微笑んで、背中を向けた。
だがその姿が消える前に一瞬だけ振り返る。

「それともう一つ・・・純一、あの黒い魔物にはこれからも気をつけな」
「え、それって・・・?」

そこで、夢の景色は途切れた。



パチッと純一は目を開く。視線の先には天井が見える。どうやら起きてしまったようだ。

(ったく、ばあちゃん・・・何か知ってるならもうちょっと詳しく教えてってくれよ、かったりぃな・・・)

悪態をついても、それに応えてくれる人はもういなかった。
けれど、夢の中で、相手が残留思念だったとしても、久しぶりに祖母と話せて、純一は嬉しかった。







翌朝、ぐっすり眠って気分も爽快になったところで、純一達は村を出立した。

「朝倉君、何か機嫌良くない?」
「んー、そんなことはないぞー」

寝過ぎたためにかえって眠い純一は、半分以上閉じた目をことりに向ける。だがその口元が僅かに綻んでいるのは、本人は気付いていないことだった。

「よっしゃ、出発ー」
「・・・何してるの、純ちゃん?」

さやかが白い眼でムーの上に乗っている純一のことを見据える。

「いや、もうちょっと寝ようかと」

そうのたまった純一を、さやかがムーの上から蹴り落とす。楓が乗らないため広くなったムーの背中で、さやかが悠々と四肢を伸ばした。

「よーし、出発しんこー♪」
「朝倉く〜ん、置いてくよー」

既に先頭の祐漸は歩き出しており、それを追ってムーも歩を進め出す。

「ほら、純一君、行きましょう」

蹴落とされたことで地面に転がっていた純一に、楓が手を差し伸べる。それに捕まって立ち上がった純一は、両手で顔を叩いた。

「行くか」
「はいっ」

こうして純一達は、ソレニア領を目指し、ローグ山脈へと挑むのを再開した。














次回予告&あとがきらしきもの
 桜華仙の秘密解禁〜。私もこのネタ好きだな・・・いやだって、足りない力を補うには何かから借りるのが一番であろう。何かよくわからない内に眠っている力が目覚めたー、とかよりは現実的であろ?  元気玉とか言うなー(誰も言ってない)
 今回の戦いは長く続いたわけだが、実はこのエピソードは最初は飛ばそうかと考えていたものだった。もちろんどこかでは入れる予定だったのだけど、ここらで一つ盛り上げるシーンがほしいと思い挿入したのである。ここまで13話、アニメ風にいくとちょうど1クールという部分で一つ派手に行きたいと思い、大きな戦いを入れてみたのだ。結果としてほぼ全員に見せ場があり、良い感じに仕上がったと思うが如何であろう? 今回はわからずじまいだった魔物の正体は、いずれ明かされるであろう。当然、またどこかで魔物が出てくるシーンもあるわけだ。とりあえず次からは、ソレニアでの話となる。
 能力紹介は八人目。

芳乃 さくら
   筋力 D   耐久 C   敏捷 C   魔力 A   幸運 A   武具 A+
 魔法使いゆえ身体能力は低いが、実力的には最強候補の一人。本人はまだまだ未熟と言うが、祐漸も認めるその力は本物である。

 次回は、ソレニアの首都ミッドガルへ到着した純一達。そこは想像を絶する場所であった。