一人村に残ったことりは、皆が向かった山をじっと見詰めながら彼らの無事を祈っていた。
「朝倉君、楓さん、みんな・・・・・・」
時折山の中腹辺りに光が走るのが見える。おそらく、さやかかネリネの魔法によるものと思われる。
少し前には、ここまで届くほど大きな地鳴りも聞こえた。
皆、あの山で戦っているのだろう。
先に一人で行ってしまった楓とは、無事落ち合えただろうか。
誰か怪我はしていないだろうか。例えば純一が祐漸の足を引っ張ったりしていないだろうか。例えば純一が連也の邪魔をしたりしていないだろうか。例えば純一がうっかりさやかの魔法攻撃に巻き込まれていないだろうか。
「・・・・・・朝倉君・・・」
自分で想像しておきながら、そんな場面ばかりが思い浮かぶ自分の恋人のことを思ってことりは頭を押さえる。
ここでただ、皆の無事を祈ることしかできない自分を歯痒く思う。
けれどことりにできることは、本当にそれだけだった。
だから願う。
どうか皆、無事に帰って来てください、と
真★デモンバスターズ!
第12話 黄金と白銀
誰もが我が目を疑った。
完全に跡形も残らず消滅したと思っていた敵が、いともあっさり復活したのだから驚かずにはいられない。
だが、さすがに皆半端な実力者ではない。特に祐漸、連也、さやかの三人は即座に立ち直っていた。
「さて、如何するべきかな?」
「完全に消し飛ばしても生き返るんじゃねぇ・・・どうしよっか?」
とはいえ、打つ手があるわけでもない。祐漸が、いや、誰がやったにしてもあそこまで完膚なきまでに消し飛ばしたものが簡単に再生してしまうのでは、どうやって倒せば良いのかなどわかりようもなかった。
その上、のんびり考えている暇もなかった。
「純一君! 周りを・・・」
「げっ・・・」
周囲へ視線を走らせると、小型の魔物がまた沸いて出てきていた。
大型のモノはいまだ祐漸が対峙している一体だけだが、その状態で尚も大群に押し寄せられては、さすがに厳しい。
純一、楓、連也に加えてさやかも前に立ち、ネリネを後衛に置いて敵の襲撃に備える。
群れも学習をしたのか、闇雲に攻めても勝てないと踏んで一気には攻め寄せてこない。じりじりと間を詰めながら、周囲を取り囲んでいく。
「チッ・・・!」
祐漸の舌打ちが聞こえる。背中を向けてはいるが、純一達の方の状況もわかっているのだろう。だが祐漸は、大型の魔物と向かい合っているため動けない。
一人、しかも祐漸を欠いた状態で大群に囲まれる純一達。
「ピンチだな・・・こりゃ」
逃げることも考える必要があるかもしれないが、この状態に至ってしまってはそれも困難だった。
少し状況認識が甘かったかもしれない。同じことを楓も考えたのだろう、居た堪れない表情をしている。
「ごめんなさい・・・私が先走ったせいで・・・」
「その話は後って言っただろ。とにかく全員、まだ戦えるな?」
質問に対して、全員が首を縦に振る。まだ皆半分以上は余力を残している。それだけでも十分規格外だったが、それですらこの状況を切り抜けられるかは五分五分だった。その上敵を完全に打ち倒す手段もわからないのではお手上げである。
今の内に、退くか進むかの判断をしなければならない。
(どうするよ、祐漸?)
その背中に視線で問いかける。
(って、おまえなら進む方を選ぶか)
祐漸の背中は後退の意志を示していなかった。あくまで敵を倒しきるつもりでいる。
ならば、そちらに賭けてみるかと思う。
「よっしゃ! かったりぃが全部蹴散らすぞ!」
純一達が心を決めたのと、魔物の群れが動き出すのとは同時だった。
だが、戦いが再開されようかというその瞬間――。
ドドドドドドドドドッ!!!
空から無数の光が降り注ぎ、魔物の群れを一掃していく。
「なっ!?」
突然の出来事に唖然とする純一。その頭上から、聞き覚えのありすぎる声がした。
「お兄ちゃーーーんっ!」
「さくらっ!?」
あまりに意外な救援者の出現。それは純一の従姉妹にして偉大なる大魔法使いの後継者、芳乃さくらであった。
箒に跨って飛来したさくらは、上空を旋回しながら箒を杖へと変じ、その先端に魔力を集中する。
「せーの・・・それっ!」
杖の先を下へと向け、金色の魔力光が地上に降り注ぐ。その一つ一つは、正確に魔物の胴体を射抜いていた。
さらに別方向から魔物の群れが迫るが、今度はその上へ、銀色の刃が落ちた。
ザシュッ!
巨大な刃は十数匹の魔物をまとめて両断する。
上へ見上げれば、箒を大鎌へと変じた少女、アイシアが降りてくるのが見えた。
「アイシアもかっ!」
アイシアが振るう大鎌の切っ先から銀光が迸り、魔力の刃は敵を切り刻んでいく。
周囲の敵を一掃すると、さくらは純一の下へ降りてきた。
「やっほ〜! お兄ちゃんっ! Nice to meet you♪」
ぽいっと杖を投げ捨て、さくらは純一の腰に抱き付く。ちなみに投げ捨てられた杖は、ひとりでに宙に浮いていた。
「へへっ、充電〜」
「ちょっ、さくら!? おまえ、何で・・・?」
問い質そうとすると別方向からの衝撃。見下ろすとアイシアが同じように抱き付いていた。
「アイシア・・・」
「・・・この間はできませんでしたから、充電です」
満面の笑みを浮かべるさくらに対して、こちらはそっぽを向いて顔を赤らめており、恥ずかしそうだった。
それにしてもこの二人、共に行動しているせいか段々行動パターンが似てきているような気がする。それはさておき、純一は改めて二人に問い質す。
「おまえら、何でこんなところにいるんだ?」
「話せば長くなるから、もうちょっと充電〜」
「あのな・・・・・・そんな状況じゃねーだろっ」
周囲を見渡せば、さくらとアイシアが一掃したはずの魔物はまた集まってきていた。
「おい、魔女っ子ども、何しに来た?」
相変わらず大型の魔物を牽制している祐漸が背中を向けたまま問いかける。
「あ、うん。実はね、ボクとアイシアはずっとあの黒い魔物のことを調べてたんだ」
「・・・・・・おいっ、何であの野郎の質問にはすぐ答える?」
「うにゃ? だって目上の人は敬わないといけないしー」
「兄貴分の俺は目上じゃねぇのかよ・・・?」
「細かいこと気にしないのっ。それよりボクとしてはむしろ気になるのは・・・・・・さやかさん、何でボク達に抱き付いてるの?」
さくらの疑問はもっともで、純一に抱き付いているさくらとアイシアを、さらにその上からさやかが抱きしめているのだ。
「細かいこと気にしないの〜」
同じ台詞で返されてはそれ以上追求のしようがないのか、さくらは困ったように苦笑いを浮かべている。
「・・・漫才は終わったか?」
祐漸がため息雑じりに言うと、さやかとさくらは手を離した。アイシアだけはおもしろくなさそうに、見えないのを良いことに祐漸に向かって舌を突き出したりしながら離れていった。
新たに二人加わった一行は、再び集まりだした魔物の群れを警戒する。
「こいつらのことを調べていたと言ったな。こんなのがあちこちで出てるのか?」
「うん、まだ少ないけど、所々にね」
「おまえらが俺達と同時に旅に出たのはそのためか」
「最初はちょっと変な感じがする程度だったんだけどね。調べていく内に何箇所かで目撃情報があったんだ。最初は一年前、バーベナ特別区域で」
「それでか・・・」
「?」
「こっちの話だ」
特別区域の話を聞いて、純一も祐漸同様、楓が先走った理由がわかった。楓は一年前、バーベナ特別区域が壊滅した時にそこにいたのだから。その時襲ってきた敵と再び出会えば、焦って無茶な行動に出るのも仕方ないことかもしれない。
「で、こいつらは一体何なんだよ?」
「はっきりとはまだわからないよ。こんなのは、ボクだってはじめて見たんだから・・・」
問いかける純一に歯切れ悪く答えながら、「でも」とさくらは続ける。
「いくつかわかったこともあるよ」
「何だ?」
「まず、こいつらは一つ一つが別個の存在じゃない。同一の存在だよ」
「は?」
「なるほど、群体か」
首を傾げる純一と違い、祐漸にはそれだけで意味が通ったようだ。
「合点がいった。道理でいくら片付けても再生するはずだ。どこかに本体がいるな?」
「うん。紅い球体、それがこいつらの本体だよ。それを砕かない限り、こいつらは地脈の魔力を吸い上げて無限に再生する」
「無限にって・・・マジかよ・・・」
千や二千くらいの数ならどうにかなるだろうと思っていたのだが、無限に再生するということは本体を叩かない限り終わりはないということだ。何とも厄介な存在である。
「それにしたって、一度にこんなにたくさんいるのははじめて見たよ。そっちの大きいのだって見たことないし」
「群体ごとの差があるのか、或いは相手の強さに合わせて変化するのか・・・それはわからんがとにかく、まずは本体を見つけることか」
皆して周りを見渡す。だがどこを見ても岩場か黒い魔物の姿しかなく、紅い球体など影も形もなかった。
そうこうしている内にも、殺気を漲らせた魔物は今にも襲ってきそうな気配だった。
「こっちの体力魔力が尽きるか、本体を見付けるか、こりゃ根競べか?」
「お兄ちゃん達はしばらく敵を食い止めて」
「どうする気だ?」
「ボクとアイシアで本体を探し出して、焙り出す」
さくらとアイシアは互いに視線を交わして頷き合い、純一のことを見上げる。同じように純一も頷き、作戦の了承とした。周りの皆も異論はなかった。
二人が目を閉じて集中しだすと、純一達は周囲に対する警戒を一層強める。
自分達にとって危険な行為が行われようとしていることを理解しているのか、魔物の群れは一斉に動きを再開し、襲い掛かってきた。
「邪魔すんじゃねぇよっ!」
向かってくる敵を続け様に斬り倒す。
「お〜、純ちゃん張り切ってる〜。ことりん捨ててこの二人にアピール?」
「かったりぃこと言ってんじゃねぇっ!」
炎を操って壁を作っているさやかが茶化してくるのをお決まりの台詞で怒鳴り返す。
ネリネは魔法のランクを落とし、連発することで敵を寄せ付けないことを前提に戦っている。それを抜けてきた敵は、連也と楓がそれぞれに倒していく。
ドゴンッ!
轟音に振り返ると、祐漸と大型の魔物との戦いも再開されていた。
一度は圧倒した敵だが、背中から生えた触手の大きさが一回り以上も大きくなっており、数も増えていた。手数を増やして押してくる敵を、祐漸は寄せ付けることはなかったが、それでも楽に倒せる雰囲気でもなかった。
と、魔物が一匹陣形を抜けてさくらに迫る。
「やべっ・・・」
慌てて下がろうとするが、目の前から来る敵の対処に追われて動けない。
やばい、と思ったが、さくらに襲い掛かろうとした魔物が地面から生えた氷柱に貫かれて消滅した。
「あ、なるほど・・・」
祐漸が大型の魔物に対して激しく攻め立てないのは、こちらの様子を窺いながらフォローをしているからだった。あれだけの敵と戦いながら離れた純一達の方まで目が回っている祐漸はやはりとんでもない男である。
押し寄せる敵は留まるところを知らないが、陣形は崩れることなく保たれていた。
後は、さくらとアイシアが手筈通り敵の本体を見つけ出せば――。
「見付けた! 行くよっ、アイシア!」
「はいっ!」
背後で魔力が高まる気配がする。二人の小さな魔女達による力の発現は、魔力量は祐漸やネリネに匹敵し、術の精巧さはさやかのそれと並ぶ。
かつて伝説とまでなった大魔法使い、黄金の魔女と白銀の魔女と呼ばれた二人の後継者達は、形は小さくとも確かにその名を受け継ぐに相応しい優れた魔法使い達だった。
山全体を、金と銀の光が包み込む。
魔物達はその光を嫌いように暴れ狂うが、純一達の陣形を突き破ることはできなかった。
カッ!
一際激しい閃光が迸り、山肌から染み出るように紅い球体が現れた。
出現と同時に、祐漸はそれに向かって氷柱を撃ち込む。だが――。
「む!」
大型の魔物が間に割って入り、その身を貫かれながらも球体を守る。間違いなくそれが奴らの本体であることが、その行動からもわかった。
魔物は数歩後退して球体のところまで移動すると、それを体内へと取り込んだ。
「たわけが、取り込んだところでまとめて叩き潰すのみだ」
祐漸が槍を生み出して前へ進み出ると、魔物は山頂へ向かって逃げ出した。
追おうとする祐漸。だがその横を、魔物の群れが一斉に駆け抜けていく。
「何っ?」
山頂近くで大型の魔物は停止し、群れはそこに向かって突っ込んでいく。
体にぶつかってきたモノを吸収し、魔物の体がさらに膨らんでいく。どんどん、どんどん、そのサイズが信じられないほどのものになっていった。
「おいおい・・・」
皆その光景に唖然とする。
まるで山の上に、さらにもう一つ小さな山ができたかのようだ。
魔物の体長はおよそ三十メートル余りにも膨れ上がっていた。
「こうなると既に怪獣の域だな・・・」
「まぁ、竜王家の領内にいる最大級のグランドドラゴンで四十メートル級のがいたからな、それに比べればまだ二回りほど小さいが」
「そいつ連れてきて怪獣大決戦にしてくれよ・・・かったりぃから俺観戦に回りたいぜ・・・」
「何をしても効果のなかったさっきまでに比べればマシだろ。要はあの球体を叩き壊せばいいんだ」
うんざりした表情になる純一とは逆に、祐漸は楽しげだった。だがその余裕の表情が不意に引き締まる。
「来るぞ」
上へ逃げて守りを固めるつもりかと思いきや、魔物は今まで以上の殺気を漲らせて咆哮する。今まで鳴き声一つ上げなかったモノが突然吼えるとは驚かされる。その上咆哮による音波が物理的衝撃を伴って周囲の岩肌を削る。
魔物自身の足踏みと合わせて、多数の落石が発生した。
純一、祐漸、連也、楓は左右へステップを踏んで落石を回避し、さやか、ネリネ、さくら、アイシアは一時空中へ退避する。
落石を起こすと同時に、魔物は地面を蹴って傾斜を駆け下りてくる。相変わらず、巨体に似合わぬスピードだった。
「うぉっ、近くで見るとますますでけぇっ!」
思わず顔を見上げようとして仰け反る。
その巨体の至るところから、人の胴体ほどもある太さの触手が無数に伸びた。
ズンッ!
触手の先端が岩場に突き刺さる。次々に繰り出される触手の攻撃に、純一達は魔物の体へ近付くことすらできなかった。
「おいっ、祐漸! 笑い事じゃないぞこりゃぁ!!」
球体を砕けば良い、などと気安く言ってくれる。
先刻までよりもサイズが大きくなっているということは、当然にそれに合わせて防御力も増していると考えるのが普通だろう。前の状態でさえ、遠距離からの攻撃はほとんど有効打撃にならなかったというのに、このサイズを相手に、しかも近付けないでどうやって戦えと言うのか。
答えは返ってこない。祐漸の方も明確にどうするべきか考えあぐねているようだ。
離れた場所からは魔法使い組四人が攻撃を加えているが、触手の侵攻を少々阻んでいるだけで本体まで攻撃は及んでいない。
「相手大きすぎっ! 触手多すぎっ! 全然本体まで届かないよ〜!」
「それに、届いたとしてもこの大きさではっ!」
ネリネの光球でも、さやかの炎でも、例え本体まで届いたとしても表面を削るのがせいぜいだろう。相手の体の奥深くにあると思われるあの紅い球体まで攻撃を届かせるには、同じ箇所に連続攻撃を仕掛けて穴を空け、さらにその奥へ向かってトドメの一撃を喰らわせるしかない。
だが接近できなくては、それだけの威力も、精度も、連射速度も、得られない。
「さくらさんっ、どうすればいいんですの、こんなの!?」
「ボクに聞かれても困るって!」
敵の圧倒的戦力に対し、皆完全に後手に回っていた。
こんな時に、頼りになるのはやはり――。
(何とかしろ、祐漸!)
この男しかいなかった。連也も頼りになるが、大技を持たない彼ではこの巨大な敵相手では決定打に欠ける。
スピードも、パワーも、技も、経験も、全てを兼ね備えた祐漸でなければ、この局面を打開する力は発揮できない。そう思っているのは純一だけでなく、全員の期待が祐漸に集まる。
視線の集中を浴びる中、祐漸は不敵に笑ってみせた。
「おまえらっ、しばらく面倒は見てやらんぞ。自分の身は自分できっちり守れ!」
迫り来る触手をまとめて凍らせながら、祐漸が叫ぶ。
「さくらっ、手伝え! 他の連中は下がってろ!」
一人だけ呼ばれたさくらが祐漸の傍らへ向かい、他の皆は攻撃を防ぎながら後退する。その中でアイシアだけが納得いかなそうに声を上げる。
「ちょっとあなた! 何で私にも声をかけないんですかっ!?」
「いいから小娘は引っ込んでろ! さやか、面倒見とけっ」
言われるままに、さやかがアイシアが抱えて下がっていく。
「ボクもまだまだ小娘なんだけどなぁ」
「ぬけぬけと。この中で全力の俺についてこられるのは連也とおまえだけだ。だが連也では一撃の破壊力が足りん。頼りにしてるぞ、黄金の魔女」
「期待に沿えるよう、努力はするよっ」
「なら・・・行くぞっ!」
祐漸は展開していた氷魔壁を解除して駆け出す。後ろからはさくらが地表を滑るように飛んでついてくるのが気配でわかる。形は小さいが、ついてくる気配の存在感に信頼を覚える。
全力で戦う祐漸に追従できる者は少ない。身近な者では連也しかいないだろう。純一、楓、さやか、ネリネ、アイシア、今この場にいる他の者達は皆いずれも高い潜在能力を持ち、それぞれの得意分野においては十分信頼に足る力を持ってはいるが、如何せんまだまだ経験不足だ。
ただ強いだけでは、自分の背中を任せるには不十分だった。
多くの経験によって得られる知識、判断力、また時には直感にも頼る大胆さ、それらをも兼ね備えることではじめて祐漸と同じレベルの戦場に立ち得る。
さくらは若いが、既に限りなくそのレベルに近付いている。さすがは、あの黄金の魔女の後継者といったところだった。あのかったるい男が同じ血を引いているとはとても思えないほどだ。もっとも純一は純一で、またさくらにはない可能性を秘めたおもしろい逸材ではあるのだが。
余計な思考は遮断する。
背中を預けるさくらは信頼できる。それを信じて、ただ前の敵に集中した。
ヒュッ
迫り来る触手を切り払っていては速度が鈍る。僅かでも速度を落とせばこの攻撃の嵐の中、後退を余儀なくされるだろう。
かわすことだけに集中して、攻撃の合間を縫って敵に接近していく。
駆ける、駆ける、駆ける。
視界を埋め尽くす黒、黒、黒。
数秒間の疾走の後、祐漸とさくらは魔物の胴体に肉薄した。
「さくら!!」
返事の代わりに、さくらは手にした杖の先に魔力を集める。
「シュートッ!!」
掛け声と共に、金色の閃光が走る。
無数の魔力光が魔物の体に降り注ぎ、触手を根元から断ち、表面を削っていく。
三分の一近くの表皮が吹き飛んだところで、祐漸は魔物の胴体のど真ん中に向かって、氷の槍を叩き込んだ。
ドゴンッ!!
巨体の中心に穴が空く。
だがその先に、目標である紅い球体は、なかった。
「何っ!?」
魔物が前足を振り下ろしてくるのを後退してかわす。
凍り付いた穴は、しかし少しずつなれど再生していき、内部はすぐに見えなくなった。
「まさか・・・体内で本体を移動させてる?」
「さくらっ、場所はわかるか?」
「やってみる!」
傷口が凍り付いているため再生に時間がかかり、前方へ繰り出される触手の数が少なくなっている。今ならば、特大の一撃を放つための溜めを作る時間ができる。
数十メートル後退した祐漸は、右手を上に掲げながら、体を深く屈み込ませる。
「ぬぉおおおおおおおおおおお!!!」
雄叫びを上げ、右手の先に力を集める。
祐漸を中心に、凍気が周囲を覆い尽くしていく。大地は凍り付き、上空には黒雲が立ち込め、天候までも変わりつつあった。
山全体を覆う空気が冬のそれへと変化していく。
寒気が乱気流を生み出し、祐漸の体の周りだけ小規模な吹雪が巻き起こる。
異変を警戒した魔物が背中から伸ばした触手で祐漸を狙うが、その全ては祐漸の体に届く前に吹雪に呑まれ、凍り付いて砕けた。
ピキパキペキッ・・・!!
右手の上に氷の粒が集まり、槍を形成していく。
今までのものよりもさらに大きい。それは既に手に持って扱う代物ではない。ただその巨体をもって敵を貫き、打ち砕くための、破壊力の塊だった。
「見えた! そこっ!!」
さくらと祐漸の意識がシンクロする。さくらの見ているものが、祐漸の頭でも認識できた。
その一点に狙いを定め――。
「氷魔―――」
一歩足を踏み出しながら右腕を思い切り引き絞り――。
「―――烈壊弾ッ!!!」
破壊の塊を解き放った。
ドォォォォォォンッ!!!!!
放たれた槍は、周囲の空気を凍り付かせながら目標へ向かって飛ぶ。
迫り来る破壊に対し、魔物は全ての触手を前方に集めて防御する。それを、槍は容赦なく凍らせ、貫き、削り、砕いていく。
唸りを上げて目標を狙う槍は、的確に狙った一点に向かって飛び、一瞬の内にそこへ到達する。
ズドンッッッ!!!
魔物の胴体に、巨大な風穴が空いた。
決まったと確信させる、会心の一撃。
だが、その空いた穴の淵に、軽く埋まる無傷の紅い球体、魔物の本体が見えた。
「外れた!?」
「チッ! あの野郎・・・避けやがった!!」
狙いは正確だった。それに加えて音速に近い速度で飛ぶ槍を前にしては、体内で本体を移動させる暇もないはずだった。
それをあの魔物は、触手で防御した際にその威力を止めようとはせず、余波をもって体を僅かに横へずらしたのだ。それによって、槍は本体のほんの数センチ横を通過するに留まった。
だがまだ終わりではない。
相手の本体は剥き出しである。加えて今の防御で全ての触手は吹き飛び、再生はまだ追いついていない。もう今の一撃ほどの長い溜めは必要なかった。一瞬で生み出せるレベルの氷槍で本体を貫けば、終わりだった。
「っ!!」
しかし祐漸は、槍を生み出すことなく全速力で後退した。
バシュゥッ!!
そこへ、魔物の頭部、紅い六つの眼から光線が迸った。
「奥の手かっ!」
まだこんな切り札を隠し持っていたとは予想外だった。連続して放たれる光線はさすがに凍らせることはできず、祐漸は氷魔壁で光線を防ぎながらの後退を余儀なくされる。空中に上がっていたさくらも同様で、決定的な勝機を逃す結果となった。
そうして後退する間に、大きなダメージを受けた魔物の体は再生していった。
祐漸が仕留め切れなかった。
今の攻撃は、これまで共に旅をしてきた仲間達にとってさえはじめて見る、祐漸の本気の一撃だった。にもかかわらず、相手を追い詰めはしたが倒すことはできなかった。
この事実に、皆の心に衝撃が走る。
これまで旅を続けてきて、まだ命の危機に瀕するほどの事態になったことはなかった。皆それぞれ、仲間になる以前には何らかの形で修羅場を乗り越えてきたが、それだけの者達だったからこそ、共に行動するようになってからは、力を合わせれば向かうところ敵は無かった。それでもいつかは、苦戦を強いられる強敵が現れるとは思っていた。けれどそうなっても、恐れることなく戦えると思えた。何故ならば、例えそれがどれほど強大な敵で、自らの力が及ばずとも、最後の最後には、祐漸が何とかしてくれる。祐漸さえいればどんな敵にも負けることはない。そんな思いが心の奥底にあったからだった。
彼に依存していたわけではない。彼は滅多なことで他人を助けたりはしない。限界以上に全力を出して戦わない者に、彼は仲間としてその信頼に応えようなどとはしない。あくまで自分の力で道を切り開くことのできる強さを持っていること、それが彼の仲間たる者の条件だった。それでも皆、 パーティーのエースとして彼の存在を心の拠り所として信頼していたことは確かだった。
楓にとっては、稟がいない今、心の支えとなる強さを与えてくれた人だった。
さやかにとっては、その強さを素直に格好良いと思える存在だった。
ネリネにとっては生まれた時から父親と並んで強い男の象徴だった。
連也にとってさえ、この男の強さは絶対的と言えた。
その祐漸が、望みを託した彼が倒すことのできなかった敵がいた。そのことが皆の心に戦慄をもたらす。
人はどんなに強くても、心に何かしらの拠り所を持っているものだ。人は一人では生きていけないのだから、最後の一線で自分を支えるものがある。その一つであった祐漸の強さの絶対性が揺らいだ今、彼らの心は折れかかった。
「まだだっ!!」
その沈みかけた空気を打破したのは、純一の声だった。
「まだ終わっちゃいない! まだ・・・最後の奥の手が残ってらぁ!!」
純一だけは、この中で違っていた。
彼は一度、祐漸という男に勝っている。
それはまぐれだったかもしれない。相手の油断と、自分の幸運とが重なったただの偶然だったと言える。それでも、事実は事実だった。純一の手には、あの最強の男を倒した切り札がある。まだ、祐漸以上に心の拠り所とできる力がある。
桜華仙。
最強と言うならば、幾多の伝説を遺したかの黄金の魔女とてそれに相応しい存在である。彼女が生涯で生み出した最高傑作たるこの剣にならば、まだ一縷の望みを託すことができる。
「お兄ちゃん・・・桜華仙を使うつもりなんだね?」
傍らに戻ってきた従姉妹の少女、この剣の作り主の正統なる後継者であるさくらの問いかけに、純一は頷いた。
「確かに、烈壊弾でぎりぎり避けられたのなら、それよりあと僅か、威力と速度があれば・・・」
氷の壁で魔物の光線を防ぎながら、祐漸も頷いてみせた。
「俺を倒した時以上の力が必要だぞ」
「ああ、だろうな」
先ほどの祐漸の一撃は、純一が祐漸を倒した時の一撃と同等か、それ以上の威力があった。あの時以上に、桜華仙の力を完全に引き出さなければ、勝機はない。
「先に断っておくが、そんな力扱ったことはないからな。けど、かったりぃがこいつで決めなきゃもう後がない」
純一は腕を前に突き出し、剣を水平に掲げる。
「これは賭けだ。下りたい奴は今の内に言ってくれ。まぁ、暴走させて突っ込んでもみんなが逃げる時間稼ぎくらいはできるだろ」
剣を握る手に力を込めて、純一が言葉を続ける。
「俺一人じゃどうにもならん。だから、賭けに乗ってもいい奴だけ残ってくれ」
一人一人の顔を見回す。そして全員に視線を向けたところで目を閉じる。
「さぁ、どうする?」
問いかけた後、数秒の間が空く。すると、掲げた剣に、別の剣が合わせられる。目を開けると、連也の刀だった。
「拙者は乗った」
「私も〜」
続いてさやかが、純一の手に自分の手を重ねる。
「私も乗ります」
「私も、乗らせていただきます」
「私もです!」
続いて楓、ネリネ、アイシアも手を重ねた。残る二人はというと――。
「俺は最初から退く気などない」
「お兄ちゃんがやるって言うなら、ボクは全力でサポートするよ」
当然という顔で賛同していた。
「・・・あー・・・ちと後悔。すっげープレッシャーかかってきた・・・かったりぃ」
今さら震えが来た。だがもう後へは引けない。
「よしっ! それじゃ最後の大勝負と行こうか!!」
次回予告&あとがきらしきもの
さくら&アイシア参戦。特にさくらの強さは、伝説の魔法使いの後継者は伊達じゃないって感じである。そして祐漸もさらに本気を出すも敵を倒しきれず。全編バトルの12話、圧倒的に目立つ祐漸に押されまくりの主人公純一、最後で男を見せたか!?
能力紹介、七人目は番外編として、この人。
エリス
筋力 A+ 耐久 A 敏捷 A 魔力 A+ 幸運 B 武具 A++
祐漸と同等の最強振り。むしろこちらの方が魔剣を持っている分上か? なかなか出番がなく、戦う姿がいつ見られるかはわからないが、圧巻と言うべき実力である。というか、九王は皆こんなようなもの。
次回、いよいよ魔物との戦いもクライマックスへ。