ボンッ!

音を立てて突風が起こり、巻き上げられた土煙が収まると星、もとい、ヒトデ型の木片を手にした少女、風子が眠そうな目を擦りながら立っていた。

「・・・何ですかマスター? 風子は眠いです」
「風の精が何昼夜の概念を持ってやがる。起きろ、仕事だ」

呼び出した風精の頭をパシパシと叩く祐漸。風子はハムスターのように頬を膨らませて抗議を死線を向けている。

「あそこの山まで行って楓を捜して、居場所を報せろ」
「どうして風子がこんな朝っぱらからそんなことをしなくちゃならないんですか、最悪です・・・」
「つべこべ言わずにとっとと行けっ、ガキの使いじゃないぞ」
「当然です! 大人の風格溢れるこの風子に全てお任せくださいっ!」

再びボンッと音を立てて風となった風子は空へと舞い上がる。

「さやか。前の時みたいにあれに沿って跳べるか?」
「んー・・・無理。何か地脈が乱れてて、みんな連れて長い距離跳ぶとどこに出るかわかんない」
「仕方ない、走るぞ。風子が楓を見つけたらおまえだけでも先に行け」
「おっけー!」
「よしっ、行くか!」

祐漸と連也が先行し、純一はさやかとネリネを乗せたムーと共にそれに続き、ことりを留守に残した一行は楓が向かったと思われる、例の異形が巣食うという山を目指した。













 

真★デモンバスターズ!



第11話 魔物の巣食う山















一年前のことである。
ソレニアとヴォルクスの間で戦争が始まったという驚くべき報は、バーベナ学園にも衝撃をもたらした。
しかしすぐに、そこにいた者達はそれどころではなくなる。
謎の集団が、バーベナ学園を中心とする特別区域を突如襲撃してきたのだ。
どこからともなく現れたそのモノ達は、人を襲い、建物を壊し、街を蹂躙していった。人々は必死で逃げ惑った。果敢に戦う者もいたが、相手の数が多すぎた。学園の生徒は皆将来を 有望視されるエリート候補達とはいえ、いまだ実戦経験のない若い者達ばかりである。押し寄せる敵の数にすぐ足並みを乱し、駆逐されていった。
何人が無事に逃げ延びたのかもわからない。皆、自分が逃げるのに必死だった。その中に、楓もいた。
はぐれた稟とプリムラを捜して駆け回る楓にも、そのモノ達は襲い掛かってきた。剣を振るってそのモノ達を倒しながら稟達を捜しまわった楓は、最後には数に圧倒され、河に落ちて気を失った。
その時はただ、稟達を捜すことに夢中で、襲ってきたモノの正体を考える余裕もなかった。
けれど今、その時と同じモノが、目の前に現れた。
時が止まるような感覚を覚えた。いや、正確には楓の時は一年前から止まっているのかもしれない。ただ、仲間達に支えられて、仮初にでも今を過ごしてきた。それが、あのモノ達の姿を見た瞬間、止まっている時間のところへと意識が立ち戻った。
いても立ってもいられなかった。
夜、いつものようにふと目を覚まし、あのモノ達がいるという山を見た瞬間、楓の思考は止まった。ただ駆け出す。真っ直ぐに、そこを目指して。

「稟くん・・・」

あのモノ達の正体はいまだ知れない。一年前のあの時に襲撃してきたのはただの偶然かもしれない。けれどその時に、楓は稟と離れ離れになった。
もしかしたら、稟の手がかりがあるかもしれない。
それだけを考えて、楓は走った。
夜が明ければ皆で行くのだから、それまで待っても遅くはないと、少しでも冷静さが残っていればわかることだった。しかし、そんな程度のことを考える余裕さえもなかった。

「稟くんっ・・・!」

気がつけば、山の裾に至っていた。
昨日と同じ、あの異様な空気が山全体を覆っていた。麓に立つだけで気分が悪くなるような空気である。楓はそんな山へ、迷うことなく足を踏み入れた。
途端――。

バッ!

あの異形のモノが現れ、楓に襲い掛かった。

ザシュッ!

それを楓は、躊躇なく斬り捨てた。
行く手を見据えると、山の岩陰から無数の異形が姿を見せていた。それが山全体に巣食っているのだとしたら、一体どれほどの数がいるというのか。まさにそこは、魔物の巣食う山だった。
楓は無数の魔物が待ち受ける岩場へ向かって、一気に駆け上がる。
領域へと踏み入った獲物に向かって、魔物の群れが一斉に襲い掛かった。

「・・・・・・どいて・・・」

左右の手に持った双剣を振るうと、二匹の魔物がその胴体を縦に両断され、霧になって消滅する。
仲間がやられても少しも怯むことなく、魔物は次々に楓を狙って牙を剥き、爪を振り下ろす。

「どいて・・・・・・どいて・・・・・・・・・」

絶え間なく襲い掛かってくる敵を、楓は休むことなく剣を振るって退けていく。

「稟くん・・・稟くん・・・稟くん・・・・・・っ!」

うわ言のようにその名を呼びながら、敵を斬り、前へと歩を進める。
その行く手から、地面を覆い尽くすほどの魔物が押し寄せてくる。

「あぁああああああああああっ!!!!!」

楓は絶叫を上げながら、その群れの只中へと突き進んでいった。







「ぜぇっ・・・はぁっ・・・・・・くっそー、かったりぃっ!」

陽が昇り始めた頃、いつの間にか純一は最後尾を走っていた。
祐漸と連也の背中は既に遥か彼方にちらちらと見えるのみで、併走していたはずのムーにまで置いていかれる始末だった。 馬などに比べれば遅いムーだが、普通の人間の足よりは大分速い。それよりずっと速い前の二人は一体何者なのやら。

「こらーっ、純ちゃん遅い! 男の子なら気合入れて走りなさい!」

ムーの上からさやかが檄を飛ばしてくるが、ずっと全力疾走を続けているため返事をするのも億劫だった。
急がなければいけないのは確かだが、このままでは戦闘になった時にヘトヘトで戦えないのではなかろうか。

「もう、仕方ないなぁ。ムーちゃん、ちょっと速度落として純ちゃん拾って」

言われた通りにムーが速度を落とすと、すぐに純一はそれに追いつくことができた。

「おお・・・すまん、って・・・おわぁっ!?」

縋り付こうとする純一の体に、ムーの尻尾が巻きつく。そしてムーは、そのまま再び速度を上げていった。

「ちょっ、まっ、おいっ、せめ、てっ、せなか、に・・・って、引きずってる引きずってる!!」
「だらしないなぁ、前の二人を見習いなよ?」
「あの化け物どもと一緒にすんじゃねぇっ! ってだから引きずってるってのーーーーーっ!」

走るのに合わせて揺れる尻尾に振り回されながら、純一は運ばれていく。
もう少し優しく扱ってほしいというのに、さやかは白い眼で見ており、唯一フォローしてくれそうなネリネは振り落とされまいとムーの背中の突起に必死でしがみ付いているためそれどころではなさそうだった。

「さやか!」

前を行く祐漸の呼ぶ声を聞いてさやかが前を見る。

「はーい!」
「風子の奴が楓を見付けた! 跳べるようなら先に行け!」
「りょ〜かい!」

さやかは目を閉じて意識を集中する。風子の風が残していった軌跡は、しっかり上空に残っていた。前にも一度やったことであり、その流れに乗っていけば、多少の地脈の乱れがあっても転移できそうだった。

「よしっ。それじゃお先に!」

目を開くと同時に、さやかは転移でその場から跳躍した。



風が漂う山の上空に、さやかは転移で現れた。そこで眼下に拡がる光景を目にして、絶句した。

「カエ・・・ちゃん?」

目に映るのは、地面を覆い尽くすほどの数の魔物の群れと、その中心で戦う楓の姿だった。
そう、楓の、はずだった。
だがさやかは、思わず自分の目を疑う。そこにいるのは、本当に楓だろうか。
姿形は、間違いなくさやか達がよく知る少女、芙蓉楓に違いなかった。けれど陰を持ちながらもいつわ柔らかな笑みを浮かべているその顔は、まるで一切の感情を置き捨てたかのように無機質だった。華麗なる太刀筋は姿を潜め、荒々しい剣が押し寄せる敵を次々に斬り捨てていく。目的のためと割り切ってはいるが、他者を傷付ける行為に僅かな罪悪感を覚える様も今はなく、何の躊躇もなく行く手を阻むモノを排除してい く。
こんな楓の姿を、さやかは見たことがなかった。
いや、正確には、聞いたことはあった。
純一と祐漸がはじめて出会った時の楓は、深い絶望に心が死に掛けており、体が生きるために動いているだけという状態だったらしい。最初の出会いは戦場。血と女に飢えた獣と化した男達に取り囲まれていた楓は、その手から逃れるためにその者達を全て斬り、血溜まりの只中に立っていたという。
狂気を孕んだその姿に、さしもの祐漸も軽く目を見張ったと言うが、さやかが仲間に加わった頃の楓は、今よりまだ暗く沈んだ表情を見せることが多かったけれど、普通に笑うこともできる、優しげな印象の少女だった。だから、純一や祐漸が嘘を言っているとも思えなかったが、その話をとても信じることができなかった。
しかし今、話に聞いていた姿が、そこにあった。
これがさやかの知らない、芙蓉楓の姿か。
不思議に思っていた。
祐漸という男の強さは、あらゆる面において郡を抜いている。この男をよく知る者ならば誰しも、大陸で最も強い者は誰かという質問に対し、間違いなく彼を十本の指の内に数えるだろう。そして自らも己の強さを自覚しているこの男は、弱い者を仲間としては認めない。
浦連也は、その祐漸をもってして唸らせるほどの剣豪である。朝倉純一は祐漸を倒すほどの切り札、桜華仙という剣の持ち主だ。そして白河さやかは魔力量こそ並の上程度だが、多彩な魔法を操る自他ともに認める天才だった。
いずれも、確かに祐漸が仲間と認めるだけの才能や実力を有しており、さらにそれだけでなく、修羅場においても己を強く保てる強さも持っていた。だが楓だけは、彼が認めるほどの強さを本当に持っているのか疑問に思う部分もあった。
剣の腕は確かに優れているが、連也のように神技めいているわけではない。そして心は、いつも不安定に揺れていた。そんな楓を、祐漸は他の三人と同列の仲間として扱っていた。
これがその、答えなのか。
求めるものへと至るためならば自ら狂気に身を委ねる。その姿はさながら狂戦士のようだ。
揺れながら、自身が壊れることになっても、真っ直ぐ想う心だけは折れない、それが楓の強さか。

「―――ッ!!」

さやかは激しい憤りを抱えながら、楓の下へと降りていった。

ゴォオオオオオオ!!!

腕を一閃させると、手の先から放たれた炎が辺り一帯を焼き尽くしていく。
燃え上がった魔物の群れは消滅し、楓の周囲から一切の敵がいなくなる。さやかは岩場の上に降り立つと、楓のところ駆け寄った。

「さやか・・・ちゃん・・・?」

光の宿らない瞳で、楓はさやかのことを見詰めている。
その楓に向かってさやかは、右手を振り上げ、その頬を、思い切り――。

パァンッ!

平手打ちにした。

「・・・・・・っ」

頬を打たれた楓は、唖然とした顔になる。だがその瞳には、光が戻りつつあった。

「さや・・・」
「あなた何様のつもり? そんなあなたの姿を見て、稟って人が喜ぶと思ってるの!?」
「っ!!」

体をびくりと震わせて、楓が目を見開く。
蒼ざめた顔で小刻みに震えだした楓を、さやかは今度はそっと抱きしめた。

「ねぇ、カエちゃん。一人で何でも抱え込まないで。祐君はああいう人だけどさ、仲間って、弱い部分も見せ合って、支え合っていくものだと思うな、私は。“稟くん”の代わりにはなれないけど、私達仲間でしょ? だからさ、涙、見せてほしいな」
「あ・・・・・・」

この時、さやかははじめて、楓の涙を見た。

「・・・ごめんなさい・・・・・・」
「よしっ!」

両手で楓の顔を挟み込むと、さやかは指先でその涙を拭った。

「じゃ、話は後回しにして、今はこの場を乗り切ろうか!」
「・・・ぐすっ・・・・・・はい!」

二人は背中を合わせる。周囲には、魔物の大群は再び集まってきていた。
楓は双剣を握り直して構え、さやかはフレアビットを生み出していつでも魔法を放てる体勢になる。

「他のみんなも、すぐ来るよ」
「・・・みなさんにちゃんと、謝らないといけません」
「なら、無事でいないとね」
「はいっ」

魔物の群れは周りの岩場を埋め尽くしている。遠くから山を見た時は何ということはなかったが、今上空から山を見たら大地が黒く染まっているかもしれない。一体どこにこれだけの数が潜んでいたというのか。
さすがに、山を覆い尽くすほどの数を二人だけで凌げるかどうかはわからなかった。
気合を入れて生き抜こうと決意を固めたところで、群れに動きがあった。楓とさやかの二人を獲物として殺気を向けていた紅い眼が、別の何かに反応したように横へ向けられる。その視線は、山の麓へと向いていた。

「あれ?」
「どうやら、魔力に反応するって仮説は合ってたみたいだね」

さやかにも、魔物が感じ取っている者の存在は認識できた。
絶大な魔力を持つ者達の気配が、猛烈な勢いで迫ってきている。







山を見上げると、そのほとんどが黒いもので埋め尽くされていた。そこにいくつもの紅い光点が浮かんでおり、不気味な様相を呈していた。
走る速度を緩めずに、祐漸は横へ水平に掲げた手に氷の槍を生み出し、連也は大小の刀を抜いた。

「一気に突破する。連也、背中は任せる」
「承知」

強大な魔力の持ち主の接近に気付いた魔物の群れが、紅い眼に殺気を漲らせて動き出す。雪崩のように押し寄せてくる大群へ、祐漸は氷で作った長大な槍を突き出し、迷うことなく突撃していった。連也はその背面にピタリと追従していく。

ドンッ!

群れの先頭と、槍の穂先とが衝突する。
僅か一突きで、十匹以上の魔物が霧散した。速度を緩めることなく、祐漸は手にした槍を薙ぎ払う。
長さにしておよそ三メートル。その三分の一以上を占める刃の部分は幅が最大で50cm近くもあり、その姿は槍というよりも斬馬刀と呼んだ方がしっくりくる。明らかに人間が扱う武器のサイズを超えているその得物を、祐漸は片手で軽々と振り回す。だがその重量感溢れる見た目通り、破壊力は圧巻だった。行く手を阻むものは、魔物であろうと岩であろうと全て粉砕する。
その怒涛の突撃は、まさに重戦車の如し。防げる者など皆無であった。

「どけっ、雑魚ども!!」

怒声を上げる祐漸の背後で、静かに剣を振るうのが連也である。こちらはこちらで、見る者が見れば背筋が凍る思いがするであろう。
巨大な槍を縦横無尽に振り回す祐漸のすぐ傍にいながら、その刃が体を掠るぎりぎりの場所に身を置き、大振りをした祐漸の死角から向かってくる魔物を、一匹一匹確実に斬り捨てていく。その斬撃の軌跡も、祐漸の体すれすれを通って いた。高速で移動しながら、互いに密着し、周囲の敵だけを的確にその刃で薙ぎ倒していく。このような芸当を可能とする二人が、果たして他にいるかどうか。
祐漸が振るう槍、連也が振るう左右の刀、合計三つの刃は、まるで結界のように二人の身を守り、敵を倒す。

「あちらも到着したようだな」

刀を振る手は止めず、連也は山の麓へ視線を向けた。



キキィーッと音を立てて山の麓でムーが急停止する。その際に尻尾がピンと上を向いて立つ。

「お・・・?」

当然、尻尾を体に巻きつけられて運ばれていた純一は空中に投げ出され、慣性の法則に従って・・・。

ゴォーンッ!

岩場へと思い切り突っ込んだ。

「だ、大丈夫ですか!? 朝倉様!」
「・・・・・・・・・・・・かったりぃ」

とりあえず、純一は無事だった。痛む体をさすりながら起き上がると、山の上へ顔を向ける。

「あいつらもうあんなところかよ・・・」

目を向けた先では、祐漸と連也が獅子奮迅の猛進撃をしているのが見えた。ようやく目的地に着いたが、まだ先は長そうである。

「仕方ない、行くか。ネリネ、大丈夫・・・か?」

体力に自信がないというネリネにこの岩山はきついかと思って横を見てみると、ネリネの体は光に包まれて、僅かに宙に浮いていた。

「お、おまっ・・・、飛べたのか!?」
「あ、はい。あまり長い距離は飛べませんけど、山の上くらいまででしたら」
「じゃ俺も連れてってくれ」
「すみません・・・この飛行魔法は一人用ですので・・・」

本当にすまなそうな顔をするネリネと、進む先の山とを見比べる。飛んでいけたらどんなに楽なことか。
しかし残念ながら、純一に空を飛ぶ術はないのだった。

「かったりぃ・・・」

ため息を一つして、純一は岩山を駆け上りだした。



先を行く祐漸と連也が道を切り開き、さらにその後ろの残りを上空からネリネの魔法攻撃で一掃していっているので、最後尾の純一が登る時にはもうほとんど敵は残っていなかった。左右から新たな敵が沸いて出てきてはいるが、その大半は祐漸の下に群れて行っている。やはりより高い魔力を狙う傾向にあるようだ。
だが中には例外もいるようで、純一も決して楽はさせてもらえなかった。

「ええぃ、全部祐漸のバカのところへ行かんかっ!」

行く手を阻む数匹を倒しながら、純一は魔物よりもむしろ手強い傾斜のきつい岩場の道を登っていく。
山の三分の二ほどを一気に駆け登った純一達は、そこで戦う楓とさやかの姿を見つけた。

「純ちゃん、びり〜!」
「やかましいっ、楓は無事か!?」
「はいっ! すみませんっ、純一君!」
「話は後だ!」

純一が到着すると、ネリネも地上へ降りてきて、六人で陣形を作る。
魔法使いのさやかとネリネを中央に置き、最も敵の多い方向に祐漸が立ち、そこから見て左右に連也と楓、後ろ方向に純一が立って四方を固める。示し合わせたわけではないが、これがこの六人で集団戦闘を行う際に、自然に形勢される陣形だった。
周囲にはいまだに無数の魔物がひしめいているが、この六人が揃えばそう易々と負ける気はしなかった。

「楓」

警戒を緩めずに、祐漸が楓の名を呼ぶ。

「問題は、ないな?」
「・・・はい」
「ならいい。少し予定は狂ったが結果としてやることは一緒だ。雑魚どもを蹴散らしてこの山を調べるぞ」

祐漸の言葉に全員が頷く。と同時に、魔物の群れが再度押し寄せた。
昨日最初に戦った時は不意打ちを受けた上に、相手の正体も解らず、数限りなく沸いてくる敵に戸惑い、苦戦を強いられたが、今は違った。
数では昨日を遥かに上回る敵がいるが、それだけではもう脅威を感じることはない。
槍を振るう祐漸の一撃は十数匹の魔物をまとめて薙ぎ倒す。
純一、楓、連也が剣を振るい、敵を防ぐ中、さやかとネリネの魔法攻撃が敵を吹き飛ばす。
やっていることは昨日と変わらないが、心構えが違う。背中を合わせあう仲間達を信頼してもいた。全員が自分の受け持った範囲に全力を注ぎ込むことで、集団としての戦闘能力が格段に増している。
元々六人とも、並の使い手ではない。それが完璧に連携した時、この程度の敵は物の数ではなかった。
けれど純一には、一つ不安があった。
桜華仙の鳴動が止まないのだ。それも、昨日よりもさらに強くなっている。

(何だ? まだ何かいるってのか・・・?)

今いる敵だけが相手ならば、負ける要素はない。にもかかわらず、桜華仙の警告は続いていた。
或いは、今以上の何かがいるというのか。

「後ろのたわけ! 怠けるなよっ!」
「む・・・わかってるわっ!」

止まりかけていた手を動かし、躍りかかって来る敵を両断する。
反対側で戦ってるというのに、祐漸は背中に目でもついているようだ。

「おまえこそ、ドジするんじゃないぞっ!」
「フッ、おまえと一緒にするな!」

とりあえず言い返しておくが、すぐに返された。うっかり自分に負けた奴が何を言うのか、と思ったが喋っている余裕もあまりなかった。
依然として敵の数は多い。

「みなさんっ、下がってください!」
「でっかいのいくよー!」

しばらく援護がないと思っていたら、さやかとネリネは大技の準備をしていたようだ。言われるままに周りを固める四人が一斉に下がる。
同時に、さやかとネリネによる特大の合体魔法が炸裂した。

ドゴォーーーンッ!!!

山の地形が変わるほどの大爆発が起こり、百匹以上の魔物があっという間に消滅していく。
恐怖心などないかに思われたさしもの魔物も、この一撃を前には恐れを成したか、それともこの六人の圧倒的強さが改めて身に染みたのか、残りの魔物は動きを止めていた。
遠巻きに様子を窺っている魔物は、しかしその眼に宿った殺気はいまだに衰えてはいなかった。

「襲って来ない、な・・・」
「それなりの知性はあるということか。なら調べやすいが・・・」

少しの間様子を見ていると、魔物の動きに変化があった。純一達の方へ向かってくるのではなく、一箇所へ集まろうとしている。

「何だ・・・?」

移動する速度を緩めることなく同じ地点を目指して駆ける魔物の群れは、互いに体をぶつけ合っていく。だが弾かれることはなく、一つに溶け込むように融合していった。
二匹合わさり、四匹合わさり、八匹合わさり、次々に魔物の群れは融合を繰り返し、巨大化していく。

「キ・・・キ○グス○イム?」
「何のネタだ、たわけ。それより気を抜くな」

最初は黒い歪な塊だった融合体は、徐々にその形を整えていき、やがて見るからにおぞましい姿を形作った。
足は六本、背中から生えた無数の突起は触手のように蠢き、長い首の先には鋭い牙が並ぶ巨大な口と六つの真紅の眼がついた顔らしき部位があった。全長は八メートル余りはあった。

「大きいな」
「見た目だけじゃなさそうだな」

祐漸と連也が目を細める。その表情がこれまでにないくらいに引き締まるのに合わせて、合体魔獣が動き出した。

ドンッ!

首を振り下ろしての一撃が岩を砕く。辛うじて攻撃はかわしたが、一瞬にして近付かれたことに少なからず驚きを覚える。
だが反撃する間もなく、背中の触手が四方へ散った純一達を狙って伸びてきた。

「このっ・・・でかいくせに素早い!」

触手の先端は槍のように尖っており、避けた先にあった岩を軽々と貫通していった。

「しかもあんなもの喰らったらただじゃ済まないぞ・・・」

ただ合体しただけではない。その戦闘力は何倍にも膨れ上がっていた。桜華仙の警告はこういうことだったのか。
四方八方へ向かって、触手が猛威を振るっており、連也も楓も防ぐのが精一杯のようだった。ネリネはさやかが連れて離れたところまで後退している。純一も、迫り来る触手による攻撃をかわすことしかできない。
一気に劣勢に立たされた純一達は、敵に肉薄することもできずに逃げ回る。遠距離攻撃のできる祐漸、さやか、ネリネは幾度か攻撃を加えているが、効果は見られなかった。祐漸の氷柱も、さやかの炎も、ネリネの光球も、全て闇色の表皮に吸い込まれるように消えていき、返礼とばかりに触手による反撃を受ける。

「小技じゃ全然効かないね〜・・・」

純一は触手の猛攻から逃れてさやかとネリネのところまで下がってきた。離れた分攻撃の激しさは弱まっているが、それでも皆無ではなかった。

「大技を・・・っと、撃ち込みたいところ、だけど!・・・・・・こう防御に意識を割かれちゃ・・・」

断続的に加えられる触手の攻撃を、さやかは結界を張って防いでいる。だがそのせいで、魔力を練り込む時間が取れずにいた。
代わりにネリネが、ありったけの魔力を込めた特大の光球を生み出しているところだった。純一もさやかと共に、そのネリネを守って剣を振るう。

「はっ!」

魔法を完成させたネリネが、特大の光球を撃ち込む。防ごうと振るわれる触手を消滅させながら、それは合体魔獣の身に迫り、命中し、弾けた。

バァーンッ!!!

魔物の胴体が半分ほど消し飛ぶ。それで一度は触手の動きも止まったと思われたのだが。
すぐに吹き飛んだ部位は再生し、攻撃が再開される。

「そんな・・・」
「あんな再生速度ありかよっ!」

一部を消し飛ばしてもすぐに再生するというのなら、あの巨大な全身を一気に消滅させなくてはいけないということか。しかしネリネの全開の一撃でも半分ほど吹き飛ばすのがやっとだったというのに、どうすればそんな威力を捻り出せるというのか。
考えている間にも、攻撃は激しさを増していく。

「チッ、連也! 楓! おまえらも下がれ!」

祐漸が魔物の眼前に立ち、無数の氷柱を叩き込む。
それでも相手の体を吹き飛ばすことはできなかったが、一瞬魔物は動きを止め、その隙に楓と連也も純一達のところまで下がってくる。
魔物はすぐに動きを再開したが、何故か純一達の方へは攻撃してこず、目の前の祐漸だけをじっと睨み据えていた。
純一達からは、祐漸の背中しか見えない。だがその背中が、魔物の姿を覆い隠すほど大きなもののように錯覚させられた。圧倒的な気配が、祐漸の全身から立ち昇っている。

「久しぶりだ。全力を出すのは」

そう祐漸が呟いた瞬間、魔物の頭が仰け反った。祐漸が蹴り上げたのだと理解するまでに、若干の時間を要した。
立っていた場所に残像を残すほどの、祐漸の速度だった。

ドンッ!

魔物の前足が肩から弾け飛ぶ。氷柱の速度も威力も、今まで見てきたものの比ではない。
地面に降り立った祐漸へ向かって、魔物の触手が一斉に繰り出される。だがその全ては、祐漸の体に届く前に凍り付いて砕けた。
下から掬い上げるようなアッパーを叩き込まれた魔物の巨体が宙に浮き、祐漸自身もそれを追って跳躍する。

ドシュ ズバッ ザシュッ!!!

氷の刃で包み込んだ両手を振るい、祐漸は魔物足を切り落としていく。宙に舞った足には無数の氷柱を撃ち込み、跡形もなく消し飛ばす。

「おらおらおらおらおらぁっ!!」

両手を包む氷を拳の形に変え、祐漸は乱打を叩き込む。
打撃の一つ一つが爆発的な威力を秘めており、打ち込まれるたびに魔物の体が弾け飛んでいく。
それでもしぶとく再生を続けようとする魔物の首を鷲掴みにし、その巨体を全力で振り回す。
二回、三回と、唸りを上げて回転させた巨体を、岩場へ向かって思い切り叩き落した。

ズゥーンッ!!!

大地を震動させて、魔物の巨体が地面に叩き付けられる。
仰向けに倒れた身を起こそうとする魔物の頭上で、祐漸は氷の槍を生み出し、逆手に持って振りかぶったそれを、下へ向かって投げ放った。

ズドンッ!!!

魔物の腹部に突き刺さった槍は、その巨体を大地に縫いつけ、祐漸は柄の先に降り立った。
一連の出来事を、純一達は呆然としながら見ていた。時間にすればおよそ一分余り。だがそれだけでも、祐漸の強さを知るには十分な長さだった。
まさに、圧倒的、としか形容できなかった。
強いことは知っていたが、改めて目の前で見てはっきりとわかる。祐漸という男は、間違いなくこの大陸で最強クラスの力の持ち主だった。

「トドメだ」

祐漸の紅い眼が、明確な殺気を孕んで眼下の魔物を見据える。槍で貫かれた魔物は、苦しげに全身を震わせる。それはただ貫かれているからではない。
周囲の気温が急激に下がっていく。祐漸が力を振るう時に度々ある現象だが、今のそれは規模が違う。
山全体が、一時の冬を迎えているようだった。
槍に刺し貫かれた部分から、魔物の体が凍り付いていく。それはどんどん全身に拡がっていき、魔物の動きが鈍っていく。
やがて、その巨体全てが凍り付く。

「砕けろっ、氷魔滅砕波」

音を立てて、凍り付いた魔物の全身が弾けた。原型を留めず、小さな氷の粒となって霧散する。
後に残ったのは、氷の槍と、その上に立つ祐漸だけだった。その槍も、祐漸が飛び降りると同時に砕け散った。

(・・・つ、つぇー・・・・・・)

ゆっくりと戻ってくる祐漸の姿を見据えながら、純一は冷や汗を掻いていた。

(化け物だ化け物だとは思っていたがここまでとは・・・よくこんなのに勝ったな・・・。桜華仙(ばあちゃんの形見)様様ってやつか)

戦慄を覚えずにはいられないほどの強さだった。
だが敵に回すと恐ろしいが、味方ならばこれほど頼もしい男もいない。
最初は敵だったが、仲間になって本当に良かったと思う。

(こんな奴とやりあうなんてかったるいからな。ま、なんにしてもこれで一先ず片付いて・・・・・・ん?)

思わず、純一は自らの目を疑う。しかしすぐにそれの意味するところを理解し、声を張り上げた。

「祐漸ッ!」
「っ!!」

名を呼ばれるが早いか、祐漸が体を横へずらして背後から繰り出された触手の先端を手で掴み取る。触手はすぐに凍り付いて砕けたが、祐漸の表情には少なからず驚きの色があった。
その祐漸の背後で、闇の粒子が集まり、再び魔物の姿を形成していた。














次回予告&あとがきらしきもの
 ばーさーかー楓・・・・・・とりあえず楓ファンの方には申し訳ない。元々楓は結構暗い部分を前面に押し出して描いているけど、今回は結構な壊れっぷりを披露させてもらった。元々この話の序盤のコンセプトは、稟と土見ラバーズを引き離すというものだったので、どうしても楓にはこういう役回りをしてもらうことに。でも、あまり暗いのはデモンの雰囲気にもシャッフル!の雰囲気にも合わないので、痛々しくなりすぎないようにはしたつもりである。他のアイデアでは、祐漸に稟を殺されたと思い込んだ楓が復讐の鬼になる、なんてものも・・・結局少し変わって、このようなバーサーカーモードになるキャラとなった。
 一方後半では、祐漸がついにその全力を発揮するシーンとなる。描写としては短いけれど、彼の最強っぷりが見られたであろうか。
 ところで、ここまでの間で、純一がかったるいを使い過ぎてるという指摘を数人から受けた。確かに、純一と言えばかったるい、というのが私のイメージなのだけれど、原作でさえ後半になるほど実際に純一がかったるいと言う回数は減っている。が、ここではあえてことあるごとに言わせるように試みている。原作以上に普段のぐーたらと、やる時はやる男というギャップをつけて楽しもうと思ったものなのだが、言われて読み返すとなるほど少しくどいかもしれない。最初はダ・カーポ城みたいなシリアスモードに入ったら一切言わなくなる、という設定にしようかと思ったのだけど、それはカットしてその間は回数が減る程度になっているが。何にしても、今後は少し抑えていくようにしようかと思う。と言いつつこの10話11話でもまたたっぷり言っているわけだが・・・10話で言っているように、ため息の代わりにかったるい、という感じである。
 能力紹介六人目である。

ネリネ
   筋力 E   耐久 D   敏捷 D   魔力 A+   幸運 B   武具 ??
 身体能力は絶望的なれど、魔力だけは破格である。魔王の娘は伊達ではなし、基本攻撃力はパーティーでも一、二を争うであろう。武器の類はなし・・・ヴォルクスの王族は得物を持たない主義が?(そんなことはない)

 次回は、祐漸に倒されたはずの魔物はまたしても再生し、純一達は窮地に立たされる。そこへ現れた救援者とは・・・。