アルヴィダの砦陥落の報せを受けて、ダ・カーポ城内は騒然としていた。だがそこへ、さらに驚くべき来訪者があった。
それをいまだ知らぬ最上階の面々は、事態の収拾に向けて動こうとしていたのだが・・・。
「ま、まずはこの狼藉者どもをひっとらえよ！！」
との王の言葉で話が進まずにいた。
いまだ事態があらましを知らない音夢、叶、アリス、環の四人はどうしたものかと思い悩み、主君と純一達を交互に見ている。一人杉並だけが、城の人間の中では冷静だった。
まずは説明を求める音夢達の視線に対して、純一はしかし見当違いの質問を返した。
「なぁ、それ、誰？」
指差した先にいるのは、叶だった。言われて気付いたのか、叶は焦った様子で自分の格好を見渡す。
「あ、いやっ、これは、その・・・」
そして顔を赤らめて環の後ろに隠れてしまった。
周りを見ると、何故か皆目を逸らしており、純一だけがわけがわからずにいる。
「えっと・・・朝倉君・・・・・・その、あ、朝倉・・・俺、俺」
声色をかえて語りかけるその声に覚えがあった純一は、それが意味するところを知って仰天する。
「く、工藤！？ お、おまっ、え、なに、おまえ、女だったのかっ！？」
「あ〜・・・朝倉君はまだ叶ちゃんのこと知らなかったんだ・・・」
一人だけ驚く純一の隣で、ことりが苦笑いを浮かべていた。
真★デモンバスターズ！
第７話 連合同盟
「まぁ、そんなことはどうでもよくてだ」
「どうでもいいのかよっ！？」
「気付いてなかったのはおまえだけだ、たわけ」
祐漸の言葉を聞いて仲間達の顔を見渡すと、連也は当然のような顔をしており、さやかはいつもと同じ楽しげな笑顔、楓は気まずそうに顔を背けている。どうやら本当に、皆最初から予想してたらしい。だというのに、数年来の付き合いだったはずの自分は知らなかったのか、と純一は肩を落とす。
「とりあえず説明は・・・・・・そっちの小僧にしてもらおう」
皆の視線が祐漸が示した相手、杉並へと向く。当の杉並は待ってましたとばかりに咳払いを一つしてから、事の次第を語り始めた。
要するに、純一達に申し入れを断られて憤慨していた王に、杉並が白河ことりが純一の恋人であるという事実を伝え、それを聞いた王がことりを城に召し出した、とそういうことだった。話を聞き終わった音夢達は唖然としている。そして皆一様に批難の視線を王に向けた。
「な、何を見ておる！？ わ、わしに逆らうのがいかんのだ！ 大人しくわしの言うことを聞いておればこのような・・・」
「陛下！！」
そこへ、また別の兵士が焦った様子で駆け込んできた。
「ええい、今度は何事だ！？」
苛立ちを募らせた王は近くの椅子を駆け込んできた兵士の方へ蹴り飛ばそうとした。が、椅子は倒れただけで、本人はバランスを崩してその場に尻餅をついた。本当に威厳の欠片もない姿である。
怒りと羞恥で顔を真っ赤にした王は、さっさと報告をしろと兵士を怒鳴りつける。
そして兵士は、驚くべきことを伝えた。
「ネーブル国より、同盟を申し入れる使者が参りました！」
「は？」
先のヴォルクス軍進撃の報を聞いた時以上に、王は呆けた顔をして聞き返した。
ヒュームの二大国たるサーカスとネーブルは、戦争状態にこそなったことはないが、仲が良いとも言い難い。どちらも自分達の方こそがヒュームを束ねる立場にあると主張し、常に議論は平行線を辿るため国交すら何年も断絶することが珍しくなかった。
また特に近年、開戦前までの時点では神王家、魔王家との繋がりが深かったネーブル国の方が優位な立場にあり、そのことでサーカス側はネーブルに対して強い敵愾心を示していたため、使者が行き来することすら絶えて久し い。そこへ突然の使者の来訪、ましてやヴォルクス軍進撃の報が伝えられたこのタイミングに同盟を申し入れてくるなど、驚くなというのが無理は話だった。
だが王は、驚きと共にネーブルに対する敵愾心が湧き上がってきたようだ。
「え、ええいっ！ ネーブルからの使者になど会う時間も惜しいわっ、即刻追い返せ！」
「はっ！ し、しかし・・・」
「つべこべぬかすなっ！ さっさと・・・」
「使者殿を謁見の間へお通ししろ」
王の言葉を遮って兵士に命令したのは、杉並だった。凛とした声に、特に普段の杉並を知る者は唖然とする。
「き、貴様！ 何のつもりだ！？」
自分の言葉を遮られたことに激怒した王が声を荒げる。だが杉並はそんな王を冷ややかな目で見下ろす。
「黙られよ、親父殿。これ以上あなたに国を任せてはいられん」
杉並の発した言葉の意味を解するのに、純一はしばらく時間がかかった。そしてそれを理解した時、叶の正体を知った時以上の驚きの声を上げた。
「おやじゃぁっ！？ え、や、おっ、えぇ？ ちょ、おま、すぎ・・・」
「朝倉君、どうどう」
上手く言葉の出てこない純一をことりが宥める。
背中をさすられ、気持ちが落ち着いたところで深呼吸を一つ。そうして改めて純一は声を上げた。
「親父殿だぁ！？ 杉並おまえ、どういうことだ！？」
「どうもこうも言った通りだ。俺はこの爺の息子だ。まぁ、十三番目だがな」
「おいおい・・・え？ ドッキリ？ あいや、夢か、なるほどそうか。ことり、ちょっと俺の頬をつねってみてくれ」
「へ？ あ、はい」
きゅっとことりの指が純一の頬を摘む。だがそのくらいでは、純一は全然痛くなかった。
「痛くない。やっぱり夢か」
と、今度は逆の頬を祐漸がぎゅ〜っと思い切りつねりあげる。
「いてててててててっ！ 何しやがるてめぇっ、かったりぃな！！」
「痛いなら夢じゃないだろう、たわけ」
漫才のような純一達のやり取りが終わったところで、杉並が父親だという王に向かって言葉を投げかける。
「あんたの無能振りは今さら語るまでもなかろう。今度の一件など特に、臣下の家の娘を強引に召し出して人質にするなど愚か者の極みだな」
「こ、この話はおまえが・・・」
「俺は朝倉の恋人の話をしただけだ。そそのかした覚えもない」
抜け抜けとよくも言ったものだと思う。明らかに杉並は王がこうした行動に出ると見透かした上で話したのに違いなかった。そそのかしていないなどというのは詭弁だった。だが確かに、この事実が知れれば王の信用は地に落ちるというものである。
「だ、だが！ わしに対してそのような口を聞いてただで済むと思っているのか！」
「残念だが、既に根回しはほとんど終わっている。あんたと同じく無能な兄達もほとんどは左遷して僻地に飛ばした。今後この国はこの俺が動かす」
「な・・・・・・」
あんぐりと口を開いたまま、国王、いやつい先ほどまで国王だった老人は膝をつく。既に彼は名ばかりの王で、実権は杉並の手の内にあった。
蹲った王にはそれ以上目もくれず、杉並は兵士達に使者の受け入れを指示する。
思わぬ方向へ事態は動き、純一達は蚊帳の外で成り行きを見守ることとなった。
「朝倉妹、工藤、胡ノ宮、月城、おまえ達はとりあえず・・・着替えて来い。城内がこんな状態だからせめて人だけでも体裁を整えねばならん」
「「「「はいっ」」」」
この事態にそれほど慌てず、四人は寝室から駆け出していく。どうやら根回しの部分には、彼女達も含まれているらしい。
近衛遊撃隊、などと言っていたがその実は或いは、新王を狙う杉並の側近達とするためのものだったのかもしれない。
一度は出て行ったが、途中音夢だけが引き返してきて純一のところへ寄ってくる。
「兄さん！ 何で事情を説明してくれなかったんですかっ？ そうしてくれれば私だって・・・」
「俺の味方になってたか？ 国を裏切ってか？」
「そ、それは・・・」
「いいか音夢。国に仕える立場になったのは親父達に勧められたり、誘われたりしたからとは言っても自分で決めた道だろ。だったらその身分にプライドを持て。兄妹の情なんかで簡単にそれを放棄するようなことを言うな」
「兄さん・・・」
「まぁ、俺も少し気が立ってた。さっきは怒鳴って悪かったな」
そう言って純一は音夢の頭の上に手を乗せる。昔はよくこうして頭を撫でてやったものだった。そう、昔の音夢は可愛かった。お兄ちゃんお兄ちゃんと言って自分の後を追いかけてきたりして。それが今ではこの通り、パワフルでヴァイオレンスに育ってしまって、たまにしおらしくしてると昔を思い出してかわいい。
などと本人は心の中で思っているのだが、音夢は珍しく真面目な顔で理を説く兄の姿に感動していてそんな心の内に気付いていない。
「純一君、ちゃんとお兄さんしてますね」
「そうですね。ちょっとかっこいいかも」
「ま、何考えてるのかはわからないけどね〜」
楓とことりも感心していたが、さやかだけは純一の心の内まで見透かしているようだった。
しばらく撫でられて機嫌を良くした音夢は、意気揚々と部屋を出て行った。
そうすると今度は、杉並が純一の前にやってくる。
「何だよ？」
問いかけると、杉並は床に片膝をついて頭を下げた。
「すまん、朝倉、白河」
「はい？」
「す、杉並君？」
そのあまりに杉並らしからぬ行動に、純一もことりも面食らう。
「利用するような真似をしたことは謝る。あんな無能でも一応父親で、王なのでな、失脚させるにはそれなりに理由が必要だったのだ」
当の元国王は、元々それなりの歳だったがさらに一気に老け込んだように見えた。
「・・・まぁ、かったりぃけどとりあえず何もなかったし・・・ことりさえ良ければ俺は構わん」
「私も、朝倉君さえよければ構わないです」
「そうか、それを聞いて安心した」
頭を下げた潔さはどこへやら、あっという間に元の表情に戻った杉並がパッと立ち上がる。その杉並の顔面に向かって、純一は拳を叩き込む。
バキッ！
杉並はもんどりうって、床に沈んだ。
「ふっ・・・いいパンチだ、友よ」
「これで勘弁してやる」
これで一先ずは、一件落着だった。
だがすぐに、次の問題が押し迫っていた。
一部崩れ落ちた玉座の間を、とりあえず見れる程度に整えたところで、ネーブルからの使者を迎え入れる準備ができた。
中央、玉座の置かれている段よりも下がった位置に杉並が立ち、その両脇を音夢達四人が固めている。さらに少し下がったところで、純一達も成り行きを見守っていた。
「何で俺らまでここにいるんだ？」
「まぁ、お手並み拝見と行こうじゃないか」
気だるそうな純一とは対照的に、祐漸は妙に楽しそうだった。
純一が蹴破ったため壊れかけた扉がぎりぎりと音を立てて開き、ネーブルからの使者だという者達が入ってきた。
「謁見をお許しいただき、ありがたく存じます。俺様はネーブル国からの使いで、緑葉・・・」
「樹君っ！？」
大声を上げて驚いたのは、楓だった。一方、呼ばれた方の男はそちらを見て、少しも驚くことなく――。
「おお、そこにいるのは我が麗しのプリンセス楓ちゃん！ 俺様の胸の中へようこそ！！」
といって両手を広げながら楓の下へ駆け寄ってきた。
ドカッ！
そのまま楓に抱きつこうとしたところで、男は横から蹴りを入れられて吹っ飛んだ。
「楓！！」
「麻弓ちゃんっ！」
男に蹴りを入れた少女は、そのまま男の代わりに楓と抱き合った。どうやら知り合いらしい。
で、蹴り飛ばされた男の方はというと・・・。
「・・・見知らぬ人よ、俺様の無念の中へようこそ・・・」
「・・・離れろ、かったりぃ」
純一は男を押しのけて、現れた男女の姿を観察する。
男の方は眼鏡をかけた知的な雰囲気の漂う美形だったが、今の一瞬の行動を見ただけでその印象は吹き飛ぶ感じだった。
少女の方は、黒髪を短く切り揃え、顔の両側だけを長く伸ばした活発そうな雰囲気の持ち主で、特徴的なのは左右で瞳の色が違うことだった。左はダークブルー、そして右はヴォルウスのそれと同じブラッディレッドである。 そしてもっとも特徴的なのは、驚くほど胸が平らなことだった。
身体的特徴からも、行動的特徴からも、二人は以前楓から聞いていた彼女の友人、緑葉樹と麻弓・タイムのそれとぴったり一致していた。
それから樹は、さやかを口説いては笑顔で断られ、ことりを口説いては純一に蹴り倒され、さらに音夢、叶、アリス、環と口説いていって尽く玉砕したところで、それまで楓との再会を喜んでいた麻弓に再び蹴りを入れられ、ようやく本来の目的のために杉並と向き合った。
「なかなか愉快な御仁が使者に来られたようで、楽しませてもらったぞ」
「いえいえ、そちら様こそ素晴らしい女性達を部下にお持ちで、羨ましい限りです」
杉並と樹は何か通じ合うものがあったのか、二人して声を上げて笑い合っている。それぞれ情熱を傾ける事柄は違うが、性質そのものは似ているのかもしれない。気が合いそうだと、端から見ていて純一は思った。
周りの皆は、揃ってため息をついていた。
「とりあえず、改めて自己紹介といこうか。国王が病に臥せっているため代理を務める、杉並だ」
「ネーブル国の使者、緑葉樹と申します」
「して、使者殿の用件は？」
「はい。既にこちらにも被害が出ているものと思われますが、先ごろヴォルクス九王家の内、南王家と東王家が結託して我々ヒュームの領土を侵犯して来ました」
「なるほど、ネーブルの方へも侵攻していたか」
「ええ。我が国は以前から、南王家とは激しくやりあっていましたからね。特にここ最近は、ヴォルクス内部でごたごたがあったようで、我々が有利に戦闘を進めていました」
ごたごたの部分で、樹は純一達の方をちらっと見た。おそらくそれは、純一達がヴォルクスの奴隷収容施設を次々に襲っていた時の話だろう。南王家のガーネルは特に多くのヒュームの奴隷を抱えており、ネーブル国はそれを善しとせず、開戦直後から両国は幾度も衝突していた。
純一達が解放した奴隷達がネーブルの軍の支援をしたことで、戦局はネーブル有利に傾きつつあったが、南王家は東王家の協力を取り付け、大軍を率いてヒュームの国々へ向けて一気に進撃してきた、というのが今回の事件のあらましだった。
「もしかして、私達のせいでこんなことになっちゃったんでしょうか・・・」
「いや、遅かれ早かれこういうことになるのは予想できたことだ」
楓が沈んだ表情を見せるが、祐漸はそれを否定する。ヴォルクスの行動に関しては、この男の方がよくわかっているであろう。純一も、自分達が奴隷施設を襲ったことが今度の件のきっかけを作ったかもしれないとは思ったが、それはあくまで事を早めただけで、戦局が長引けばヴォルクスも複数の王家で手を結んで動き出していただろう。
「話はわかった。我がサーカス王国も以前から東王家と小競り合いを繰り返してきたが、こちらの敵とそちらの敵が手を組んだ以上、こちらも手を組んでそれに挑むべし、ということかな？」
「察しが早くて助かります。そういうことです」
「そうか」
杉並は目を閉じて考え込む振りをする。振り、というのは、純一にはそれが杉並流の演技だということを知っているからわかることだった。
おそらく、既に杉並の心は固まっている。最初に報せを受けた時から、答えは決めていたはずだった。考える振りをしているのは、相手に安く見られないための演出だろう。
「わかった！ この同盟受けよう。今日のところは口約束のみとなるが、近日中に重臣達と話し合い、正式な返答をこちらから送らせてもらう」
「ありがとうございます。では、そのように国に戻って伝えさせてもらいます」
その後すぐに杉並はいくつも指令を出し、音夢達も慌しく駆け回りだしたので、純一達は玉座の間を後にして、城門近くで樹、麻弓と会っていた。
主に話をしているのは、再会を喜ぶ楓と麻弓の二人だった。
「いや〜、ほんとにあれから大変だったのですよ。何とか生き延びたはいいけど町はあの有様でしょ。ネーブル国に居つくまでは苦労したわよ。あ、そうそう、なっちゃんもネーブル国にいるわよ。というかもう、前線で兵率いて大暴れ！」
「撫子先生も・・・よかった」
紅薔薇撫子はバーベナ学園の教師で、楓達の担任だった女性である。モデルといっても通用する美貌と抜群のプロポーションを持ちながら、熱血を信条とする女傑だということで有名だった。
「でも結局、なっちゃんの他にはこれだけ」
麻弓はまたしてもさやかやことりを口説こうとしてどつかれている樹を指差してため息をつく。
「シアちゃんやリンちゃんは大丈夫だろうけど、他のみんなは・・・」
「じゃあ、稟くんや・・・リムちゃん、亜沙先輩やカレハ先輩達は・・・」
「こっちでもわかんない。緑葉君も私も、ネーブル国では重宝されてるから、その権限使って色々捜してはいるけど・・・あ、楓のことは最近知ったんだけど、まさかサーカスに先を越されてるとは思わなかったのですよ」
「重宝って、二人ともすごいです・・・」
「まー、色々と、ね」
にやり、と麻弓が笑みを浮かべる。何となく、色々の部分は聞いてはいけないような気がした。ヒュームとヴォルクスの混血である麻弓がヒュームの国で重宝されるようになっているというのだから、かなりの裏技を使ったのだろう。もちろん、彼女の情報収集、分析能力を買われてのことでもあろうが。
樹の方は元々ネーブル国の名門の生まれであるし、極度の女好きという欠点を除けばあらゆる分野で高い能力を有するのだから今の立場は不思議ではなかった。
「楓はこれからどうする？ 私と緑葉君は、これからすぐにネーブルに戻らなくちゃならないけど、一緒に来る？」
「えっと・・・それは、みんなと相談してからじゃないと何とも・・・」
「そっか。まぁ、土見君その他のことは、何かわかったらすぐ報せるから。とりあえず今のところ、ヒューム領内にはいなそう、ってくらいしかわからないけど・・・」
「はい、それだけでも十分です。ありがとうございますっ」
「何言ってるのっ、私と楓の・・・」
「俺様と楓ちゃんの仲じゃないかっ！」
横から飛び出してきた樹に、麻弓は楓の方へ笑顔を向けたままで蹴り飛ばし、倒れこんだところをどこからともなく取り出した縄で縛り上げる。
「ま、そういうことで！ 何かあったら絶対尋ねてきなさいよ。いくらでも力になるから！」
「はいっ、よろしくお願いします！」
縄で縛られて転がっている樹を引きずりながら、麻弓は門を出て行く。
「は、放せ麻弓！ まだ楓ちゃんと積もる話が！」
「はいはい、代わりに麻弓ちゃんが話聞いてあげるから」
「一年振りの感動の再会じゃないか！ ああ、楓ちゃんの温もりを！ それにさやかちゃんやことりちゃんとももっと語り合いを・・・・・・」
慣れた光景なのか、楓は笑ったまま二人の姿を見送っている。
二人の姿が見えなくなると、不意に楓は顔を背けて俯く。
「・・・すみませんっ、ちょっと、失礼します」
そして、そう言ってその場から立ち去った。
純一達は気にしていないが、ことりだけが事態を把握できずに困惑顔をする。
「え？ あれ・・・楓さん、いいの？ 今・・・」
「行方のわからなかった知り合いに会えて感極まったんだろ」
「それはわかるけど・・・何か朝倉君達、冷たくない？」
「いや、それはな。どこかのバカがだな、俺の前で泣くなとかいう無茶を言いやがったからであって」
「バカが人をバカとか言うな、たわけが」
「まぁ、泣いてるカエちゃんを慰める言葉は、私達にはないからね。仕方ないよ」
「・・・・・・」
ことりはまだよくわからなそうだったが、これからしばらく楓と付き合っていけば嫌でもわかるだろう。
「さて・・・これからどうするか？」
「とりあえず、城を出るか。ここにこれ以上いても仕方あるまい」
祐漸の言うとおり、これ以上この場に留まっても邪魔になるだけであろう。戦争に関わるのも御免であるし、この辺りではもう捜し人に関する情報は手に入りそうにない。
そこへ、杉並がやってくる。
「行くのか、おまえ達？」
「ああ、そうさせてもらう」
「そうか。できれば留まって力を貸してもらいたいところだったが、仕方なかろう。捜し人に関する情報が入ったら必ず報せよう」
「助かる。まぁ、おまえもがんばれや、杉並」
「おまえもな、朝倉」
純一と杉並は互いに握手を交わす。つい先ほど剣を交えた仲だったが、その程度で崩れるほど柔な友情ではない。もっとも純一の方は、友情などという言葉は口が裂けても言わないが。
手を放すと、杉並は祐漸と向き合う。
「改めて、無礼をお許しください」
「構わん。俺を利用しようとした点は気に食わんが、おまえ個人のことは気に入った。戦には手は貸さんが、何かあれば一度だけ力になってやる」
「ありがたく存じます。では、いずれまた」
これからしばらくすれば、正式に王になるであろう男が、祐漸に向かって深々と礼をした。
一応これでも祐漸もヴォルクスの王族なのだから、こうした態度は不思議ではないのだが、それでも祐漸の方がやたら偉そうに見えた。もっとも杉並も、礼を尽くしてはいるが決して謙っているわけでもなかった。またそういうところが、祐漸が気に入った要因でもあるのだろうが。
杉並が奥へ引っ込み、入れ替わりに楓が戻ってくると、純一達はダ・カーポ城を後にした。
街を出てしばらく行ったところで、純一が紙を折ったものに魔力を込めて飛ばした。
「朝倉君、今のは？」
「ことりが連れて行かれたのを報せてくれたのはアイシアだからな。事の顛末は教えておいてやらないとな」
「そうなんだ。じゃあ、私も一言お礼を書きたかったな」
「なに、どうせ大したことは書いてない」
「何て書いたの？」
「無事解決、情報感謝」
「簡潔過ぎ・・・筆不精だなぁ、朝倉君は」
一行は祐漸を先頭に、純一とことりが並んで続き、その後ろに楓とさやかがいて、最後尾を連也が歩いている。
街道ははずれて、山道に入っていた。今街道は、前線と城と各地の拠点との間で伝令が飛び交っていて騒がしくなっているため、歩きにくいのだ。複雑な情勢の中でヴォルクスの祐漸が堂々と歩いているのにも問題があった。
「それにしてもどうすっかな・・・」
「何が？」
「おまえのことだよ。このまま白河の家に戻すのが普通なんだが・・・」
「私は・・・できたら朝倉君と一緒に行きたいな。家に戻っても、あまりいい雰囲気じゃなさそうだし・・・」
あの無能な元国王に言われてほいほいことりを差し出すような家である。さやかが見切りをつけて家を飛び出したのを見てもわかる通り、頼りになる家でないことは確かだった。
白河家のある地が戦に巻きこまれる事態になったとしたらそれはサーカス王国存亡の危機にまで追い詰められた時であろうし、一応当面は安全ではあるのだが。
「別に構わんだろ。おまえが面倒見るならな」
一番反対しそうな祐漸はあっさり同行を承諾していた。
「しかしだな・・・」
「まぁ、おまえが持て余すというなら、俺が守ってやってもいい」
「確かに・・・祐漸さんに守ってもらった方が安全かな・・・」
「こ、ことりさん？」
「冗談です♪」
思わず本気ではないかと疑ってしまうような表情で言わないでほしかった。
「ことり、町にいた頃も何度か会ってたから知ってるだろうが、こいつはこう見えてあの緑葉とか言う奴に負けないくらいの女好きだ」
「まぁ、何度か口説かれたことはあったけど」
「祐漸てめぇっ！ 何かったるいことしてやがんだよっ！？」
「吠えるな。おまえのようなぐーたらよりも俺の方に乗り換えないかと、茶飲み話にしただけだ」
「って二人きりで茶まで飲んだりしてたのかよっ！？」
「俺を相手に取引までしようとした奴だからな。肝の据わった女は好きだぞ」
「ぬっ、ぬけぬけと・・・！ ことり！ こいつだけはだめだ！ いや他の奴でもダメだがっ、とにかくこいつだけはいかん！ かったるすぎるぞそんな話！！」
「どうどう、朝倉君。ちゃんと断ってるから。それにお茶した時は芳乃さんも一緒だったし」
「本当だな？」
「・・・朝倉君は、私が信用できないの？」
「いや、もちろん信用してる。そうだよな、こんな奴大したことないよなー、しっしっ！」
「祐漸さんのことは、かっこいいと思うけどね」
「こ、ことり〜・・・」
「でも、私が好きなのは朝倉君だよ」
「・・・・・・・・・そうだな」
「純一君、真っ赤です」
「初々しいね〜」
「ふんっ、たわけが」
前後から冷やかす笑い声がする。純一は一人そっぽを向いたまま憮然とした表情をしていた。
ことりの同行が決まったところで、次なる問題は目的地だった。
サーカス、ネーブルのヒューム二大国の諜報員それぞれから、土見稟に関する情報はまったく得られなかった。わかったことと言えば、ヒューム領内にはいないらしい、ということだけである。
「まぁ、進展はあったと思っていいんじゃないかな？ 二大国の協力を得られるようになったわけだし」
さやかの言うとおり、サーカス・ネーブル両国と繋がりが出来た今、仮に今見付からずとも、ヒューム領内でそれに関する情報があればほぼ確実に耳に入るだろう。強力な後ろ盾が得られたのは事実だった。
これだけの人数でこの広大な大陸から数人の人間を捜し出すというのは至難の業だった。
その点、国家の諜報力にはどうやっても及ばない。
「となると、今後はソレニア、ヴォルクス領内を中心に探すことになるわけだが・・・厄介だな」
ヴォルクス領ではここ最近暴れ過ぎた。ヒュームの国に戻ってきたのも、それでお尋ね者のような感じになって動きが取りづらくなったからでもあった。
ならばソレニアはどうかというと、こちらは完全に他国との国交を断っていて入国するだけでも一苦労である。
加えて、この辺り一帯では今後ヴォルクスの二王家とネーブル・サーカス連合同盟による戦闘が激しくなっていくことだろう。そんな中での人捜しはさらに困難を極めると思われた。
「どうするべきか・・・祐漸、何かいい案はないのか？」
「おまえの意見は？」
「俺はパス。そっちは？」
後ろへ質問を振る。
「私は、行けるところだったらどこへでも行きたいです」
「今まで探してきたところにいないとなると、やっぱりソレニアかヴォルクス領の深いところまで行ってみないとだめかなぁ？ 戦争に巻き込まれると大変だし、少なくともこの辺りは離れた方がいいと思うよね、祐君」
「ああ・・・」
返事をする祐漸は、珍しく歯切れが悪かった。何かを悩んでいるように見える。即断即決のこの男には滅多にないことだった。
「祐君、何か心当たりあるの？」
「心当たり、と言えるかどうかはわからんがな・・・まぁ、どうやら俺は少し事を甘く見ていたような気がするな」
「どういうことだ？」
「土見稟、それにプリムラ。こいつらが神王家、魔王家が静観を決め込んでいる今の戦局で大きな意味を持つのは今さら言うまでもないだろう」
土見稟は神王、魔王両家の娘達の婚約者である。これには反対派も多いと聞くが、両王がはっきりそう宣言した以上、正式な式典はまだ行われていないとはいえ、間違いなく稟は両王家の次期当主候補筆頭である。
そしてプリムラ。両王家が共同で推し進めていたとある研究の産物たるプリムラは、神王魔王すらも上回るという絶大な魔力の持ち主だ。その力を軍事利用しようとする輩は数多くいるだろう。
それだけの超重要人物たる二人である。必ずどこかで何らかの形で情報はあるはずだと、祐漸は思っていた。
しかし現実には、その行方に関する噂すら耳にすることはなく、既に一年近くにもなる。どこか人目につかないところで死亡したと考えた場合、死体が見付かっていないのはおかしい。優れた魔法を用いれば、骨の一欠けらからでもその人物の特徴を調べ上げることができる。有名な人物の死体ならば、それですぐに調べはつくが、そうした話もない。
そうなると考えられる選択肢は多くなくなってくる。
「ここまで情報がないとなると、既にどこかの誰かの手の内にある可能性が高いな。それもかなりの大物の」
「誰だよ、それは？」
「わからんが、俺の勘では、ソレニア領内が臭いと思っている。だが・・・」
「何だよさっきから、はっきりしろ」
「ヴォルクス領内という可能性も捨てきれない。だがソレニア領内は入るのも出るのも一苦労だ。行けばしばらく戻れないだろうから、その前に当たっておいた方がいい場所がある」
「勿体つけてないとさっさと言え」
「・・・・・・おまえは普段かったるいかったるい言ってるくせにせっかちだな」
「おまえは話が長いんだよ。結論だけ話せ」
祐漸はため息を一つついてから、その場所を告げた。
「ヴォルクス領内に一番精通しているであろう奴のいる場所、魔王家だ」
次回予告＆あとがきらしきもの
樹＆麻弓のシャッフル！親友コンビ登場の回。楽しいキャラ達なので、次の登場が大分先になるのは書いてる側としてもちと惜しい。杉並の国王蹴落としは実はわりとぎりぎりで生まれた設定。一応最初から事件の黒幕という形ではあったのだけれど、まさかクーデターで世代交代まで行ってみせるとは、さすが杉並、侮り難しといったところか・・・。
今回わりと楽しんで書いてたのは純一と祐漸のやり取り。私が過去に書いたものだとあまり男同士の親友とか相棒という関係がなかったので、旧作からのファンの方々は祐漸贔屓のようだけれど、作者的にはこの二人はセットでお気に入り。
メインキャラ能力紹介、二人目は主人公の相棒にして最強の男――。
祐漸
筋力 Ａ+ 耐久 Ａ 敏捷 Ａ 魔力 Ａ+ 幸運 Ｄ 武具 ？？
純一と比べると何このバーサーカーってくらいの無敵振りである。幸運が低いのと、武器の類を持ってないので武具が？になっている以外は、まさに最強の男の貫禄十分といったところか。
次回は、魔王邸を訪れる純一達。土見ラバーズの二人目、魔王家のプリンセスの登場である。