「おい、杉並。おまえの差し金か?」

剣を持つ手を握り締めながら、眼前に立ちはだかる友人を見据える。

「さて、何のことかな?」

相手はいつもの、人をからかっているお調子者としての態度で応じる。
普段なら、言い合いながらも軽く冗談で済ませられる仲だったが、今度ばかりはそう簡単に笑って済ませられる問題ではなかった。

「惚けるなよ。下の連中は誰も事情を知らなかった。おまえ以外に誰があのバカ王にことりのこと教えるってんだよ?」
「ああ、そのことか。確かにそれは俺だな」

まるで本当に今言われて思い出したとでも言いたげな口調がさらに純一を苛立たせる。

「杉並・・・一度だけ言うぞ。どけ」
「まぁ、少しだけ付き合え、朝倉。俺は一度おまえの本気というやつを見てみたかったのだ」
「そうかよ。じゃあ、力ずくで通るぞっ!!」













 

真★デモンバスターズ!



第6話 五人対一城の戦い・後編















玉座の間で、風と雷が荒れ狂っていた。
音夢が右手に持っている剣が風を巻き起こし、小さな竜巻を生み出している。左手の剣は雷撃を放っており、二つ合わせるとさながら小さな嵐を起こしているようだった。
吹き荒れる風に飛ばされないよう、楓は体勢を低くして構える。

「風華仙と雷華仙。兄さんの桜華仙ほどの力はありませんけど、祖母が作った魔法具です」

桜華仙ほどの力はない、と音夢は言うが、旅をしてきた中で楓は何度か純一が桜華仙を使うところ見てきた。だが純一は、その大きすぎる力を持て余しているということで、いつもほんの少ししか力を発動させない。その時と比べたら、音夢の操る風と雷の方が遥かに強力に思えた。
音夢には魔法の才能がない、と純一は言っていたが、これだけの魔法具を自在に操れるのなら、それを補って有り余るものがあるだろう。

「いきますよっ!!」

右の風華仙を振りかぶって、音夢が床を蹴る。楓は相手が踏み込んでくるのに対処しようとするが、音夢は間合いに入るずっと手前で剣を振り下ろした。
切っ先から放たれた突風が楓を襲う。
楓は風が比較的弱い右へ向かって跳んでそれをかわす。右、即ち音夢の左側に回り込むようにしたのだが――。

「っ!!」

それは音夢の狙いの内だった。左へ向かって突き出された雷華仙から雷が迸り、楓の眼前に迫る。

ズドォーンッ!!

雷が壁を撃ち抜いた。
広間内に焦げた臭いが充満するが、破壊された壁の周囲に楓の姿はなかった。
その気配が、音夢の背後に現れる。

「そこっ!」

雷撃をかわされたことには慌てず、音夢は振り向き様に風華仙を薙ぎ払う。
横幅の広い真空波が放たれる。左右へかわすのは容易ではなく、上へ跳んでかわすしかない。だがそうなれば、動きの鈍る空中で雷撃の餌食となる。音夢は右手の剣を振りぬきながら、既に左の剣に力を込めていた。
しかし楓の動きは音夢の予想に反した。楓は上に跳ぶのではなく、地面に深く伏せることで真空波を回避していた。
これには少し音夢も意表を突かれたように見えたが、相手の体勢が崩れたことに変わりはない。即座に伏せている相手に向かって雷撃を落とした。

ドォーンッ!

床の絨毯が焼け、石畳が砕ける。けれどまたしても、そこに楓の姿はない。

「何て素早いっ!!」

悪態をつきながら音夢が真横に向かって剣を振るう。今度は広範囲に向かって突風が巻き起こされ、逃げ場はなかった。
楓が下がろうとする動きを見て、音夢は追い討ちをかけるように雷撃を放つ。
だが楓は、下がると見せかけて前に踏み込んだ。両腕を顔の前に交差させ、雷撃をかわして突風へ向かって突っ込む。風の刃が楓の腕を傷付けるが、いずれも浅い。
突風を抜けた楓は、音夢に肉薄する。

ギィンッ!

繰り出される剣を、音夢は風華仙で受け止める。

「くっ・・・!」

楓の左の剣と、音夢の右の剣とが打ち合わされた状態で鍔迫り合いになり、二人とも空いている方の剣で相手の隙を窺う。

「・・・やっぱり」

そうしながら、楓は確信を得たように呟いた。

「台風の目と同じように、風は剣のすぐ近くには起こせないんですね」
「う・・・」
「それに、両方の剣を同時に使うこともできない」

推測に過ぎなかったが、音夢が黙っているのは肯定と受け取ってよさそうだった。
風華仙と雷華仙は確かに強力だが、一撃目を放つと二撃目を撃つまでに少し時間がかかるようだ。それを補うために、二つの剣を交互に使っているようだが、それゆえに次の行動が予測し易かった。ついでに、風も雷も懐に入り込まれると使えない。 風はそれを発生させている剣の周りには空白部分があり、雷は近くに落とせば自分の方にまでダメージが及ぶ危険があった。

「どんな強力な武器にも、死角はあります」
「そんなことは、百も承知よっ!」

音夢は体の横すれすれを通すように雷華仙を突き出した。楓がそれをかわすために体を横にずらしたことで力の均衡が崩れ、鍔迫り合いも音夢が押し勝つ。
続け様に突きを繰り出す音夢の攻撃を避けながら、けれど楓は間合いの外へ出ようとはしなかった。
遠距離戦では、先ほどのように音夢が一方的に攻撃できる。密着したこの状態ならば、純粋に剣のみでの勝負となる。リスクはあったが、楓自身の持ち味を活かすためにはこちらの方が確実だった。
着かず離れずの距離で二人は剣を振るう。
時に音夢が距離を置こうと下がるが、楓は追いすがって決して一定以上の距離を離させない。

「てぇいっ!」
「やっ!」

気合と剣戟の音が、絶えることなく玉座の間に響き続ける。







祐漸と叶、この二人の戦いは逆に、離れたまま行われていた。
飛び交うのは氷の礫と、目に見えぬ無数の弦だった。

「はっ!」

風を切る小さな音を立てて、弦が祐漸の身を包み込もうと襲い来る。それらをかわし、手刀で切り払いつつ氷の礫を生み出し、相手に向かって撃ち出す。
飛来する礫を、弦で網を張るようにして叶は防ぎ、そこからまた攻撃に転じる。

「どこに仕込んでるんだか、よく弦が尽きないな?」
「あなたがそれを言いますか?」

もっともな言い分だった。祐漸の技は空気中に水分がある限り永遠に撃ち止めになることはない。
互いに相手の技が尽きることはない。あとはどちらの体力魔力が先に尽きるか、なのだが。

「言っておくが、体力魔力の勝負じゃ俺には絶対勝てんぞ」
「わかっています」

男女の差としても、ヒュームとヴォルクスの差としても体力魔力の違いは歴然だった。持久戦は絶対的に祐漸が有利なのだ。となれば、叶は早く勝負をかけたいところだろうが、ここまではずっと小技しか使っていない。

(小手先の技だけで俺に勝てないことがわからない奴じゃない。となれば、何か狙っているな)

祐漸は、軽く反撃しながらも相手が決めに来るのを待っていた。事前に潰すことは容易だが、それではつまらない。
せっかく本気になってくれたのだから、相手の決め技をきっちり見届けさせてもらうことにしていた。
当然、それを受けた上で防ぎきり、勝つ自信があってのことだった。
しばらく、単純な攻防が続いた。
そろそろか、と祐漸が睨んだところで叶の動きに変化があった。

ピッ

小さな、簡単に聞き逃してしまいそうな音がした。
何かと思って周囲に視線を走らせてみると、同じような音が無数にしていた。
上から、左右から、下から、前後から、四方八方全方位から同じような音が響いてくる。
しかも、段々音は強くなっていっていた。

「これは、まさか・・・?」

音の発生源に手刀を振り下ろそうとするが、その腕が弦に絡み取られて動きを止められる。
腕だけではない。全身に弦が絡みつき、動きの自由を奪っていく。数本は凍らせて砕くことができたが、全てを振りほどくことはできなかった。そうしている内に、周囲の音は激しさを増していく。
その音はさながら、琴の旋律のように響き渡る。
そして祐漸は気付いた。周囲の壁、天井、床に至るまで、隙間無く弦で埋め尽くされていることに。叶は祐漸に対して攻撃を仕掛ける一方で、周り中にこれを仕込んでいたのだ。全ては最後の一手のための布石。

「工藤流弦術の奥儀、参ります!」

両手一杯に引き絞った弦を、叶は一斉に弾いた。

チョンッ!

琴の音色が響くと同時に、全ての弦が一斉に祐漸を包み込んだ。



「・・・・・・・・・ふぅ」

千本以上の弦を一度に操るこの奥儀は、さすがに叶の体力を一気に奪っていく。
弦術をしなやかに操るためには、女性本来の動きを大事にする必要がある。だがそれにさらなる威力を加えるためには、かなりの体力が必要とされた。男として振舞うのは、その間男性にも劣らない体力を身につけるための修行の一環であった。その両方を最大限に発揮して全力で実戦を行ったのは、今がはじめてだった。
奥儀も、何とか形になった。
相手は千本以上の弦に包まれて身動きの取れない状態にある。このまま包み込んだ相手を窒息死させることも、圧迫死させることも可能だが、その判断は純一に話を聞いてからでも遅くはあるまい。事情も知らないままに友人である純一の仲間を殺めてしまうわけにもいかなかった。

「とにかく、これでとりあえず・・・は・・・・・・?」

何か違和感があった。
技は完璧に決まっている。かわすタイミングはなかったはずであるし、確かな手応えもあった。間違いなく、相手は弦で作った繭に包まれて身動きの取れない状態にあった。
では、この違和感は何なのか。

ぶるっ

叶は思わず寒気を覚えて体を震わせた。そして違和感の正体に気付いた。
気温が、低過ぎるのだ。

「まさか・・・・・・」

じっと目を凝らして、相手を包んだ弦の繭を見据える。

ピシッ

弦が音を響かせる。叶は何もしていない。
何かが、繭の内側から、弦を――。


バリィーンッ!!!


甲高い音が響いて、弦の繭が内側から弾けた。
目を見開く叶が見たのは、剣山のように無数の尖った氷柱が四方に向かって伸びた、氷のオブジェだった。
そのオブジェが、さらに中から砕かれる。

「なかなか際どかった。俺以外の奴なら、今ので決まってたかもしれんな」

砕けた氷の中心で、まったく無傷の男が悠然と佇んでいた。







寝室へと続く階段の途中。

ギィンッ!

そこに剣と剣が打ち合わされる音が鳴り響く。

「おらぁっ!」
「ふん!」

純一が振り下ろした剣を、杉並は体を横に開きながら自身の剣で受ける。
相手の剣に自分の剣を滑らせるようにして、杉並は純一の懐に入り込む。そうされる前に、純一は剣を回して相手の剣を絡め取るようにして動きを止めさせる。そうして一度引き寄せた剣を再び突き出す。
仰け反るように突きをかわした杉並は、その反動を利用して後ろへ跳躍し、距離を取る。
追いすがろうとする純一だったが、杉並が剣を突き出してきたため後退させられる。

「ちっ」

剣を構えなおしながら、純一は舌打ちをする。
只者でない、ということははじめて会った頃からわかっていた。それでも、実際杉並と剣を交えるのははじめてだった。そうしてみて、やはり大口を叩くだけの腕前はあるということを改めて知る。
逆に純一の剣を見るのも杉並ははじめてのはずだが、相手の方はどう思っているのか。

「ふっ、なるほどやはり兄妹だな。二刀と一刀の違いはあるが、妹の剣と似ている」

どうやら、音夢の剣と見比べていたようだ。
似ていて当然のこと。純一と音夢は共に家に代々伝わる真影朝倉流の同門だった。
関係ない話だが、連也の使う新陰流は、朝倉流とは祖を同じくする流派だということである。だが百年以上の前に袂を分かっているだけに、一部似通った型がある以外はほとんど別の剣となっていた。
その真影朝倉流において、音夢は既に免許皆伝の腕前で両親を遥かに凌駕しているが、純一は目録までしかもらっておらず、もう長いこと両親と立ち合ったこともないのでどの程度の実力差があるかはわからなかった。両親はもう大分前から音夢の方の才能に目が行っており、親としてはもちろん十分過ぎるほど純一のことも愛してはいたが、剣の師としてはあまり純一の方は見ていなかった。純一は純一で、両親から剣を習うよりも祖母に魔法を見せてもらう方が楽しかったので、そちらにばかりかまけていた。
それでも自分なりに剣の鍛錬はずっとしていた純一の剣は、既にかなり我流に近かった。

「音夢と比べんなよ、もう全然同じじゃないだろ」
「確かに、おまえの剣の方が粗いな。だが、実戦を経験してきた強さが垣間見られる」
「そうかい。っと、呑気にお喋りをしてる時間は、ない!」

階段を蹴って上にいる杉並へ向かって踏み込む。
杉並の言う、実戦を経験した強さというものは確かに存在する。ただ道場で竹刀や木剣を持って鍛錬しているだけでは、技は磨けても本当の強さは得られない。真剣で、殺るか殺られるのぎりぎりの一線を 経験しなければ、真の意味での剣の完成には至らない。そういう意味では、純一の方が音夢より上かもしれない。比べるつもりは、本人はまったくないが。

ヒュッ!

振り抜いた剣は空を切る。
紙一重の見切り。杉並の剣もまた、ただ道場等で鍛えたのみならず、実戦を体験してきた者のそれだった。
最小限の動きで純一の剣をかわした後、反撃の剣を振るう。それを純一は、同じように紙一重で見切って回避する。だが杉並の攻撃はそこで終わらない。斬撃を囮にして、下から掬い上げるような蹴りがきた。

ガッ!

顎を蹴り上げられた純一の体が宙に舞う。
だが純一は、下の踊り場にしっかり両足で着地した。蹴りを入れられる瞬間、自ら跳んで衝撃を緩和していたため、ダメージはほとんどない。

「ってて・・・おまえの剣こそ、随分粗いじゃないか」
「実戦的と言ってくれたまえ」
「ぬかせ」

思った以上に手強い。時間はかけられないというのに、付け入る隙がなかなか見付からなかった。

「朝倉よ、おまえの力はそんなものか?」

不意に、ずっと余裕の笑みを浮かべていた杉並が真剣が表情をする。

「おまえはあの男、氷帝祐漸についてどの程度知っている?」
「何だよ、突然。つまらない話に付き合ってる暇はないぞ」
「まぁ聞け。ヒュームの間ではそれほど知られてはいないがヴォルクスの中であの男の名を知らぬ者はない。それほど有名な存在だ。何しろ、かつては次期魔王とまで言われたくらいだからな」
「は?」
「ヴォルクスは徹底した実力主義の種族だ。王家は基本的には世襲制だが、九王家のいずれかに優れた力の持ち主がいた場合には、嫡子を差し置いてその者を魔王家に婿として迎え入れ、次期魔王とする慣わしがあるのだ」

魔王とはヴォルクス九王家を束ねる者の称号。実力主義のヴォルクス内においては文字通り最強の称号を意味していた。
確かに祐漸ならば、それくらいの立場になったとしてもおかしくはないかもしれない。

「まぁ、現実にはそれも古い慣わしで、次の魔王は現魔王が決めるのが今は普通らしいがな。土見稟というヒュームに今の魔王が娘を嫁がせようとしていることからもそれは明白だ。だがその話が浮かび上がる前までは、あの男こそが最も次期魔王に近い立場にあったのだ」
「・・・で、おまえは一体何が言いたい?」
「簡単なことだ。おまえは、本当にそんな男に勝ったのか?」
「・・・・・・そんなことか・・・」

祐漸の前ではあーだこーだと言い合ってはいるが、あれが完全なまぐれによる勝利だったということは純一自身が誰よりもよく知っている。はっきり言って祐漸の力は純一を遥かに上回っている。勝てたのは祖母が遺してくれた桜華仙の力が祐漸以上だったからと、それをたまたま制御できたからに過ぎなかった。だから、勝ったのか、と聞かれてもどう答えたものか。

「たまたまだ」
「本当にそうか? おまえは何かを隠して・・・」
「かったるい話はこれまでだ」

純一は剣を振りかぶって階段を駆け上がる。
ただ真っ直ぐ向かってくるだけの相手を、杉並は軽い失望の眼差しを見る。

「そうか。おまえは所詮その程度だと言うのだな。ならこれで終わりにしよう」

杉並の構えが変わる。剣を顔の高さで水平にしたその構えには、今まで以上にまったく隙がないように見えた。事実杉並は、この構えを取った時は音夢相手の模擬戦でも負けたことはなかった。
彼にとって必殺のこの構え、純一では到底破れないと思われたが――。

ザンッ!

その動作に、思わず杉並は虚を突かれた。
純一は間合いに入るよりも早く、杉並の立つ位置から一メートル以上手前で剣を振り下ろしたのである。
虚しく空を切った剣は階段に叩きつけられた。
それで終わりかと思われたのだが。

ドゴォッ!!!

階段に刻まれた亀裂が、爆発的な勢いで膨らんでいった。
否、それだけではない。
明らかにそこにあるはずのない岩が、階段から生えていた。先の尖った岩の塊が杉並を襲う。予想外の攻撃に思わず後退する杉並だったが、その足下まで亀裂が走っていた。
踏みしめた場所には感覚がなく、足下は見る見る内に崩れ落ちて行き、杉並はそれに呑み込まれた。

「なんとぉーーー!!!」

絶叫を上げながら杉並は、崩れた階段の瓦礫と共に下へ落下していった。

「剣で勝負してたつもりはないからな」

確かに純一は、剣の腕では音夢や杉並には及ばないかもしれない。だが純一はただの剣士ではなく、魔法剣士だった。
さくらやアイシア、さやかといった面々に比べれば大した魔法も使えないが、両方をそれなりのレベルで使える純一は、それを活かした戦い方ができる。

「さてと・・・」

邪魔者はこれで全て退けた。後は――。







「ふぅー・・・しんどいなぁ〜」

死屍累々、とでも言うべき光景が階下には広がっていた。といっても、たぶん、死人は出ていない。だが後半はかなり適当になってきているのではっきりとは言い難い。
さやかは額の汗を拭う。さすがに息が上がってきていた。
まとめて一撃で吹き飛ばすのなら楽なのだが、建物に被害を出さないよう、また人死にも出さないように威力を加減しながら千人近くを相手にしていればいくらなんでも疲れるというものだった。

「まだくる? そろそろ手加減してあげる余裕なくなってきてるけど?」

おどけた調子で遠巻きに様子を見ている兵士達に問いかけてみる。
これだけの被害をもたらしているのだ。残った兵士はかなり腰が引けている。
相手が疲れていることは明白なのだから、あと何百人か犠牲になる覚悟で突っ込めば倒せるかもしれないくらいのことは考えられるはずだ。だが、その号令をかける者も、先頭を切って突っ込もうとする者もおらず、統率もあまり取れていない兵士達にそれは無理そうだった。誰だって、自分の身がかわいい。
それでも何人かが果敢に挑みかかろうと踏み出しかけた時だった。

「どけっ! どいてくれっ!! 一大事だっ!!!」

正面の人波を掻き分けて、この上なく慌てた様子の兵士が駆け込んできた。







大階段の下で、連也は腰を下ろしていた。鞘に納めた刀は、体の前に立てた状態で手にしている。
その前では、アリスと環が膝をついて蹲っていた。

「・・・・・・つ、強い・・・」
「・・・ふぅ・・・ふぅ・・・・・・」

辺り一帯には折れた矢が無数に転がっており、環が手にした弓も既に弦が切れていた。
アリスの短刀も半ばから折れており、アリス自身の息もかなり上がっていた。
幾度も攻防が繰り返されたが、二人はついに連也を倒すことはできなかった。連也の方も着物の裾が一部破けてはいるが、体の方は無傷で、息一つ乱れていない。
近衛遊撃隊の五人の中では他の三人よりは劣る二人だったが、それでも並外れた実力を持っていることは間違いなかった。そんなアリスと環の二人がかりでもまるで歯が立たないとは、驚くべき強さだった。
既に相手の戦う力がないことを知る連也は、静かに瞑目している。
その目が、ふと開かれて前方を見据える。

「・・・何かあったな」
「「え?」」

連也の言葉に二人とも後ろを振り返る。その先でずっと響いていたはずの爆音は止んでおり、誰かが駈けて来る足音が聞こえた。

「お〜い、連ちゃ〜ん!」

足音の主は、一人はさやかで、もう一人この城に詰めている者ではない兵士がいた。







床に座り込んで、叶は激しく肩を上下させていた。
祐漸は余裕の体で、その傍らに立っている。

「限界か。ま、よくがんばった方だろう」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・何も・・・通じませんでした・・・」

奥儀を破られた後も、叶は持てる弦術の技を駆使し続けた。
けれどどんなに技を放っても、尽く祐漸に防がれた。それでいて祐漸の方は、あれ以降はまったく攻撃することもなかった。
鉄壁の防御。祐漸のそれを僅かたりとも揺るがすことができず、叶は圧倒的な実力差を前に成す術なく、限界を超えて蹲っている。

「杉並・・・君から・・・・・・聞いてはいましたけど・・・ここまで・・・」
「気を落とすな。あのかったるい男に比べたら格段に骨があったぞ、おまえの方が」
「・・・あれ? でも確か、朝倉君には負けたって聞きましたけど・・・」
「たわけたことをぬかすな、あれは俺の油断とあいつのまぐれが重なっただけだ」

ずっと余裕の表情をしてきた祐漸が、純一のことを言う時だけほんの少し顔を歪めたのがおもしろくて、叶は笑みを浮かべた。

「何笑ってやがる?」
「いえ、すみません」

謝りながらも叶は笑うのをやめない。そうしていると、男装して通っていたのが不思議なくらい美人なのがわかった。

「ふんっ。・・・ん?」

肩をすくめた祐漸は、来た方の道から数人の足音がするのを聞いて顔をそちらに向ける。
階段を駆け上がって、さやかを先頭にアリス、環、連也の順に現れてくる。最後尾に、息を切らせた兵士が一人いた。

「あ、祐君祐君、ちょっぴり一大事ー!」
「意味が矛盾してるぞ。何があった?」







楓は引きつった笑みを浮かべながら目の前の光景を見ていた。
とりあえず、笑うしかないのだが、笑うのは失礼なような気がして、引きつった顔になってしまうのだ。
具体的にどういう状況かというと、突然壁と天井の一部が崩れて、そこから転がり落ちてきた杉並と音夢が折り重なって倒れているのだ。あまりに見事に、杉並は音夢の上に落下してきたため、音夢自身も楓もまったく反応できなかった。

「えーっと・・・・・・」

一応何が起こったのかを予測する事はできる。上には純一が向かったはずであるから、純一と杉並が戦って床が崩れるような事態になり、杉並がそこから落ちてきた、ということだろう。頭上の穴に目を向けてみたが、純一の姿は見えないので、一緒に落ちることはなく先へ進めたようだ。
とはいえ、それがわかったとして自分は一体どうすべきなのか。
悩んだまま固まっていると、音夢の方が気がついた。

「お、重い・・・! 早くどいてくださいっ、杉並君!」
「いやしてやられたものだ。さすがは朝倉だ。なぁ、妹よ」
「そんなことはどうでもいいですからっ、さっさと・・・どきなさいっ!!」

上に載っていた杉並を蹴り飛ばして音夢が立ち上がる。

「まったく、どうやったらあんなところから落ちてくるのっ!?」
「それはおまえの兄に聞いてくれたまえ」
「兄さんにやられたんですか? まったく、何やってるんですか」
「そうは言うがなかなか侮れないぞ、朝倉は」
「って、いつまでも転がってないで兄さんのところに行ってくださいっ! ここは私が・・・」
「いや、その必要はない」
「どうして!?」

むくりと起き上がった杉並は服についた埃を払って剣を鞘に納める。この状況だというのに妙に呑気だった。

「カ〜エ〜ちゃ〜ん!」

と、そこへさやか以下、皆が揃ってやってくる。

「さやかちゃん。みなさんも・・・」
「ふむ、どうやら別件で何かあったようだな」







最上階、国王の寝室。
純一は扉を蹴破って室内に踏み込んだ。

「なっ、なななっ!?」

サッと部屋を見回すと、部屋の中央で落ち着きなく立っている国王の姿と、やたら大きく豪奢なベッドの上に腰を落としたことりの姿が目に入った。
とりあえず、気がつくと自分の足が王の顔面にめり込んでいた。

「ぶべらばっ!!」

潰れた声を上げて王の体が壁まで吹き飛ぶ。
もう百発くらい蹴っておきたいところだが、それよりもまずことりの下へ駆け寄る。

「ことり!!」
「朝倉君っ!」

ベッドの上から飛び降りる勢いでことりが純一の胸に飛び込む。純一はことりの体を受け止め、抱きしめた。

「大丈夫か!? 変なことされなかったか?」
「うんっ、大丈夫。何もなかったから。その前に、杉並君が来て止めてくれて・・・」
「杉並が・・・ね・・・・・・」

ピクっと純一の顔が引きつる。それを感じ取ってか、ことりが純一に抱きつく腕に力を入れる。

「でも、朝倉君が来てくれて、良かった・・・」
「すまん、ことり・・・俺のことで巻き込んで」
「ううん、いいよ。何もなかったんだし。ちゃんと来てくれたし。ね」
「ああ、良かった」

二人は、互いの温もりを確かめ合うようにずっと抱き合っていた。
そこへ、複数の足音が響いてくるのにも気付かないくらい、二人の世界に浸っていた。

「へ、陛下!! いっ、いち、一大事に、ございます!!」

息を切らせた兵士が一人、室内に駆け込んでくる。それに続いて、入ってきた皆が、中の光景を見て動きを止める。
特に、先頭を切って駆け込んできた音夢は、音を立てて固まっていた。

「なっ! な、な、なっ・・・・・・!」
「うーむ、絵になるな。男の方が少し物足りないが」

感心したように頷く杉並が突然顔を押さえて蹲る。皆の目には、音夢の裏拳が決まるのがはっきりと見えていた。

「に、に・・・兄さんの不潔!!」

怒り狂った音夢が両手の剣を振り上げる。それを叶、アリス、環の三人が必死で抑える。

「音夢さん落ち着いてっ!」
「それよりも、何でことりがこんなところにいるかを疑問に思う方が先でしょ!」
「はっ! そ、そういえば・・・何で白河さんがこんなところに・・・? って、とにかく離れなさいっ、そこの二人!!」

雷華仙の切っ先から雷が一筋迸って純一とことりの足下に突き刺さる。
純一はことりを後ろの庇いながら跳び下がってそれをかわす。

「何しやがるっ、音夢。かったるいだろうが」
「かったるいじゃありませんっ! もう一体何がどうなって何なのかさっぱりですよ! その上・・・」
「へ、陛下! 陛下!!」

最初に駆け込んできた兵士は壁際で顔面に靴底の跡をつけてのびている王の体を揺すっていた。
ハッと気がついた王は、次いで顔面の痛みで悶え転がる。

「ぐ、ぐぉぉぉぉ、な、何事だっ!? 痛いっ、痛いぞぉ!!」
「陛下! それどころではありません!!」
「やかましいぞっ! 何だと言うのだ!?」
「アルヴィダの砦が・・・落ちましてございますっ!!」
「・・・・・・・・・なに?」

この言葉には純一も驚いて、祐漸達の方を見る。先に既に話を聞いていたようで、祐漸が頷いてみせた。
アルヴィダの砦はサーカス王国の前線基地たる要所である。難攻不落で知られており、開戦以来幾度もヴォルクスの攻撃を受けながらも尽く退けてきたはずだった。それが陥落したというのならば、それは確かに一大事である。

「ヴォルクス九王家の内の二家、南王家のガーネルと東王家の劉邦が手を結び、三万の大軍が国境へ押し寄せ、奮戦虚しく、戦線を破られました!!」














次回予告&あとがきらしきもの
 一応主人公なかったるい男純一、なれどその実力は五人中もっともはっきりしない。一般人と比べれば遥かに強い、けれどメイン五人の中ではおそらく一番弱い・・・でも一番強いはずの祐漸に勝っているという。秘密は剣にあるわけだけれど、今回はその力は見せずに、剣と魔法の複合技で杉並を退けた。音夢の剣は純一の剣の模造品のようなもので、桜華仙の力の一部を似せて作られたのが風華仙と雷華仙なのである。桜華仙に比べれば扱いは楽な魔法具だが、音夢はまだ完全に扱えるわけではないので楓に死角をつかれる形となった。祐漸vs叶は終わってみれば完全にワンサイド。第2話では負けて不評だったけれど、今度はその無敵ぶりにご満足いただけただろうか。
 さて風子が本編に行ってしまってあとがきが寂しくなったので、今回から趣向を凝らしてメインキャラ達の能力を数値化したものを載せてみようかと思う。Fateのサーヴァントステータス風に、毎回一人ずつ。 ちなみにあくまでこの作品基準なので、Fateのサーヴァント達と比較してはいけないぞよ。まず最初は当然主人公――。

朝倉 純一
   筋力 B   耐久 B   敏捷 C   魔力 B   幸運 C   武具 EX
 全体的にぱっとしないが、唯一武具、桜華仙だけが破格の性能を誇っている。一撃必殺を持つ平均的な実力者、といったところか。主人公らしいといえば主人公らしい。

 次回は、ヴォルクスの大軍が押し寄せてきたということで浮き足立つサーカス王国、そこへさらに意外な来訪者が・・・。