首都ダ・カーポ校外の丘の上に、純一達はいた。そこからだと王城がよく見える。
さくらと合流する約束があるというアイシアと別れ、五人は白河家近くからここまで一気に戻ってきた。
見る限り、城の様子に変わりはない。といっても、遠くから見てわかる分には限度があるが。

「一応、古来から云われている戦術のいろはによるとだ、城攻めには相手の数倍の兵力を要するのが常だ」
「ダ・カーポ城の兵力は?」
「まー、二千は下らないだろうね」

サーカスはヒュームの国々においてネーブルに次ぐ大国である。今は兵の大半を国境近くの砦に出張らせているとはいえ、首都の守りとしてそのくらいの兵力は残しているだろう。単純に考えれば、五人で二千人の城に攻め入るのは無謀以外の何物でもない。加えて、城内警備に当たっている近衛遊撃隊の五人は強敵だった。

「正面からでは苦しいな」

純一達五人は普通ではない。まともに攻めるのなら、正面突破も不可能ではないが、今回は白河ことりを取り戻すという目的がある。突破するのが遅れれば、ことりを人質として使われる可能性があ った。この戦いは、時間との勝負になる。

「さやか、転移で一気に飛べるか?」
「二人までなら余裕だけど・・・五人まとめてとなると、何か補助がほしいかな」
「補助か・・・・・・よし、おまえら少し下がってろ」

言うなり祐漸は、魔力を練って短く呪文を唱えた。すると突風が巻き起こり、小さな竜巻が祐漸の眼前に形成された。
竜巻が消え去ると、一人の少女が立っていた。

「風子・・・・・・参上」













 

真★デモンバスターズ!



第5話 五人対一城の戦い・前編















「何か御用ですか、マスター? 風子は今忙しいんです、このとってもかわいい・・・・・・・・・」

手に持ったものを示しながら、風子と名乗る少女はぽわ〜っとした素敵な表情をしたまま、心だけどこかへ逝ってしまった。
唖然としながら、純一達は風に乗って現れた少女の姿を観察する。
小柄で、子供っぽい雰囲気の少女だった。長い黒髪を後ろで結んでおり、手には妙な形の木片が握られている。

「これは・・・星か?」
「かわいいですね」

変なものを見るような表情の純一に対して、楓は笑顔でそれを見ている。

「いや、ヒトデだそうだ」
「「・・・・・・・・・」」

祐漸の言葉で、純一はあからさまに疑問符を顔に浮かべ、楓は笑顔を引きつらせた。

「へ〜、かわいー♪」

最初から興味のなさそうな連也はさておき、さやかはそれでもそれがかわいく見えるらしい。人の感性とはわからないものだと、純一はしみじみと思った。

「ついでにこの子もかわいいなぁ・・・・・・」

さらにさやかは、風子と名乗る少女の姿を見ながらうずうずするように身を震わせている。きっと抱きつきたいのだろう、と純一はこれまでの経験上わかっていたが、今は非常時なので自粛しているものと思われる。
何しろこのさやかという人物は極度のかわいいもの好きだった。

「おい風子、妄想は後にしろ。仕事だ」
「・・・・・・はっ! 仕事ですか? お断りします。どうして風子がそんなしちめんどくさいことしなくちゃならないんですか」

妄想の世界から帰還した風子は、祐漸の言いつけに対してフイとそっぽを向く。

「そうか、残念だな。非常に重要な仕事で誰にでも任せられるものじゃないんだが、“大人な”風子にならできると思って呼んだんだが・・・」
「風子にお任せくださいっ!」

祐漸が“大人な”の部分を強調して言うと、風子は掌を返したような気合の入った返事で承諾した。

「ここからあそこに見える城の中庭まで行って風の道標を作れ。さやか、こいつの魔力に同調して、風に乗って飛ぶようにしろ。できるか?」
「それならおまかせ♪ あのさあのさっ、この子のことぎゅってしてもいい?」
「後にしろ。じゃ、行け風子」
「わかりました!」

元気に返事をした風子の身が風に包まれる。そして台風のような勢いで周囲の草木を揺らしつつ、空に向かって飛んでいった。

「祐漸、なんだありゃ?」
「風精(シルフ)だ。何となく捕まえたんで飼ってる。普段は役に立たんが、おだてりゃ木に登るんでそれなりに重宝してる」
「なるほどね・・・」

程なく風は城内に達した。
それと同時にさやかが魔力を練り上げ、五人の姿は光に包まれてその場から掻き消えた。







ドォーンッ!!!

轟音と共に中庭に降り立った純一達を見て、警備の兵達が慌てふためく。

「風子! 適当に暴れたら帰っていいぞ!」

祐漸が声を上げると、中庭を激しい竜巻が襲い、兵士達が吹き飛ばされていく。
それを尻目に、純一達は王の間がある奥の方へ向かって走った。
建物の中に入ると、中庭と左右の棟と中央棟を結ぶ十字路があり、そこでさやかが立ち止まる。

「さて、騒ぎを聞きつけてくる兵士さん達の追撃は私が食い止めるよ」
「いいのか、さやか?」

一人で残るということは、外を警備している兵士達、少なくとも数百人から千人以上を相手にすることとなる。

「問題なーし。先に進む方が大変そうだし、ここは私に任せて任せて♪」

言っている内に、騒ぎを聞きつけた兵士が左右の通路から押し寄せてくる。

「行きなよ。時間との勝負なんだからっ」

左右に向かって火炎弾を放ちながらさやかが叫ぶ。その声に背を押されて、純一達は再び奥を目指して走り出す。奥へ続く通路の先にある階段を上がれば、玉座の間まではすぐだった。
走りながら、楓が純一の横に並びかける。

「あの、純一君」
「何だ、楓?」
「ことりさんという方を助けるのはもちろんなんですけど、そのために妹さんやお知り合いの方達と戦っても大丈夫なんですか?」
「音夢とは・・・さすがにやり辛いが、少なくとも杉並とは、本気で殺りあっても冗談で済ませられるだろ」
「それじゃあ、音夢さんのことは私に任せてくださいっ」
「すまん、頼む」

前方に階段が見えた。階段前の広場に出たところで、先頭を走る祐漸と連也が急停止する。その足下に、上から飛来した矢が突き立つ。
見上げると、階段の踊り場に弓を構えた環と、アリスがいた。

「朝倉様!」
「先輩、止まってください」
「環・・・アリス・・・・・・」

彼女達は、どこまで状況を知っているのか。だが、説明している時間も惜しい。仮に純一達の事情を話したとしても、友人と仕える国との間で板ばさみになった彼女らを苦しめるだけであろう。
よって純一は、強行突破をすることにした。
駆け出した純一の足下へ狙って矢が飛来する。それが、空中で両断された。

「連也!」
「ここは拙者一人で良い。行け」

さらに飛来する矢を切り払いながら、連也が踊り場まで一気に踏み込む。

ヒュッ!

横薙ぎに振られた刀を避けるため、環とアリスがその場から跳んで離れる。その隙に純一と祐漸と楓の三人は上を目指して突き進んだ。
立ち居地が入れ替わり、今度は連也が踊り場に立ちはだかり、追おうとする環とアリスの二人を阻んでいた。
対峙する三人の姿を横目に見ながら、純一達は階段を昇っていく。
玉座の間を目前にした通路で、祐漸が立ち止まって腕を前に突き出す。

シュルッ!

その腕に、目に見えないほど細い糸のようなものが絡み付いた。

「ほう、おもしろい技を使う」

通路の先には、工藤叶が立ち塞がっていた。指先に、琴を弾くのに使うような爪をはめており、祐漸の腕に巻きついた糸はそこから伸びているようだった。

「朝倉、いくらなんでもこれはちょっとやることが無茶過ぎやしないか?」
「まぁ、事情は後で話してやるからとりあえず通らせてもらうぞ」

純一と楓が横を駆け抜けていくのに反応しようとする工藤だったが、祐漸から目を離せずに素通りさせる。
この場を祐漸に任せて二人はさらに奥へ進んで走る。途中警備の兵が十数人いたが、それも全て薙ぎ倒して、玉座の間へ続く扉が目前に迫った。

バンッ!

扉の前の兵士達ごと、扉を蹴り開けて玉座の間に飛び込む。
そこに王の姿はなく、代わりにはいたのは、音夢だった。

「騒ぎを聞いてまさかと思えば・・・兄さん! これは一体何事ですか!?」
「知らないんなら今おまえと話す時間はない!」
「それで私が納得すると・・・っ!」

純一に詰め寄ろうとする音夢を、楓が剣を振るって遮る。

「頼む、楓!」
「わかりました!」
「ちょっ! 兄さん! 待ちなさいっ!!」

音夢の叫びを背中に受けながら、純一はさらに奥を目指す。玉座の間にいないのならば、可能性があるのは王族の寝室か。
寝室に、ことりとあのまるまる太った王だとかいう爺が一緒にいる。
考えただけで頭の中が煮えくり返る。
とりあえず、顔を見たらまず蹴りを入れる。それから蹴りを入れて、さらに蹴る。腹は肉が厚そうだから顔面が良い。顔面がへこむくらい蹴りを入れて、さらに踏みつけよう。
国王? そんなことは関係ない。とにかくぶっ飛ばす。
さらに階段を昇る。その先に寝室へ続く通路がある、というところで前に立ちはだかる影があった。

「おっと朝倉、残念だが快進撃もここで終わりだ」
「杉並・・・」







ドォーンッ ドォーン ドゴォーンッ!

立て続けに小規模が爆発が起こっていく。その度に兵士がダース単位で吹き飛んで行き、悲鳴が響き渡る。一応死人は出ていない、はずだ。国王のアホな行動のせいで下っ端の兵が犠牲になるのはかわいそうと思い、さやかは 十分過ぎるほど手加減をしていた。
本気を出せば、建物ごと平らにすることも可能だ。
だが今は、できるだけ建物にはダメージを与えないようにしていた。

(上に行ったみんなが落ちてきたら笑えないもんね〜)

他の四人は大丈夫としても、取り返すべきことりの身が危ない。ゆえに人間だけを狙って、気絶する程度まで威力を落とした魔法を放っていた。
さやかの周囲には拳大の炎の球が30余り浮かんでいる。それらが右へ左へ飛んで行って爆発を起こす。
フレアビット。さやかが得意とする魔法の一つである。予め生み出した炎を利用することで、魔法の行使速度を格段に速める技法である。使用中は一つの属性しか使用できなくなるが、特化する分威力も速度も通常の 比ではない。当然生み出すビットの数が多いほど強力になるわけだが、本来なら10個も扱えれば一流の域だった。それを30も扱って尚余裕のあるさやかの実力は推して知るべしであった。

「お!」

気がつくと、正面からも敵が来るようになっていた。どうやら中庭で暴れていた風子は帰ったようだ。

(ますます増えそうだね。こりゃ大変)

玉座の間周辺に配備されている兵はせいぜい数十人だろう。残りの兵は全て城の外壁の方へ詰めているはずだった。本来城攻めは外から行われるものであり、まさかいきなり中に敵が現れるとは思わないため、この奇襲はかなり有効だった。さやかレベルの転移魔法を使える者は多くない。ゆえにこんな攻め方は想定されていないのだ。
とにかく、そうしたわけでこの位置に陣取ったさやかは城内のほとんどの兵を一手に引き受けることとなる。雑魚ばかりとは言え、千人以上ともなると大仕事だった。

「よーしっ、らぶりーばーにんぐ♪の白河さやか、気合入れていきますかっ!!」







背後から繰り出される短刀による攻撃を右手の刀で受け、飛来する矢を左手で逆手に持った鞘で弾き落とす。そうしながら相手と階段の間に自分の身を滑り込ませる。
連也の動きを見て、攻撃した直後に走り出そうとしたアリスの足が止まる。援護するつもりだったのだろう環の動きも止まっていた。
階段の前に連也、その右方向にアリス、そして左方向やや離れた位置に環が陣取っており、その状態での攻防が既に十数度続いている。

「くっ・・・」

最初は次々に矢を放っていた環も、残りの矢を気にして慎重になってきていた。
アリスは素早い動きで撹乱しようと試み、隙を見ては階段へ走り出そうとするが、いくら動き回っても連也の気が乱されることはなく、いまだ一度も階段の前を明け渡していない。
二人を相手にほとんどその場を動くことなく攻撃を捌いていく連也の技量は驚嘆に値するものであろう。
何より、環とアリスが息を荒くしているのに対して、連也はまるで呼吸が乱れていない。

「本気で倒しにかかる気で来なければ、拙者は突破できぬ」

静かに告げる連也の言葉に、二人が顔をしかめる。

「朝倉様やあなた方は、何故このような暴挙に?」
「さて、今その問いに答えたとて、変わるものはなかろう。事が終わった後にでも、純一に聞くことだ」
「・・・じゃあ、あなたを倒したら、教えてもらえますか?」
「よかろう。その方が少しは手応えもあろう」

刀を持った右手、鞘を持った左手ともにだらんと体の両側に下げ、連也は構えらしい構えは取らず自然体のまま立つ。
だが、この無形の位こそ、どんな状況においても即座に攻防の切り替えを行える変幻自在の剣を可能とする構え無き構えであった。一見隙だらけのように見えて、向き合えばまるで隙を見出せない。アリスも環も、仕掛けるタイミングを計りあぐねていた。
そのまま一分、二分と経過していく。
連也は平然と立っているが、緊張状態を強いられ続けているアリスと環は額から汗を流していた。

「どうした? こちらは上で事が終わるまでの時間を稼げれば良いのだからこのまま動かずにいれば拙者の勝ちだぞ?」

目的はあくまで白河ことりの奪還である。連也はこの場に二人を釘付けにしておけば用は足りる。相手を倒す必要はなかった。
対するアリスと環は連也を倒した上で純一達を追わなければならない。実力の分も加算すると、二人の方が精神的にきつい状況だった。
アリスと環が互いに視線を交し合う。

(来るか)

そう思った瞬間にアリスが動いた。姿勢を低くして駆けて来る相手の動きを読もうと目を向けた瞬間、環の放った矢が飛来する。
矢をこれまでと同じように鞘で弾く。

「!!」

だが、最初の矢に隠れてさらに同じ軌道でもう一本矢が迫ってくる。
予め純一から弓の名手だということは聞いていたが、連射の速度、そしてまったく同じ軌道で矢を飛ばすことなど、なるほど確かに大した技量だった。
二本目の矢も弾くことはできたが、代わりにアリスの方への対応が遅れる。
こちらは見かけによらず高い運動能力を持っているとのことだったが、確かにその通りで、スピードだけなら連也を上回っていた。そのため後手に回ると若干苦しくなる。
懐にもぐりこんで短刀を振るうアリスの攻撃を刀で捌きながら、相手の体勢を崩すべく足をかけようと試みる。アリスはそれをかわして、連也の背後へ回り込んだ。振り返ろうとする連也の正面からさらに矢が飛来し、それを弾きながら体を回転させる。

シャッ!

アリスの短刀が連也の袖を掠る。体の横を通る際、連也は刀の柄頭でアリスの手を打ち据えた。

「っ!」

痛みに短刀を取り落とし、アリスはその場に倒れ伏した。

「あ!」

その上に、連也が先ほど弾いた矢が落下してくる。

カツッ

矢は、連也が突き出した鞘によって払われ、アリスの上に落ちることはなかった。
ホッとすると同時に、二人とも連也の行動を訝しがる。

「純一の友人に傷を負わせるわけにもいかぬからな」

連也はそう答えて、アリスの横を離れて階段の前に戻る。その間にアリスは短刀を拾い、環は次の矢を番えた。
しかし今の攻防でも相手の傷一つ負わせられなかったことで、アリスと環はさらに勝機を見出せなくなっているようだ。

「矢がそろそろ尽きそうだな」
「え? あ・・・」

環が残りの矢を確認すると、あと三本しかなかった。

「取って来い」
「・・・どういうつもりですか?」
「言ったであろう。拙者はこの場を守ればそれで良い。このまま続けてもお主らに勝機はない。矢を補充し、少し休めば話は変わってくるかもしれんがな」
「・・・・・・」

アリスは打ち据えられた手を押さえながら肩で息をしている。環は残りの矢が無く、このまま続けても結果は連也の言うとおりにしかならない。だが環が矢を取りに行って、一対一になった時に連也がアリスに手を出さない保障はなかった。

「胡ノ宮先輩、行って」
「月城さん・・・」
「大丈夫。この人は、こっちから仕掛けなければ何もしない」

だがアリスがそう言ったことで、環は少し迷いながらも矢を補充するためにその場を離れた。
階段前の攻防は、一時休戦となった。







「弦術、か。実際に見るのははじめてだな」

糸のようなものを武器にするというのは発想はおもしろいが、実際に扱うとなれば必要となる技量は並大抵のものではないだろう。だが逆に修得すれば、敵にとってはこれほど厄介な攻撃手段はない。どんな武術においても、様々な相手の得物を想定した対応の仕方があるものだが、弦術に対応する戦法を追及した武術は ほとんどないと思われる。
手強い、が、おもしろいと祐漸は感じた。王はただの阿呆だが、さすがはヒューム二大国の片割れだけに、良い部下を持っている。

「まぁ、それはそうと・・・」

祐漸は弦の操り手を見据える。
確か、工藤叶といった。朝倉音夢、胡ノ宮環、月城アリスに関しては、その戦い方や腕前について純一からある程度聞いていたが、杉並とこの工藤のことは純一も詳しく知らないと言っていた。親しかったわりに、お互いあまり深い部分は見せ合っていなかったらしい。
二人は今、ピンと張った弦で繋がっていた。互いに、先ほどから動かない。下手にどちらかが動けば、拮抗している力関係が崩れて、先に動いた方が不利になる。
奥へ進んだ二人が目的を遂げてくれば良いのだから祐漸はこのまま動く必要もなかったが、それでは退屈というものだった。せっかく城に乗り込んだからには、自分なりに楽しませてもらおうと思う。とりあえずは――。

「こいつは切らせてもらうか」
「ッ!!」

そう言った瞬間、工藤は自分から弦を手元から切った。どうやら直前で気付いたようだ。
床に落ちた弦は、小さな音を立ててガラス細工のように割れた。祐漸が腕を振ると、巻きついていた分も全て砕ける。最初に腕を絡め取られた時から、少しずつ静かに凍らせていっていたのだ。あのまま凍った部分が工藤の手まで至れば相手の手まで凍りつかせていたところだが、気付いて即座に弦を切った辺り、勘も判断力もなかなかのものだった。

「これがあの氷帝の力、か・・・」
「こんなものだと思うなよ」
「・・・朝倉は後で話すって言ってたけど、一体何のつもりでこんなことを?」
「やはり知らないか。おまえらも道化を演じさせられてるわけだ」
「どういうことだ?」
「純一が言った通り、後であいつに聞け。俺を倒せたら後を追わせてやる」
「わかった。そうさせてもらう!」

肉眼では捉えきれないほど細い弦が走る。空気中で擦れる、その僅かな音を聞き分けてそれをかわす。

ピシッ!

床に敷かれた絨毯が裂ける。絡め取るだけでなく、切り裂くことも可能らしい。
まともに喰らえば少し危険だが、祐漸は弦の軌道を全て見切って相手に接近を試みる。
近付くと、弦による攻撃が激しさを増す。
下から足に巻きつこうとする弦を横に跳んで避ける。跳んだ先に張られていた網を、氷の刃をまとわせた手刀で切り裂く。背後から首を狙ってくるのを屈んでかわし、床に沈んだ反動で一気に前に踏み込む。

ザンッ!

工藤の足下へ手刀を叩き込む。上へ跳んでかわした工藤が頭上から無数の弦を降らせる。
真横に転がりながら祐漸はそれを回避した。

「おい、ここには俺とおまえの二人だけだぞ」
「それが、どうした!?」

放たれた弦を、祐漸はまとめて掴み取った。掴み損ねた数本が手を切り裂くが、構わず掴んだ弦を力任せに引き寄せた。

「うわっ・・・!」

バランスを崩しながらも弦を切って体勢を立て直そうとする工藤の眼前に一気に詰め寄る。そのまま壁に工藤の体を押し付けた。

「動きが硬いな」
「何を・・・!」
「おまえ、つまらん演技に気を取られてて俺に勝てると思ってるのか?」
「な、何のこと・・・」
「まだ惚けるか」

祐漸は氷の刃を相手の首元に突きつけ、そのまま振り下ろした。服の胸元が切り裂かれ、その下の肌が露になった。

「きゃあっ!」

バッと胸元を隠して、工藤が床にしゃがみ込む。
一瞬見えた服の下はさらしを巻いてはいたが、男にはないはずの膨らみが胸にあった。

「隠すならもう少し上手くやれ」
「い、いつから・・・?」
「最初からもしやと思っていたが、弦を操る動きを見て確信した。男と女じゃどうやっても動きに違いが出る。無理に男として振舞おうとしていても本来の力は出せん。そんな状態で俺に勝つ見込みなど、万に一つもない」
「・・・・・・・・・」

祐漸の言葉に工藤は俯いていたが、やがて何かを振り切るように顔を上げて弦を振るう。
繰り出される弦をかわして、祐漸は後ろへ跳び下がる。追い討ちはなく、工藤は弦を操りながら服を剥ぎ取る。するとどうやったのか、一瞬にして振袖の着物姿になっていた。

「ほう、大した早業だな」
「胡ノ宮さんの直伝です」

振袖姿はそれまでの服装よりも動きにくそうに見えたが、工藤の立ち居振る舞いは遥かに滑らかで自然なものになっている。それが彼女の、本来の動きということだった。

「あなたを侮っていました。ここからは、本気で行かせてもらいます!」
「来い。それでも俺に勝つのは千年早いことを教えてやる」







ギィンッ!

玉座の間に剣戟の音が響き渡る。その旋律は、あたかも歌劇の音楽のように。舞い踊る演じ手の姿は華麗で優美だ。
舞い手は、共に双剣を手にした二人の少女、朝倉音夢と芙蓉楓。
音夢が手にする剣は、右は幅が厚く先が広がった特殊な形状をしており、左は細く先端に向けて鋭く尖っているレイピアである。共通するのは鍔元に宝玉の装飾が入っていることだった。それぞれ斬ることと突くことに特化した武器だが、右の剣は相手の攻撃を防御する盾としても使えた。定寸よりは短いとはいえ、右の剣は特にそれなりの重量があるように見えたが、音夢は苦も無く両手の剣を操っている。

「ヤァッ!!」

鋭い気合と共に左のレイピアを突き出しつつ、さらに踏み込んで右の剣を薙ぎ払う。
リーチの短さは手数と速さで補うとばかりに音夢は果敢に攻め立てる。

ヒュッ・・・キィンッ!

対する楓は、音夢の剣を時にかわし、時に受け流しながら捌いていく。
楓の剣は両手ともにオーソドックスな形状のショートソードだった。相手の武器に比べると派手さに欠けるが、それを巧みに操る堅実な守りで、楓は音夢を寄せ付けなかった。
攻め続けているのはずっと音夢だったが、楓には一撃たりとも入っていない。

「このっ!」

がむしゃらに、それでも相手の動きを計算に入れつつ左右の剣を振るう音夢。だが鋭い突きも、激しい斬撃も、尽く楓に捌かれる。
楓は、音夢の動きを全て見透かしていた。
どんなに攻めても尽くかわされることに苛立ち、奥へ向かった純一のことも気になって焦りが募り、音夢の動きが激しさを増していくが、やはり楓には通用しない。そしてさらに音夢が苛立つという悪循環が生じていた。

ドゴッ!

振り下ろされた右の剣が床を叩き割る。その切っ先は楓に遠く及ぶことなく、楓は大きく跳び下がって距離を取っていた。

「ああもうっ! 戦う気があるんですかっ、あなたは!?」
「ないわけじゃないですけど、できれば純一君の妹さんを傷つけたくはありませんし・・・」
「・・・あなた、兄さんの何なんですか?」

冷たい声で音夢が問いかける。そこに込められた感情の意味がわかるため、楓は静かな表情でその言葉を受け止める。

「仲間・・・です。そう、純一君は呼んでくれています」
「随分兄さんと親しいんですね」
「音夢さんは、お兄さんのことが大好きなんですね」
「なっ!!」

ボンッと音を立てるような勢いで音夢の顔色が朱に染まる。

「なっ、ななな、何を言ってるんですかっ!!」

怒りと恥ずかしさが混ざったような赤い顔で音夢が怒鳴る。その様子を微笑ましげに見つめながら、楓は顔を伏せて言葉を紡ぐ。

「私にも、大好きな人がいるんです」
「え・・・?」
「その人は今、どこにいるかわかりません。離れ離れになってしまって・・・そうなった時、心が壊れそうになりました。そんな私を救ってくれたのが、純一君なんです。それからずっと、一緒に私の大好きな人、 捜してくれています」
「それって・・・土見稟、って人のことですか?」

楓はこくんと頷く。

「純一君には、感謝してもしきれないくらいのことをしてもらってます。もし純一君に困ったことがあった時は、力になってあげたいんです。だから・・・・・・」
「だから・・・? じゃあ、兄さんは一体何のつもりでこんなことを!」
「それは、私の口からはこれ以上言えません」
「なんでっ!?」

声を荒げて、音夢が楓に斬りかかる。
右の剣が体を切り裂こうと唸りを上げ、左のレイピアが貫こうと突き出される。楓は先刻までと同じように、守りに徹しながら避け、受け、かわしていく。
一刀一刀に、音夢のやるせなさがこもっているように、楓は感じられた。
本当は音夢も、兄に困ったことがあれば力になりたいのだろう。だが今の音夢はこの国に仕える身で、純一はそこに敵対している。理由を聞いても兄は答えてくれず、ただただどうすれば良いのかわからない。そんな音夢の気持ちが伝わってきて、楓も切ない気持ちになる。
簡単にかわしているように見えて、音夢の剣技はかなりのものだった。純一が自分以上と言っていたのも頷ける腕前で、楓も気を抜くと捌ききれなくなりそうだった。
しかし、剣技は卓越しているのに、音夢自身はまるで泣いている子供のようだった。

「音夢さんっ!」
「っ!!」

楓が声を張り上げると、音夢がびくりとして動きを止める。震えているようにも見える音夢に対して、楓は厳しい声を投げかけた。

「そんな風に迷ってる剣じゃ、私には届きません。もちろん、純一君にも届きません。あなたは、その程度の人なんですか?」

普段の楓ならば決して口にしないようなことを、目の前の少女に対して言う。
涙は見せていなくとも、泣いている相手をこれ以上見ていられないという気持ちもあったが、こんな言い方を覚えたのは、祐漸の影響かもしれない。弱い奴は認めないと言いながら、相手の弱さを指摘し、それを克服する強さの持ち方を気付かせてくれる、厳しくも優しい心を持った祐漸の。
本当に自分は、いつも救われてばかりだと、楓は自嘲する。稟に、純一に、祐漸に。

「・・・・・・知った風なこと、言わないで下さいっ」

音夢の震えが止まった。
顔つきが変わり、構えもより鋭さを増す。さらに、両手の剣に埋め込まれた宝玉が光を発している。

「本気で行かせてもらいます。あなたを倒して、兄さんに理由に問い質しに行きます!」

だが今度は、少しだけれど自分が他人を救える側になれただろうかと思い、楓は軽く微笑む。
すぐに表情を引き締めて、剣を構える。ここからは、一切の油断は禁物だった。

「私も本気で。純一君のところへは行かせませんよ」














次回予告&あとがきらしきもの
 前から予告していた風子登場の回。とはいえほんとにちょい役であるが、今後も何か役立ちそうな場面があれば出てくるかもしれない。風子の立場は名前からの連想で、風精(シルフ)ということに。ファンタジーでは有名な風の精霊である。
 そして城攻め戦となるわけだけれど、五対二千などどう考えても普通じゃないですな(笑 そこは裏技で一気に城内潜入。しんがり役として兵士の足止めをするさやかは狭い通路内に陣取ることで一度に戦う敵の数を制限しているのである。連也の相手はアリスと環、一対二なれど圧倒的な連也は、今回は本気を出すほどには至らない だろう。祐漸は叶と、楓は音夢と、そして純一は杉並とそれぞれ対決することになるわけだけれど、これはまだ次回へと続くことに。叶の弦術はよくあるものだけど、直接の元ネタはゲットバッカーズの花月のものだ。 叶自身着物姿が似合っているのと、花月が子供の頃に着物姿だったイメージが何となくかぶって使わせてみることに。音夢は二刀、というのは常々考えていたのだけれど、普通の二刀は楓が先にいるので、ちょっと変わった剣を持たせてみた。その秘密は次回で明かされるであろう。

 次回は、さらに続く戦い、果たして純一達はことりを取り戻せるか。しかし意外な事態が・・・?