土見稟。
ソレニア神王家にとっても、ヴォルクス魔王家にとっても非常に重要の立場にあるヒュームの少年が開戦時の混乱で行方知れずになって、既に一年が過ぎていた。いまだに各国の諜報員は、この少年を血眼になって 捜しているはずだった。彼だけでなく、彼と共にいる可能性の高い人口生命体のプリムラも合わせて、この二枚のカードは硬直した現在の戦局において、主導権を握る切り札になり得る。ほとんどの者は、彼らを戦争の道具として求めていた。
だがそんな中にあって、純粋に彼らの身を案じてその行方を捜している者達もいる。
純一達の一行もそれに含まれていた。
「ふぃー、かったりぃ・・・」
ここはヒュームの二大国の一つ、サーカス王国。純一が本来住んでいた町もこの国の中にあった。半年以上かけてヴォルクスとヒュームの国境を中心に歩き回った挙句、目的果たせずここに戻ってきていた。
今いるのは、サーカス国内の南西部のとある町である。純一はそこで情報を集めるべく、欠伸を噛み殺しながら酒場へと入っていく。
国境からは大分離れているとはいえ、戦争中だけにガラの悪い人間も多そうだった。そうした相手に睨まれないようにしながらカウンターの隅に座る。適当な飲み物を注文しながら、純一は店のマスターに二枚の紙を見せる。
「マスター、こんな奴ら知らないか?」
紙にはそれぞれ、似顔絵が描かれていた。片方はどこにでもいそうな黒髪の少年で、もう片方はとても愛らしい小さな少女だった。どちらも非常に上手く描かれているが、マスターは首を横に振った。
「そうか。手間取らせたな」
空振り。いつものことなので、もう慣れたものだった。
真★デモンバスターズ!
第4話 サーカス王国の誘い
大陸のほぼ中央に、バーベナ特別区域がある。そこから北へ進むとソレニア神王家の領土が大きく広がっている。逆に南へ進むとヴォルクス九王家を束ねる魔王家の領土だ。魔王家の領土を中心に大陸南部から、ソレニア領の西側を通って大陸北部に至るまで、弧を描くにようにヴォルクス九王家の領土が存在する。特別区域の東には、ヒュームの大国ネーブルがあり、それ以外にも小さな国がいくつか点在しており、大陸東端にあるのがサーカス王国である。ヒュームの国々は大半がこの二国の周囲に集まっているが、それ以外にも広大な領土を支配するヴォルクス領の中には、ヒュームの集落や自治区が多数存在していた。ヴォルクスの中にはヒュームを奴隷として扱う者もいるが、逆に領内の集落を庇護している王もいた。これが、バーベナ大陸の大まかな全容である。
そして、純一達はネーブル国の南に位置するヴォルクス領を通って、サーカスに至っていた。
「ここもはずれ、か」
「残念無念だね」
酒場を出た純一は、途中さやかと合流して町を歩いている。
手にしている似顔絵は、楓の記憶を元にさやかが描いたものだった。楓が驚いたくらいそっくりに描けているというそれのお陰で人捜しはそれなりに楽に進められていた。
この世界における情報伝達手段は多くない。ソレニア国内ではある程度魔力を動力源とした機械文明が発達しているが、ヴォルクス、ヒュームの間にそうしたものはなく、情報を広く伝える一般的な技術は存在しないのだ。
魔法によるテレパシーで遠方に言葉や映像を伝えることはできるが、これを行うには送る側も受け取る側も共にこの魔法を使えなければならず、ゆえにこれは一部の魔術師の間でしか使われない。一般人が多くの情報を得られないこの大陸では、土見稟の名前を知っている者はいても、顔まで知っている者はほとんどいないのだ。だから名前でなく、顔で捜せるというのは有利ではあった。名前を出さずに捜せば、純一達が土見稟を捜していることは知られず、各国の諜報員に目を付けられることもない。
それでも現実に尋ね人がいないのでは成果の上がりようもなかった。
「たぶんこの町でもダメだね。カエちゃんがっかりするだろうな〜」
「最近はほとんど顔に出さないけどな・・・」
情報を得られなかったとわかる度に、楓が落胆するのが仲間としてよくわかる。顔には出さないのは、純一達に対する気遣いなのだろうが、内心はいつも辛いものがあるのだろう。慰めてやりたいところだが、こればかりは何をしたところで効果はない。夜に楓が起きて一人泣いていることも皆知ってはいるが、かけるべき言葉はなかった。
たった一つ、捜し人を見つけることができれば全て解決するというのに、そのたった一つの目的が遠い。
「次はどこに行こうかね〜・・・あ、純ちゃんはことりんのところに顔出す?」
「楓の方がこの状況でそれは気が引けるんだが・・・」
「そんな遠慮は、かえってカエちゃんが心苦しいと思うよ」
「なんだよなぁ。ていうかそれと言うのも、おまえがことりのことをほいほい楓に話すからだろうが!」
「あはははっ」
純一がいつもの如く「かったりぃ」と呟き、さやかが一頻り笑ったところで連也と楓も集合場所に戻ってきた。そちらも成果無しだったのは、一目瞭然だった。
それでも楓は、笑って純一達に感謝の言葉を述べる。
「一先ず四人揃ったところで、行くか」
「だな」
四人はその場を離れ、町の外へと向かう。
こういうそれなりに大きな町では、ヴォルクスの祐漸は目立ちすぎるため、町での聞き込みは他の四人でやっていたのだ。逆にヴォルクス領内の町では、祐漸一人が情報収集に当たっていた。結局どこでも、ここと同様に成果はまるで無かったのだが。
町を出た後は街道を外れ、人気のない岩場へと向かう。そこで祐漸が待っていた。
「ただいま戻りました」
「ちゃお〜、祐君」
楓とさやかを先頭に祐漸の下へ向かう。岩の上に腰掛けて目を閉じていた祐漸は、近付くと軽く眉間に皺を寄せた。
「おまえら・・・妙な客を連れてきたな」
その言葉にハッとなって楓とさやかが左右に目を走らせる。
連也は既に気付いていたのだろう、後ろへ振り返って刀の鞘に手をかけていた。
純一は面倒くさそうに頭を掻いている。
「ボケっとしてるからつけられるんだ、たわけ」
「何で俺だよ? かったりぃな。さやか、おまえじゃないのか? 白河の家から家出同然で飛び出してるんだろ」
「どうだろうね〜。追われるような覚えはないけど。連ちゃんじゃないの?」
「さて、心当たりがないわけではないが、それはお主も同じではないのか、祐漸?」
「あの・・・原因の擦り付け合いをしてる場合じゃ・・・」
大体十人ほどの気配に周囲を取り囲まれていた。相手の正体はわからないが、あまり友好的とも思われない。
「どう思う? 祐漸」
「さぁな。ご当人達に聞いてみるのが一番早いんじゃないのか」
「俺はかったりぃからやらないぞ」
「俺が出るまでもないだろ。連也、さやか、適当に片付けろ」
「は〜い」
「承知」
風が吹いたわけでもないのに、空気がざわめき、小石が弾け飛ぶ。連也の放つ裂帛の気合、剣気によるものだ。精神力の弱い者はこれを当てられただけでも金縛りに合う。同等のレベルの相手ならばこれだけで動じることはないが、そこそこ強い程度のレベルの者ならば、触発されて飛び出してくる。
おそらく我慢できなくなった数人を皮切りに、隠れていた者達が姿を見せた。全員黒装束と覆面で正体を隠している。
無言で連也に襲い掛かろうとする黒装束の数人が、赤い鞭に打たれて叩き落される。さやかが両手に、炎で形成した鞭をしならせていた。
「それっ」
さすがに二度目は単純に振っただけではかわされたが、両手の鞭でタイミングをずらして振るうと、相手はさやかに肉薄することもなく倒されていった。
鞭の攻撃を掻い潜った数人が連也に向かって刃を振り下ろす。
「どうやら拙者の追手ではないな。連携が甘い」
慌てた風もなく連也は抜き打ちで迫り来る刃を斬りおとし、返す刀で相手の胴をみね打ちにした。それが続けざまに三回。
僅か数秒の攻防で相手の人数は半分以下にまで減っていた。残った者は恐れを成したか、遠目に様子を窺うだけで近付いてこない。
「歯ごたえないね。やり口からして白河の人間でもなさそう」
「まだ続けるというならば、腕の一本くらいは覚悟してもらおう」
連也の腕ならば全員みね打ちで仕留めることもできようが、脅し文句としてこれは利いたようだ。相手は必死に虚勢を張っているが、明らかに腰が引けていた。
「じゃ、私も次来た人は丸焼きにしちゃおっかな〜」
手元に引き寄せた鞭を丸めて一塊の炎にしたさやかは、それを手の中に弄びながら大きくしていく。
圧倒的に連也とさやかが優位に立っている中、拍手の音が響き渡った。
パチパチパチッ
全員の注目がそちらに向く。黒装束達はそれを合図に、倒れた者達を連れて引き上げていった。そして残ったのは、拍手をしている男一人。
「なっ、杉並!?」
その男を見て、純一が驚きの声を上げる。
「久方振りだな、朝倉。そう、おまえの心の友、杉並だ」
「いや、おまえと心の友になった覚えはない」
親しげに語りかける杉並の言葉を、純一はきっぱりと切り捨てる。が、相手は気にした風もなく近寄ってきた。
「いやいや、手荒な真似をしてすまなかった。一応軽くご一同の実力を見てみたかったものでね。もっとも軽い運動にもならなかったようだが」
十人を相手に戦ったのは五人中二人だけで、その二人もほとんどその場から動いていない。杉並は肩をすくめながらも、素直に感心しているようだった。
愉快そうに笑みを浮かべていた杉並の表情がふと引き締まる。
一番遠い位置から、祐漸が鋭い視線を向けていたからだった。
「で、俺達に何の用だ、小僧? つまらん用件でこんな真似をしたんだとしたら・・・」
「くだらないとは心外ですな、氷帝殿」
「・・・なるほど、こっちの素性は調査済みか。知った上で喧嘩を売ってきたのだとしたら、その度胸だけは認めてやる」
「光栄です。ではさっそく、用件を話しましょう」
恭しく礼をする杉並の姿を見て、このかつての悪友が変わっていないことが純一にはよくわかった。神出鬼没で慇懃無礼を絵に描いたような奴だが、目上の者に対してはあからさまに礼を尽くす。かといって下手に出るわけでもなく、あくまで自分の方が話の主導権を握ろうとする。
生意気なのは気に入らなそうだが、基本的には祐漸の好きそうなタイプの人間だった。最初の視線の険しさは今はなかった。
「聞くだけ聞いてやる」
純一は面倒なので、連也はいつものとおり黙っており、楓はもとより人前では控え目な態度で、さやかは成り行きを楽しげに見守ろうとして、皆口を出さず祐漸だけが杉並の言葉に対応していた。
「私はサーカス王国の諜報員で、杉並と申します。そこにいる朝倉とは学生の頃に親しくしておりました」
「諜報員、ね・・・」
そんなものになっていたとは、純一も初耳だった。
しかし、国の諜報員が一体無頼の徒たる彼らに何の用があるというのか。
「実は我らの国王が、折り入ってあなた方にお話ししたいことがあると申しまして、僭越ながらこの杉並が、お迎えに上がった次第でございます」
「ほう?」
「如何でしょう?」
「話ってのは何だ?」
「それは私には解りかねます」
「そんなものに応じて、俺達に何のメリットがある?」
「それも、解りかねます。ですが一つだけ・・・」
杉並は一旦言葉を切る。そしてその視線を、一瞬ちらりと楓の方へ向ける。視線を前に戻した杉並は、軽く口元を釣り上げてみせた。
それで純一と、おそらく祐漸にも、杉並の言わんとしていることが予測できた。
「おい、杉並、まさか・・・?」
「俺達の素性を知っている、ということは、俺達の行動も把握している、ということか?」
祐漸の問いかけに対し、杉並は満足げに頷いて話を続ける。
「全てとは申しませんが、あなた方の目的ならば」
「土見稟の行方について、心当たりがある、ということか?」
楓がハッとした表情で杉並のことを見る。
「それも全て、国王にお聞きください」
そう言って杉並は、体を折って深く礼をした。
最後に「お話を聞かれるおつもりがあれば首都ダ・カーポまでおいでください」と言い置いて、杉並は立ち去った。
五人は顔をつき合わせて、今聞いた話について考える。
「純一、おまえの意見は?」
「あれは人をおちょくるのが趣味のような奴だ。軽薄に嘘をつく奴でもないが、今はどうか知らん」
「連也、さやか、おまえらは?」
「まるで心が乱れていなかったな。お主を前にあれだけ大胆にできる者はそうはいまい。なかなかのやり手だ」
「少なくとも彼自身は嘘はついてなかったと思うよ。まぁ、王様の方はどうだかわからないけど」
杉並という男に対する見解は、四人とも似たようなものだった。大胆不敵な、侮れない狸。だが少なくとも、あの男自身が純一達を騙しているという雰囲気ではなかった。問題は、彼に命令を出している側の真意がどこにあるか、だった。
祐漸は、先ほどからずっと思いつめた表情で拳を握り締めている楓の方を見る。
「楓」
「は、はいっ」
「おまえが決めろ。行くか、行かないか」
少しの間、楓は考える。一人一人の顔色を窺いながら、やがて凛とした顔で決断を下す。
「行きます」
「なら、決まりだな。純一」
「よし、行くか、ダ・カーポ」
「かったりぃ・・・」
数日後、意気込んでサーカス王国の首都ダ・カーポへやってきた純一達だったが、いきなり純一は自分の決断を激しく後悔した。
何も五人全員で行くことはなかったのだ。例えば純一一人外で待っていたとて悪くはなかったはずである。むしろ相手の真意がわからない以上、ほいほいと全員揃って見知らぬ地へ入り込んでいくのは危険であり、万一に備えて一人くらい外で待機するというのは戦術上間違った選択ではなかった。とりあえず、まだ相手が敵か味方かもわからない状態なのだが。
しかし少なくとも、純一にとって今この場に味方はいない。味方になってくれそうな者はいなかった。それどころか、全員知らん振りを決め込んでいる。特に、街に入ってしばらくして案内に現れた杉並のしたり顔が憎らしい。この男、絶対にこうなることがわかっていた。というよりもわざとに違いない。
「かったりぃ・・・」
再び純一はお決まりの台詞を吐く。それがさらに、目の前の人物の機嫌を損ねたようだった。
「に・い・さ・ん。ひさ〜〜〜〜〜〜〜〜しぶりに会った妹を前に、他に言う事はないんですか?」
作り物のような笑顔に、特大の怒りマークを浮かべた少女が純一の前に仁王立ちしていた。
ぴょこんと頭の上に跳ねたくせっ毛と、首に巻いた鈴付きのチョーカーがトレードマークなこの少女は、純一の妹、朝倉音夢である。魔法の才能に関しては純一以上に祖母からまったく受け継がなかったが、剣の方は天賦の才があったのかこの歳で既に達人の域に達している。それを買われて三年前に王国の近衛師団に最年少で入団していた。
ダ・カーポに来れば当然遭遇する可能性が高いのはわかっていたはずなのだが、純一は思わず失念していた。
兄にはよく懐いている妹なのだが、怒ると純一が裏モードと呼ぶ余所行きの笑顔を向けてくる。今がまさにその状態だった。当然と言えば当然だが、一年近く音沙汰無しだったことを怒っているようだ。
「ま、とりあえずひさしぶり、音夢」
「ええ、おひさしぶりです。一体どこに雲隠れしたのかと思っていたら突然戻ってきたりして、まったく兄さんたらほんとお茶目さんですねぇ、ほほほほ」
「はははは、そう褒めるなよ音夢、かったるいじゃないか」
白々しい笑い声を上げる兄妹。周りの皆はそれぞれの表情でその光景を見ていた り見ていなかったりしていた。連也は例によって興味無し、さやかは楽しそう、楓はほんの少しだけ二人のやり取りを羨ましげに見ていた。
「なるほど、聞いてた通りだな」
祐漸は以前、純一の町に滞在していた頃に聞いていた話と目の前にいる少女のイメージが合致して頷いている。
「あー、それにしても他にも見知った顔が並んでるんだが・・・」
少し強引に、純一は目線を音夢横にずらしていく。そうすると杉並の他にも三人ばかり知っている人間がいた。
「よっ、朝倉、ひさしぶり」
「ご無沙汰しています、朝倉様」
「こんにちは、先輩」
工藤叶、学生の頃は純一、杉並と三人で友人関係にあった、女と見紛うばかりの容姿の持った少年である。問題児として名の通った二人と優等生だった彼が何故親友のような立場にあったのかは不思議な事実であった。
胡ノ宮環、神社の娘で巫女をしている、大和撫子を絵に描いたような、それでいて突飛な言動も時にする少女である。また、弓の名手でもあった。
月城アリス、純一達の後輩で、お人形のような容姿をしている少女である。大人しそうに見えて、高い運動能力は目を見張るものがあった。
いずれも純一とはそれなりに親しい間柄の面子だが、こんなところで会うとは予想外だった。
「うっす、しばらくだな」
「そちらには普通に挨拶するんですね、兄さん」
もはや音夢は怒っていることを隠そうともしていない。純一は、皺の寄った音夢の眉間を軽く指で弾いてみせた。
「った! ・・・何するのっ!?」
「まぁ、怒るな。連絡しなかったことは謝る。それから、ここに来たのは偶然だ」
「どうせ私がここにいるの忘れてたんでしょ。困った人です、まったく」
「で、おまえら五人も揃ってこんなところで何してるんだ?」
「よくぞ聞いてくれた朝倉よ」
自分の出番がきた、とばかりに前に押し出てきて質問に対する答えを語りだす杉並。話を全部聞いているのはかったるいため、純一は適当に聞き流しながら要点だけを拾って行った。
要するに、杉並も工藤も環もアリスも、音夢と同じく近衛師団に所属しているのだという。さらにその中から若手で実力の高い彼ら五人は近衛遊撃隊として、多くの兵が前線に出ている間の国王の身辺警護と城内の警備を担当しているらしい。つまり現状、ダ・カーポ王城守備の要と言えた。
「まぁ、本当は前線の方が活躍できるのだが、若輩者があまりでしゃばると叩かれるものでな」
「なるほど、事情はわかった」
話を聞いている内に、純一達一行は謁見の間に辿り着いていた。音夢以下四人は左右に並び、杉並が中央奥の玉座に座っている国王と思しき男に報告をしている。
玉座に座っているのは、太った壮年の男で、あまり威厳というものはなかった。
「んむ、ご苦労」
杉並を横に下がらせた王は、純一達の方へ顔を向ける。
「よく参った、楽にしてよいぞ」
言われるまでもなく、楓以外は誰も礼を尽くしてなどいなかった。祐漸は退屈そうに、さやかは物珍しげに広間を見回しており、連也は目を瞑ったままじっと立っている。純一に至っては欠伸を噛み殺していた。音夢の視線が痛いが、気にすることでもない。王の表情も引きつっているように見えるが、これまたそれ以上に気にすることではなかった。
「おい祐漸、話頼む」
「ああ」
やる気のない純一に代わって、こちらもやる気はなさそうだが一応最年長者ゆえにか場を常に仕切っている祐漸が前に進み出る。
「で、用件は何だ? 手短に頼めると嬉しいんだが」
「その前に尋ねるが、そちは何ゆえヴォルクスでありながらヒュームの者達と共におる?」
「大した理由はない。ヴォルクスだろうがヒュームだろうが、おもしろい奴らと一緒にいる。それだけだ」
「左様か。ならば仮に、ヴォルクスと敵対するとしても厭わぬか?」
「手短に話せと言ったはずだ」
祐漸の態度は厚顔不遜もいいところだが、この男もこれでヴォルクスにおいては王族の人間だというのだから、これで普通なのかもしれない。身分に関係なく、力ある者にこそ興味を持つ男だけに、力もなく権力だけを振りかざす類の人間に払う礼はないといったところか。
王は不快な表情をするが、咳払いをして話を進める。
「では単刀直入に言おう。その方ら、我が国に尽力せよ」
「手先になれと?」
「我が国は今現在、ヴォルクスどもと戦争状態にあるが、戦局は硬直しておる。そこへ、ヴォルクスの施設を襲撃しておる者達の噂を聞いた。戦局をこちらへ傾けるため、その者達の力を取り込もうと思ったのだ」
「なるほどね」
申し出自体は、予想の範囲内だった。最初の頃は普通に人捜しをしているだけだったが、途中から奴隷施設をはじめとしてあちこちで暴れまわったりするようになっていたため、その内こうした噂が広まるだろうとは思っていた。 たった五人でヴォルクスの砦をいくつか落としているのだ、その力を欲する者がいても不思議ではない。その上、土見稟という重要人物を捜しているという事実が知れれば、いずれどこかの国が接触を試みてくる可能性はあった。
「無論、報酬は望むままを取らせる。領地でも金でも好きなだけくれてやろう」
「なら、この国まとめて寄越せ」
「な・・・!?」
「冗談だ」
「あ、あの・・・!」
城に入ってからずっと静かにしていた楓が、話が途切れたのを見計らって声を上げる。
「稟くんの・・・土見稟の居場所を知っているというのは・・・」
「ん・・・? おお、そうであったな。確かにわしは、土見稟の居所に関して重大な手がかりを掴んでおる。その方らがわしに力を貸すというなら、教えてくれよう」
「・・・・・・・・・」
楓が他の四人の顔色を窺う。その視線が純一、さやか、連也と巡って最後に祐漸の方を向いたところで、祐漸が言った。
「俺は自分より弱い奴の下につく気はない。他を当たれ」
結局純一達は、王の申し出を断り、すぐにダ・カーポ城下を後にした。
去り際に音夢が色々と言ってきたが、全て適当に流してきて、今は首都の隣にある町に宿を取っていた。
「改めて聞いておくが、純一、おまえの意見は?」
「俺はノーコメント」
「連也」
「いずれにせよあの王が頭のままでは、長持ちするまい」
「さやか」
「嘘だねたぶん、王様の言ってること」
「やっぱり・・・」
さやかは他人の心を見透かすのが得意だった。能天気な性格からは想像し難いが、昔からあまり好ましくない他人の感情を受けて育ってきたため、他人の心を読む術に長けるようになったのだという。簡単に人に騙されそうに見えて、実際その通りなのだが、さやかが嘘と判じた事柄は十中八九見立て通りだった。
楓も同じ考えなのか、落ち込んでいるのは確かだが、あまり大きな落胆は見られなかった。
大体予想した通りの結果だった。土見稟を捜しているという事実が知れれば、それを餌に接触してこようとする輩が出てくることも充分に考えられた。ゆえにこうした話の場では祐漸一人が話し、連也やさやかは相手の真意を探ることに集中するよう予め決めてあったのだ。これは単に、話し合いでの駆け引きに長けているのが祐漸だけ、という理由にもよるのだが、連也やさやかは相手の心を読むのに長けてるがゆえでもあった。
「なら、この話はこれで終いだな。サーカス国内じゃ動きにくくなったが・・・まぁ、ここもハズレと見るべきだろうな」
この一件はそれでお終い、と思われたのだが、数日後、事態は思わぬ展開を見せることとなる。
首都ダ・カーポを離れて数日。
申し出を断ったことを逆恨みした国王から追手が差し向けられることを懸念して身を隠しながら遠回りをして、純一達は次の目的地に辿り着いた。首都からそう遠くない地、本来なら歩いても二日もあれば到着する場所に、サーカス国内の大豪族、白河家の本家が存在する。
「相変わらずでかいな」
「無駄に大きいよね〜」
中央に本家の屋敷、そしてその周囲には分家の屋敷が何十軒も立ち並んでいる。白河一族だけで、一つの町が形成されているのだ。
ただ、かつては王家に勝るとも劣らない権限を持っていたこの名家も、今では地方の一豪族に過ぎず、政界においては大した力はない。そのくせ名門のプライドだけは無駄にあり、家の内部においては本家を中心に厳しい社会が残っていた。
『王様から命令されるとまったく逆らえなくて情けないんだけどね〜』
とはその白河家の本家にかなり近い血筋の分家の出で、今は家出同然の身にあるさやかの言だった。
純一の恋人であることりもこの家の分家の娘で、開戦後は元々住んでいた町から、安全のためここへ移り住んでいた。
この国での人捜しもこれ以上の成果が得られそうにないため、ことりに少しだけ会ったらサーカスを出ようということになっていた。
「んじゃ、ちょっとだけ行って来るか・・・」
「いってらっしゃい〜」
「ゆっくりしてきてくださいね」
家出中ゆえ顔を出すわけにもいかないさやかと、楓が並んで笑顔で手を振る。楓の想い人が見付からない中、自分だけ恋人に会いに行くという状況が純一としては何ともかったるい心境になるのだが、一度それを言ったら楓に泣かれそうになった。
『私に遠慮なんかしないでください! かえって、心苦しいです・・・』
ということで逆に会いに行くことを頻繁に勧められるようになってしまった。これというのも、お喋りさやかが純一とことりの仲を軽々しく口にしたからだった。
余談だが、純一とさやかの付き合いは古く、祖母が亡くなった直後にさやかが墓参りに来て以来だった。幼い頃から魔法の修練を積んでいたさやかは、偉大なる魔法使いであった純一の祖母を尊敬していたのだと言う。それからことりとの繋がりもあって何度か会ったことがあり、純一と祐漸が楓と出会い、連也を加えて旅をしている最中にばったり再会し、それから行動を共にするようになって今に至る。
二人に向かって適当に手を振り返して白河町へ向かおうとした時――。
「純一さーーーんっ!!」
聞き覚えのある声が、頭上からした。
「ん?」
上空を振り仰ぐと、箒に乗った少女が空を飛びながらこちらに近付いて来ていた。
とてもメルヘンな光景だが、純一の周りではそれほど珍しいことでもない。
少女は純一達の頭上をぐるりと旋回してから、箒を降りて落下してきた。
ぱしっ!
着地の時、足が地面につくのとは別の音が響く。見ると少女の持った箒の先が祐漸の頭上に振り下ろされており、祐漸が手を挙げてそれを止めていた。
「・・・仕留めそこないました」
「そいつは残念だったな」
祐漸は睨みつけてくる少女、アイシアに軽く笑いかけてみせた。アイシアの方はそれに対して、プイとそっぽを向いた。
この二人、はじめて会った時からどうも反りが合わないのか、顔を合わせる度に喧嘩ばかりしている。正しくは、アイシアが一方的に噛み付いて祐漸が適当にあしらっているのだが 、純一にはその理由がわからない。最初に顔を合わせた時には既にもう一人の少女、さくらと共に祐漸と面識があったようだが、どこでどう知り合ったのかは聞いていない。
二人の仲については追求するのもかったるいので放っておくこととして、純一はアイシアに声をかける。
「どうした、アイシア? こんなところで珍しいな。さくらはどうした?」
純一と祐漸、さくらとアイシアがそれぞれに旅に出て早一年。時々顔を合わせることもあったが、アイシア一人というのも珍しければ白河家の近くというのも珍しい。
白河家は魔法使いの家系でもあり、名門だ。今はあまり大した人物はいないが、名門のプライドだけは高い彼らは、名門の出でもないのに名を馳せた黄金の魔女と白銀の魔女を疎んでいる。その後継者たるさくらとアイシアにとって、白河家は鬼門のような場所なのである。ことりとの親交があるとはいえ、あまり頻繁に訪れる場所とも思われなかった。
「そんなことはどうでもいいんです! 大変なんですっ、純一さん!」
「落ち着けって、何があった?」
「ことりさんが連れて行かれました」
「・・・・・・なに?」
詳しい話を聞くとこういうことだった。
三日ほど前に城からの使いが来て、王がことりを見初めたという話があったのだという。そして二日前、ことりは城に連れて行かれた、ということだった。
突然のことに白河家の人間も唖然としていたとのことだが、今の彼らに王命に背くような力も度胸もない。言われるままに理由も聞かずことりを差し出したのだろう。だが純一達からすれば、この突然の事態の理由も予測がついた。
「許せません・・・こんなやり方!」
「王の器が知れるというものだな」
「というか、やっちゃったね〜」
「ああ、どうやら火がついたな」
全員の視線が一人に集中する。
ガンッ!!
普段感情を露にしない純一が傍らにある木の幹に拳を打ちつける。
「かったるい真似しやがって!」
「一応白河家に脅しをかけたっていうのは、私に対しても含むところがあるのかな?」
「まぁ、そっちはどうでもいいだろう」
祐漸の素性まで調べ上げていた相手である。純一とことりの関係を知った上での行動だろう。報復のつもりか、或いは人質をとって改めて脅迫するつもりか。
いずれにしても、この行動は一人の男の心に火をつけた。
「さやか、連也、楓、おまえらはどうする?」
「お手伝いしますっ」
「今度の敵は、歯ごたえがありそうだ」
「聞くまでも無し。祐君は?」
「俺を相手に対等な取引や脅迫ができるなどと思い上がってる輩には、思い知らせてやらなくちゃならん」
皆の心が固まったところで、改めて四人は純一の決断を促す。
仮にも相手は一国の支配者である。これだけの人数で喧嘩を売るのは無茶もいいところだが、純一は迷わず言い放った。
「ぶっ潰す!!」
次回予告&あとがきらしきもの
「風子の出番、ありません!>_<」
4話か5話辺り、と言ったであろう。次回には確実にあるから、待っておりなさい。
「では今日も作業の続きをしてます。間もなく完成するこのとってもかわいい・・・・・・・・・(ぽわぁ〜)」
同じネタも三度続くと飽きるぞ〜。まぁ、放っておいて・・・今回はダ・カーポキャラが一挙に登場する回となった。杉並、音夢、叶、環、アリス、彼らは純一の昔の学友という立場であるけれど、次回からの話では当面の敵ということになる。ようやくデモンらしいバトルの回がやってくるのですよ。
次回は、ダ・カーポ城へ乗り込む純一達。
「いよいよ風子の出番です!」