――バーベナ大陸には、3つの種族が暮らしている。



ソレニア――。
かつて世界を創造した神々の末裔と自ら謳い、自分達こそは大陸の正統なる種族と主張する。数は三種族の中で最も少なく、温厚な民族であるが、中には神の系譜に連なる者としての強い自尊心を持つ者も多く、他種族に対して排斥的な態度を見せることもしばしばあった。
血を重んじ、王家一族の下、一つの国家にまとまっている。

ヴォルクス――。
別大陸より移民してきた者達の末裔と言われるが、現在大陸においては最大の勢力を誇っている。気性が荒く、戦いに長ける民族である。
力こそを正義とする思想が根付いており、九人の力ある王達によって分割統治が生されている。

ヒューム――。
本来大陸に住まっていた原住民の末と言われるが、ソレニアは否定している。人口は最も多いが、力弱き民族で、他二種族の奴隷として扱われている者も少なくない。
大陸各地に小さな国々が点在しており、ソレニア・ヴォルクスの大国に囲まれて細々と生きている。しかし中には、両種族の国々と対等に渡り合う王も、歴史上何人かいたという。



三種族が住まう大陸は、微妙なバランスの上に成り立っていた。
歴史を紐解けば、種族間において幾度も戦争が起こったことが知れた。
戦いを好む種族ヴォルクスと、神の系譜に連なると謳うソレニア、それにヒュームが絡み、情勢は常に揺れ動いていた。
そんな戦争の歴史に彩られたバーベナ大陸だったが、ここ数十年は平穏が続いていた。
ソレニア神王家と、ヴォルクス九王を束ねる魔王家との間に盟約が結ばれ、長い戦争が一先ず収まったのがおよそ80年前。その後二人の王によって各地の争乱も平定され、大陸には平穏がもたらされた。
だが、一年前――。
ヴォルクスの一部が突如ソレニア領内へと侵攻したことで、情勢は一変。いまだ根強く他種族を憎む思想を抱いていた者達がこの事件をきっかけに両勢力内で台頭し、再び戦火は開かれた。
皮肉なことそれは、神王と魔王の娘達が共に一人のヒュームの少年を愛し、三人が結ばれることによって三種族友好の象徴になろうかと思われた矢先の出来事であった。
平穏は崩れ、バーベナ大陸に再び戦乱が巻き起こった。













 

真★デモンバスターズ!



第1話 戦う者達















各国が戦争状態に陥ってから、およそ一年後――。



ここは、ヴォルクス九王の一人、強欲君主の名で知られるガーネルの領内にある支城の一つ。
国境に面しているわけでもなく、補給ルート上にあるわけでもない、戦略上大して価値のない場所にあるこの城では、城主以下兵士全員がだらけきっていた。この地に外部からの襲撃など起こるはずがないため、それは至極普通のことだった。この城の価値は外敵に備えるものではなく、内に抱えたものを外へ逃がさぬためのものだった。
そう、この城は、奴隷収容所の役割を持っているのだ。
城兵200人は、収容されている400人余りの奴隷を逃がさないために城に詰めているのである。
400人余りの奴隷に対して、半分に満たない200人程度の兵で足りるのかというと、充分過ぎるほどであった。奴隷として収容されているのはヒュームであり、大した武器も持たないヒュームでは、10人がかりでもヴォルクス1人に敵わない。
捕らえられたヒューム達はこの城で奴隷としての教育を施され、必要に応じて各地へ送り出されるようになっている。この城に人が訪れるのは、物資の補給の時、或いは奴隷を迎えに来る時か、新たな奴隷を収容しに来る時だけであった。
ゆえに特に、門番という立場ほど退屈なものはなかった。

「ふわぁ〜〜〜・・・」

門兵の一人が大口を開けて欠伸をする。

「クソ眠ぃなぁ、交代の時間はまだか?」
「ばーか、さっき来たばかりだろうが」

もう一人の方も努めて真面目にしようとしているが、顔にははっきりと、退屈です、と書いてあった。
こんな場所にいては、手柄を立てる機会すらない。彼らは前線で華々しく戦っているであろう者達の姿を思い描き、羨望しながら退屈な日々を送るのだった。

「しかしよ、聞いたか?」
「ふぁ・・・? 何を?」
「西の収容所が襲撃されたって噂だよ。ここからじゃ結構遠いからはっきりとは伝わってきてないけど」
「襲撃って、マジかよ。で、どうなったんだ?」
「だから詳しくは知らないって。けど、全滅らしいってよ。奴隷は一人残らず逃げたって話だ」
「そりゃ難儀な話だ。西の収容所は比較的国境に近いからな」
「ここにも来たりするかもしれないぞ?」
「ははっ、おもしれー冗談だ。そりゃ北の戦線が崩れればこの辺りもやばいだろうけどよ。もっとも、来てくれりゃ退屈ともおさらばできるんだがな」

こんな噂話を聞いても、まだ彼らはこの後自分達に訪れる運命を予感すらしていなかった。

「北の戦線って言えば、そっちの戦況についての噂はまだ聞かないな」
「順風満帆ってことだろ。便りのないのはいい便り、ってな」

彼らが新たに話題に上らせている北の戦線とは、この国の北に位置するヒュームの国との争いの最前線のことを意味している。
細々と自衛のみに勤しむヒュームの国々の中で、その国は数少ない、ソレニア・ヴォルクス両陣営と対等に渡り合っている国だった。特に、ヒュームの奴隷を数多く抱える強欲君主ガーネルに対して強い怒りを表明しており、開戦時から長く両国は争っていた。
仮にその戦線が崩れれば、奴隷解放を掲げるその国の兵がこの城を襲撃することもあるだろうが、それはないと彼らは思っていた。
多くのヴォルクスの典型として、彼らも戦闘民族である自分達が、いくら数が多かろうとヒュームを相手に負けるとは微塵も思っていないのだった。

「結局何もないってことだ。退屈、退屈」
「確かに、退屈だ。・・・ん?」

一人が、それに気付いて門から伸びる道の先を見据える。
滅多なことで人の通らぬその道を、城へ向かって歩いてい来る人影があった。

「何だ? 補給はこの前あったばかりだし、新しい奴隷か?」
「それにしては妙だ。一人しか見えない」

門兵達の視線の先には、人影は一つしかなかった。
それは、彼らの観点からすると異様な風体をしていた。結い上げられた長い黒髪は、一瞬女かと思わせたが、どうやら男らしい。身にまとっているのは、一部の地方で愛用されている着物だった。腰に大小二本の刀を帯びており、その風体を一言で表すならば、侍だった。
侍が一人でこんな場所に何の用があるのかも気になることだったが、それ以上に気にすべき点は、その男がヒュームであることだった。

「おい、止まれ!」

男が近づいてきたところで、門兵の一人が槍を向けて命令する。
足音一つ立てずに歩いてきた侍の男は、槍の目前で立ち止まった。
刃を向けられても臆するところのない男の様子に少々面食らったものの、門兵達はたかがヒューム一人と思ってほとんど警戒してない。

「何だおまえ? ヒュームが一匹でこの城に来て、奴隷の仲間入りでもしてーのか?」

槍を肩に乗せているもう一人の門兵が近付きながら侍の男を睨み付ける。ヒューム如き、一睨みで萎縮させられると思っていた門兵だったが、しかし男は依然として表情を崩さない。
それどころか、平然とした態度で口を開いた。

「奴隷、と今言ったが、ここはヒュームの奴隷を収容している場所で間違いないのだな?」

しかも、彼らにとって当然のことを聞いてくる。
相手の態度が不可解で、門兵達は互いの顔を見るが、すぐに男の方へ視線を戻す。

「たりめーだろ、ボケ」
「早く立ち去れ。今なら特別に見逃してやる」

槍の穂先を追い払うように振ってみせるが、男はただ一言「そうか」とだけ呟いただけで立ち去ろうとはしない。
動かしたのは足ではなく、手の方だった。

ヒュッ!

何かが風を切る音がした。
その直後、槍を突きつけていた方の門兵の首が飛び、血を吹いて倒れた。それを見たもう一人は、一瞬何が起こったかわからなかったが、起こったことを理解した瞬間、動揺して数歩後ずさった。

「なっ、ななななな!?」

倒れた同僚と、男の姿を交互に見やる。男の手には、一瞬前まで鞘に納められていたはずの刀が握られており、切っ先からは血が滴り落ちていた。

「て、てめぇっ!? な、何しやがる!?」
「おかしなことを聞く。相手に刃を向けている時点で戦いの意志ありということだろう? ならば斬り捨てられたとて文句はあるまい」

男は至極当然のことのように言って、門の方へ向かって歩き出す。

「ま、待ちやがれ! どこ行く気だ!?」
「いちいち理解の遅い男だ。拙者の進む先に他に何がある?」
「ふ、ふざけんじゃねぇっ!」

門兵は肩に担いだ槍を男に向けようとする。男はそれを制する様に言葉を発する。

「その槍を向ければ、お主も斬るぞ」
「な、何言ってやがる?」
「物分りの悪い男ゆえ、わざわざ先に言い置いてやっているのだ。槍をこちらに向ければ、お主も拙者の敵。なれば斬る」
「う・・・う、うわぁあああああ!!!!」

恐怖心半分、自尊心半分で、門兵は槍を突き出した。
同僚を斬った時には、刀を抜いた瞬間すら見えなかったのだ。そんな腕前の相手に恐れをなす心はあった。しかし、相手はたかがヒュームで、自分はヴォルクス。ヴォルクスの兵士たる自分が、ヒューム一人を相手に負けるはずがないという思いが、逃げるのではなく、槍を突き出すという行為に走らせた。
それが、彼の命運を決めた。

ザシュッ!

あえなく、門兵は斬られ、槍を持ったまま倒れ伏した。

「死に物狂いの一突きはなかなかのものだった。拙者は、浦連也。この名を、冥途の土産とするがよい」

倒れた門兵を一瞥して、侍の男、連也は城内へと踏み入った。
城兵達にとっての悪夢の時が、始まった。







「敵襲ーーー!!!」

この城にとって、もっともありえないと思われた号令が響き渡る。
兵士達は半信半疑で表に出、その惨劇を目にして唖然とする。
最初に門兵2人が斬られ、城内に入った賊はさらに巡回中だった者4人の内3人を斬り、残った1人が城内に触れ回っていた。
賊はヒュームが1人、という信じられない報に驚きつつ、収容所内を監視していた者達が20人ほどで門を目指していた。
その彼らが走っていた真横の壁が突然、破壊された。

ドゴォーンッ!

爆裂系の魔法によるものと思われる破壊により、城壁の一部が崩れ落ちる。
幸いにして爆発そのものには巻き込まれなかった兵士達が、突然の出来事に戸惑いながらも崩れた城壁の向こう側を注視する。
土煙の中、瓦礫を踏み分けて現れたのは、長い黒髪に白い帽子が特徴的な、美しいヒュームの少女だった。
彼女の美しさと、城壁に対して行われた破壊とのイメージが結びつかず、兵士達は唖然としながら、少女の姿に見惚れる。
相手の呆けている様がおもしろいのか、少女は楽しげに笑いながら彼らに歩み寄る。

「ひーふー・・・・・・20人か。余裕かな♪」

少女の言葉で、ようやく我に返った兵士達が武器を構える。

「な、何者だ貴様! 城壁を破壊するとは何のつもりだ!?」
「あ、どうもおはよー、じゃなかった、こんにちは」
「質問に答えろっ!」
「それはほらっ、城攻めは派手な方が楽しいでしょ」

茶化すような態度をする少女。それがわざとなのか天然なのかは知れないが、いずれにしてもその態度は兵士達の神経を逆撫でした。
彼らは、本来なら並大抵の魔法攻撃でも一撃で城壁に大穴が開くことはありえないということと、それをこのヒュームの少女が成したという事実を忘れ、ただ激昂するのに任せて少女を取り押さえようと数人が詰め寄る。
あと一歩で掴みかかれるという位置まで近付いたところで、兵士の一人が炎に包まれた。

「ぎ、ぎゃあああああああ!!!!」

火達磨になった兵士が地面を転がりながら苦しむ。そして数秒後には、消し炭となった兵士の体は崩れ落ちた。
目の前で起こったことが信じられず、残った者達の間に同様が走る。

「ちょっと火力が弱かったかな。苦しませるのはかわいそうだから、次は一瞬で終わらせてあげるね」
「な、なにを・・・」

何人かは、その時点で気付いていた。少女の周りに、小さな火の粉が無数に飛んでいるのを。おそらく最初に炎上した兵士は、それに触れてしまったのだろう。見た目は小さくとも、魔力で生み出されたその火の粉は恐るべき威力を秘めていた。
しかし、それを知ったところで既に手遅れだった。
少女の周りで、火の粉は大きさを増していき、誰の眼にもはっきりと見て取れるようになっていく。さらに、火の球は一箇所へと収束していき、一つの巨大な炎となった。
とてもヒュームとは思えない強大な魔力と、明確な死を暗示する炎の球を前に、兵士達は恐れおののいた。

「ふぁいやっ」

軽く少女が手を振ると、炎は一気に膨らみ、辺り一体を呑み込んだ。
炎に包まれた兵士達は、熱さも痛みも感じる間もなく、一瞬にして吹き飛んだ。

「何者か、って質問の答えがまだだったね。萌える炎のらぶりーばーにんぐ♪ 白河さやかです。ちなみに、誤字に非ず、ぶいっ!」

地獄絵図のような炎の渦の中心で、さやかと名乗る少女は小躍りしてみせる。
爆発音を聞きつけたか、さらに数人の兵士達が近付いてくるのが感じられ、さやかは新たな獲物のいる方へと向かっていった。







城内は混乱していた。
門から入ってきた敵の他に、城壁を魔法で破壊して侵入した敵の存在が確認され、それぞれで戦闘が起こっていた。
一つ確かなのは、どちらも信じられないほど強く、たった一人で次々に城兵を駆逐していっているということだった。

「おい! こっちは門の方の応援に行くぞ!」
『はっ!』

15人ばかりが一組になって移動していく先にある木の陰から人影が現れる。

「む?」

見知らぬ相手の出現に、兵士達の足が止まる。
彼らの前に現れたのは、栗色の髪を肩の高さまで伸ばした、大人しげな印象のヒュームの少女だった。腰に帯びている二本の剣と、襲撃者がヒュームの一団であるとの報から、彼女もその仲間らしいことはすぐに察せられたが、それにしても戦いというものから程遠い雰囲気を持つ少女で、兵士達はすぐにはあまり強い警戒心を抱かなかった。

「あの、すみません、お尋ねしたいことがあるのですけど」

両者の間の緊張感がそれほど高くないゆえか、少女は礼儀正しい口調で兵士達に話しかけてきた。

「奴隷の方達が収容されている場所へはどう行けばいいのでしょう?」

質問の持つ意味から、やはり少女が襲撃者の一味であることがはっきりとわかり、兵士達がようやく警戒心を強める。
たかがヒュームの、しかも見るからに華奢な少女一人に何ができるとも思われなかったが、既に侵入した敵はヒュームながら凄まじい猛威を振るっているという。油断はできないと思い、数人が武器を構えて少女に近付く。

「女、貴様何者だ。どこの手の者だ?」
「あ、すみません、申し遅れました。芙蓉楓といいます。それで、あの、どこのと言われましても特にないんですけど・・・強いて言えば・・・つ、土見ラバーズの・・・
「ええい、もういい!」

消え入るような最後の言葉は、周りの者には聞き取れなかった。そんな楓という少女の態度に業を煮やしたか、リーダー格の兵士が「捕らえろ」と部下に命じる。

ドシュッ

だが、掴みかかろうとした兵士の横を楓がすり抜けたかに見えた途端、その兵士が血を流して倒れた。突然のことに、残りの兵士達の間に動揺が走る。
楓は、腰に帯びていた少し短めの二本の剣を両手にそれぞれ持っていた。それをいつ抜いたのか、どうやって斬ったのか、見ていた者は誰一人わからなかった。

「邪魔をしないでください。収容所の場所を教えてもらえれば、それでいいですから」
「お、おのれ小娘が!」

あくまで言葉で語り合おうとする楓に対し、仲間を一人やられて激昂した兵士達が襲い掛かる。
哀しげに顔を伏せた楓は、襲い来る兵士達の攻撃をかわしつつ、すれ違い様に左右の剣を振るう。
微風のように全ての兵士達の横を楓が通り過ぎると、全員が斬られた部位から血を流して倒れ伏した。

「ごめんなさい。でも、稟君に会うまで、私は立ち止まるわけにはいかないんです」

自らの手で殺した者達の屍を申し訳なさげに見やりながら、楓は求める場所を探すべくその場を後にした。







既に50人以上の城兵がやられており、城内は浮き足立っている。
数人の兵士達が、非番の者達にも応援を頼もうと寄宿舎へと向かっていた。
だが、寄宿舎へと辿り着いた彼らが見たものは、城内の惨劇すらも上回るかもしれない悪夢の光景だった。

「な・・・なんだこれ・・・なんなんだよこれ!?」

あまりの光景に、腰を抜かして尻餅をつく者もいた。しかし、腰を落とした先の冷たさに身を縮め、地面を転がる。
そう、寄宿舎は、全て凍っていた。
元来雪すら降らない地方の上、今は夏場だというのに、そこだけまるで異次元であるかのように、何もかもが凍り付いていた。
まるで見事な、氷の芸術品に見えた。そこに、凍りついた死体が転がっていなければ。

「運が悪いなおまえら、こっちへ来ちまったか」

その氷の世界で、唯一生ある者が哀れみを込めて言う。
兵士達の方へと歩み寄ってくるのは、銀髪のヴォルクスの男だった。

「ま、連也でもさやかでも楓でも、他の誰に当たっても結果は同じか」
「あ、あんたがやったのか・・・? これ・・・」
「他に誰かいるか?」
「なっ、なんでだよっ!?」
「俺が、おまえらの、敵だからに決まってるだろうが」
「だからっ! 何でヴォルクスのあんたが俺達の敵なんだよっ!?」

目の前に立つ存在に対する恐怖と、理解できない状況に対する混乱で、兵士達は震えていた。
そんな彼らの様子に、男はため息をつく。

「はぁ・・・どいつもこいつも物分りの悪い。といっても、これがほとんどの連中に共通する考え方か」
「なにがだよっ!」
「いや、種族の差異で敵味方を決め付けるのは如何なものだろう、って話さ」

この大陸の戦乱の根幹にある問題だった、それは。けれど男は、それをどうでもいいことのように言う。平凡な考えしか持たない兵士達には、それが理解できない。

「まぁいい。おまえらはもう戦意もなさそうだから見逃してやってもいいんだが・・・これを見ちまったからな」
「あ、あんた・・・いやっ、あ、あなた様は、まさか・・・!?」
「ほらな、これを見たら俺の正体に気付く奴もいる。別に知られても構わないんだが、触れ回られたりするとあとが面倒だ。もうしばらくはのんびりしてたいからな」
「ひょ、氷、帝・・・・・・」
「ご名答。氷帝・祐漸、知られたからには・・・消えてもらおう」
「ひっ、ひゃあああああ!!!!」

男の正体を知った瞬間、弾かれたように兵士達が一斉に逃げ出そうとする。
けれど、それは叶わぬ願いだった。彼らの体は既に足下から凍り始めていた。

「た、助けてくれぇっ!!」
「やっぱり、おまえらが一番運が悪いな。死という結果は変わらなくても、他の連中に殺されるなら一瞬だ。まぁ、俺も一瞬で殺してやることはできるんだが・・・これが一番楽なんだよ」
「あ、あ・・・ああっ・・・!」

恐怖に顔を引きつらせながら、兵士達は全員、氷のオブジェとなった。

「後始末をした方がばれないんだが・・・夏だし、誰か来る頃には融けてるだろ」

氷帝・祐漸。
その名はヴォルクスの間では特別な意味を持つものの一つだった。九王の一人の息子であり、即位すればいずれ九王歴代最強になるのではと目されていた天才児ながら、父の死後行方をくらました男である。
ヴォルクスにおいては畏怖の対象となる存在の一つであり、猛者達がその最強という呼び名を奪い取ろうと行方を追っている存在でもあった。







非番の者達による応援もなく、次々と兵達を倒され、城内の兵力は既に三分の一以下にまで減っていた。

「ええい、くそっ! 一体何がどうなっているのだ!?」

この場所を任されている城主が声を荒げる。
それもそのはず、ここが襲われることなど万に一つもありえないと思っていたのだ。
あまりに予想外、その上ほとんど抵抗らしい抵抗もできず、兵力はどんどん失われていく。しかも、報告によれば敵は僅か数人のヒュームだという。
ヒュームが少数でヴォルクスに挑むだけでも馬鹿げているというのに、200人の兵士がたった数人を相手にただやられるままなど異常事態に他ならなかった。

「おのれっ、こんな失態が王の耳に入ったりすれば・・・」

ただでさえ、中央からも前線を離れ奴隷収容所の監視役になるというのは出世街道からは程遠いというのに、そこで失態を犯したなどとなれば首が飛ぶ。
何とかして事態を収め、その後どう事を揉み消すかを考えていると、部屋の外で兵士の悲鳴が沸き起こった。

「ま、まさか・・・!?」

ここまで敵の侵入を許したのか、と城主は慌てふためく。
そうしている間にも、悲鳴はどんどん近付いてきて、争う音も聞こえてくるようになった。
しばらくして、音が止んだ。
そして、扉が開く。
室内に入ってきたのは兵の者ではなく、見知らぬヒュームの少年だった。

「はー、かったりぃ」

少年はやる気のなさそうな声をあげながら城主へと歩み寄る。
右手には通常のものより少し大振りな剣が握られており、血糊がついていることから廊下の兵達を斬ってきたことがわかった。

「な、なんだ貴様は!?」

状況からもうわかりきっていることを聞こうとする。わかってはいるが、理解はできない、そんな事態に動揺しているためだ。

「朝倉純一」
「名前などどうでもいい! 何者だと聞いているんだ!!」
「何者だ、って聞かれてもな・・・特に何者でもないとしか」
「そ、それが何故この城を攻める!?」
「いや、お怒りはごもっとも。たぶん、あんたが悪いわけじゃないんだろうけど、運がなかったと諦めてくれ」
「ふざけるなっ!!」

怒り狂う城主は立てかけてあった剣を掴んで、純一と名乗る少年に斬りかかった。
この男とて、伊達に城主という地位を得るまで出世してきたわけではない。上流階級の出というわけでもなく、平民から始め、己を磨き、一兵士から叩き上げで今の地位を手に入れたのだ。そこらの兵士とは、明らかに実力が違う。
違うはずだった。
しかし、本当の強者の前では、そんな違いなど、些細なものでしかなかった。

キィン ザシュッ!

振り下ろされる剣を弾き、返す刃で純一は城主の身を袈裟懸けに斬り下ろした。
心臓にまで達した斬撃は、一撃で相手を絶命させていた。

「終わり、と。外の連中もそろそろ片付く頃だな」

耳を済ませても、もう爆音も悲鳴も聞こえてこなかった。
城兵200人が詰めるヴォルクスの奴隷収容所は、たった5人の襲撃者達によって、僅か一時間足らずで陥落した。







「ありがとうございます・・・!」
「助かりました。本当に、ありがとう!」

解放された奴隷達は、口々に感謝の言葉を発しながら城を後にしていく。中にはヴォルクスである祐漸を見て怖がる者もいたが、それでもヒュームである他の4人には感謝していった。
どうやら彼らは、まだ収容所に入れられてあまり長くないようだった。これが長年奴隷を続けさせられてきた人になると、逆に助け出されることを迷惑がる者もいた。奴隷としてどれだけ虐げられても、黙って従ってさえいれば命だけは助かる、そう思っているのだろう。
ここの者達も、最初は解放されたことに戸惑っていたが、武器を持って北の戦線を目指し、ヒュームの軍勢に加勢すれば、きっと面倒を見てもらえるはずだと教えると、勇んで城を出て行った。

『ありがとうございました!!』

一部の者は、城を出てからも時々振り返って声を上げていた。
城内に残っていた武器を手にとって北を目指す元奴隷の人達を、純一達は城門のところで見送っている。
さやかは笑顔で、純一は少しめんどくさそうに、声を上げる人達に手を振っていた。祐漸と連也は、少し離れたところで見守っている。そして楓は、門から出てくる人々の群れを、じっと注視していた。
やがて全ての人が城から去ると、楓は目に見えて落胆した表情で肩を落とした。

「ここにも、いなかった?」
「はい・・・」

落ち込む楓の頭を、さやかが慰めるように撫でる。
彼らの目的は、果たされなかったのだ。

「はずれか。ガーネルの奴は一番奴隷を溜め込んでるから、可能性は高いかと思ったんだがな」
「これで通算8箇所目か。ままならんものだな」

祐漸と連也の二人はそれほど落胆はしていないようだったが、結果について残念そうに語る。

「奴隷として捕まってる、って線も、この分だと薄いのか・・・」

純一の言葉に全員が、特に楓が思い悩んだ表情を強める。
彼らは、人を探しているのだ。
開戦直後の混乱で行方不明になった一人の人間と、その関係者を。
この五人組は、ひょんなことから知り合い、行動を共にするようになった仲間達で、今は楓の想い人でもあるその人間を探して、各地を飛びまわっていた。
探している相手がヒュームのため、奴隷として収容されている可能性も考え、各地の収容所を襲ってはみたものの、結果は芳しくない。

「稟君・・・」
「元気出せー、カエちゃん! 諦めずに探してれば、絶対いつか会えるって」
「・・・・・・そうですよね。どこにいても、必ず見つけてみせるって、決めましたから」
「その意気その意気♪」

さやかに慰められて、楓は沈んだ表情を奥に隠すように握り拳をつくってみせる。
この二人、まるで正反対でありながらとても仲が良かった。。
深く沈みこむ情念を抱きながらその一途さゆえに己が道を貫き通す楓と、底知れない何かを内に秘めながらも常に明るく能天気に前だけを向いて突き進むさやか。まさしく陰と陽だが、それは今の時代を生き抜いていくために必要な強さだった。
またそれがなければ、残りの二人が彼女達を仲間と認めはしなかったろう。
祐漸と連也は、いわば求道者だった。より高みの強さを求めて道を突き進む、そういう男達である。彼らは、真の強者しか認めることはない。
生まれも育ちも違う、純一と祐漸など最初は敵同士だったにも関わらず、こうして仲間として一緒にいるのは、共に共感できるものを心の内に抱いているからだった。
そして互いに、この戦乱の世を渡り歩いていける強さを認め合ったからこそ、五人は共にいるのだ。

「よっし! それじゃあ気を取り直して、次、いってみよー!」
「はいっ!」
「かったるいけど・・・仕方ない」
「行くとするか」
「心得た」

後に、最強の二文字を背負い、デモンバスターズの称号をもって世にその名を轟かす五人は、次なる目的地を目指して歩き出す。
今はまだ、大いなる伝説の、その序章となる一時であった――。














次回予告&あとがきらしきもの
 おはこんばんちは、或いははじめまして、平安京です。
 まず一言・・・・・・・・・適当なタイトルが思い浮かばなかった!
 とまぁ、知ってる人もいるかもしれないけれどこのタイトル・・・私自身が以前書いた「デモンバスターズ」という作品のいわば再構築ものとでも言おうか・・・。最初は話自体ももう少し違ったものだったのだけど、いまいち良いタイトルが浮かばず、こんなタイトルになってそれに合わせた話にしていく内にこうなった次第で。旧デモンとこの真デモンの違いは、スパロボ風に考えるなら初代シリーズとアルファシリーズみたいな関係である。ゆえに、一部共通するキャラも登場するが、世界観的繋がりはない。 旧デモンや、私がもう一つ他に書いているファンタジー作品「カノン・ファンタジ」では、既に過去に最強伝説を作り上げた者達がいるという設定の下で話が展開されるが、今度の話はその最強伝説を作り上げていく過程の話となる。ゆえに 主役となるのは、今はまだ無名の五人組である。
 そんな調子でお送りするこの「真★デモンバスターズ!」、お楽しみいただければ幸いです。

最初なので、主役五人の簡単な解説など――。
 朝倉 純一:主人公。アニメだとへタレな印象が強いが、個人的にはKanonの祐一と並んで弄りやすい主人公キャラなので、わりとかっこいい奴にしたい、みたいなー。 テーマは、際立った特長はないのに何故か皆の中心にいるリーダー。
 祐漸:こっちの名前を使っているけれど、旧デモンの主人公だった、彼である。今作では主役の2番手という立場なれど、その強さは健在なり。テーマは、最強の男。
 芙蓉 楓:稟を探すという序盤の旅の目的のため、シャッフルヒロインを一人面子に入れるべく抜擢。天然さと、ちょっぴり黒さを前面に押し出していこうかと。 テーマは、一途に想い続ける強さ。
 浦 連也:この名前でピンと来る人が果たしているや否や・・・ある歴史上の人物の名前である。よく知られているのは別の名前だけれど、その人物をイメージして生まれたオリジナルキャラである。 テーマは、剣に生きる。
 白河 さやか:旧デモンに引き続き、主役格。多くは語るまい、私にとって数多いるヒロイン達の中でナンバー1たる存在である。テーマは、形無き雲のように。

 さて、第1話となる今回はいきなり主役達の実力お披露目となりましたが、今後はそれぞれに焦点を当てつつ話を進めていきましょう。まず次回は、五人組の始まり、純一と祐漸の出会い編を二人による回想でお送りいたします。お待ちかね(?)、純一の相手役たるヒロインも登場ですよー。