デモンバスターズZERO

 

 

第4話 努力と根性

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、京介は春香の姿を見失った。

 

ギィンッ!!

 

咄嗟に斬撃をガードできたのは、剣客としての本能の成せる業であろう。

「小僧を殺す」と一言放った瞬間、春香の姿は京介の視界から掻き消え、気付いた時には眼前にあって、モンスターを倒した時の数倍は鋭いと思われる斬撃が放たれていた。

受け止めた刀を持つ手が軽く痺れるほど速く、重い一撃。

そして何より、そこに込められた気迫がそれまでの比ではなかった。

本当に目の前にいる少女が先ほどまでと同じ人間か疑わしいほどの剣気と殺気であった。

 

「どんな理由があっても、お兄ちゃんを傷付けることだけは許さない!」

 

京介の言葉は、想像以上の効力を発揮したようだ。

その事は、京介の心に驚愕以上に、歓喜をもたらした。

 

ギィンッ!!!

 

「っ!!」

 

力任せに刀を振る。

横薙ぎの一撃を受け止めた春香は、数メートル地滑りをして止まった。

距離を取って対峙しながら京介は、かつてないほど胸が高鳴るのを感じていた。

求めて止まなかった強敵が、目の前にいる。

 

「ようやくその気になったか」

「・・・・・・」

 

笑みを浮かべる京介を、春香は鋭い視線で睨みつける。

最初に会った時の印象からは想像もできない、おそらく本人すら自分がそんな目をすることができるとは思わないであろうほどの眼光だった。

その眼光に正面から射抜かれている京介は、ぞくぞくするものが全身を駆け抜けるのを感じていた。

静かに納刀し、居合いの構えを取る。

互いに無言。

だが、次に剣を振るった瞬間から、死闘が始まることを予感していた。

その弾ける寸前の緊張感が空気を覆い尽くす。

今まさに、限界まで引き絞られたものは解き放たれようかというその時・・・。

 

「ぅ・・・う〜ん・・・」

 

 

 

「お兄ちゃん!?」

 

目の前の敵のことも忘れて、春香は睦のもとへ駆け寄った。

あまりに呆気なく高まった気を霧散させられた京介が唖然とするのをまったく視界に留めず、ただ兄の身だけを案じて気がついた睦の介抱をする。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「う・・・春香?」

「よかったぁ・・・お兄ちゃんにもしものことがあったら、春香、どうしようかと思っちゃった」

「それはいいが、春香。その刀は・・・」

「へ? ああああの、その! こ、これは・・・」

 

さっと手にした刀を背中の後ろに隠す。

しかしそれだけで誤魔化しきれるものではない。

少し離れたところにはモンスターの死骸があり、刀を持った春香がいて、睦は気絶していた。

これらの要素から導き出される答えは・・・。

 

「あのあの、い、威嚇くらいにはなるかなって思って、それで・・・」

 

苦しい言い訳しか出てこない。

それでも春香は睦に、自分が実は、その刀を持って戦うことができるという事実を知られたくは無かった。

何とかしてその場を誤魔化せないかで頭を悩ませていると、背後から近付いてくる足音に気がついた。

そこでようやく、少し前まで自分が誰と向き合っていたのかを思い出す。

そして事態がさらにややこしいことを認識し、パニックに陥る。

 

(こ、こうなったらお兄ちゃんをもう一回気絶させて全部なかったことにして・・・うぅーだめだめ! お兄ちゃんを傷つけるのだけはだめーっ!!)

 

「おーい、春香。大丈夫かー?」

「にゃーにゃーにゃーにゃーにゃー!」

「は、春香ー! 何があったんだー!?」

「おい」

「あ、はい?」

「そこのモンスターなら俺が片付けた。運が良かったな、たまたま俺が通りかかって」

「へ?」

「そうなのか? 春香」

「あの、えっと・・・」

 

まだ錯乱中の頭で春香は考える。

何がどうなっているのか。

何故この男は嘘を言っているのか。

この場を誤魔化そうとしているのか。

それは何故か。

わからないが、今は口裏を合わせた方が得策であろう。

などという計算が脳内では行われているものの、錯乱中の春香はそれを言葉にして出す事はできず、結果適当な相槌を打つだけとなった。

 

「は・・・はい」

「そうなのか。ありがとうございました、危ないところを」

「気にするな。たまたま通りかかっただけと言ったろう。礼なら自分の運の良さに言うことだ」

 

京介は最後に春香の方を一瞥してから踵を返して去っていった。

その視線に少しだけ嫌なものを感じつつも、春香はそれを表には出さない。

 

「ほんとに、運が良かったな。いきなり帰り道で襲われた時はどうしたものかと思ったけど。とにかく無事でよかったな、春香」

「そうですね、お兄ちゃん」

 

兄の前では無力で、守られる妹でありたい。

それが、春香の願いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日続けて町中にモンスターが出現するという異常事態があったにも関わらず、その事実はニュースにすらなっていなかった。

事件が事件として扱われていない状況にきな臭いものを感じつつも、事件でないがゆえに普通に学校があるため、そんなことを気にする余裕は睦にはなかった。

今日も春香に起こされてから、登校準備を整えて宿泊所を出る。

すると玄関先では、何か騒ぎが起こっていた。

久遠寺一団には血の気の多い者も結構いるため、ちょっとした喧嘩はよくあることである。

だが、この日の喧嘩は一味違っていた。

何故なら対戦カードが、春香vs胡桃であったからだ。

 

「何の御用ですか?」

「睦君を迎えに来ただけよ。彼はどこにいるの?」

「今はまだ支度中です。もうしばらくお待ちください」

「別に、彼の部屋まで迎えに行ってもいいんじゃないの?」

「だめです。ここから先へは、一歩も通しません」

「腕ずくでも通る、と言ったら?」

「え! 腕ずく!? えっと、えっとえっとえっと・・・」

 

周りで野次馬と化している団員達は囃し立てるだけで止める気配はない。

睦はそんな野次馬達を掻き分けて騒ぎの中心へ向かう。

 

「おい、おまえら、朝っぱらから何やって・・・・・・」

「まま、ま、まま、負けないぜよーーーっ!!!」

「・・・ぜよっ!?」

 

この時の春香の台詞は、永劫久遠寺一団に語り継がれることとなった。

喧嘩を買うなら「負けないぜよ」・・・しばらくこれが団員達の間で流行ったのである。

 

 

 

 

 

その後もしばらく口喧嘩を続けた二人を何とか宥め、睦は胡桃と一緒に登校した。

春香も一緒に行きたいと言ったが、いつも通りの理由で置いてきた。

そんな話を、睦は昼休みに家庭科教室でしていた。

 

「・・・とまぁ、そんな感じでして」

「それはなかなか、君も苦労するね〜」

「・・・・・・」

 

クラスメートは誰も一緒に来たがらなかったので、一人で食べに来た睦であったが、何故か隣には知っている顔があった。

しかも睦は仁菜と話しているつもりか、隣に座っている女子、白河さやかが反応を返している。

 

「なんで白河先輩がここにいるんです?」

「ちっちっちっ、さ・や・か・先輩♪」

「・・・・・・さやか先輩がなんでここにいるんですか?」

「私、にーにゃんとはクラスメートだからね。たまに来るんだよ」

「にーにゃんって・・・」

 

そのにーにゃん、もとい仁菜はまだ料理を続けている。

何か手伝えることがないかと、睦はまだ何か喋っているさやかを置いて席を立つ。

 

「仁菜先輩、何か手伝いましょうか?」

「・・・・・・」

 

声をかけてみたものの、返事はない。

手元を覗き込んでみると、フライパンの上で焼かれているのは鮭の切り身であった。

サーモンステーキだとすればソースを作るくらいの手伝いはできそうだと思って尋ねてみるが、やはり反応がない。

あまりに無反応なので、ジュウジュウ音を立てている切り身が心配になってくる。

 

「はわっ、焦げるーっ!」

 

それに気付いた仁菜は慌ててフライパンの上の切り身をひっくり返す。

 

「ふぉぉ、危なかったです・・・」

「どうしたんです、ぼーっとして? 考え事ですか?」

「はい。仁菜は今鮭を焼いているわけですが、それはフライパンが熱くなって、その上に鮭さんが寝ているからであって・・・」

「そう・・・ですね」

「焼けるというのは、熱せられて、炭になるということで・・・それで仁菜が今焼いているのは、鮭という魚の筋肉部分なわけで・・・筋肉が炭化して、その中の肉が熱せられて・・・」

「焦げるっ、焦げる!!」

「わぁっ、焦げるっ!」

 

そうこうして焼きあがったサーモンステーキは、絶妙な焼き具合であった。

睦、仁菜、さやかの三人はそれぞれ席につき、仁菜の作った料理を食べている。

 

「にーにゃんは何か考え出すと止まらなくなるんだよね〜」

「えへへ、何だか色々考えてしまって・・・」

「確かに。でも料理中は少し考えるのを止めた方がいいと思いますよ」

「はい、すみません・・・」

 

昼食を終えた後、後片付けを手伝いながら睦は放課後の打ち合わせを仁菜とした。

といっても、授業が終わってから合流し、少し商店街で買い物をしてから睦が逗留している宿泊所へ行くだけのことであった。

 

「じゃあ仁菜先輩、放課後校門のところで」

「はいっ、仁菜がんばりますので。ではではですよー」

 

肩越しに睦の方を振り返りながら廊下を歩き出す仁菜。

だがその角度は綺麗に進行方向から斜め45%ずれていた。

その結果として、仁菜は壁に突っ込むこととなった。

 

ゴツンッ

 

「はわっ! こ、これはどうも・・・すみません!」

 

ゴツンッ

 

ぶつかったのが壁でなく人だと思ったか、即座に謝ろうと頭を下げた結果、壁に頭突きをする仁菜。

 

「いたた・・・石頭さんですね・・・。本当に、すみません」

 

ゴツンッ

 

「あぅ・・・・・・って、なーんだ、壁さんでしたか。仁菜うっかりさんでした」

 

自分の拳で頭をコツンと叩いてから、仁菜は今度こそ廊下を真っ直ぐに歩き出す。

そして、3メートルも歩かないうちに、ペチッと音を立てて転んだ。

 

「・・・うーん・・・見てて飽きない人だ・・・」

 

今どき珍しいと言うべきか、或いはお約束的と言うべきか、とにかく典型的なドジっ娘であった。

妹の春香とどっちの方が上かと考えつつ、同じくらいかと睦は思う。

だとしたら、二人が会ったらどうなるのか。

今日仁菜を宿泊所に連れて行く際の一つの楽しみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後の屋上――。

ジョーカーは捜し求めていた人物の姿を見止め、その横に並ぶように屋上の端へと歩み寄る。

その人物、三年生の白河さやかは、手すりに寄りかかりながら校門の辺りを眺めている。

同じように下を覗き込むと、一昨日にやってきた転校生久遠寺睦と、三年生の御影仁菜の姿が見えた。

 

「私に何か用かな? ピエロさん」

「正しくは、ジョーカーと名乗っているのだがな」

「似たようなものでしょ。どっちも道化師って意味よ」

 

二人は初対面のはずであった。

しかもジョーカーの方は学園の制服こそ着ているが、ピエロの仮面と帽子を着けており、明らかに浮いた格好をしているにも関わらず、さやかの態度は親しい友人に対するもののようにくだけている。

 

「一昨日の出来事はご存知かな?」

「人並み程度にはね」

「あの時、校舎から四つの視線を感じたのだが・・・その内の一つ・・・特にただ見ているだけのように感じたものは、あなただろう?」

「さぁ? 君が誰の視線を感じていたのか、私にはわからないからね〜」

「では質問を変えよう。あなたは何者だ? もしや、この町の秘密に深く関わっているのではなかろうか?」

「・・・・・・ふむ」

 

さやかは空に浮かぶくじらを見て少し考え込むような仕草をしてから、体の向きを変える。

背中から手すりに寄りかかりながら、顔だけをジョーカーの方へ向ける。

 

「それに対する応えはノーだよ。でも、そうだね・・・一番最初に私のところへ来たご褒美に、少しだけ教えてあげる。目的は違うけど、君達と私が追っているのは同じものだよ。そして、君達の着眼点はそうそう的外れでもない」

「では、あの男が鍵なのか?」

「もう一つヒント。鍵は一つとは限らない。あとは自分で考えてみなよ。というか、私もこれ以上はまだあまりよくわかってないの」

「なるほど。ところで、あなたが何者かという質問にまだ答えてもらっていないが?」

「それは、君達の目的に関わること?」

「いや、俺の個人的興味だ」

「そうだね・・・私は・・・・・・」

 

ウインクを一つ送りながら、さやかは答えた。

 

「魔法使い、かな」

 

それは、今この世界において、既に失われたと言われているものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園からの帰り道、睦は仁菜と連れ立って商店街を歩いていた。

そこでわかったのは、驚くほど仁菜が商店街において人気がある、ということであった。

 

「おや仁菜ちゃん、今日は浮いてないね」

「あらあら、かわいい男の子連れちゃって。彼氏さん?」

「仁菜ちゃん、こっちにおいで。いい梅干しが入ったんだよ」

 

こんな感じに、とにかくあちこちから声をかけられる。

料理研究部で使う食材の買出しなどでよく利用しているという話だったが、ただのお得意様という以上の可愛がられ様だった。

ちょっとした商店街のマスコット扱いであろうか。

 

「すごい人気ですね、仁菜先輩」

「いえそんな、人気なんてものじゃないですよ。ですが、みなさんにはいつもよくしてもらっています」

 

と、そんな風に楽しく話しながら歩いてきた仁菜の足が一軒の店の前で止まる。

その視線の先には洋服店があり、ショーウィンドウに飾られている一着の服があった。

白い落ち着いた感じのワンピースで、仁菜が着るには少し大人っぽすぎるようにも感じられる。

 

(って、仁菜先輩は年上だって。どうしても外見で判断してしまう・・・)

 

歳相応というなら、これくらいのお洒落はしたい年頃なのかもしれない。

ぼんやりとその服を眺めている仁菜は動く気配がない。

放っておいたらいつまでも見ていそうだった。

 

「先輩、仁菜先輩」

「は、はいですっ」

「そろそろ行きましょうか」

「すみません、仁菜、ついぼーっとしちゃって・・・」

 

歩き出した仁菜は、もうショーウィンドウの方を振り返ることはなかったが、睦は振り返ってもう一度その服を見てみた。

 

(機会があったらプレゼントでも・・・って、そこまでの仲じゃないか、まだ)

 

まだ、というからにはこれからそうなる予定があるのかというと、それもよくわからない。

本当にまだ知り合ってから二日しか経っていない上、どういう感情を抱いているのかもはっきりしていないのだ。

今のところは互いにせいぜい、ちょっと気になる先輩と後輩程度のものであろう。

 

 

やがて睦が泊まっている宿泊所に着いた。

玄関から中に入ると、いつものように春香が出迎える。

 

「にぃさま、おかえりなさい」

「ただいま、春香。今日はお客さん付きだ」

「お客さん?」

 

こくんと春香が首を傾ける。

細かい仕草がいちいちかわらしく見えるのは、兄バカであろうか。

 

「こちら、学園の先輩で、御影仁菜先輩。先輩、こっちが僕の妹の春香です」

「あ、はい。はじめまして、御影仁菜と申します」

 

名乗りながら仁菜は一歩進んで睦の前に出る。

 

「は、はいっ。久遠寺春香です」

 

初対面の相手に対してはいつものことだが、緊張のせいかぴしっと背筋を張った春香が名乗り返す。

そして次の瞬間二人はまったく同時に「よろしくお願いします」と言いながら頭を下げた。

 

ごつんっ!

 

「〜〜〜〜〜っ!!」

「はわっ、す、すみません・・・」

「い、いえ・・・その、こちらこそ・・・」

「いえ、仁菜は平気です。慣れてますから」

「あはは、春香も慣れてますから、大丈夫です」

 

そんなことに慣れてどうすると思いながら睦は、二人が思ったとおりの初対面を演出してくれたことで笑いを堪えるのに必死だった。

と、春香の背後から丸くて白いものが飛び出す。

睦も昨日帰ってから紹介されたのだが、しろたまと名付けられた正体不明の謎生物であった。

本当に謎な存在だが、春香はかわいがっているようだ。

 

「きゅきゅ〜」

「うわぁ〜、かわいいです〜」

「かわいい・・・ですか、こいつが?」

 

どの辺りが、と小一時間ほど問い詰めたい気になる睦であった。

 

「おいで〜、しらたまちゃん」

「仁菜先輩さん、この子はしろたまですよ」

「あ、ごめんなさい、しらたまちゃん」

 

春香が名前を訂正しようとしても言い換える気はないようだ。

それどころか、どこか怪しげな光を仁菜の目は放っている。

しろたまを誘い寄せる手の動きもなんとなく怖い。

それをしろたまも感じ取っているのか、じりじりと後退している。

 

「こっちおいで〜」

「きゅ、きゅ〜・・・」

「しろたま、たぶん大丈夫・・・・・・だと思うから、行ってあげて」

 

飼い主(?)の春香に言われて、しろたまは恐る恐る仁菜の方へ近付いていく。

そして、あと少しで手の中に収まりそうなところで仁菜がぼそっと呟いた。

 

「はりはり鍋」

「きゅ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 

瞬間、しろたまは10倍のスピードで春香の方へ戻っていった。

 

「はりはり鍋って!?」

「確か、主にくじら肉を使った鍋料理だったと思う・・・」

「え?」

「あぅ・・・仁菜のはりはりが・・・」

「仁菜先輩、あれはたぶん食べられないから」

 

どうやら仁菜はしろたまのことを食材として見ていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて・・・」

 

色々あって、ようやく睦は仁菜を目的の場所に連れてくることができた。

宿泊所には、色々な用途で使えるであろう広い講堂があるのだ。

そこを使って飛行練習をすることになったのだが、その見返りとして少しだけ仁菜には一団の雑用を手伝ってもらったりして、その際に団員に紹介したら皆いたく彼女を気に入ってしまったりで、随分と遅くなってしまった。

しかも一体の誰の趣味なのか、制服を汚さないための作業着という名目で、仁菜はメイド服を着ている。

 

「それじゃ、始めようか、仁菜先輩」

「はいです、睦さん」

「ん、睦さん?」

「あ、ここだと春香ちゃんや団長さんもいらっしゃいますし、久遠寺さんだとわかりにくいかと思って。だめですか?」

「いえ、いいですよ。こっちも名前で呼ばせてもらってるし、これで対等ですね」

 

少し気恥ずかしい感じもするが、互いに名前で呼び合うことには同意する。

 

「しかし、練習を厳しくいくぞ、仁菜君!」

「はいですっ、コーチ!」

「うむ。まぁ、練習といってもどういう原理で飛んでいるのかよくわからない以上、教えられることはあまりない。とにかくまずは気合だ! 成せば成ると思えばきっと君なら飛べる!」

「わかりました、努力と根性ですね!」

「そうだ! さぁ、飛ぶのだ!」

「サー、イェッサー!」

 

とてもノリの良い仁菜であった。

たぶん、団員の誰かに何か仕込まれたのであろう。

 

 

そんな調子で小一時間ばかり練習をしてみたものの、成果はまずまずといったところであった。

ある程度まで浮き上がることはできるのだが、高さが出るほどバランスが悪くなり、飛んでいると言うよりはやはり、浮いているという表現が当てはまる。

 

「うぅ・・・やはり仁菜はだめだめということでしょうか・・・」

 

天井近くで半ば逆さまに近くなりながら仁菜が嘆いている。

 

「そんなにすぐに上手く行ったら、まぁ、苦労はしないよね。今日はこれくらいにしましょうか」

「はいです・・・」

 

うるうると涙を流しながら、仁菜がゆっくりと降りてくる。

しかし、床まで残り2メートルくらいのところでまたバランスを崩す。

 

「わっ、はわわっ!」

「危ない、仁菜先輩!」

 

慌てて駆け寄った睦を巻き込んで、仁菜は盛大に落下した。

何とか受け止めることに成功した睦は、その下敷きになっている。

 

「せ、先輩、だいじょう・・・ぶっ!?」

 

目を開けた睦の眼前には縞々があった。

もつれあって転んだ拍子に、睦の顔は仁菜のスカートの中にもぐりこんでしまったようだ。

とりあえず、見ないように目を閉じて仁菜に呼びかける。

 

「だ、大丈夫ですか、仁菜先輩?」

「は、はぅ・・・なんとか・・・」

 

そこへ、落下の時の音を聞きつけたらしい乱入者が現れた。

 

「にぃさま、今何か物凄い音が・・・」

 

その乱入者が言いかけて固まったのを、睦は見なくても手に取るようにわかった。

 

「春香か。これはだな・・・」

「は、春香、これは誤解だと思うの。何かの間違いなの・・・!」

 

ばたっ

 

倒れる音が聞こえた。

目を回して倒れている女の子が二人。

何とか仁菜の下から這い出した睦は、この状況をどうしたものかと思い悩むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、夜も遅いので家まで送るという睦の申し出を断り、仁菜は一人で帰っていった。

玄関までそれを見送ってから宿泊所の中に戻ると、春香が待っていた。

 

「ごめんね、にぃさま。大騒ぎしちゃって・・・」

「いや、あの状況じゃ他に反応のしようもないだろうな」

 

謝る春香を宥めながら、睦は違和感に気付いた。

 

「そういえば・・・さっきからその“にぃさま”ってのは何だ?」

「あ、気がついた?」

「そりゃ気がつくって。どういう心境の変化なんだ?」

「だってあの人・・・胡桃さんが、いつまでも“お兄ちゃん”じゃ子供っぽいって・・・」

 

朝の言い合いの時に、そんなことを言っていたような気がしないでもなかった。

しかしそれで“にぃさま”というのもどんなものか。

 

「だめかな? にぃさまって・・・」

「別に、春香がそう呼びたいならそれでいいけど」

「うん。えへへ、にぃさま、にぃさま」

「なんだよ?」

「ううん、言ってみただけ♪」

 

朝の胡桃との一件などで少し不機嫌だったり、元気がなかったりした春香だったが、今はとても上機嫌であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

あとがき

 春香が実力の片鱗を見せたり、さやかとジョーカーの謎な会話があったりということが裏で進む中、表では睦と仁菜の関係が順調(?)に進行中。もう少しこのまったりした感じが続くわけで・・・まったりもそれはそれで好きだけれど、個人的には早くバトルパート満載のシーンを書きたいと思ってたり。がんばって書き進めねば。