デモンバスターズZERO

 

 

第3話 空への夢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久遠寺春香の朝は早い。

特に兄が学校に行っている間は、彼の極度の方向音痴ゆえに登校時間に余裕を持つ必要があるため、彼を早く起こさなければならないからである。

それゆえに春香の朝は早い・・・いや、早くしようと思っていた。

だが現実には、春香は目覚まし時計を仕掛けた時間から一時間も経過してからようやくベッドから抜け出す。

 

「・・・おふぁようございましゅ・・・」

 

起きたらまず、部屋に大量に置いてあるぬいぐるみに向かって挨拶をする。

そして定まらない足取りで洗面所へ行き、顔を洗ってから部屋を出る。

着替えはせず、パジャマのままである。

顔だけは洗って行くのは、最低限の身嗜みだった。

ふらふらとした足取りで向かう先は、兄の部屋だ。

兄、睦を起こすことが、春香の朝の日課である。

 

こん・・・こん・・・・・・ごつん

 

控えめなノックを2回した後、春香は頭からドアに突っ込む。

頭突きは意図したものではなく、再び襲ってきた睡魔に敗北した結果である。

 

「おにぃちゃん・・・朝でしゅよ〜・・・・・・・・・むにゅ」

 

そのままうとうとと眠りに落ちる。

 

 

次に気がついた時、目の前に睦の顔があった。

状況判断にしばし時間を要する。

目の前には睦と、床。

ちょうど、春香が睦を押し倒したような格好になっている。

 

「あ、あれ? おにいちゃん・・・?」

「お、おう・・・起きたか、春香」

 

察するに、ノックを聞いて起きた睦が部屋のドアを開けた時、そのドアに寄りかかって寝ていた春香が倒れこんで睦を押し倒してしまったのだろう。

兄妹とはいえ、この格好は互いにかなり恥ずかしい。

 

「は、はぅっ。ごめんなしゃい!」

 

慌てて春香は起き上がる。

今度こそ、完全に目が覚めた。

 

「お、おはよう、お兄ちゃん」

「ん、おはよう」

 

朝の挨拶を交わして、久遠寺兄妹の一日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんねお兄ちゃん。春香がもっと早く起こしてあげれてれば・・・」

 

時計を見ると、真っ直ぐ行けば十分ホームルームに間に合う時間である。

あくまで真っ直ぐ行ければの話だが、睦は自身の方向音痴の度合いをよく知っている。

だが、この場は春香のために大丈夫だと言っておく。

 

「もう2度も行った場所なんだから、大丈夫だって」

 

申し訳なさそうな顔をしていた春香の頭を軽く撫でてやると、すぐに笑顔を見せる。

 

「じゃ、いってきます」

「いってらっしゃい、お兄ちゃん」

「やっほー、睦くーん」

 

歩き出そうとしたところで、聞き覚えのある声で名前を呼ばれる。

きょろきょろ辺りを見回すと、声の主がいた。

同じくクラスの榛原胡桃である。

 

「榛原さん? なんでこんなところに・・・」

「胡桃でいいよ。当然、謎の転校生睦君に密着取材するためよ」

「謎の転校生って・・・僕は旅はしてるけどそれ以外は至って普通だよ。第一取材ってなに?」

「それはもちろん、非公式新聞部の記事に載せるネタを得るためのものよ!」

 

どう解釈してもいかがわしい雰囲気しか浮かばない新聞だった。

非公式という辺りが特に。

取材されたからといって特に困ることはない・・・ただ一つを除いては。

一つだけ、睦は学校の面々にはばらしたくない秘密があった。

 

「とにかく取材は却下。僕なんかよりよっぽど面白いネタなんていくらでもあるでしょ」

「それは判断するのは記者である私の方よ。ところで・・・」

 

胡桃の視線が自分ではなく、その後ろに向けられていることに気付いた睦は、ハッとして振り返る。

そこには、カチンコチンに固まっている春香がいた。

対人恐怖症もどきは健在のようだ。

 

「・・・・・・」

 

目を渦巻きのようにまわしながら、春香は胡桃のことを見ている。

 

「えーと、この子は・・・」

「ななっ、な、名を名乗れぇーーーぃ!」

「さ、侍っ!?」

「あちゃぁ・・・」

 

とてもインパクトのある第一印象となってしまった。

春香はこのように、パニックになると妙な言葉が出てきてしまうのだ。

 

「睦君・・・この子、何者・・・?」

「お兄ちゃん、この人誰なの? どなた様なんですか!?」

「この子は僕の妹で、久遠寺春香。春香、彼女は学校のクラスメートで榛原胡桃さん」

「胡桃割り人形?」

「誰がよっ! もう、そんなに兄貴にくっついちゃって・・・あなたブラコン?」

「ぶ、ぶら、ブラジャーはCカップです!」

「誰があんたのブラジャーのサイズを聞いとるか! 大体、それで本当にCあるの?」

 

むん、と胸を張る春香。

しかし、悲しいがまったく変化は無い。

第一印象の問題か、それとも元々相性が悪いのか、いきなり二人の仲は険悪だった。

 

「ちょっと睦君、何頭抱えてんのよ!」

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃ〜ん」

「だー、子供じゃあるまいしお兄ちゃんお兄ちゃんうるさい! 本当にブラコンなわけ?」

「お兄ちゃん、ブラコンってなんなの〜!? 何かの海草なの〜!?」

「春香、おまえがイメージしたのはたぶん昆布だ」

「違うんですか〜?」

「ブラコンっていうのは、お兄ちゃんが好きってことよ」

「春香は、お兄ちゃんのことが好きですよー?」

「あぁ・・・そう・・・」

 

まともな会話は不可能と悟ったのか、胡桃はすごすごと引き下がる。

それについて、睦も学校へ行くことにする。

 

「じゃ、とにかくいってくるよ、春香」

「は、はい。いってらっしゃい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前日の騒ぎにも関わらず、授業は滞りなく行われていた。

若干警戒態勢がとられているが、町は平和そのものである。

町中、それも学校という人が多く集まる場所にモンスターが出現するという異例の事態が起こったにしては拍子抜けするほどだった。

杉並に言わせれば、大した被害が出なかったため、大事にはしたくないというのが学校や町の方針なのだろうということだ。

納得がいくような、いかないような話だったが、それについて睦は深くは考えないことにした。

睦が何かを考えたところで事態が変わるわけでもない。

むしろ彼にとっては、今日の昼食をどうするかの方が大問題である。

 

「どうしたものか・・・」

 

お弁当を持ってきてはいないので、選択肢は食堂か購買部か、昨日の家庭科教室ということになる。

味に確実性を求めるならば購買部であるが、値段は一番高い。

購買部には無難なものしかないが、値段は安い。

家庭科教室、即ち料理研究部はある意味賭けである。

値段は安いが、下手をするとまた妙な料理を食べる羽目になる。

そして睦の現在の所持金は決して多くない。

考えている内に、周りからは誰もいなくなっていた。

 

「まずい、僕も早く行かないと」

 

とりあえず教室を出る。

この時間帯では、購買部はもう人込みができているものと予想される。

懐具合を考えると、選択肢はただ一つ。

 

「仕方ない・・・行くか」

 

行き先は家庭科教室に決定した。

昨日の先輩、御影仁菜は料理の腕は確かである。

少し(控え目な表現)すっぱすぎるものが好きなのと、時々妙な新料理に挑戦するらしいことを除けば、文句は無いと胡桃達からは聞いていた。

期待と不安を半々に抱いて、睦は家庭科教室を目指す。

 

 

階段を降り始めた時、奇妙なことに気付いた。

あまりに静か過ぎる。

辺りには誰もおらず、僅かな喧騒さえ聞こえない。

まるで別世界にでも迷い込んだような、そんな感覚。

 

「なんだ・・・これ?」

 

ふと、気付く。

下の方の踊り場のところに誰かがいる。

まず目についたのは、長い黒髪。

それから、魔性のものかと思わせるほどの美しさ。

彼女は人間ではない――最初に睦はそう思った。

そう思わせるほどに、その少女もまとう雰囲気は神々しかった。

その彼女が、睦の方を見て口を開く。

 

「ちゃお〜♪」

「・・・・・・・・・はい?」

 

たった一言で、最初に抱いた神々しい印象は吹き飛んだ。

向日葵のように明るく、人懐っこい笑みを浮かべた少女は、確かに美人だが、魔性や神々しいなどという表現が似合う存在ではありえなかった。

 

「君が噂の転校生君ね。確か、久遠寺睦君、だっけ」

「そ、そうですけど・・・噂のって?」

「これこれ」

 

彼女が差し出したのは、校内新聞のようなものだった。

今日の日付で出されているその新聞の一面には、謎の転校生現る、のタイトルの下、睦に関するあれこれが書かれている。

発行元は、非公式新聞部となっていた。

 

「あいつら・・・」

 

まったくもって迷惑千万であった。

今までの学校でもこうしたことがなかったではないが、こうまで早く、こうまで大々的に取り上げられたのははじめてである。

 

「睦君、って呼んでもいいよね?」

「いいですけど、あなたは?」

「私は白河さやか、三年生。さやか先輩と呼ぶこと」

「それで、僕に何か用ですか、さやか先輩?」

「ううん、別に。ただ噂の主を一目見てみようと思って」

「気は済みましたか?」

「とりあえずね。まぁ、また会うことになるかもしれないから、私のこと、覚えておいてよ」

「はぁ・・・?」

 

よくわからない人だった。

最も、よくわからない人物は彼女だけではなく、クラスメートになった、特に杉並やゆんなどもよくわからない。

後に聞いたところによるとこの白河さやか先輩なる人物に杉並とゆんを加えた三人は、校内謎ランキングで常にトップ3を争っている面々とのことだった。

そもそも、校内謎ランキングとやらが謎である。

 

「じゃ、そういうことで。ばいび〜♪」

 

さやかは踊るような足取りで階段を降りていく。

何がそんなに楽しいのか、満面の笑顔で鼻歌まで歌っている。

 

「なんなんだ・・・」

 

狐に化かされたような気分になりながら、睦も階段を降り出す。

いつの間にか、消えていた喧騒も戻っている。

 

「あれ?」

 

少し行ったところで睦は首をかしげる。

先に降りていったさやかとの距離はほとんど離れていなかったはずなのに、一つ階を降りた時にはもう彼女の姿はどこにもなかった。

本当に狐に化かされた気分を睦が味わっていると、下の方から声をかけられる。

 

「あら、久遠寺さん?」

「ん、その声は・・・」

 

声がする方に目を向けると、下から仁菜が階段を上がってくるところが見えた。

 

「仁菜先輩。あれ、料理研究部は?」

「あ、仁菜の担当は月、水、金なのです。だから今日はお休みです」

「そうなんだ。なるほど、今日は火曜日だね」

「はい。それで、天気もいいし、屋上へ行ってお昼ご飯を食べようかと思って」

「なるほど。ふむ、仁菜先輩、ちょっと待ってて」

「ふぇ?」

 

ぽかんとする仁菜の横を通って、睦は大急ぎで購買部へ向かう。

人込みは既に引いていたが、そのせいであまり大したものは残っていない。

それでも適当なものを物色して購入し、睦はまた大急ぎで元の場所に戻る。

 

「おまたせ」

「はい? どうしたんですか、久遠寺さん?」

「僕も屋上で一緒に食べようと思って。一人より二人がいいでしょ」

「あは、そうですね。ご一緒しましょう」

 

にっこり笑って仁菜も承諾する。

二人並んで階段を登り、屋上へと向かった。

 

 

「実は仁菜、屋上は好きですけど、怖くもあるんです」

「どうして?」

 

フェンス際に座って昼食を摂っていると、仁菜がそんなことを言い出した。

 

「好きな理由は、空とくじらさんがよく見えるからです」

 

そう言って空とくじらに向かって手を伸ばす。

小さな体を精一杯伸ばしている姿を、睦は可愛いと思いながら見ていた。

 

「仁菜先輩は、くじらが好きなんですか?」

「はい! 仁菜、くじらさん大好きです」

 

本当に好きだということがよくわかる満面の笑顔である。

 

「怖い理由というのはですね・・・屋上には天井がないじゃないですか」

「そりゃあ、そうですね」

 

天井の上にあるからこそ屋上なのであるから、当然のことと言えた。

 

「それに、近くに学校の屋上より高い建物もありませんし」

「ぱっと見、見当たりませんね」

「ですから、もしここで浮かび上がったりしちゃったら、どこにも引っかからずにどこまでも飛んでいってしまうかもしれないわけでして・・・」

「あー、なるほど・・・」

 

昨日聞いた話によると、仁菜には空を飛ぶ能力が備わっているが、それはほとんど彼女自身の意志でコントロールすることはできない。

それゆえに、よく勝手に浮かび上がっては困ったことになっているらしい。

 

「もちろん、いずれ下りて来ることはできるわけですが、午後の授業には間に合わなくなってしまいますし」

「確かに」

「それに、もし浮かんでる間に、台風が来たら・・・」

「は? 台風?」

「そうしたら仁菜は、風に乗ってどこか遠くの知らない国へ飛ばされてしまって、そこの王様に見初められて、結婚してしまうことになるかもしれないのです」

「な、何故・・・?」

 

随分とぶっとんだ発想であった。

どうやら彼女も、普通という規格からは少々はずれているようだ。

空を飛べるという時点で、既に普通の規格からはずれているような気もしたが、それについてはそんな能力があってもおかしくない世の中である。

今の時代では既に失われているが、昔は魔法を使って空を飛ぶことも結構容易だったらしいとも聞く。

 

「久遠寺さん」

「ん、何ですか?」

「久遠寺さんは、空を飛びたいと思ったことはありますか?」

「・・・そうだなぁ・・・あったと思いますよ。誰でも一度は、そんなことを思うんじゃないかな。空を自由に飛びたいって」

「そうですか。じゃあ、久遠寺さんは、空を飛べると思いますか? 浮かぶだけじゃなくて、自由に空を・・・」

「飛べるんじゃないですか? 昔はそういう人もいたって聞くし。僕は無理だろうけど、仁菜先輩なら、がんばればきっと飛べるよ」

「飛べる・・・でしょうか?」

「練習すればいいんですよ。自分の力をコントロールできるように」

「練習・・・」

「そうだ。僕でよければつきあいましょうか? 空飛ぶ練習」

「え?」

 

どうしてそんなことを言い出したのか。

単に暇だから働いた気紛れなのか。

それとも、空を飛びたいという夢を語る少女のことが気になったのか。

どちらにせよ、睦は彼女の夢の手助けをしてみたいと思った。

 

「で、でも、いいんですか、そんなの?」

「いいんですよ。よし決めた。仁菜先輩、放課後は暇?」

「え、えっと・・・今日はちょっとだめですけど、大体時間はあります」

「なら明日から、仁菜先輩の飛行レッスン決行だ!」

「ほ、本当にいいんですか?」

「もう決定。はい、返事は!」

「お、おーです!」

 

睦が拳を突き上げると、仁菜も小さな拳を持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日に引き続き、春香は散歩に出ていた。

もちろん、相変わらず人と接するのは怖いため、自然と人のいない方へ足を運ぶこととなる。

そうやって辿り着いたのは、くじらの見える丘公園と呼ばれる場所であった。

くじらなど、この町の中にいればどこからでも見ることができるのだが、確かにこの公園は少し高台になっており、周りに高い建物もないため、空一面を見渡すことができ、どこにくじらがいても見ることができる。

 

「・・・・・・」

 

そこは、不思議な感じのする場所であった。

着いた途端に感じたのは、昨日の海岸と同じ、まるで世界からそこだけ切り離されたかのような静寂。

今度のそれは長くは続かず、気付いた時、春香は一人の少女と対面していた。

突然現れた少女は、まるでずっとそこにいたかのような感じで立っている。

どこかぼんやりした表情で、春香のことを見ていた。

 

「あなたは・・・」

 

白いワンピース。

長く黒い髪。

金色の瞳。

とても、不思議な雰囲気を持った少女である。

人と接するのが怖いはずの春香だったが、目の前の少女に対しては、少しも怖いという感じがしない。

兄と同じとまではいかないが、それに近いくらい落ち着いた気持ちでいられる。

 

「えっと・・・こ、こんにちは」

 

少女は確かにここに存在しているのに、突然消えてしまいそうな儚さも持っていた。

もう少し彼女をそこに留めておきたくて、春香は何かを話そうと口を開く。

 

「こんにちは」

 

少女がそれに応えてくれると、春香はほっと息をつく。

 

「い、いいお天気ですね?」

「・・・・・・」

 

春香の言葉に、少女がわかるかわからないか微妙なほど小さく頷く。

何かもっと話そうと思うのだが、他愛ない事柄しか出てこない。

と、そんな二人の間に、何か白くて丸い物体が漂ってきた。

 

「きゅ〜」

「あ、かわいい」

 

白くて丸くて、よく見ればくじらの姿をしているように思えなくも無い、妙な生き物だった。

それがふわふわ漂って、少女の手の中に収まる。

少女は少し考えるような仕草をしてから、それのことを放して、春香の方へ向かって、とん、と押す。

くるくる回りながら、それは春香の手の中までやってくる。

 

「・・・しろたま?」

「その子、あげる」

「いいの?」

「かわいがって・・・」

 

そう言って少女は踵を返す。

少女の姿が見えなくなると、春香もくじらの見える丘公園を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議な体験であった。

昨日の海岸と同じ雰囲気のする不思議な場所で、不思議な少女と出会い、不思議な生き物をもらった。

そのことに、何か意味があったのだろうか。

何もわからなかったが、深く考えず、春香は家路についた。

そろそろ兄も学校から帰ってくる頃であろう。

 

「しろたま〜、しろたま〜♪」

「きゅきゅ〜」

 

公園での奇妙な体験など忘れたかのように、春香はしろたまと戯れながら宿泊所を目指していた。

そうしていると、されるがままになっていたしろたまが突然過剰な反応を見せる。

 

「きゅきゅっ!!」

「ど、どうしたのっ、しろたま!?」

「きゅ〜きゅきゅきゅ〜〜〜!!!」

「えー! お兄ちゃんが危ないって、どういうこと!?」

「きゅ〜〜〜〜〜〜!!!」

「ま、待って! しろたま〜〜〜!!」

 

春香は何故か、しろたまの考えていることが理解できた。

そしてそのしろたまは兄、睦の危機を訴えていた。

どうしてそんなことになっているのか、どうしてそんなことがわかるのか、細かいことはどうでもよかった。

睦が危ないと言って飛び立ったしろたまを、春香は必死で追いかける。

 

 

睦の通学路となっている海岸近くの道路――そこに睦はいた。

ただし、睦だけではなく、それを追いかける猪のような姿をしたモンスターの姿もあった。

 

「お兄ちゃん!!」

「春香か? こっち来るな!」

 

春香の方へ一瞬注意を向けたのが隙となったか、猪モンスターが一気に睦に襲い掛かる。

 

ドゴォーーーンッ!!!

 

猪の突撃で道路が大きく抉られる。

まるで爆発したような衝撃に、春香は立ち止まって顔をしかめる。

土煙が舞う中、何とか目を開いて兄の姿を捜し求める。

 

「きゅきゅっ!」

「そっちね、しろたま!」

 

視界が悪い中、しろたまの声を頼りに進む。

声のする場所に辿り着くと、衝撃で吹き飛ばされたと思われる睦が倒れており、その上でしろたまがぐるぐる回っていた。

 

「お兄ちゃん! お兄ちゃん!?」

 

呼びかけても答えは無い。

外傷は見当たらないが、気絶しているようだ。

 

グルルルルルルル

 

「っ!」

 

唸り声に振り返ると、猪モンスターが尚も獲物を求めて突撃する構えを見せていた。

猪の四肢が地面を蹴ると同時に、春香は睦の体を抱えて飛び下がる。

 

ズズンッ!!

 

またしても猪の突撃で道路が抉られる。

間一髪回避することはできたが、春香の腕力では睦を抱えたままでは逃げ切れない。

しばし逡巡した後、春香は睦を道路脇に寝かせ、背中の包みへ手を伸ばした。

紐を解いて袋の口を開けると、そこから出てきたのは白木拵えの刀であった。

スラリと抜き放った刀身は、刃渡りおよそ2尺5寸。

再び突撃の構えを見せる猪モンスターに対し、春香は刀を正眼に構える。

 

グルルルゥ ゴフゥーッ!

 

「ごめんね。だけど、お兄ちゃんを守るためだから!」

 

猪が突撃するよりも早く、春香が地面を蹴って斬りかかる。

最初の一太刀で猪の牙を両断し、返す刃で首を掻き切る。

一瞬の内に放たれた二つの斬撃をおそらく認識することなく、猪のモンスターは事切れた。

春香はすぐに刀を納めようとしたが、別の殺気を感じて構えなおした。

振り返った先には、昨日会った侍、柳京介が立っていた。

 

「ふっ、昨日のへっぽこ振りとはまるで別人だな」

 

京介はやる気満々といった風に刀に手をかけ、春香の方へ向かってくる。

 

「なんのつもりですか?」

「俺と戦えということだ、夢前春香」

「戦う理由がありません」

「剣を持つ者同士がこうして対峙したからにはやることは一つだ。おまえは望まないのか? より強き者との戦いを」

「そんなの知らない。春香は、お兄ちゃんを守るために戦っただけです!」

「そうか。だが!」

 

一定の歩調から加速して、京介が遥かに迫る。

鯉口は切られているが、まだ京介の刀は鞘に納まったままである。

それが抜き放たれる瞬間、春香は地面を蹴り、京介の頭上を越えて抜刀の一撃を回避した。

着地した春香の背後を狙った追い討ちの斬撃を前転でかわし、起き上がる際の反動で相手の方へ向き直る。

 

「やめて! 春香はこんな戦いしたくないっ!」

「それほどの力を持ちながら何故戦いを拒否する? 俺の剣に応えろ、夢前春香!」

「いやです!」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

断固として戦いを拒否する春香。

しかし京介の方も、それで退く気配はない。

二人はしばし、刀を構えたまま対峙する。

やがて、京介の一言が沈黙を破った。

 

「兄を守るために戦ったと言ったな。なら、おまえがその気になるように、その小僧を殺すか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

あとがき

 急展開? 今回はさやか&くじらの少女登場に、睦と仁菜の急接近、そして春香vs京介と、まるで長編ゲームを1クールで無理やりアニメ化したような詰め込み具合でお送りしました。ほんとは2話くらいに分けてじっくり話を進めた方がいい部分もあるのですが、後の展開も詰まっているので、ここら辺はちゃっちゃと進めていきましょう。とりあえず、ここから数話は仁菜編といった位置付けで。
 この話の主人公は、一応、たぶん、睦君です。その裏で、春香のストーリーが展開していく感じとなります。そしてさらに、序盤は出番が少ないですが、もう一人主人公っぽいキャラがいます。まぁ、順当に考えれば誰かは予測がつくもので・・・。