デモンバスターズZERO

 

 

第2話 平穏と異常

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば睦は、朝の面子に囲まれていた。

睦の席は窓側の一番後ろであり、すぐ隣に朝倉純一、その向こうに金井誠一郎がいる。

休み時間になるとその空間にすぐ前に座っている榛原胡桃に、杉並亮、咲倉ゆんが集まってくる。

これがどうやら馴染みのグループらしく、睦はいつの間にかその中に取り込まれていた。

最初の休み時間でそれぞれ自己紹介、次の休み時間で質問攻め。

そして今は昼休みとなっていた。

 

「よし、それじゃあ行くわよ」

 

と、仕切りだしたのは胡桃だった。

何の前触れもなく行くと言われても睦はまったくピンと来ないが、他の面々はそれぞれ別々の表情を浮かべている。

 

「げ・・・おまえ、あれマジだったかよ・・・?」

 

おもしろいことには食いつく性格と思われたが、今は露骨に嫌そうな顔をしている誠一郎。

 

「ふっ、今日はどんな未知を見せてもらえるのかな?」

 

楽しげに含み笑いをする杉並。

 

「むむむ、今日こそは負けないわよ。ゆんゆん、ふぁいとー!」

 

何故か気合の入っているゆん。

 

「かったりぃ」

 

我関せずの純一。

その純一は一足先に席を立った。

 

「悪いが俺はパス」

「待ってくれ純一君、戦友を見捨てる気か!?」

「そうだぞ同志よ。共に未知へと挑もうではないか」

 

教師から出て行こうとする純一を、両サイドから杉並と誠一郎が押し留める。

 

「あのな、いつから俺はおまえらの戦友で同志になったんだ?」

「水臭いじゃないか、純一君」

「あの伝説の風見学園の戦いを忘れたか!」

「「「・・・・・・」」」

 

「「「同志よ!」」」

 

三人ががっちりと腕を組み合う。

最初会った時は、純一は比較的まともな部類だと思った睦だったが、こうして見ていると同類なのかもしれないとも思えた。

 

「あの三人は、かつて桃園で義兄弟の契りを交わしたのよ。そして、漢王朝復興のために立ち上がって・・・」

「そんな裏設定は無い」

 

語りだしたゆんに対して即座に純一がツッコミをいれる。

二人と組んでいた腕をあっさり振り解き、純一はひらひら手を振りながら廊下へ向かう。

 

「残念ながら先約があるんだ。じゃあな」

 

戦友も同志もあっさり捨てて、純一は教室をあとにした。

その背中を、誠一郎が未練がましく見送っている。

 

「ここにいるメンバーっていつもグループ組んでるみたいな感じに見えたけど、純一は違うのか?」

「あー、朝倉君の場合は、ちょっとね・・・」

「よくぞ聞いてくれたよ睦君!」

 

適当にはぐらかそうという気配のあった胡桃の言葉を遮って、誠一郎が睦の眼前に迫る。

それはもう鼻先がくっつきそうなくらい接近しており、荒い鼻息がかかってくる。

当然、睦にそっちの気はないので、とりあえず押し返す。

 

「近いから離れろって・・・!」

「それはもう、涙無しには語れない話・・・」

「はぁ?」

「まぁ、百聞は一見に如かず。覗きに行くとしようか」

 

 

 

杉並の提案で、睦達は純一の尾行を開始した。

教室を出た純一は、まず廊下で隣の教室から出てきた女生徒と落ち合った。

長い黒髪をポニーテールにした大和撫子然とした女子は、胡ノ宮環というらしい。

 

「なるほど・・・彼女がいるのか、純一は」

「それだけならまだぎりぎり許せるんだよ」

 

本当に涙を流しながらまたしても誠一郎が睦に迫る。

引き剥がしたところで胡桃に踏み潰されて撃沈した誠一郎を放り出して、睦達は純一の尾行を続行する。

階段を降り、1階の廊下を進んでいくと、隣の校舎とを繋ぐ渡り廊下のところに中等部の女子が二人立っていた。

その内の片方、橙色の髪にヘアバンドをした元気そうな女子の方が純一に気付いて勢いよく手を振る。

 

「朝倉せんぱーい! こっちですよー!」

 

もう一人の、薄紫色の髪を両側でロールにした大人しそうな女子の方は少し固い表情をしていたが、純一の姿を見ると安心したように微笑んだ。

元気な方が天枷美春、大人しい方が月城アリスという、ともに中等部三年の後輩であるらしい。

二人を加えた純一達は中庭に向かった。

そこにはもう一人女子がいて、純一達を迎えた。

 

「あれは確か、うちのクラスの・・・」

「白河ことりだ」

 

最初に教室に入った時に、特に印象が強かった美少女である。

中庭の芝生の上に純一を中心にして座っている一団は、とても楽しそうに見えた。

 

「・・・えーと、つまり、どういうこと?」

「まぁ、平たく言えば、風見学園のプチハーレムだ」

「くぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!!!」

「うわっ、びっくりした!」

 

いつ復活して追いかけてきたのか、誠一郎が血の涙を流しながらもだえている。

 

「睦君、あれが羨ましいかい? 妬ましいかい? 俺は羨ましい、妬ましい、悔しぃーーー!!!」

「ま、マジ泣き・・・?」

 

だが少し、いやかなりオーバーではあるが、誠一郎の叫びは多くの男子生徒の心の代弁なのかもしれない。

四人もの女子に囲まれて、しかもいずれもレベルが高い。

特に白河ことりなどは、後になって聞いたことだが、学園のアイドルとして男子の間の人気ナンバー1であり、ミス風見学園2連覇中という、学園一の美少女ということだ。

いつか後ろから刺されそうな純一の状況だが、もう既にこれは全校公認に近いものらしく、ほとんどの男子は諦めているらしい。

それでも誠一郎のように、この光景を見て涙する者がまだ数人いるとかいないとか・・・。

 

「ねぇ、もういいでしょ? 早く当初の目的地行こうよ」

「榛原もああ言っていることだし、行こうか、久遠寺」

「あ、ああ。でも、いったいどこに行くんだ?」

「何言ってんのよ。お昼休みに行くところって言ったら、ご飯を食べるところに決まってるじゃない。ほら、誠一郎も、さっさと、行くわよ!」

「あぁ・・・純一君、その幸せの10分の1、いや100分の1でもいいから俺にくれぇ〜・・・」

 

気合の入ったゆんを先頭に、薄笑いを浮かべる杉並、誠一郎と引きずった胡桃が続き、最後尾から睦がついていく。

 

 

彼らがやってきたのは、食堂でも購買部でもなく、家庭科教室の前だった。

 

「ここは料理研究部の部室でね、お昼にはランチサービスをやってるのよ」

 

説明しながら胡桃が教室の扉を開ける。

他の皆に続いて睦も中に入ると、中にいた女子の一人と胡桃が話していた。

 

「また活きのいいのを連れてきてくれたみたいね、胡桃」

「当然よ。頼んでおいたスペシャルメニュー、できてるんでしょ?」

「ええ、いつもの席に行ってて。期待してるわよー、君」

 

相手の女子が睦の方を見て手を振っている。

事情はさっぱりわからないが、今の会話から睦は不穏な空気を読み取っていた。

 

「おい、今活きのいいのがどうとか・・・」

「はいはい、睦君、こっちこっち」

 

睦の疑問を余所に、胡桃はずんずん教室の奥へと入っていく。

向かう先には、やけに小柄な女子が鍋に向かって立っていた。

ぱっと見中学生、いや小学生でも通りそうなほど小さいが、着ている制服は高等部のものである。

白い髪のおかっぱ頭の女子は、胡桃が近付くと鍋をかき混ぜる手を止めて振り返った。

 

「あ、胡桃ちゃん、いらっしゃいですー」

「やっほー、仁菜先輩。先輩の料理、いただきにきましたよ。こいつが」

「僕が? というか先輩って・・・?」

「あ、えっと・・・こちらの方は?」

 

初対面の相手にちょっと警戒した感じで仁菜先輩と呼ばれた女子が睦のことを尋ねる。

 

「こいつは久遠寺睦君、今日のいけに・・・おほんっ! 先輩の料理を食べにきた転校生です」

「そ、それは、わざわざ仁菜なんかの料理のために遠路はるばるようこそです・・・!」

「え? いや、その・・・」

「あぁ、すみません、申し送れました。御影仁菜と言います。仁菜とお呼びください。ちっちゃいですけど、三年生です」

「さ、三年って・・・2個も年上!?」

 

本人が言うとおり、本当に小さい。

そのことも大いに問題なのだが、それ以上の問題は、知らない内に睦が彼女の作った料理を食べることになっているらしいということの方だった。

ちらっと仁菜の背後にある鍋を覗き見ると、なんとも言えない料理らしきものがそこには存在していた。

 

(あれは・・・なんだ?)

 

内容物が判別できない。

色が普段接している料理と明らかに違う。

匂いがなんとも表現し難い。

 

「おい胡桃、これはどういうことだ?」

 

鍋の方へ向き直った仁菜に聞こえないように、睦は小声で胡桃を問いただす。

 

「今日転校生が来るって言うから頼んでおいたのよ。私の奢りだから、歓迎会とでも思って」

「いや、おまえ、あれはどう見ても・・・というかさっきから何やら物騒なことを言ってなかったか?」

「気のせい気のせい。ほら、座った座った」

 

ちらっと振り返ると、さりげない動きで部員が何人か前後の扉を固めている。

まるで、追い込んだ獲物を逃がすまいとするかのように。

考えすぎだと思いたいが、絶対にこれはよくない雰囲気である。

だが抵抗することも許されず、睦は指定された席に座らされる。

向かいの席では、誠一郎が天に祈りを捧げている。

ゆんはさらに気合を入れ、杉並は静かに料理が出てくるのを待っており、胡桃はカメラの調整をしている。

どうやら、腹を括るしかないらしい。

 

(ええい、なるようになれ!)

 

曲がりなりにも料理研究部という正式な部でランチサービスまでやっているのだ。

まさか毒を盛られるようなことはあるまい。

 

 

後で聞いた話だが、ここではいつも新しい創作料理に取り組んでおり、それをスペシャルメニューとして限定販売しているらしい。

そしてさらに後に知ったことだが、胡桃は部長との取引により、新料理を試食する役を連れてくることになっているようだ。

 

「・・・・・・」

 

出てきた料理を見て、睦はしばらく固まっていた。

やはり、例の鍋の中身がそのまま出てきた。

ご飯の上にかかっているものはカレーのような雰囲気だが、色はなんとも奇妙なものである。

香りは、悪くないのだが、やはり形容し難い。

 

「今日のは結構自信作なんですよ〜」

 

作った仁菜はにこにこと笑顔を浮かべている。

 

「さあさあ、冷めないうちに召し上がってください」

 

誠一郎は何かを諦めたように、杉並は神妙な顔つきで、ゆんは気合一発、それぞれにスプーンを手にする。

胡桃だけはまだスプーンを手にしておらず、カメラを構えていた。

睦も、覚悟を決めた。

 

「・・・いただきます!」

 

ご飯と謎のカレーを一掬い、口の中に放り込む。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

まず、誠一郎がコップに入った水を一気飲みして、声無き叫びを上げて走り去った。

ゆんはぴくぴくしながらテーブルに突っ伏している。

杉並はスプーンを口に運んだ体勢のまま、椅子ごと後ろへ倒れた。

それらの一部始終を、胡桃は全てカメラに収めていた。

そして睦は・・・・・・。

 

「シェフを呼んでくれ」

 

抑揚のない声でそう呟いた。

 

「は、はいっ。一応、仁菜がシェフ、です・・・」

「すっぱいですね」

「あ、はい。仁菜はすっぱいのが大好きなんですよ! このすっぱい味を口にするとなんとも幸せな気分に・・・」

 

そう言って自分も一口。

 

「うん! やっぱり今日のはいい感じです〜」

 

とろんとした表情をする仁菜。

口元からは少し涎も垂れている。

 

「先輩、涎涎」

「わ、わわっ」

 

慌てて口元を拭って仁菜は照れた笑いを浮かべる。

仁菜のカレーらしき特製料理は、確かにおいしかった。

しかし、およそ考えられる限界まですっぱかった。

旅先で時に常ならぬ食べ物を口にして舌と胃に耐性ができていなければ、睦もその他三人のようになっていたかもしれない。

 

「僕もすっぱいのは嫌いじゃないですけど、これはちょっとすっぱすぎるような・・・」

 

とはいえ、一口目で既に舌は痺れていた。

二口目はまったく味がわからない。

すっぱすぎる以外は、香りも悪くなく、しつこくもなくさっぱりしているので喉越しは良い。

一口目さえ耐え抜けば、とりあえず食べられるものだった。

 

「えへへ、ちょっと仁菜好み過ぎでしたか・・・」

「あ、でもそれ以外はいい感じだと思いますよ。もう少し味を調整すれば」

「はいっ、ありがとうございますです!」

「あーらら、仁菜先輩の睦君への好感度、いきなり高いと見た」

 

睦と仁菜以外で唯一無事な胡桃が茶々を入れながら写真を撮っているのに対し、二人して赤面する。

全て食べ終えた頃、ゆんと杉並がようやく起き上がった。

 

「ま、また負けた・・・悔しいーーー!」

「ふっ、今日も素晴らしい未知を堪能させてもらった」

 

二人の反応に、睦は苦笑するしかなかった。

まともな精神では、これの一口目には耐えられまい。

実際睦も、食べた瞬間は意識が妙なことになっていたような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後――。

授業が終わった途端にいなくなった純一以外の四人、つまり昼休みと同じメンバーと共に睦は教室を出た。

途中、昇降口のところで仁菜とも会う。

 

「あれ、仁菜先輩、料理研究部って放課後は活動しないんですか?」

「あ、いえ。仁菜は買出し係なんですよ。ですからちょっと商店街まで」

「じゃあ、途中まで一緒に行きますか?」

「はいです!」

 

総勢六人になって校舎から出る。

そこで睦は、この町へ来てからずっと疑問に思っていたことを皆に聞いてみた。

 

「なぁ・・・あれは一体なんなんだ?」

 

そう言って指差したのは彼らの頭上。

青く澄み渡った空には、白い雲の他に黒くて大きなものが浮かんでいた。

というより、泳いでいた。

 

「なにって・・・くじらよ」

「くじらだとも」

「くじらだよ」

「くじらね」

「くじらさんですよ」

 

何を当たり前のことを、という声で全員が口々に答える。

どうやら、ここではくじらが空を泳いでいるのは日常茶飯事らしい。

こうまで自信を持って言われると、睦もこれ以上つっこむ理由が見当たらなくなってしまう。

 

「いやしかし、普通くじらは空にいないよな・・・」

「まぁ、外から来たならそう思うのも無理からんかもしれないが、ここではそれが日常だ。興味を惹かれる存在ではあるが、まずは受け入れることだ」

 

世の中には不思議がいっぱいである。

長く旅を続けてきた睦だったが、ここへ来て改めてそう思った。

と、空から地上へ視線を戻すと、またおかしなものが目に留まった。

 

「じゃあ・・・あれもここでは日常なのか?」

 

彼らの視界に入ってきた光景は、校庭のど真ん中に陣取るモンスターの群れだった。

地中から突如として現れたモンスターに、校庭にいた生徒達がしばし唖然とした後、誰かが悲鳴を上げたのを機に皆一斉に逃げ出した。

 

「う〜む・・・これは少々日常とは言い難いな」

「何呑気なこと言ってんのよっ! これは明らかに異常よ!!」

 

叫びながら胡桃はカメラを構えてモンスターの群れの写真を撮っている。

少し前までの平穏な空気は消え、学校中に緊張が走る。

誰が鳴らしたのか、警報の音まで響いていた。

 

「ど、どうしてこんな町中にモンスターが!?」

 

人が多く住む町には、必ずモンスターを寄せ付けない仕掛けがなされている。

モンスター自身も好んで人が大勢いる場所には姿を現さないため、町から出ない限りはモンスターの脅威にさらされるなどということはないのである。

だが現実に今、アリやモグラの化け物のような姿をした地中型モンスターが十数匹、校舎の方を目指して突き進んできていた。

 

「わわっ、こ、こっちに来ますよ!?」

「逃げないと!」

 

睦がそう叫んでも、誰一人その場を動こうとしない。

それどころか、睦と仁菜以外は誰も慌てていないどころか、余裕の表情を浮かべている。

 

「ちょうどいいねぇ、最近暴れ足り無かったところなんだ」

 

拳を握って指をぱきぱき鳴らしているのは誠一郎だった。

その表情には余裕どころか、楽しそうな笑みが浮かんでいる。

モグラ型が一匹目前に迫る。

 

「おらよっ!!」

 

バキィッ!

 

飛び掛ってきたモグラを誠一郎がカウンターで殴り飛ばし、胡桃が絶妙なタイミングでその瞬間にシャッターを切る。

 

「おらおらモンスターども! この金井誠一郎とやりあおうって男気にある奴はいねぇかっ!?」

 

誠一郎の啖呵に一瞬モンスター達が怯むが、すぐに敵意をむき出しにして襲い掛かってくる。

その群れに向かって、誠一郎は楽しそうに突っ込んで行った。

先頭のモグラに跳び蹴りを喰らわせ、その勢いで群れの中心に飛び込む。

着地した時目の前にいたアリ型の巨大な牙を両手で掴み、喉の部分に膝蹴りを入れて牙を叩きおる。

両手に持った牙を武器に、左右から向かってくるアリの攻撃を防ぐ。

なんとも荒々しい喧嘩戦法だが、まるでモンスターを寄せ付けない強さであった。

 

「さて、金井にばかりいい格好をさせるわけにもいかない。ここはこの杉並も参戦させてもらおうか」

「ゆんも行くー! 久々に腕が鳴るわね」

 

混戦の中へ、杉並とゆんも向かっていった。

杉並の動きは誠一郎のものとは正反対に、静かで洗練されていた。

流れるように群れの間をすり抜け、その間全ての敵に対して確実に攻撃を仕掛けている。

ゆんの方はトリッキーな動きで相手の視界を惑わせ、相手の死角から的確に急所をついていた。

それなりにレベルが高いはずのモンスター十匹以上を相手に、三人の戦力は圧倒的であった。

とても学生とは思えない。

 

「あいつら、いったい・・・?」

「あの三人は、普段はどうしようもないバカだけどね、戦いに関しては超一流なのよ」

 

戦いの様子をカメラで撮っている胡桃が睦の疑問に対して答える。

 

「うちの学校には選択性で戦闘教科があるけど、それの教師達だって、あの三人には敵わないわ。普段があれだけにちょっと悔しいけど、戦ってる時は格好いいのよね、あいつら」

「・・・・・・」

 

呆然と話を聞きながら目の前の光景に見入る。

久遠寺一団にも相当の腕利きが何人もいるが、果たして彼らにもこれほどの実力があるかどうか。

その強さに思わず見とれていたため、自分自身に迫る脅威に気付くのが遅れた。

 

「久遠寺さんっ、危ない!」

「えっ?」

 

足元の地面が割れ、アリ型のモンスターが襲い掛かってくる。

気付くの遅れたため、回避も防御も間に合わない。

睦は思わず目を瞑る。

体が浮き上がるのを感じるが、不思議と予想された衝撃はなかった。

 

「・・・?」

 

目を開けると、下の方の地面でアリがその牙をがちがち鳴らしていた。

妙に視線が高く、しかも足下には何もない。

 

「久遠寺さん、大丈夫ですか?」

「仁菜先輩?」

 

頭上からの声に顔を上げると、仁菜が睦の服を掴んで浮かんでいた。

 

「えっ、飛んでる?」

「はいです。飛ぶ・・・というより、浮かぶ程度なんですけど、これが仁菜の特技なんです!」

「そ、そんな特技が・・・」

 

今日は驚かされてばかりだと睦は思った。

下に目を向けると、一度は離れたはずのアリの姿が段々と近付いてくる。

いや、睦達の高度が下がっているのだ。

改めて上を見ると、仁菜は自分一人分の浮力で手一杯なのか、必死な表情で睦を引き上げようとしている。

それでも重いのか、高度はどんどん下がっていく。

 

「仁菜先輩、もう大丈夫だから手を離していいよ」

「え? で、でも・・・」

「大丈夫。あいつらほどじゃないけど、僕だって少しは腕に覚えがあるんだ。一匹くらいどうってことないし、僕にも格好をつけさせてよ」

「は、はいです。がんばってくださいー!」

 

パッと仁菜が手を離すと同時に、睦は空中で体勢と整えて眼下の標的に狙いを定める。

落ちてきた獲物に対して牙を向けるアリの攻撃をかわし、着地すると同時に懐から扇を取り出す。

本来は商売道具なのだが、有事に備えて武器としても使えるように改良したものである。

 

「ハッ!」

 

ズバッ!

 

扇を一閃すると、アリの胴体が真っ二つになる。

一対一ならば、大して手強い相手でもない。

睦が扇を畳んだ時には、既に群れの方は全て片付いていた。

突然の出来事には驚いたが、どうやら事なきを得たようだ。

 

「ふぅ・・・仁菜先輩、さっきはありがとう・・・って、わっ」

 

見上げると、そこには縞々パンツがあった。

 

「はわぁ〜!」

「な、何やってるんですか・・・仁菜先輩?」

 

見てはいけないと思いつつ、どうしても目前のパンツに向かって睦は話しかけてしまう。

その睦の目が張り手によって塞がれる。

胡桃の手であった。

 

「仁菜先輩は自分の空飛ぶ能力を上手くコントロールできないのよ。それであんな風になるわけ」

「ば、バランスが〜・・・久遠寺さん〜、助けてください〜」

「え、えーと・・・とりあえず手を・・・」

 

その後少々梃子摺りながら、なんとか仁菜を地面に降ろすことに成功する。

ひらひらとスカートがまくれてその中身が見えそうになるのから必死に目を背けながらの救出劇は、ある意味モンスターとの戦闘よりも気疲れした。

 

「本当に、ありがとうです・・・」

「いや、先に助けてもらったのは僕の方だし」

 

その後教師や警察がやってきて、生徒は一先ず全員下校するよう言い渡された。

現場にいた睦達はある程度事情聴取を受けたが、わりとすぐに解放され、それぞれ帰途についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全校生徒が下校した後、二人の生徒が校門を出て少し行った先のビルの上にいた。

一人は男子の制服を着ているが、ピエロの仮面と帽子を着けているため、顔はわからない。

もう一人は女子の制服を着ており、こちらは頭をすっぽり覆い隠すフードをかぶっているためやはり顔はわからない。

 

「いくつ感じた?」

「3つ」

「ほう、俺は4つだったな。といっても、1つは本当に、ただ見ているだけ、という感じだったが」

 

冷たさを含んだ声は、とても普通の学生のものとは思えない。

 

「あの場で戦っていた者以外に、あの状況に対処しようとした者の視線が4つ。愚鈍な教師どもが異常事態に即座に対応できるはずもないから、間違いなくそれらは生徒の中の誰かだろう。目星はつくが・・・」

「確証はない」

「そうだな。だが、我々が探している適応者は強い力を持っていることが条件の一つだ。あの場にいた者達と視線の主達がそうである可能性は高い」

「・・・・・・」

「もうしばらくは様子見だな。くれぐれも正体を悟られないように注意しろよ、ファントム」

「あなたこそ、ジョーカー」

 

数秒後、その場には誰もいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りは行きの半分ほどの時間で睦は宿泊所に帰り付くことができた。

宿泊所の入り口では、春香がその帰りを待っていた。

 

「お兄ちゃん、おかえりー」

 

疲れて帰ってきても、妹の笑顔を見ることで睦は癒される。

 

「結構遅かったね?」

「ん、ああ。ちょっと友達になった連中と一緒にトラブルに巻き込まれてな」

「友達って・・・女の子ですか?」

「な、何言ってるんだよ。男もいたって」

「男の子“も”ってことは、女の子“も”いたってことだよねー」

 

笑顔で出迎えた春香の顔がぷくーっと膨れる。

本人は怒っているつもりなのかもしれないが、その表情はむしろ可愛い。

 

「まぁ、そうだけど・・・」

「ふーん、へー、友達なんてそう簡単にはできないとか言ってたくせに、いきなり女の子のお友達を作るなんて・・・」

「いや、そうは言うものの、ちょっと変な連中で・・・」

「ううぅー、転校初日からやりますね。やりますね! やりますね! おめでたいですね!!」

「怒鳴らなくても・・・めでたくもないし」

 

お兄ちゃん子の春香は焼きもちを焼いているようだ。

同い年だというのに、自分の方にこそ浮いた話くらいないものかと睦は妹の先行きに不安を覚える。

 

「おまえもいつまでも僕にべったりしてないで、男友達の一人くらい作ってこいよ」

「は、春香は、お兄ちゃん以外の男の人になんか・・・」

 

途中で春香が言いよどむ。

妙な間が空くが、すぐに「興味ないもん!」と言い放つ。

 

「はいはい」

「ううぅー、ほんとだよ」

「わかったよ」

 

春香の頭を撫でながら、睦は宿泊所の中へ入っていく。

 

 

 

建物の中へ入っていく兄の背中を見送りながら、春香は自分の心へ問いかけていた。

何故さっき「男の人」の件で昼間会った男のことを思い浮かべてしまったのか、と。

春香が何を置いても好きなのは、兄の睦のことだけである。

それ以外の男のことなど、考えたこともなかったというのに。

 

「・・・・・・」

 

しかも、その事を睦に黙っている。

兄に隠し事をしたのは、はじめてかもしれない。

 

「おーい、春香。何やってるんだ?」

「う、ううん、何でもないですよー」

 

微かな後ろめたさを抱きながら、それでも大好きな兄のあとを追って、春香は宿泊所の中へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

あとがき

 第2話は第1話のつづきで、メインキャラ達のもう少し詳しい位置付けをする前半部、そしてこの作品がバトルものであることを示す後半のバトルパートから成り立っております。当面はこれらのメンバーによって、ほのぼの学園パートと、その裏で起こるバトルパートが展開されていくことになるのです。
 さて次回では、前作を知っている人にはとても馴染みのある“あの人”の登場となります。