デモンバスターズZERO
第1話 ウェレスの町
何処とも知れぬ、何処か――。
天窓から差し込む僅かな明かりのみに照らされた、暗い石造りの広場に9人の人間が集まっていた。
そこへ、いつの間にか10人目の気配が生まれる。
幽霊の如き風貌の10人目は、音も無く広間の中央に現れ、何事かを壁際に散らばっている9人へと告げ、掲げた水晶玉にある映像を映し出していた。
水晶玉には、街道を走る5台の車が映し出されている。
「久遠寺一団とか言ったか? たかが行商人どもに何の重要性があるってんだ?」
9人の内の1人、柄の悪い男が前に進み出る。
一見すると騎士風だが、髪は乱雑に伸びており、鎧には返り血がこびり付いている。
「確かに、差し当たって重要視する必要性は私も感じませんね」
続いて声を上げたのは、眼鏡をかけた牧師姿をした長身の男であった。
粗野な最初の男とは正反対に、静かで知的な雰囲気を醸し出している。
他の者が誰も発言しないのを確認して、眼鏡の男がさらに続ける。
「とはいえ、今が大事な時期という上の考えもわかります。彼らが計画の邪魔になるかどうかを見極めておく必要はあるでしょう。それに場合によっては、彼らの中に適応者がいる可能性もある」
「じゃあ手っ取り早く俺様が行って確かめてきてやるよ」
「それは早計です。あなたが出て行っては事を荒立て過ぎる」
「ちっ」
諌められた騎士の男は渋々下がって、それ以来口を閉ざす。
「異論が無ければ、この件はあの学園の調査も含めて、ファントムとジョーカーに任せたいと思います。二人はそれで構いませんね?」
「了解」
「承知した。任せておきたまえ」
呼ばれた二人が返事をし、他三人が無言で頷く。
ただ一人だけが、少し不満そうな表情で口を挟む。
姿は影になって見えないが、声はまだ若い少女のものである。
「この件はそれで構いません。ですけどどうして、学園の調査を私に任せてもらえないのですか?」
「あなたの言い分はわかりますが、潜伏任務ならばファントムとジョーカーが適任です。それはあなた自身もお分かりでしょう」
それ以上の反論は無駄と思ったか、納得はしていない様子で少女は渋々口をつぐむ。
続いて、残る二人が今度は牧師の男に問いかけた。
「事を荒立てなければいいんだな?」
「事を荒立てなければよろしいのですね?」
牧師の男が声を発した二人の方へ視線を向ける。
一瞬その目に剣呑な色が浮かぶが、すぐにそれは消えた。
「あなた方を束縛できるとは思っていないが・・・できることならしばらくは動かないでもらいたいものです」
彼には二人の考えが読めていた。
偶然を装って対象と接触し“不慮の事故”でもって荒事を起こすのが、性格も性質もまるで違う二人の共通点であることを熟知しているのだ。
だが、それを強制的に止める術はない。
その二人が、この場にいる9人の中で最強であるからだった。
「大事の前です。くれぐれも各人、特にウェレスの町にいる間は自重するよう願います」
返事は無い。
これ以上念を押したところで、何かが起こる時は起こる。
ならば、その時はその時・・・。
「そういうことでよろしいですかな、黒賢者殿?」
一応はまとまった案件を、広間の中央に座す幽霊の如き男に確認する。
その男は静かに頷き、闇の奥から響いてくるかのような声で周囲の者達に語りかける。
「主よりの言葉だ・・・“期待している、諸君ら、デモンバスターズに”」
「おい、起きろグータラ」
「なんだ、バカ」
ウェレスの町で唯一の学校、風見学園高等部一年の教室――。
ホームルームが始まるまで、ひと時の安眠を妨害された朝倉純一は、あからさまに不機嫌な顔で妨害者を見上げる。
見上げて後悔する――狸寝入りをしていればよかった、と。
そこにいる悪友、杉並亮が浮かべている微笑は、明らかに何かよからぬことを企んでいる時の表情だった。
こういう時に関わるとろくな目に合わない。
「聞いて驚け朝倉、最新情報だ」
「お、なんだなんだ?」
言いながら机ごと近付いてきたのは、純一と同じように机に突っ伏して寝ていたはずの、隣の席の金井誠一郎だった。
授業中、教師に当てられても熟睡を続ける男が、おもしろそうと思ったものにはどこからでも食いついてくる。
「うるさいバカ2号、寝てろ」
純一は近付いてきた誠一郎の頭を掴んで机に押し付ける。
くぐもった声を上げて誠一郎は動きを止めた。
今すぐ消えないとおまえも同じようにするぞ、と眼前のバカ1号に目で語りかけるが、それを理解した上で杉並は純一の視線を黙殺する。
そこへ、さらにもう一人加わる。
「おーっと待ちなさい杉並君。その情報、最初に仕入れたのはこの私よ!」
やってきたのは古い型のカメラを持った女子、榛原胡桃であった。
「確かに、第一報を受けたのは榛原からだ。しかーし、その後の詳細なデータを入手したのはこの俺だ」
「ええ、そうね。あらゆる情報を迅速に」
「かつ正確に」
「皆様へお届けする。それが私達・・・」
「「非公式新聞部の使命!!」」
最後はぴったりハモって決める。
ポーズまでとっていた。
どうでもよかった、純一にとっては。
「寝ていいか、おい?」
「お、なになに?」
そこへ、さらにもう一人うるさいのが現れた。
胡桃の親友で、咲倉ゆん。
杉並をバカ1号、誠一郎をバカ2号とするなら、バカ3号或いは女バカ1号と名付けるべき存在である。
このうるさい面子が尽く同じクラスにいることに、純一は軽い目眩すら覚えた。
「おはよっす、朝倉君」
どこか遠くの世界を旅立とうとしていた純一の意識を、明るい声が引き戻す。
騒々しい悪魔達に囲まれた純一にとってそれは天使の呼び声にさえ聞こえた。
「よう、おはよ、ことり」
白河ことり。
学園のアイドルと称される美少女である。
その笑顔を見ていると、バカ軍団に囲まれてささくれ立った純一の心は癒される。
一方のことりは、純一の状況を見ながら目で語りかけてきた。
――災難だね
それに対して純一は、同じく目で返事をする。
――そう思うなら助けてくれ
――ごめん、私には無理っぽいっす
――薄情者・・・
同情されただけで、救いの手は差し伸べられなかった。
「聞いて驚け、その新情報とは・・・!」
純一の心情を余所に、杉並達の話は進行していた。
「本日、転校生がやってくるのだ!」
「なにっ、麗しの美男子か!?」
「当然、キュートな美少女よね!?」
最初に声を上げたのが誠一郎で、次がゆんである。
最初が誠一郎で、次がゆん。
「・・・・・・おまえら、その反応は普通逆じゃないのか?」
驚きの情報とやらを聞いてやたらハイテンションになっている二人に対して、純一は冷静につっこみを入れる。
順当に行けば、男子が美少女を、女子が美男子を期待しそうなものなのだが、この二人の場合はそれが逆であった。
「このネタは、絶対どこよりも早く取材しなくちゃならないわっ」
胡桃は何故か燃えている。
「たかが転校生一人で何を大袈裟な・・・」
「ふっ、甘いな朝倉。高校に進学して最初の学期、そしてもう間もなく夏休みに突入しようかというこんな時期にやってくる謎の転校生・・・まさしく、未知だ!」
「あー、はいはい・・・」
「絶対に美男子だ!」
「美少女に間違いないと、ゆんゆんセンサーが告げているわ!」
「はいはい・・・」
騒ぐならどこか別の場所でやってほしい。
純一の机の周りよりもずっと相応しい場所がいくらでもあるであろうに。
終わりそうにない騒ぎから目を背けて廊下の方を見ていると、通りかかった女生徒と目があった。
にこりと笑って会釈する相手に、ひらひらと手を振って応える。
隣のクラスの胡ノ宮環である。
(そういえばあいつも転校生だったんだよな。その時もこいつらは大分騒いでいたような気がする・・・)
転校生が美少女だったことで、ゆんが誠一郎に対してとても勝ち誇った顔をしていたのを思い出す。
果たして今回は、誠一郎のリベンジなるか・・・。
実にくだらない、と純一は思う。
「はぁ・・・かったりぃ」
まだ騒ぎが収まらない。
今度は窓の外を見て現実から逃避する。
そうしながら、この春から離れた土地へ行くことになった妹のことを思う。
(音夢の奴、元気にやってるかね?)
グータラな兄である自分と違う、音夢はしっかり者である。
きっとここに残っている純一よりも遥かにちゃんとやっているであろう。
妹のことを思って少し気が紛れたところで、ふと視線を下げる。
「バナナーーー!!!」
「・・・・・・」
下げたことを後悔する。
校門の向こうから、何のつもりか知れないがバナナを両手に抱えて爆走してくる中等部三年の後輩、天枷美春の姿があった。
大方、遅刻寸前なのとバナナを食べたいのとがごっちゃになって暴走しているのであろう。
珍しいことではない。
そして校門のところでは、律儀にその美春を待っている彼女の友人、月城アリスが立っていた。
視線に気付いたのか、純一の方を見て会釈している。
こちらにもひらひらと手を振って応えておく。
やがて校門に激突して停止した美春を連れて、アリスは中等部の校舎へと入っていった。
「かったりぃ・・・・・・」
どうして自分の周囲にはこう騒がしいのばかりが集まるのか。
ホームルーム開始のチャイムを聞きながら、純一はこの世の不条理を嘆いた。
「・・・やっとついた・・・」
目当ての場所を発見して、久遠寺睦はほっとした。
どうやら時間には間に合ったようである。
前日に転入の手続きのために訪れ、一度校内を見て回ったものの、睦は極度の方向音痴なのだ。
「やっぱり宿泊所を3時間前に出て正解だった」
ちなみに、最短距離を取れば宿泊所から学園まで30分そこそこである。
さらに、本当は先に職員室に顔を出すはずが、辿り着いた場所は教室の前であった。
しかし学園には無事着いたのだからよしとしようと睦は思った。
どうせ最終的にはこの教室へやってくるのだ。
「さて・・・」
ここで教師が来るのを待っていようと思ったその時、教室の後ろの扉と廊下側の窓が同時に開かれた。
何事かと思う間もなく、まず扉から一人目が現れる。
「転校生とファーストコンタクト激写ーっ!」
カシャッ
横っ飛びに教室から飛び出したロングヘアーに眼鏡の女生徒が廊下を滑りながら睦の姿を手にしたカメラで撮る。
呆気に取られる睦の眼前に、髪を金髪に染めた軽薄そうな男子が駆け寄る。
「おー、まさしく理想の美男子! この俺と友情を結ぶために遠路はるばるよくやってきてくれたね」
「は?」
「ふっ、実にミステリーな匂いがぷんぷんするな。ようこそ謎の転校生」
「なっ?」
前から迫る金髪男子に続いて、気障な笑みを浮かべる男子がいつの間にか背後に回っていた。
さらに、教室の窓枠に立っている金髪ツインテールの女子が高らかに声を上げる。
「美少女ちゃんじゃなかったのは残念だったけど、よく来たわね転校生君。けど、このゆんゆんを倒さない限り、ただでこの教室に入れると思わないことね!」
「あー・・・?」
もう何に驚いてどうつっこめばいいのかもわからなくなった睦が呆然としていると、教室の扉からまた一人別の男子が出てくる。
出てくる際にまずツインテール女子の足をはらって窓枠から落とし、カメラの女子を教室内に押し戻し、金髪男を廊下に向こうへ蹴り飛ばし、気障男を窓から外へ放り出した。
「・・・って、ここは3階だぞ!?」
一連の行動の最後になって、ようやく睦はつっこむことができた。
「気にするな、あいつは屋上から落ちたって死にはしない」
「そ、そうなのか・・・?」
「とりあえず、今起こったことは白昼夢とでも思っておいた方がいい。最も、このクラスに転入する以上、今後いくらでも見ることになるかもしれないものだが・・・」
「そうなのか・・・」
突然のバカ騒ぎには驚かされたが、どうやらこの男子はまともらしい。
「まぁ、その時はまた助けてくれ」
「断る。次は自分でなんとかしてくれ」
「薄情だな、右も左もわからない転校生に向かって」
そうは言いながら、次も同じ騒ぎが起こった時、その場にこの男子もいるであろうことを既に睦は見抜いていた。
あちこちを渡り歩いて数多くの出会いを経験してきた睦は、人の性質を見抜く洞察眼はそれなりに持っているつもりだった。
目の前の男子は、面倒そうなことを言っていながら、結局今の騒がしい面子に巻き込まれてしまうタイプのように思えた。
「じゃあな転校生。一応、後で教室でな」
そう言ってすぐ目の前の教室に入っていった。
それからすぐ、教師が先ほどの金髪男子を引きずりながらやってきた。
「おー、転校生、こっちに来てたのか。ほれ、入った入った」
細かいことを気にしない性格の教師らしく、職員室へ来なかったことにはまったく言及せずに教室の扉を開ける。
「おーい、朝倉。金井取りに来い」
「はいはい」
かったるそうな声を教師の呼びかけに応えたのは、先ほどの男子だった。
睦が教室に入ると、朝倉と呼ばれた男子が金髪男、金井を引きずって後ろの方の座席を戻っていくのが見えた。
足を持って引きずっているので、金井の頭や手が机や椅子の足に当たっていたが、誰もまったく気にしていなかった。
「ほれ転校生、こっちだこっち」
呼ばれて教壇の横に立つ。
さっと教室内を見渡すと、いくつか目を引く顔があった。
まず窓枠から出てきたツインテールの女子、にこにこしながら手を振っている。
それから、一際浮いている美少女が一人。
そしてぎょっとしたのが、窓から放り出されたはずの気障男がいつの間にか席に戻っていることだった。
後ろの方にカメラの女子がいて、さらにその後ろ最後尾、外の窓から空席一つ挟んで朝倉がいて、そしてその隣の席に金井が置かれていた。
「よし、まずは自己紹介してもらおうか」
「あ、はい。久遠寺睦です、よろしくお願いします」
簡潔な挨拶をもって、睦はこのクラスへの転入を果たした。
ウェレスの町の中央市街地から少しはずれた辺り、そこに久遠寺一団の宿泊所があった。
久遠寺一団は、キャラバンのようなもので、特にモンスターが多く生息する地域を移動する際の護衛役などを買って出る一団である。
柄の悪い言い方をすれば傭兵のようなものだが、あくまで町から町へと移動しながら生活している旅の一団だった。
護衛の仕事だけでなく、自分達も行商などを行って生計を立てている。
他に、大道芸などもしていた。
そんな一団は、今回このウェレスの町には少し長く滞在することになるようだった。
補給のついでに、少し休暇のつもりらしい。
そういうわけで、兄の睦が学校へ行った後、春香は暇だった。
学校へ行かない春香は、普段は色々皆の手伝いをするのだが、今はそれもない。
「お兄ちゃん、まだかなぁ・・・?」
宿泊所の周りをうろうろしながら、一時間おきくらいにそんなことを言っている。
まだ正午すらまわっていない。
同じ年頃の女の子ならば、暇を紛らわせるのに町へ行ったりするのだろうが、春香は町へ行くのが怖い。
町というより、人が大勢いる場所が怖いのだ。
だから学校にも行けず、仕事をしていないとこうして暇を持て余してしまう。
「うー・・・」
唸りながら視線を巡らせていると、海が目に入った。
ウェレスの町はそれほど大きくはないが、海に面している。
少し興味を惹かれて、春香は海岸へ向かって歩き出した。
砂浜の方は遊泳地がありそうだったので、人のいなそうな岩場の方を目指す。
目当ての場所に到着すると、思ったとおり誰もいない。
潮の香りをいっぱいに吸い込むと、少し気が晴れた。
「・・・・・・」
波の音だけが響く。
他には何の音もなく、何の気配もない。
不思議と、人間以外の生き物の気配も希薄な場所だった。
すぐ近くには町があり、少し離れた砂浜には人がいるというのに。
まるでここだけ世界から切り離されたような空間である。
春香は目を閉じて、その静寂に身を委ねる。
そうしていると、自分の存在すらもとても希薄なものに感じられてくる。
そこにあるのは、波の音だけ――。
どれくらいそうしていたのか。
時間の概念すら消えそうな状態で、ふと何かの勘が働いた春香は目を明けて振り返る。
少し離れたところに、一人の男が立っていた。
「こんなところに先客がいるとは、珍しいな」
「・・・・・・え?」
最初春香は、その男を風景の一部のようにしか感じられなかった。
その男は、何の気配も無しにその場にいた。
声をかけられてはじめて、それが人であることに気付く。
それと同時に、静寂が消えた。
空を飛ぶ海鳥の声、岩の狭間に息づく小さな命の気配、遠くから聞こえてくる町の喧騒。
現実感が戻る。
突然の変化に驚いて、春香は岩の上で足を滑らせた。
「きゃっ・・・」
だが、転ぶことはなかった。
思わず閉じた目を開くと、男の手が春香の手を握って、転びそうになるのを支えていた。
しばし唖然とする春香。
数秒間停止していた思考が戻ると、春香は即座に自分の状況を認識して、改めてパニックになる。
「わっ、し、す、しゅみましぇんっ!」
呂律が回っていない声で謝りながら慌てて体勢を立て直し、握られていた手を振り解いて3メートル後方に飛び下がってお辞儀を繰り返す。
「あのっ、えっと、その、あ、あり、あり・・・アリバイ工作っ!!」
意味不明の言葉が飛び出す。
「あ、ありがとうございますですっ! 危にゃいところを・・・」
「いや、気にするな」
普通でない慌てぶりを見せる春香に対して、男の方は至って冷静だった。
そのお陰で、春香は少しだけ落ち着くことができた。
それでも、他人と接していることに対する警戒心は消えないが。
「・・・・・・」
落ち着いたところで、男のことを改めて見ると、珍しい出で立ちをしていた。
着物に袴、腰には刀という侍のような姿。
長い髪を結い上げているのでますますそれっぽい。
久遠寺一団では、春香達の母親が常に着物姿であり、兄の睦もある事情からよく着物を着るため見慣れているが、今どきではあまり普段着にはしない格好である。
刀まで差しているところを見ると、本当に古い侍の家系なのかもしれない。
それに、先ほど春香が足を滑らせた時、男との距離は10メートル近くあったにも関わらず、音もなく一瞬で近付いて春香を助けたことからも、そうとう腕が立つこともわかる。
「おもしろいものを持っているな」
「へ?」
男の視線は、春香が背負っている物に向けられている。
それは、春香が外出する際に常に持っている、長さ1メートル強の袋包みだった。
「これは、その・・・おもしろいって、あなただって・・・っ」
言いかけてしまったと思い口をつぐむ。
あなただって同じものを持っている――そう言いかけて慌てて止めたが、相手には何を言いかけたかわかったようで、表情の乏しかった男の顔に僅かに笑みが浮かぶ。
春香はますます警戒した表情で男の顔を見る。
歳は二十歳を少し過ぎた頃か・・・わりと端整な顔の造りをしている。
そう、春香が持っているものと、男が持っているものは、同じだった。
同じものと知って、男はおもしろいものと言ってきたのだ。
だからどうしたというわけではないが、春香はひどく危険な予感に駆られて、この場を離れたくなった。
「あの・・・さっきは本当にありがとうございました。わたし、これで失礼します」
素早く会釈して、返事も待たずに足早に岩場を抜ける。
すると男も同じように岩場を抜けて、春香と同時に道路へと出た。
「なっ、なんでついてくるんですか!?」
「あそこからの帰り道が他にあるか?」
「あ・・・ぅ・・・」
正論を返されて、春香は真っ赤になって俯いてしまう。
「おまえ」
「ひゃ、ひゃい!?」
「さっきは、俺が声をかけるより早くこっちを見たな」
「え?」
「気配は完全に消していたつもりなんだがな」
「えっと・・・・・・」
答えに詰まる。
気配を感じたかと言えば、それはノーだ。
あの時、周囲には何の気配も存在してはいなかった。
この男も最初視界に映った時は、風景の一部としか思えなかった。
ならば何故あの時振り返ったのかと問われれば、なんとなく、としか答えられない。
「・・・まぁいい。じゃあな」
答えに詰まっている春香に背を向けて、男は歩き出す。
だが数歩進んで立ち止まり、肩越しに振り返る。
「せっかくだから名乗っておこうか。柳京介だ、おまえは?」
「えっ・・・春香・・・夢前、春香です・・・」
名乗られたのに釣られて、春香も名乗り返してしまう。
しかも何故か、久遠寺家の養子になる前の、たった1年弱しか名乗っていなかった旧姓の方で答えていた。
「夢前春香か。縁があればまた会おうか」
そう言って今度こそ柳京介は、春香の前から立ち去った。
立ち去っていく背中を見ながら春香は、もう会いたくないという気持ちと、また会ってみたいという気持ちとが心の中で錯綜していた。
そして、春香の直感は、また会うことになると告げていた。
つづく
あとがき
第1話のテーマは、総登場。
いきなりですが、この回で主役級・準主役級の8割が登場しております。台詞すらなかったり、台詞があっても正体が知れなかったりするキャラも多いですが、とにかくこのSSで活躍するほとんどの面子が出揃っているのです。といっても、それぞれの位置付けはまだ謎な状態で、徐々にそれが明かされていくことになります。そしてわかる人にはわかるでしょうが、メインとなる面子は「ダ・カーポ」と「くじら」からの登場です。わからない人は、特に気にせず、こんなキャラなのかー、と読み取ってくださいな。原作とは微妙に違う、平安京アレンジされたキャラ達ですし。見た目が気になる人は、サーカスの公式HPに行けば絵は見れますよ。「ダ・カーポ」の方は広くメディア展開しているので知っている人も多いでしょう。「くじら」の方は最近の作品だから、どうなのでしょ? 個人的には最近のお気に入りです。名作かと問われると、そこは最近の名作「Fate」や「CLANNAD」に比べると一歩譲るのですが、私は好きなのです。これらの作品にあるサーカスらしさが好きなのかもしれませんね・・・それで今回はサーカス作品限定で題材にしております。
まったくの余談になるが、上に記したものの他に最近はまった美少女系ゲームはPS2の「Ever17」「アカイイト」「水月~迷心」など。特に声入り「水月」は・・・・・・大体はまり役だったけど、一番ぴったりだったと思ったのはアリス。あの毒舌トークが最高。移植ものは「Kanon」も「AIR」も結局PS2では一人もクリアしなかったのだけれど、「SNOW」と「水月」は珍しくフルコンプして「ダ・カーポ」も追加キャラは全員クリアした。「SNOW」の声はPS2版の方がPC版のフルボイスバージョンよりも合ってた・・・「ダ・カーポ」のキャスティングは不思議とPS版でもPC版でもどっちでもいける。でも、あえてどっちかと問われたらPC版かも・・・追加キャラも含めて。
ここで上げた全ての作品が登場作品候補だったのだが、スパロボじゃあるまいし、多すぎても御しきれないのでサーカスブランドものに限定した。スパロボと言えばMXはそれなりにおもしろかったのだけど結局クリアしなかった なぁ。で、今度の第3次αはさすがに登場作品多すぎ・・・やるけど。いったい、まったく使わない作品がいくつあるだろう・・・・・・でも、強制出撃イベントがうっとーしー(笑 )