デモンバスターズZERO

 

 

第0話 新たな灯火

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

崩壊の只中にあった。

地の底から天を衝くかの如く伸びた巨大な塔は、それ自体が存在する空間とともに、今まさにその姿を消そうとしている。

雷鳴のような轟音が鳴り響き、閃光とともに空間に亀裂が入る。

それと同時に塔の外壁も破壊される。

どれほど強大な物理的衝撃をもってしても破壊することは不可能と言われた塔の外壁も、その機能を失えば崩壊の運命から逃れることはできない。

そこは「終」の地だった。

もはや僅かな命すら存在しないように思われた。

だが、そこにはまだ、力強い命の炎が二つあった。

 

 

崩れ行く塔の中心部に位置する大広間。

そこで退治する二つの存在は、荘厳な雰囲気をすらまとっていた。

全てが「終」へと向かう空間の中にあって、その二つは尚強く、激しく命の炎を燃やしている。

銀光を放つ大太刀をたずさえた魔人と、見事な角を持った魔神。

魔人のまとう着物も、その全身もぼろぼろに傷付いていたが、真紅の眼はまったくその輝きを衰えさせることなく目の前の敵を見据えている。

魔神の角は片方が既に折れており、全身には無数の刀傷がついていたが、高まる魔力は留まることを知らなかった。

渦巻く二人の闘気と魔力が、まるで結界のようにその場の崩壊だけを押し留めている。

とはいえ、それも既に限界であった。

どれほど二人の意志が強かろうと、崩壊を止めることはできない。

だから魔人は刀を構える。

だから魔神は拳を上げる。

 

「どうやら、そろそろ幕引きらしいな」

「ああ。名残惜しいが、次で決めるか」

 

闘気と魔力がさらに高まった。

それはまさしく極限――崩壊のものとは別の力によって、空間と塔が激震する。

限界を超えて、力が引き絞られる。

 

カッ! ドゴォーーーンッ!!!

 

一際激しい閃光が走り、続いて最大の雷鳴が鳴り響いた。

それを合図として、引き絞られた力が解放される。

 

ウォオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!!!

 

二つの咆哮が重なりあう。

二つの力がぶつかりあう。

 

パキィンッ!

 

力の震源地から、銀色に輝くものが弾け飛んだ。

魔人の刀が、衝突エネルギーに耐え切れずに根元から折れ飛んだのだ。

だが、刀身という器を失って尚、魔人の剣気は形ある刃となって魔神を斬った。

同時に、魔神の拳から伸びた闘気も、魔人の体を打ち貫いた。

そして、力の解放と同時に、最後の崩壊は一気に訪れた。

魔人と魔神の姿も崩壊に飲まれ、消えていく。

 

 

最後に、折れた刀だけがそこに残った。

その刀も、空間の消滅とともに次元の狭間へと落ちて行った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから――地上では数百年が経っていた。

戦で荒れ、捨てられた村の外れに、小さな次元の亀裂が入り、そこから折れた刀が滑り落ち、大地に突き刺さった。

失われた魔人の刀は、時間と空間を超えて地上へと還って来たのだ。

 

 

しばらくして、そこへ一人の男がやってきた。

戦の後で、壊れた武器などいくらでも落ちていたが、男は迷うことなく、その刀のもとへと歩み寄る。

 

「ほう・・・」

 

男は鍛冶屋であった。

その男は一目見て、それが尋常な刀でないことを見抜いた。

だが同時に、ひどく落胆した表情を見せる。

 

「惜しい・・・これほど見事な刀身だと言うのに、この刀の魂はもうここにはない。主のもとに残ったのか。折れて、捨てられて、それでも尚付き従うほど刀が惚れ込んだその使い手も、只者ではないな」

 

慎重な手付きで、男は刀を地面から抜く。

武器としてはもはや亡骸に等しかったが、それでも尚その刀は、死蔵するには惜しいと思わせるほどの輝きを放っていた。

 

「代わりの魂があれば、こいつは生き返るな・・・ここらで大きな戦があったなら、使えそうな魂があるかもしれないが・・・」

 

生半可な魂では、この器に相応しくない。

最高の器に入るのは、それに負けない最高の輝きを放つ魂でなければならない。

そしてそれは、そう都合よくそこらを漂っているものではなかった。

そう思った時、男はかすかな気配を感じた。

一度感じ取れば、それがとても強い気配であることがわかる。

元々霊魂の類は気配などほとんど持たない。

だがその魂は、確かな存在感をもってそこに漂っていた。

 

「ここか・・・」

 

気配を辿って、男は村の道を進んでいった。

そして、打ち捨てられた多くの亡骸の内の一つの前で立ち止まる。

少女の亡骸であった。

15歳前後であろうか。

薄桃色の髪は短く切り揃えられ、顔の両側部分だけが少し長い。

傷は肩から胸にかけて大きなものがあるだけで、それ以外はまだ死後それほど経っていないのか、綺麗なものである。

生きていた時は、さぞ可愛らしいものであったろうことが窺える。

そして何より、男の感覚はその少女の魂が、他の霊魂とはまるで違う、強い輝きを放ってそこに漂っているのを捉えていた。

 

「成仏できないのか・・・何か強い未練をこの世に残しているな。それも、この無垢な輝きは、よほど純粋な願いなのであろう」

 

男は、そっとその魂に触れてみる。

すると、彼女の思念が途切れ途切れに入ってきた。

最期の瞬間――どうやら誰かを庇って斬られたらしい。

そしてその時に遺した未練の想い。

それは、庇った者の身を案じる想いであった。

 

・・・・・・・・・ちゃん・・・だいじょぅ・・・・・・な・・・

・・・ちゃんと・・・にげ・・・かな・・・

・・・・・・れから・・・わたし・・・・・・なくて・・・・・・いじょうぶ・・・・・・

 

自分の命を失って尚、彼女はその相手の心配ばかりをしていた。

これほど純粋で強い想いに、男ははじめて触れた。

 

「・・・・・・」

 

手許の折れた刀に目を移す。

見ただけで、今まで幾多の血を吸ってきたとわかる。

そんな荒々しい器と、この少女の柔らかな魂とでは似つかわしくないかもしれない。

しかし・・・・・・。

 

 

男は決心した。

少女の魂をもって、刀を蘇らせる。

そして刀も、少女も、生まれ変わる。

願う姿へと――。

 

「なぁ、お嬢さん・・・名は何と言う?」

 

・・・・・・・・・春香・・・

 

「そうか。私は、夢前という。その名を、この刀と、君に授けよう」

 

男は少女、春香の魂を込めて、刀を打ち直した。

「夢前」の銘を刻まれた刀が完成した時、不思議なことが起こった。

刀の力か、彼女の想いがそれを成したのか・・・少女の魂を形を持ち、この世に具現化した。

生前よりも幼く、生前の記憶もなく、それでも強い想いだけは残して。

 

 

こうして、斬魔刀夢前と夢前春香が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数年後――。

町から町へと旅を続ける久遠寺一団の中に、春香の姿はあった。

刀を打ち終えた後、鍛冶屋の夢前はその精魂を全て使い果たしたかのように、僅か1年で死んだ。

彼の死後、彼の妻櫻子は久遠寺一団の団長蔵六と再婚し、娘として育てられていた春香も一緒に久遠寺家の養子となった。

そうして春香は、久遠寺春香として、一団と共に旅をしていた。

その傍らには・・・。

 

「春香? 何してるんだ?」

「あ、お兄ちゃん。ううん、なんでもないですよー」

 

久遠寺睦。

団長の息子であり、団長の養子となった春香にとっては兄となる少年である。

今、春香は常に彼と共にあった。

 

「ただ、わたしがお兄ちゃんと会って、もう結構経つなー、と思って」

「そうだなー。5年くらいのはずだけど、もっと前からずっといたような気がするよ」

「あ、それ春香もだよ。なんだかずーっとお兄ちゃんが傍にいたような感じ」

「血は繋がってないはずなのに、よく似てるって言われるしな」

「春香は嬉しいですよ。お兄ちゃんに似てるって言われて」

「微妙に褒めてないところが引っかかるんだけどね・・・あの人達の場合」

 

そう言って睦は背後を振り返る。

少し離れたところで、一団の仲間達が手を振っていた。

 

「そろそろ行こうか、春香」

「うん、お兄ちゃん」

 

仲間達のもとへ駆け寄り、大型トレーラーに二人して飛び乗る。

全員が乗ったことを確認してから、一団が持つ5台の車が走り出す。

団長とその家族は、2番目に大きなトレーラーに乗っており、睦と春香もそこにいる。

 

「次の町では、少し長く滞在するんですよね?」

「そうだな、ここのところまとまった補給もしてないし、ここらで休暇もかねて長期滞在するつもりらしいね、親父達は」

「じゃあ、お兄ちゃんはやっぱり学校に行くのかな?」

「だろうね。基本的に放任主義のくせに学校だけは絶対行かせるんだよね、うちの親は」

「いいなぁ・・・春香もお兄ちゃんと一緒に行きたい・・・」

「なら、まずは人前であがらない練習をしたまえ、春香君」

「うぅー・・・」

 

唸ってみるものの反論はできない。

何故なら、春香自身も言われたことを自覚しているからだった。

家族以外の人間と、まともに接することができないのだ。

本当ならば春香は、四六時中睦についてまわりたいのだが、人が大勢いる場所では、それはままならない。

兄と離れ離れになる要因であるのと、自分自身もその場所に憧れているという点が合わさって、学校は春香にとって鬼門であった。

出会ってから5年。

しかし本人達が、もっと前から一緒にいたような気がすると言っている通り、春香はこの上ないほどのお兄ちゃん子であった。

まるで、生まれた時からずっと一緒に育ったかのように。

 

「学校って言っても、大しておもしろくはないさ。結局は短い間だから、友達らしい友達もできないし」

 

睦は車の外に目をやり、春香はそんな兄の横顔を見ている。

共に思っている事は同じであった。

それは、次に訪れる町に対する期待と不安。

 

「どんな町なんだろうな?」

「どんな町なんだろうね?」

 

同じ台詞が口をついて出る。

睦と春香は互いに顔を見合わせ、同時に笑い合う。

こんな細かい部分でまで、よく息が合っている。

 

「休暇なんだし、お兄ちゃんと一緒にのんびりできるといいな〜」

「そうだな」

 

 

そこは、二人にとって、大きな運命が待ち受ける土地――。

 

 

久遠寺一団は数日後、その地、ウェルスの町に辿り着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

あとがき

 およそ半年振り(いやそれ以上か?)の新作SS「デモンバスターズZERO」がスタートいたしました。
 いくつもあった新作構想の中から、復活に際して選んだのは結局、前作デモンの世界観を継承したものになった。といっても、人物や背景の繋がりはあるものの、ストーリー的には完全な新作なので、前作を知らなくても読める内容となっている、たぶん。ガンダムシリーズに例えると、前のデモン三部作がファースト・Z・ZZ辺りとすると、 このZEROはF91かV辺りみたいな・・・そんな感じ?

 デモンを知らない、はじめての人向けの概要説明としては、現代風ファンタジーといったところで、Cirsusブランドの作品「水夏」「ダ・カーポ」「最終試験くじら」の3つにオリジナルキャラを加えて物語を構成しております。

 前作を読んだ人向けの概要説明をすると・・・FINALのラストから数百年後の世界、魔法が失われ、近代科学がある程度発展した時代を舞台にした、新たな登場人物達による新たな物語。もちろん、一部前作から引き続き登場するキャラもいますよー。

 そんな感じで始まったデモンZERO、どうぞしばしお付き合いくださいな。