デモンバスターズ〜アフター

















「ひさしぶりだなぁ〜」

小高い丘の上から見据える先、地平線の先まで砂漠が広がる光景の中、巨大な河沿いに建つ城をを視界に収めながら感慨に耽る。
こうしてこの城を眺めるのは、かれこれ百年振りだった。
その間、“世界中”至るところを巡ってきながら、この場所にだけはあの時以来一度も訪れることはなかった。
拘っているつもりはなかった。拘っているとしたら、それはもう一人の“彼女”の方だろう。自分にとっては、もうあれは過去の出来事の一つに過ぎないもの。そう思っていたのだが、今日まで百年もの間近付くことすらなかったのは、やはり拘っていたからかもしれない。
我ながらつまらない感傷だと思う。
かつての小さな想いに拘っているほど、自分は暇な存在ではない。この百年でも、そしてこれから先も、過去を振り返る暇もないほど多くの想いを抱えて存在している。
だから、この一事に拘るのはただの感傷。けれど忘れることはなく、拘り続けているのは、それがまだ人間だった頃から続く想いだからか。
所詮自分は、まだまだ小娘か、と思う。
仕方のないことだ。百年と言えば人の一生分だが、悠久を生きる存在にとっては短い時である。その程度しか生きていない者など、小娘で当然だった。
ならばそれで良いではないか。
今は己の存在意義のことは忘れ、百年と少し前、まだ人間だった頃の心に戻ろう。
“彼”に会うのなら、それが一番良い。

「よしっ、いきますか!」

両手で拳を作って胸の前で握り締めると、白河さやかは城へ向かって歩み出した。



城門へ近付くと、前方から誰かが同じように歩いてくるのが見えた。

「「あ!」」

さやかとそのもう一人の誰かは、互いに相手の正体を認識したところで同時に驚きの声を上げ、足を止めた。
唖然としていたのはほんの一呼吸する間。次の瞬間、相手は踵を返して一目散に走り去った。
一瞬の遅れもなく、さやかは地面を蹴ってその後を追いかけた。
地上であれば海と呼んでも一部の人間は信じそうなほど広大な河を一息で飛び越え、地平線の先まで続く砂漠を砂塵を巻き上げながら突き進み、さやかは逃げ続けるその相手を追いかける。その速度たるやまるで風の如し。
目にも止まらぬ速さで移動し続ける二人のチェイスは砂漠を一周するまで続き、再び城が見える辺りまで至ったところでようやくさやかが前に回りこんだ。
両手を広げてその身を捕まえようとするさやかに対し、相手は容赦なく攻撃を繰り出してきた。
爆発が砂を巻き上げ、視界と行く手が遮られる。
だがさやかは、一瞬も怯むことなく突き進み、真横へ向かって直角に移動しようとしている相手へ肉薄した。
捕まえた。
と思った瞬間に相手の手に閃く光を見て、体を仰け反らせた。
目の前を斬撃が一閃し、その手加減が一切感じられない本気の一撃に思わず冷や汗を掻く。本気と書いてマジというやつだった。
相手がその気ならこっちにも考えがある、とばかりにさやかは右手に紅、左手に黒の炎を生み出し、両側から挟み込むようにして相手に向かって放つ。
黒い炎をかわしながら紅い炎を剣で弾いた相手は、そのまま逃げるのが難しいと判断したか、逆に接近してきた。
すれ違い様の一撃を放ち、それで倒せればよし、できなくともそれで怯んだ隙に逃走を図るつもりだと見て取ったさやかは、そうはさせじと眼前で黒い炎を弾けさせた。

ズバッ!

だが、確実にそれを回避するだろうと思われた相手は、あろうことか手にした剣で黒い炎を両断し、そのままの勢いで突進してきた。
冥力で生み出した炎を魔力で断つのは並大抵のことではない。
実際にそれを可能とするのは、同じ冥力の使い手のみだと思っていたのだが、これが本物の天才というものの底力というべきか。
遮るもののなくなった相手はさらに加速するが、これでさやかの手が終わりではない。
剣を振り下ろした後の一瞬の隙をついて紅い炎の球を相手の頭上へ落下させる。
今度は防御する術はなく、相手は横へ転がってそれを回避した。追い打ちをかけるべく自らも剣を出し、転がる相手の上へ覆い被さった。
上から顔の先を狙って剣を突きつける。
それと同時に、振り上げられた相手の剣の切っ先がさやかの喉下にピタリとつけられた。
硬直する二人。僅かでも動けば自分がやられるか、良くても相討ち。どちらも等しくそう思っていた。

「「・・・・・・・・・・・・」」

しばしの沈黙。
やがて上にいるさやかがニッと笑い、下にいる相手がため息をついた。
殺し合いが目的ではないので、トドメを刺す必要などない。動きを止めた時点で、この勝負はさやかの勝ちだった。そもそも、勝負をした覚えもないのだが。
互いに剣をしまうと、立ち上がって体についた砂を払う。
そして改めて向き合うと、さやかは笑顔を浮かべて手を差し出した。

「おひさしぶり♪ エリスちゃん!」
「・・・・・・ふんっ、またあんたと会う日が来るなんてね」

憎まれ口を言う相手は、さやかのかつての親友にして恋敵でもあった少女、エリス・ヴェインだった。

「ん〜、美人になったねぇ、エリスちゃん」

最後に会った時より髪も伸び、大分大人びた雰囲気が見て取れた。背は低いままだったが。

「あんたは少しも変わらないわね」

さやかが変わらないのは当然だった。人間でなくなった時から、そういう存在になったのだから。
もちろん、意図して変えることはできる。実体はあってないような存在なのだから、その気になれば姿形は自在だろう。それをしないのは、まだ人間だった頃の自分の姿に未練があるからか。これを変え出してしまったら、長い時の中でいずれ、自分の姿を忘れ去ってしまうかもしれないから。だから、さやかはいつまでもこの姿のままでいるつもりだった。
けれど外見のことはさておき、二人とも中身の方は変わった部分も多い。だからこそ、今こうして、ここで再会することになったのだろうが。
それでも、変わらない部分もある。さっきまでのやり取りが、それを証明していた。

「何も恥ずかしがって逃げることないのに♪」
「そんなんじゃないわよ。まったく・・・何だってピッタリ同じタイミングでこんなところに来るのよ・・・」
「それはやっぱり、運命の糸の導きじゃないかな〜」
「寝言は寝て言いなさい。今のあんたが寝るのかどうか知らないけど」
「もちろん、寝る時は寝るよ」

百年も経てば変わりもする。ましてや、思春期の少女だった頃から時が移れば。
今日こうして再会するまでの間に、二人は多くを思い、考えてきた。良くも悪くも、変わっていった。
だが一言一言交わしていく度に、あの頃の思いが蘇る気がした。
月日が流れ、心が変わっても、さやかとエリスの絆は、少しも変わらなかった。そしてきっと、“彼”への想いも。

「改めて・・・行こっか」
「・・・そうね。もう逃げるのも疲れるし」

二人が城を目指して、並んで歩いていった。



ここは魔界――今さら言うまでもないことである。
魔族の寿命は人間と比べて遥かに長い。短くとも数百年、長い者は数千年から、数万年の時を生きる。さすがに数億年生きる者は稀で、そんな存在は広い魔界全土でも三人しかいないだろう。さやかのような神霊か精霊というべき存在は、その性質によっては世界があり続ける限り存在するのかもしれないが、数億年も先まで生きているかどうかはわからない。むしろ、世界のそのものの方が先に終わりそうな気がした。
だがいずれにしても、百年程度は彼らにとってはそれほど長い時間ではない。
城に住む魔族も当然のように彼女達のことを覚えており、顔パスで城内に入ることができた。
生憎と城の主は不在とのことだが、名代として妹の方はいるらしい。むしろそちらの方にこそ用があるため、二人にとっては好都合だった。
居場所を聞いて廊下を進む途中――。

どんっ

曲がり角から出てきた小柄な人影とさやかはぶつかってしまった。

「おっと・・・ごめん!」

相手は子供だったが、僅かによろめいただけで転びはしなかった。それでも気遣うようにさやかが手を伸ばすと、子供は顔も上げずに横を素通りしていった。

「気をつけろ、客人」

幼い外見に似合わず大人びた口調と声で言うと、子供は立ち去っていった。

「何あれ? 生意気なガキね」
「そうだね。でも、誰だろ・・・?」

はじめて見る少年だった。顔は見えなかったが、長く白い髪と、年齢らしからぬ落ち着いた、というよりも怜悧な雰囲気が特徴的だった。二人のことを客人と呼んだからにはこの城の住人なのだろうが、思い当たる節がなかった。
肩を竦めたり、顔をしかめたりしながら、二人は歩き出した。
とりあえず当初の目的地を目指したのだが、何故か二人とも今の少年のことが気にかかった。



テーブルを囲んだ三人の女性は、静かに持ち上げたカップに口をつける。
百年振りの再会。思うことは多かった。
だが、語るべき言葉は多くなかった。ただ今は、友人同士としての再会を、感慨深い気持ちで味わっていた。
やがて口を開いたのは、この城の主の名代として二人の客を招き入れた、イシスだった。

「本当に・・・ひさしぶりね、二人とも」
「そうだね〜」

さやかがうんうんと頷きながら相槌を打つ。

「たかが百年じゃないの」

エリスは大したことないとでも言いたげに鼻を鳴らす。その表情から気持ちは読み取れないが、ほんの僅かに滲み出る感情を、他の二人は見逃さなかった。
それは、嬉しさだった。
やはり彼女も、友人達との再会を少なからず喜んでいるのだ。

「そうは言うけどね、エリス。百年と言えば私達が一緒に過ごした時間よりも長いのよ?」
「だよねぇ。元人間の私からすれば、本当なら今頃お墓の下だもんね〜」

自分の言葉に、さやかはまた別の思いを馳せらせた。
この百年の間、何度も地上へ足を運んだが、そこでさやかはいくつもの別れを体験した。彼女が人間だった頃の知り合いはもうほとんどが墓の下だった。最期を看取った相手もいれば、死に目に会えなかった相手もいた。時が経つほどに人間らしい心に変化が生じてきているような気がずっとしていたが、誰かが死んだ時には必ず、涙を流した。
少し辛気臭くなった気持ちを払うように、さやかは笑顔を振り撒いた。

「でもまぁ、またこうやって会えて嬉しいよ、私は」
「私も。・・・また、ここへ来てくれて良かった」

特にエリスとイシスの二人は喧嘩別れしたようなものだから、その思いが強いようだ。エリスの方は、顔を背けていたが、頬が僅かに赤みを帯びていた。いがみ合うことも多かったが、この二人もやはり、仲が良いのだ。
しばらくは、他愛ないことを語り合い、さやかが騒ぎ、エリスが照れ、イシスが笑っていた。
そうしている内に、イシスも少し変わったことに気付いた。
基本的な印象は変わらないのだが、あの頃に比べてかなり落ち着いた雰囲気が出ていた。少し兄のオシリスに似てきたとも取れるが、それとは別の何かがあるような思えた。

「イシスちゃん、何か私達がいない間にあったりした?」
「そうね・・・あったと言えば、あったわね」
「・・・そういえば、さっき妙なガキとすれ違ったけど、あの生意気なのは何?」
「ああ、ホルスのこと。もう会ってたのね」
「ホルス君っていうんだ、さっきの子」

エリスと同じく、それはさやかも知りたいことだった。
先ほどからやたらと気になって仕方がないのだ。

「私の子供よ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」

さらりとイシスが言った内容に、さやかとエリスは固まった。
今、何か、ものすごいことを聞いたような、そんな気がした。
立ち直るのは二人同時だった。が、反応はそれぞれに違っていた。

バンッ!

テーブルを叩いて立ち上がったエリスに対し、さやかは感心するように頷く。

「なっ! こ、子供って、あんた・・・!!」
「そっかぁ・・・道理で・・・」

道理で雰囲気が気になるはずだった。
一目見た時から、誰かに似ている気がしていたのだ。複数の人物の特徴が入り混じっていたので特定できなかったのだが、よく考えればそれらの特徴から行き着く結論は一つしかありえなかった。
予想して然るべきことだったが、すっかり考えの外にあったため思い至らなかったようだ。
ついでに、イシスが妙に落ち着いた雰囲気になった理由も検討がついた。
結婚して子供を作れば、誰でも多かれ少なかれ落ち着くものであろう。

「ち・・・父親は・・・誰なのよっ!?」
「あら、問うまでもないことでしょう」

するとつまり、このイシスの笑みは余裕の笑みというものであるわけだった。エリスは思い切り顔を引きつらせている。かく言うさやかも、感心しながらも、眉間には薄っすらと青筋が浮かんでいた。
だがさやかもエリスも、これについてとやかく言える立場ではない。
この百年、この地を去って一度も戻らなかったのは彼女達の責任であって、その間ずっと一緒にいた“二人”の間に何があっても、それを咎めるのはお門違いである。
今ある事実は、この百年の自然な結果というものだった。

「あの子、いくつ?」
「まだ十よ。ちなみに、最初に結ばれたのはほんの二十年くらい前。これでも少しは遠慮してたのよ・・・せいぜい五十年くらいで戻ってくるだろうと思ってたら・・・。変な意地を持ってると、女は損よ」

しれっと言うイシスに対して、二人は言葉もなかった。
確かにさやかにもエリスにも、何かしらの意地と拘りがあった。この百年は、それを振り払うための日々だったと言えるかもしれない。
これは、意地も拘りも捨てて、ひたすらに愛情だけを貫いたイシスの勝利と言えた。

「まぁ、私はそれより前に、それを捨てる時間が千年もあったのだけど」

時間が愛の深さではないだろう。けれど、千年というイシスの想いは、やはり重かった。

「・・・・・・あいつは、いるの?」
「ええ。意地を張るのはやめて、会ってきたら?」
「何よ、余裕ね?」
「余裕だもの」

イシスを睨むエリスの眉が釣りあがる。イシスの方はどこ吹く風で、静かに紅茶の入ったカップを口に運んでいる。
僅かに逡巡した後、エリスは肩を怒らせながら奥へと向かっていった。

「あなたは行かないの?」
「湿っぽいのは好きじゃないんだ。爽やかにいきたいから、もう少ししてからね」
「そう。エリスのことは風の噂で聞いてたけど、あなたはずっと何をしていたの?」
「色々、かな。主なのは、地上での思い出の消化と、あとは三界を飛び回ってたよ」

魔界に立ち寄った際、エリスの噂はさやかも耳にしていた。
今では月宮殿と呼ばれる古の遺跡を居城として、竜族を集めた一大勢力を築き上げているらしい。本格的に魔竜王として台頭し始めたようだ。そこに至るまで、色々なことを思ったのだろうが、彼女は彼女なりに、落ち着いたから戻ってきたのだろう。
さやかにしても、エリスにしても、心はもうこれからの時間を生きることに向いている。
それでもたった一つ、想いを残しているから、ここへ戻ってきた。
愛しき“彼”・・・祐一の下へ。







そこまでは駆けるような速さで歩いてきたというのに、いざ扉の前に立つとエリスはまた逡巡した。
だがすぐに顔を振って、女々しいと自分の心を叱咤する。

「ガキじゃあるまいしっ」

扉に手をかけ、思い切り開け放つ。
広い部屋は、最後に別れた時からは大分変わっていた。けれど確かに、ここで最後に会ったのだ。言葉を最後に交わしたのはもっと前、別の場所でだったが。
ベッドの上には誰もいない。
起き上がることもできない身体で、意識もなかったあの時から少しは回復したようだ。
室内を見渡すと、窓の外、ベランダのところに、その後姿を見付けた。
心臓が跳ねた。胸をひと叩きしてしてそれを抑え込む。思春期の少女ではあるまいし、何をドキドキしているのか。
努めて落ち着いた足取りで、近付いていく。
何となく、違和感を覚えた。
理由はすぐにわかった。存在感が薄いのだ。
氷の帝王を名乗り、クールを装っていながら、その実内面はいつもギラギラと燃え滾るものを抱えており、向き合うと全身に僅かながら震えが走った確かな存在感が、今はほとんど感じられなかった。
衰えた。そう思えた。
やはり、最後の戦いを終えた後、その力の大半は失われてしまったのか。
その背に近付きながらエリスは、わかってはいても軽い失望感を抱かずにはいられなかった。
共に最強を目指し、それを競い合った男は、もういないのかもしれない――。

「よう、ひさしぶりだな」
「・・・・・・・・・?」

声をかけられた時、エリスは奇妙な感覚を覚えた。

(こいつ・・・今、いつ振り返った?)

じっとその背を見詰めていたはずなのに、その動きに気付くことがなかった。

「どうした? 妙な顔して」
「・・・何でもないわよ」

気のせいだと思った。どうやら思った以上に心がナイーブになっているようだった。しっかり目を開いていたつもりで、物思いにでも耽っていたのだろう。
我ながら情けない、とエリスは心中でため息をつく。

「少し痩せたわね」
「そりゃまぁな・・・あれから六十年はずっと寝たきりだったし、こうやって普通に動けるようになったのはそれからさらに十年後・・・ほんの三十年前だ。それに見ての通り、力はほとんど失っちまったからな」

祐一はベランダの手すりに寄りかかりながら肩を竦めてみせる。
力を失った、と言う際にもあまりそれを気にした様子が見て取れない。あれほど向上心の強かった男が、まるで覇気が感じられなかった。
こんな男に会うために戻ってきたかと思うと、少し腹が立った。

「それで優雅に隠居生活? 魔界最強の男が堕ちたものね」
「そう言うなって」
「しかも子供まで作って、いいご身分だこと」
「おう、もう会ったか? なかなかかわいい奴だろ」
「どこがよ!? 昔のあんたに似て生意気で、少しもかわいげなんてありゃしないわっ!」
「何だおまえ、百年も経ったのに身長と一緒であんまり変わってないな」
「身長は関係ないでしょっ!!」

変わったというなら祐一の方だった。以前はこんな他愛ないやり取りをしている間もどこかに氷のような怜悧さがあったものだが、今はすっかり丸くなってしまっていて張り合いがない。
本当につまらない男に成り果てたようだ。
百年前の戦いでこいつに負けたのが実に腹立たしい。今ならばおそらく、容易くこの男から魔界最強の称号を奪えるはずだった。
いっそそうしてしまうか。
もう百年も経った。
結局あの戦いで魔界最強は決まったが、その後の魔界の情勢に変化はない。そう遠くない内に、多くの真魔がまた己の力を示すべく動き出すだろう。それを予見していたからこそ、エリスはこの百年間、自らの地盤を固めるべく各地に散らばった竜族を集め、一大勢力を築き上げた。それをもって、魔界の覇権を競う戦いに名乗りを挙げるつもりだった。その際、自分こそが最強と掲げ、挑戦者を待つ形にするのも悪くない。
この場であの時のリベンジを果たし、思い出にもけりをつけてしまうべきかもしれない。
弱い相手を倒しても何の自慢にもなりはしないが、このまま引きずっていくよりは良い。力を失った今の祐一ならば一捻りで倒せるはずだった。
軽く腕を振るう、それで終わりだった。
そうだ、そうしてしまおう。思い出は思い出として、過去の想いを未来のために、今ここで断ち切る。
ピクッとエリスが腕を動かそうとした瞬間――。

「っ!!」

エリスの唇に、祐一の唇が重ねられていた。
反射的に後ろへ跳び下がる。
目を見開き、口元を片腕で覆う。
不意打ちで唇を奪われた、そんなことはどうでもよかった。今さらキスの一つや二つで動揺するほど初心ではない。
だが今、どうやって接近を許したのか、それがわからずに戸惑う。
二人の距離は五メートルもなかった。一足飛びで踏み込める距離ではある。しかしそれをまるで感知できないとはどういうことか。
ボーっとしていたわけではない。今エリスは、祐一に接近されなければ自分の方から仕掛けるつもりで気を張っていたのだ。間合いに入ろうとする相手を見落とすはずがない。 にもかかわらず、動きがまるで見えなかった。動いた、という事実を認識することさえなかったのだ。速いとかそういう次元の話ではなかった。
もしも今、祐一にその気があればエリスはやられていたかもしれない。
どうしてそんなことがありえたのか。動揺するエリスの前で、祐一はほんの一瞬、不敵に笑ってみせた。
あの頃のような氷の怜悧さと、凄まじい存在感はない。が、その顔はかつてのそれと変わらなかった。
それを見た瞬間、エリスは己の間違いに気付き、同時に戦慄した。

(堕ちた・・・ですって? 違う! こいつは・・・っ!!)

力の大半を失っているのは間違いない。魔力は並の魔族程度しか感じられず、筋肉も見る影もなく落ちている。パワーもスピードも、格段に落ちているのは確実だった。だがそこに至って祐一は、まったく別の極意を掴んだようだ。今の移動術は、その片鱗だろう。
衰えたなどとんでもない。或いはこの男、以前よりもさらに――強い。
百年の間、他の竜族を尽く従えるべく戦い続けていたエリスは、あの頃よりも確実に力をつけていた。仮に当時のままの祐一と戦っても、勝つ自信はあった。
しかし今の祐一に、エリスは寒気を覚えさせられていた。
この場で戦えば、どうなるかまったくわからない。
怖さを感じると同時に、それを試してみたいという欲求が浮かんでくる。

「悪いが今からやろうってのは無しだぜ。全力で動けるのは五分が限度だ。おまえ相手じゃ逆立ちしても勝てないからな」

両手を挙げてみせる祐一。勝ち負けの話をしながらまるで気負ったところがない。
勝敗に対する拘りがないのではない。
以前より性格が丸くなったのは確かなようだが、それでもこの態度は、その五分間だけならばエリスを上回ることができるという自信が裏に隠されていた。
知らず、エリスは口元が綻んだ。
やはりこの男は最強だ。
遠回りはすることになったが、共に歩む道にこれからも変わりはない。競い合い、倒すべき相手であることもあの頃と同じだった。
不敵な笑みには、やはり不敵な笑みをもって返した。

「いいわ、最強の称号はもうしばらく預けておいてあげる。けどいずれ、剥ぎ取ってやるから覚悟しときなさい!」
「そうだな。けどその前に、足下をすくわれないように気をつけろよ。言っておくが、俺の息子は強いぞ。将来有望だ」
「む・・・」

祐一とイシスの子。あのオシリスの血も引いているのだから、確かに才能豊かで将来が楽しみな少年ではあった。
足下をすくわれないようにするのは、もちろんだった。けれどそれ以上に、その存在は何とも気に入らなかった。エリスは眉間に皺を寄せ、ビシッと祐一に指先を突きつけた。

「なら・・・・・・アタシとの子供も作りなさい!!!」
「・・・・・・は?」
「はっ!」

言ってから自分でとんでもないことを口走ったことに気がつき、エリスは真っ赤になった。
もっと違うことを言おうと思ったはずだったのが、何故こんなことを言ったのか。頭の中がひどく混乱していた。言われた祐一の方も同じなようで、先ほどまでの落ち着いた態度から一転、どうすべきか思い悩んでいた。
まったく、何なのだこの初心な少年少女のような空気は。いや、初心な少年少女は子供を作ろうなどという話はしないだろうが、そんなことはどうでもよく、どうして自分達の関係はもっとスマートにいかないのかと、エリスは内心頭を抱えるのだった。







エリスの絶叫は、部屋の外にまで響いていた。
二人の様子もそろそろ落ち着いたかと思ってやってきたさやかは、それを聞いて扉の前で固まった。
びっくりする反面、妙に感心してしまった。
あのエリスがこれほど大胆は発言をするとは。そこに至るまでの経緯を見ていなかったさやかは、百年も経てばやはり誰しも変わるものだと、改めて実感していた。
そして、ほんの少しだけ、他の二人を羨んだ。
子を残すというのは、既に生ある存在ではない自分には叶わぬ望みであるから。

「・・・・・・ふふっ」

けれどそれでも良い。
自分で選んだ道である、さやかにはさやかの想いの貫き方がある。
深呼吸一つで最後に気を落ち着かせ、満面の笑顔と共にさやかは扉を開け放った。

「ちゃお〜♪ 祐一君、ひっさしぶり〜!!」

変わったものがある。変わらないものがある。
それでも、月日は流れていき、その中で皆生きている。そしてそこで育まれたものは、未来へと続いていく。いつか世界が終わる、その時まで――。

「お・・・よう、さやか。相変わらずおてんこしてるか?」
「もうばっちりね♪ それよりそれより! 聞いたよ聞いたよエリスちゃん〜」
「う・・・うるさい黙れ! 今の無し! 忘れなさいっ、記憶から抹消しなさい!!」
「嫌だよ〜、聞いちゃったもんね〜♪ さぁ、祐一君。男としてはこの告白にどう答えるのでしょうか?」
「む、そうだな・・・その、何と言うか、イシスとのことは半ば勢いというのもあってだな・・・」
「わー、いきなり言い訳ー、かっこいー」
「だが子供というものはかわいい。自分で持ってみてはじめてわかった。だから子供がほしいって気持ちもわかる」
「ア、アタシは別にっ! そ、そんなものどうだっていいのよっ! ただその・・・イシスにだけいてアタシにいないっていうのは、気に食わないっていうか・・・」
「うんうん、そうだよねぇ。じゃあそういうことで、このままここでやっちゃうっていうのは? イシスちゃんが来ても私が押さえておくから」
「やっちゃうっておまえ・・・・・・どうするよ、エリス?」
「アタシに聞くなっ! バカッ!!」
「あははははははっ♪」

彼らの日々は、まだ、続いていく。













Fin.


あとがき
 真シリーズとして尚も続くデモンであるが、旧シリーズ(ZEROを除く)はこれが正真正銘のファイナルエピソードとなる。Ultimateでの祐一の戦い終了後、さやかを主役にFINALで地上に残った面々のその後や天界の様子を、エリスを主役にその内面の葛藤などを描くエピソードを入れようと思ったものの、思うように進まず、先に構想が出来上がっていたこの最後のシーンが宙ぶらりん状態になっていたため、今回こうして書き上げられて良かったと思う。 まぁ、どうせ外伝パートでは祐一とか出ないし、人気投票の通り祐一の人気が格段に強いこの話でそこに時間かけても仕方ないし。
 最後については色々考えていて、祐一の子供ができる、というのはまず一つ絶対に入れようと思ったのだけど、悩んだのが祐一の扱い。このままいずれ死ぬ、というのも考えていたパターンだった。イシスとの子は作った上で、その後死の間際になってようやくエリスとも結ばれて、忘れ形見として子供を残していく、みたいな。けど、せっかく最後なのだから、ハッピーエンドっぽくしようと思い、戻ってきたさやか、エリスと再会した祐一は復活の兆しを見せている、という話としてまとめてみた。この先数百年、数千年を生きるであろう彼らにはまだまだ様々な出来事が起こるのだろうけれど、それは未来のお話として、祐一を主役としたこの元祖デモンバスターズは、今度こそ正真正銘、フィナーレである。
 ここまでご愛読くださり、ありがとうございました。今後は既に連載中の「真★デモンバスターズ!」の方も、気に入っていただけますれば幸いです。一新された世界観の中、やはりバトルをメインに据えつつ、元祖シリーズからより深く“強さ”の意味について追求してみている物語となっております。