デモンバスターズUltimate

 

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ロキが主催した、魔界の覇者を決める戦いは、祐一の勝利によって幕を閉じた。

全ての真魔の頂点を極める強さを手にした祐一は、勝者の証を受け取るため、一人ロキの城を訪れていた。

 

「・・・今日は手荒い歓迎はないみたいだな」

 

城内に入るなり、殺気を隠そうともせずに出迎えたノルン達に皮肉を込めてそう言う。

三人は、無言で祐一を奥へと誘う。

手を出さないというより、出せないのであろう。

今や魔界最強の座を手に入れた祐一に、最早ノルン達が敵うことはない。

 

ゴォンッ

 

大きな音を立てて、ロキが待つ部屋への扉が開く。

中央に置かれたテーブルの上に、例の覇者の紋章とその台座が乗っていた。

最初に見た時と比べて、明らかにその様子は違っていた。

禍々しく、強大な魔力が発せられている。

 

「ようこそ、魔界の覇王よ」

「ご大層な呼び方をするなよ。俺はただ、戦って勝ち抜いてきただけだ」

「力こそが魔界の全て。戦いに勝った者にこそ全てが与えられる。それが道理であろう」

「そうかもしれんな」

 

案内をしたノルン達は扉のところに控え、祐一だけがロキの前に進み出る。

 

「改めて賛辞を送ろう、祐一君」

「ドウモアリガトウ、とでも言っておくか」

「ふふっ、では、この覇者の紋章、受け取りたまえ。封印は解かれた。君が唯一、これを手にする資格を持っている」

「覇者の紋章・・・か」

 

確かに、台座の形が少し変わっている。

紋章の鎖を縛り付けていたものが開いており、紋章が取り外せるようになっていた。

それへ向かって、祐一が手を伸ばす。

 

「こいつを手に入れた奴が、魔界の全てを決める力を手に入れると言ったな」

「そう、まさしく覇者の力だ。さぁ、手にとりたまえ・・・最強である君の手に・・・」

 

ロキの言葉に導かれるように、祐一の手が覇者の紋章に触れようとする。

今まさに、それを手に取ろうかという瞬間・・・祐一の手が離れた。

そして・・・。

 

ザンッ!!

 

一瞬で背負った剣に手を伸ばし、台座ごと紋章を一刀両断にした。

振り下ろされた剣の切っ先が掠り、ロキの額から血が流れる。

それを見たノルン達が身構えるが、祐一の魔力に気圧されて身動き一つ取れなかった。

傷つけられながらもロキは平静に、祐一を見据えていた。

 

「・・・何故、手にすることを拒否した?」

「・・・おまえの持つ宝具の力は本物だ。確かにそいつを手にすれば、魔界の全てが手に入るだろうな」

「ならば・・・」

「だが、魔竜王の心臓然り、おまえの持つ宝具は呪いの宝具でもある。何の代償も無く力を手にすることなどできはしない。覇者の紋章の持ち主は絶対者・・・だがもし仮に、その絶対者を裏から操る呪法があったとしたら?」

「・・・・・・それが私の真意だと言いたいのかい?」

「一つの仮説だ」

 

呪法だけは、どれほど強大な力をもってしても打ち破るのは困難である。

ロキは力こそ他の最強クラスの真魔達に比べれば劣るが、呪法に関しては抜きん出ている。

安易にその力に手を染めれば、逃れることはできなくなる。

 

「残念だ。惜しかったのだがな」

「惜しいものかよ。一つだけ言っておくぞ、ロキ。あまり“俺達”をなめるなよ」

 

例え誰が勝ち残ったとしても、最後の勝者となれる器の者は誰一人、ロキの与える力に手を染めることはなかっただろう。

ガネーシャのような小物ならばさておき、祐一はもちろんエリスも、オシリスも、アシュタロスも、アスモデウスも、阿修羅も、ケルベロスも・・・真の強者達はロキの姦計になどはまりはしない。

ロキの子である、フェンリルすらも。

真魔は、自らの意志で自ら望む闘争の内に身を置く。

誰の支配も受けたりはしない。

絶対に。

 

「ふふふ、確かに私の目論見は失敗したようだ。残念だ。だが・・・・・・もう一つの狙いは、的中したようだがな」

 

ずっと温厚な態度を崩さなかったロキの眼が、妖しく祐一を見据える。

底知れない闇を秘めた眼であった。

 

「将来的に、私にとって最大の障害となりうる者に、舞台から退場してもらえることとなる。それだけで、今回は充分だろう」

 

ロキは気付いていた、祐一の体のことを。

自ら手を下さずとも、時を待てば祐一はロキの脅威ではなくなる。

魔界最強の存在が、自ずから消えてくれるのだ。

それこそ、ロキの望むところであった。

 

「ついでだ、もう一つだけ忠告しておいてやる」

 

祐一は踵を返す。

身構えていたノルン達は、その存在感に圧されて道を空ける。

扉を開いて出て行く際、祐一は振り返ってロキを見据える。

 

「俺は“おまえの敵”じゃない。本当の“おまえの敵”を見極められなけりゃ、おまえの野望が遂げられることはない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロキの野望。

それが実際にどんなものなのか、祐一にはわからない。

だがいずれにせよ、それを阻むことになるのは自分ではないだろう。

それを成すのは・・・・・・。

 

「終わったね」

「ああ」

 

城を出てしばらく進んだ先で、さやかが待っていた。

さやかは祐一の隣に並びかけ、共に歩を進める。

 

「おつかれさま、かな。とりあえず」

「さやか」

「ん?」

「あと二回だ」

「へ?」

 

こくんとさやかは首を横に傾げる。

一瞬何を言われたのかわからなかったが、思い至ることはあった。

 

「前の質問の答えだ」

「・・・君が、全力で戦える回数?」

「ああ」

 

エリスとの戦いを終えた時点で、あと二回。

それが祐一が今の体で全力を出せる、残り回数であった。

残り僅かになったからこそ、はっきりとそれを認識することができた。

ぽかんとしていたさやかは、やがて笑みを浮かべる。

 

「そっかー。よかったね〜、ぎりぎりセーフってやつ?」

「だな」

「うんうん、よかったよかった♪」

 

さやかは小躍りしながら祐一を追い越す。

くるくると回るさやかを見ながら、祐一は足を止める。

 

「ほんとに、ぎりぎりセーフだ」

 

全身で喜びを表現するさやかに対して、祐一の声は静かで、重い。

 

「・・・俺が戦いたい奴も、あと二人だからな」

 

ぴたりと、さやかの動きが止まる。

立ち止まった祐一と、そちらに背を向けているさやかとの距離は、いつの間にか随分と開いていた。

その距離が、どうしようもない隔たりのように思えた。

 

「あと二人って・・・どういうこと?」

「言った通りだ。俺が全力を出して戦いたい相手が、あと二人いるってことさ」

「だって・・・あと二回しか、全力で戦えないんでしょ?」

「そうだな」

「しかもその回数って、君のことだから、“二回までなら大丈夫”じゃなくて、“二回でおしまい”でしょ?」

「そうだ」

 

あと二回。

その力を使いきってしまえば、祐一の肉体は限界を迎える。

以前さやかが、バベルの塔で魔門を破壊した時のように。

そうなった時、どうなるのかはわからない。

死ぬことになるかもしれない。

例え生き延びても、戦う力を失うかもしれない。

どちらにしても、今のままの祐一ではいられなくなる。

 

「・・・二人って誰よ? 一人はわかるよ。だけどもう一人って・・・エリスちゃんにも勝って、ベリアルも、アシュタロスも、オシリスさんも、フェンリルも・・・魔界の誰よりも強くなった君が、今さら一体、誰と戦いたいって言うの?」

「・・・・・・」

「どこのどいつよ!? それは!」

「それは・・・」

 

祐一は、真っ直ぐ前を見詰めている。

その視線の先にいるのは・・・。

 

「今、俺の目の前にいる」

 

風が吹いた。

その風が巻き上げる砂塵の音一つ一つが聞き取れるほど、静かだった。

二人の間に、沈黙が下りる。

数十秒の時間を置いて、張り詰めた空気に恐る恐る触れるように、さやかが声を絞り出す。

 

「・・・何・・・言ってるの?」

「俺は、おまえと戦いたい。そう言ったんだ」

 

ゆっくりと、さやかが振り返る。

険しい表情に、泣き出しそうな眼で、鋭い視線を祐一に向けている。

じっと対峙していると、二人の距離は、こんなにも遠かったろうかと思えてくる。

 

「おまえは、エリスとは違う形で、常に俺の傍らにいた。一緒に強くなると誓ったエリスのように共に肩を並べて戦う関係とは違って・・・ただおまえは、気がつけばそこにいた。いつの間にか、いるのが当たり前のように、俺の横に」

「・・・・・・」

「はじめて会った時は間違いなく俺の方が強かった。おまえに対する印象は、ちょっと変わった奴程度だった」

 

その認識が変わりだしたのは、アルドとの戦いの時だった。

あの時点ではまだ祐一を圧倒していたアルドを前に、強い存在感を示した時、祐一はさやかに底知れないものを感じた。

それからの戦いの中で、さやかは祐一やエリスすらも上回る成長速度を見せていた。

 

「四神の力を最初に身につけたのも、おまえだったな。そしておまえはとうとう精霊にまで昇華し、世界の加護まで得て、ベルゼブルを倒し、ハデスにすら脅威を感じさせるほどの存在になった。もう、今の俺ですら、おまえと戦って勝てるかどうかはわからない」

「・・・だから、私と戦いたいって言うの?」

「俺が戦いたいもう一人・・・あの男と戦う時は、互いに最強の座を賭けなきゃならない。だが俺は、おまえに勝てない限り、自分を最強と認められない」

 

誰が最強と称えても、祐一自身が納得しない。

目の前にいる脅威の存在、白河さやかという存在を倒さない限り、祐一は最後の戦いには臨めない。

 

「どうしても・・・!?」

「どうしてもだ」

 

ぎゅっと拳を握り、さやかは祐一を睨みつける。

前に祐一を問い詰めた時と同様、本気で感情を剥き出しにした眼であった。

 

「わかってるの? 君は今、間違いなくこの魔界で一番強い。世界に影響を与えうる、危険な存在なんだよ。だから・・・その君と戦うためなら私は・・・三つ目の力、世界の加護を全部使うことができるんだよ? それだけじゃない!」

 

さやかが両手を広げ、左右に異なる力を波動を生み出してみせる。

片方は紅い、魔力。

もう片方は黒い、冥力。

相反する異なる二つの力を、さやかは同時に操っていた。

 

「前に、二人でやったよね? 反発しあう異なる二つの力を融合させて解き放つ反動力砲・・・・・・危険過ぎるから、普段は使えないけど、世界の加護があれば、多少の無茶は利く。あの時二人で生み出した破壊力を、今の私は一人で生み出せるんだよ! そういう相手なんだ、私は! 君の言う通り、君が全力で戦わなくちゃ勝てない相手なんだよ!!」

 

ここで全力を出してしまえば、最後の戦いで全力を出し切った場合、そこで祐一は終わってしまう。

そうなったら、祐一の先は閉ざされてしまう。

そんなのは、さやかは嫌だった。

 

「それでも今ここで私と戦おうって言うの!?」

「だからこそだろう」

 

それほどの相手だからこそ、倒さなければならない。

真の最強となるために、その座を賭けて最後の戦いに臨むために。

今ここで、戦って倒さなければならないのだ。

揺るぎない祐一の決意に、さやかは歯を噛み締める。

この戦いは、避けられない。

 

「なら・・・約束して! ここで私に負けたら、それでジ・エンド! 最後の戦いは無しだよ! 縛り付けてでも、あの人のところへは行かせないから!!」

「わかってるさ。元より、ここで負ければ次なんかない」

「いいよ。なら戦ってあげる。そして、君を倒す! 君が最後の一線を踏み越える前に、ここで止めてみせる!!」

 

さやかの魔力と冥力が極限まで高められる。

相反する二つの力が交差する場所では、全てを無に帰す消滅エネルギーが生成されているが、その身に宿した神剣グラムが放つ世界を加護を全開にしたさやかは、その影響を受け付けない。

 

――究極消滅魔法インフェルノフレア

 

消滅の力を生み出せるさやかの攻撃力は、エリスすらも凌駕していた。

 

ギィンッ!

 

それに対して祐一は、デュランダルを眼前に突き立てて、そこに持てる全ての魔力を集める。

自分の中からも、周囲からも、限界を超えて力を集束させる。

集まった力が、巨大な氷の結晶となり、壁として祐一の眼前に聳え立つ。

 

――最大絶対防御・氷魔壁

 

全ての力を守りの一点に注いだ時、祐一はあらゆる攻撃を防ぐ。

これは、究極の矛と、最強の盾の戦いであった。

 

「・・・いつかの話、覚えてる?」

「ああ、覚えてるさ」

「私が放つ一撃を・・・」

「俺が防げるかどうかって話だったな」

 

あの時は、おそらく祐一が勝つだろうと言った。

だが今は、果たしてどうなのか。

 

「答え、出そうか」

「いいだろう」

 

さやかが両手を合わせる。

圧縮された二つの力は、一つの白い光となる。

それこそが、全てを消滅させる究極の一撃。

 

「いっけぇぇぇーーーーーーーっ!!!」

 

 

ドゴォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!

 

 

光が、走る。

一直線に伸びた光の一撃が、全てを薙ぎ払いながら祐一の生み出した氷魔壁と衝突した。

 

「ぐぅぅぅぅぅ・・・・・・!!!」

 

究極の消滅エネルギーを、祐一は受け止めていた。

この力を前に、物理的な防御力など何の意味も成さない。

祐一の絶対防御は、物理法則すら超えていた。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!

 

だが止められても、さやかのインフェルノフレアは消えない。

全てを飲み込むまで、その究極のエネルギーを放出し続けていた。

徐々に、祐一の氷魔壁に亀裂が走っていく。

光も弱まりつつあるが、壁もどんどん崩れていった。

ぎりぎり一杯のところで、二人は押し合いを続けていた。

さやかが力を放出するのも、もう限界だった。

祐一が盾を維持するのも、同じく限界だった。

だが、負けられない思いが、二人を踏みとどまらせている。

 

「君のこの戦いの先に、一体何があるの!? 例え私に勝って、あの人にも勝って、最強の座を手に入れたって、君には何も残らない! その先は無いんだよ!」

「・・・ああ」

「どうしてそうまでして、周りとの繋がりを断ち切ってまで行かなくちゃならないの!? そうやって、求める場所に辿り着いて、君は満足なのかもね・・・だけど! 残されたひと達はどうなるの!? 残される辛さ、悲しみ、痛み・・・君にわからないはずないでしょう!!」

「・・・ああ、わかってる」

「だったらどうして! みんなの・・・エリスちゃんの想い、イシスちゃんの想い・・・それを切り捨てて、裏切って行くの!? あの二人が、どれだけ君のことを想っているか・・・・・・私だって・・・! それでも君は!!」

「それでもだ!!」

 

崩壊寸前の盾の後ろで、祐一は剣の柄に手をかける。

そこに、本当に最後の力を掻き集めていく。

 

「祐漸は、最強の座を目指して闘い、志半ばで病に冒され倒れた! 地上で一乃と過ごした最期の一時は、穏やかで、安らかで、それも悪くなかった。だが、心の底には、深い後悔の念があった。最後まで闘えなかった・・・その無念を抱えたまま死んでいったんだ!」

「・・・・・・!!」

 

祐一がこれほど声を荒げるのを、さやかは見たことがなかった。

彼女自身がそうであるように、祐一もまた、どこか冷めた感情の持ち主だった。

絶対に揺るがない心の持ち主だと思っていた。

それが今、はじめて内に秘めた感情を爆発させていた。

 

「今の世に転生して、まだ記憶が戻らない内にあの男と出会った時、奇妙な感覚を覚えた。あいつの強さに単純に憧れた・・・そうあの頃の俺は思っていた。だが祐漸としての記憶を取り戻すにつれて、わかったんだ。あの時俺は、俺の全てを出しつくして戦える相手と出会えたことに喜び打ち震えていたのだと!」

 

あの男と、自ら最強と名乗り、誰にも負けない強さを持つ雛瀬豹雨という男と、真の最強を賭けて闘いたい。

そう祐一は、強く思った。

 

「だから俺は魔界に帰ってきた! かつて祐漸が決着をつけられなかった奴らを倒し、魔界最強の座を手にしてあの男の前に立つために! 例え、他の全てを捨てることになっても、俺は立ち止まるわけにはいかない・・・あの男と向き合うまで、俺は闘い続ける!! それが、俺が今この時に生まれ変わった意義だから!!!」

 

祐一はデュランダルを強く握り締め、地面から引き抜いて振りかぶる。

辛うじて持ちこたえていた盾が、剣の支えを失って崩壊する。

眼前に迫る消滅の光に向かって、祐一は剣を振り下ろした。

そして、全てが光に包まれた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 今まで多少熱血してみせても、常にクールを通してきた祐一が、はじめてその心の内を叫ぶ戦い。あくまで己の選んだ道を突き進もうとする祐一と、それを止めようとするさやかの戦いの結末は・・・!
 最近、ここがあとがきというよりは次回予告みたいに思えてきた・・・というか、次回はついにUltimate本編最終回である。