デモンバスターズUltimate
−14−
『こら、ガキ』
『なんだよ、チビ』
『とりあえずその生意気な言葉遣い改めなさい。アタシはあんたよりずっと年上なのよ』
『つまりチビババアってことか』
『殺すわよ? まぁ、あんたみたいな弱っちぃガキなんか放っておいてもすぐ死にそうだけど』
『言ってろよ。すぐにおまえらよりもずっとずっと強くなってやるからな』
『偉そうに。なれるものならなってみなさいよ』
『おう、絶対になるさ』
『大した自信ね。仮にそうなったとしても、アタシはそれよりさらに強くなるわよ』
『なら俺は、それよりもっと強くなってやる』
『いい根性してるわね。いいわ、そう言ったからにはあんた、アタシ以外の誰にも負けるんじゃないわよ?』
『おまえこそな。俺がおまえより強くなるまで、誰にも負けるなよ』
『約束してやるわ。アタシは誰にも負けない』
『俺も、誰にも負けたりしない』
そんな約束を最初に交わしたのは、出遭って間もない頃だった。
あの日から二人はずっと、時に競い合い、時に支え合って、共に闘い続けていた。
力が及ばない時、心が砕けそうな時、いつも傍らにはそいつがいた。
共に強くなることを誓った二人は、最高のパートナーであった。
その二人が今、魔界最強の座を賭けて、己の全てを掛けて闘おうとしていた・・・。
「約束、守り通したわね」
「おまえもな」
祐一とエリス。
二人は無人の荒野で向き合っていた。
こうして会うのは、ロキの城を出て別れて以来、一年そこそこ振りである。
だが、互いの噂は絶えず聞いていた。
魔界の強豪達と、場所は違えど、闘い続けてきたから。
あの日の約束のため、誰よりも強くなるために。
「だけど、“誰にも負けない”って約束は、今日で終わりね。だって・・・」
エリスがレヴァンテインを手にとって笑みを浮かべる。
「ここでアタシが、あんたに勝つもの」
「同じ台詞、返してやるよ」
祐一もデュランダルを抜いて構える。
こちらも、笑っていた。
「最後まで約束守れるのは、どっちか一人ってわけだ」
「そうね」
この瞬間を、二人とも待ち望んでいた。
一番近くにいた、一番頼りにしてきた、一番の相棒。
いつも一緒にいた、そんな相手だからこそ、闘いたかった。
二人は最高のパートナーであり、最高のライバルであったから。
だから闘おう。
そのために今、ここに二人はいた。
「行くわよっ!」
「来い!!」
先に仕掛けたのは、エリスだった。
レヴァンテインを振りかぶり、正面から斬りかかる。
その速度、斬撃の鋭さ、いずれも今まで祐一が見てきたエリスの比ではなかった。
ズンッ!!
祐一が体を開いて斬撃を回避すると、エリスの剣は大地を両断した。
剣を振り抜いた後の隙を狙って攻撃する祐一の剣を、刃を返してエリスが受け止める。
受け止めた剣を巻き取るようにいなしつつ、エリスは祐一の懐へ入り込む。
「ちぃっ!」
咄嗟に祐一はデュランダルから左手を放し、氷刀を生み出してエリスの攻撃を受ける。
攻撃を止められて動きの止まったエリスの体を蹴り飛ばし、それへ向かって左手の氷刀を飛ばす。
「ハッ!」
飛来する氷刀を、エリスは炎の魔力をまとうことで蒸発させる。
そして今度は、左右にステップを踏んで揺さぶりをかけながら斬り込んで行った。
キィンッ!
エリスの剣を受けた祐一は、その動きに舌を巻く。
元々剣は素人だったはずのエリスだったが、この動きは既に達人の域に達している。
それは、実にエリスらしい、豪胆でいて常に一手二手先を読んだ動きをする剣であった。
そして、端々に見え隠れする、誰かの面影。
すぐに祐一は、エリスが今まで見てきた剣の型を取り込んで自らの剣にしたのだと気付いた。
剣の腕を磨くことで、よりその力を活かせると思ってのことであろう。
「(やっぱりおまえは天才だな・・・だが!)」
パワーもスピードも最大限に活かしたエリスの剣は手強い。
しかし祐一はそれらを尽く捌いていく。
それだけでなく、ほんの一瞬の隙を見逃さずに反撃に転じた。
「おらぁっ!!」
「っ!」
祐一の剣がエリスの剣を一瞬圧倒する。
辛うじて防御したエリスは、ガードごと大きく弾き飛ばされた。
「剣の勝負で俺に勝てると思うなよっ!」
例えエリスがどれほど腕を磨こうと、祐一も同じだけの時間腕を磨いてきたのだ。
ましてや剣に関しては、明らかに年季が違う。
「俺を倒すつもりなら、おまえの持てる最大の力で来い! エリス!!」
「・・・いいわ」
一旦剣を下ろし、エリスは魔力を高める。
解放された魔竜王の力で竜化したエリスの魔力が発する衝撃波が、砂塵を巻き上げる。
世紀の怪物フェンリルすらも倒したエリスの超魔力は、まさに圧倒的の一言であった。
「望み通りにしてやるわっ、祐一!!」
大地を蹴ってエリスが跳ぶ。
その速さも、力も、先ほどまでをさらに何倍も上回っていた。
さしもの祐一の、その驚異的なパワーに気圧される。
「ぐっ・・・!」
振りぬかれたエリスの剣圧だけで、祐一の体が吹き飛ぶ。
中空に投げ出された祐一目掛けて、エリスのドラゴンブレスに放たれる。
祐一は剣の重みと体のバネを使って空中で姿勢を変え、なんとかそれを回避した。
だがその時既に、エリスは祐一の眼前に迫っていた。
ドォンッ!!
エリスの放った一撃が祐一を直撃する。
ガードする間もなくまともに喰らった祐一は、地面に激しく叩きつけられた。
「どうしたの、まさかそれで終わりじゃないでしょうね?」
「当たり前だろう」
自身の体が叩きつけられてできた穴から這い出た祐一は、全身に魔力の障壁を生み出していた。
それが、さらに強まり、エリスに勝るとも劣らないほど強大なパワーを発する。
祐一自身の魔力と、デュランダルが周囲の大気と大地から掻き集めた力を合わせた時、その総量はフェンリルにも劣らない。
それでも今のエリス相手には若干及ばないが、そこは剣の腕と、かつて闘神と呼ばれた戦闘センスによって補うこととする。
総じて二人の力は、互角であった。
「お互い、小手調べとウォーミングアップはこれくらいでいいだろう。ここからだぜ」
「ならそろそろ、本気で行くわよ」
そこからの闘いは、壮絶を極めた。
互いに持てる力、技術の全てを注ぎ込んで、相手を倒すことに全力を尽くした。
そして二人は、一撃一撃に、己の想いを強く込めていた。
激しい闘いの中、二人はそれを通じて、語り合っていた。
――祐一・・・
エリスは、ずっと昔から闘神祐漸のことを知っていた。
事有る毎に耳にたこができるほどイシスから聞かされていたのだ。
うんざりするほどしつこく聞かされる中で、いつしかエリスは、その伝説の魔神に憧れを抱くようになっていた。
――あの頃のアタシは、どうしようもなく弱くて・・・自分じゃ何もできなかった
強大な力を持った父親に、その周りにいた魔神達に、常に怯えながら幼い日々を過ごした。
思い返すと情けなく思うほど、当時のエリスは無力だった。
だからこそ、絶対的な力をもって最強と謳われた伝説の存在に、エリスは惹かれていた。
――そう、アタシはずっと、その男みたいになりたかった
そんな時、偶然地上で出会ったのが、豹雨という男だった。
イシスの話に出てきた伝説の魔神と、驚くほどよく似た存在感を持った男に出会うことで、エリスはそれまでの無力感から抜け出す道を見出した。
この男を超えることができれば、自分も闘神祐漸のようになれる。
そう思ってエリスは、豹雨と行動を共にするようになった。
形は違えど、同じように豹雨に惹かれて集まった楓やアルドも一緒に、最強を目指した。
そして、地上で死んだという闘神祐漸所縁の地に訪れた時、祐一に出会ったのだ。
最初の印象は、生意気なガキ。
それが、少し見所のありそうな奴に変わったのはわりとすぐのことで、やがて共に頂点を目指したいと思うようになった。
互いに背中を任せられる、エリスと祐一の関係はそうしたものになっていった。
――・・・そのあんたが、実は闘神祐漸本人だったって知った時の気持ちは、言葉じゃ表現できないわね・・・
複雑なことこの上なかった。
その時点で既に、恋心を認識しつつあっただけに、それが崇拝していた伝説の存在だった知った時、表にこそ出さなかった、エリスは天地がひっくり返るような感覚を覚えていた。
今自分は、祐一の何に惹かれているのか、それすらも混乱した。
それをずばり指摘してきたのが、先に戦った阿修羅であった。
『そなたは、あの男の強さに惹かれている』
だとするとエリスは、祐一の中にいる祐漸の持つ強さに惹かれているのか?
それとも、はじめて会った時から見てきた、祐一自身に惹かれているの?
その答えを知るために、エリスは祐一を超えたいと思った。
はじめて出会った小さな子供だった時は明らかに自分の方が強かった。
それがぐんぐん力をつけていつしか互角となり、前世が最強の魔神とわかって気がつけば彼は、とてつもなく大きな存在となっていた。
父との決着をつけ、宿敵との決着をつけ、今エリスの心を支配しているのは祐一のことだけである。
最後に、祐一と決着をつけること、それがエリスに残された、最後の試練だった。
――祐一、アタシはあんたを超える! アタシ自身の心を知るために!
祐一にとってエリスは、姉であり、ライバルであり、背中を預けあえる最高のパートナーであった。
はじめて出会い、共にデモンバスターズを名乗った時、四人の中で最も近い距離にいたのがエリスだった。
こいつには負けたくないという思いで腕を磨き、いつしか肩を並べるまでになっていた。
そんな時、前世の記憶を取り戻した。
闘神祐漸としての記憶の中で、一つ印象に残っていたものがあった。
それは、かつてのフェンリルとの戦いの最中で聞いた言葉。
『わしを最高に昂ぶらせてくれる存在がいるのだ。貴様もいずれ、会ってみればわかる』
再会したフェンリルが語った、ずっと待ち続けていた存在、それが魔竜王と呼ばれる存在だった。
遥か古より、呪いの血を受け継ぐことで強大な力を磨いてきた最強の竜。
そしてエリスは、それを継ぐ者だった。
会えばわかると言われた、それがわかった。
歴代最強の魔竜王となったエリスは、その宿敵フェンリルをも倒すほどの力を身につけた。
その存在が、世紀の怪物と謳われたフェンリルをもってして最高に昂ぶらされると言わしめた存在が、祐一の最も近くにいた。
エリスが魔竜王の力を受け継いだ時、フェンリルと同じように、祐一もまた心を昂ぶらされていた。
――エリス、おまえと最も強く闘ってみたいと思ったのは、あの時だった
それまでもずっと、エリスと闘いたいという思いはあった。
いつか、そんな日が来るだろうと、漠然と感じてはいた。
あの時、バベルの塔で、魔竜王の力を受け継いだエリスを見た時、祐一と祐漸の思いは一つとなった。
――闘ってみたい、こいつと・・・そう思った
祐一として、常に共に歩んできたパートナーでありライバルである少女と。
祐漸として、あのフェンリルが最大の宿敵と呼んだ存在と。
闘って、そして、倒してみたい。
そう強く思った。
――俺は、おまえを倒したい! 魔竜王エリス!!
どれほど闘い続けていたのか。
ほんの数分だったように思われ、永遠だったようにすら思えた。
時間の感覚など、とうの昔になくなっている。
体の感覚も、なくなりかけていた。
全てを出し尽くした体を横たえ、エリスは空を見ていた。
「(・・・・・・負け、か・・・)」
長く続いた闘いの末、エリスは渾身の力を込めた特大の一撃を放った。
全魔力をレヴァンテインに込めた一刀を祐一へ向けて振り下ろした。
かわすことなどできないはずだった。
防御するしかなかった祐一は、その通り防御して、受け止めてみせた。
最大最後の一撃を止められ、力を出し尽くしたエリスは、祐一の最後の一撃を受けることもかわすこともできず、今こうして倒れている。
体中が悲鳴を上げていたが、痛みは既に通り越しているようだった。
動かない体に対して、頭はすっきりしている。
そんな脳裏に、阿修羅の言葉が浮かんできた。
『勝者がいつまでも敗者の下に留まるな。あの男は倒れた相手になど見向きもしなかったぞ』
勝者となった祐一は、自分を置いて先へ進むのかと思った。
闘いの果て、さらに上の強さ、遥か先の世界。
そこへ行くことができるのは、勝ち続けた者だけである。
この闘い勝った祐一は、この先へ進んでいくだろう。
敗れた自分は、もうそれについていくことはできない。
そう思った時、エリスは負けた悔しさよりも、その寂しさで思わず泣きそうになった。
「なんだおまえ、何泣いてんだ?」
「え?」
エリスの顔を影が覆う。
頭上からかけられた声に顔を上げると、祐一が手を差し伸べていた。
驚いたのは一瞬で、すぐに泣き顔を見られたことの羞恥でエリスは顔を赤くする。
「う、うっさい! 負けて悔しいのよ悪かったわねっ!」
悪態をつきながら、エリスは笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。
「(ふんっ、阿修羅、“あんたの祐漸”はそうだったのかもしれないけどね、こいつは“アタシの祐一”よ。遥か上の高みへ、ずっと先の世界へ、一緒に強くなって行こうって約束した奴なんだから!)」
この先もずっと一緒に行ける。
絶対に面と向かって口に出したりはしないが、それが嬉しくてエリスの心は躍る。
喜びで心と体の重さも全て吹き飛び、差し伸べられた祐一の手を取る。
ぐいっ
互いに力を入れて引っ張り合おうとした時。
「あ・・・」
「あ・・・?」
エリスの体を引き上げるはずだった祐一の体は、逆にエリスに引っ張られてその上に倒れこんだ。
バタッ
「わーっ、ちょっと、こら! 重いわよ、このバカー!」
真上に倒れこまれて、密着した状態が重いやら痛いやら恥ずかしいやらでエリスはじたばたともがく。
「仕方ないだろ・・・こっちももう、へとへとなんだよ・・・」
なんとか、という感じで祐一は体を半分起こし、エリスの上からどいてその横に並ぶように転がった。
「まったく・・・!」
「悪い悪い」
頬を膨らませるエリス。
だが、すぐにその頬も緩む。
「ふふふっ」
「ふっ」
「あはっ、あはははははは!」
「はははははははっ!」
二人は仰向けに寝転んだ状態で、声をあげて笑いあう。
全てを出し尽くして闘った末、勝ち負けはついたが、互いに晴れやかな気分だった。
特にエリスは、思い残すことが、これで全てなくなっていた。
「(やっと・・・アタシの闘いも、一休みね・・・)」
ずっと闘い続けてきた。
たぶん、あの日からずっと。
父親の影に怯えていた頃。
宿敵の存在を知り、その打倒を誓った時。
最も闘いたかった男と闘えた瞬間。
その全てから今、エリスは解放された。
ようやくあの日失くしたものを、父が母を殺したあの日から失くした心からの笑顔を、少女は取り戻した。
今、最高の気分でエリスは、最高の笑顔を一番好きな男に向けていた。
「ねぇ、祐一」
「なんだ?」
「これからもずっと、一緒に強くなろう。遥かな高みへ、その先にある世界まで、一緒に行こう!」
「・・・・・・ああ、そうだな」
エリスは気付かなかった。
答えを返した祐一の、どこか寂しげな笑みの意味に・・・。
あとがき
魔界の覇者を決めると称して始まった戦い。その最後は祐一とエリスの決着によって幕を閉じることとなった。ずっと何かを背負い続けていたエリスが、はじめて全てから解放された瞬間である。人気投票でも並んで1位を取った二人の想いを込めた戦い、うまく描けたであろうか? ひねくれ者のエリスをようやく笑わせることができて、書いた側としては満足であった。
この戦いを通して特に描いたのは、エリスの想いの方であった。そういう意味ではこれは二人の戦いではあるが、“エリスの戦い”なのだ。そして次回は今度こそ、“祐一の戦い”が・・・その相手とは!