デモンバスターズUltimate

 

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それはまるで、終末の世界のような光景であった。

直系数キロに渡って、大地は破壊されつくしている。

本来一つでも恐るべき破壊エネルギーを生み出す究極の一撃。

それが二つ同時に放たれ、ぶつかりあったのだから、当然の結果と言えた。

バベルの塔の時は、塔の外周に巡らされた障壁によって最小限に威力が抑えられたが、解放された空間で使われたなら、これほどの破壊をもたらすのである。

一切の生命の存在を許さない滅びた空間の中心で、両者は尚も、立っていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

 

エリスは、既に竜化も解けており、魔力も限界まで搾り出された状態だった。

 

「ふー・・・ふー・・・ふー・・・・・・」

 

フェンリルも満身創痍の体で、同じく魔力は根こそぎ今の一撃で使い果たしていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・!」

「ふー・・・ふー!」

 

だが、限界まで力を使いきって尚、二人の闘争心は消えていない。

まだ、決着はついていなかった。

 

「楽しい・・・楽しいぞエリス・ヴェイン。わしは今最高の刻を感じているぞ!」

「・・・まったく・・・しつこい化け物ね」

「くくくっ、前回はここまでであったな。だが今回は、まだまだだ」

「・・・・・・」

「もっとだ・・・もっとわしを感じさせろ! 生きていることを! 闘っていることを!!」

 

ぼろぼろの体で、フェンリルが跳ぶ。

最初に比べたら、まるで遅い。

だがエリスの方も、素早く動いてかわすほどの速さは残っていない。

辛うじて後退することで振り下ろされた前足をかわす。

 

ズンッ!!

 

フェンリルの前足が大地を割る。

巨体から繰り出されるパワーは、まだまだ健在であった。

 

「さぁ、どうした! さぁ! さぁ!!」

 

逃げるエリスを執拗に追い回すフェンリル。

鈍っていると言っても、それは本来のフェンリルとエリスに比べたらということで、まだまだ並の魔神の及ぶ世界ではない。

最早限界を迎えているはずなのに、あくなき闘争心だけが、二人の体を動かしていた。

 

「こんのぉっ!」

 

ドシュッ!

 

隙を見て横へ回り込んだエリスの攻撃がフェンリルの横腹を捉える。

だが、浅かった。

ダメージを受けているとはいえ、フェンリルの堅い体毛と皮膚を傷つけるには、エリス自身も消耗し過ぎている。

フェンリルは速度が足りずエリスに攻撃を当てられず、エリスはパワーが足りずにフェンリルにダメージを与えられない。

一見互角の条件に見えるが、この構図では先に体力を使い切った際、エリスの方が圧倒的に不利であった。

 

「(ケリをつける一撃は、今しか食らわせられない・・・!)」

 

ならば、できることは一つだった。

エリスは逃げるのをやめ、剣を構えて正面からフェンリルに対する。

 

「動きを止めるとは、それで終わりか! エリス・ヴェイン!!」

 

真っ直ぐ、フェンリルは向かってくる。

じっと立っているエリスに向かって、フェンリルの右前足が繰り出される。

 

「(そこ!)」

 

それを、エリスは狙っていた。

フェンリルが正面から仕掛けてきた瞬間、タイミングを合わせてカウンターを喰らわせる。

相手の力を利用することで、足りないパワーを補うのである。

 

ドシュッ

 

狙いすましたエリスの剣が、フェンリルの爪の間に食い込む。

そこからさらに、エリスは押し込んでいった。

 

「でぇぇぇぇぇぇぇぃぃぃぃぃっ!!!!」

 

ズシャァァァァァァァァッ!!!

 

「ぐ、ぐぉぉぉぉぉぉ・・・・・・!!」

 

前足の付け根に向かって、剣を押し込む。

そこから、胸の方まで斬り込んで行った。

 

「だぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

ザシュッッッ!!!

 

左の脇腹まで達するまで、エリスは一気に剣を振り抜いた。

フェンリルの右前足が千切れ飛び、胸から腹にかけて裂かれた傷から大量の血が吹き出す。

エリスの必殺の斬撃が、完全に決まっていた。

 

「がはぁ・・・っ!!!」

 

自らが流した血に染まる大地に、フェンリルの巨体が倒れ伏した。

 

「はぁ! はぁ! はぁ・・・!」

 

剣を振り抜いた体勢のまま、エリスは息を荒くしていた。

その耳が、フェンリルの動きを感じ取る。

肩越しに振り返ると、前足を一本失った状態で、尚もフェンリルは立とうとしていた。

 

「ぐぬ・・・ぐぬぬぬぐぅ・・・・・・!」

 

その爛々と輝く眼が、エリスを見据える。

口元が、牙を剥き出して歪む。

こんな姿になってもまだ、フェンリルは笑っていた。

 

「この・・・痛み! これ、だ・・・・・・もっと・・・もっと感じ、させろ・・・まだまだ、感じ足りぬわっ!!」

 

間違いなく致命傷を負った体で、フェンリルはエリス目掛けて跳んだ。

大きく開かれた口が、大地に牙を突き立てる。

後ろへ跳んでかわしたエリスを睨みつけ、さらにフェンリルが動く。

恐るべき闘争心だった。

 

「しぶとい・・・奴・・・!」

 

エリスの方も、もうほとんど動く力が残っていない。

しかし、そのフェンリルの姿を見ていると、心の中で疼くものがあった。

心臓が熱い。

心の中で、何かが語りかけてくる。

 

――マダ、奴ハ動イテイル

――コロセ

――奴ヲ

――フェンリルを!!

 

それは、魔竜王の妄執、怨念。

バベルの塔で一度は霧散したそれは、今尚ドラゴンズハートに残っていた。

狂おしい執念が、目の前の獣を殺せとエリスの中で叫んでいる。

突き動かされるように、エリスの体が動く。

瞳を紅くさせたエリスが、迫り来るフェンリルに向かって剣を振るう。

 

ドシュッ!

 

牙をかわし、左前足を縦に切り裂く。

完全に腱を断ち、今度こそ地に倒れ付したフェンリルは、起き上がることすらできなくなった。

 

「まだ・・・まだぁっ!!!」

 

それでも後ろ足だけで地面を蹴ってエリスに襲い掛かるフェンリルの右目に、剣を突き立てる。

返す刃で両後ろ足の腱をも断ち切った。

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

「フー! フー! フー!」

 

もはや身動き一つ取れなくなったフェンリルの片目が、エリスを睨みつける。

こうまでなって、まだ闘争心を燃え滾らせた眼が、エリスの殺意を駆り立てる。

最早フェンリルに闘う力などない。

だがフェンリルは、まだ生きている。

 

――コロセ!!

 

心の奥から響いてくる声に突き動かされて、エリスが剣を振りかぶる。

いかな不死身に魔獣と言えど、首を落とされれば終わりであろう。

その最後の一振りで、全て終わる。

魔竜王と、フェンリルの因縁が、全て・・・。

 

「これで・・・!!」

 

終わり。

そう思った時、エリスの前に立つ者がいた。

両手を広げ、フェンリルを庇うようにエリスの眼前に立ったのは、ヘルであった。

同じロキの子、フェンリルの妹が、兄を庇って立っている。

言葉は無く、恐怖に体を震えさせながら、それでも真っ直ぐエリスを見据えて。

 

「・・・・・・」

 

ヘルは恐ろしかった。

兄を凌駕するほどの力を持った目の前の少女が。

兄が望む闘争を邪魔してしまっているという事実が。

兄が、死にそうになっているということが。

全てが恐ろしくて、ヘルは震えていた。

それでも、死んでほしくなかった。

どんな存在でも、フェンリルはヘルの、兄であったから。

 

「・・・・・・」

 

じっと、眼前に立つヘルを見据えるエリス。

やがてエリスは、静かに剣を下ろし、踵を返した。

 

「あっ・・・・・・ありが・・・とう・・・」

 

その背中に向かって、ヘルが声を絞り出してお礼の言葉をかける。

 

「・・・礼を言われるような筋合いはないわよ」

 

そう言い残して、エリスは立ち去った。

その姿が見えなくなると同時に、ヘルはその場にへたり込んだ。

 

「こ・・・怖かったぁ・・・・・・」

「・・・ヘル・・・貴様・・・・・・余計な真似、を・・・」

「ごめんなさい、兄様・・・。だけどどうしても、死んでほしく、なかったから・・・」

 

だから必死に割って入った。

弱っていたとはいえ、ヘルの力でエリスを止められる気がしなかったが、いざとなれば今どこかで隠れている弟のミドも力を貸してくれたであろうが、それでもエリスに勝てるとは思わなかった。

それでも、助けなかった。

 

「生きててくれて・・・よかった・・・! 兄様・・・。ミドも、そう思ってるから・・・!」

「・・・・・・・・・ふんっ」

 

すぐ近くに、ミドも隠れているのは、フェンリルの鼻も感じ取っていた。

体が動くならば、この鬱憤をぶつけてやりたいところだったが、それも叶いそうにない。

腹立たしいが、不思議と心地よくもあった。

そんな中、思い出したのは何故か今し方の闘いではなく、バベルの塔での闘いのことだった。

 

『フェンリル。あんたは確かに強い。個の存在としてあんたに勝てる奴なんていないかもしれない。だけど・・・あんたはそれだけよ。アタシは一人じゃない。この力は、アタシ一人のものじゃない!』

 

あの時のエリスの言葉を、今なら少しだけ、理解できるような気がした。

悠久の時の中、ただ二人、常にフェンリルと共にあった者達、妹と弟がいた。

そして今こうして、傍らにはその二人がいる。

それが、一人ではないということなのかと、フェンリルは思った。

 

「(・・・悪くない気分よな・・・・・・ふんっ、わしも焼きが回ったか)」

 

敗北は素直に悔しいが、最高の闘争に興じられたことと、妹と弟の間にある絆に気付いたことで、妙に心安らかであった。

 

「(エリス・ヴェイン、今回はわしの負けにしておいてくれる。だが次はこうは行かぬぞ)」

 

この傷を癒やすには、不死身のフェンリルと言えど相当の年月がかかるであろう。

だが、闘争心が消えたわけではない。

遥か未来に、再び相見えて闘う日を想い描きながら、フェンリルは一時、眠りについた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両者の魔力は、既に尽きていた。

これ以上の魔力を集めることは、祐一にはできない。

これ以上の魔力を吸収することは、アシュタロスにはできない。

限界が訪れたのは、まったく同時であった。

 

「チッ、タフだなおまえも・・・」

「君もな。まさか私が喰らい切れないほどの魔力を集めるとは・・・」

 

魔力が空っぽになった状態で、二人は対峙している。

残る武器は、己の体そのものと、手にした剣のみ。

 

「あとは、こいつで決着をつけるしかないな」

 

祐一が剣を構える。

 

「剣の戦いか。それもまた美しい」

 

アシュタロスも同じく、剣をもって対する。

 

「言っておくが、剣をもっては俺とアスモデウス、阿修羅が絶対の三強だぞ」

「さて、それはどうかな」

 

互いに自信に溢れた表情で笑みを交わす。

そして、同時に駆け出し、踏み込む。

 

ギィンッ!

 

最初と同じ構図。

祐一の剛の剣を、アシュタロスの柔の剣が捌いていく。

だがそれだけではなく、アシュタロスも時に激しく斬り込み、祐一もそれを受けては柔軟に受け流す。

その闘いは、アシュタロスの言ではないが、確かに美しかった。

見ていた者がいたなら、それを剣の舞と称するかもしれない。

二人の魔神は、剣をもって舞っていた。

剣をもって語り合っていた。

最高の瞬間を、剣をもって闘っていた。

 

カキィンッ!

 

百度、切り結んだ。

それでもまだ勝負はつかない。

魔力を使い果たした二人は、既に体力も限界であったが、倒れることはなかった。

しかしいつか、決着はつくものである。

 

「感謝する、相沢祐一。この私に、最高に美しい時間をくれたことを」

「ああ、俺も楽しかったぜ」

「名残惜しいが、そろそろ終わりにしよう。君を倒し、私は一人さらなる高みを目指す。遥かなる世界、美しき至高の場所へ」

「一人・・・か。おまえはそこへ、一人で行くつもりなのか?」

 

僅かに眉をひそめて、祐一はアシュタロスの発した一言に疑問を投げかける。

それに対して、アシュタロスは疑問を投げ返してきた。

 

「逆に問おう。君は己一個のために闘っていながら、何故そうも他者との繋がりを重んじる?」

「・・・・・・」

「この闘いの果て、最後の勝利者はたった一人だ。その者だけがさらなる世界へと行くことができる。そこに繋がりなど不要であろう。なのに、何故だ?」

「・・・・・・なんだよアシュタロス。おまえは、そんなこともわからないのか」

「わからないな」

「だとしたら、おまえの器もそこまでだ。悪いがこの勝負、おまえは俺には勝てん」

「ほう。では、見せてもらおうか」

「ああ、見せてやるさ」

 

互いに剣を構えなおす。

これが、最後の一太刀になることを、二人とも知っていた。

次で、勝負が決まる。

 

「「いざ!!」」

 

二人同時に、斬撃を繰り出す。

 

ギィィィンッ・・・ザシュッッッ!!!

 

片方の剣が折れ飛ぶ。

切り裂かれた胸から、血が飛び散る。

斬られた方が倒れ、斬った方は剣を納めた。

 

「・・・だから言ったろう。おまえは俺に勝てんと」

「何故かな・・・。他者との繋がりが、それほど大きなものか?」

「当たり前だ。比べる相手がいなけりゃ、たった一人じゃ、最強にすらなれないだろう。相手がいなけりゃ、闘うこともできないだろうが。今、俺とおまえの間にあるものも、繋がりだ」

「・・・闘う相手との・・・繋がり・・・」

「この世に生きてる限り、多かれ少なかれ繋がりは存在するんだ。あるものを否定してる奴に、俺は倒せない」

「なるほど。あるがままの世界を見ていなかった私が、先の世界へ行けるはずもない、か・・・」

 

負けたアシュタロスの表情は、穏やかだった。

その視線が、一度空を見上げ、改めて祐一に向けられる。

 

「だが君はどうする? その体で、何を成そうとしている?」

「・・・・・・」

 

戦いの中で、アシュタロスも気付いたようだった。

祐一の体は、もう長くもたない。

そんな体を抱えたまま闘い続ける祐一は、いずれ・・・。

 

「君は闘っていく・・・さらなる高みを目指して。だが、その先に何がある? そのまま進めば君は、君が重んじる繋がりを自ら断つこととなるぞ?」

「そうかもしれないな」

「それでも君は、行くと言うのか?」

「ああ」

 

はっきりと、力強く、祐一は頷いた。

 

「否定するのではなく、それを覚悟の上で断ち切るか・・・」

 

アシュタロスはそこに、祐一の強さを感じた。

己の心は絶対だと信じて疑わず、今まで生きてきたが、この男には、全てにおいて負けたと思った。

 

「私の負けだ、相沢祐一。見事だった。美しい闘いをありがとう」

 

たった一度の闘争の終わりと共に、アシュタロスは静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終末の魔獣フェンリル、そして魔界公爵アシュタロス。

彼らが倒され、ついに残っているのは、あと二人となった。

真魔達の頂点に立つ存在の中で、尚最強と謳われた者達のさらに上に辿り着いた二人。

だが、最後の勝利者となるのは、たった一人。

今、魔界の真の覇者を決める、最後の闘いが始まろうとしていた・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 とうとう、ここまで来た・・・。FINALの時点でついに決着のつかなかったフェンリルとアシュタロスとの、完全決着! 最後は一気に書き上げてしまった。特にエリスとフェンリルの闘いはもう気合入りまくりというか、一筆入魂という感じで・・・最後の辺りなんて特に。自分で描いておいてあれだけど、ここにおいては明らかに祐一とアシュタロスの闘いがエリスとフェンリルのそれに対して見劣りしている・・・。まぁ、本当の意味での“祐一の闘い”はこの先に描かれることになるので、今回の主役はエリス、フェンリル、そしてアシュタロスということで。
 そして次回は・・・・・・もったいぶっても仕方ない、文句無しの覇者のゲーム最終戦、祐一vsエリス! 戦い抜いてきた、勝ち抜いてきた二人による最後の勝負に、ご期待あれ。