デモンバスターズUltimate
−11メガスペシャル−
「そうか・・・オシリスがな」
イシスからオシリスとアシュタロスの戦いの顛末を聞いた祐一は、そう言って友の姿を思い浮かべた。
正直、長い付き合いと言えば長い付き合いだが、オシリスの仏頂面が考えていることは祐一にも読めないところがあった。
はじめて会った時も、本当は戦うつもりで行ったはずが、いつの間にか無二の友として傍らにある存在となっていた。
そんな男ゆえに、このゲームに参加した意図も、あえてアシュタロスに挑んだ意図もわからない。
ただ結果として、祐一はアシュタロスに関する情報を入手することができた。
それだけである。
「祐様、兄上は・・・」
「まぁ、今さら何を言っても仕方ない」
敵を討つとか、オシリスの思いを無駄にしないなどということは少しも思わない。
それはあの男が望むことではないからだ。
祐一は、ただ自分自身のために、勝ち続けるだけのことだった。
「さて・・・行くか」
「私も・・・」
「おまえは兄貴の看病してろ。たまには兄孝行しておけ」
「・・・はい」
「残る敵は限られてる。この戦いも、そろそろクライマックスが近いさ」
そう、残る敵はあと僅か・・・。
「・・・・・・はぁ」
「さやか?」
「ぼー・・・・・・」
「さやか、さやかっ」
「ハッ! あんぱん!」
「は?」
「・・・あれ? 今私何言った?」
「あんぱんって・・・」
「あんぱん? 何であんぱん・・・?」
さやかは顎に手を当てて思い悩む。
だが、悩みたいのは見ているヘルの方であった。
困惑させられることの多い相手だが、最近は前にも増してさやかの言動は妙である。
まるで、心ここにあらずと言った感じだ。
「ま、あんぱんはいいや、どうでも」
「そう・・・」
そしてまた、さやかの表情は上の空になる。
悩みがあるなら聞いてあげたいとヘルは思うが、どんなに親しい相手であっても、決して立ち入れない領域というものはある。
お互い、甘えたい時は甘えようと言い合った仲である以上、頼りにされたならいくらでも相談に乗ろうと思う。
だから何も言わない内は、黙って見守ろうとも。
そんな暖かい気持ちになっていると、不意にその心をどん底へと落とす訪問者が現れた。
「やぁ、スイートハニー! 元気だったかい?」
「・・・今、元気じゃなくなった・・・」
「それはいけないな。俺と愛を語り合うことでそれを癒そうじゃないか」
「・・・いや、帰って」
冥王ハデスは、いつでも唐突にヘルの下へ現れる。
はじめて会った時から、自分達は運命で結ばれていると言って、それからずっとこうやって突然ふらりとやってきては不快な言動を残していく。
はっきり言って、迷惑なことこの上ない。
ただ嫌いというだけでなく、ハデスという男の底知れない雰囲気が怖いのだ。
触れ合えば、取り込まれてしまいそうな感じに、どうしようもなく怖さを感じる。
そう感じながら、自分はいつも怖がってばかりだなと、ヘルは思った。
おそらく、“あの時”からだろうと思っている。
ヘルが自らを取り巻くもの全てに恐怖を覚えるようになったのは。
“あの時”より前は、兄のことですら怖くなかったような気さえした。
どちらかというと、無関心だった、とも言えるが。
「さぁ、行こうかハニー。目くるめく、愛の世界へ」
過去への追憶は一瞬で終わり、また不快感がこみ上げてくる。
やはりこの男の場合は、怖いより嫌いが優先されているようだ。
「君、うるさい」
そこへ、不快な言葉を切り捨てる声が割ってはいる。
視線を移すと、さやかが不機嫌そうな顔でハデスのことを見ていた。
「こっちは考え事してるの。邪魔だから出てって」
「いやだね。ここは俺とハニーの愛の巣さ。君が出て行ったら?」
「・・・・・・愛の巣なんかじゃない・・・」
「私は、ここで、考え事をしたいの」
「仕方ないなぁ。じゃあ、俺とハニーが別の部屋へ行くとしようか」
「それもだめ。ヘルちゃんのいる場所で、考え事がしたいの」
「我侭だなぁ、君は」
「君もね」
バチバチと二人の間で火花が飛び散る。
相変わらず互いに薄笑いを浮かべていながら、眼はまったく笑っていない。
この空気は、非常に居心地が悪かった。
「じゃ、どっちが出て行くか、勝負して決めようか」
「いいよ、受けてたってあげる」
「え?」
思わぬ展開にヘルが戸惑う。
しかし二人はそんな彼女に構わず勝手に話を進めていく。
「ここだとハニーの部屋がめちゃくちゃになってしまうね。場所を変えよう。ついてこれるかい?」
「当然」
「オーケー、行こうか」
ハデスの姿が掻き消える。
それを追う様に、さやかも消えた。
二人共に空間を転移したのだ。
あとには、呆然とするヘルだけが取り残された。
「・・・・・・・・・はっ! いけない、止めないと・・・!」
慌ててヘルは、二人の後を追って空間を飛んだ。
辺りに誰もいない場所を選んで、さやかとハデスは対峙していた。
「はっきり言っちゃうとさ、邪魔なんだよね、君」
「私も、君のことは関心しないな。君のやってること、ほとんどストーカーと変わらないよ」
「君には俺の愛が理解できないだけさ」
「うん、できないし、したくもないね」
愛の形はひとそれぞれだと、さやかは思っている。
別にハデスがどんな愛を語ろうが知ったことではない。
しかし、友人であるヘルが嫌がっている行為を看過することはできない。
見ていても癇に障る。
「かわいそうだけど、俺とハニーの仲を邪魔する悪い子には、死んでもらっちゃおうかな」
「その気取った態度、二度とできないようにこてんぱんにしてあげるよ」
二人の力が同時に高まる。
さやかとハデス、共に操るのは冥界の力、冥力。
その力は、冥界門を開き、“あちら側”から力を吸い出して使用するというものだ。
冥力の持ち主同士が戦う場合、まずは同じ場所から別々の門で力を引き出すため、どちらがより強く冥界門を支配下におけるかが勝負の鍵を握る。
ゆえに両者は、自身が穿った門の支配力を高めようと力を注ぎ込む。
その力に、大地が激しく揺れ動いていた。
開かれた二つの冥界門は、まるで互いに共鳴しているかのようにどんどん力の放出を強めていっていた。
揺れはどんどん大きくなり、空気は淀んでいく。
並の魔族ならば、その気にやられ、それだけで死んでしまうであろうほどに。
「だめっ!!」
「ハニー!?」
「ヘルちゃん?」
力を高めあう二人の間に、ヘルが割って入った。
自らの力をもって、二つの冥界門の力を押さえ込もうとするが、さやかとハデスの発する力が大きすぎて御しきれずにいる。
それどころか、制御を外れた力がヘルの身を蝕もうとしていた。
「ヘルちゃんっ!」
「ちっ」
さやかとハデスは急いで自らが開いた門を閉じる。
大地の震動は収まり、冥力の流れに囚われていたヘルの身も解放された。
倒れかけたヘルの体を、さやかが支えた。
「無茶するよ、ヘルちゃん」
「・・・ごめん。だけど、二人が戦ったら、だめ・・・」
「あぁ、ハニー、俺のことを心配してるんだね。でも大丈夫、俺は負けたりしないから」
「私だって、こんなひとにやられたりしないよ?」
「違う。そうじゃないの」
多少ふらつきながらも、ヘルは自分の足で立って二人に向き合う。
「冥力を持つ者同士が、戦っちゃだめなの」
「どういうこと?」
「冥界の力を、異なる二つの門から引き出して、それをぶつけあったら・・・力は際限なく溢れて、暴走する。そうなったら・・・・・・」
「どうなるんだい? ハニー」
「・・・・・・冥力の使い手は、私達三人だけじゃない。もう一人・・・いた、ずっと昔に。私とそのひとが戦った時・・・大陸が一つ、消えた。そして、中心にいた、力を行使した二人は・・・それに巻き込まれて・・・。世界の加護があった私だけが、辛うじて助かった。その私も、こんな体に・・・・・・」
語りながらヘルは、辛そうに自分の体を抱きしめる。
その出来事がヘルの体と心に、深い傷痕を残したことがよくわかった。
ヘルが二人の戦いを止めるのは、同じことを繰り返してほしくないから。
「そうか。やっぱり俺の心配をしてくれてたんだね、ハニー」
「・・・ハデスはどうでもいいけど、さやかに私みたいになってほしくない」
「ヘルちゃん・・・・・・うん、わかった」
ヘルのために戦って、それでヘルを悲しませていたら本末転倒である。
それならばさやかは戦わないことを選ぶ。
「悪いけど俺はわからないね」
「ハデス・・・?」
「ハニーのこととは関係なく俺は、レディ・さやかを殺したいんだよ」
「ハデス!」
「ヘルちゃん、大丈夫」
「でも・・・」
「要は冥力に冥力をぶつけなければいいんでしょ?」
冥力の使い手同士であっても、冥力を使わない戦いならばできるということだ。
以前ロキの城で、ヘルがさやかを押さえ込もうとした時、不意打ちのような形で予め冥界門の支配を完全に自分のものにしていたように、暴走は両者の冥力がハイレベルで拮抗している場合にこそ起こるもので、そうでなければ問題はない。
そしてさやかの持つ力は、冥力だけではなかった。
「俺は別に暴走が起こったって構わないけどね。生き延びる自信はあるし」
「慢心が過ぎると、痛い目を見るよ」
「だから、痛い目を見ないように、危険な芽は潰しておくのさ」
ハデスは再び冥界門を開く。
本当に暴走の危険性などまるで気にかけていないようだ。
冥力で生み出された黒い雷が、さやかを襲う。
バチィッ!!
雷は地面を抉り、その場所は死臭を漂わせて腐っていく。
この世にあっては、全ての生あるものを腐蝕するのが冥界の力である。
本来ならば、同じ冥力をもってしなければ対抗し得ないはずの力だが、それはあくまで通常ならばの話。
魔力であっても、冥力に対する手段はあった。
「甘く見てると、火傷するよ!」
黒い雷の間を縫って、さやかの放つ紅い炎がハデスに迫る。
前回ヘルの冥力を打ち破ったように、魔力で冥力を無力化することもまた可能であった。
「甘いのは、君の方さ」
だがさやかの放った炎は、ハデスの身に届く前に霧散した。
「なっ!?」
「確かに魔力でもって冥力を封じる手段はあるけど、俺は君よりずっと長い間、この力で魔力と相対してきたんだ。そういうツボは、全部把握してるのさ」
ハデスの発する冥力が、さやかの魔力を全て削り取っていく。
防ぐことも反撃することも封じられたさやかは、逃げてかわすしか手がなかった。
しかし、冥力も封じられている以上、転移も使えない。
逃げ回るにも、限界があった。
闇の雷が、さやかの身を絡め取る。
「しまった!」
「捕まえたよ」
力に続き、動きまで封じられたさやかに、ハデスは容赦なく雷を浴びせた。
「くは・・・っ!!」
「さやか!!」
全身を貫く衝撃に、さやかは息を詰まらせる。
体を引き裂かれるような痛みと共に、霊体であるさやかの存在自体が揺らぐ。
「やめてハデス! さやかが死んじゃうっ!」
「そう。ここで殺すのさ。わかってるだろう、ハニー。彼女は危険なんだ、俺にとっても、君にとっても、君の父ロキにとってもね」
「わかってるっ! でも友達なの! 友達だって・・・言ってくれたっ! だからお願い、やめてっ!!」
「ハニーのお願いでもこればっかりは聞けないね。俺は、自分の障害になりそうなものは早めに潰しておく主義なんだよ」
雷の威力がさらに強まる。
ハデスは最大パワーで、さやかの存在を完全に消滅させる気でいた。
魔力を封じられ、冥界門の支配権も完全に明け渡した今、その二つの力でハデスに対抗する術はさやかにはない。
「(・・・なら、三つ目の力、使うしかない・・・かな?)」
それを発動させようとした、その時・・・。
ズバッ!!
闇の雷を、一刀両断にするものがあった。
呪縛から解放されたさやかと、驚きに目を見開くハデスの間に割って入ったのは・・・。
「何を勝手に盛り上がってんだ、おまえらは」
「祐一・・・君?」
「相沢祐一、か」
雷を切り裂いた剣、デュランダルを肩に担ぐようにして持って、祐一はハデスと相対する。
「戦う相手を間違えるなよ、ハデス」
「・・・間違ってるつもりはないんだけど。確かに今は、ロキのゲームの最中だったね」
このゲームには、ハデスも参加している。
同じく参加している祐一と戦わず、参加していないさやかと戦うのはお門違いというものだった。
「でもねぇ、暇つぶしに参加してはいるけど、俺が殺したいのは彼女なんだよね。君とはそのあとで戦ってあげるから、そこをどいてもらえると嬉しいな」
「寝惚けてるのか、おまえは」
「至って正気さ。あぁ、それともあれか、俺の女に手を出すなってやつ? だったら彼女にも言ってやってよ、俺のハニーに関わるなってさ」
「知るか。それはおまえらの問題だろ。おまえらの方で勝手にやれ」
「だから、君がそれを邪魔してるんじゃないか。無茶苦茶だね、君は」
「無茶苦茶で結構だ。とにかくまずは俺と戦え」
「よし、じゃあこうしよう」
平行線を辿りそうだった二人の会話にさやかが割ってはいる。
「直接対決じゃなくて、賭けで勝負しようよ、ハデス君。祐一君とハデス君、どっちが勝つかを賭けるの。私はもちろん祐一君に賭けて、もし負けたら、君の言うことなんでも聞いてあげる。どう?」
「おい、ちょっと待て・・・」
「いいね。その条件飲むよ。俺は当然、俺が勝つ方に賭けるさ」
「だから・・・」
「交渉成立だね。じゃ、そういうことでがんばって、祐一君♪」
「勝手に話を進めるな」
「いいじゃない。女の子を賭けた男同士の戦いって燃えるシチュエーションでしょ? 君が負けちゃったら、あの変態気障男さんの奴隷にされたかわいいさやかちゃんは、あんなことやこんなことを強要されて・・・・・・どう、むかつかない?」
「ったく・・・」
祐一は呆れながら、横でにこにこしているさやかと、向こうでにやにやしているハデスを交互に見る。
「・・・まぁ、確かに。むかつくっちゃむかつくな」
「でしょ。がんばって勝って来てね♪ だけど・・・・・・大丈夫、だよね?」
「・・・・・・」
さやかは、祐一の勝利をまったく疑っていない。
心配しているのは、もっとも別のことだ。
「当たり前だ。まだまだ終わりには遠いんだからな」
だが祐一は、そんな懸念は一蹴する。
「なんだか妙なことになったが」
「そうだね。俺としては、リスクを冒さずに彼女を無力化できるのなら、むしろこの戦いは望むところさ」
「俺に勝てるつもりか?」
「俺は負けないさ」
「上等だ」
ダンッ!
祐一が地面を蹴る。
その姿が、まるで空間転移をしたかのような速さでハデスの眼前に迫った。
「!?」
想像を遥かに絶する祐一に動きに驚愕するハデス。
そんな相手の心境など意に介さず、祐一は右手一本で持った剣を振り下ろす。
ズドンッ!!!
魔力をまとった斬撃が、大地を真っ二つに割った。
辛うじて回避したハデスは、速度に続いてその威力にも驚愕する。
さらに祐一は、横へ逃れた相手に向かって剣を薙ぎ払う。
今度は、衝撃波が地表をまとめて抉った。
「くっ・・・!!」
直撃こそ免れているものの、その力にハデスは圧倒されていた。
強いことは知っていた。
だがまさか、これほどとは思わなかった。
「どうしたハデス、冥王を名乗る力、その程度か?」
「っ!!」
祐一の動きを、ハデスはまったく捉えきれない。
次々と繰り出される祐一の攻撃を、ぎりぎりのところでかわしていくのがやっとであった。
まさしく、圧倒的というやつである。
これこそ、闘争に生きる魔神そのもの。
闘神の呼び名の意味を、ハデスは身をもって体験していた。
「恐ろしいね・・・君は。獣魔王、破壊神、暴君、地獄の番犬・・・そんな通り名が全部かわいく見えるよ。君こそ彼らの頂点に立つ者、帝王・・・カイザーとでも呼ぶに相応しい」
超絶と呼べるこの力、単純に力で対抗できるのは最早フェンリルくらいではないかと思わせられた。
「けどね」
再び祐一の斬撃がハデスを狙う。
かわしても、切っ先から発した魔力がその身を叩き潰す、はずだった。
ブワッ!
しかし祐一の魔力は、ハデスに届く前に四散する。
「っ!」
「残念だけど、俺に魔力を使った攻撃は通用しないのさ」
相手の魔力を封じたハデスは、余裕の表情で立っていた。
「最初は驚かされたけどね。どんなに強大でも、それが魔力である限り俺には通じない。だから言ったろう、俺は負けないって」
「それが冥王の力、か」
「そう。どんな魔神も、その力の源は魔力。それを無力化できる俺は、まさに無敵ってわけさ。君は最強かもしれないけど、無敵の俺には勝てない」
形勢逆転。
お返しとばかりに、ハデスは開いた冥界門から引き出した冥力を練り上げ、祐一に狙いを定める。
魔力を封じられた祐一に、それを防ぐ手立ては無い。
闇の雷が降り注ぐのを、祐一は逃げ回って回避する。
だが先ほどのさやかと同様、ただ逃げ回るのには限度があった。
「ははは、最強伝説もここまでかもね。あんまり興味ないけど、これからは冥王無敵伝説がそれに代わるとしようか」
とうとう、祐一は追い詰められ、避雷針に落ちるように、雷がデュランダルに落ちる。
バチィンッ!!!
雷は剣を伝って祐一の全身を絡め取った。
最早逃れることの叶わない祐一に向かって、ハデスの最大冥力を込めた一撃が迫る。
「おやすみ、最強のカイザー」
ドゴォンッ!!!
特大の雷が落ちた。
全てを蝕む闇の雷が祐一を飲み込んだ。
それで決まったと、ハデスは思っていた。
だが直後に、またしても信じられない光景を見るのだった。
ゴォオオオオオオオオオオ!!!
その現象に、ハデスは目を見開く。
雷が落ちた中心で、祐一は健在だった。
それどころか、自らを取り巻いていた雷を、まるで自分のものであるかのように操っている。
「馬鹿な・・・君は一体、何をした・・・!?」
「・・・大したことじゃないさ」
荒れ狂っていた雷を、祐一は剣を一振りすることで全て掻き消した。
代わりに、その全ての雷は、デュランダルが纏っている。
「俺は前にさやかの力を借りた時、あいつの冥力を使うことができた。その応用さ。魔力じゃおまえに対抗できなくても、同じ冥力なら、どうかな?」
「まさか・・・そこまで・・・・・・」
先ほどの圧倒的パワーもそうだったが、これには見ているさやかも感心していた。
冥力同士の衝突が暴走を招くと言っても、それはあくまで二つの異なる冥界門から発した力同士をぶつけた場合。
だが祐一は、ハデスが開いた冥界門を利用しているわけであり、同じ門から得た力同士の衝突ならば、暴走の危険性はない。
魔力の通じないハデスを攻略するための、これが一つの答えだった。
「さすが祐一君、もうなんでもありだね」
「・・・・・・」
感心するさやかとは別に、ヘル驚き戸惑っていた。
「・・・なんなの・・・あのひと・・・?」
フェンリルにも劣らない、力。
ミドガルズオルムにすら匹敵する、技。
さらには、冥力までも操ってみせる。
そんな存在を、数億年生きてきた中でヘルは、一度たりとも見たことがなかった。
彼は、ヘルの理解を超えた存在であった。
「あのひと・・・普通じゃない・・・。こんなの、ありえない・・・・・・」
「そんなことないよ、ヘルちゃん」
「え・・・?」
普通じゃないと、ヘルは言う。
だがさやかは知っていた。
大きさの差こそあれこれは、この世に生きる者誰しもが持っている力だと。
今の祐一は、あの時のベリアルと同じだった。
燃え尽きる寸前の流星が最も輝きを増すように、残り少ない刻を必死に生きている、そんな当たり前の姿なのだ。
「・・・・・・・・・」
祐一と対峙するハデス、今までで一番険しい顔をしていた。
最早余裕はない。
同じ冥力を使った戦いならば、まだハデスの方に分があるはずだったが、相沢祐一という存在は底が知れなかった。
このまま戦って勝てる公算があるか、ハデスはじっと考えを巡らせる。
そして・・・。
「ふっ」
ハデスは笑った。
「やーめた」
「何?」
「いいよ、今回は俺の負けで。どうも君に勝つのは相当骨が折れそうだねぇ。俺、あまり汗だくになって戦うのは好きじゃないのさ」
「・・・・・・」
「というわけでこの戦い、ギブアップさ」
右手を掲げて宣言してみせると、そこから参加者の証の紋様が消えていく。
確かな敗北宣言であった。
踵を返して、ハデスは立ち去ろうとする。
振り向き様に見せた薄笑いは、祐一の行く末を予見してのことか・・・。
「ちょっと待って、ハデス君」
そのハデスを呼び止めたのは、祐一ではなくさやかだった。
「なんだぃ・・・ぶっ―――!!!」
バキッ!!!
振り返ったハデスの横っ面に、炎をまとったさやかの拳が思い切り入った。
これ以上ないほど、見事はストレートであった。
殴られてふらつくハデスを、右手にまとわせた炎を消しながらさやかが見据える。
「さっきのお返しだよ。今日の負け分はこれだけにしておいてあげる。いつか改めて勝負してあげるよ、君の望む通りにね」
「・・・ふっ、それまで勝負はお預けってことだね。いいとも、君を殺せる日を楽しみにしてるよ、レディ・さやか」
ハデスが立ち去ると、三人だけがその場に残る。
ヘルはまだ祐一のことが怖いのか、さやかの背中に隠れていた。
「そんなに怖いか、俺?」
「ヘルちゃんは怖がりなの。だからあんまり脅かしちゃだめだよ」
「そう言われてもな」
ロキの城に滞在していた時からあまり関わってもこなかったし、これからもそうした機会はないであろう。
「・・・ハデス君、気付いたかな? 君の・・・」
「かもな」
ハデスは他の真魔とは違う。
闘争を目的としておらず、常に己の利益を考え、その上で自身にとって最善の道を選ぶ。
今祐一と戦う必要がないから退いた、そういうことだった。
「いいの?」
「いいさ、あいつは俺の敵じゃなかった。それだけのことだ。むしろ面倒なのはおまえだろ。次は助けてやれないかもしれんぞ」
「あー、もうコツは掴んだから。次は、大丈夫だよ」
「そうか」
挑んでこない相手に、祐一は興味なかった。
とはいえ、今の戦いにも収穫はあった。
「(イシスから聞いたアシュタロスの力・・・どう対処したものかと思ってたが、今の戦いにヒントがあったな)」
ベリアル、アスモデウス、ハデスとの戦いで、昔の勘は完全に取り戻した。
今世になって身につけた技にも、さらに磨きをかけた。
これで、残るは・・・・・・。
あとがき
ハデスと戦うのはさやか・・・と見せかけて祐一、と見せかけてやっぱりいずれさやかなのであったとさ。しかし今回はスペシャルと称した−4−を上回る長さに・・・。だからメガスペシャル・・・次に長くなったらギガスペ、テラスペと・・・・・・意味もないことを・・・。
さてそろそろ大詰め。前回と今回のラストの引きを見ればわかる通り、次回はいよいよ・・・。