デモンバスターズＵｌｔｉｍａｔｅ
−９−
ロキの城に全ての真魔が集結した日から、一年近くが経っていた。
祐一がベリアルを、エリスがガネーシャを、開始早々に二人の大物真魔が倒された以降は、戦いは静かに進行していった。
各地で小規模な小競り合いや、徒党を組んだ魔神達が大物に挑むなどの動きはあったものの、大物同士の衝突は最初の二つ以外になかった。
そんな中、最も多く戦っていたのはエリスである。
あえて下位、中位の魔神を集めて、それら全てと戦うことで、己の力をさらに高める糧としていたのだ。
次いで動き回っていたのが祐一だった。
というよりも、本命と呼ばれる者達の中で実質戦っていたのはこの二人だけであったと言える。
他の大物達は、雑魚と戦う必要性を感じなかったが、いずれも各自の拠点で静観していた。
そうして数々の魔神がふるいにかけられていき、数百人いた参加者は既に、二桁台まで減っていた。
魔界の中央大陸南部に、俗に地獄坂と呼ばれる土地があった。
かつては本当に地獄へ通じる門があったという伝説があるその地は今、一匹の魔獣の縄張りとなっている。
いつの頃からかそこに住み着き、近付く者全てに牙を向くその魔獣はいつしか、こう呼ばれるようになった。
地獄の番犬、と。
「シャァアアアアア！！！」
「でぇいっ！！」
今はただの荒れた岩地となっている地獄坂に、二つの咆哮が木霊する。
ドンッ！！！
一年振りの強大な魔力の衝突に、魔界の大気が震えていた。
戦っているのは・・・。
「ハッハーッ！」
「チビのくせにやるじゃねぇか！」
「さすがは魔竜王、ってとこかぁ！」
この地を縄張りとする魔獣、地獄の番犬ケルベロスと。
「相変わらず、きゃんきゃんと煩い犬ね」
魔界の二大魔獣と呼ばれる存在の片割れ、魔竜王の称号を持つ、エリスである。
ロキの城で交わした約束の通り、エリスはケルベロスと勝負をするためにこの地を訪れていた。
「まぁいいわ。すぐに黙らせてやるから、今の内に好きなだけ吠えなさい」
エリスは最初から、魔竜の力を全開にして戦っていた。
この一年間、あえて自分を追い込むように多勢に挑み続けてきたのは、まだ不安定だったこの力を制御する術を完全に身につけるためだった。
完全にこの力を己のものにできなければ、最後の敵を倒すことはできない。
「そいつぁ、どうも！」
「じゃあ遠慮なく！」
「いかせてもらうぜぇ！」
ケルベロスが咆哮する。
三つの口から放たれる叫び声は音の衝撃波となって大地を削った。
その音波を追う様に、ケルベロス自身もエリスに向かって一直線に駆ける。
気合で衝撃波をかき消したエリスも、地面を蹴ってケルベロスに正面から向かっていく。
一瞬で最高速度に達した二匹の獣が繰り出す牙と爪とが激しく交差する。
ギィンッ！
即座に反転した両者は、片方は空へ跳び、片方は地に伏せて力を溜める。
その力が解き放たれた時、二つの魔力は再度衝突しあう。
衝突の余波に乗って距離を取ったエリスは、地に伏せたケルベロス目掛けてドラゴンブレスを放った。
ケルベロスの左の首が、氷のブレスでそれを相殺し、さらに右の首から炎のブレスを放ってエリスを狙う。
燃え上がる炎を、エリスは腕の一振りで起こした突風で掻き消した。
「魔竜王よぉ！」
「！」
炎で僅かに視界が塞がれた隙に、エリスはケルベロスに頭上を取られていた。
ケルベロスの爪が振り下ろされ、地面を抉る。
エリスは自分から体を倒して転がることでそれを回避した。
「俺はよぉ！」
「前の魔竜王とも戦ったことがあるんだぜ！」
地面を転がるエリスを追ってケルベロスの執拗な攻撃が続く。
「確かに奴ぁ強かった！」
「だがな、俺にはわかったぜ！」
「こいつじゃフェンリルには勝てねぇってな！」
岩壁にエリスを追い詰めたケルベロスが牙を剥く。
エリスは右の首を左手で、左の首を右手で押さえたが、そのまま圧されて岩壁に押し付けられた。
「それに対しておまえを見た時は逆に思った。こいつなら奴に勝ちそうだってな！」
残った中央の首で、ケルベロスはエリスの喉下を狙う。
間一髪、エリスは顔を背け、ケルベロスの牙は岩を噛み砕いた。
背中の支えがなくなった瞬間エリスは両手の力を抜き、力の拮抗を失ったケルベロスが前のめりになった隙にその場を抜け出す。
即座に体勢を立て直したエリスの攻撃で、ケルベロスは岩場に頭から突っ込んだ。
だがその程度では大したダメージにもならず、すぐに抜け出して二人は再びにらみ合う。
「てめぇもわかってるだろ？」
「俺もてめぇも、まだ奴には及ばねぇ」
「認めるしかねぇよな。奴がナンバーワンだってよ」
「つまり俺達ゃ、今ナンバーツー争いをしてるってわけだ」
両者はさらに攻防を繰り広げる。
三つの頭を持つケルベロスは、戦っている間二つの首で攻撃と防御をしつつ、一つの首は必ず喋っていた。
「てめぇらが二大魔獣なんて言われてるがよ！」
「実際俺も結構長く生きてるからな！」
「わかるのさ！」
「歴代の魔竜王と俺の力は、そう大差なかった！」
「いやむしろ」
「俺様の方が上だったぜ！」
「だがてめぇは！」
「今のてめぇと俺様の力はほぼ互角と言っていい！」
「しかしまだフェンリルには及ばねぇ！」
「だから！」
「こうやって！」
「勝負してるわけだ！」
「勝った奴が負けた奴を糧に！」
「さらに強くなる！」
「そして！」
「あの野郎を倒すってわけよ！」
ケルベロスの声が響き続ける中、両者は戦い続ける。
「そんなこと、今さらおまえなんかに言われなくたってわかってるわ！ この戦いに勝った方が・・・」
「つまり俺様が！」
「このアタシが！」
「「フェンリルを倒す！！」」
眼前の敵の先に、倒すべき本当の敵を見据えて・・・。
祐一は手元に届いた手紙を読んでいた。
手紙、というよりもそれをもっと正確に表現する単語は、果たし状、であろう。
文面は非常に簡潔で、対戦を申し込む旨とその日時と場所が記されているだけである。
「相変わらず律儀な奴だ」
差出人の名は、アスモデウス。
剣王と呼ばれる、魔界において阿修羅王と並ぶ剣の使い手である。
かつてはアシュタロス、ベリアルと共に西の三魔神と称され、また祐漸とも戦ったことがあった。
いずれ来るだろうと思っていたものだけに、祐一の方も準備は整っている。
「望むところだアスモデウス。俺とおまえ、どっちの剣が上か決めるとしようぜ」
大物との戦いは、これで二人目となる。
ベリアルのことは、正直まだ心に引っかかってはいるが、それをいつまでも引きずるような祐一ではない。
生き残ったからには、祐一はさらに勝ち続けなければならない。
止まっている暇など、ないのだ。
「・・・行くか」
指定された刻限まではまだかなりあるが、祐一は早めに出発することにした。
「祐一君」
「さやかか？」
その祐一をさやかが引きとめる。
この一年間、さやかは時々ロキの城へ戻ったりしながら、ほとんど祐一の戦いに同行していた。
戦いに介入することは当然なく、ただ見ているだけだった。
戦っていない時は、以前のように他愛ない会話を交わしたりもしていた。
だが今日は、そうした時とはまるで違う、真剣な眼でさやかは祐一を見据えている。
「・・・何か用か？」
「用・・・と言えばそうだね。君はこれからまた誰かと戦いに行くの？」
「ああ、こいつとな」
祐一は手紙をさやかに投げて寄越した。
それを見たさやかの眼が、さらに剣呑さを増す。
「アスモデウス・・・ってあのひとだよね。アシュタロスやベリアルと並ぶ魔界の実力者・・・」
「そう。剣のことしか頭にないような奴さ。闘争を求めてるって意味じゃ真魔の本質そのものだが、あいつの場合それは手段に過ぎず、目的は剣の極みに達すること。少し変わった奴だ」
「そのひとからの勝負の申し込み・・・。当然、受けるんだよね？」
「当たり前だろ」
遅かれ早かれ戦う相手である。
ましてや、勝負を申し込まれて逃げるような祐一ではない。
それはさやかも承知していた。
「それで、おまえの用ってなんだ？ 手短にしろよ。まだ時間はあるが、それを見ての通り行くところがあるんだからな」
「・・・じゃあ、単刀直入に聞くよ――」
さやかの発した言葉で、二人の間に沈黙が下りる。
おどけた態度で笑っていた祐一の顔からも表情が消えていた。
その祐一に対して、言い逃れはさせないと言わんばかりにさやかが鋭い視線を向けている。
「・・・・・・なんのことだ？」
それでも祐一は惚けてみせる。
「誤魔化さないで、ちゃんと答えて」
自身が死ぬかもしれない時ですらおどけてみせていたさやかが、これほど真剣な眼と声をするのを見た事は、祐一はほとんどなかった。
思い当たるのは、ロキの城で真魔が集まったパーティーの席でのことくらいである。
あの時、ガネーシャ達がベルゼブルを卑下するのに怒ってみせた時と同じように、今のさやかは本気の表情をしている。
どんな嘘も誤魔化しも通じないであろう。
そう思いながら祐一は、さやかの問いかけを頭の中で反芻する。
『君、あと何回、全力で戦える？』
その質問をかけられた瞬間、冷水をかけられたような気分になった。
まさか気付いている者がいるなど、夢にも思わなかったのだから。
「・・・いつから気付いていた？」
「おかしいなと思ったのは、ベリアルと戦った時だよ。あの時ベリアルに感じたのと似たような違和感を、君に感じた。それから一年間、ずっと君を見てきて、確信したよ」
「そうか」
思えばさやかは、今の祐一と最も長く一緒にいる。
それに誰よりも、物事の本質を見抜くことに長けた眼を持っている。
ならば、知られて当然だったかもしれない。
「自分自身で違和感を覚え始めたのは、魔界へ来てしばらくしてからだ」
オシリスの城で、バベルの塔での戦いの傷を癒している時に、最初にそれを感じた。
おそらく要因となったのは、そのバベルの塔での戦い、殊に限界を遥かに超えたサタンとの戦いであろう。
あの時から、祐一の肉体の歯車が狂い始めていたのだ。
魔神の血を引き、魔神の転生であると言っても、祐一の肉体は人間のものとそう大差ない。
血の覚醒と共に、並の人間よりは遥かに強靭な肉体になったとはいえ、それでもあのサタンをすら凌駕してみせたあの時の力は、祐一の肉体の限界を遥かに超えてしまっていた。
それ以降、祐一の体は壊れかけてきている。
「しかしよく気付いたな。エリスやイシスも気付いてないはずだろ」
「私は、同じような状態になったことがあるからね」
「そうだったな」
「それで、本当のところどうなの？」
「正直に答えると・・・わからん」
これは本当だった。
体の違和感はまだ微々たるもので、今すぐに体が完全に壊れてしまうというレベルの状態ではない。
それでも、そう遠くない未来には・・・。
「あまり、長くもないだろうがな」
この体を抱えたまま、祐一は戦い続ける。
そうなればいずれ、サタンと戦った時のように、限界を超えた戦いをすることもあるだろう。
例え限界を超えずとも、歯車の狂った体で全力を出せば、徐々に狂いは大きくなる。
そこまでわかった上でさやかは、あと何回と聞いたのだ。
「オシリスさんの城を早くに出たのも、絶対に何か企んでるロキさんの誘いにあえて乗ったのも全部、自分に時間がないと思ったから？」
「ああ、そうだ」
「どうして待てないの？ 時間をかければ、体だって元に戻せるかもしれないのに・・・」
「それに何年かかる？ そもそも、治る保証もあるか？」
「それは・・・けど」
「確かに魔神の寿命は長い。待つ時間はあるだろうが・・・待てない奴もいる。現にベリアルは、あの時戦わなければ二度と全力で戦える機会はなかった」
例えこの体が壊れることになっても、今戦わなければ後悔する。
そう思ったから祐一は、ロキの誘いに乗ってこの戦いを始めた。
求めるもの、望むことはベリアルと同じである。
この身が朽ち果てる前に、最強の称号を手に入れる。
ただ、それだけのために。
「それで・・・体が壊れちゃったら、君はどうなるの？」
「さぁな。二度と戦えない体になるか、或いは死か・・・」
「君は、それでいいの？ 祐一君、いつも言ってたよね、生き残ったひとが勝ちなんだって。死んじゃったらそれで終わりだよ？ その先が、なくなっちゃうんだよ！？」
「ああ、そうだな」
「それで満足なの！？」
「満足できるかどうかは、この先の戦い次第だな。どっちにしろ、俺にその先はないだろうがな」
この戦いに、勝っても負けても、そこが祐一の終わりだろう。
その先へは・・・。
「さやか」
「？」
「おまえとエリスは、たぶん天地魔界合わせても数万年に一人っていう天才だろう」
「なに・・・突然？」
二人のことを、祐一は脳裏に思い描く。
エリスの底は知れない。
あの力が、果たしてどこまで高みに達するのか、祐一にすら検討がつかなかった。
そしてそれ以上にさやかのことである。
はじめて会った日から今日まで、さやかの成長速度は驚異的で、それに関しては祐一もエリスも及ばなかった。
「おまえらならいつか、誰も辿り着いたことのない高みまで上り詰められるかもしれないな」
「祐一君・・・」
「だがな」
「え？」
突然の変化に、さやかが驚く。
静かに己の行く末を語っていた祐一から立ち昇る気は、今までよりもさらに強く、猛々しい。
だが、死を受け入れ、命を燃やしたベリアルのものとも違う。
そこには、他の誰にもない強さが感じられた。
「それは、この先何百年、何千年先の話だ。例えおまえらの器が俺を上回っていたとしても、この体が動く間は、俺が最強だ」
祐一は誰にも負けるつもりはなかった。
例えこの先あと僅かで体の自由が利かなくなり、最悪死ぬことになったとしても。
この戦いに勝利することだけは、祐一にとって絶対のことだった。
戦うと決めた全ての者と戦い、その全てに勝利する。
ただ、それだけだった。
「待たせたな、アスモデウス」
「来たか」
そのために、今この時に対峙している敵を倒す。
それが祐一の、今を生きることである。
「まだ、今世での名を聞いていなかったな」
「本当に律儀だな、おまえは。相沢祐一だ」
「では相沢、覚悟は良いな？」
「愚問だな」
祐一とアスモデウスは、互いに剣を抜く。
剣豪同士が剣を抜いたからには、もはや余計な会話が不要だった。
どちらの剣がより優れているか、ただ競うのみ。
ダッ！
風が止んだのを合図に、二人は同時に踏み込み、剣を交えた。
あとがき
衝撃の事実発覚の回。いつか壊れる体を抱えながら、祐一の戦いはつづく・・・。
それについてはもっと後になってから細かく語ることにして・・・今回の二人の敵であるケルベロスとアスモデウスだが、出番はこれで終わりである。決着まで書ききってもよいのだけど、何しろひたすら戦う場面がここからはつづくわけで、全部の戦いを最初から最後まで描くと話の盛り上げ方としてはいまいちな気がするわけだ。特にこの二人については本当に純粋に戦うだけで、盛り上がるシーンというものが思いつかない。なので、戦ったという事実のみを伝えて次の話へ進もうと思う。
本当に盛り上がるべき場所は、祐一とアシュタロス、エリスとフェンリルの頂上対決、そしてその後に控える二つの戦いにこそあるため、そっちに重点を置いて描きたいのである。 まぁ、気が向いたら９.５話としていずれ書くかもしれない、ケルベロスとアスモデウスとの戦いは。さて、そんなわけで次回の対戦カードは、エリスｖｓ阿修羅！ そしてもう一つ・・・意外な二人の戦いが・・・。