デモンバスターズUltimate

 

  −6−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バンッ!

 

部屋の扉が蹴破られるような勢いで開く音に、ヘルはびくりと身を振るわせる。

 

バタンッ!!

 

さらにそれ以上の音を立てて扉を叩き閉めたさやかは、肩を怒らせながらずかずかと室内に入ってきた。

 

「ああもう! 腹立つ腹立つ腹立つっ!!!」

 

窓際のテーブルまでやってくると、両手をそこに激しく叩き付ける。

 

「なんなのよあの象さんと愉快な仲間達は!!」

「・・・・・・?」

 

激しく怒っているのはわかるのだが、その言い方で思い描いた光景からさやかが怒るような要素をヘルは見つけ出すことができなかった。

だが実際、さやかはヘルがこれまで見たこともないほど怒っている。

喜怒哀楽がはっきりしているように見えて、割と冷めたところも持っているさやかが、これほど感情を露にすることも珍しい。

 

「信じられないっ! よくあそこまで言えるよね! そう思うでしょ、ヘルちゃん!」

「え!? その、は、はい・・・」

 

突然振られて、その勢いに気圧されたヘルはこくこくと頷く。

 

「オシリスさんとかアシュタロスとかちょっとはかっこいいなぁとか思ってたけど、真魔ってあんなのばっかりなの!?」

「さ、さやか・・・何があった・・・の?」

 

恐る恐る聞いてみるヘルだったが、さやかは怒るのに夢中で耳に入っていないようだ。

突然立ち上がったかと思うと壁に向かって歯をむき出してみたり、窓を爪で引っ掻いたりして怒りを発散していた。

 

「もう! この感情をどう表現してくれよう・・・そう、真っ白なキャンバスを一気に真っ赤に染めるような、そんな・・・とにかく! むかつくー!!」

 

ぼふっ

 

最後に一際大声で叫んでからベッドに飛び込んで静かになった。

動かなくなったさやかに、ヘルがそっと歩み寄る。

近付いてみると、ベッドに突っ伏しているさやかの肩は小刻みに震えていた。

さらに微かにだが、嗚咽が混じっていた。

 

「さやか・・・泣いてるの?」

「・・・・・・悔しいよ。彼は本当に、精一杯生きてきただけなのに、あんな風に言われなくちゃならないなんて・・・。それに私も、それに対してあんな風に声を荒げるしかできないなんて・・・!」

「さやか・・・・・・」

 

傍らに腰掛けたヘルは、ベッドに顔を埋めて泣いているさやかの頭にそっと手を置いた。

 

「あいつら、むかつく。だけど本当に腹が立つのは、自分自身。私は彼を、殺すことしかできなかった・・・救えなかったんだよ」

「・・・・・・」

「私の方こそ、何も言う資格なんてない・・・!」

 

子供のように泣きじゃくるさやかの姿を見て、ヘルはとても優しい気持ちになった。

はじめて会った時から、さやかにヘルは驚かされてばかりだった。

どんなことでも、笑って受け入れられる、そんな彼女を、数億年も生きているヘルが年上のように感じる時すらあった。

だが今、その認識が間違っていたことを知った。

さやかも、皆と同じように悩み、苦しんでいるのだ。

それでも彼女は、自分の心を真っ直ぐに保っている。

 

「(強いね・・・さやかは)」

 

おそらく彼女は、人前で涙を流すことも稀だろう。

不謹慎かもしれないが、そんなさやかが自分の前で泣いてくれていることを、ヘルは嬉しく思っていた。

強く生きる彼女の、拠り所の一つになれたことが、嬉しかった。

 

「さやかは、そのひとのこと、好きだったのね」

「・・・まさか。ヘルちゃんにとってのハデス君みたいなひとだよ」

「・・・・・・・・・・そんなひとなのに?」

「そう、そんなひとなのに。うん、たぶん、そう・・・好きだった。本当に・・・・・・」

「・・・うん」

「ねぇ、ヘルちゃん。もう少し、泣いてていい?」

「いいよ。私は弱いから、きっとこの先、さやかにたくさん甘えてしまう。だから今は、好きなだけ私に甘えて」

「うん、そうする」

 

ヘルの身に寄り添って、しばらくの間、さやかは泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場全体が、再びしーんと静まり返っていた。

ロキの発した言葉が、そうさせたのだ。

あれほど騒がしくしていたケルベロスでさえ、言葉を失くしている。

先ほどのさやかとガネーシャの言い合いをも忘れさせるほどの衝撃が皆の間を駆け抜けていた。

 

「・・・・・・失礼、ロキ殿。今の言葉、もう一度言っていただけるかな?」

 

皆に代わって、アシュタロスがロキを促す。

それに対して、ロキは再び先ほどと同じ言葉を発した。

 

「こうして集まってもらったのは、魔界の真の覇者を決めるためだと、そう言ったのだ」

 

事も無げにロキが言い放った言葉が、どれほど大きな意味を持つか、わからない者はこの場にいないはずだった。

魔界の覇者。

それは力が支配する地、魔界に生きる者全てにとっての悲願である。

数千年、数万年、覇権争いが続きながら、いまだかつて一度たりともこの魔界において真の覇者と呼べる者が誕生した例はない。

最強、と謳われる者ならば、古のフェンリル以来幾度も現れてきたが、魔界全土の覇権を手にした者はいなかった。

それを決めると、ロキは言う。

 

「・・・・・・ハッ」

「こいつはまた」

「大胆な発言だなぁ、ロキよ」

 

上ずった声でケルベロスが言う。

他の者は、いまだ沈黙を保ったままである。

あまりに突拍子もない話を、冗談が過ぎると一笑に付すことはできなかった。

何故なら、皆知っているからである。

ロキが、本気であることを。

全ての魔神が、何故ロキの招きの応じたのか、その理由がこれであった。

ロキが言ったからには、本気であり、そしてそれを実行するだけの力をロキは持っている。

その時この場にいないことは、それだけで権限を放棄することに繋がる。

だからこそ皆この場にいるのだ。

まさかここまで大それたことを考えているとは思わなかったが、皆このような状況になることは予測できていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

複雑な思いが会場全体を駆け巡る。

思いはそれぞれであろう。

祐一も、エリスも、オシリスも、フェンリルも、アシュタロスも、ベリアルも、アスモデウスも、ガネーシャも、阿修羅王も、ケルベロスも、ハデスも、そしてその他全ての魔神達も、様々な思いを抱いていた。

だが全員が共通して抱いている思いは、ロキが言ったからには、魔界の覇権は本当に決するかもしれない、というものであった。

 

「突然のことで戸惑うのもわかる。まずは、これを見てもらいたい」

 

ロキの指示でノルン達が持ってきたのは、首飾りのようなものとその台座であった。

首飾りは黄金色で、不思議な紋様の入った拳大の円形の飾りがついている。

台座の方は、それだけで一つの美術品と呼べそうな造型をしているが、禍々しい雰囲気を放っていた。

 

「これは覇者の紋章という、古の宝具だ。条件を満たしてこれを手にした者は、支配者として大いなる力を得ることとなる。手にした者が秩序を望めば、魔界は瞬く間に統一されるであろう。手にした者が混沌を望めば、魔界はさらなる闘争の時代へと突入することとなる。これを手にした者が、まさしく魔界の覇者と呼べるであろう」

 

古の宝具。

それらは数億年以上昔、原初の頃の存在が生み出したと言われる物であり、今ではそのほとんどが失われているものだった。

ロキがそうした物を多数保有しているのは周知の事実であり、その力が本物であることもまた、皆よく知っている。

 

「・・・・・・」

 

エリスは自らの胸に手を当てる。

そこに宿るドラゴンズハート・・・本来はケイオスハートと呼ばれていたそれも、そうした宝具の一つであった。

また彼女が持つ魔剣レヴァンテインは、そうした宝具を元にロキが作ったものでもある。

 

「もちろん、これをただ手に取ったからと言って即座に覇者が決まるわけではない。というより、条件を満たさなければ台座から外すこともできないのだがね」

 

さらにロキは語り続ける。

皆その話を、一言一句聞き逃すまいと聞き入っている。

 

「手順は、まずこの台座に血を捧げる。捧げられた血の量だけ紋章の魔力は高まり、より大きな力を持つこととなる。そして血を捧げた者は、証となる紋様を得る。あとは、紋様を持つ者同士で戦うだけだ。そして、紋様を持つ者が唯一人になった時、封印は解かれ、覇者の紋章は勝者の物となる。全ての真魔の血を捧げれば、その力は魔界全土を覆い尽くすほどになるであろう・・・即ち、魔界の覇者が決まるわけだ」

 

最後まで聞き終え、再び皆思いをめぐらせる。

ロキの持つ宝具の力は本物だ。

それは皆わかっている。

だが今の話を聞く限り、誰も血を捧げなければ、紋章は何の力も持たないということだ。

逆に、誰か一人でもそれを求めれば、全員が参加しなければならなくなる。

一人でも莫大な力を持った真魔の血を捧げるのだ。

例えそれでは魔界全土に影響を及ぼすほどにはならなくとも、どんな厄介な代物になるかわかったものではない。

ゆえに一人でも参加を表明したなら、その者にそれを渡さないためにも全員が参加するしかないのだ。

参加しないことは即ち、長年の悲願たる魔界の覇者となる権限を放棄することになるからである。

誰も参加しないか、全員が参加するか、二つに一つ。

会場全体に、緊張が走る。

そんな中、一人ロキの前に進み出る者があった。

 

ザシュッ

 

その者は自らの腕を傷つけ、覇者の紋章に流れ出た血を垂らした。

皆が固唾を呑んで静観していた中動いたのは、祐一であった。

 

「・・・まったく、仕方ないわね」

 

続いてエリスが、同じように紋章に血を垂らす。

さらに、無言のまま進み出たのはベリアルであった。

祐一とベリアルは、紋章の前で一瞬視線を絡ませてから、それぞれ元いた場所に戻っていく。

 

「フッ、致し方ないな。いや、考えようによってはこれも舞台としては最高か」

 

続いてアシュタロスが血を捧げると、皆次々に動き出す。

ケルベロス、阿修羅王、アスモデウス、ガネーシャ、ハデス、そしてフェンリル。

ここまで来れば、もはや誰も後には引けない。

他の魔神達も、順に血を捧げていく。

 

「これで決まり、だな」

「祐様、どうしてあんな・・・」

「遅かれ早かれこうなるさ、ロキが仕掛けたからにはな」

「でも・・・」

 

心配そうに祐一を見るイシスの表情が、さらに驚愕に彩られる。

その視線を祐一が追うと、覇者の紋章に血を捧げるオシリスの姿を捉えた。

 

「兄上・・・どうして?」

「オシリス・・・」

「だって、それって・・・!」

 

最後の勝者となるのは唯一人。

それはつまり祐一も、エリスも、オシリスも、いずれ互いに戦う時が来るということだった。

イシスにとっては、こんな形でそんな事態になるのは想像の範囲外であった。

そんなイシスの心配を余所に、ほぼ全ての真魔が紋章に血を捧げて終わったところで、再びロキが口を開いていた。

 

「少し補足説明が必要であろう。まずは皆、両手の甲を確認してほしい」

 

言われて確認すると、祐一は右手の甲に赤い紋様が浮かび上がっていた。

右か左かはまちまちのようだが、よく見ると利き手の方に浮かび上がっていることがわかった。

 

「それが参加者の証だ。それが消えた者は、覇者の紋章を手にする資格を失うこととなる。紋章が消えるのは、敗北した時、或いは自らの意志で資格を放棄した時。そして戦いにおけるルールは・・・・・・ない」

 

会場全体がどよめいた。

 

「どんな形で戦っても構わない。徒党を組んで戦うも良し、策略を巡らせて相手を貶めるも良し、双方の同意の下であれば力以外の手段での戦いも可能だ。どんな形であっても相手を倒し、紋章を消せば良い。そして期限もない。最後の一人になるまでつづくこととなる」

 

それでは、今までの状況とどう違うのかと、皆思う。

賞品だけ用意しておいて舞台は用意していないのと同じだった。

しかし、同じではない。

今までは一度の勝利がそのまま最後の勝利に繋がるとは限らなかった。

例え一度倒した相手でも、その根を完全に断ち切らなければまた新たな戦いへと繋がる。

だが覇者の紋章という賞品が用意された今、最後まで勝利し続けた者に絶対の権限が与えられるのだ。

一度の勝利が、最後の勝利へ繋がることが保証された。

そうなれば、今まで情勢を見極めようと傍観していた者達も動く。

また動かざるを得ない。

何もしないまま、ただ倒されてしまう可能性もあるからだ。

 

「ルール無用、か。考えてみれば、それこそよくできたルールよね」

「そうだな」

 

エリスの分析は正しいと祐一も思った。

 

「自分の戦力を温存するか、或いはさらに高めるために戦うべき時、戦わない時、戦う相手、戦わない相手、それら全てを見極める眼力と、組み立てる戦略。そして実際に戦う時の戦術・・・ありとあらゆる能力に長けていなければ、勝ち残ることはできないわ」

「ああ。闇雲に戦っても、疲弊したところを背後から衝かれる可能性がある。逆に安全だけを求めて戦わずにいたら、ずっと戦ってた奴に力で及ばなくなる。たった一つ餌を用意するだけで、同じ状況がこうも劇的に変化するとはな」

 

戦争ゲームとでも呼ぶべきか。

いずれにせよ、これに勝利した者が、魔界の覇者となる。

 

「特別ルールとして、紋章の安置場所であるこの城内だけは戦闘行為不可領域となっている。今宵は皆ここでゆっくり休みつつ、今後の戦略を練るとよいであろう。その後は、城を出た瞬間から戦うも良し、一度それぞれの拠点に戻って体制を整えるも良し。では、皆の健闘を祈って、乾杯」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりしていけと言われても、この状況で敵の只中でゆっくりしていく者などほとんどいはしなかった。

大半の魔神は時を見極めてその日の内に城を後にした。

そんな中イシスは、出て行く魔神の一人、阿修羅王を呼び止めていた。

 

「阿修羅様」

「なんだ、イシス? 兄のための情報収集のつもりなら、私は少々手強いぞ」

「そうじゃありません。いいんですか? 祐様に会って行かなくて」

「・・・そう複雑な表情をされると会ってやろうかなどと思ってしまうものだな」

「え!?」

 

イシスはバッと顔に手をやる。

どうやらよほどおかしな顔をしていたようで、阿修羅は声を押し殺して笑っている。

 

「もう! 阿修羅様!」

「はは、すまぬ、許せ。だがイシス、そなた、先ほどの私の言葉を聞いていなかったのか?」

「え?」

「私は、死んだ奴になど興味はないと言ったはずだ。ついでに言うと、千年も同じ男だけ追いかけるほど物好きでもない」

 

物好き呼ばわりされてむっときたイシスだったが、言い返すより早く阿修羅の発した気に飲まれて言葉を失う。

自分の気がイシスを怯えさせたと思ったか、阿修羅は踵を返す。

そして立ち去る前に一度だけ振り返って言った。

 

「今の私が求めているのは、魔界の覇権を賭けた闘争だけだ。あの男も、その敵の一人に過ぎぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーティー会場には、いまだ酒を飲んで一人上機嫌のケルベロスの他には、祐一を含む数人の魔神が残っているだけだった。

 

「ハッハー!!」

「なんだかよくわかんねーが!」

「燃えてきたぜ!」

 

山積みになった樽の横で、ケルベロスはいつまでも騒いでいる。

三つの頭の内一つは樽から顔を上げて叫んだり、意味もなく吠えたりしているものだからその声が収まる時がない。

一度エリスが、飲むか喋るか吠えるかどれから一つにしろ、と言ったのだが、耳も六つあるくせに聞いていなかったようだ。

 

「祐漸」

 

そんな騒音を余所に、祐一のもとに黒い鎧と身の丈ほどの大剣を背負った魔神が歩み寄る。

 

「アスモデウスか」

「・・・・・・いや、今は何も語るまい。いずれ、また会おう」

「ああ、そうだな」

 

それだけを言って、アスモデウスも会場から立ち去った。

続いてアシュタロスも祐一のもとへやってくる。

 

「思ったより、早かったですな、御前」

「そうでもないかもしれんぞ。この戦い、いつ決着がつくかなんてわからないからな」

「ごもっとも。私とあなたが戦うのだ、それはラストゲーム近くまで取っておくべきでしょう。私と戦うまで、誰かにあなたが倒されてしまわないことを願っておりますよ」

「当然だ。おまえの方こそ、誰かに足下をすくわれないように注意することだ」

「肝に銘じておきましょう。では」

 

これで、ほとんどの魔神は立ち去ったことになる。

まだ城内に留まっている者もいるが、会場に残っているのはもうあと僅かだった。

ベリアルもガネーシャも、既に姿が無い。

フェンリルは例によって、エリスと祐一を一瞥してから会場を出て行った。

ハデスもいつの間にか消えている。

 

「よう! 魔竜王!」

「聞いてっか、小さいの!」

「よーく聞けよ!」

「何よ、三馬鹿犬」

「一つ言っておくぜ!」

「フェンリルの奴を倒すのは!」

「この・・・」

「「「俺様だぜ!!!」」」

「そこのところ!」

「よーく覚えておけよ!」

「わかったか、チビ竜王!」

「きゃんきゃん煩い。犬は犬同士好きにすればいい、って言いたいところだけど。あいつは、アタシの獲物よ」

「なら勝負だな!」

「どっちが奴に挑むか!」

「いずれ白黒つけようぜ!」

「・・・いいわよ。その喧しい舌引っこ抜いてやるから覚悟しておきなさい」

 

エリスとの対戦を約したケルベロスはまた樽に首を突っ込み、結局最後の一樽を飲み干すまでこの場に留まっていた。

こうして、ロキ主催による最初で最後の真魔総集結によるパーティーは幕を閉じた。

それは同時に、魔界の覇権を賭けた大闘争の幕開けでもあった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 んーむ、説明ばっかりでいまいち。とりあえず今いい味出してるのはさやかとヘル、そしてケルベロス。さていよいよ次回からは、魔神達による超絶バトルが始まる・・・かも!