デモンバスターズUltimate
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「何和んでんのよ、あんた達」
「ほぇ?」
「はい?」
居間の入り口で仁王立ちしたエリスが、中の住人達を睨みつけながらドスの利いた声で言う。
それに対して、睨まれている側はきょとんとしている。
睨まれている側、即ちさやかはヘルと、イシスはミドガルズオルムとそれぞれ一緒になって寛いでいた。
「いい気なもんよね。こちとらあの馬鹿犬とは不倶戴天の間柄だって言うのにあんた達はその弟妹どもと随分と仲のよろしいことで」
エリスは額に青筋を浮かべながら眉をひくつかせている。
かなり立腹しているのは一目瞭然だったが、さやかとイシスは何故そんなに怒られなければならないのかわからないようだ。
「えーと、何か問題があるのかな?」
さやかの方は完全に己の行動に疑問を抱いていない。
「私は別に仲良くしてるつもりはないわ。ただこの人、目を放すととんでもないことしそうだから・・・」
もう一方の当事者達はまったく意に介していないようで、ヘルは一度だけエリスの方を見てからすぐに読んでいた本に目を戻し、ミドガルズオルムはへらへらしていて何を考えているのかさっぱりわからない。
「まったく・・・大体なんなのよその二人は! 根暗に能天気で覇気の欠片もないっ。それでほんとにロキの子でフェンリルの弟妹なわけ!?」
「それは私達も思うけど、なんでそれでエリスちゃんが怒ってるの?」
「だからっ・・・・・・ああもう!!」
エリスは頭の抱えて激昂する。
「そもそも、こっちはこんな陰気な城とはとっととおさらばしたいのよっ!」
「そんなに陰気でもないと思うけど・・・」
「ちょっと寂しい感じはするけど、いいお城だよね」
「・・・もういい。あんた達と話してても時間の無駄だわっ」
結局怒鳴るだけ怒鳴って、エリスは肩を怒らせながら居間を後にした。
怒られた、というより半ば八つ当たりされたような感じのさやかとイシスは呆れた顔でその背中を見送る。
「何が気に入らないのかしら? エリス・・・」
「・・・さぁ?」
二人が首をかしげていると、ずっと本に目を落としていたヘルが顔を上げて、横目にエリスの出て行った方を見る。
「・・・さやか」
「ん? どしたの、ヘルちゃん」
「あの子・・・怖い」
「怖い? エリスちゃんが?」
確かに今は怒っていたため怖いと思うこともあるだろうが、基本的に怒られていたのはさやかとイシスであって、ヘルではない。
それで怖いというのも少しおかしな話であるし、何よりさやかなどにしてみれば今のエリスは怒っているというよりただイライラして周りに当り散らしているだけに見えた。
しかしヘルの瞳は、怒っている姿が怖いというレベルではなく、エリスの存在自体に恐れを抱いているようだった。
「・・・だって・・・兄様に勝てるひとがいるなんて、信じられない・・・」
「あー、フェンリルのこと」
「私は、兄様のことも怖いけど、それでも兄様は兄様だから。でも、あの子は・・・・・・」
さやかもイシスも、ヘルの言い分はわかるような気がした。
二人も、本気を出した時のエリスの力には本能的に恐怖を感じるものだが、友人としてのエリス個人を怖いとは思わない。
だがフェンリル相手には、本当の意味で恐れを抱いている。
ヘルの場合は、これが逆なのだ。
ただでさえひとは、未知の存在には少なからず恐れを抱く。
それが絶大な力を秘めているとわかれば、その恐怖は計り知れない。
ましてやヘルは、誰よりも兄フェンリルの力を知っているからこそ、それと同等の力を持った未知の存在に恐怖するのだ。
「無理もないけどね」
「そうね。フェンリルとエリス・・・あの二人の力は、真魔の血脈の中にあってさえ常軌を逸している。力の次元が、まるで違うのよ」
「でもね」
怯えた表情をしているヘルに向かって、さやかは優しく微笑みかける。
「エリスちゃんは確かに凶暴だけど、基本的には人畜無害だから、大丈夫だよ」
「さやかさん・・・それ、フォローなの・・・?」
至極真面目な顔で、とても失礼なことをのたまうさやかに対して、イシスのツッコミが入って、それをミドが笑い、ヘルの表情も緩んだ。
場の空気が和んだところで、さやかは他の皆に気付かれないようにエリスが立ち去った方に目を向ける。
ここで口に出しはしないが、さやかにはエリスがイライラしている理由は察しがついていた。
そしておそらく、祐一もそのことに気付いているだろうと思っている。
だから気にすることもないだろう。
「(まぁ、今さら何も心配する必要はないけどね。エリスちゃんなら)」
「まったく、あの能天気どもっ」
ベランダの手すりに寄りかかりながら、エリスが居間の面子に対して悪態をつく。
全身からイライラのオーラを発しているため近寄り難い雰囲気を出しているが、祐一は遠慮なくその隣に立つ。
「何イライラしてんだ」
「別に、イライラなんてしてないっ」
「そうか」
声を荒げて言っても説得力がない。
手すりに肘をついてやたら広い中庭を見ているエリスに対し、祐一は手すりに背中をつけて城の方に体を向ける。
そうしている間も、ずっとエリスは不満を口に出していた。
「ただ、気に入らないのよ、この場所が」
「悪いところとは思わんがな。良いところとも思わんが」
「ロキの余裕振りが気に入らない、ノルンどもの態度も気に入らない、何よりあの二人が気に食わない」
「ヘルとミドガルズオルムか」
フェンリルと同じ、ロキの三匹の子。
さやかとイシスから二人を紹介された時は、祐一も面食らったものだった。
よくも兄弟でああも三者三様の違いが出るものだと。
「さやかもイシスも、あんな連中相手に何をやってんだか・・・!」
「エリス」
「それに、ロキが何か企んでるとわかっててこんなところにいつまでも留まってるあんたもアタシは・・・」
「怖いのか? フェンリルが」
沈黙。
祐一はエリスの方は見ずに、城の壁を眺めながら答えを待っていた。
エリスは、祐一の言葉に驚き口をつぐみ、表情からは色が消えていた。
何の感情も感じさせない声で、エリスは答える。
「ええ、怖いわよ」
ひとは図星を指されると激昂することがあるが、逆に激昂している時に図星を指されたら冷静になる場合もあるだろう。
今のエリスがその状態だった。
「あれの強さは尋常じゃない。バベルの塔では運が良かっただけで、今度戦ったらどうなるか・・・」
この次会った時にこそ決着をつけてやると意気込んでいた心に嘘は無い。
だが宿敵の臭いを感じるこの場所にいる内に、エリスの不安は高まっていた。
果たして、あの空前絶後の化け物を相手に何をすれば勝てるのかと。
「それに強いだけじゃない。あいつには・・・世界の加護がある」
「・・・・・・」
「あんたも、知ってるでしょう」
「ああ」
世界には、相反する二つの意志が存在する。
決して誰もが知っていることではないが、確かに世界の真実として知られていることだった。
二つの意志、即ち世界を存続させようとする意思と、世界を滅ぼそうとする意志である。
「世界は自らを存続させるため、時に世界を滅ぼす要素を排除する者を選び出す。さやかのように」
「同時に、世界はいずれ自らの意志で自らを滅ぼす終末の時のため、世界を滅ぼす力を持つ者を生み落とした。それが呪われた三匹の子だ」
世界によって選ばれた者には、世界の加護と呼ばれる力が備わる。
それは、自らの使命を全うするためならば、計り知れないほどの力をもたらすという。
人間であったさやかが、最強の魔族ベルゼブルを倒したように。
終末を導く三匹の子が、終末が訪れるその時まで不滅の命を持つように。
だから、世界の意志を超えるほどの力を以ってしなければ、フェンリルは滅ぼせない。
けれどそんな力は、この世界に生きる何人たりとも作り出せはしない。
「確かに、運命とも言い換えられる世界の意志は強大だ。だが、それを超える力の持ち主もいるだろう」
「でも、ベルゼブルはさやかには勝てなかったわ」
抗うことのできない存在、世界の意志に守られ、尚且つ強大な力を持つフェンリル。
誰も、その存在に勝つ事はできない。
そう誰もが結論付けるだけの要素が揃っている。
普通のひとならば、ここで諦めるだろう。
だが・・・。
「それで、どうするんだ?」
「どうするもこうするもない」
彼らはそうではない。
「やることは、一つだけでしょ」
時に弱音を吐く事はあっても、決して諦めることはない。
「アタシだけじゃない。あんたもよ」
「ああ」
「まだあの約束、有効なんだから、ちゃんと覚えてるでしょうね?」
「当然だろ」
「アタシ達は、誰にも負けない」
「絶対に、勝つ」
それが彼ら、デモンバスターズを名乗る者の証だった。
「気は晴れたか?」
「だから、別に最初から何も気にしてなんかいないっ」
「そうか」
ならばそういうことにしておこう、と祐一は思った。
追求しても薮蛇であろう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人は語り合っている内に、互いに向き合って立っていた。
その状態で二人、無言で見詰め合う。
どれだけの間そうしていたか、やがて先に痺れを切らしたのはエリスの方だった。
「・・・・・・ちょっと」
「何だ?」
「少しは空気を読みなさいよ。ほら、顔を下げる」
「嫌だ。おまえが背伸びすればいいだろう」
「なっ・・・!?」
ぼんっと音を立ててエリスの顔が朱に染まる。
ふてぶてしい顔で言っている祐一も、冷静を装いながら少し顔が赤い。
さやかがいればツッコミを入れ、イシスがいれば激昂しそうな状況だが、幸か不幸か辺りには誰もいない。
「なんでアタシが! いいから黙って顔を下げなさい」
「嫌だ」
「この・・・!」
「ぐぬぬ・・・!」
両手で顔を掴んで強引に下ろそうとするエリスと、下ろさせまいと耐える祐一。
端から見たらひどく滑稽な光景であろう。
「このガキっ!」
「うるさいチビ!」
数分間そうしていた二人だったが、やがてバカらしいことにようやく気付いたか、二人同時に離れる。
「まったくもう」
「ふん」
互いにしばらく背中を向け合っていたが、やがて二人一緒に振り返った。
そして、祐一は少し顔を下げ、エリスは軽く爪先立ちになって唇を合わせる。
ほんの一瞬触れ合っただけで、すぐにそれは離れた。
だがそれだけで、共に勝ち続ける誓いを確かめ合うには充分だった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あれ? どうしましたイシスさん、何だか怒っているような・・・」
「・・・さやか、顔が怖い・・・」
「いえ・・・何か今とてもよからぬ感じが・・・」
「察しはつくよ。まぁ、わかってても納得のいかない感情っていうのはあるよね」
「はぁ?」
「??」
数日後――。
祐一達一行は、まだロキの城に留まっていた。
その間、祐一はロキと、さやかはヘルと、イシスはミドガルズオルムと、それぞれに時を過ごしていた。
理由はそれぞれ、純粋に友人としてのものであったり、ただ放っておけないというものであったり、腹の探り合いであったりだが、表向き平穏な日々だったと言える。
だが、ここは魔界で、そして彼らの行き先に、いつまでも平穏があるはずもなかった。
「今夜は良い月が出ているね、祐一君」
「・・・そうだな」
二人は共にワイングラスを傾けながら、窓の外に見える月を眺めている。
「今宵辺り、何か起こりそうだ。そうは思わないかい?」
それは、ある種の予感だった。
「おまえの真意がわかるような事態になればいいんだがな」
強い力を持つ者は、そうした感覚に鋭い場合が多い。
予言や占いほど強力でなくても、近い未来に何かが起こることを感じられるのだ。
それを感じることで、事前に備えたり、避けたりすることができる。
今夜起こりうる事態に対して、彼らはどう備えるのか。
「私の真意か。それは少し困るな。お楽しみは、まだもう少し先までとっておきたいものだ」
「・・・・・・」
「ゆえに今宵のところは・・・・・・」
ヘルは読んでいた本を閉じた。
「・・・・・・」
こうした唐突なヘルの行動はいつものことで、その際にさやかは必ずどうしたのかと問いかける。
そうやって二人は会話をしていくが、今日のさやかは問いかけなかった。
何にヘルが反応したのか、さやかにもわかっているからだ。
窓枠に頬杖をついて、空に浮かぶ月を眺めている。
「さて・・・どうなるのかな?」
「・・・はじめて・・・」
「ん?」
「あのひとのことで、心配な気持ちになるなんて・・・」
ミドは昼間からずっとそわそわしていた。
いつも以上に城内の掃除に精を出し、しかも不思議なことに失敗一つしない。
だが、同じところを何度も何度も掃除したりするので、見ているイシスとしては鬱陶しくて仕方がなかった。
「少しは落ち着いたらどうなのよ?」
「いや、わかってはいるんですが、どうもこう、動いてないと落ち着かなくて・・・」
「・・・気持ちは、わかるけど・・・」
他の皆よりは気付くのが遅れたが、ここまで近付けばイシスにもわかった。
今夜、何が起こりうるのか。
「エリス・・・」
誰よりも早く気付いたのは、エリスだったかもしれない。
それが、宿命というものだ。
朝からずっと、エリスは城門の前に佇んでいた。
誰かを待ち続けるように。
「・・・・・・来たわね」
遥か古より続く宿縁。
それを断ち切るために戦うことを決意した相手。
心の底から恐ろしいと感じる存在。
だが、決して負けないと誓った敵。
その名は・・・。
「フッ、奇妙な場所で出会うものだな、魔竜王よ」
「フェンリル・・・」
銀毛の魔狼。
天地魔界最強と謳われる超魔獣、フェンリル。
ここに留まっていれば、いずれ会うことになるとわかっていた。
その未来を恐れ、恐れる自分に苛立ち、周りに当り散らし、弱音を吐いたこともあった。
それでもエリスは、この瞬間を待ち望んでいた。
宿敵と決着をつけるために。
そして・・・闘争を求める真魔の血の昂ぶりを満たすために。
「半年前にくれてやった傷はすっかり癒えたみたいね」
「貴様も、この短期間でさらに力を増したか?」
「その答えは・・・おまえのその身で知りなさい!」
「よかろうっ、来るが良い!」
あとがき
再び相見えたエリスとフェンリル。どうなる二人の闘い・・・というところで次回へつづく! しかし次回、事態はさらに意外な方向へ・・・・・・。