デモンバスターズFINAL
第41話 死闘の幕引き
エリス 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」
完全に力を使いきったエリスは、ワームホールが消えた瞬間その場に蹲る。
もう一歩も動く気力すらないが、それでも無理やり顔だけ動かして自分を助けた相手を見る。エリス 「・・・さやか・・・・・・」
さやか 「・・・間一髪だったね〜」
助けた側も一杯一杯だったのか、膝をついて肩で息をしている。
しばらくの間、二人して無言で体力回復に努める。
たっぷり数分かけて、やっと喋る程度の気力と体力が戻ってきた。
改めてエリスはさやかの方へ向き直る。エリス 「・・・あんた、とりあえずアタシに言うことは?」
さやか 「それを言うなら、まずエリスちゃんこそ言うことがあるでしょ」
エリス 「抜け抜けと・・・・・・その姿は何よ?」
さやか 「ん?」
指摘されてさやかは自分の体を見渡す。
服はボロボロで、左腕をはじめあちこちに傷を負っている。さやか 「まぁ、大したことはないよ」
エリス 「どこがよっ!」
誤魔化すなと、エリスの目がさやかを睨みつける。
エリス 「あんたのこと、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけどここまでとはね」
さやか 「でも、止めないでくれたよね、エリスちゃん」
エリス 「・・・そりゃぁ・・・おてんこのあんたがあれだけの決意をしてたのに、止められるわけないでしょ・・・・・・」
さやか 「あー、なんか久々におてんこ言われたよ」
エリス 「・・・とにかく」
エリスは立ち上がって、いまだに座り込んでいるさやかの横に回りこむ。
ぱこんっ
そこで、さやかの頭をぐーで叩く。
さやか 「いったーい・・・何するのー?」
エリス 「色々よ」
さやか 「助けてあげたのにお礼の一つもないし、その上殴られるなんてひどいよ」
エリス 「自分の胸に聞いてみなさいっ。まったく、小娘の分際で・・・」
今さら礼など、気恥ずかしくて言えたものではなかった。
もうエリスは、何度さやかに助けられたかわからないのだから。エリス 「行くわよ、最後を見届けに」
さやか 「うん」
フェンリルを完全に倒すことはできなかった。
だが一先ず、エリスの戦いもこれで終わった。最後の一つを見届けるため、エリスとさやかは二人連れ立って最上階を目指す。
ルシファー 「!!」
祐一 「?」
戦いの最中、不意にルシファーの集中力が切れるのを感じた。
あまりに不自然だったから、俺も思わず動きを止める。ルシファー 「・・・ベルゼブル? まさか・・・死んだのか?」
そういえば、少し前に下の方で大きな力を感じたな。
別の力がそれを吹き飛ばして消滅したが。
同時にその頃、ずっと続いていたバベルの塔の鳴動が止んだ。ルシファー 「バベルが・・・そんな・・・・・・」
あいつにしては珍しくうろたえている。
よほどショックを受けているらしいな。無理もないだろう。
奴がいくら大きな力を持っていると言っても、世界を反転させるなんて真似をおいそれとできるものじゃない。
その要となったであろうものは、この塔と、ここに蓄えられた膨大な魔力だったはずだ。
おそらく、その目論見が崩れた、か。祐一 「・・・アテが外れたみたいだな」
ルシファー 「どうしてだい? 僕自身が囮になって君をこの場に誘った。エリスもフェンリルと戦っている真っ最中のはずだろう」
祐一 「さぁな。理由なんてどうでもいいさ。おまえの計画は破れた・・・その事実があるだけだ」
その時、空間全体を覆い尽くすような絶大な魔力の高まりを感じた。
心の底から恐怖を・・・対峙したならおそらく圧倒的な絶望を感じるであろうほどの。ルシファー 「これは・・・」
祐一 「・・・こいつが・・・フェンリルの真の力か・・・」
本当に、あれは空前絶後の怪物だな。
ドゴォォォォォォンッッッ!!!!!
続いて塔全体を揺るがすほどの震動。
中で起こった爆発だろうに、屋上であるここから聞く限り、爆発音は外からも聞こえた。
外壁をぶち破ったのか。祐一 「・・・消えた」
空間を覆いつくしていたフェンリルの気配がなくなった。
まだ死んだかどうかはわからないが、全ての力を出し尽くしたのは間違いないだろう。祐一 「どうやら、あいつらの戦いも終わりか」
ルシファーの反応からすると、ベルゼブルは死んだようだ。
やったのはさやかか、郁未・舞辺りか?
どっちでもいいが、これで残っているのは実質ルシファーだけだ。
ベリアルとアシュタロスは、たぶん動かない。祐一 「これまでだなルシファー。おまえらの計画は、もう潰えた」
ルシファー 「・・・・・・まだだ」
祐一 「おい」
ルシファー 「まだ手はある。このバベルの塔そのものを、天界に落としてやる」
祐一 「くだらない真似をするんじゃねぇ。そんなことをしたって天界が吹っ飛ぶだけで、おまえの望みは何一つ叶いはしないぞ」
ルシファー 「そんなことはない! 天界の神々が全て滅べば、それでも僕の望みは叶う! 神々の呪縛から、僕は解放される」
祐一 「そんなわけあるかよ!」
天使は完全な生命体だと、あいつはそう言った。
だったらそれは、生みの親である神族が消えたところで変わりはしない。
それ以前に、ルシファーが倒したがっている神など、もうこの世界のどこにもいないんだ。祐一 「取り乱してんじゃねぇよ。理屈がわからないほど馬鹿じゃないだろ、おまえは!」
ルシファー 「・・・祐ならわかってくれると思ったけど・・・・・・やっぱり君も、所詮はそちら側の存在ということか」
祐一 「ルシファー」
ルシファー 「真魔である君にはわからないんだよ。この世界は狂っている。はじまりの血に、全てが支配されているんだよ」
かつて世界には、たった一つの血筋のみがあった。
それがいつしか、天地魔界に分かれ、さらにその中で、直系に連なる者は極一部になった。
魔界においてそれは、真魔と呼ばれる。ルシファー 「まつろう者に、まつろわぬ者の想いはわかりはしない! 僕はどう足掻いても、神が定めた運命から逃れることができないんだっ。この世界そのものによる呪縛だ。だから僕は、この世界そのものを変えるしかないんだ!!」
祐一 「・・・・・・」
・・・民ってやつは、色々不平不満を言うことはあっても、常に支配者という存在を望むものだ。
導のない自由よりも、平穏な不自由をこそ、多くの者は望んでいる。
ほとんどの天使もそうだろう。
自分達が神の召使いに過ぎない立場でも、その枠組みの中から抜け出ようなどとは思わないはずなんだ。だがルシファーは、最高位の天使であり、神々にも匹敵するほどの力を持っていた。
なまじ力があったがゆえに、決して超えることのできない神という存在を呪った。
その神に縛られた運命を、断ち切りたかったのだろう。祐一 「・・・見た目にそぐわず、野心家だったんだな、おまえは」
あいつは神を超えたかった。
いや、例え超えられなくても、神から離れて自由に生きたかったのだろう。
だが、死すらも自由に選べない己を存在を、受け入れることはできなかった。永遠の命か・・・いったいどんなものなんだろうな、それは。
フェンリルは・・・奴もまた、永遠の命を持つ存在だ。
あいつは、ずっと飢えていた。
悠久の時を満たすものを欲していた。
奴にとってはそれは、己の血を沸かせる闘争だった。ルシファーは、定められた運命の中で自分を満たすことはできなかったのか。
いや、フェンリルのように、他の全てを捨てて一つのことのみを貪欲に求めたなら、或いは別の道もあったのかもしれない。
だがルシファーには欲がなさすぎた。
ただ自由に生きれれば、それで満足だった。
ただ真っ直ぐに、それだけを望んだがゆえに、それが叶わないとわかった時、こうして暴走するしかなかった。祐一 「哀れだな、ルシファー」
だが、同情はしない。
同じ苦しみを抱えて生きてるのは、おまえ一人じゃない。
やっぱりおまえは、過酷な運命を前にただ泣き言を言っているだけだ。祐一 「別に天界がどうなろうと知ったことじゃないが・・・」
地上を滅ぼすなんて言わない限り、俺にはルシファーと戦う理由がもうない。
純粋に戦うためだけの戦いなら俺は構わないが、駄々をこねてるだけの奴の相手をわざわざしたいとも思わない。
世界を守るなんてのは俺にそぐわないが、地上には俺が守りたい連中も結構いるわけだから、そのために戦うのはいい。
だから本当なら、もうルシファーと戦う意味はないんだが・・・。祐一 「知らない仲じゃないんだ。俺がおまえの望みを叶えてやる」
神の、世界の呪縛から逃れたいというのなら・・・。
祐一 「おまえを殺して、その呪縛から解き放ってやる」
死が解放になるなんて俺は思わないが、それが唯一おまえに残された救いの道なら、俺がこの手で引導を渡してやる。
ルシファー 「祐・・・僕の邪魔をするのなら・・・・・・君を倒す」
祐一 「来い」
少し前から、オシリスとイシスは二人の戦いを見ていた。
当然、二人の間で交わされた会話も聞いている。イシス 「祐様が勝ちます」
はっきりと、イシスはそう言った。
オシリスは何も答えない。イシス 「贔屓目とかじゃありません。祐様とルシファーじゃ、信念の強さが全然違います。ルシファーには、祐様は倒せない」
オシリス 「・・・そうだな」
妹の言葉を、兄も肯定する。
客観的に見ても、今の祐一はかつての祐漸の強さを超えている。
元々、心の強さは何者にも負けないほどだったが、転生して地上で生きる間に、より刺激を受けることがあったようにオシリスには見えた。オシリス 「(ベリアルが執着したあの男か・・・)」
昔の祐漸に似た雰囲気を持った、より研ぎ澄まされた男。
その出会いが、祐一の強さをより完成させた。祐一とルシファーの力は、ほぼ互角で拮抗している。
勝負を分けるのは力関係ではなく、心の強さだろう。
それならば、ほとんど自暴自棄になっているルシファーに勝ち目はない。イシス 「・・・兄上」
オシリス 「何だ?」
イシス 「私達は、驕っているでしょうか? ルシファーもベルゼブルも、私達という存在を・・・」
オシリス 「その答えは出ない。出るとしても、それは個人での問題だ。祐のようにな」
イシス 「なら、私の答えは祐様と同じです。兄上は、どうなのですか?」
先ほど、ルシファーのために戦っていると言った兄の言葉を、イシスは今でも気にしていた。
もしかしたら、オシリスは逆に、まつろう者の立場として、そのことに疑問を持っているのではないか、と。オシリス 「・・・それを見極めたいだけだ。結局のところ全ての者は、世界が定めた運命の中にいる。その中で何を思い、何を成すか。そして、世界の意志は、どちらを望むのか」
イシス 「どちらを、とは?」
オシリス 「世界そのものが変革を望んでいるのか、それとも・・・」
俺のデュランダルと、ルシファーのダインスレフが交差して、激しい衝撃波が巻き起こる。
どちらの剣も、持ち主の魔力を受けて強大な力を発する伝説級の武器だ。
それを扱うのは、真魔の血脈たるこの俺と、最高位の天使であるルシファー。
いずれも最高レベルということだ。
だが、それでも・・・。祐一 「そんなものかよっ、ルシファー!」
ギィンッ!
ルシファー 「ぐっ・・・」
歯ごたえがない。
ルシファーの一撃にはまるで重みがない。
だから、押し返すのも容易い。祐一 「結局おまえには、おまえ自身を支える確固たる信念がない! ただ今を否定してるだけでな!」
ルシファー 「信じられるものなど何もなかった、だからだよ!」
祐一 「見つけようとしたのかよ!?」
ルシファー 「探す自由さえなかった!」
祐一 「言い訳だ! そう言って逃げてるだけだろ!」
何を支えにして生きるか、そんなものは人それぞれだ。
それがまるでないなんてことはありえない。
少なくともこいつには、他の天使と同じよう生きる道だけはあったはずなんだ。
それを否定して自由を求めた以上、甘ったれた言葉を吐くのは許されない。祐一 「その程度の覚悟で、運命に立ち向かうなんて言うんじゃねぇ!!」
ドッ!
ルシファー 「がはっ!」
モロに一撃を叩き込んだ。
さすがにルシファーも床に倒れる。ルシファー 「ぐ・・・っ」
祐一 「自由に生きる奴は、相応の代償を払ってるんだよ。それが足りないおまえに、俺は倒せん」
ルシファー 「僕が・・・間違っているって言うのかい・・・?」
祐一 「そんなことはどうでもいい」
ルシファー 「・・・なん・・・だって?」
祐一 「おまえは確かにわがまま過ぎるがな、そんなことは俺にとってはどうだっていいんだよ。そもそも俺も含めて真魔って奴はこの上なくわがままな連中ばっかりだ。正しいか間違ってるかじゃねぇ・・・俺がおまえのやり方が気に食わないってのと、おまえが俺に勝てないって事実以外は俺にとってはどっちでもいい」
そうさ、俺は自分にとっては自分が正しいと信じちゃいるが、世界にとってどっちが正しいかなんて知らん。
俺は正義の味方なんかじゃないからな。
ルシファーを止めるのだって、それが俺にとって気に食わないから、それだけだ。ルシファー 「・・・わからない・・・・・・僕には、何もわからない・・・」
祐一 「・・・・・・」
自由を求めて生きるには、ルシファーは心が弱すぎた。
だがそれは、神に依存する天使たる所以かもしれない。
神のために生きる・・・神を超えるために生きる・・・いずれにしても生きる目的に神が絡んでいる。
だとしたら、こいつは誰よりも天使らしいということか。
イシス 「これで終わりですね。もうルシファーは戦えません」
オシリス 「・・・いや」
イシス 「・・・なんなんですか兄上? ルシファーに何があるんです?」
オシリス 「見ろ」
イシス 「え?」
祐一 「?」
何だ、この感覚は?
ルシファーの体から、今までとはまったく質の違う魔力を感じる。
しかも、どんどん膨らんでいく。ルシファー 「・・・・・・くっ・・・くくく」
笑っている?
だが、声質がいつものルシファーとまるで違う。
何が起こっているんだ・・・。ルシファー 「・・・・・・・・・くくく・・・神、か。そんなものは、“オレ”にはどうでもいいな」
オレ、だと?
祐一 「てめぇ・・・誰だ? ルシファーじゃないだろう」
?? 「ルシファー・・・ルシフェル・・・心弱き者の分際で神に、運命に逆らう愚者の名だ。運命? それがどうした?」
祐一 「人の質問に答えろ。おまえは何者だ?」
?? 「真魔王」
祐一 「何?」
?? 「ルシフェルは貴様をそれにすることで新たな世界を作るなどとほざいてやがったがな・・・本当の真魔王は、このオレ」
ルシファーの姿が変貌していく。
純白の翼は漆黒に染まり、纏う魔力も神聖さを失い、魔よりも深い闇の力を放っていた。?? 「オレの名はサタン。真魔王サタンだ!」
つづく